自己紹介
みなさん、始めまして。
私の目標(夢)はオーストラリアで自分の生活の基盤を築く、つまり働き、家を建て、家族を持ち、生活することです。
2001年 オーストラリアでワーホリ オーストラリア移住を決意
2006年 不治の病であるクローン病と診断
2007年 オーストラリア永住権を取得!
2008年 第一子誕生・マンション購入
2009年 何とクローン病が完治
2010年
オーストラリアでワーホリしていた頃からベジタリアンやってますが、なぜかクローン病と診断されました。しかしその後、何と不治の病であるクローン病が完治。一時はオーストラリア移住は半ば諦め、その間に結婚・出産・マンション購入と、オーストラリア移住へのハードルは高くなるばかり。
仕事は組み込みソフトウェア開発者です。2010年に技術士(情報工学部門)に合格しました!今後はAPECエンジニアの資格取得を目標にしています。これらの資格はオーストラリアでも効果を発揮するはず!
同じ目標や境遇を持った人たちに沢山出会えたら良いなと思います。 いつでも気軽にメッセージ下さいね!
2012年02月22日
引越し準備、ドタバタですわ
引越しの準備は、もうボロボロです。やらなきゃいけないことが計画していたよりも遅れてばかりで、ドタバタしてます。今一番焦ってるのが海外送金で、先週、先々週と体調を崩している間になんやかんやでまだ出来てないです。インターネットバンキングで申し込み(日本側の銀行)をした筈が、いつになったら送金できるようになるのか。その間に円安が凄い勢いで進んじゃってるし、「何だよ、もう!」という感じ。
先週、16日にインフルエンザで寝込んでから、薬のおかげかそれほど悪化することも無く、何とか昼間は活動をすることができています。しかし、今週に入ったぐらいからまた何だか体調がおかしくて、喉と食道に凄い違和感が。今日も病院で見てもらいましたが、やはり逆流性食道炎の疑いが濃く(確証には至っていない)、「まぁ、2週間ぐらいかけてのんびり治すしかないでしょう」って言われてます。なので、しんどいのは我慢して頑張るしかなさそう、ということで。
で、いよいよ明日には引越し業者が荷物を引き取りにきます。その為に、今日はラストスパートで荷物の整理と片付けを進めていたのですが、やっぱり時間が圧倒的に足らず、本来の予定では今夜は私は家族と実家で過ごす予定でしたが、それを急遽変更し、私だけ家に残って残り作業を進めておくことに。で、そういう状況で頑張って居たら、夕方からまた体調がおかしくなり、今度は下痢と嘔吐。
なので、予定では雨の中スクーターで頑張って実家まで走るつもりでしたが、流石に体調が悪いと無理もできず、今夜は一人で我が家へ泊まることにしました。
なんか、やばいなぁ、これって胃腸風邪なんじゃなかろうか。ここのところ、胃腸風邪が流行っているらしく、先日も同じマンションのお子さん達が胃腸風邪で病院へ来ていたので、先日一緒に遊んだ際にウイルスをもらっていたのかも、と妻と言ってみたり。
と言う状況。もう、バタバタです。このブログの文章もまとまってません。来週月曜日にはフライトだって言うのに、まだ家が片付いていないこの状況を見ると、本当に心配になります。向こうについてからも、MedicareとかCentrelinkとか、銀行口座の開設とか色々とやんなきゃならない作業が沢山あるのに、そういった作業の前準備がおろそかになっている予感。というか、就職活動がまったく進んでいない。
兎に角、今は海外送金が問題。何としても明日中には銀行の窓口でやってもらわないと間に合わないので、引越し業者さんに来てもらっている最中でも構わず抜け出して銀行へ行ってこようかと模索中。
先週、16日にインフルエンザで寝込んでから、薬のおかげかそれほど悪化することも無く、何とか昼間は活動をすることができています。しかし、今週に入ったぐらいからまた何だか体調がおかしくて、喉と食道に凄い違和感が。今日も病院で見てもらいましたが、やはり逆流性食道炎の疑いが濃く(確証には至っていない)、「まぁ、2週間ぐらいかけてのんびり治すしかないでしょう」って言われてます。なので、しんどいのは我慢して頑張るしかなさそう、ということで。
で、いよいよ明日には引越し業者が荷物を引き取りにきます。その為に、今日はラストスパートで荷物の整理と片付けを進めていたのですが、やっぱり時間が圧倒的に足らず、本来の予定では今夜は私は家族と実家で過ごす予定でしたが、それを急遽変更し、私だけ家に残って残り作業を進めておくことに。で、そういう状況で頑張って居たら、夕方からまた体調がおかしくなり、今度は下痢と嘔吐。
なので、予定では雨の中スクーターで頑張って実家まで走るつもりでしたが、流石に体調が悪いと無理もできず、今夜は一人で我が家へ泊まることにしました。
なんか、やばいなぁ、これって胃腸風邪なんじゃなかろうか。ここのところ、胃腸風邪が流行っているらしく、先日も同じマンションのお子さん達が胃腸風邪で病院へ来ていたので、先日一緒に遊んだ際にウイルスをもらっていたのかも、と妻と言ってみたり。
と言う状況。もう、バタバタです。このブログの文章もまとまってません。来週月曜日にはフライトだって言うのに、まだ家が片付いていないこの状況を見ると、本当に心配になります。向こうについてからも、MedicareとかCentrelinkとか、銀行口座の開設とか色々とやんなきゃならない作業が沢山あるのに、そういった作業の前準備がおろそかになっている予感。というか、就職活動がまったく進んでいない。
兎に角、今は海外送金が問題。何としても明日中には銀行の窓口でやってもらわないと間に合わないので、引越し業者さんに来てもらっている最中でも構わず抜け出して銀行へ行ってこようかと模索中。
2012年02月17日
インフルエンザ、やはり避けては通れませんでした
移住までもう残すところあと1週間ちょっと。移住に向けた準備もラストスパートに入りかけなければならない段階ですが、ここにきてインフルエンザにかかってしまいました。
前日の夜から体中に湿疹が広がり、今まで経験したことも無い程の酷い胸焼けで嘔吐、で、その晩は寝られず(この晩は辛かった)。次の日の朝、病院で見てもらったところインフルエンザA型に感染していることが分かりました。妻と子供もA型だったので、やっぱり彼女らからうつったんだろうなぁ。
ただ、早い段階で治療を受けられたからか薬(イナビル)がよく効いてあまり熱も出ず、昨日1日だけ寝込んでいましたが、1日経った今の時点では熱も平熱まで下がり、無理しなければ活動はできそうです。ただしインフルエンザの場合、いったん解熱した後にまた熱が上がってくることがあるそうなので、その点には注意が必要らしいです。あと、まだ湿疹は残っているので、やっぱりまだまだですね。
いずれにせよ、移住の準備で色々と予定していた作業はスケジュールの見直しが必要で、引っ越し屋さんの荷物引き取りの日を2日ずらしたり、色々と影響が出ています。
見方によっては、渡航の直前にインフルエンザにかかるよりは、まだ何とかリカバリ可能な今の段階で良かったです。これで、家族でまだインフルエンザにかかっていないのは10ヶ月の長女だけ。この子へは絶対に感染させまいと思っていますが、果たしてどうなることやら。
前日の夜から体中に湿疹が広がり、今まで経験したことも無い程の酷い胸焼けで嘔吐、で、その晩は寝られず(この晩は辛かった)。次の日の朝、病院で見てもらったところインフルエンザA型に感染していることが分かりました。妻と子供もA型だったので、やっぱり彼女らからうつったんだろうなぁ。
ただ、早い段階で治療を受けられたからか薬(イナビル)がよく効いてあまり熱も出ず、昨日1日だけ寝込んでいましたが、1日経った今の時点では熱も平熱まで下がり、無理しなければ活動はできそうです。ただしインフルエンザの場合、いったん解熱した後にまた熱が上がってくることがあるそうなので、その点には注意が必要らしいです。あと、まだ湿疹は残っているので、やっぱりまだまだですね。
いずれにせよ、移住の準備で色々と予定していた作業はスケジュールの見直しが必要で、引っ越し屋さんの荷物引き取りの日を2日ずらしたり、色々と影響が出ています。
見方によっては、渡航の直前にインフルエンザにかかるよりは、まだ何とかリカバリ可能な今の段階で良かったです。これで、家族でまだインフルエンザにかかっていないのは10ヶ月の長女だけ。この子へは絶対に感染させまいと思っていますが、果たしてどうなることやら。
2012年02月14日
日本最後の思い出に強行日帰りでトーマスランドへ
またまた1週間ぶりの投稿。本当、なんだかんだで忙しくて、ブログを書く時間が中々取れないです。
とはいえ、移住に向けた準備はバタバタしながらも進めている状況。1週間後には実家に引っ越しをします。一昨日は引っ越し屋さんに来てもらい、もう一度荷物の量のチェックと見積もりの見直し。段ボール箱もいくつか持って来てもらったので、いよいよ自分たちで梱包できる物に関しては、どんどん梱包していく段階なのですが、今の状況ではまだできなさそう。本当に直前になって大慌てで梱包やら何やらをしないといけない状況になりそうです。
昨日は、年金や保険に関してブログへ投稿する記事を書いていましたが、時間が無くなってタイムアップ。本当、こういう作業って時間がかかりますね。引っ越し前に書き上げてしまいたかったですが、できるかどうか怪しくなってきました。でも、午前中には生命保険屋さんと最終的に今後どうしていくのか確定できたので良かったです。これからまだ、オーストラリアの民間保険に加入する作業が残っているのですが、果たしていつできるやら。
実家に置いてあった荷物の整理もまだ終わってないです。先日、実家から昔の写真とかを持って来て、スキャナーで取り込んで捨ててしまうつもりなのですが、まだ出来てないです。引っ越しまでに出来る見込みもない・・・
今日は、午前中は重要書類や実家に置いて行く書類をどうするか整理して、午後からは実家に行って工具箱とかの荷物整理の予定。ネットバンキングのアカウントとかパスワードとかをどうやって管理していくのか、セキュリティー機能の付いたUSBメモリに入れるか、それともWuala/Dropbox/Evernoteのようなクラウドに入れちゃうか。色々あって検討してますが、多分USBメモリに入れておく事になりそう。オーストラリアへの引っ越し中にも簡単にアクセスできた方が良いので、インターネットが無くても機能する物じゃないといけないですもんね。
あ、あと航空便で荷物を送る手順とかも調べなくては。などなど、色々と細々としたことで忙しい日々です。プラス、子供の面倒が入ってくると完全に作業が中断するので、遅々として進まない訳です。
という訳で近況はこんなところ。最後に、先日富士急ハイランドにあるトーマスランドに家族で行って来たので写真をアップします。

