2017年07月11日

コロプラスタンプの旅 出羽越

東北を巡る旅の第二弾である。日本海沿いを鉄道で移動する。始点は秋田能代を考えた。この地へは長く東京からの夜行バスによるプランを温めてきたのだが、羽田から大館能代に飛べることを知り、出張で貯まったマイルを使うことにした。
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羽田を離れて、大館能代空港へは真北へ向かう。途中、猪苗代湖と磐梯山を眺め、「ブラタモリ」で観た裏磐梯へ拡がる山体崩壊の痕が見えた。
空港から鷹巣駅までリムジンバスに乗る。リムジンバスと案内にはあるものの、実際はただの路線バスである。約10分280円。
待ち時間があったので、駅前にラーメンの幟を見つけて魚介ラーメンを食べた。独特な香りと甘い味で、店を出てずいぶん経ってから、しょっつるではないかと思いたったけれど、確かめる手段がない。
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鷹巣から奥羽本線に乗って、秋田駅まで行く。真っ赤な夕日が平日の野に沈んでも、車内にサラリーマンがほとんどいない。ガラガラに空いていることも合わせて、ものすごい違和感があるものの、きっと東京の通勤電車が異常なのだと思う。

能代
男鹿/潟上
秋田


秋田駅には暗くなってから着いた。みどりの窓口で翌日のチケットを購入し、コンビニでツマミとビールを買って飲んだ。地の名物を食べたいとも思うが、ラーメンを食べたし、積極的に探したわけではないが、駅前に雰囲気の良い店が見あたらなかった。

秋田は、幕末の国学の雄の一人、平田篤胤の生誕地である。
秋田ではまともな幼少期を過ごせず、長じて故郷を飛び出し、平田家に養子に入って膨大な著書を遺した。後に幕府の怒りを買い、秋田に戻るよう命じられるとともに、著作も禁じられ、失意のまま68歳で死んだ。
生誕地と没地が駅構内の地図に見えた。訪れてはいない。

9:15発のいなほ号に乗る。車窓をぼんやり眺めていたら、なんだか懐かしい気持ちになり、ふと大学四年生だった初秋に、寝台列車「日本海」に乗って、この路線を逆向きに走ったことを思い出した。季節も違うし、三十年近く前のことで、景色もずいぶん変わっているだろうはずなのに、記憶の不思議を見た思いだった。

由利本荘/にかほ

この辺りは駅名に羽後を冠している所が多い。かつて広大な領域を誇った出羽国が、幕末の奥羽越列藩同盟で幕府軍として戦って敗け、明治の世になって南北に分断された。地名としては黒歴史なのかと思っていたが、間違いだったようだ。
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酒田
鶴岡


幕末、酒田と鶴岡を含んだ庄内藩は歴々の譜代大名の地で、京都守護職の任に就いたことで藩財政を狂わさせられた会津藩と異なり、潤沢な資金を背景に近代化された軍と豊富な人材を有し、戊辰戦争では幕府側として唯一負け知らずの藩だった。しかし、諸藩が降伏して孤立したため、やむなく降伏した。
戦後、会津藩は熾烈を極める仕打ちにあったが、庄内藩にほとんどお咎めがなかった。西郷のひと声によると言われ、感激した旧庄内藩士の、その後の西郷への傾倒は思慕のレベルではなかった。西郷が賊となった西南戦争でも、旧庄内藩士が続々と従軍している。
薩摩藩は、幕府を完全に解体すべくプランしていたが、土佐の進言による大政奉還で倒幕の大義を失った。その際、江戸詰めの薩摩藩士はあらゆる暴行を働き、江戸市内の警察組織のような立場だった庄内藩士は薩摩藩邸を焼き討ちにした。
このことで倒幕の大義を得た薩長両藩は、再び挙兵し、戊辰戦争へ突入する。庄内藩への寛大な措置は、維新の大きな転換点となったこの事件のお礼とも言われる。

特急列車は、越の国新潟県へ入った。

村上
新発田/胎内
新潟市北区
新潟
新潟駅周辺
新潟市秋葉区
新潟市南区
加茂
三条
見附
長岡


幕末、長岡藩は家老河井継之助のリーダーシップの下で、江戸藩邸にあった家宝を売り払い、さらに財テクで増やし、当時日本国内最新最強の武装を施して一藩独立を目指したものの、結局は奥羽越列藩同盟に組し、戊辰戦争最大と言われる激戦を戦った。
河井継之助は数に押されて敗退、会津で破傷風を悪化させて死んだ。
長岡藩のアームストロング砲は、上野の彰義隊の反乱をわずか1日で終息に導いた。

燕三条を中心とする地域は、江戸初期から和釘の金属加工で名を馳せ、明治に入って和釘の需要が落ちると、洋食器や包丁に技術を水平展開して、「藤次郎包丁」は世界中の料理人垂涎のブランドとなった。
アウトドア、キャンプ道具の生産販売にも成功し、スノーピークは「オーバースペック」と言われるほどの最高の品質でキャンパー憧れのブランドとなる一方、キャプテンスタッグは一般的なキャンプに十分な品質を手に届きやすい価格で提供している。
河井継之助の独立独歩の精神が息づいているのかもしれない。

小千谷/魚沼
枕崎
上越市直江津周辺


上越妙高からは北陸新幹線はくたかへ乗り継ぎ。待ち時間が小一時間あったので、ビールを購入して、一本だけ飲んだ。
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北海道フェアが開催されていて、北海道限定ビール「サッポロクラシック」も買えたが、新潟限定ビールの飲み比べをすることにした。
20スタンプに乾杯である。
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2017年07月04日

ぼくは明日、昨日のきみとデートする

長時間拘束となる国際線での数少ない楽しみの一つに映画鑑賞がある。まだDVD発売前や上映中の話題の映画が観られる。先日のオーストラリア出張でも、リモコン片手にオンデマンド画面から映画を探した。北京とシドニー間のフライトなので、日本語訳はなく、邦画もほとんどない。ようやく見つけたのが、「ぼくは明日、昨日のきみとデートする」だった。普段なら恋愛映画など絶対に観ることはないだろうに、私はすっかりハマってしまったのだ。
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https://movies.yahoo.co.jp/movie/%E3%81%BC%E3%81%8F%E3%81%AF%E6%98%8E%E6%97%A5%E3%80%81%E6%98%A8%E6%97%A5%E3%81%AE%E3%81%8D%E3%81%BF%E3%81%A8%E3%83%87%E3%83%BC%E3%83%88%E3%81%99%E3%82%8B/357423/

舞台は京都。共に二十歳の設定である主人公の二人と同じ歳だった昔に、私自身が過ごした懐かしい街である。叡山電車の駅の近くで暮らしたことも共通している。見覚えある場所は少ないのだが、私の胸の奥にしまわれた青春の琴線に触れるには十分だった。

私はまだ原作を読んでいないけれど、パラレルワールド設定の不可解さは多くの人が原作本時点から指摘していたようだ。
http://gatsutaka.blog26.fc2.com/blog-entry-388.html
私も理系人間の端くれなので、気にならないことはないものの、詳細を詰めていくことは、パラレルワールドの存在をまず認めるという論理矛盾のパラレルワールドに陥ることになる。人生の中の最も輝いたひと月に二人を閉じ込める舞台設定として不可欠だったのだと割り切った。
例えば、「魔女の宅急便」も私の好きな映画の一つだが、アニメとはいえ魔女ありきで当たり前にストーリーが進む。ジブリ作品の設定にリアリティを求めないのと同じように、実写映画のファンタジーもあっていいだろう。

私がこのストーリーが好きな理由の一つに、誰も死なないことがある。切なさや哀しさのために、安易に人が死ぬ話が多過ぎる。話の中とはいえ、たかがそんなことのために人が死ぬことは耐えがたい。アニメや漫画の暴力シーンが問題になることはあっても、ドラマや映画で簡単に人が死ぬことは何故か非難されない。人の死に慣らされているとは何故思わないのだろう。悲しめばそれでいいのか。
映画の冒頭、愛美が精一杯の笑顔で「また会えるよ、また明日ね」と泣く。その笑顔と涙の秘密はストーリーを追うことで明らかになるが、未曾有の自然災害が続く日本にあって、この言葉を大切な人に伝えたかった人が多くいる。世代は離れるが、先の戦争においてもそうだった。もう会えない人にこの一言を笑顔で伝える意味を、この平和な日本にあって誰も殺さないストーリーに載せることは、設定の雑さなどどうでもいいくらい重要なことだと思う。

