雑感記〜日々私が思うこと〜

March 02, 2011

「護民官」魂

彼らが日本を滅ぼす佐々淳行著「彼らが日本を滅ぼす」を読了。
佐々先輩も 今年80歳と成り リタイア生活に入られたと思っていたが、年の始めに中国の船が 日本の尖閣列島に侵入し衝突事件を契機にこの本を出版したのである。
「大廈将顚、非一木所支也(大廈の将に顚れんとするは、一木の支える所に非ざる也)」の心境になりつつも、「俺がやらねば誰がやる」の「護民官」精神は、「スズメ百まで踊り忘れず」であろうか。
この出版の直接の契機は「衝突事件」であるが、事の本質は「領海侵犯」であり、この本質を理解していない政権交代後の為政者に対する怒りが根本にある。
著者のこれまでの基本論調は冷静沈着なものであったが、さすがにこれが最後の著作なのであろうか、個人を特定しての批判・非難が目に付くものとなった。
我が国が敗戦から再建するまでの混乱期に、治安維持を担当した著者が、これを乗り越える為にいかに多大の犠牲があったか、其の証人としての想いがそうさせたのであろう。

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February 22, 2011

タイガーマスク

政治的な小咄が流布したり、諷刺が飛び交う背景には、閉塞状況に対するやり場のない怒りがある。ランドセルの贈り物で日本列島を席巻したタイガー・マスクの伊達直人と菅 直人首相を対比したジョークなど、その典型であろう。
 庶民を勇気づけるのが伊達直人、庶民を落胆させるのが菅 直人
 仮面を被って戦うのが伊達直人、仮免で国を動かすのが菅 直人

タイガーマスク運動が一斉に全国的に風靡したのは、その地域の人々がその地域の子どもたちに贈り物をしたからである。決して北海道の人が九州のめぐまれない子どもたちに贈り物をしたわけではない。
「ひょっとして顔見知りのあの人が匿名で寄付をしてくれたのかもしれない」という期待感のようなものが、地域の人々に温かい心情を呼び起こし、それが自分たちの地域も、という地域連帯感を産み出したのである。

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February 16, 2011

葉隠

青木照夫著「いま、なぜ武士道なのか」を読了。
近年、「品格」という言葉が流行語のようになっている。
現代人は「品格」という言葉が醸し出す昔風の静寂で気品のある雰囲気、立ち振る舞い、毅然とした姿勢、気高い名誉心などに憧れている証左であろう。

現代は、生き伸びるか死ぬか、の時代である。中流階級は少数の勝ち組の負け組とに分割され、その格差は時と共に拡大するばかりである。
そういう時代の指南書として「武士道といふは、死ぬ事と見つけたり」(葉隠)があるが、 これは、決して「死」を推奨しているのではない。むしろ、「死」を恐れず、「死」を覚悟して主君をはじめ他者に尽くせ、と諭しているのだ、と著者は言う。
その他者とは、社会や会社や同僚など様々だが、金のためという動機は論外である。(かねてより大相撲の世界では「人情相撲」は許容範囲であったが、今回の「八百長」は、カネのやり取りであった事が問題なのである)
今こそこの「葉隠」精神を掘り起こし、この倫理的乱世を生き抜く必要がある。とするのである。

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February 10, 2011

身を引く時・・・その3

富の分配を旨とする政治文化の本質的変化が始まった、と毎日新聞の倉重編集委員は言う。
80年代バブル経済までの日本経済は「高度成長」を順調に歩み、それに合わせてプラスの配分をする事が政治そのものであった。
バブルが崩壊、成長が減速してからも、国民の歓心を買うために身の丈を超えた分配を続けた。次世代への借金である国債を大量に発行、税収の足らざる部分を穴埋めし、現役世代の生活・福祉向上を優先してきた。
即ちプラス給付をマイナスに切り替えるべき政治が、その本来の機能を果たさなかった。また、国民もその切り替えを望まなかったのである。
しかしこれからは何よりも、プラス配分に慣れた国民にマイナス配分を納得させる説得力が欠かせない。そのためには、従来の発想を根本的に変える必要かある。
「その仕事は、私の担えるものではない」との自覚が、身を引く理由でもある。

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February 04, 2011

ジョンブル魂

ジェフリー・アーチャー著「遥かなる未踏峰」を読了。
「そこに山があるから登るんだ」という有名な一言を口にした人物、国民的な英雄であり、世界の最高峰であるエヴェレストへの登攀に挑んだこの登山家については、死後も長らく大きな謎があった。即ちマロリーは果たして登頂を果たしたのか?という謎である。彼の冒険家としての精神の高潔さと世界の最高峰への最後の挑戦の姿を描いたものである。
マロリーは、「教職にあるものは兵役免除」という特典に対しても、ノブレスオブレジの精神で軍隊に志願するなど、アーチャーが考えるイギリス人の典型であり、ひとつの理想の姿として描き出している。

「国王は自らの卑しい民を無事に故国へお返しいただけるよう望んでおります」という精神で、イギリス人が世界の各大陸の最高峰を次々と征服して言った時代は、イギリスが七つの海を支配し、世界の覇権国であった時代であり、誇り高き良き時代であった。
が、そこにはこの登頂の陰の功労者であるインド人シェルパへの差別的偏見が見られ、鼻持ちならぬスノビズムも感ぜられる。