富士急ハイランドの一角がトーマスランドとなっていて、トーマスランドだけの1日乗り物乗り放題チケットを買いました。個別に乗り物に乗る事も可。
園内には、「きかんしゃトーマス」に出てくるキャラクターが沢山。まずはトーマスとトップハムハット卿。

そしてパーシー。

テレンスとか。

クランキーも居る。

他にも色々。子供は本物に出会えたと大興奮。

荷物を入れるロッカー。

トーマス列車に乗ってどこに行くのかと思ったら、「ESBRIDGE駅」という名前のお土産売り場へ直行。

他にも、乗り物に乗った後、降りた所がおもちゃ売り場になっているなど、子供からの”買って買って”を上手く引き出す設計になってました。
それにしても体力的にギリギリでした。当日は早朝から出発し、酷寒の中一日中子供に付き合って、そしてまた車を飛ばして夜中に帰ってきましたが、次の日は本当にヘロヘロになりました。嫁さんも持病の副鼻腔炎を悪化させてしまって、長女も急性中耳炎。日本最後の思い出に、と多少の無理を覚悟で行ってきましたが、おかげで明日予定していた長女の予防接種もキャンセルになりそうだし、ちょっと後悔もあり。
まぁ、長男にとっては最高の日本の思い出になったとは思いますが、多分忘れちゃうんだろうなぁ。
とはいえ、移住に向けた準備はバタバタしながらも進めている状況。1週間後には実家に引っ越しをします。一昨日は引っ越し屋さんに来てもらい、もう一度荷物の量のチェックと見積もりの見直し。段ボール箱もいくつか持って来てもらったので、いよいよ自分たちで梱包できる物に関しては、どんどん梱包していく段階なのですが、今の状況ではまだできなさそう。本当に直前になって大慌てで梱包やら何やらをしないといけない状況になりそうです。
昨日は、年金や保険に関してブログへ投稿する記事を書いていましたが、時間が無くなってタイムアップ。本当、こういう作業って時間がかかりますね。引っ越し前に書き上げてしまいたかったですが、できるかどうか怪しくなってきました。でも、午前中には生命保険屋さんと最終的に今後どうしていくのか確定できたので良かったです。これからまだ、オーストラリアの民間保険に加入する作業が残っているのですが、果たしていつできるやら。
実家に置いてあった荷物の整理もまだ終わってないです。先日、実家から昔の写真とかを持って来て、スキャナーで取り込んで捨ててしまうつもりなのですが、まだ出来てないです。引っ越しまでに出来る見込みもない・・・
今日は、午前中は重要書類や実家に置いて行く書類をどうするか整理して、午後からは実家に行って工具箱とかの荷物整理の予定。ネットバンキングのアカウントとかパスワードとかをどうやって管理していくのか、セキュリティー機能の付いたUSBメモリに入れるか、それともWuala/Dropbox/Evernoteのようなクラウドに入れちゃうか。色々あって検討してますが、多分USBメモリに入れておく事になりそう。オーストラリアへの引っ越し中にも簡単にアクセスできた方が良いので、インターネットが無くても機能する物じゃないといけないですもんね。
あ、あと航空便で荷物を送る手順とかも調べなくては。などなど、色々と細々としたことで忙しい日々です。プラス、子供の面倒が入ってくると完全に作業が中断するので、遅々として進まない訳です。
という訳で近況はこんなところ。最後に、先日富士急ハイランドにあるトーマスランドに家族で行って来たので写真をアップします。

富士急ハイランドの一角がトーマスランドとなっていて、トーマスランドだけの1日乗り物乗り放題チケットを買いました。個別に乗り物に乗る事も可。
園内には、「きかんしゃトーマス」に出てくるキャラクターが沢山。まずはトーマスとトップハムハット卿。