矛盾といえば、15歳の女の子が、突然訳の分からないおっさんに告げられた5年後に起こる運命の恋を信じ続け、かつあれほどの理想的な女の子に成長しながら、その本当かどうか分からぬ運命の恋のために、おっさんの若い頃にわざわざ会いに行くほどの非リア充であるはずがないのである。

ともかくも半信半疑?でやって来た愛美は、稀代のイケメンと出会う。イケメンが乞うままに絵のモデルとなり、5年前に手渡された自分の絵に再会する。ここでようやくおっさんの話は真実だったのだと気づくことができたはずだ。
ここで愛美が運命のひと月の詳細を知りたがる理由が分からない。毎日何時にどこへ行けばいいか分からず会うことができないのはあるだろう。しかし、事細かに知る必要がどこにあるのか。結果として、後から高寿の不信を生むことになる。しかもそれは高寿自身が調子に乗ってペラペラ喋ったせいだと、最終日になって思い切り凹むことになるのだ。
しかも、いくらイケメンに思い切り好意を寄せられても、ハイそうですかと簡単に恋に落ちる訳にはいかない。運命の初日を、相手の盛り上がりとは裏腹に、不安のまま手を握っただけで終える。「私はいい恋人だった?」の質問は、本当にいい恋人になれるのかしらの裏返しかもしれない。
二日目の両親と会うことになる際に、バスに乗ることに躊躇するのはその表れだろう。昨日初めて会い、手を握っただけの相手の両親に紹介されても、どうしていいのか分からないはずだ。「俺の彼女」と紹介された時の小さな驚きと少しの喜び。愛美はどうやらこの経験で覚悟を決めたようだ。高寿にとっての愛美の絵に相当する、両親と四人での記念写真を撮ることを思いつく。

愛美が本当の意味で高寿を好きになる瞬間を、私には映画から読み取れなかった。
本来なら彼女が高寿を好きになる必要も、理由もなかった。理想の女の子が運命的に自分に会いに来てくれ、あろうことか好きになってくれ、しかも自分が体験した幸福な日々を自らを犠牲にしてなぞってくれる、なんてどう考えても男の身勝手である。こんなことを思いつくのは、青春の甘酸っぱさを忘れられぬおっさんだけだ。おっさんによる、おっさんのためのこのストーリーに、本当に世の女性は共感し、泣くことができるのか。
私にはちょっと信じられない。

おっさんの私は、見事にハマり、愛美に恋したのだった。
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2017年06月25日

ボクのカメラ

自分のカメラが欲しいと思ったのは、一世を風靡したスーパーカーブームの頃だった。私もご多聞にもれず、イベントへ行ったり、焼肉屋にランボルギーニ・カウンタックがあると聞いては、買ってもらったカメラを持って出かけた。ポケットインスタマチックというカセット式のフィルムを使う見るからに安物だったが、フィルムや現像、プリントといったランニングコストがかかる時代であり、小遣いの少ない子供だった私には、シャッターを切ることは、大げさに言えば身を削る思いであった。しかし、そのおもちゃのようなカメラでは、私が期待するような写真に仕上がることはついになかった。

このブログで何度も取り上げた、親友二人との最初で最後の旅行には、家のカメラを借りることが出来、少しはマシな写真が残った。
私はこの経験で写真旅行にハマり、貯金のほとんどを使って、一眼レフカメラを買った。そして次の旅でそのカメラを落とし、泣きそうになった。
修理に出したら、完璧に直って戻り、その後一切のトラブルがなく、その技術に感動した私は、以後もペンタックスを使い続けている。

子供たちの写真を撮る頃にはデジタルの時代になって、ランニングコストを気にすることもなく撮り続けた。長男はその影響を受けたのか、進研ゼミのシールを集め、カメラを手に入れて喜んでいた。デジタルカメラとはいえ、おもちゃみたいなものである。
そのカメラが壊れてしまったらしい。修学旅行の前に、カメラを買って欲しいと言ってきた。写真の解像度が良くないことにももう気づいているだろう。よく物を失くす子だが、そのカメラは失くさなかったし、もう中学三年生だし、写真を残したい気持ちはよく分かる。大型カメラ店へ行き、これがいいというコンデジを、首から下げるストラップと一緒に買ってやった。「決して外すな」と念を押した。
長男の撮る写真を見るのが楽しみだった。

Canon power shot SH620HS
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長男は、しかし肩を落として帰ってきた。なんと、二日目にはもう紛失してしまっていた。念を押したにもかかわらず、どこかで首から下げていたカメラを外して、どこぞに置いたらしい。それがどこだか分からないと言うのだ。宿にもバスにも見つからなかった。
写真はもちろんない。
厳しいようだが、嫌な予感のあった私は、「失くしたら、二度と買わないからな」と言ってあった。気に入ったカメラを失くしたことで、悔しいのも悲しいのも本人に違いないだろうし、親子で写真を趣味にすることをぼんやり夢見ることもなくはないものの、安い買い物ではなく、今後を考えても何度も買い与えるべきではないとも思う。

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2017年06月21日

結婚宣言

今回のAKB総選挙は波乱のまま幕を下ろした。梅雨真っ只中の沖縄で屋外イベントを企画する運営側の楽観もさることながら、おそらくは知っていた上で発表させた須藤「りりぽん」凛々花の結婚宣言も、マネジメントの危機管理意識不足を感じざるを得ない。
私のようなおっさんにはさすがに若すぎるAKBグループのメンバーにあって、りりぽんは美少女としてのヴィジュアルのみならず、キャラクターにおいても際立っていた。私個人はファンと言えるほどの存在ではないけれど、AKBメンバーでは唯一そのツイッターをフォローしていた。全く貢献はしていないものの、前年44位からの総選挙での順位のジャンプアップを楽しみにしていた。
そこへあの衝撃の告白であった。
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私に、彼女個人に対して何かしらのコメントをする立場にないことは百も承知である。むしろ、傍観者的評論家風を気取りたい。

戦後70年が過ぎ、「公と私」の馴れ合いが顕著になる中で、アイドルと呼ばれる人たちは、おそらくは無意識で「公人」として扱われてきた。政治家や皇族にすら「私」がある程度認められる現代社会にあって、アイドルは唯一の「公」を求められる存在と言っていいかもしれない。その中で「私」を表沙汰にしたメンバーは、容赦無く「公人」の座から引きずり下ろされた。生き残るのは、「公人」としてのアイドルではない何かしら別の顔を印象づけた人たちだろう。
その中にあって、渡辺「まゆゆ」麻友のプロ意識は特筆すべき存在である。私個人にはそれほど興味はないのだが、彼女のアイドルとしてのあるべき姿への献身は、武士道に通じるものがあると信じる。AKBがアイドルグループとして歴史になるとすれば、彼女の存在は一際輝くレジェンドとなるだろう。

りりぽんに話を戻す。彼女の「私」における背景は分からないし、さほど興味もない。しかし、多くのファンは彼女にアイドルという「公」としての存在と責任を期待し、そして求めた。私もその末端の一人だったと言えるかもしれない。
彼女に限らず、人並み以上の容姿を生れながらに持ち、それを不特定多数の人に褒め称えられる機会を得た上で、誰も個人として好きにならず、しかも全ての好意を平等に受け入れながら、かつ流し続けることは行者の行いであろう。それを選んだ道と斬り捨てることは簡単だが、果たして自分にできることかと言えば、まず第一にその資格が無いのだが、とても無理だと思う。そして、さらに言えば、男でアイドルと呼ばれる人たちには、それほどの期待は無いように思う。男の不気味な独占欲の象徴と言えるかもしれない。
りりぽんの結婚宣言は、彼女を「私」と見れば間違いなく喝采すべきことである。しかし、ファンにとっては彼女の「私」を認めることは難しいだろう。もはや金の問題ではなく、裏切り行為なのだ。
「公」が個人に寄り添えば、現在の政治を紐解くまでもなく、国会も国策も停滞する。混乱の極みである。「公」の「私」は許されないのだ。

