2018年03月19日

ミックスダブルスと世界選手権

カーリングのミックスダブルス日本選手権大会が終わり、世界選手権大会がカナダで始まった。

ミックスダブルスは予想が外れ、藤澤・山口ペアが他を圧倒して全勝優勝した。優勝予想の吉田・清水ペアは3位だった。負け惜しみになるが、2チームによる準決勝が事実上の決勝であったと思う。しかし、途中追いつきはしたが、力の差は歴然だった。
藤澤・山口ペアを準優勝と予想した理由は、コミュニケーションに難があるのではと考えたからだが、山口選手はその愛すべきキャラクターでチームを盛り上げていたし、藤澤選手が中部電力時代に築いていたSC軽井沢のメンバーとの絆を過小評価したせいである。

決勝は、チーム平田が相手であった。このチームも地味ではあったが(失礼)、協会推薦枠で、中部電力で北澤選手とSC軽井沢のフィフスである平田選手のペアである。
北澤選手は、中部電力がソチオリンピック出場権を失って空中分解しかけた時に、現役高校生としてチームに参加し、藤澤選手ともチームメイトだった。当時はなかなか勝てず、日本選手権出場すら逃したこともあるし、協会の強化チーム枠からも外れた。藤澤選手が帰郷してさらに大黒柱を失ったチームを、同じく今回協会推薦枠で出場した松村選手を中心に急成長して立て直し、ついにはLS北見も北海道銀行も倒して日本選手権制覇した。オリンピック代表選考会では勝てなかったし、今年の日本選手権でも連覇は叶わなかったが、3位となった。今回協会推薦枠に選ばれた理由は知らないが、前回が北海道銀行だったので、若手育成の意味もあるだろう。
平田選手は、SC軽井沢のフィフスで、恥ずかしながら今回初めてプレーするのを見た。平昌ではサポートに回り、精神的なケアも含めてメンバーの信頼は絶大であるらしい。
決勝結果はひどい惨敗だったので、トラウマにならなければいいのだがと思う。


カナダでの世界選手権は、BS NHKが日本戦の全試合を放送してくれる。
初戦を見逃してしまったが、ドイツ相手に逆転勝ちした。ご懐妊でチームに帯同できないが、リーダーの西室選手がこまめにツイートしてくれている。
代役の北海道銀行、小野寺選手がサードを務めて、抜群のスィープ力を誇る西室選手の穴を埋めているようだ。小野寺選手は、ソチオリンピックに出場したが、現地でインフルエンザに罹り、序盤を欠場、治ってから出場したものの、ついに調子は戻らなかった。ご本人としては相当悔しかったはずで、世界大会の経験がほとんどない富士急に、オリンピアンとしての精神的な役割も期待したいところだが、彼女にその自信があるかは不明である。
西室選手が育てあげた若きスキップ、小穴選手は、氷上では笑顔が少ないが、れっきとした富士急の社員であり、ドキュメンタリー番組では、トーマスランドで笑顔全開でタンバリンを叩くのを見て、驚いたことがある。
スイスには惜敗したようだが、得難い経験であり、これからの日本カーリング界の逸材の一人として、存分に戦い、楽しみ、学んでいただきたい。


ryota120802 at 20:06|PermalinkComments(1) 日々 | カーリング

2018年03月15日

ミックスダブルス予想

カーリングのミックスダブルス日本選手権大会が始まった。平昌オリンピックでの盛り上がりそのままに、観戦チケット
はすべて売り切れなのだそうだ。
オリンピック出場のために今年の日本選手権に参加できなかった、SC軽井沢とLS北見のメンバーで急ごしらえしたチームが連盟推薦でエントリーした。
昨年に同様の推薦枠で参加し優勝したチーム阿部と、このビッグネームの二人に善戦したチーム青木が出場を辞退したため、さらに中部電力からも二人が出場している。
正直なところ、ミックスダブルスは昨年初めて少し観戦しただけなので、推薦枠以外どのチームが強いのか、分からない。前述の通り昨年の優勝、準優勝チームはいないし、ソチオリンピックで小笠原選手とともに健闘した苫米地選手とその旦那さんのチームも、強豪の一角のはずだが出場していない。
中部電力の二人と組んだお二人も恥ずかしながら存じ上げない。
そんなわけで、にわかファンのように、  SC軽井沢とLS北見の急ごしらえチームがどこまでできるか、予想することにした。
コンビネーションが絶対に必要なミックスダブルスではあるが、昨年阿部・小笠原のレジェンドチームが即席でも優勝できたように、個人能力は折り紙付きなのだから、相当いい線まで行くであろう。四人制と比べてもかなりハードなゲームなので、若いチームであることも有利なはずだ。

まず、平昌で絶大な人気を誇った藤澤選手と山口選手のチーム。司令塔役は藤澤選手が担うだろうが、超攻撃的な戦術を取るだろう。もともとストーンを集めて大量得点を狙う藤澤選手の戦略は、ミックスダブルス向きと言えるかもしれない。山口選手の豪快なテイクショットも状況打開に効果的だし、スィープ力は大会一ではないか。

続いて吉田知那美選手と清水選手。このチームはバランスと安定感に長けている。司令塔役はどちらになるのか分からないが、二人ともできるし、むしろ相談して決めていくだろう。このチームは負けないゲームが作れる。倒すのは容易ではないはずだ。

最後に吉田夕梨花選手と両角友佑選手のチーム。司令塔は文句なし日本最高のスキップが務める。夕梨花選手の精度の高いショットは両角選手の戦略を確実に実現するに違いない。スィープもいい。噛み合えば、面白いチームとなる。

優勝予想は、知那美・清水チーム。藤澤・山口チームとの決勝とみた。


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2018年03月01日

平昌オリンピック

平昌オリンピックが終わった。日本カーリング史上初のオリンピックメダルは、ブロンズに輝いた。
長野以来の男女両チームの出場も喜ばしく、また誇らしいことである。しかも、実力的にも充分メダルが狙えると信じられた両チームであり、さらに言えばテレビ放送も充実していた。モザモザのUストリームですらめったに配信されなかった頃に比べれば、観戦者としてもなんと恵まれた環境だろうと思う。
しかし、個人的には残念ながら海外出張が入って、特に予選は充分に観戦できなかった。

男子チームはいきなりデンマークを破って勢いづき、素晴らしいスタートだったが、その後は惜敗が続いて結果は負け越しの8位に沈んだ。ゲームの観戦は叶わなかったが、予選とはいえアメリカに勝ったことは素直に嬉しかった。アメリカは長野オリンピックでは決勝進出を阻み、直近の世界選手権ではメダルの夢を奪った宿敵である。しかも今大会金メダルとなった強敵でもある。女子のメダルにかすみ、予選敗退にかき消されたが、日本男子カーリングとしては、大切な足跡と言っていい。

今大会の特徴は、男女ともカナダチームがふるわなかったことだろう。男子は決勝には進んだものの、準決勝でアメリカに、3位決定戦でスイスに敗れた。
女子にいたっては、日本チームは勝てなかったものの、決勝進出を逃し、負け越して予選6位に終わった。日本がメダルを取れたのは、常勝軍団であるはずのカナダとスイスの不調が大きい。

女子の準決勝韓国戦は、日本カーリング史上に残るだろう好ゲームとなった。韓国には全く隙がなく完璧に見えた。序盤のスナイパーのようなテイクショットの連発は、これはとても勝てないとすら思った。日本はセカンドの鈴木夕湖選手の精度が上がらないこともあって、常に後手に回り苦しい展開が続いたものの、鈴木選手は参加全選手で最も低身長の小さな体ながら、持ち前のスイープ力で貢献し、チームとしてなんとか食らいつき、最終エンドでついにスチールを奪って同点に追いついた。
このショットは珍しい。デリバリーした韓国スキップはもちろん、ハウスにいたヴァイススキップさえも勝利を確信して腕を高々と上げたのだが、ナンバーワンのストーンは日本のものだった。
勝ったと思ってからすぐの延長戦で気が緩んだのかもしれない韓国に、日本はプレッシャーをかけ続け、あるいは二連続スチールで逆転もあり得るかもしれないと思った。
韓国スキップのラストショットにおける緊張も相当なものであったに違いない。しかし、あの場面でキッチリ決めた韓国チームはやはり強かった。予選では勝てたものの、パシフィックアジアの大会でも勝てなかった相手だし、オリンピックに照準を合わせて調子をピークに持っていった韓国チームには学ぶべきことが多い。