そしてパーシー。

テレンスとか。

クランキーも居る。

他にも色々。子供は本物に出会えたと大興奮。

荷物を入れるロッカー。

トーマス列車に乗ってどこに行くのかと思ったら、「ESBRIDGE駅」という名前のお土産売り場へ直行。

他にも、乗り物に乗った後、降りた所がおもちゃ売り場になっているなど、子供からの”買って買って”を上手く引き出す設計になってました。
それにしても体力的にギリギリでした。当日は早朝から出発し、酷寒の中一日中子供に付き合って、そしてまた車を飛ばして夜中に帰ってきましたが、次の日は本当にヘロヘロになりました。嫁さんも持病の副鼻腔炎を悪化させてしまって、長女も急性中耳炎。日本最後の思い出に、と多少の無理を覚悟で行ってきましたが、おかげで明日予定していた長女の予防接種もキャンセルになりそうだし、ちょっと後悔もあり。
まぁ、長男にとっては最高の日本の思い出になったとは思いますが、多分忘れちゃうんだろうなぁ。
2012年02月07日
久しぶりに外出&オフィスワークしました
オーストラリア移住まで、もう残り3週間を切りました。去年の末に退職し、今年に入ってあっという間に1ヶ月が過ぎましたが、この間は殆ど物の処分や保険・年金などの勉強をしてばかり居ましたけど、残りの3週間はいよいよもっと実践的な作業をしていくことになります。
さらにここ2週間は、子供のインフルエンザを発端とした嫁さんの体調不良で、中々集中して作業をすることができずに居ましたが、ようやく今週からは通常稼働に戻っています。私も朝の筋トレ&ジョギングを再開し、昼間に外出をすることもできるようになりました。
で、今日は早朝から喫茶店で以前の職場の同僚に会ったり、昼間はMyCafeという場所でずっと作業をしてました。これは、最近流行のコワーキングスペースなるいわゆる電源とネットが使える喫茶店のような場所で、食事は出ないのですがドリンクは無料で、電源とネットワークにPCをつないで仕事したり勉強したりすることに使える場所です。東京の方には結構たくさんこういったお店があるみたいですけど、名古屋にはこのお店が(私の知る限り)唯一のコワーキングスペースみたいです。
今日はここで朝から夕方まで、びっしりと集中してオーストラリアの民間保険の内容とか、子供の幼稚園のこととか、そろそろ仕事探しも始めないと行けないのでレジュメ書いたりとかしてました。このブログもここで書いてますけど、流石に朝9時からみっちりオフィスワークをすると久しぶりっていうこともあって疲れますね。でも、やらなきゃと思っていた作業が進んだので充実した時間を久しぶりに過ごすことができました。
ところで、移住に向けて調べたことは他の人の参考になるように整理して一般化してこのブログへ投稿したいと思ってましたけど、中々そこまでやってる時間がないです。自分なりに調べたことはEvernoteやGoogleDocsで整理していたりするのですけど、あくまでそれは私個人だけにしか意味の無い内容で、これを公表するにはもうちょっと内容を一般化しておく必要があるかと思うのですけど、その時間が無いんですよね。でも頑張って少しぐらいはやろうと思っています。
さらにここ2週間は、子供のインフルエンザを発端とした嫁さんの体調不良で、中々集中して作業をすることができずに居ましたが、ようやく今週からは通常稼働に戻っています。私も朝の筋トレ&ジョギングを再開し、昼間に外出をすることもできるようになりました。
で、今日は早朝から喫茶店で以前の職場の同僚に会ったり、昼間はMyCafeという場所でずっと作業をしてました。これは、最近流行のコワーキングスペースなるいわゆる電源とネットが使える喫茶店のような場所で、食事は出ないのですがドリンクは無料で、電源とネットワークにPCをつないで仕事したり勉強したりすることに使える場所です。東京の方には結構たくさんこういったお店があるみたいですけど、名古屋にはこのお店が(私の知る限り)唯一のコワーキングスペースみたいです。
今日はここで朝から夕方まで、びっしりと集中してオーストラリアの民間保険の内容とか、子供の幼稚園のこととか、そろそろ仕事探しも始めないと行けないのでレジュメ書いたりとかしてました。このブログもここで書いてますけど、流石に朝9時からみっちりオフィスワークをすると久しぶりっていうこともあって疲れますね。でも、やらなきゃと思っていた作業が進んだので充実した時間を久しぶりに過ごすことができました。
ところで、移住に向けて調べたことは他の人の参考になるように整理して一般化してこのブログへ投稿したいと思ってましたけど、中々そこまでやってる時間がないです。自分なりに調べたことはEvernoteやGoogleDocsで整理していたりするのですけど、あくまでそれは私個人だけにしか意味の無い内容で、これを公表するにはもうちょっと内容を一般化しておく必要があるかと思うのですけど、その時間が無いんですよね。でも頑張って少しぐらいはやろうと思っています。
2012年02月01日
Macデビューしました
昨日でようやく嫁さんの熱が下がり、ここ数日続いていた家庭崩壊状態がようやく終焉を見えてきました。
家庭崩壊というのはもちろん大げさですけど、子供がインフルエンザを幼稚園からもらってきて以来
・子供が家に居ると子供の世話に追われ他のことが何もできない
・子供のインフルエンザが回復してきた所へ嫁さんへ感染
・子供はまだ直ぐには登園させられず(自宅待機期間)
・嫁さんのインフルエンザが副鼻腔炎を悪化、40度近い高熱が4日間続く
・病院で点滴をして嫁さんの熱が下がってきたが、
・毎日朝晩と1日2回、病院へ行って点滴を受けねばならず、
・その間、子供の世話はやっぱり私がしなくてはならず、
・やっぱり他のことが何もできない
というフローがここ1週間以上続いて、その間、殆ど家事と子供の世話で時間が過ぎてしまってました。さらに自分も無傷とはいかず、4日ほど前から喉の痛みが続いていて朝の筋トレ&ジョギングが中断状態。後は、嫁さんの点滴が終われば色々と作業を再会できるのですが、まだまだ本調子に戻るまでには時間がかかりそうです。
さて。

こんな毎日でも多少の時間の合間はあり、そんな時を見つけてはMacBookAirをいじってました。購入したのはもう2週間近く前になってしまってますがようやく使い始めています。今回のこのブログ投稿もこれで書いていますが、まだまだ使い方が分からないことが多く、ちょっとした作業に時間がかかっちゃってますが、少しずつ開拓しているところです。

やはり、流石Appleの製品ですね、質感がものすごい。ガラスケースに入れて飾っておきたくなるほどの美しさ。今時、インターネットがメインの目的であればパソコンのOSなんてどれでも良くなってきていますよね。軽いノートPCを1つ手に入れようと思い、候補としてWindowsやLinuxも検討しましたけれど、最終的にはこの高級感と質感がくすぐる物欲に負けてしまいました。

毎回、私が新しいコンピュータとかの環境を使い始める時にまず必ずするのは、キーボードショートカットを覚えること。Windowsはもちろん、Linuxを触ってみたときにも、まずはショートカットを覚えました。これって、最初に辛抱してやっておくのとしないのとでは、使いこなしにおいて将来すごく差が出ます。操作が早くできるようになるのはもちろんですが、特に全く新しい環境を勉強するときに役に立つのは、色々な機能があることを最初に見つけることができること。ショートカットの一覧をネットで調べてみてみると、そこには機能がリストアップされている訳なので、「へー、こんな機能があるんだ」と最初に気がつくことができるのです。マウスだけ使っていると気がつかないような機能を、一番最初に知ることができるんですよね。例えば、MacOSの場合にはF12キーでDashBoardが開くのですが、DashBoardなんてものがあるってこと自体、初めての人は知らないですもんね。ショートカットの一覧を上から順に実際に打ち込んでみるだけで、色んな機能を触ってみることができる。これって、使いこなしの上ではとっても大切です。

Macを買うのは初代iMac以来。スティーブジョブズが復帰してからのAppleの大躍進について私などがここで改めて書くことではないですけど、それにしもやっぱり、もの凄いことをしたんだな、と改めて思わされています。今後はこいつを使ってガシガシとやっていきたいところです。
家庭崩壊というのはもちろん大げさですけど、子供がインフルエンザを幼稚園からもらってきて以来
・子供が家に居ると子供の世話に追われ他のことが何もできない
・子供のインフルエンザが回復してきた所へ嫁さんへ感染
・子供はまだ直ぐには登園させられず(自宅待機期間)
・嫁さんのインフルエンザが副鼻腔炎を悪化、40度近い高熱が4日間続く
・病院で点滴をして嫁さんの熱が下がってきたが、
・毎日朝晩と1日2回、病院へ行って点滴を受けねばならず、
・その間、子供の世話はやっぱり私がしなくてはならず、
・やっぱり他のことが何もできない
というフローがここ1週間以上続いて、その間、殆ど家事と子供の世話で時間が過ぎてしまってました。さらに自分も無傷とはいかず、4日ほど前から喉の痛みが続いていて朝の筋トレ&ジョギングが中断状態。後は、嫁さんの点滴が終われば色々と作業を再会できるのですが、まだまだ本調子に戻るまでには時間がかかりそうです。
さて。

こんな毎日でも多少の時間の合間はあり、そんな時を見つけてはMacBookAirをいじってました。購入したのはもう2週間近く前になってしまってますがようやく使い始めています。今回のこのブログ投稿もこれで書いていますが、まだまだ使い方が分からないことが多く、ちょっとした作業に時間がかかっちゃってますが、少しずつ開拓しているところです。

やはり、流石Appleの製品ですね、質感がものすごい。ガラスケースに入れて飾っておきたくなるほどの美しさ。今時、インターネットがメインの目的であればパソコンのOSなんてどれでも良くなってきていますよね。軽いノートPCを1つ手に入れようと思い、候補としてWindowsやLinuxも検討しましたけれど、最終的にはこの高級感と質感がくすぐる物欲に負けてしまいました。