自らを「公」の犠牲者と自覚していたOGにも、コミュニティのメンバーにあるまじき、許せない裏切りに見えることだろう。その気持ちも充分に理解できることであり、アイドルをキャバ嬢に例えた解説もあったが、筋違いの気がしてならない。キャバ嬢はとてもじゃないが、「公」の存在ではあり得ない。
りりぽんは「公」としての存在を期待されてきた。そして今回、おそらくは意識的にその未来を否定したのだ。もはや「公人」には戻れまい。いわゆる「普通の女の子に戻ります」宣言なのだ。公私の境は、意外なほど簡単に越えられることを証明したことこそが、ファンならぬアイドル仲間からのバッシングの正体だろう。簡単に越えられるからこそ越えないように神経をすり減らしてきたのに、ということに違いないと思うのだ。

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2017年06月06日

コロプラスタンプの旅 長崎制覇〜壱岐へ

長崎の制覇のため、壱岐へ行ってきた。
博多から壱岐へは、二時間かかるフェリーと、半分の時間で行ける高速艇ジェットフォイルの船便がある。壱岐には空港もあるのだが、福岡空港からのアクセスがない。

朝一のジェットフォイルで移動し、島内でレンタカーを借りた。最終のジェットフォイル便まで約八時間の観光である。
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到着した郷ノ浦から近い景勝地である鬼の足跡へ、まず向かった。海へ突き出した岬の一部が窪み、ぽっかりと大きな穴になっている。空から見れば三角に近そうで、足跡に見えぬこともない。
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その後は、壱岐で最も有名なスポットかもしれない、猿岩へ。なるほど、猿の横顔に見える。
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名物の文字に惹かれてところてんを食べ、手作りの漬物とお茶をいただいた。世間話をしながら、ウニが食べられる店を訊いた。
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大陸との交易の要衝であった壱岐には、その痕跡が残っている。
魏志倭人伝にも描かれた一支国の王都跡と考えられている、弥生時代の環濠遺跡原の辻。まだ一割ほどしか発掘が進んでおらず、王の墓も見つかっていないそうだ。
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原の辻の王都はしかし、古墳時代を迎えると遺棄された。島の中央に長崎県内の古墳のほとんどが集まっている。円墳と前方後円墳が同居していた。
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奈良時代になっても、島の中心はここにとどまったらしい。壱岐で最古の神社や国分寺跡も近い。こんな小さな島に国分寺が置かれたことも驚きだが、平城京と同じ瓦が見つかったことで、国分寺の中でも格が上だったようだ。しかし、国分寺跡には小さな石像が寂しそうに、ほとんどない訪れる人を待っているだけだった。
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島の北、勝本の大幸でウニ丼とサザエの刺身を食べた。
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鎌倉時代になると、壱岐は受難の時代となる。
天智天皇による百済援軍が白村江で大敗して瓦解すると、壱岐にも防人が置かれたものの、大陸からの進軍は、鎌倉時代の元寇までなかった。元軍は壱岐を最前線基地とすべく、猛烈な攻撃を仕掛けた。
壱岐の守護、少弐氏は善戦空しく全滅する。墓が公園に残っていた。
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壱岐/対馬
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長崎制覇。
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2017年06月05日

オーストラリア出張

長い出張だった。オーストラリアの田舎町での二週間がようやく終わった。

フライトは予算削減の折、エアーチャイナを使った。エアーチャイナは中国の航空会社だが、チャイナエアーが台湾の航空会社として別にあるらしく、ややこしい。北京経由の乗継の上に遠回りとなるが、シドニー行きのビジネスクラスが、日系直行便のエコノミーとほぼ同じ金額なのだから、やむを得ない。
中国の航空法はいまだに携帯電話の機内使用に厳しく、機内モードすら許されない。
羽田と北京の便はともかく、北京とシドニー間は映画も中国のものばかりで、日本語訳もないから、寝て過ごすしかないが、その点フルフラットになるシートはありがたい。
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シドニー空港からレンタカーを借りた。田舎町への200kmの足ももちろんだが、現地での移動手段が車しかない。電車もバスもほとんど走らない。右ハンドル、左車線走行の同じシステムは混乱がなくて助かる。ラウンドアバウトがクセモノなのだが。
ハイウェイも市街を抜けると一般道のようだ。それでも町があれば60km/hに制限されるものの、それ以外は100km/h、少なくとも80km/hが制限速度である。決して道は日本の高速道路なみに整備されているわけではないので、制限速度までスピードを出さないという日本ではまずあり得ないことがよくあった。
郊外では、カンガルーのウォンバットに注意の標識があり、実際に轢かれた死骸が散見される。
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田舎町とシドニーの間に、ブルーマウンテン国立公園があり、オーストラリア随一の景勝地「スリーシスターズ」がある。アボリジニの伝説で、岩にされてしまったという三姉妹に会うため、土曜日に訪れた。拡がるユーカリの森から油が揮発して青く見えるらしいのだが、夏に起こる現象のようで、贔屓目に見ても青くはなかった。
有名な景勝地にしては小さな駐車場があるだけなのだが、近所の住宅地にも停めてもいい仕組みになっている。ただし有料で、4時間以内4豪ドルであった。本来そのレシートを車内に見えるように置かねばならなかったのだが、うっかり忘れてしまった。1時間ほどで戻ったが、何か警告があるとかそのようなことはなかった。
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ケーブルカーも有名なのだが、高所恐怖症の気があるので、やめておいた。カトゥーンバ滝を見に自然歩道を歩いたが、登りで息が切れて失敗したと思った。すっかり汗だくになって戻った歩道入口で声をかけられ、「行く価値はあると思うか?」と訊くので、あると答えた上で「20分ほどのひたすら下りだが、帰って来ることを忘れないようにね」と言ったら、「今夜はよく眠れそうだ」と笑った。確かに良く眠れたが、私は翌日に筋肉痛が出て、情けなかった。
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いくつかの展望台Lookoutを回った。終始天気は良かった。
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日曜日には、隣町に行ってみた。ワイナリーが有名とのことだったが、運転するためにテイスティングもできず、行くのをやめた。それ以外はただの町でしかなく、一時間もかけてわざわざ訪れるようなものは何もなかった。ただし、途中の車窓からの景色は素晴らしく、脇道を見つけては入り込み、ナビを混乱させつつ、北海道のような開放感を味わった。
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田舎町には、ホテルと呼べそうなものが少なく、同僚の勧めもあって、中期滞在型のアパートメントに泊まった。ワンベッドルームの小さな部屋で、キッチンとリビング、シャワーに洗濯機がある。掃除は毎日してくれる。同僚が食料とビールを用意していてくれた。
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オーストラリアには、ポケモンGOの限定ポケモンがいて、どうしても手に入れたかった。通話は定額サービスがあるものの、データローミングは高額になるから、原則としてスマホはフライトモードにしてホテルと会社のWifiだけを使っていた。ある夜、部屋でいつものようにポケモンGOの定期チェックをすると、見かけない影が近くに現れたので、慌ててフライトモードを解除し、外へ飛び出した。現れたのはガルーラ。限定の上にレアらしいから、慎重に。ハイパーボールで無事ゲットした。
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二週間の苦行を終え、帰国の途へ。シドニー空港への帰り道、少し遠回りしてジェノラン・ケイヴスを訪れた。時間の関係で洞窟ツアーには参加しなかったが、駐車場から徒歩で行ける幾つかを見て周った。
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北京経由で帰国してようやく帰宅したが、家族は皆出かけていて、家には誰もいなかった。早速風呂を沸かして湯舟に浸かった。
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2017年05月14日

台湾出張

転職後、初の台湾出張である。
羽田から松山へ全日空で飛ぶと、ほとんど海外に来た気がしない。
空港のATMで1000台湾ドルだけキャッシングした。日本円で4千円弱だが、きっとこんなに使わない。