3位決定戦のイギリス戦もシビれるゲームとなった。まさに一進一退、どちらが勝ってもおかしくはなかった。両チームとも互いに複数得点もスチールも許さない。リスクの低い配置を取りながら相手のわずかなミスから攻めにスイッチを入れる、そうはさせじとその芽を摘む、を繰り返すカーリングの頭脳戦の醍醐味に溢れていた。
若くして天才スキップと呼ばれ、スコットランドとイギリスを常勝チームとして引っ張ってきたミュアヘッド選手に競り勝ったことは、藤沢選手に相当な自信を与えたことだろう。

知那美選手はともかく、藤沢選手の笑顔が今大会で注目を集めたことは、正直言って意外である。ソチオリンピックを目指していた頃の藤沢選手がゲーム中に笑顔を見せることはほとんどなかったと思う。もともと童顔の可愛らしい容姿だが、尖ったナイフのような印象であった。
ジュニアで国内無敵を誇り、世界も知った。高校を卒業して請われて長野に単身移り、スキップとしてチームを日本選手権三連覇に導いた。ソチオリンピック出場可能性資格も保ち続けた。しかし土壇場で代表権をさらわれてしまった。
オリンピック後の日本選手権では優勝して四連覇とし、面目を保ったものの、オリンピック出場請負人としての立場も面子も自信も無くしていた。
本橋選手に誘われて故郷北見に帰郷、ソチオリンピックに出場し、選手として輝きながら帰国前から戦力外通告を受け、失意のまま帰郷し、同じく本橋選手に誘われてLS北見に参加した吉田知那美選手とチームメイトになった。
二人は幼馴染とまでは言えないが、同い年で、小さな頃からカーリングの選手として知り合いだった。
リードの吉田夕梨花選手は、知那美選手の妹で子どもの頃からずっと一緒にカーリングをしてきた。
鈴木夕湖選手は、知那美選手と同い年、同じ中学のクラスメイトで、かつ知那美選手がスキップを務めたチームで一緒にトリノ帰りのチーム青森に勝って話題を集めたこともある。

銅メダルが決まった瞬間、知那美選手はまず幼馴染の鈴木選手と抱き合い、続けてずっと一緒だった妹夕梨花選手と、そして戦友藤沢選手と喜びを分かち合った。二人の平昌オリンピックへの想いは同じものではないけれど、必ずやって来るべき場所であり、最高の結果を残すべき舞台であることは共通していた。それを成し遂げた感激は、凡人には計りかねる。
ただ言えることは、二人の笑顔が平昌に輝いたのは、四年前の挫折を乗り越えた成長の証である。

二人の成長に大きく貢献したのが、本橋選手だった。失意の二人を伸び悩むチームのピースとして迎えた時、彼女の求めていたチームの土台が出来上がった。今でも本橋選手の実力は日本で指折りだと思うが、不思議と自分の作り上げたチームにマッチしない。
彼女の結論は自らリザーブに回り、サポートに徹することだった。選手たちは彼女が控えにいることで安心できるし、さらには責任も感じて大きく成長した。
選手たちが銅メダル後に本橋選手と抱き合う姿はテレビには映らなかったように思うが、鈴木選手の「マリちゃーん!」の声は聞こえた。
カーリングのショットは、氷上の四人で一投一投作り上げるが、チームの勝利はコーチやスタッフすべての総合力であることを改めて感じさせられた。

LS北見のみなさん、本当におめでとうございます。
SC軽井沢のみなさん、お疲れ様でした。


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2017年12月26日

12歳

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次男が12歳になった。小学校の行事もついに卒業式を残すのみとなり、中学受験も目前となって、ラストスパートに入っている。
長男も中学受験し、第一志望の合格を勝ち取ったが、身を入れて勉強しているようについに見えなかった。塾の講師に合格した後にすら中学受験を舐めすぎだと説教されるほどだったが、対して次男は塾の講師の信頼も厚く、ずいぶん期待もされているようだ。模試では細かなミスを繰り返して、実力を発揮できずにおり、実力をいかに点数に結びつけるかが求められるとのことである。
頑張っている分、何とか合格させてやりたいとも思うけど、こればかりは本人以外どうしようもない。

もともと運動が好きで、じっとしているのが苦手だから、塾漬けの毎日にあって、学校の休み時間は貴重な運動時間らしく、誰よりも真っ先に運動場に飛び出して遊んでいるらしい。週一の塾の休みも、フットサルのクラスを続けていて、大切なストレス発散の場のようだ。
出不精の私の子とは思えない。

文房具に凝り始め、シャーペンやボールペンを欲しがるので、誕生日プレゼントはやや高級なシャーペンにした。少し太めの軸がお気に入りらしい。

寝不足の日々が続くけれど、体調を崩さぬよう合格まで突っ走って欲しい。

ryota120802 at 08:29|PermalinkComments(0) 日々 

2017年11月09日

PACC 2017. Part6

女子の決勝。
第1エンドであっさり2点を奪われ、続く後攻の第2エンドでは1点しか取れず、いきなり先行される嫌な展開。しかし、昨日の準決勝の中国戦でも粘り勝ちしたし、首位通過しながら世界選手権大会出場すら崖っぷちとなった男子に気合いを入れる意味でも、三位からの下克上優勝して欲しい。
第3エンド、スチールを狙って攻めまくる日本に対して防戦一方の韓国。最後の配置にミスしてしまったが、韓国のスキップもドローを失敗して1点に留まる。
第4エンドも果敢に攻め、2点を取って同点に戻した。しかしまだ後攻スタートの韓国がわずかに有利。恐らく韓国チームに焦りはない。
前半最後の第5エンド、日本はミスが続き3点を献上してしまう。追い上げムードに水を差したのは展開として痛い。精度ではフロントの二人が相手を上回っているだけに、特にサードの知那美選手が不安定なのが残念である。
韓国は全員が金(キム)性である。確かに韓国では圧倒的に多い性ではあるが、さすがに全員というのは珍しい。
そんなことをぼんやり考えた短い休憩明けの第6エンド、日本は2点で何とか食らいつく。しかし、ゲームはまだ韓国ペースと言っていい。
せめて1点に抑えたかった第7エンド、2点を奪われていよいよ苦しくなってきた。
第8エンド、是が非でも複数点が欲しいけれど、やはり後手に回る日本はどうにか1点を取るのが精一杯。
韓国は第9エンドをブランクにし、リードしたまま最終エンドを有利な後攻とする盤石の展開に持ち込むと思われたが、日本もそうはさせじとダブルセンターガードで攻めの姿勢を見せた。韓国も真正面から受けて見応えのあるエンドとなって、しかし韓国が3点を奪った。
日本はここでコンシード。一年ぶりのアジアチャンピオンの座を逃した。

男子はオーストラリアに3点先制されたが、連続してスチールを奪い、特に第7エンドは4点スチールのビッグエンドとなって完全に突き放した。
オーストラリアは第8エンドまででコンシード、日本は世界選手権の権利を得る三位をギリギリ確保した。

一方の男子決勝、中韓のゲームは壮絶を極めた。5点を先行されて崖っぷちに立った韓国が4点のビッグエンドで勢いづき、さらに第8エンドに3点を奪って一気に逆転した。
そのまま押し切ってアベック優勝を決め、平昌オリンピックに向けてホスト国の意地を見せた。