毎回、私が新しいコンピュータとかの環境を使い始める時にまず必ずするのは、キーボードショートカットを覚えること。Windowsはもちろん、Linuxを触ってみたときにも、まずはショートカットを覚えました。これって、最初に辛抱してやっておくのとしないのとでは、使いこなしにおいて将来すごく差が出ます。操作が早くできるようになるのはもちろんですが、特に全く新しい環境を勉強するときに役に立つのは、色々な機能があることを最初に見つけることができること。ショートカットの一覧をネットで調べてみてみると、そこには機能がリストアップされている訳なので、「へー、こんな機能があるんだ」と最初に気がつくことができるのです。マウスだけ使っていると気がつかないような機能を、一番最初に知ることができるんですよね。例えば、MacOSの場合にはF12キーでDashBoardが開くのですが、DashBoardなんてものがあるってこと自体、初めての人は知らないですもんね。ショートカットの一覧を上から順に実際に打ち込んでみるだけで、色んな機能を触ってみることができる。これって、使いこなしの上ではとっても大切です。

Macを買うのは初代iMac以来。スティーブジョブズが復帰してからのAppleの大躍進について私などがここで改めて書くことではないですけど、それにしもやっぱり、もの凄いことをしたんだな、と改めて思わされています。今後はこいつを使ってガシガシとやっていきたいところです。
2012年01月26日
エレキはまた数年おあずけ、です
インフルエンザですが、あれから妻には感染しましたが、不思議と私と9ヶ月の娘には感染せず。息子はタミフルを点滴した次の日から熱も完全に下がり、今日の時点で元気いっぱいのやんちゃしまくりの赤ちゃん返りしまくりです。
こんな感じなので、昨日と今日は殆ど家事と子供の世話で時間が過ぎてしまいましたが、早朝と隙間時間を使ってギターのメンテをしてました。メンテといっても、売ってしまう前にクリーニングしたんですけどね。

そう、売ってしまうことにしました。学生の頃に手に入れたKiller GuitarsのFacist Viceというモデル。エレキギターっていうのはギター単体だけではダメで、エフェクターやらアンプやらシールドケーブルなどなど、色々と周辺機器が必要になる楽器。なので、オーストラリアへ行くにあたって、周辺機器を一緒に向こうへ持っていくのもコストだし、所有するのもコストだし、殆ど弾く時間無いし。ということで、もう何日もどうしようか迷ったのですが、もう手放すことを決心しました。
当初、ネットオークションへ出品することも考えたのですが、楽器という性質上、中々センシティブなところがあって諦めました。ネックの反りがあるかどうかの計測とかフレットの残りの計測とか、プロが持っているような計測器が無いと計れないコンディションがあって、ネット上の写真と説明文だけで十分落札者にコンディションが伝わるかどうか自信がなかったからです。かといって、ハードオフへ持ち込んでも二束三文だしなぁ、と思い、中古楽器買取専門業者に買い取ってもらうことにしました。
手続きは、あらかじめ送られてきたダンボール箱へ入れて送り返し、向こうで査定して金額に納得が行けば買い取ってもらう、というシステム。電話一本で簡単でした。で、少しでも高く査定が出るように、この数日間を使ってブリッジや細かいネジまで全部ばらし、磨いてオーバーホールしたのでした。
ちなみに、もう一本あるエレアコの方は持って行きますけどね。これから数年はアコースティック一本。オーストラリアでワーホリしてた時と同じに戻ります。
とはいえやっぱり、いざ手放すとなると寂しいですし、思いっきり後ろ髪引かれてます。デザインも気に入ってるしどこにも悪いところは無い。ましてや、こうやってバラして磨いていると、ピカピカになってくるもんだから益々愛着が増してしまってねぇ・・・。昔、これまたワーホリへ行くときにバイク(CBR1100XX)をバイク王へ売うっぱらった時の事を思い出します。

せっかく若い頃手に入れたギターなんだから、ずっと大事に取っておけば良い、ということも勿論考えたのですけど、色々迷った結果、幾つかの理由から手放すことにしました。それらは、実家に保管しておくというのは親に甘えてしまうという点、それから、日本の厳しい気候で経年劣化してしまうという点、経年劣化させてしまうくらいだったらまだコンディションが良いうちに新しいオーナーに弾いてもらった方が良いという点、そして、将来またエレキを弾こうと思ったときにはまた新しいギターを手に入れたい、という、これら4点です。これら4点を自分の中で明確にして、そして苦渋の決断をすることにしました。
昔張ったステッカーを全部剥がし、ネジをばらして磨いて、もう一度組みなおし、ブリッジのオクターブもちゃんと確認、当たり前ですが弦も新しいのを張って、チューニングはバッチリ確認。そして最後にちょっと弾いてこれでさようならです。寂しいですけど、新しいオーナーに可愛がってもらえることを祈ります。そして、自分はまたいつか環境が新しくなり、それが許される環境になったときには、もう一度エレキを手に入れよう。
こんな感じなので、昨日と今日は殆ど家事と子供の世話で時間が過ぎてしまいましたが、早朝と隙間時間を使ってギターのメンテをしてました。メンテといっても、売ってしまう前にクリーニングしたんですけどね。

そう、売ってしまうことにしました。学生の頃に手に入れたKiller GuitarsのFacist Viceというモデル。エレキギターっていうのはギター単体だけではダメで、エフェクターやらアンプやらシールドケーブルなどなど、色々と周辺機器が必要になる楽器。なので、オーストラリアへ行くにあたって、周辺機器を一緒に向こうへ持っていくのもコストだし、所有するのもコストだし、殆ど弾く時間無いし。ということで、もう何日もどうしようか迷ったのですが、もう手放すことを決心しました。
当初、ネットオークションへ出品することも考えたのですが、楽器という性質上、中々センシティブなところがあって諦めました。ネックの反りがあるかどうかの計測とかフレットの残りの計測とか、プロが持っているような計測器が無いと計れないコンディションがあって、ネット上の写真と説明文だけで十分落札者にコンディションが伝わるかどうか自信がなかったからです。かといって、ハードオフへ持ち込んでも二束三文だしなぁ、と思い、中古楽器買取専門業者に買い取ってもらうことにしました。
手続きは、あらかじめ送られてきたダンボール箱へ入れて送り返し、向こうで査定して金額に納得が行けば買い取ってもらう、というシステム。電話一本で簡単でした。で、少しでも高く査定が出るように、この数日間を使ってブリッジや細かいネジまで全部ばらし、磨いてオーバーホールしたのでした。
ちなみに、もう一本あるエレアコの方は持って行きますけどね。これから数年はアコースティック一本。オーストラリアでワーホリしてた時と同じに戻ります。
とはいえやっぱり、いざ手放すとなると寂しいですし、思いっきり後ろ髪引かれてます。デザインも気に入ってるしどこにも悪いところは無い。ましてや、こうやってバラして磨いていると、ピカピカになってくるもんだから益々愛着が増してしまってねぇ・・・。昔、これまたワーホリへ行くときにバイク(CBR1100XX)をバイク王へ売うっぱらった時の事を思い出します。

せっかく若い頃手に入れたギターなんだから、ずっと大事に取っておけば良い、ということも勿論考えたのですけど、色々迷った結果、幾つかの理由から手放すことにしました。それらは、実家に保管しておくというのは親に甘えてしまうという点、それから、日本の厳しい気候で経年劣化してしまうという点、経年劣化させてしまうくらいだったらまだコンディションが良いうちに新しいオーナーに弾いてもらった方が良いという点、そして、将来またエレキを弾こうと思ったときにはまた新しいギターを手に入れたい、という、これら4点です。これら4点を自分の中で明確にして、そして苦渋の決断をすることにしました。
昔張ったステッカーを全部剥がし、ネジをばらして磨いて、もう一度組みなおし、ブリッジのオクターブもちゃんと確認、当たり前ですが弦も新しいのを張って、チューニングはバッチリ確認。そして最後にちょっと弾いてこれでさようならです。寂しいですけど、新しいオーナーに可愛がってもらえることを祈ります。そして、自分はまたいつか環境が新しくなり、それが許される環境になったときには、もう一度エレキを手に入れよう。
2012年01月24日
インフルエンザと男の宿命
話によると、今インフルエンザが大流行しているらしいですね。なんでも、インフルエンザ警報なるものまで出ているとか。インフルエンザに警報が出るなんて台風みたいですが、調べてみたら確かに省庁や自治体が警報を出してるみたいですね。
厚生労働省が流行レベルマップなんてものを作っているみたいで、これを見ると今は岐阜県が一番流行しているみたいです。