ホテルから寧夏夜市へタクシー移動。カードで払える車をお願いしたら、オタクのような雰囲気の運転手がやって来た。
便利グッズが運転席を埋め尽くしていた。市場までの道すがら、何やらもう一つ取り付けようとしていた。信号待ちのたびに付けたり外したり、なかなか納得いかない様子だった。
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寧夏夜市は食べ物がメインで、それ以外の買い物はほぼできない。牡蠣オムレツが名物で、5時半前だったが、すでに行列のできていた有名店の列に並んだ。
店の外で注文を受け、番号札が渡されて四人家族の相席に案内される。待つこと十分ほどで、ようやく出てきた。70元。
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食べ終えたら、屋台を歩く。焼きイカが美味そうで、小ぶりの方を注文した。80元。
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愛玉子の文字が見えたので、デザートゼリーを期待して頼んでみると、レモン風味のドリンクタイプだった。氷が入っているが、大丈夫だろうか。40元。カップに青蛙と書かれているが、意味は分からない。
ビーフンと一緒に食す。30元。
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十分満腹になったので、タクシーでホテルへ戻った。


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2017年05月10日

志賀島

定期的に福岡へ出張する様になってずっと気になっていた、志賀島へようやく行ってきた。
島と言いながら、今では砂州が繋がり、細いながらも道路で地続きになっている。この小さな島を有名にしたのが金印の発見だった。
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江戸天明年間、百姓が偶然に見つけた約100g、2.5cm立方ほどの小さな金印は、郡奉行を介して福岡藩主黒田家へ渡った。「漢委奴國王」の文字は、(かんのわのなのこくおう)と解された。「委」は「倭」の略字である。儒学者により、「後漢書」にある、建武中元二(57)年に光武帝が倭奴国王に「印綬」を与えた、との一致が確認された。
金印の発見状況は諸説あるものの今もって不明で、ましてなぜこの金印が志賀島にあったのかも全く謎である。おそらく永遠に判明すまい。
奴国は邪馬壹国が記述された、かの「魏志倭人伝」にも邪馬壹国への道程のクニの一つとして現れる。後漢の時代は、卑弥呼よりもさらに前になり、奴国が長く繁栄したことが伺える。
魏志倭人伝の奴国は二万戸、対する邪馬壹国は七万なので、邪馬壹国の方がずっと大きかった。魏が卑弥呼に与えたという印はまだ見つかっていないが、どんなものなのだろう。

黒田家に遺る古文書の記述から推定された金印の発見地は、今は小さな公園になっているが、私が訪れた時には改修の工事中であった。工事作業中の方に尋ねて、ここまでなら入っていいと言われた場所まで石段を上った。
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金印公園から少し離れた場所に、蒙古塚がある。ここはかの元冦で襲来した蒙古軍の戦死者、処刑者を慰霊する場所である。対馬、壱岐、松浦は全滅に近いほどの蹂躙を受けたから、奇跡的に勝利したとはいえ、憎っくき敵軍を慰霊するあたりが日本人の心根を見る思いである。手は合わせなかったが、一人の人間として想像した時、遠く異国の地で死ぬことは本意ではなかったはずだ。
暴風雨から命からがら逃げて再上陸してきた蒙古軍は、前日とは全く違うすでに敗軍だった。それらを次々に首を刎ねたというのだから、さすがに気分が悪かったのだろう。この地の別名は「首切塚」と言う。
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志賀島の名物B級グルメ、「やすらぎ丸」の金印ドックを食べた。サイコロステーキとイカフライをキャベツと共に交互に挟み、オーロラソースをかけて焼いたホットドッグである。オーダーしてからの調理になるので、しばらく待つ。平日の昼にはかなり遅い時間であったのに、次々と客がやって来た。
不味い訳では決してないのだが、もう一度食べたいとはきっと思わないだろう。
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ryota120802 at 20:47|PermalinkComments(0)TrackBack(0)日本 

2017年04月28日

中国出張

久しぶりに中国へ出張した。北京郊外の工業団地で、遠く万里の長城が見えた。
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ホテルでは無料Wifi が使えたけれど、Googleと、Twitter、Facebook、LineといったSNSにはアクセスできなかった。中国の同僚によると国内向けの検索やSNSサービスがあり、それらの保護政策であるとのことだった。数年前の広州ではFacebook の投稿が可能だった記憶だが、方針変更だろうか。
Google が使えないということは、gmailやInstagramも使えない訳で、これらへ普段いかに依存していたかに、正直驚いた。
ただし、Yahoo!は問題なく使えた。コロプラやポケモンGoにも入れたものの、コロプラの位置登録サービスは日本国内だけだから距離は全く稼げないし、ポケモンGoも中国ではまだできない。
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スマホをイジる理由のほとんどが無くなることで、久しぶりにスマホの無い生活に戻った気分であった。




ryota120802 at 22:52|PermalinkComments(0)TrackBack(0)中国 

2017年04月19日

花粉症予防プログラム

間もなく今年の花粉症シーズンが終わる。関東の花粉飛散は、例年より少ないとの予想だったが、実際はどうだったのだろう。

今年も予防対策が効果的だったようで、ほとんど症状がなく終われそうである。かつては自分よりも症状のひどい人を見たことがないほどだったから、知らぬ間に治ったのでない限り、対策の効果のはずだ。レーザーも試したが、私にはさっぱり効果がなかった。

ここ何年か症状を出さずに済んでいる私の予防対策を紹介したい。
まずは対策の期間である。実はアレルギー検査を受けたことがないのだけれど、1990年の発症から25年以上の経験で、症状が出るのは1月の終わり頃から4月いっぱいだと分かっている。時期的に杉と檜のはずであるらしい。いつだったか、対策も終えたゴールデンウイークに東北へドライブに行ったら、いきなり再発し、シーズンは終わったはずだ、と不思議に思ったことがあるが、何のことはない、花粉前線をわざわざ北上していたのだと気づいた。だから、私の対策期間は関東が前提である。

次に基本方針だが、持論として「症状を軽くに抑え続ける」ことは無理である。いかに「症状がでない」ようにするか、どれだけ長く体を花粉に反応させずにいられるか、と考えている。例えば、雨が降れば花粉の飛散は少なくなることは知っているが、かといってそれまでの対策のペースを遅めたり調整したりすることはない。感覚的に過ぎないが、薬の効果は雨の日こそきちんと投薬することで、再び晴れた時にも維持される気がする。出てしまった症状を抑えるのではなく、症状が出ないようにするのだから、飛散量の一時的な増減で対策を変えるのは危険だと思うのだ。少なくとも私にはその勇気がない。症状は出てしまえば終わりだからだ。

予防の具体的な方法は、花粉症対策のどんな資料を見ても出てくる。特別なことは何もない。
マスクで体内への進入を防ぎ、髪や衣服についた花粉は屋内へ入る前に払う。花粉の払いやすい素材のコートを着るべきだ。そのままトイレへ直行して払った手に付着している花粉を洗い流す。できれば顔も洗う。少しは喉に入っているかもしれないからうがいをする。鼻水や鼻詰まりの有無に関わらず鼻をかむ。鼻の中から出すためだ。本当は鼻うがいが良いのだろうが、したことはない。
自分に合った薬を見つける。今では覚えられないくらいの種類があるから、とにかくいろいろ試す。副作用のないことが大前提。これは人に依るから自分で試行錯誤するしかない。
私は効きが良くないとも言われるアレグラが合った。処方箋なしで薬局で買えるのはありがたい。
http://www.allegra.jp/sp/index.html
それでも耳鼻科へは行く。アレグラのためではなく、点鼻薬のためである。これはいまだに処方箋なしでは買えない。私にとって、おそらくこの薬が最も効果的な対策である。これを使い出してから、酷かった鼻詰まりがほぼ無くなった。夜眠れなくなることもなくなり、大変重宝している。オススメはするが、万人に効くかわからない。
https://jp.gsk.com/media/505606/allermist-guide.pdf
花粉が飛び始める前に、薬によって花粉に反応しにくい状態にしなければならない。
年明けからなるべく早く、耳鼻科が混みだす前に行き、点鼻薬を処方してもらう。本来なら朝晩の二回使用だが、一月の終わり頃から朝だけ点鼻を開始し、花粉飛散情報を見ながら、晩にも点鼻したり、マスクの装着を始めたり、アレグラの投薬を開始したりして、二月中にはフル装備の態勢となり、そのままこの時期まで維持する。これが現時点でほぼ症状を抑え込むことのできているプログラムである。
免疫力を高めるとかでヨーグルトがいいと聞き、ヨーグルトメーカーを購入し、ドリンクタイプのR1を種菌にして増やし、毎朝玄米フレークと一緒に食べている。こちらの効果はさっぱりわからない。

