アイアンマン五島大会が中止になり、代替レースとして、先日は「宮島トライスロン」の追加案内がきて、そして今度は「韓国・チェジュ島」での追加募集がきています。
五島に一緒に行く予定にしていた、Iさんから「土曜日に出発、月曜日に帰国の強行日程でチェジュのレースに参加してきます。カワシマさんもどうですか!」というお誘いがありました。
これまでの私なら、こんな誘いには即行で飛びついていたけど、今回は「動かない」ことに決めました。
本当は、せっかくだし・韓国は行ったことがないし、「いつかは海外のトライアスロン大会に行きたい!」と思っているので、いい機会だから行ってもいいんだけど。。。
「今年はオトナシクしとけよ、」という神様の声が聞こえています。
4月に宮古島に補欠当選させてくれて、完走させてくれたのも、理由があったと思えてなりません。
この大会開催日の7/11に仕事が入っているのも、そして今体が万全でないことも。
すべては、「今はヤメトケ!」というサインだと解釈しています。
韓国ドラマもまったくみない私ですが、今回の「チェジュ島」からの誘いで、この美しそうな島にも興味が沸いてきました。
数年先、機会があればトライアスロンは別にして、この島を訪れてみたいと思います。 一番いいのは40歳の記念に、妻と二人でこのレースにも参加しつつ、バカンスを楽しみに行くことです。
あと4年後、40歳でトライアスロン人生のピークを迎えられる生活スタイルが今の目標です。
そのためにも、今の左腰から足にかけてのシビレをなんとかしたいので、オムロンのこんな電気治療器をネットでクリックしていまいました。 22,000円也。 早く届かないかな〜。
この投資により、昨晩酔いながら書いた「村上・笹川トライアスロン」の参加も見送りです。 こうやっていろいろと「迷い」の中で36歳の夏を迎えています。
あ〜富士山終わったら、ゆっくりしよう。 ビアガーデンでも行って、夜風に吹かれながら冷えたビールが飲みたい!
宮古島トライアスロンが終わったその日の明け方、眠れなかったので、ブログで掲載しようと思って携帯電話でこんな文章を打っていました。
来年もこの舞台に立ちたいけど、どうかな?。行けるかな?。
2010年4月18日(日)午後6時過ぎ・11時間19分に及ぶレースが終了。
居酒屋に行って生ビールを飲み干す元気もなく、(それにしてもレース中にコーラと水はどれくらい飲んだのだろう?) 妻にマックスバリュで鍋の具材を買ってもらい、宿泊先のコンドミアムへ送ってもらう。
ちょっとした混雑の中、レンタカーのキューブが動き出してしばらくすると、ゴール地点の競技場の上空に「花火」が打ち上がる。 まるで夏の花火大会のような盛大な「打上花火」が夕暮れの空をキレイに染める。おそらく制限時間が来たのだろう。
その祭りの終わりを告げる花火を見上げながら、私はずっと頭を整理させていた、「どうやって、アイアンマンを断ろう」かと。 一緒に行くと約束していたI藤さんには申し訳ないけれど、これ以上長い距離で、これよりアップダウンの厳しい五島列島には絶対いけない。
宮古島に来る前に、I藤さんから「宮古島当選おめでとうございます。でもレースが終わって、トライアスロンに疲れて、もう五島はいかない、なんて言わないでくださいよ」、と言われていたのが予言的中となった。 「I藤さんには悪いけど、丁重に断ろう。弱虫だけど絶対無理だ」。
コンドミニアムに到着し、シャワーを浴びたり少し寝転んだりして、21時過ぎにようやく、妻と末娘で「打ち上げ」。 あまりに疲れ果てた体では缶ビールを350cc飲むのがやっとで、せっかく作ってもらった「あたたかい鍋」もほとんど喉を通らない。 娘用に買った「牛乳」がおいしい。
22時過ぎ、早々とふとんに横たわるも、体の火照りとゴールできたという興奮とで、身体は寝たがっているのに、脳が寝させてくれない。 そうそうフルマラソンを走り始めたころもレースが終わった晩はこんな風だったな、と思い出す。
24時過ぎ、妻はまだ隣の部屋で缶ビールを“ちびちび”やりながら小説を読んでいる。 その横に寝転んで、日焼けの肌にローションを塗ってもらう。 ちょっと身体も落ち着いてきた。 半日ほとんど固形物を食べていないと思うと、食欲も少し沸いてきた。食べ残りのいなり寿司と温かいお茶と、あさげの味噌汁を飲む。やっと長い一日が終わった感じがした。
深夜3時過ぎ、猛烈な下痢により再び、眠りが邪魔される。