なんでまたインフルエンザの話なんて持ち出したかというと、息子が幼稚園でウイルスをもらってきてしまって、昨日から40度近い熱を出して寝込んでしまったからです。幼稚園の話によると、今週からインフルエンザで欠席する子達が沢山いるみたいで、息子も例外なく感染してしまったようです。
昨日病院へ行ってきましたが、他にも同様と思われる子供の患者さんが沢山居ましたので、いやほんと、大流行してるんですね。息子も例のタミフルっていう奴を点滴してもらいました。この薬、インフルエンザウイルスの増殖を抑える効果があるみたいですね。発症してから48時間以内に投与しないと余り効果が無いみたいなので、熱が出たら直ぐに病院へ行ったほうが良さそうです。
幸い、今のところ私には感染していない(と願います)ですが、病院の先生いわく妻と下の子は明日には発症するでしょう、なんて言われちゃってるので、今週は家族そろって寝込むことになりそうです。
それにしてもかわいそうだ。なんせ、昨日は息子の4歳の誕生日で、幼稚園でもお誕生会が予定されていたし、家庭でもケーキ作ってお祝いする予定だったのに、それらは全部キャンセルです。
こんなことがあるから冬は怖いですね。オーストラリアへ引越しをする2月末に風邪やインフルエンザをひかないようにしないといけません。もし熱があったら飛行機に乗れず、オーストラリア永住権も失効、なんてシャレになりませんから。
他にも、移住に向けての準備で色々とやりたいことがあるのですが、遅々として進みません・・・。これが所帯を持った男の宿命か、と諦めてます。
厚生労働省が流行レベルマップなんてものを作っているみたいで、これを見ると今は岐阜県が一番流行しているみたいです。