杉花粉の飛散は三月には終わってしまうので、四月に入るとマスク着用者は暑くなることもあるのかもしれないけれど、通勤電車でもめっきり少なくなる。つい自分ももう大丈夫かしらとも思ったりもするが、檜花粉は相変わらず飛んでいるはずだから、対策を止めるのは勇気が必要で、やはり段階的に進めることになる。
今ちょうどどうやって今年分を収束させようか、迷っている。


ryota120802 at 19:27|PermalinkComments(0)TrackBack(0)日々 

2017年04月07日

2017男子カーリング世界選手権大会2

男子カーリング世界選手権大会における、日本チームの挑戦が終わった。昨年は予選通過する大活躍を見せたが、今年は勝率五割すら果たせなかった。
ノルウェー、ロシアには大勝したものの、宿敵アメリカには悔しい逆転負けとなり、カナダには全く歯が立たなかった。
カナダの強さは圧倒的で、このまま無敗のまま優勝するだろう。それでもカナダ代表が約束されている訳ではなく、世界最強のライバルの待つ代表戦に勝つ必要がある。
アメリカは今大会の序盤、決して調子は良くなかった。日本戦でも、前半は日本にリードを許していた。昨年のメダル獲得に立ちはだかったチームであり、勝てば今大会の予選通過も見えただけになんとか勝ちたかったが、残念である。

既に予選通過を決めていたスイスに惜敗、最終戦の中国には大敗してアジア一位にもなれず、七位に沈んだ。順位下の五チームに勝ち、上位六チームに負けた。これまでのSC軽井沢は、上位チームに勝つのに下位のチームで星を落とすことがあったが、今大会は順当と言えば順当だが、上位チームを脅かす様な機会がなかったとも言える。更には、アジアのチーム相手に、しかも大敗で終わったことで、心穏やかではいられないに違いない。

オリンピックポイントは、昨年四位の貯金もあって堂々四位となり、自力での初出場を決めた。両角兄弟が子ども時代に観戦したという長野オリンピック以来の機会で、存分に力を発揮していただきたいが、直前の世界大会でのこの順位では、メダルの期待はしにくい。
では、平昌でメダルを狙うには、何が足りないのだろう。カナダには勝てないにしろ、アメリカには確実に勝ち、スウェーデンやスイスといった強豪チームにも勝ちきる実力が必要となる。あと少し、ほんの僅かな精度の差なのだろうか。

まずはお疲れ様でした。ゆっくり休んでください。

ryota120802 at 23:41|PermalinkComments(0)TrackBack(0)日々 | カーリング

2017年04月04日

2017男子カーリング世界選手権大会

男子カーリング世界選手権大会が、カナダのエドモントンで開催中である。
BS放送はありがたいのだが、時差の関係で、通勤前か就業時間内となるので、なかなか観られない。

我らが日本チームは、初戦からイタリア、オランダに連勝したものの、スコットランドとスウェーデンに負けてしまった。しかし、惜敗と言える良いゲームをしている。その後ドイツに勝って、3勝2敗で暫定四位タイにつけている。
一位は全勝のカナダ。前回大会を圧勝した世界大会金メダルチームを、カナダ国内の代表戦で破った強豪である。世界で勝つより、カナダ国内で優勝するほうが難しいらしい。

日本チームがオリンピックポイントを積み上げ、上位に食い込むためには、勝つべき相手に勝ち、上位チームに負けないことが重要だ。
前回大会では二位だったのに、今大会に出場できなかった、日本女子の様なチームであるデンマークが12ポイント持っているので、どうにかこれを上回りたい。前回四位で、9ポイント持っている日本が、そのためには九位に入る必要がある。
明日以降は、ノルウェー、アメリカ、ロシア、カナダと続くが、カナダに勝つのは難しいにしろ、まだ1勝もできていないロシアには絶対に勝ちたい。ノルウェーとアメリカは、なんとかどちらかには勝ちたい。特にアメリカチームには昨年の雪辱もあるので、是非勝って欲しい。
その後のスイス、中国も強豪だが、勝率五分にするためにはどちらかに勝つ必要があるだろう。五分であれはオリンピック出場が決まるに違いない。
メダルを狙う予選通過ラインは、おそらく3敗なのでカナダ以外に全勝する必要があると思う。厳しい戦いが続く。


ryota120802 at 21:02|PermalinkComments(0)TrackBack(0)日々 | カーリング

2017年03月31日

コロプラスタンプの旅 フェリー太古で五島へ

九州に残る離島をどう攻めようか、悩んだ。長崎に壱岐/対馬と五島、鹿児島にも奄美及び種子島又は屋久島の二箇所がある。
福岡へ定期的に出張の機会があるが、意外にも福岡から鹿児島の離島には直行便がない。例えば、田中一村の絵に衝撃を受けた身としては、奄美大島に行くことは憧れの一つではあるが、福岡から行くよりも、むしろ東京から成田空港発とはいえ直行便で飛ぶ方が便利なようだ。

今回は、コロプラスタンパーの御用達、フェリー太古の旅をプランした。博多港と五島列島を結ぶ定期便である。運が良ければ壱岐や長崎県のスタンプが、根こそぎ取れる可能性もあるらしい。
博多港ターミナルビルの向かいに温泉があって、仕事の後はそこでゆっくりするつもりだったのだけれど、仕事後のお誘いもあって、アルコール込みの夕食の後、風呂に入ることもなく21時過ぎに受付に向かった。受付は壱岐対馬への便と時間が被るらしく、列は別なので、間違えないよう野母商船の列に並びたい。
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予めグリーン寝台を電話予約していた。カードは使えないので、現金で支払いを済ませると、21:45予定の乗船まで待合室で待つ。指定席の無い客が我先に列に並ぶが、指定があれば慌てる必要は全くない。
乗船券の半券は乗船時に切り取られる。残りの半券は下船時に回収される。
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さっさと部屋に行きたいのだが、当日でも指定を取りたがる人がいて、その処理は船内で行うので、席を案内してもらうためだけにも、指定の列に並ぶ必要がある。
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グリーン寝台という名の、カプセルホテルのようなスペースに案内された。
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高さは1メートルほど、日本人平均身長の、座高自慢の私でも頭はつかない。薄手のスウェットを持ち込んだが、このスペースで着替えるのは体の固いおっさんには容易ではない。足元にテレビがあって、頭上の蛍光灯にはAC電源もある。どんな服を掛けても下を擦るハンガーが一つあり、小さな荷物が何とか入るかもしれない棚がある。シーツは枕と敷マット用の二枚。当然自分で敷く。ロールカーテンがあるので、個室にはなるが、閉所恐怖症の気があるので、正直落ち着かず、十分酔っているくせに、受付ビルの隣にあったファミリーマートで買ったビールを飲んだ。朝食も買い、例の小さな棚に置いてある。
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船内を少し散策した。
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船内Wifiもあるそうだ。ただ、3Gだそうで、今どきのスペックではない。

出航までの時間は、意外に持て余す。指定予約があれば、もっとのんびりとチェックインしてもいいに違いない。
夕食の席で飲むばかりだった私は、小腹が空いて焼きおにぎり目当てに自販機コーナーへ行ったものの、焼きおにぎりだけ売り切れだった。ヤケクソでどん兵衛とアイスクリームを食べた。明らかに食べ過ぎである。
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気象庁の海上予報によると、玄界灘で波は高くないようだが、五島に近くと、2.5mが予想されている。
http://www.jma.go.jp/jp/seafcst/5000.html
ジブラルタル海峡での時化で、船内で吐きまくった経験から、船酔にはナーバスになっている。20年も前の話だか、船旅自体が滅多にないことでもある上に、酷い目に遭ったことは忘れないし、あるいは誇張されて記憶している。乗り物酔いの薬を飲んだ。効いてくれることを祈りたい。