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February 01, 2011

身を引く時・・・その2

兵庫県連は、私の後の公認候補を、北浜みどりと決定した。政治信条として後継指名はせぬ私が、以下の理由で推薦していた人物である。
自ら招いた結果として、我が党は政権野党の立場にあり、国民の信頼を取り戻し真の国民政党たるべく努力中であるが、その再生の課題の一つに少子高齢化問題があり、子育て、介護は、特に重要な課題である。それらへの対応には女性の視点が必要である。北浜みどりは「健康な高齢者」の為の講座を持つなどの専門家であること
また、彼女は前回の選挙の際、公募により公認候補となった東灘選挙区で、二百票差で惜敗した。引き続き県政への挑戦の姿勢を堅持している。私は公募当時の県連幹事長として、「県政への挑戦」の機会を再度提供する事は、私の責任であること
以上が彼女を推薦した理由である。

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January 28, 2011

政権交代

熱い夜明け塩田 潮著「熱い夜明け」を読了。
福沢諭吉は明治十二年刊行の「国会論」で、イギリスを手本にした国会制度を提案。
国会議員の中から首相や閣僚を選ぶという議員内閣制、また与野党が入れ替わり政権交代を行うという仕組み、即ち責任内閣制と政権交代を提唱した。
それが実に119年を経て、平成二十一年の総選挙で初めて実現した。
その時を捉えて、日本の憲政史の「デモクラシー事はじめ」として、「自由は兆民、議会は辰猪、憲法は枝盛」と位置づける著者が、地元の土佐新聞に発表した作品である。
その記述の中で、大久保利通が中江兆民を、伊藤博文が井上 毅を登用する場面は人材発掘の面白みとして印象的であった。

しかしその待望の政権交代の実態は?
我が国は、多神教の「対立よりも協調」の精神文明の社会であり、この政権交代を実現させた「小選挙区制」は、果して我が国に適合するものか否かが、問われている。
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January 20, 2011

身を引く時

昨日、立候補辞退を表明した。
私は責任ある地位、立場にある者は、常に身を引く時を考えておくべきである。それは、仕事に対する情熱や意欲に陰りを自覚した時である。と
私にとり、議員の仕事とは政策を立案しその実現を図ることであり、それは住宅政策、芸術文化振興基金の創設、都市緑化、私学助成政策の充実、さらに地震等の防災対策等、時代に対応し新規に創造するものでありました。
今、厳しい財政状況の下、創造よりも削減が優先されますが、それは私が仕事としているものと若干のずれがあり、新しい若い発想が求められると感じ、私は議員としての情熱や意欲に陰りを感ずるようになったのである。
時あたかも七十才を間近にひかえ、今の時代の政策課題に対応する新しい人材に道を譲るべき時と考えました。
それ故に、立候補辞退を決断したのであります。

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January 14, 2011

創成期の一体感

松本健一著「明治天皇という人」を読了。
明治天皇は、明治維新という変革によってつくられた体制に、若くしてトップに据えられ、日清、日露という戦争を経て、明治という時代精神を体現した人物である。司馬遼太郎によれば「まことに小さな国が開化期を迎えんとしていた」と書いた如く、近代の国民国家づくりを志した先人達と共に近代国家の「みかど」ならんとする、公式記録では判らぬその実像を発見する」ことが動機で、この著は書かれた。
乃木希典や西郷隆盛とのお互いの琴線に響く話、大久保利通、伊藤博文に対する信頼、陸奥宗光や大隈信重に対する不信など、筆者の重ねる挿話の集積から、明治天皇の肉声らしきものが伝わるが、やはり一種の「偉人伝・聖人伝」の類からは逃れられない。
「日清戦争は明治国家及び天皇にとって初めての対外戦争であった。その戦勝の報が届いた時、天皇を胴上げしようとするような喜びようであった。」との記述があるが、この時、天皇の胴上げが行われていれば、後に「現人神」などの神聖化は行われず、日本の歴史は変わったものになっていたであろう。

今日の国情を見る時、国民国家創成期の一体感は羨望の的である。

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January 06, 2011

人口の波・・・その1

デフレの正体藻谷浩介著「デフレの正体」を読了。
「失われた十年・二十年」といわれる日本経済の不況の原因。その要因は貿易収支が悪化したのでも、企業の海外移転による国際競争力の低下でも、中央と地方、都会と農村の地域間格差の拡大でもない。
それはひとえに我が国が世界に先駆けて、「人口の波」に遭遇しているからである。「人口の波」とは「日本人の加齢」であり、それは「現役世代の減少」と「所得はあるが消費せぬ高齢者の増加」である。
この冷厳な事実に対応せず「景気対策が不十分」「経済成長こそ解決策」とピント外れの議論に終始していてはこの課題は解決せぬ。と言うのである。
「前年度対比」とか「率」などよりも「実数」に注目する姿勢は、研究対象を実証的に分析するフィールド・ワークであり、久方振りに「目からウロコ」の「人口論」という感銘を受けた。

「予定調和的に発展する」という二十世紀の経済論、人口論は二十一世紀の日本には適合せぬ。と言う事である。

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