なんでまたインフルエンザの話なんて持ち出したかというと、息子が幼稚園でウイルスをもらってきてしまって、昨日から40度近い熱を出して寝込んでしまったからです。幼稚園の話によると、今週からインフルエンザで欠席する子達が沢山いるみたいで、息子も例外なく感染してしまったようです。
昨日病院へ行ってきましたが、他にも同様と思われる子供の患者さんが沢山居ましたので、いやほんと、大流行してるんですね。息子も例のタミフルっていう奴を点滴してもらいました。この薬、インフルエンザウイルスの増殖を抑える効果があるみたいですね。発症してから48時間以内に投与しないと余り効果が無いみたいなので、熱が出たら直ぐに病院へ行ったほうが良さそうです。
幸い、今のところ私には感染していない(と願います)ですが、病院の先生いわく妻と下の子は明日には発症するでしょう、なんて言われちゃってるので、今週は家族そろって寝込むことになりそうです。
それにしてもかわいそうだ。なんせ、昨日は息子の4歳の誕生日で、幼稚園でもお誕生会が予定されていたし、家庭でもケーキ作ってお祝いする予定だったのに、それらは全部キャンセルです。
こんなことがあるから冬は怖いですね。オーストラリアへ引越しをする2月末に風邪やインフルエンザをひかないようにしないといけません。もし熱があったら飛行機に乗れず、オーストラリア永住権も失効、なんてシャレになりませんから。
他にも、移住に向けての準備で色々とやりたいことがあるのですが、遅々として進みません・・・。これが所帯を持った男の宿命か、と諦めてます。
2012年01月22日
今が育児のピークか?それともまだまだこれからか・・・?
いやぁ・・・、参りましたね。ここ数日の生活を振り返ってみると、”何も出来ていない感”が凄い。
新年が明けて3週間が経ち、本当に時間が過ぎるのは早いなって驚愕している間にも時間が過ぎていく。この間に移住に向け何が出来たんだろうって考えてみると、思ったほど作業が進んでいないような気がしてならない。
そう思う理由として、1つ目には、ずっと家に居て作業しているから、っていうのがありそうです。要は、これがもうオーストラリアへ実際に行ってしまっているとか、又はどこか別の環境に引っ越してしまっていて、新しい生活を始めている段階であれば、環境が変わったな、濃密な時間が過ぎたな、っていう実感があるんだろうけど、そうじゃない。この3週間、基本的に家にいながら作業をしていて、子供や妻の生活も何も変わっていないから、そう思えない。だから、実際にはあれこれとやらなきゃならない作業は進んでいるんだけども、それらがちょっとした細かい作業だったり、結果が目に見えてこないようなものだったりするから、3週間も経ったのに何もできていないんだぁ、って感じてしまう。のかも。
次に2つ目として、3歳長男の赤ちゃん返りと、0歳長女のお母さん依存が激しい。そういう時期なんだろうなって思うけども、彼らのお母さん依存度が益々高まっていてバブル状態。妻本人も「私の人生最高のモテ期だわ」とのたまう。長女はほんの少しでもお母さんが居なくなると激しく泣き出し、いくら私やその他の人(保母さん含む)があやしてもダメ。外出するときは常時妻が抱っこしてないといけない。長男の方はそんな妻と長女を見て、自分のお母さんが取られてしまったと感じ、嫉妬が凄い。「僕も赤ちゃんになる!」って言いながら落ちてる紙をムシャムシャ口に入れたり、わざとオムツでウンチしたり。着替え・お風呂・食事その他もろもろ、全部お母さんに介助してもらわないと納得がいかない。情緒も不安定で、ワガママが通らないと激しく機嫌が悪くなる。おかげで赤ちゃんが二人居るような状況で手間も2倍。彼らを相手にしていると、他に何もできません。
子育てに関して言えば、自分がこうやって会社を退職して、一日中家に居られるっていう生活ができて、ちょうど良いタイミングだった、と言えばまさしくその通り。育メンの話ではないけれど、最近日本でも夫が休職して妻と一緒に子育てに専念する、っていうのは良く聞く話。図らずもそういう状況に傍から見るとなっています。妻も育児疲れからか体調は思わしくなく、夜も余り寝られない日々が続いています(私の方は退職して以来、体調絶好調なのですが)。毎日の生活が、こうやって私がそばに居なかったら成り立たないのでは思えるほど。
なので、私の子育てにかける時間は今までで最高状態の日々で、移住に向けた作業を含め他の事がやりづらくなっているのは確かですね。とはいっても、もっぱら子供の直接の相手は妻がやり、私は家事を担当して妻をサポートしている形ですが。
しかし、こうやって育児に専念できるのも来月まで。来月の中旬にはいよいよ引越しの作業が始まり、生活品は運び出されて今までと違う生活リズムになるし、来月中旬には実家に引越し、そして月末にはオーストラリアへ引越しです。毎日、あっちこっち行ったり来たりしないといけなくなるから、この二人の子供を連れてそれをやるのかと思うと、今から戦々恐々です。
新年が明けて3週間が経ち、本当に時間が過ぎるのは早いなって驚愕している間にも時間が過ぎていく。この間に移住に向け何が出来たんだろうって考えてみると、思ったほど作業が進んでいないような気がしてならない。
そう思う理由として、1つ目には、ずっと家に居て作業しているから、っていうのがありそうです。要は、これがもうオーストラリアへ実際に行ってしまっているとか、又はどこか別の環境に引っ越してしまっていて、新しい生活を始めている段階であれば、環境が変わったな、濃密な時間が過ぎたな、っていう実感があるんだろうけど、そうじゃない。この3週間、基本的に家にいながら作業をしていて、子供や妻の生活も何も変わっていないから、そう思えない。だから、実際にはあれこれとやらなきゃならない作業は進んでいるんだけども、それらがちょっとした細かい作業だったり、結果が目に見えてこないようなものだったりするから、3週間も経ったのに何もできていないんだぁ、って感じてしまう。のかも。
次に2つ目として、3歳長男の赤ちゃん返りと、0歳長女のお母さん依存が激しい。そういう時期なんだろうなって思うけども、彼らのお母さん依存度が益々高まっていてバブル状態。妻本人も「私の人生最高のモテ期だわ」とのたまう。長女はほんの少しでもお母さんが居なくなると激しく泣き出し、いくら私やその他の人(保母さん含む)があやしてもダメ。外出するときは常時妻が抱っこしてないといけない。長男の方はそんな妻と長女を見て、自分のお母さんが取られてしまったと感じ、嫉妬が凄い。「僕も赤ちゃんになる!」って言いながら落ちてる紙をムシャムシャ口に入れたり、わざとオムツでウンチしたり。着替え・お風呂・食事その他もろもろ、全部お母さんに介助してもらわないと納得がいかない。情緒も不安定で、ワガママが通らないと激しく機嫌が悪くなる。おかげで赤ちゃんが二人居るような状況で手間も2倍。彼らを相手にしていると、他に何もできません。
子育てに関して言えば、自分がこうやって会社を退職して、一日中家に居られるっていう生活ができて、ちょうど良いタイミングだった、と言えばまさしくその通り。育メンの話ではないけれど、最近日本でも夫が休職して妻と一緒に子育てに専念する、っていうのは良く聞く話。図らずもそういう状況に傍から見るとなっています。妻も育児疲れからか体調は思わしくなく、夜も余り寝られない日々が続いています(私の方は退職して以来、体調絶好調なのですが)。毎日の生活が、こうやって私がそばに居なかったら成り立たないのでは思えるほど。
なので、私の子育てにかける時間は今までで最高状態の日々で、移住に向けた作業を含め他の事がやりづらくなっているのは確かですね。とはいっても、もっぱら子供の直接の相手は妻がやり、私は家事を担当して妻をサポートしている形ですが。
しかし、こうやって育児に専念できるのも来月まで。来月の中旬にはいよいよ引越しの作業が始まり、生活品は運び出されて今までと違う生活リズムになるし、来月中旬には実家に引越し、そして月末にはオーストラリアへ引越しです。毎日、あっちこっち行ったり来たりしないといけなくなるから、この二人の子供を連れてそれをやるのかと思うと、今から戦々恐々です。
2012年01月10日
あなたは、今、本当に生きていますか?本当に?どうして分かるの?
あるとき頭の中に浮かんだ思考とか、あ、こんな事ブログに書きたいなって思ったそのストーリーとかを、そのままありのままにブログへ書き出すことが出来たら本当に素晴らしいですね。でも、悲しいかな、その殆どを忘れてしまう。今回も、さっきまで頭の中で考えていたことを出来るだけ思い出しながらトレースして書き出してみたいと思う。
夜中にちょっと怖い夢を見て、それから色々と考え事をしていたら寝られなくなってしまった。いつもよりちょっとだけ早い起床だけど、考えていたことを書き出しておこうと思う。
その怖い夢の内容は、人が死ぬ夢だった。その人は私とは縁もゆかりも無い赤の他人だったのだけど、その人にはどうしても電車を止めなければならない理由があって、家族の目の前で電車に轢かれて死んだ。私はたまたまその場に居合わせたのだけど、その家族っていうのが今は音信不通になってしまっている幼なじみだったのだが、なぜその人が死ななければならなかったのか、その理由はここではどうでもいい。なんせ、これは私がある晩に勝手に見た夢なのだから。
そう、これは夢だった。そんな人が死ぬ夢から醒めてみると、どうして人は死ぬんだろうとか、今生きてるのはなぜなんだろう、なんて事を考え出してしまった。ふと横を見ると、私の直ぐ隣にはまだ9ヶ月の赤ん坊が寝ている。この命は、どうやって生まれてきたんだろう?つい1年前には生きていなかったのに。それに、数ヶ月前にはお義母さんが死んでしまった。命というのは本当に不思議だ。それと同時に、自分もいつか死んでしまう。死ぬのは嫌だ、苦しんで死にたくない。苦しむことなく恐怖を感じることなく、安らかに死ぬことが出来たらいいのに。そんなことを考えだしてしまい、無性に生きていることを怖くなってしまったというか、恐怖で心臓の鼓動が早くなってしまって寝られなくなってしまったのだ。