23:45予定の通りに出航した。
壱岐に近づいた辺りで何度か位置登録してみたが、ダメだった。壱岐へは改めて行くしかない。諦めたのが1時過ぎで、どうせダメならさっさと寝れば良かったと後悔。

雨がちの天気で、波も少しあるがほとんど揺れない。幾つかの島に寄港し、時刻表通り、最終目的地の福江に到着した。
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福江には空港があって、長崎と福岡にANAが日に数本飛んでいる。マイレージ特典で11:10発を予約していて、時間があまりなく、市内観光程度しかできない。二時間ほどという散歩コースを調べておいた。
http://goto.nagasaki-tabinet.com/model/60353/
しかし、福江港には強い雨が降っていた。
少し躊躇したものの、ターミナルを出て歩き出した。

常灯鼻
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伊能忠敬先生天測の地: 伊能先生はこんな離島までやって来ていた。コロプラスタンプの旅をしていると、日本のあちこちで先生の足跡を見つける。
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石田城跡: 幕末に海防を目的に築城されたが、活躍の機会はなかった。石垣と堀が残るものの、城内は高校になっていた。毎朝登城する気分だろうか。
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武家屋敷通り: 旧城下町の石垣と門構が残る。ふるさと館で雨宿りした。
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ここまで歩いてまだ9時だった。もはや行けそうな所も行きたい所もないし、雨で足元はすでにぐっしょり濡れていて、もう歩きたくなかった。少し歩くと、タクシーが信号待ちしていた。そのまま空港へ向かった。

長崎、残壱岐/対馬
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ryota120802 at 13:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0)日本 | コロプラ

2017年03月27日

2017女子カーリング世界選手権大会2

女子カーリング世界選手権大会が終わって、カナダが無敗の完全優勝を果たした。ロシアのシドロヴァ選手が、予選とプレイオフともカナダに敗れた後、準決勝でスェーデンに大勝し、ロシア史上初の世界選手権大会決勝に駒を進めた時、珍しく高揚した口振りで「国を代表して戦う」と意気込んだが、残念ながら本人がブレーキになってしまった。初の決勝とは言え、歴戦の勇者であるシドロヴァ選手にとってさえ金メダルマッチの重圧は相当なものだったと思われる。
世界選手権大会の決勝ではあったが、日本チームの出場のない大会がライブ中継でテレビ放送されるとは、意外であった。先日のWBC決勝ですら視聴率は悪かったらしいのに、NHKの英断はありがたい。

前回投稿で、日本女子チームのオリンピック出場は堅いとしたが、その数時間後から決定のニュースがネットに溢れた。
LS北見と中部電力による代表選考戦が今から楽しみである。
ソチ出場を土壇場で奪われたスキップが新天地でチャンスを掴み、残されたメンバーは歯を食いしばってチームを再生しレジェンド小笠原選手に土を付けた。
かつて無敗を誇った中部電力の才能が再び輝き始め、しかし対決を迎えることになった。チームスポーツのアスリートの宿命とはいえ、かつての盟友と夢を懸けて争う姿は、まだ若い女性選手であっても、戦国武将を思わせる。

そんな光溢れるニュースの中で、ひっそりと一つのカーリングチームが終わりを告げた。
「今後、私たち4人は、別々の道を歩んでいきます」
https://m.facebook.com/story.php?story_fbid=1664121003892531&id=1443889385915695
札幌学院大学女子カーリングチーム。北海道妹背牛町の幼馴染がオリンピック出場を目指したものの、夢破れた。
彼女たちの今後に、才能と努力が花開く日が訪れることを祈念する。


ryota120802 at 18:47|PermalinkComments(0)TrackBack(0)日々 | カーリング

2017年03月23日

2017女子カーリング世界選手権大会

世界女子カーリング選手権大会が北京で開催中である。パシフィックアジアで三位に沈んだ日本チームは、昨年準優勝にもかかわらず参加すらできない。
予選がほぼ終わって、カナダが無敵の11戦全勝で予選通過を決め、スェーデンとロシアがそれぞれ8勝と7勝で同じくそれに続いた。
残り一枠を争うのは、スコットランドとアメリカが6勝、チェコは5勝で苦しいが予選最終にスコットランドとの直接対決がある。ランキングではスコットランドが上だが、今大会チェコはなかなか調子がいい。イタリアと韓国に負けたのは痛かったが、前回覇者のスイスに勝っている。ここ一番のミュアヘッドは強敵だが、面白いゲームとなりそうだ。
同じくスイスが5勝で韓国とのゲームを残す。韓国には予選通過の可能性はないが、スコットランドに勝っており、アジア一位の意地を見せたい。アメリカはすでに予選のゲームを終えている。
スコットランドが勝てば7勝で予選通過が決まり、負ければ6勝で複数国が並ぶことになり、熾烈なタイブレークとなる。
http://www.worldcurling.org/wwcc2017/livescores

現時点のオリンピックポイントを考えると、今大会でカナダ、スェーデン、ロシアは予選通過により最低9ポイントを獲得することが決まっているから、日本を上回る。スコットランドは仮に予選通過を逃しても累積で日本以上となるはずだ。韓国も勝てば日本を上回る可能性があるが、ホスト国だからすでに出場は決まっているし、アメリカも同じく最終順位次第だ。チェコが日本に追いつくには、準優勝以上となる必要がある。当然予選通過は絶対条件だ。と考えると、日本は順位はともかくポイントでオリンピック出場が決まる7チームには何とか入れそうである。
http://www.worldcurling.org/pyeongchang-2018-olympic-winter-games

男子の世界選手権大会も間もなくで、我らが日本代表SC軽井沢が出場することから、BS1での放送も決まっている。前回大会での活躍で、オリンピックポイント四位につけている日本は、初の自力でのオリンピック出場に向けて気合いが入っている。健闘を祈りたい。


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2017年03月22日

カイゼル髭

明治・大正の文化人の写真でよく見る八の字形の口ひげをカイゼル髭というそうだけれど、今朝の通勤電車で見惚れるような見事な口ひげの男性を見かけた。まだ若そうだったけど、両端がくるりとカールして輪になっていた。
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以前、インド人の友人がこのヒゲをどうにか整えようと、食事の間中撫で付け、端を上げようと苦労しているのを見て苦笑したのを思い出す。

転職してから、たまにメールのやり取りはあるが、長く会えていない。
せっかくの縁だし、大切にするべきだとは分かっているのだが、無精である。


ryota120802 at 22:10|PermalinkComments(0)TrackBack(0)日々 

2017年03月05日

ミックスダブルス日本選手権大会

カーリングミックスダブルスの日本選手権大会が終わった。失礼ながら地味なこの競技がそれなりに盛り上がったのは、やはり推薦枠として、平昌オリンピック代表権を失った北海道銀行フォルティウスとチーム札幌から作った即席チームが三チームも急遽出場したためだろう。
トップカーラーであることは誰も否定しないだろうけど、即席チームが果たして力を発揮するのかは、ある意味カーリング代表にチームを選ぶのか、ドリームチームを作るべきなのかの議論と似ている。推薦枠が勝てば勝ったで、その議論が再燃するかもしれない。

即席チームは、阿部・小笠原選手というチーム青森時代からのレジェンドによる真のドリームチームと、谷田・小野寺選手による若さ溢れる筋肉体育会系のチーム、松村・吉村選手はバランスの取れた次世代エースチームと見ていた。
待ち受けるのは、この競技の第一人者である苫米地夫妻、昨年優勝、準優勝のチーム札幌とチーム青木である。

推薦枠の三チームが快進撃を続け、チーム松村は1敗でブロック一位となり、チーム谷田はチーム苫米地にタイブレークで敗れたものの、前回優勝のチーム札幌を予選敗退に追い込んだ。
チーム阿部は全勝でチーム青木と激突。負けはしたが予選通過を果たした。