韓国がオリンピックを前に男女とも結果を出したのに対して、日本チームは残念な結果となった。男子は勝負に勝ってゲームに負け、女子は勝負に負けてゲームに勝ち損ねた印象だ。オリンピックでメダルを目指すのであれば、どちらにも負けるべきではない。
もちろん男女とも負けたくて負けた訳ではないが、実力を超えた何かが足りないという気がした。男女とも日本最強チームであることは間違いないものの、厳しいようだが、オリンピックでメダルを狙えるチームでないことも同時に痛感した大会となった。


ryota120802 at 23:51|PermalinkComments(0) 日々 | カーリング

2017年11月08日

PACC 2017. Part5

予選ラウンドが終了し、男子は堂々全勝で首位通過、女子は中韓両国に二戦目も負けたものの三位でセミファイナルへ進んだ。

女子は二位通過の中国と対戦して辛勝した。予選で二度も勝てなかった上に、序盤で2点スチールを奪われるなど苦しんだが、お返しの2点スチールを奪い、同点で不利な先攻として迎えた最終エンドにスチールして逆転勝利した。
四位の香港を圧倒した韓国と決勝を戦い、連覇を目指す。

男子は予選四位の韓国と対戦。第1エンドに3点を先制する好スタートを切ったが、スチールを何度も許して逆転され、第8エンドでなんとか同点に追いついた。後攻となった韓国は第9エンドをブランクとし、最終エンドを有利な後攻とする。
日本はスチールを奪うべく果敢に攻めたものの、スキップ両角選手がラストストーンのテイクショットで痛恨のミス。プレッシャーの少ない一投を確実に決めた韓国が決勝進出。連覇を逃した日本は、中国に逆転で敗れたオーストラリアと三位決定戦を戦うことになった。

ryota120802 at 21:06|PermalinkComments(0) 日々 | カーリング

2017年11月05日

PACC 2017. Part4

昨夜の女子、今朝の男子とも香港を相手に完勝した。

今大会から上位3チームが世界選手権への切符を手にすることになった。これまでは2チームだけだったので、日本チームは男女とも中韓に負けて出場を逃すこともあった。ロコソラーレも世界選手権銀メダルとなった翌年に、アジアパシフィックで中韓に負けて出場を逃した。
出場が3チームとなれば、日中韓でほぼ確定かと思われたが、男子に思わぬ伏兵は現れた。
ホスト国、オーストラリアである。
最近のランキングではやや順位を落としているとはいえ、アジア最強チームのはずの中国が、日本に完敗した翌朝のゲームでオーストラリアに負けた。かつてオーストラリアはアジアパシフィック最強国だった。日中韓が上位を占めるようになったのはここ数年に過ぎない。この地区の実力が上がり、競争があることはお互い良いことに違いない。

女子はオーストラリアを圧倒。中韓もそれぞれ快勝して、やはり3チームの実力が抜きん出ている。中国を下した韓国が全勝で暫定首位。日本は三位で予選前半を折り返す。

男子は、ライバル韓国戦。素晴らしい入りで3点を先制し、2点スチールも奪って完全に日本ペース。最後まで手を緩めず、韓国をコンシードに追い込んだ。日本男子は全勝首位。


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2017年11月04日

PACC 2017. Part3

男子の今大会正念場は、やはり中国戦である。その山場は早速やって来た。YouTubeでのライブ放送がその注目度を物語る。

第1エンド、プレッシャーに少ないラストショットをドローで決めて2点を先制、第2エンドは中国を追い詰めて1点を取らせた。第3エンドも有利に進めたが、複数点を取り損ねたのが残念。
第4エンドも、日本のストーンだけを6個もハウスに残して1点を取るしかない状況に再び追い詰めた。
第5エンドはやや中国ペースだったけれど、テイクショットの連発で打開し、最後は針の穴を通すような精密なショットで2点を奪った。
ゲームは完全に日本が支配している。先攻では1点を取らせ、後攻では複数点を狙う。第7エンドも3点を逃し、勝っているのに残念そうであった。アジアの最強国を相手にしているとは思えない。
思わぬゲーム展開に気落ちしたのだろうか、中国チームのミスが続く。ここで一気にゲームを決めてしまいたかったが、お付き合いのミスをして、中国に2点取られてしまった。
完全試合とはいかなかったが、中国を相手にデフェンディング・チャンピオンとしての横綱相撲で勝てたことは自信になったに違いない。試合後のインタビューでも、両角選手が自信に満ち溢れた良い笑顔を見せてくれた。

ニュージーランドに快勝した女子は、香港を迎え撃つ。

ryota120802 at 14:50|PermalinkComments(0) 日々 | カーリング

PACC 2017. Part2

午後に行われた女子の中国戦は、YouTubeでライブ放送された。中国チームは、私には見覚えのない若いチームで、アジア最強と言われたスキップを擁し、バンクーバー五輪では銅メダルとなったチームではない。中国にも世代交代が進んでいるようだ。
LS北見はセカンドに本橋選手が入り、鈴木選手が下がっている。バイススキップは変わらず吉田知那美選手が務める布陣である。デリバリーの精度は本橋選手が上かもしれないが、鈴木選手のスイープがないのは惜しい。鈴木夕湖選手は、世界最小と言われる小さな体からは信じられないパワーを持っていて、吉田夕梨花選手と共にフロントを支える屋台骨である。知那美選手とは中学の同級生で、気心も知れているし、どんな大きな大会でも安定した力を発揮する心の強さもある。平昌まで彼女を外さないはずだったけれど、体調不良だろうか。

ゲームは静かに始まり、お互い一点を取らせる展開が続いた後、第4エンドで日本がスチールを奪う。ほとんど使っていなかったラインにドローさせ、ミスを誘う作戦勝ちである。
しかし、前半最後の第5エンドで中国はあっさり2点を取って同点となった。
休憩を挟んで後半、日本チームの精度が落ち始める。誰か個人が良くない訳ではないから、アイスが読み切れていないのであろう。コミュニケーションはしっかり取れているし、スイープもずいぶん頑張ってはいたが、ストーンの配置に苦労し続けた。特に知那美選手のドローは残念だった。
第8エンドのビッグチャンスをモノにできず、逆にスチールされたのがあまりにも痛かった。
最終エンドのスチール狙いも、途中までは順調であったし、相手のミスもあったのに、ラストの難しいショットを決めることはできなかった。
結局、後半は一点も取れずに中国に二度のスチールを許して、自滅の形で敗戦となった。
https://youtu.be/-T3Wlpgpc1A
日本は二敗で参加チーム内、暫定最下位となっている。

男子はカタールをコテンパンにやっつけた。
日本時間正午から、勝負の中国戦が始まる。

現在、女子がニュージーランド相手に戦っている。第2エンドを4点のビッグエンドにし、さらに続いてスチールして完全に引き離している。

ryota120802 at 08:43|PermalinkComments(0) 日々 | カーリング

2017年11月03日

コロプラスタンプの旅 八丈島

今年はよく出張をした。マイレージを召しあげる会社もあると言うが、我が社はそんなことはしないので、貯まったマイルで何処かに出かけることにした。もちろんコロプラスタンプの旅になる。
スタンプの数も七百を超えて、どうしても交通の便の良くない場所が残ってしまった。
鹿児島県の離島、東北の太平洋側沿岸と山間部、佐渡、そして東京の離島である。
遠出を飛行機ですればいいのだが、東京から全日空で行ける場所がほとんどない。そんな中で、八丈島へ行くことにした。八丈島の名物は、恥ずかしながら、世代だろうが「八丈島のキョン」しか知識がない。
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スタンプの取得がメインとはいえ、キョンだけを見に行くのもつまらないので、調べてみると、八丈島は江戸時代、島流しに使われ、かの宇喜多秀家もこの地で亡くなっている。
宇喜多秀家は、豊臣秀吉の寵を受けて若くして五大老の一人に上ったが、関ヶ原での敗軍の将の一人として、しかし死罪は免れて八丈島へ子供たちと共に流された。八丈島への島流しの最初の例だという。徳川への従属を勧められもしたが、固辞し、長生きして島で死んだ。
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子らは島の娘に手を出して子を産ませ、家は続いたらしい。長男は島の代官の娘を娶ったが、代官が住んだ役所跡に今も残る玉石垣は、流人が島にもたらした技術とのことだ。
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幕末にいざこざから隣人家族を七人も殺め、流されたこの地の風俗を書き残した近藤富蔵なる御仁もいる。彼が娶った妻は宇喜多秀家の子孫であった。
https://note.mu/roatu/n/n93009a154016
明治の恩赦で赦された最後の一人らしく、八丈島最後の島流しの歴史であるそうだ。しかも、東京に戻ったものの、浦島太郎状態に耐えきれず、島に戻って穏やかに死んだ。流罪人が赦されたにも関わらず島に自らの意思で戻った唯一の例だともいう。
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東京は長く雨天が続いていたが、島では晴天に恵まれた。午後の便で八丈島に降り、一泊して翌夕方に帰京したが、レンタカー代金は、到着時からでも翌朝から借りても同じ値段だった。凹みや傷の多い、ナビも無い軽自動車だったけれど、それにしても丸一日借りて3,000円は激安である。
夕食付きの宿を予約していたが、時化続きで魚が手に入らないとのことで、刺身は冷凍のカジキマグロだった。それでも煮魚、焼魚に天ぷらと海の幸が盛りだくさんで、大満足であった。
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島は一周六十キロ。島民にとっても車がなければ不便で生活できないが、それでも車の数は少なく、スイスイ走ることができた。天気のおかげもあって、風光明媚な景色を楽しむことができた。
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ふるさと村という古民家を改築も移築もせず保存している場所がある。訪れる人も少ないその家に語り部役と思われる年配女性が二人いて、お茶を出してくれたが、質問には答えるものの、それ以外は二人で世間話をし続けていた。
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そこでばったり出会った若い女性がいた。少し話をすると、モビールレンタカーというカートを借りて島を巡っているらしい。笑顔の素敵な女性だった。
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http://www.mobil-rentacar.com/

