June 2014

June 17, 2014

無頼化とは?

神戸新聞の記事内容とその投稿者の代表作品名に触発されて、水無田気流著「無頼化した女達」を読了。
「あらゆる価値基準を自己責任で決定する」。これはまさに小泉政権以来の規制緩和政策の目玉であり、現安倍政権の成長戦略が、女性の登用拡大を岩盤規制解消の一環として打ち出したタイミングであった。
著者が言う「無頼化」とは「世に頼むものがなく、一人で生きていくこと」である
現代日本の根源的問題は、「理念としての平等」と「経済的な不平等」の矛盾であり、それが最も顕著な現象が、「少子化の責任は、結婚せぬ女性にあり」とする安易な視点であろう。
1985年男女雇用機会均等法成立し、それによって女性被雇用者のうち正規雇用は7割てあったが、99年同法改正さらに派遣法改正を機に、男女を問わず非正規雇用化に拍車がかかり、所得格差が拡大、「勝ち組・負け組」が言われ、特に女性には、働く必要性に迫られているにもかかわらず、育児・介護・地域活動などの分野は専業主婦という前提の社会環境は変わらないという矛盾、(我が国の暗黙の了解事項として女性を守るのは基本的に社会という公的領域ではなく、家族という私的領域でり、子供の健診や予防接種は役所の受付時間内としている如く、「育児=専業主婦仕様」の体制を基本としている事)が「女性の無頼化」の原因である、というのである。
読後感として、女性の問題は、歳をとれば仕事をしていようが結婚していようが「老後はおひとりさま」すなわち、65才以上の女性で配偶者なしは55%、80才以上では83%という数字であり、さらに、晩婚化については「高齢主産育児の体力が心配」「子供が成人するまでの経済的負担」と言われるが、本質的には「共に生きる時間が短い」ことを指摘すべきあろう。
「昔は全て良かった」とは言わぬが「三世代同居が当然」の時代を懐かしむのは、歳のせいだけであろうか。





ryosuke_hara at 22:37|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

June 09, 2014

靖国参拝

平山周吉著「昭和天皇・よもの海の謎」を読了。
1941年九月,対米戦争開始が事実上決定された御前会議で、昭和天皇は「よもの海みなはらからと思ふ世になど波風のたち騒ぐらむ」と読み上げた。天皇の意思は、対米戦争は回避、平和を交渉せよ」との意図は明確であり、出席者全員にも了解されたはずであった。にもかかわらず、日本軍は戦争へと直進してしまった。
天皇の抵抗で窮地にたたされた陸軍が、巻き返しの一環として、「平和希求を開戦容認」へと「よもの海の歌の読み替え」た。即ち、帝国日本の決定的瞬間に展開されて「歌の解釈」を巡る闘争を解き明かすのである。
あの戦争を悲惨な歴史として伝えるだけではなく、なぜ戦争を始めてしまったのか、なぜいつまでも終戦にすることができなかったのかを、検証する執念の如きものは、半藤一利や鳥居 民に共通するものであり、この著者もその執念を感じさせもものがあった。
著者名の「平山周吉」は、日本映画の代表作の主人公の名の借用であり、雑誌編集の経験者が、その経歴の中で温めていたテーマの成果であろう。
この著作で印象に残るもの。
「八月十五日は終戦記念日 この日は政治家が大挙して参拝、あの戦争が侵略戦争か自存自衛戦争であったかを問い、近隣諸国からその歴史認識を問われ,靖国参拝を非難される日である。靖国神社にとっては大切な日と言うより、迷惑な日であろう。。
この神社にとっては、春と秋の例大祭、この日が国の為に一命を捧げた人への尊崇の念を新たにする大切な日である。この例大祭の日にこそ参拝すべきであり、これなら近隣諸国から文句をつけられる筋合いはない」との見解である。


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ryosuke_hara at 16:08|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

June 01, 2014

語り継がれる総理大臣

福田和也著「大宰相・原 敬」を読了。800ページの大作であり、その重量の故に外出時に持ち出せず、読み切るのに時間がかかった。
主人公は、「我が国初の政党内閣を作った平民宰相」であり、「墓石には余の姓名のほか戒名は勿論位階勲等も記すに及ばず」と遺言した人物である。
幕末南部藩の筆頭家老の家柄ながら、明治の薩長主流政権での賊軍扱いへの反発。それを抑えて政治家として運命を切り開いていく様を活写する。
細心で豪胆、沈着で果断、粘り強く,敵も味方も呑み込んでしまう懐の深さで政党内閣初の総理大臣となり、その在任中には長い間培ってきた政治力と人的魅力で着実に治績を挙げ、教育施設の改善と充実、交通機関の整備、産業及び通商貿易の振興、国防の充実という政党の四大政綱・公約をほぼ実現させた、のである。
しかし、第一次大戦後不の況による物価高騰や生活不安、積極財政及び軍備増強による増税と公債発行、小作・労働争議の多発、汚職疑惑事件の発生、普通選挙運動の高揚、右翼の攻勢・・・これら諸々の時代の流れが、テロによる暗殺という悲劇をもたらした。
それを覚悟していた事は、自らの死後の処理について、葬式、墓をはじめ財産処理、妻と養子の処遇、所属する政党の金銭に至るまで詳細な遺書を残していた事で明らかである。
読後思う事、我が国の各時代を代表する総理としては「明治は伊藤博文、大正は原 敬、昭和は田中角栄」であろう。さて「平成は誰であろうか?」


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ryosuke_hara at 21:08|PermalinkComments(0)TrackBack(0)