チーム青木がチーム苫米地を準決勝で退け、師弟対決となったチーム阿部とチーム松村は、師匠側が意地を見せて決勝進出した。
U-stream の生中継は、何故か三位決定戦。この競技をしっかり観戦したのは、このゲームが初めてだった。
実力派の二チームはさすがに複数得点を互いに許さない引き締まった展開。チーム苫米地は3点のビックエンドで逆転し、1点だけ与えて同点となったエクストラエンドを有利な後攻で迎えた。
中央にストーンが集まる特徴的な展開となり、吉村選手が松村選手のスイープにも助けられたナイスショットで、苫米地選手のラストストーンを待つのみとなった。
アイスリーディングに読み違いがあったのか、ストーンは中央に寄らず、まだハウスにも入らぬうちから苫米地選手は敗北の握手を求めた。

決勝では、チーム阿部がチーム青木に雪辱を晴らして優勝した。チーム阿部は前回優勝のチーム札幌との代表決定戦に駒を進め、日本代表に望みを繋いだ。
チーム青木は悔しい敗北となった。青木選手はまだ高校生で伸び盛りとはいえ、歳上の藤井選手はアルバイトをしながら競技を続ける苦労人である。オリンピック出場権のチャンスを目の前にして、全勝で迎えた決勝のただ一戦の敗戦だけで、突然の推薦枠に優勝をさらわれ、さらに代表決定戦すら出られないのは、如何にも残念だったに違いない。せめて再推薦枠で代表決定戦を戦うことはできないものかしら。

ryota120802 at 16:19|PermalinkComments(0)TrackBack(0)日々 | カーリング

2017年02月27日

コロプラスタンプの旅 宮崎制覇

今回のコロプラスタンプの旅では、離島以外の九州制覇を目指した。
福岡での仕事を終え、博多から新幹線で新八代に向かい、駅前の東横インに荷を降ろした。翌朝に隣のニッポンレンタカーから出発の予定である。

ロビーで熱心に参考書を広げる若い女の子がいて、つい「受験ですか?」と声をかけた。「はい!」と明るい笑顔で応えてくれた。こんないい子ならきっと大丈夫だろうと思った。
実は次男の来年の受験のために、太宰府天満宮へも訪れた。小雨の降る中の参詣となったが、長男のために訪れた時にも雨が降り、長男は合格したから、雨は吉兆と言えた。
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新八代の彼女も、応援する人たちから渡された御守りを持っているのだろう。「頑張ってね」と伝えて、エレベーターに向かった。

新八代の駅前から出発すると、九州道のインターはすぐである。この季節には、宮崎での巨人軍キャンプ見学に向かう人が多いという。決して近くはないが、宮崎は足が不便だし、新幹線とレンタカーなら新八代は便がいい。だからこそ私もこの駅を起点にしようと計画したのだ。皆考えることは同じである。
この日は、侍ジャパンの練習試合初戦があった。試合中のスタジアムを遠目で眺めたが、ほぼ満席のようだった。

何のテレビコマーシャルだったか、一面の菜の花が広がる景色があり、撮影地が宮崎西都市と知って、一度見てみたかった。
http://www.leak.jp/heritage-of-kyushu/4764
https://youtu.be/lEA52H9hE08
西都市には大きな古墳群もあって、古墳と菜の花のコントラストは絵になるに違いない。しかし、満開には時期が早過ぎ、一部だけに咲く菜の花と古墳を撮った。菜の花は、弥生時代に渡来したらしい。これらはすでに当時から古墳を彩っていたかもしれない。
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さらに宮崎は、記紀の神話のモチーフに溢れている。西都が舞台の神話に「コノハナサクヤヒメ」の話がある。
http://yomukiku-mukashi.com/konohana.html
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%8E%E3%83%8F%E3%83%8A%E3%83%8E%E3%82%B5%E3%82%AF%E3%83%A4%E3%83%93%E3%83%A1?wprov=sfsi1
もちろん嫁になどできるわけはないのだが、新八代での受験生の彼女との出会いも、今回の福岡出張のための羽田からのフライトから見た、コノハナサクヤヒメが鎮めているという富士山の絶景も、ヒメのお導きかもしれない。
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ヒメの足跡は、古墳群の近くに散らばっているのだが、時間がなく、訪問は諦めた。
http://www.kanko-miyazaki.jp/kaido/100map/legendmap/central/large/

以下は情報収集のために見つけたサイトからの無断転載。リンクを紛失してしまい、再発見できず。見事にまとまっているので、使わせていただいた。
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【御舟塚(みふねづか)】(西都市)
地上に降り立ったニニギノミコトの一行が舟に乗って着いたところで、その時の舟が祀られているといわれています。
御舟塚のある一帯は、当時、奥深い海の入り江で、古事記にでてくる「笠沙碕(かささのみさき)」はこの地であると伝えられています。
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【逢初(あいそめ)川】(西都市)
ニニギノミコトが、水を汲みにきていたコノハナサクヤヒメと初めて出会い、見そめられた場所といわれています。
なお、高千穂町にも同じ名の川があり、同じ伝説が残されています。
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【都萬(つま)神社】(西都市)
コノハナサクヤヒメを祀り、地元では「妻萬様(さいまんさま)」と呼ばれています。お産の神、縁結びの神としてあがめられています。
また、コノハナサクヤヒメが子育てのために、お乳の代わりに甘酒を与えたという言い伝えから、清酒発祥の地ともよばれています。
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【大山祇陵(おおやまつみりょう)】(西都市)
石貫神社から西都原台地につながる石貫階段を登ったところにある前方後円墳で、コノハナサクヤヒメの父、山の神オオヤマツミの御陵といわれています。
西都原古墳群の中で名前のついている古墳は少なく、オオヤマツミを祀る石貫神社の秋の例祭では、この御陵の前で神事がとり行われます。
2017-02-27-13-16-07
【銀鏡(しろみ)神社】(西都市)
イワナガヒメとオオヤマツミを祀り、イワナガヒメが投げた鏡をご神体としたとも伝えられています。鏡は西都市銀鏡の竜房山の頂上の大木に引っかかり、麓の村を明るく照らしたので、その村を白見村と言うようになり、後にその鏡が銀の鏡だったので、銀鏡の名がついたといわれています。
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【八尋殿(やひろでん)の跡】(西都市)
結婚したニニギノミコトとコノハナサクヤヒメの新婚生活のために建てられた御殿の跡といわれています。
「尋(ひろ)」は大人が両手を広げたときの指先から指先までの長さを表し、「八尋殿」は8人が手を広げてつないだほどの大きさの建物だったということになります。
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【男狭穂塚・女狭穂塚(おさほづか・めさほづか)】(西都市)
西都原古墳群にあり、男狭穂塚はニニギノミコトの御陵、女狭穂塚はコノハナサクヤヒメの御陵として、宮内庁から明治29年に御陵墓参考地の指定を受けています。
男狭穂塚は全長155mの国内最大規模の造り出し付き円墳又は帆立貝形古墳ともいわれ、女狭穂塚は全長176mの前方後円墳で九州最大規模を誇っています。
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【無戸室(うつむろ)】(西都市)
コノハナサクヤヒメが出産のために造った産屋の跡といわれています。
たった一夜でニニギノミコトの子をみごもったことを疑われたコノハナサクヤヒメは、身の潔白を証明するために、戸の無い産屋に入り、炎の中で3人の子を生んだと伝えられています。
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【児湯(こゆ)の池】(西都市)
火の中で生まれたホデリノミコト(海幸彦)、ホスセリノミコト、ホオリノミコト(山幸彦)の3神の産湯に使ったところといわれています。
また、この池の名が宮崎県児湯郡の地名の由来にもなったといわれています。