海を見下ろす露天風呂がある、みはらしの湯を訪れた。先客も後からも誰もおらず、一人でのんびりできた。今年最後の夏休みが終わった。
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http://www.hikyou.jp/sp/detail.php?shid=30413

ryota120802 at 16:31|PermalinkComments(0) 日本 | コロプラ

PACC2017 part1

アジアパシフィック選手権大会がオーストラリア・サウスウェールズで開幕した。例によってカーリングの話である。平昌五輪を目前にした世界大会は、メダルを目指す男女日本チームにとって、重要な前哨戦となる。両チームとも中国と韓国がライバルとなり、かつしっかり勝っておきたい相手である。

開幕直後のゲームでは、男子が前回大会で負けたことのある台湾を難なく退けた。

二日目、男子はカザフスタンを相手に、三連続スチールで突き放し、複数得点を許さず順当に快勝した。
女子はいきなり韓国・中国との連戦となり、朝一の韓国戦では、後攻スタートの第1エンドから幸先良く2点を取ったものの、前半最後の第5エンドで2点のスチールを許して逆転されてしまった。
後半は韓国チームの目論見通りに締まった展開となり、最終エンドで逆転スチールを狙うしかなくなった。
点数しか分からないが、藤澤選手のことだからかなり攻めた結果であろう、3点を奪われてしまった。8-5、スコアだけ見れば完敗である。

すぐに始まる中国戦での勝利を期待したい。

http://www.worldcurling.org/pacc2017

ryota120802 at 10:15|PermalinkComments(0) 日々 | カーリング

2017年10月26日

巣鴨の桜

次男の模試に付き合って、巣鴨にやって来た。試験が終わるまでには4時間ほどもあるので、喫茶店でも探そうと駅前に立つと周辺地図があった。
目についたのは、徳川慶喜巣鴨屋敷跡と染井吉野の碑である。
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慶喜公については、過去山岡鉄舟先生の投稿で書いた。幕末に徹底して恭順したことにより、国内戦の犠牲を最小化したと評価すべきと思っている。
日本の近代化は、本当は自身で成し遂げたかったろうし、その自信もあったのではないかと思うのだが、どこかで無理、と諦めたのだろう。諦め方があまりにもあっさりし過ぎていて、おいてきぼりをくった人には裏切りにしか見えなかったに違いない。
旗本を多く引き連れて静岡で謹慎し、部下にはほとんど会わなかったが、茶の栽培を勧めて自立させ、この地を日本一の産地にした。
謹慎が解けて東京に戻り、かつて住んだ上野に程近いこの地に移った。鉄道がすぐ横に建設されることになって、うるさいと転居するまでの4年間で、名誉回復し公爵の称号を得た。
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通りを挟んだ向かいには、「伯爵」という名の喫茶店があるが、名前の由来は分からない。伯爵は公爵の下の爵位だから慶喜公に因んだ名前ではないことになる。

屋敷跡の碑から駅を右に見ながら、高架橋を渡り、すぐ左に入った所に何の説明もなく染井吉野の碑がある。
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染井吉野についても過去書いたことがある。
名前も残らぬ幕末の天才植木職人が生み出し、日本の桜と並木道を一変させた。染井とは巣鴨近くの地区名だとは知っていたが、この辺りなのかしらと感慨深く碑を眺めたものの、調べてみると染井通りが今なお地名として残り、駒込駅と巣鴨駅の中ごろから染井霊園に続く道のことで、この碑からは少し離れているようだ。染井吉野記念公園を名乗る公園も、駒込駅の近くにあって、染井とは巣鴨近くというよりは駒込に近いらしい。
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とすると、この碑は何だろう。

慶喜公の屋敷にはかつて梅林が広がっていた。すぐ近くには染井吉野の発祥の地がある。梅から桜も時代の流れだったのかもしれなかった。

ryota120802 at 23:14|PermalinkComments(0) 日本 

2017年09月10日

平昌オリンピック代表選考会2

オリンピック代表選考会が終わった。結果的にはLS北見が順当に勝利し、実力差が明確となった大会となった。

1戦目は意外にもあまりに一方的な展開となった。負けたくない中部電力は、勝ちに行くというより受けてしまった印象のまま、フロントの二人が奮起したにも関わらず、普段は安定感抜群の清水選手と、スキップ松村選手の不調が痛かった。特にスチールで4点奪われたのは、精神的にも厳しいものがあったはずだ。

それでも中電が並みのチームでないことの証明に、翌朝には完全に立ち直り、しかも3点スチールをお返しで奪って、一勝一敗のタイに持ち込んだのである。これで大会は予定通り3日間行われることになり、運営側も相当安堵したと思われる。

しかし北見は3戦目で再び3点スチールを奪い返す。更に難しいショットをさせ続けることで、中電を自滅に追い込んでいく。このゲームは中電松村選手の自信を削ぎ落とし、かなり精神的に追い詰めたのではないか。

日曜朝の4戦目は、スキップの実力差が顕となった。チームの個の差の総和だったかもしれない。中電は何としても先行したかったはずだが、後攻スタートの北見は早々に3点を取った。
その後の中電はなす術がなかった。攻める場面はほとんどなく、わずかなチャンスもすぐに潰された。完敗である。
特に北見のスイーピングは素晴らしかった。抜群のコミュニケーションで、ナイスショットを作り上げた。
敗者である松村選手は、インタビューされることもなくリンクを去っていった。まだ若いチームである。今回の機会を糧に更に成長して、日本女子カーリングを引っ張る存在となるだろう。

オリンピック代表を決めた後の、インタビューでの知那美選手の顔が印象的だった。いつも弾けるような華のある笑顔の彼女に、一片の微笑もない。
知那美選手はかつて北海道銀行のリザーブとしてソチ五輪に行き、インフルエンザに倒れたチームメイトの代理として出場、代役以上の活躍を見せたのに、まだ帰国もしていないうちから戦力外通告を受けた。頭の中が真っ白になり、理由の説明は覚えていないらしい。失意のまま帰郷した知那美選手は、本橋選手に迎え入れられようやく再生したのだった。
再びオリンピック代表となった感激に、笑顔すら忘れてしまったのかもしれない。