先日、妻とのやり取りでこんなことがあった。妻はどちらかというと、迷信とか運勢とかそういったことを信じている、というか、大切にしている人だ(これをファンタジーと書きそうになって思いとどまった)。そんな彼女と人生の不思議についてちょっと話をしたことがあった。すると彼女は、人生には前世というのがきっとあると思うわ、と言う。こうやって私と結婚して子供が2人誕生し、そんな自分の運命やこの奇跡とも呼ぶべき世の中の不思議について、彼女はそんな考え方で表現するのだった。そう、世の中って本当に不思議がいっぱいで、何とも説明がつかないことってあるよね。でも、僕は前世なんて信じないよ。だってもしそれを信じてしまったら、他にあるもっと不思議なことの説明ができなくなっちゃうから。そう答えた。
どうして僕は生きているんだろう?この心とか自我とかいったものは、いったいどうやって生まれてくるんだ?
私にはもう直ぐ4歳になる男の子と9ヶ月の女の子がいる。彼らを見ていると本当にいろんなことを勉強させてもらえるのだが、その中で一番刺激的なのが、こういった自我とかいったものだ。今、長男の方は随分自我が発達し、彼に対しては「うん、彼には心があるよね」って言える。論理的ではないけれど、彼はちゃんと自分の気持ちをベースにして物事を判断できる。でも、9ヶ月の方はどうみても「心がある」ようには見えない。これを妻に言ったら否定されたが、しかし、この9ヶ月の赤ん坊は、私からはどう見ても「本能としてプログラムされた通りにしか動いていない」ようにしか見えない。この子が心を獲得するためには、これから沢山の事を経験し、それを脳みそに記憶しなければならず、まるで夜明けがゆっくりと明るくなるように、心はこれからゆっくりと形成されていくんだ、そんな風に思う。
人間の心って、大昔は胸の中にあるって信じられていたらしい。悲しいことがあると胸が痛むし、感動すると胸が熱くなる、恋をすると胸がキューンとする。だから、心っていうのは胸の中にあるはずだ、そんな風に昔は考えられていたらしい。脳みそなんて、解剖してみても心臓からの大動脈がつながっているだけで、中身は血管だらけで何も無く、いったい何のための臓器なのか、血液を冷やすための臓器なんだろう、っていう程度にして考えられていなかったらしい。そうか、言われてみればその通りだ、科学さえ無ければきっと私もそう感じていたに違いない。それが生身の人間が素直に感じることなんだなって興味深いけれど、科学が進歩した現代では心が胸の中にないことは明白になっている。そう、心は脳みその中にある。だって、事故で脳みそを損傷したりした人は、言動がおかしくなったり、思考がそれまでと違ってきたりするから。
そんな脳みそを詳しく調べてみても、未だに心の原理は分かっていないらしい。脳みそには脳細胞というものが沢山つまっていて、それらが電気的な信号を相互にやり取りし、相互に刺激しあうことでなんらかの化学現象を起こしている、と言うところまでは分かっている。でも、なぜそんな化学現象が起きると、そこに心が誕生するのか?ということは今の科学でも分かっていないらしい。
僕の今のこの気持ちとか想いっていう自我は、単に脳細胞が化学現象を起こしただけで生まれるんだろうか?自我って、所詮そんなものなの?(ちなみに、これをクオリアとかハードプロブレムって専門用語では言うらしいけど、私はまだよく理解していないのであえてこの単語は使わない)
お互いに刺激をし合う何らかの単純な固体が集積し、全体として継続的に活動するように組織化すると、そこには心が生まれるんだろうか?でも考えてみると、それに似た現象って沢山ある。例えば人間社会。人間社会っていうのは、人間っていう1つの固体がお互いに情報交換し、刺激し合い、連携して営まれている現象。もしかしたら、我々人間には分からないけれど、その群集をベースにした心が発生している?人間が巣くう地球っていうのは、人間がその表面で組織活動することで、人間の脳みそと同じように、心を持っているのかも?そんな摩訶不思議なことってあるのか?
上記の前世の話をしたときに、こんな話を彼女にした。すると彼女は「ふーん、面白いこと考えるわね」と言う。いや、前世とかそんなアイデアの方がもっとずっと面白いよ、って言いそうになったが、もちろん言わなかった。いずれにせよ、もし前世なんて認めてしまうと、この摩訶不思議な問いが根底から崩れてしまう、というのは彼女には理解してもらえた。
前世というものがあるのであれば、心のアイデンティティが保たれる。でもそれが無いとなると、どう説明したら良いのか分からなくなって、恐ろしくなってくる。例えば、ロボットには心があるのか無いのか、という問題がある。初期のロボットは、人間にプログラムされた通りにしか動かない。でも、その技術が発達し、様々に複雑なことができるようになってくると、いつかは人間と区別が付かなくなってくる。話しかければ返事をし、まるで自分で考えて行動しているかのように見えてくる。そんな時、そのロボットには心があるんだろうか?という問いが起こる。そして、その問いは、我々人間も所詮はロボットと同じで、脳みそにプログラムされた通りに動いているだけにしか過ぎないんじゃないか?という恐怖に置き換わる。
昔読んだ漫画で、銃夢(がんむ、と読む)というのがあった。舞台はSFXの世界で、科学が進歩し人間の体を簡単にサイボーグ化できるようになった世界。貧しい者は体をサイボーグ化し、命の尊厳などなく、日々殺し合いが発生している世界。そんな世界において権力・富を持つ人達は、むしろ生身の体に価値を見出し、機械ではない生身の体であることを誇りを感じるようになった社会に住んでいる。しかし、実はこの社会に住んでいる人達、自分達は選ばれた人間であり高貴な存在だと信じていた人達は、実は生体実験のモルモットでしかなかった。彼らがある年齢になり成人式を迎えると、実は彼らには極秘に、脳みそをコンピュータチップに置き換える手術を受けさせられていた。そんな事実を知ってしまったある科学者、この人も同様に脳みそはチップ化されていたのだが、この科学者はその事実に耐えられず、過去の記憶を消去してしまった。つまり、自我というのが所詮はチップにプログラムされている内容でコントロールされており、自分の自我っていったい何なんだ?これは本当に私なんだろうか?という問いと恐怖に耐えられなかったのだ。
夢と現実の区別なんてつきっこない。さっき私が寝床で見た夢だって、夢から覚めたからああこれは夢だったんだって分かっただけの事で、もし私が夢を見ている最中に誰かが私の頭を大きな斧で真っ二つにして私を一瞬のうちに殺してしまったら、夢を見たまま死んでしまって、きっと夢の中で死んでしまったに違いない。夢を見ている最中に、これは夢だ!なんて分からない。今は起きている、これが現実だ、って思っているけれど、本当にこれが現実かどうかなんてわかりっこない。そんなことを考えてしまったから、怖くなってしまった。自分が生きているかどうかが分からなくなってくるから、それが怖いんだ。
こんな感覚、昔は無かった。子供の頃は今生きているのが当たり前で、いつか自分が死ぬかもしれない、生まれてこなければこんな恐怖を感じなくても済んだのに、なんて事は考えたことは無かった。子供の頃どころか、そんなこと20代後半になってもまだピンとこなかった。ようやく実感を伴ってきたのは30代中盤になったつい最近のことで、つまり人生を長く生きると、より死について考えるようになるんだな。人生を長く生きて、色んなことを経験すると、それまでの経験から様々なことが想像できるようになって、最終的には死ぬ瞬間までもが想像できるようになってくるんだろう。そうなると、死ぬのがリアルに想像できてしまって、怖くなってくる。
こんな私の、ある日の明け方に感じた恐怖って、言わずもがな、人類は太古の昔から感じていたに違いない。そして、その恐怖から逃れる方法として、宗教を編み出し、前世とかのアイデアを搾り出したんだろう。それが無ければ、今まで生きてくることは出来なったに違いない。そして私の妻を見る限り、今の時代でもこのアイデアに基づいて生きている人たちは多く居るどころが、大半なんじゃなかろうか、って思う。ここでそれを卑下する気持ち全くなく、むしろ羨ましいとさえ思える。だって、それで上手く心の平安を得られるから、脳細胞のことをいくら考えたった平安は得られないしむしろ益々怖くなるから。
願わくば、さらに経験を積むことで、生きることに恐怖を感じなくなっていきたい。お義母さんは最後の3ヶ月、もう直ぐ自分が死ぬということを知りながら過ごしていたんだが、一度も取り乱すことが無かった。妻に聞くと、「ねぇ、もう直ぐ死ぬってどんな気持ち?」なんて物凄い質問をしたらしいのだが、その答えは「うん、まぁ、しょうがないわね」みたいな、あまり恐怖は感じていなかった様子だったとのこと。自分もいつかはこうなりたいし、そんな希望が無ければ、これからの人生を幸せに生きていくことなんてできっこなさそうだ。
もう朝の6時だ。時間が無い。もう直ぐ子供が起きてくる。その前に今から1時間筋トレとジョギングをする。間違いない、これは現実だ。だって、もしこれが夢だったのだとしたら、きっとちょっと筋トレしただけで、見る見る筋肉が付くに違いないから。
現実は、そう、厳しいのだ。
夜中にちょっと怖い夢を見て、それから色々と考え事をしていたら寝られなくなってしまった。いつもよりちょっとだけ早い起床だけど、考えていたことを書き出しておこうと思う。
その怖い夢の内容は、人が死ぬ夢だった。その人は私とは縁もゆかりも無い赤の他人だったのだけど、その人にはどうしても電車を止めなければならない理由があって、家族の目の前で電車に轢かれて死んだ。私はたまたまその場に居合わせたのだけど、その家族っていうのが今は音信不通になってしまっている幼なじみだったのだが、なぜその人が死ななければならなかったのか、その理由はここではどうでもいい。なんせ、これは私がある晩に勝手に見た夢なのだから。