宿は鷺来ケ迫(ろくがさこ)温泉。江戸時代元文年間に、白鷺が傷を癒したと伝えられる白鷺泉が発祥の、大分県臼杵にある古い山中の民宿で、部屋にトイレもない。携帯も圏外だった。ただし、こんな宿でも無料Wifiが飛んでいたから、インターネットは使える。
凍るように静かな宿で、私以外にもう一組の客がいるだけだった。
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朝風呂を浴びた後、竹田へ向かった。
高校生で九州を一人旅した際、竹田駅へ向かう車窓から見えたローマ水道のような石橋が印象的だった。もう一度見たいと思い続けて三十年以上が過ぎた。
インターネットで調べてみると、竹田には石橋が多くあるようである。
目当ての石橋の正式名称は、若宮井路笹無田石拱橋(わかみやいろささむたせっこうきょう)と、神話の神様のような名前であった。
橋の前に立って見上げると、もっと深い谷にある、ずっと大きな印象だったので、橋長59m、幅4m、高さ30mの石造2連アーチ橋が小さく見えた。
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少し車を走らせて、連数と橋の長さが日本一という、明正井路第一拱橋へ向かった。6連石造のアーチ橋は今も農業用水路として機能している。
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竹田は湧水が多く出る、水に恵まれた土地らしい。水車小屋を模したラーメン屋があって、竹田ラーメンを銘打っていた。水が美味しければ、ラーメンも旨いに違いない。早速入ってみた。
平打ちの縮れ麺と、豚骨ばかりの九州には珍しいオーソドックスな醤油味のスープ。地元の名産である椎茸が半切れ。玉ねぎが浮いているのは、八王子ラーメンに似ている。
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岡城址にも訪れた。「荒城の月」の作曲家、瀧廉太郎が幼い頃に竹田に住み、当時は荒廃していた岡城の記憶が何らかの刺激を与えたはず、ということらしい。
作詞家は別にいて、竹田とは何の関わりもないから、相当無理がある。
https://g.co/kgs/u9Z70J
二の丸跡に像が立つ。若くして亡くなった日本人作曲家のパイオニアは、何を思うだろう。
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現在では公園として整備が進み、荒城の面影はない。わずかに石垣に伸びる木々の根が鬱蒼とした森に眠る城址の痕跡を忍ばせる。
岡城は、想像していたよりはずっと大きな実戦向きの山城で、攻城戦も経験し、少数兵で耐え忍んだとの記録が残る。
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阿蘇の大観峰も楽しみだった。草千里には二度訪れたが、素晴らしい眺望である。ところが、地震による損傷を受けた道路の修理工事のため、通行止めになっており、どうやら行ける道はないらしい。
止むを得ず、熊本城を訪れることにした。先の地震で大きな被害があって中には入れないし、痛々しいだけと思い敬遠していたのだが、わずかとはいえ再建のための寄付くらいできるだろうとも考えた。
ボランティアの方々が多くいて、説明しておられた。被害は思っていたよりもずっとひどく、大きく崩れた石垣は、やはり痛々しかった。
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ところが天守閣を支える、清正公の石垣は変わらず堅固にあった。「肥後もっこす」を地でいく頑固さである。
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宮崎制覇。九州に残すは離島のみである。
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ryota120802 at 21:58|PermalinkComments(0)TrackBack(0)日本 | コロプラ

2017年02月16日

ミックスダブルスカーリング


てっきり引退するかと思っていた北海道銀行の小笠原選手が、ミックスダブルスカーリングで平昌オリンピックを目指すそうである。
http://www.hochi.co.jp/sports/winter/20170215-OHT1T50023.html

先日の日本選手権で準優勝に終わった男子チーム札幌のメンバーと、北海道銀行のメンバーで3つもチームを作り、いつの間にか根回しもしっかりして、この競技における実績は何もないはずなのに、強化選手承認を受け、強化合宿を経て、日本選手権大会出場の機会まで取付けた。

ミックスダブルスカーリングは、平昌オリンピックから正式種目となる、新しい競技と言える。日本選手権大会も今年で10回にしかならない。小笠原選手とソチオリンピックを共に闘った苫米地選手がこの競技の日本における第一人者で、ソチ前には同じくカーリング選手である旦那さんと、日本選手権大会二連覇を果たし、世界大会にも出場している。昨年は大学生の台頭で順位を落としたが、日本選手権には出場した。

この競技ならあるいはオリンピック出場もあり得ると思っていたかもしれない選手たちにとっては、突然の強力なライバルが出現した形だ。
ミックスダブルスの日本選手権大会が、3月1日-5日にアドヴィックス常呂カーリングホールで行われる。前年優勝チームが連覇すればオリンピック代表権決定、別チームの優勝ならオリンピック出場決定後に代表選考会が行われる。SC軽井沢がオリンピック代表権を決め、LS北見が選考会に回ったのと同じ代表選考ルールだ。

エンドが少ないとはいえ、二人だけで行う競技であり、カーリングは見かけ以上にハードなスポーツだから、若さは武器になるだろう。失礼ながら苫米地ペアが大学生に勝てないのは、体力差ではないか。スキップを長く務めてきた小笠原・阿部選手のベテランペアよりも、小野寺・谷田ペアや吉村・松村ペアが実力を発揮すると予想する。特に吉村・松村選手のペアは、うまく噛み合えばかなり強いのではないか。同じ札幌で、プライベートでも交流はありそうだけれど、同じチームで勝利を目指すことは別次元に違いない。

札幌アジア大会の前に、楽しみが一つ増えた。

ryota120802 at 09:19|PermalinkComments(12)TrackBack(0)日々 | カーリング

2017年02月12日

スパリゾートハワイアンズ

長男が通う私立中学は、入試時期に入ると在学生は登校禁止となる。授業もないし、クラブ活動も許されない。水泳部である長男は、土曜日も冬休みなどの長期の休みにもクラブ活動があって、まとまった休みはなかなか取れない。本当は在宅勉強の期間であり、「入試休み」ではないとわざわざ学校からプリントが配布されたのだが、せっかくの家族旅行の数少ない機会であり、去年もグアムへ行ったように、今年も出かけることにした。
今年の入試初日2月1日は水曜日であり、土曜日には次男に予定があったので、たとえグアムといえど、海外は無理と判断した。次男がまだ観光を楽しむ歳でなく、アクティブに遊びたがることや、冬の国内をいろいろ検討して、スパリゾートハワイアンズにした。
どうせ国内でお金を落とすなら、震災地にとも考えた。

結論を言うと、楽しむことはできたのだけれど、ハワイアンズは色んな意味で中途半端だった。

‥豕から微妙に遠い
手軽に行けるわけではない。往復の時間はそれなりにかかる。ありがたいことに、宿泊者向けの無料直通バスが首都圏のあちこちから出ていて、使わせてもらったのだが、間違いなく便利である。自前の車で行けば高速道路料金も必要なわけで、運転疲れもなく、特に帰りは助かった。でも、贅沢なことにやっぱり遠かったのである。
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(写真はゲームに夢中の子供たち。到着までにゲーム疲れした)

決して安くはない
無料バスサービスのためかもしれない。新しくモノリスタワーやウィルポートができて、すっかり古ぼけて見えるハワイアンズホテルの、家族四人がようやく並んで寝られる程度の広さの和室にしては安いと思える金額ではなかった。

F麈颪垢襪砲録匹
大きな施設であることは間違いない。到着した時には、その大きさに正直に驚いたものである。冬のために屋外の施設であるスパガーデン・パレオはさすがに無理で、その分メインプールへの依存度が高くなる。宿泊者はスライダーの一日券も千円割引となるし、子供たちはほぼ一日中遊びまくったのだが、到着日や帰宅日には券を買わなかったので、大プールでのビーチボール遊びくらいしかする事がなく、飽きてしまった。
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ビュッフェの夕食はメニューが豊富で、偏食家の次男もそれなりに食べられたが、二泊目も全く同じメニューだった。幾つかは別メニューが欲しい。
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ど屋にWifiがない
これは再考を求めたい。今どきあり得ないのではないか。

ショーのクオリティも素晴らしく、楽しみはしたのだが、手放しでぜひもう一度、とまでは思えない。
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来年は次男の中学受験がある。長男は二年後には高校生になる。家族旅行もいつまでもできないに違いない。

ryota120802 at 17:42|PermalinkComments(0)TrackBack(0)日本 
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