スキップ藤澤選手は、ゲーム後LS北見の応援団に続けて、古巣の中部電力の応援団にも深々と頭を下げて挨拶した。チームを裏切ったと言えなくもない藤澤選手を、中部電力の応援団は拍手で迎え、讃えた。
藤澤選手は北見に生まれ、高校生だったジュニア時代は、無敵を誇ったチームのスキップだった。卒業後は中部電力に請われて長野へ移り、ソチオリンピックを目指した。国内最強チームのスキップとして代表選考会を戦い、そして最後の最後に破れた。彼女の帰郷の転機となったのも本橋選手だった。チームの顔であり、絶対的主柱だった本橋選手がめでたいことに赤ちゃんを授かって、戦線を離脱することになったのだ。
本橋選手に全て託された藤澤選手は、知那美選手と新生LS北見を担うことになり、わずかな間の勝てない時期を経て、あっという間に日本、パシフィックアジアで優勝、世界選手権で銀メダルを獲得した。かつての中部電力と同じく、トントン拍子で迎えたオリンピック代表選考会だった。最後にまた負けるかもしれないと不安があったとしてもおかしくない。ただあの頃と違うのは、チームで孤高の存在ではない点ではないか。中部電力での藤澤選手は、滅多に笑わない職人のように見えた。北見では笑顔が見られる。チームの雰囲気もあるし、ムードメーカーの知那美選手が常に隣にいることもメンタルに良い影響を与えていると想像する。
ゲーム後のインタビューで、周りの人たちのおかげと本心から話しているように思えた。このチームで戦えて良かったと言う彼女自身も、チームと共に大きな成長を遂げたのだろう。

本橋選手が試合後に抱いていた子供は誰だろう。本橋選手の子供にしては小さいように思う。抱き方もさすが現役ママと思わせた。トリノの頃の天真爛漫さはなくなったが、チームの精神的主柱として、まさに母親のような存在なのだろう。知那美選手と藤澤選手という二つの才能を再生して成長させた手腕は、コーチとしても一流であるらしい。
三度目のオリンピックとなって、レジェンド小笠原選手、船山選手と並ぶ。小笠原選手が現役続行を宣言する中で、負けないように選手としてオリンピックに参加したいだろうけど、チームとしては今大会の布陣が最もハマっているように思える。

ロコ・ソラーレ北見のみなさん、おめでとうございます。



ryota120802 at 17:28|PermalinkComments(8) 日々 | カーリング

2017年09月08日

平昌オリンピック代表選考会1

いよいよ今日から、女子カーリングの平昌五輪代表選考会が始まる。
会場はLS北見のホームリンクである常呂にあるが、中部電力も長野から毎月遠征し、「もはやホーム」とスキップ松村選手が豪語するほど熟知している。私も二度訪れて、確かにさほど広い場所でないことは知っているけれど、北海道の辺鄙な場所にあるマイナー競技の観戦チケットは、すでにすべて売り切れだそうだ。

直前のどうぎんクラシックで北見が優勝し、中電は7位に沈んだように、地力は北見が優っている。国際大会を含める大きな試合での経験も北見に軍配は上がるが、チームはかつて万年二位と言われて北海道銀行の影だったこともあり、藤澤選手は中電時代に大きな挫折を味わい、吉田知那美選手も戦力外通告を受けたこともある。世界選手権銀メダルの強豪ではあるが、過度なエリート意識とは無縁のチームだ。しかも、現在のカーリング人気の功労者の一人で、若い頃から天才と呼ばれた本橋選手がリザーブに回るほどの選手層の厚さを誇る。

一方の中電は若いチームだ。調子の波はありそうだが、怖いもの知らずの勢いがある。チームはかつて藤澤選手をスキップに擁して国内最強を誇りながら、直前の代表選考会でソチ五輪出場権をさらわれた。選手・コーチの離脱が相次ぎ、会社の支援も失ってチームは崩壊寸前までいった。現チームのサードとスキップを担う若い二人が踏み止まり、入団したさらに若い選手を育て、ついに日本選手権奪還まで漕ぎ着けた。チームとして一度さらわれたオリンピックのチャンスを取り返す悲願がある。

意地とプライドがぶつかる壮絶な3日間が始まる。

ryota120802 at 08:32|PermalinkComments(2) 日々 | カーリング

2017年09月07日

夏休みの自由研究


次男の小学校生活最後の夏休みが終わった。サッカークラブの練習や試合、中学受験を目指す塾の夏期講習など、慌ただしい日々で、全くのんびりできなかったはずだ。わずか一泊の国内家族旅行へ行ったが、それは改めて書こうと思う。

忙しい日々の中で、次男は学校から出た自由研究の宿題に取り組む時間がどうしても見つけられなかった。正しいことではないけれど、頑張っていたのはわかっているので、テーマだけは本人に選ばせて、構成も含めて中身はすべて私が各ホームページから切り貼りし、少しだけだが作文などもしてみた。
テーマは、元素がいいとのことである。塾の化学の授業で、核融合の話を聞いて印象に残ったらしい。日本発の新元素命名のニュースもあり、タイトルは「元素とその発見」とした。
巻頭の「調べることにした動機」と巻末の「調べて思ったこと」は、私のまとめを読ませ、また紙に移し書く時に自分の言葉で書かせた。さすがにそこまで作文できない。
「身近な元素」も本人に選ばせた。銅、アルミニウム、フッ素と即答したが、理由はよく分からない。なぜ核融合と関係ないのかも分からない。

以下は草稿の全文である。核融合がポッカリ落ちているが、それが動機だと知ったのが作り上げてからだったし、次男も何も言わないので、作り直しはしなかった。
長男の時にも「小惑星の衝突」の資料を集めたり、結構楽しんだので来年から無くなってしまうのは少々寂しい。子供たちに手がかからなくなるのは、楽ではあるものの、やはり取り残されるような哀しさがある。

元素とその発見

元素とは
草や木や動物、海、山、大気、宇宙、そして私たち自身も、この世にある全てのものは元素から出来ています。
これまでに知られている元素はたったの118種類。しかも天然に存在するのは90種類ぐらいです。その一つでも欠けてしまうと、今ある世界は一変してしまうと言われています。
水素 (H) がなくなると水はなくなってしまい、地球上のあらゆる生き物が生きていけません。マッチに使われるリン (P) も生物が生きていくのに欠かせません。放射性元素だって欠けると今の生態系は変わってしまうかもしれないのです。
また、私たちの生活や産業の発展を支えているのも元素です。炭素 (C) は、重要なエネルギーである石炭や石油など化石燃料を作り出しています。鉄 (Fe) は現在の様々な器具や建物を作り出しています。
聞きなれないイリジウム ( Ir ) やガリウム (Ga) など今話題のレアメタルは電子部品としてパソコンやテレビ、携帯電話などを作り出しています。
先端技術や次世代技術にも元素は重要です。銀 (Ag) は太陽電池の電気伝導体として使用されています。金 (Au) はスペースシャトルや人工衛星に使われています。白金 (Pt) は燃料電池に使われています。また、ユウロピウム (Eu) やエルビウム (Er) などの希土類 (レアアース) も、蛍光体や光ファイバーに使われています。
良く知られた元素も、なじみのない元素も一つ一つが役割を持っており、組み合わさり、形づくる事で、現在の世界を生み出し、また、私たちの生活を豊かにしているのです。

元素はかつて「それ以上分けることができない物質」としてされていましたが、「物質を構成する最小の粒子」は原子と考えられるようになりました。
1個の原子の中には、同じ数の電子と陽子があり、その電子と陽子の数が、原子番号になっています。
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つまり、原子番号1の水素は陽子と電子を1個、原子番号2のヘリウムは陽子と電子を2個もっているということ。そして、この原子番号の順番に元素を並べたものが「元素周期表」です。
一目見てそれぞれの元素の特性が分かることから、この元素周期表は、化学や物理学の分野でガイドマップとして使われています。
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身近な元素

銅(どう)は原子番号29の元素。元素記号は Cu。元素記号Cuはラテン語の読み、さらに cyprium aes(キプロス島の真鍮)に由来し、キプロスにフェニキアの銅採掘場があったことに由来します。
オリンピックなどで3位になると銅bronze(ブロンズ)メダルが贈られますが、bronzeは正確には青銅という銅とスズの合金のこと。ただし、銅メダルの素材は確かに青銅であり、ブロンズメダルというのは正しいそうです。
銅は自然銅として自然中に存在しており、先史時代から使われてきた金属です。銅の使用には少なくとも1万年の歴史があり、紀元前9000年の中東で利用されはじめたと推測されています。
銅は、お金としてよく使われました(銅貨)。紀元前6世紀から紀元前3世紀までを通して、ローマでは銅の塊をお金として利用していたそうです。
現代の日本の硬貨においても、5円玉が黄銅(銅と亜鉛の合金)、10円玉が青銅、50円と100円が白銅(銅とニッケルの合金)、500円玉にニッケル黄銅という銅の合金が用いられています。