朝6時過ぎ朝の太陽も昇ってきたし、これ以上ふとんに寝転んでいても眠れそうもないので、四つん這いになり起き上がる。 月曜日になったようだ。
五島に一緒に行く予定にしていた、Iさんから「土曜日に出発、月曜日に帰国の強行日程でチェジュのレースに参加してきます。カワシマさんもどうですか!」というお誘いがありました。
これまでの私なら、こんな誘いには即行で飛びついていたけど、今回は「動かない」ことに決めました。
本当は、せっかくだし・韓国は行ったことがないし、「いつかは海外のトライアスロン大会に行きたい!」と思っているので、いい機会だから行ってもいいんだけど。。。
「今年はオトナシクしとけよ、」という神様の声が聞こえています。
4月に宮古島に補欠当選させてくれて、完走させてくれたのも、理由があったと思えてなりません。
この大会開催日の7/11に仕事が入っているのも、そして今体が万全でないことも。
すべては、「今はヤメトケ!」というサインだと解釈しています。
韓国ドラマもまったくみない私ですが、今回の「チェジュ島」からの誘いで、この美しそうな島にも興味が沸いてきました。
数年先、機会があればトライアスロンは別にして、この島を訪れてみたいと思います。 一番いいのは40歳の記念に、妻と二人でこのレースにも参加しつつ、バカンスを楽しみに行くことです。
あと4年後、40歳でトライアスロン人生のピークを迎えられる生活スタイルが今の目標です。
そのためにも、今の左腰から足にかけてのシビレをなんとかしたいので、オムロンのこんな電気治療器をネットでクリックしていまいました。 22,000円也。 早く届かないかな〜。この投資により、昨晩酔いながら書いた「村上・笹川トライアスロン」の参加も見送りです。 こうやっていろいろと「迷い」の中で36歳の夏を迎えています。
あ〜富士山終わったら、ゆっくりしよう。 ビアガーデンでも行って、夜風に吹かれながら冷えたビールが飲みたい!
宮古島トライアスロンが終わったその日の明け方、眠れなかったので、ブログで掲載しようと思って携帯電話でこんな文章を打っていました。
来年もこの舞台に立ちたいけど、どうかな?。行けるかな?。
2010年4月18日(日)午後6時過ぎ・11時間19分に及ぶレースが終了。居酒屋に行って生ビールを飲み干す元気もなく、(それにしてもレース中にコーラと水はどれくらい飲んだのだろう?) 妻にマックスバリュで鍋の具材を買ってもらい、宿泊先のコンドミアムへ送ってもらう。
ちょっとした混雑の中、レンタカーのキューブが動き出してしばらくすると、ゴール地点の競技場の上空に「花火」が打ち上がる。 まるで夏の花火大会のような盛大な「打上花火」が夕暮れの空をキレイに染める。おそらく制限時間が来たのだろう。
その祭りの終わりを告げる花火を見上げながら、私はずっと頭を整理させていた、「どうやって、アイアンマンを断ろう」かと。 一緒に行くと約束していたI藤さんには申し訳ないけれど、これ以上長い距離で、これよりアップダウンの厳しい五島列島には絶対いけない。
宮古島に来る前に、I藤さんから「宮古島当選おめでとうございます。でもレースが終わって、トライアスロンに疲れて、もう五島はいかない、なんて言わないでくださいよ」、と言われていたのが予言的中となった。 「I藤さんには悪いけど、丁重に断ろう。弱虫だけど絶対無理だ」。
コンドミニアムに到着し、シャワーを浴びたり少し寝転んだりして、21時過ぎにようやく、妻と末娘で「打ち上げ」。 あまりに疲れ果てた体では缶ビールを350cc飲むのがやっとで、せっかく作ってもらった「あたたかい鍋」もほとんど喉を通らない。 娘用に買った「牛乳」がおいしい。
22時過ぎ、早々とふとんに横たわるも、体の火照りとゴールできたという興奮とで、身体は寝たがっているのに、脳が寝させてくれない。 そうそうフルマラソンを走り始めたころもレースが終わった晩はこんな風だったな、と思い出す。
24時過ぎ、妻はまだ隣の部屋で缶ビールを“ちびちび”やりながら小説を読んでいる。 その横に寝転んで、日焼けの肌にローションを塗ってもらう。 ちょっと身体も落ち着いてきた。 半日ほとんど固形物を食べていないと思うと、食欲も少し沸いてきた。食べ残りのいなり寿司と温かいお茶と、あさげの味噌汁を飲む。やっと長い一日が終わった感じがした。
深夜3時過ぎ、猛烈な下痢により再び、眠りが邪魔される。
朝6時過ぎ朝の太陽も昇ってきたし、これ以上ふとんに寝転んでいても眠れそうもないので、四つん這いになり起き上がる。 月曜日になったようだ。