アルミニウム
アルミニウムは、原子番号 13の元素。元素記号は Al。アルミと略して呼ばれることも多いです。アルミニウムを使用した日用品は数多く、非常に生活に身近な金属です。天然には化合物のかたちで広く分布し、地殻を形成する主な元素の一つです。
自然界に広く分布する元素であるにもかかわらず発見が非常に遅く、金属として使われるようになった歴史はほかの重要金属に比べて非常に浅いです。
ただし、古代エジプトではすでにアルミニウムの化合物であるミョウバンが知られており、染色剤や防水剤、消火剤、皮なめし剤などとして広く利用されてきました。しかし長くミョウバンの中に金属が含まれているとは考えられていなかったのですが、1807年 、イギリスのハンフリー・デービーが発見し、ミョウバンを表すラテン語の単語 Alumen からAlumium と名付けました。
アルミニウムは金属の中では軽量で、軟らかくて加工しやすい性質を持っており、一円玉やアルミ箔、アルミ缶、鍋、アルミサッシ、道路標識など、様々な用途に使用されています。ただし大抵はアルミニウム合金としての利用であり、1円硬貨のようなアルミニウム100%のものは珍しいそうです。

フッ素
フッ素は原子番号 9 の元素。元素記号はラテン語の頭文字よりFが使われています。
フッ素の化合物は、一般に極めて安定しており、長期間変質しないという特徴を持ちます。この性質から、代表的なフッ素化ポリマーであるポリテトラフルオロエチレン(テフロン)は、焦げ付きにくいフライパンの表面のコーティングに用いられています。
歯の表面処理に有効で、歯磨き粉や歯科治療に使われる他、水道水に混入する国もあるそうです。

元素発見の歴史
大昔、ギリシャの大哲学者アリストテレスは「万物は水、空気、火、土の4つの元素からなる」と唱え、しかも変われると考えていました。このことは、近世までずっと長い間、二千年も信じられてきたのです。そして、中世には多くの錬金術師がこの考え方に基づいて、金や銀を作り出そうとしていました。
錬金術が金や銀を作り出すことはありませんでしたが、実験器具や操作方法が開発されたり、実際にリン(P)は錬金術の過程で発見されたと言われています。
18世紀になると産業革命が起き、現代化学の幕開けによってアリストテレスの考えは間違っていることが分かりました。元素は原子の組み合わせからなり、他の元素に変わることはないと信じられるようになると、化学者たちは未発見の元素を見つけようと競い合い、新しい技術もどんどん開発されて、60種類以上の元素が発見されました。
元素を原子量順に並べる周期表を思いついたのは、ロシアのメデレーエフという人でした。これによって、未発見の元素がすぐわかり、元素の発見はさらに進みました。
現在の周期表は、原子量ではなく原子番号(陽子の数)に並んでいます。これはイギリスのモーズリーという化学者が思いついたものです。モーズリーの周期表は、ノーベル賞間違いなしの大発見だったのですが、27歳で第一次世界大戦によって戦死してしまいました。
20世紀になると、人工的に元素を作るようになります。アメリカのシーボーグはアクチノイド系列の元素の半分以上を発見しました。シーボーギウム(Sg)という原子番号106の元素は、シーボーグにちなんでつけられたものです。
周期表を見ると、113番元素発見以前は全て欧米諸国ばかりです。なお、発見国には諸説ある元素もあります。
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日本およびアジア初の新元素発見
日本の理化学研究所では、純国産の加速器を使って、亜鉛(Zn原子番号30)とビスマス(Bi 原子番号83)を衝突させ、融合させて30 + 83 = 113番元素を作り出しました。
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新しい元素の発見は、日本初であるだけでなく、アジア初でもありました。
日本が発見した新元素は、nihonium (ニホニウム)元素記号:Nhに正式決定しました。
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幻の発見
2017-09-03-10-52-14小川正孝(1865-1930)

1908年、日本の科学者、小川正孝は原子量が約100の43番元素を精製・分離したと主張し、ニッポニウムとして発表しました。しかし他の誰も結果を再現できませんでした。それから29年後の1937年、エミリオ・セグレがアメリカの加速器を使って43番元素を作り出しました。ニッポニウムは幻となり、43番元素は1947年にテクネチウム(Tc)と命名されたのです。実はこのテクネチウムに安定元素は存在せず、小川先生の方法では見つかるはずがなかったのです。小川先生の死後、研究資料を詳しく調べると、精製・分離したその物質はテクネチウムと化学的性質が似ている周期表直下の元素、レニウム(Re 原子番号75、1925年に独のワルター・ノダックらが発見)であることが判明しました。小川先生が新元素を見つけていたのは事実だったのです。
元素の名前の付け方のルールに、正式でなくても一度つけられた名前は使うことができない、とあり、ニッポニウムは今回発見の新元素も、今後も使うことができないのです。

参考資料
113番元素特設ページ | 理化学研究所 仁科加速器研究センター
元素発見の歴史/113番元素特設ページ | 理化学研究所 仁科加速器研究センター
http://www.nishina.riken.jp/113/
【祝・新元素発見】理研が113番元素の合成に成功!:文部科学省
http://www.mext.go.jp/a_menu/shinkou/ryoushi/detail/1326302.htm
原子記号の由来
http://www.geocities.jp/tarosaku39/
元素って何? | TBSテレビ : 特別展「元素のふしぎ」
http://www.tbs.co.jp/genso-ten/about/
幻の元素”ニッポニウム”とは何か?!-日本人【小川正孝】が1908年に報告した新元素 - NAVER まとめ
https://matome.naver.jp/odai/2137267042700077801?&page=1
元素発見物語
http://www.water.sannet.ne.jp/masasuma/masa/c1-1.htm


ryota120802 at 08:18|PermalinkComments(0) 日々 

2017年08月25日

バンコク出張

久しぶりのタイ出張。本当は先日のオーストラリアに続けて行くつもりだったけれど、先方の都合で別日となった。
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初めて泊まるホテルは、ショッピングセンターのすぐ隣で、夕食の便利が良い。
しかし、並んでいるレストランに日系があまりにも多くて驚いた。吉野家、大戸屋、てん屋、トンコツラーメンの店もある。しかもどこも繁盛しているのだ。
むしろタイ料理屋を探すのに手間取ったほどだ。
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町中に前国王の肖像画が溢れていた。タイ国民のために尽くしたプミポン国王は、今でも慕われており、一回忌となる10月13日に向けた準備であるらしかった。
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タイは、年中何かしらのフルーツが出回るが、今はロンガンのシーズンだと言う。写真を撮るのを失念したが、タイにあってさえ今しか食べられない新鮮なロンガンを食べまくった。食べ過ぎると体調壊すこともあるよ、と同僚に脅された。
http://thai-longstay.seesaa.net/article/373036876.html

同僚と、ハスの池のほとりにあるレストランで食事した。写真を撮っていたら、足下で何かが動いた。見てみると、草木の影に黄色のマダラ模様の太い尻尾が見えた。大きなヘビかと思ったが、脚がある。次の瞬間、水音を立てていなくなった。どうやらトカゲらしい。それにしてもデカい。伸ばせば1m近いのではないだろうか。背中がゾワゾワした。頭は見えなかったが、もし目が合っていたら、もっと恐ろしかったに違いない。
調べてみると、町中にも構わず現れるのだそうだ。
http://www.thaich.net/news/20160710oo.htm?more
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同僚は、最初もっとローカルな店に連れて行こうとしたようだが、たまたま定休日だったらしい。かつて運河として使われた川の辺りの店だった。タイもすべてのものに神が宿ると信じていて、何でもないような場所にもお供え物があった。
日本では失われつつある、自然と共に生きる暮らしがまだ残っている。
ただ、ミズオオトカゲは嫌われ者らしい。それでも、よほど増えない限り、駆除の動きはないようだ。駆除にも反対意見が多いらしい。タイの優しい文化は、いつも心地いい。
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ryota120802 at 14:04|PermalinkComments(0) タイ 

2017年08月18日

オーストラリア出張2

今年二度目のオーストラリア出張。再び二週間の長丁場である。しかも前回とは別の田舎町だった。
オーストラリア出張後にタイに寄るつもりで、バンコク経由の便を予約したが、直前になって先方からドタキャンをくらい、バンコクを経由する意味は無くなったが、変更はもはやできなかった。
成田からバンコクへ飛び、ラウンジで待って、シドニーへ。
シドニーの国内線ターミナルは少し離れている。案内を乞うと「Tバスに乗れ」と言うので、6ドルのチケットを買った。「少し遅れている」と係員に言われて、バス停で10分ほど待った。ようやくやって来たバスに乗る客は他におらず、「予定のバスを一本キャンセルする、フライトは何時か?」と運転手が訊いてきた。乗り継ぎ時間は十分にある、と応えるとしばらく待たされ、結局私一人を乗せてバスは出発した。
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国内線ターミナルまで混んだ道ではあったが、すぐに着いた。「これで6ドル?」と言うのが正直な印象である。待ち時間も入れれば、歩いたって着いたのではないか。歩かないけど。
国内線ターミナルで、リージョナル・エクスプレスにチェックイン。荷物を預けるのが嫌いなので、冬服の二週間分を削りに削って手荷物サイズに収めてきたのに、スーツケースを預けろ、と言われた。後で分かった事だが、プロペラエンジンの小さな機体だった。確かに入れるスペースがない。
待合室で便を待つ。少し遅れるとのアナウンスに溜め息をつく。

地方空港までは一時間ほど。窓からブロッケン現象が見えた。
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空港でレンタカーを借りる。ナビを予約してあったが、箱を渡されただけだった。開けると、モニターとコード、そして吸盤で固定するアームが入っていた。自分でセットしろということらしい。
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ようやくホテルに着いた。とにかく遠かった。
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ここで二週間過ごすはずだったが、オーストラリア国内からの出張で、同じホテルに滞在するはずだった同僚は、奥さんが急遽手術を受けることになり、戻ってしまった。彼はこのプロジェクトのリーダーであるが、子供達の面倒も見ねばならず、当たり前だが出張はできない。
彼の住む町へ、週末に拠点を移すことにした。片道450kmあるが、車で移動することにした。
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移動先のホテルは、レーシングサーキットのすぐ隣にあり、部屋からレース場が見える。レース場は公道として開放されていて、自由に走ることができる。
仕事を終えて、少し薄暗くなってから二周してみた。目の前を何かが動いて驚いた。野生のカンガルーだった。少しだけ併走すると、ガードレールを飛び越えて行ってしまった。その先には親と兄弟と思われる数頭が待っていた。
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一週間の仕事を終え、やはり450kmを移動して戻り、レンタカーを返却して国内線を待った。待合室の隣にセキュリティチェックがあり、ゲートオープンというので、当然通るものだと思い込み、チェックを通ったものの何か様子がおかしい。誰も後をついて来ないのだ。係員に確認すると、リージョナル・エクスプレスのゲートは隣だと言う。せっかく通ったセキュリティチェックを戻ると、若い係員の立つドアがあった。「セキュリティチェックいらないの?」と訊くと、「いらないよ」と言う。思い出してみれば、行きにもセキュリティチェックを受けていなかった。いい加減なものだ。
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メルボルン空港へ飛んだ。ここは国際線と国内線が隣接しており、歩いて行ける。
バンコクを経由して成田に到着したら、あまりの暑さに身体中の汗腺から汗が噴き出し、その後のリムジンバスでのクーラーに当たったのか、すっかり風邪をひいてしまった。
オーストラリアの冬に馴染んだ身体が驚いたらしい。季節の変化は、徐々に慣れていくべきなのだと痛感した。バンコクでの仕事がドタキャンで良かったと思った。日本の夏の比ではないではないか。きっと寝込んでいたに違いない。

ryota120802 at 22:21|PermalinkComments(0) オーストラリア 

2017年08月17日

オーストラリアのトイレ事情

まさかもはや無いとは思うが、私の通った小学校舎はまだ木造だった。トイレは校舎内には無く、離れに設えられていた。暗く不気味で、トイレにまつわる怪談もあった。
そんな恐ろしさもあって、大きい方のトイレは使った記憶がない。女子はかなり怖かったのではないか。
男子の個別の小便器は無く、コンクリートの打ちっぱなしの壁に向かって、複数人で並んでしていた。歴々の小児による小便の跡が奇怪な染みを作っていた。
そんなトイレは、学校だけでなく他でもよく見かけたが、今ではほとんど見なくなった。わずかに近所の公園が材質をステンレスに変えて設置しているが、やはり好きになれない。
何故こんな話を長々とするかと言うと、オーストラリア出張でこのトイレを何度も見たからだ。
工場でも、パブやレストランでも、ホテルでさえそうだった。
どうしても気味が悪いのだった。

ryota120802 at 23:18|PermalinkComments(0) オーストラリア 

2017年07月11日

コロプラスタンプの旅 出羽越

東北を巡る旅の第二弾である。日本海沿いを鉄道で移動する。始点は秋田能代を考えた。この地へは長く東京からの夜行バスによるプランを温めてきたのだが、羽田から大館能代に飛べることを知り、出張で貯まったマイルを使うことにした。
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羽田を離れて、大館能代空港へは真北へ向かう。途中、猪苗代湖と磐梯山を眺め、「ブラタモリ」で観た裏磐梯へ拡がる山体崩壊の痕が見えた。
空港から鷹巣駅までリムジンバスに乗る。リムジンバスと案内にはあるものの、実際はただの路線バスである。約10分280円。
待ち時間があったので、駅前にラーメンの幟を見つけて魚介ラーメンを食べた。独特な香りと甘い味で、店を出てずいぶん経ってから、しょっつるではないかと思いたったけれど、確かめる手段がない。
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鷹巣から奥羽本線に乗って、秋田駅まで行く。真っ赤な夕日が平日の野に沈んでも、車内にサラリーマンがほとんどいない。ガラガラに空いていることも合わせて、ものすごい違和感があるものの、きっと東京の通勤電車が異常なのだと思う。

能代
男鹿/潟上
秋田


秋田駅には暗くなってから着いた。みどりの窓口で翌日のチケットを購入し、コンビニでツマミとビールを買って飲んだ。地の名物を食べたいとも思うが、ラーメンを食べたし、積極的に探したわけではないが、駅前に雰囲気の良い店が見あたらなかった。

秋田は、幕末の国学の雄の一人、平田篤胤の生誕地である。
秋田ではまともな幼少期を過ごせず、長じて故郷を飛び出し、平田家に養子に入って膨大な著書を遺した。後に幕府の怒りを買い、秋田に戻るよう命じられるとともに、著作も禁じられ、失意のまま68歳で死んだ。
生誕地と没地が駅構内の地図に見えた。訪れてはいない。

9:15発のいなほ号に乗る。車窓をぼんやり眺めていたら、なんだか懐かしい気持ちになり、ふと大学四年生だった初秋に、寝台列車「日本海」に乗って、この路線を逆向きに走ったことを思い出した。季節も違うし、三十年近く前のことで、景色もずいぶん変わっているだろうはずなのに、記憶の不思議を見た思いだった。

由利本荘/にかほ

この辺りは駅名に羽後を冠している所が多い。かつて広大な領域を誇った出羽国が、幕末の奥羽越列藩同盟で幕府軍として戦って敗け、明治の世になって南北に分断された。地名としては黒歴史なのかと思っていたが、間違いだったようだ。
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酒田
鶴岡


幕末、酒田と鶴岡を含んだ庄内藩は歴々の譜代大名の地で、京都守護職の任に就いたことで藩財政を狂わさせられた会津藩と異なり、潤沢な資金を背景に近代化された軍と豊富な人材を有し、戊辰戦争では幕府側として唯一負け知らずの藩だった。しかし、諸藩が降伏して孤立したため、やむなく降伏した。
戦後、会津藩は熾烈を極める仕打ちにあったが、庄内藩にほとんどお咎めがなかった。西郷のひと声によると言われ、感激した旧庄内藩士の、その後の西郷への傾倒は思慕のレベルではなかった。西郷が賊となった西南戦争でも、旧庄内藩士が続々と従軍している。
薩摩藩は、幕府を完全に解体すべくプランしていたが、土佐の進言による大政奉還で倒幕の大義を失った。その際、江戸詰めの薩摩藩士はあらゆる暴行を働き、江戸市内の警察組織のような立場だった庄内藩士は薩摩藩邸を焼き討ちにした。
このことで倒幕の大義を得た薩長両藩は、再び挙兵し、戊辰戦争へ突入する。庄内藩への寛大な措置は、維新の大きな転換点となったこの事件のお礼とも言われる。

特急列車は、越の国新潟県へ入った。

村上
新発田/胎内
新潟市北区
新潟
新潟駅周辺
新潟市秋葉区
新潟市南区
加茂
三条
見附
長岡


幕末、長岡藩は家老河井継之助のリーダーシップの下で、江戸藩邸にあった家宝を売り払い、さらに財テクで増やし、当時日本国内最新最強の武装を施して一藩独立を目指したものの、結局は奥羽越列藩同盟に組し、戊辰戦争最大と言われる激戦を戦った。
河井継之助は数に押されて敗退、会津で破傷風を悪化させて死んだ。
長岡藩のアームストロング砲は、上野の彰義隊の反乱をわずか1日で終息に導いた。

燕三条を中心とする地域は、江戸初期から和釘の金属加工で名を馳せ、明治に入って和釘の需要が落ちると、洋食器や包丁に技術を水平展開して、「藤次郎包丁」は世界中の料理人垂涎のブランドとなった。
アウトドア、キャンプ道具の生産販売にも成功し、スノーピークは「オーバースペック」と言われるほどの最高の品質でキャンパー憧れのブランドとなる一方、キャプテンスタッグは一般的なキャンプに十分な品質を手に届きやすい価格で提供している。
河井継之助の独立独歩の精神が息づいているのかもしれない。

小千谷/魚沼
枕崎
上越市直江津周辺


上越妙高からは北陸新幹線はくたかへ乗り継ぎ。待ち時間が小一時間あったので、ビールを購入して、一本だけ飲んだ。
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北海道フェアが開催されていて、北海道限定ビール「サッポロクラシック」も買えたが、新潟限定ビールの飲み比べをすることにした。
20スタンプに乾杯である。
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ryota120802 at 17:10|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 日本 | コロプラ

2017年07月04日

ぼくは明日、昨日のきみとデートする

長時間拘束となる国際線での数少ない楽しみの一つに映画鑑賞がある。まだDVD発売前や上映中の話題の映画が観られる。先日のオーストラリア出張でも、リモコン片手にオンデマンド画面から映画を探した。北京とシドニー間のフライトなので、日本語訳はなく、邦画もほとんどない。ようやく見つけたのが、「ぼくは明日、昨日のきみとデートする」だった。普段なら恋愛映画など絶対に観ることはないだろうに、私はすっかりハマってしまったのだ。
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https://movies.yahoo.co.jp/movie/%E3%81%BC%E3%81%8F%E3%81%AF%E6%98%8E%E6%97%A5%E3%80%81%E6%98%A8%E6%97%A5%E3%81%AE%E3%81%8D%E3%81%BF%E3%81%A8%E3%83%87%E3%83%BC%E3%83%88%E3%81%99%E3%82%8B/357423/

舞台は京都。共に二十歳の設定である主人公の二人と同じ歳だった昔に、私自身が過ごした懐かしい街である。叡山電車の駅の近くで暮らしたことも共通している。見覚えある場所は少ないのだが、私の胸の奥にしまわれた青春の琴線に触れるには十分だった。

私はまだ原作を読んでいないけれど、パラレルワールド設定の不可解さは多くの人が原作本時点から指摘していたようだ。
http://gatsutaka.blog26.fc2.com/blog-entry-388.html
私も理系人間の端くれなので、気にならないことはないものの、詳細を詰めていくことは、パラレルワールドの存在をまず認めるという論理矛盾のパラレルワールドに陥ることになる。人生の中の最も輝いたひと月に二人を閉じ込める舞台設定として不可欠だったのだと割り切った。
例えば、「魔女の宅急便」も私の好きな映画の一つだが、アニメとはいえ魔女ありきで当たり前にストーリーが進む。ジブリ作品の設定にリアリティを求めないのと同じように、実写映画のファンタジーもあっていいだろう。

私がこのストーリーが好きな理由の一つに、誰も死なないことがある。切なさや哀しさのために、安易に人が死ぬ話が多過ぎる。話の中とはいえ、たかがそんなことのために人が死ぬことは耐えがたい。アニメや漫画の暴力シーンが問題になることはあっても、ドラマや映画で簡単に人が死ぬことは何故か非難されない。人の死に慣らされているとは何故思わないのだろう。悲しめばそれでいいのか。
映画の冒頭、愛美が精一杯の笑顔で「また会えるよ、また明日ね」と泣く。その笑顔と涙の秘密はストーリーを追うことで明らかになるが、未曾有の自然災害が続く日本にあって、この言葉を大切な人に伝えたかった人が多くいる。世代は離れるが、先の戦争においてもそうだった。もう会えない人にこの一言を笑顔で伝える意味を、この平和な日本にあって誰も殺さないストーリーに載せることは、設定の雑さなどどうでもいいくらい重要なことだと思う。

矛盾といえば、15歳の女の子が、突然訳の分からないおっさんに告げられた5年後に起こる運命の恋を信じ続け、かつあれほどの理想的な女の子に成長しながら、その本当かどうか分からぬ運命の恋のために、おっさんの若い頃にわざわざ会いに行くほどの非リア充であるはずがないのである。

ともかくも半信半疑?でやって来た愛美は、稀代のイケメンと出会う。イケメンが乞うままに絵のモデルとなり、5年前に手渡された自分の絵に再会する。ここでようやくおっさんの話は真実だったのだと気づくことができたはずだ。
ここで愛美が運命のひと月の詳細を知りたがる理由が分からない。毎日何時にどこへ行けばいいか分からず会うことができないのはあるだろう。しかし、事細かに知る必要がどこにあるのか。結果として、後から高寿の不信を生むことになる。しかもそれは高寿自身が調子に乗ってペラペラ喋ったせいだと、最終日になって思い切り凹むことになるのだ。
しかも、いくらイケメンに思い切り好意を寄せられても、ハイそうですかと簡単に恋に落ちる訳にはいかない。運命の初日を、相手の盛り上がりとは裏腹に、不安のまま手を握っただけで終える。「私はいい恋人だった?」の質問は、本当にいい恋人になれるのかしらの裏返しかもしれない。
二日目の両親と会うことになる際に、バスに乗ることに躊躇するのはその表れだろう。昨日初めて会い、手を握っただけの相手の両親に紹介されても、どうしていいのか分からないはずだ。「俺の彼女」と紹介された時の小さな驚きと少しの喜び。愛美はどうやらこの経験で覚悟を決めたようだ。高寿にとっての愛美の絵に相当する、両親と四人での記念写真を撮ることを思いつく。

愛美が本当の意味で高寿を好きになる瞬間を、私には映画から読み取れなかった。
本来なら彼女が高寿を好きになる必要も、理由もなかった。理想の女の子が運命的に自分に会いに来てくれ、あろうことか好きになってくれ、しかも自分が体験した幸福な日々を自らを犠牲にしてなぞってくれる、なんてどう考えても男の身勝手である。こんなことを思いつくのは、青春の甘酸っぱさを忘れられぬおっさんだけだ。おっさんによる、おっさんのためのこのストーリーに、本当に世の女性は共感し、泣くことができるのか。
私にはちょっと信じられない。

おっさんの私は、見事にハマり、愛美に恋したのだった。
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ryota120802 at 20:25|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 日々 
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