そう、これは夢だった。そんな人が死ぬ夢から醒めてみると、どうして人は死ぬんだろうとか、今生きてるのはなぜなんだろう、なんて事を考え出してしまった。ふと横を見ると、私の直ぐ隣にはまだ9ヶ月の赤ん坊が寝ている。この命は、どうやって生まれてきたんだろう?つい1年前には生きていなかったのに。それに、数ヶ月前にはお義母さんが死んでしまった。命というのは本当に不思議だ。それと同時に、自分もいつか死んでしまう。死ぬのは嫌だ、苦しんで死にたくない。苦しむことなく恐怖を感じることなく、安らかに死ぬことが出来たらいいのに。そんなことを考えだしてしまい、無性に生きていることを怖くなってしまったというか、恐怖で心臓の鼓動が早くなってしまって寝られなくなってしまったのだ。
先日、妻とのやり取りでこんなことがあった。妻はどちらかというと、迷信とか運勢とかそういったことを信じている、というか、大切にしている人だ(これをファンタジーと書きそうになって思いとどまった)。そんな彼女と人生の不思議についてちょっと話をしたことがあった。すると彼女は、人生には前世というのがきっとあると思うわ、と言う。こうやって私と結婚して子供が2人誕生し、そんな自分の運命やこの奇跡とも呼ぶべき世の中の不思議について、彼女はそんな考え方で表現するのだった。そう、世の中って本当に不思議がいっぱいで、何とも説明がつかないことってあるよね。でも、僕は前世なんて信じないよ。だってもしそれを信じてしまったら、他にあるもっと不思議なことの説明ができなくなっちゃうから。そう答えた。
どうして僕は生きているんだろう?この心とか自我とかいったものは、いったいどうやって生まれてくるんだ?
私にはもう直ぐ4歳になる男の子と9ヶ月の女の子がいる。彼らを見ていると本当にいろんなことを勉強させてもらえるのだが、その中で一番刺激的なのが、こういった自我とかいったものだ。今、長男の方は随分自我が発達し、彼に対しては「うん、彼には心があるよね」って言える。論理的ではないけれど、彼はちゃんと自分の気持ちをベースにして物事を判断できる。でも、9ヶ月の方はどうみても「心がある」ようには見えない。これを妻に言ったら否定されたが、しかし、この9ヶ月の赤ん坊は、私からはどう見ても「本能としてプログラムされた通りにしか動いていない」ようにしか見えない。この子が心を獲得するためには、これから沢山の事を経験し、それを脳みそに記憶しなければならず、まるで夜明けがゆっくりと明るくなるように、心はこれからゆっくりと形成されていくんだ、そんな風に思う。
人間の心って、大昔は胸の中にあるって信じられていたらしい。悲しいことがあると胸が痛むし、感動すると胸が熱くなる、恋をすると胸がキューンとする。だから、心っていうのは胸の中にあるはずだ、そんな風に昔は考えられていたらしい。脳みそなんて、解剖してみても心臓からの大動脈がつながっているだけで、中身は血管だらけで何も無く、いったい何のための臓器なのか、血液を冷やすための臓器なんだろう、っていう程度にして考えられていなかったらしい。そうか、言われてみればその通りだ、科学さえ無ければきっと私もそう感じていたに違いない。それが生身の人間が素直に感じることなんだなって興味深いけれど、科学が進歩した現代では心が胸の中にないことは明白になっている。そう、心は脳みその中にある。だって、事故で脳みそを損傷したりした人は、言動がおかしくなったり、思考がそれまでと違ってきたりするから。
そんな脳みそを詳しく調べてみても、未だに心の原理は分かっていないらしい。脳みそには脳細胞というものが沢山つまっていて、それらが電気的な信号を相互にやり取りし、相互に刺激しあうことでなんらかの化学現象を起こしている、と言うところまでは分かっている。でも、なぜそんな化学現象が起きると、そこに心が誕生するのか?ということは今の科学でも分かっていないらしい。
僕の今のこの気持ちとか想いっていう自我は、単に脳細胞が化学現象を起こしただけで生まれるんだろうか?自我って、所詮そんなものなの?(ちなみに、これをクオリアとかハードプロブレムって専門用語では言うらしいけど、私はまだよく理解していないのであえてこの単語は使わない)
お互いに刺激をし合う何らかの単純な固体が集積し、全体として継続的に活動するように組織化すると、そこには心が生まれるんだろうか?でも考えてみると、それに似た現象って沢山ある。例えば人間社会。人間社会っていうのは、人間っていう1つの固体がお互いに情報交換し、刺激し合い、連携して営まれている現象。もしかしたら、我々人間には分からないけれど、その群集をベースにした心が発生している?人間が巣くう地球っていうのは、人間がその表面で組織活動することで、人間の脳みそと同じように、心を持っているのかも?そんな摩訶不思議なことってあるのか?
上記の前世の話をしたときに、こんな話を彼女にした。すると彼女は「ふーん、面白いこと考えるわね」と言う。いや、前世とかそんなアイデアの方がもっとずっと面白いよ、って言いそうになったが、もちろん言わなかった。いずれにせよ、もし前世なんて認めてしまうと、この摩訶不思議な問いが根底から崩れてしまう、というのは彼女には理解してもらえた。
前世というものがあるのであれば、心のアイデンティティが保たれる。でもそれが無いとなると、どう説明したら良いのか分からなくなって、恐ろしくなってくる。例えば、ロボットには心があるのか無いのか、という問題がある。初期のロボットは、人間にプログラムされた通りにしか動かない。でも、その技術が発達し、様々に複雑なことができるようになってくると、いつかは人間と区別が付かなくなってくる。話しかければ返事をし、まるで自分で考えて行動しているかのように見えてくる。そんな時、そのロボットには心があるんだろうか?という問いが起こる。そして、その問いは、我々人間も所詮はロボットと同じで、脳みそにプログラムされた通りに動いているだけにしか過ぎないんじゃないか?という恐怖に置き換わる。
昔読んだ漫画で、銃夢(がんむ、と読む)というのがあった。舞台はSFXの世界で、科学が進歩し人間の体を簡単にサイボーグ化できるようになった世界。貧しい者は体をサイボーグ化し、命の尊厳などなく、日々殺し合いが発生している世界。そんな世界において権力・富を持つ人達は、むしろ生身の体に価値を見出し、機械ではない生身の体であることを誇りを感じるようになった社会に住んでいる。しかし、実はこの社会に住んでいる人達、自分達は選ばれた人間であり高貴な存在だと信じていた人達は、実は生体実験のモルモットでしかなかった。彼らがある年齢になり成人式を迎えると、実は彼らには極秘に、脳みそをコンピュータチップに置き換える手術を受けさせられていた。そんな事実を知ってしまったある科学者、この人も同様に脳みそはチップ化されていたのだが、この科学者はその事実に耐えられず、過去の記憶を消去してしまった。つまり、自我というのが所詮はチップにプログラムされている内容でコントロールされており、自分の自我っていったい何なんだ?これは本当に私なんだろうか?という問いと恐怖に耐えられなかったのだ。
夢と現実の区別なんてつきっこない。さっき私が寝床で見た夢だって、夢から覚めたからああこれは夢だったんだって分かっただけの事で、もし私が夢を見ている最中に誰かが私の頭を大きな斧で真っ二つにして私を一瞬のうちに殺してしまったら、夢を見たまま死んでしまって、きっと夢の中で死んでしまったに違いない。夢を見ている最中に、これは夢だ!なんて分からない。今は起きている、これが現実だ、って思っているけれど、本当にこれが現実かどうかなんてわかりっこない。そんなことを考えてしまったから、怖くなってしまった。自分が生きているかどうかが分からなくなってくるから、それが怖いんだ。
こんな感覚、昔は無かった。子供の頃は今生きているのが当たり前で、いつか自分が死ぬかもしれない、生まれてこなければこんな恐怖を感じなくても済んだのに、なんて事は考えたことは無かった。子供の頃どころか、そんなこと20代後半になってもまだピンとこなかった。ようやく実感を伴ってきたのは30代中盤になったつい最近のことで、つまり人生を長く生きると、より死について考えるようになるんだな。人生を長く生きて、色んなことを経験すると、それまでの経験から様々なことが想像できるようになって、最終的には死ぬ瞬間までもが想像できるようになってくるんだろう。そうなると、死ぬのがリアルに想像できてしまって、怖くなってくる。
こんな私の、ある日の明け方に感じた恐怖って、言わずもがな、人類は太古の昔から感じていたに違いない。そして、その恐怖から逃れる方法として、宗教を編み出し、前世とかのアイデアを搾り出したんだろう。それが無ければ、今まで生きてくることは出来なったに違いない。そして私の妻を見る限り、今の時代でもこのアイデアに基づいて生きている人たちは多く居るどころが、大半なんじゃなかろうか、って思う。ここでそれを卑下する気持ち全くなく、むしろ羨ましいとさえ思える。だって、それで上手く心の平安を得られるから、脳細胞のことをいくら考えたった平安は得られないしむしろ益々怖くなるから。
願わくば、さらに経験を積むことで、生きることに恐怖を感じなくなっていきたい。お義母さんは最後の3ヶ月、もう直ぐ自分が死ぬということを知りながら過ごしていたんだが、一度も取り乱すことが無かった。妻に聞くと、「ねぇ、もう直ぐ死ぬってどんな気持ち?」なんて物凄い質問をしたらしいのだが、その答えは「うん、まぁ、しょうがないわね」みたいな、あまり恐怖は感じていなかった様子だったとのこと。自分もいつかはこうなりたいし、そんな希望が無ければ、これからの人生を幸せに生きていくことなんてできっこなさそうだ。
もう朝の6時だ。時間が無い。もう直ぐ子供が起きてくる。その前に今から1時間筋トレとジョギングをする。間違いない、これは現実だ。だって、もしこれが夢だったのだとしたら、きっとちょっと筋トレしただけで、見る見る筋肉が付くに違いないから。
現実は、そう、厳しいのだ。
2012年01月08日
新年が明けての1週間を振り返ってみると・・・
新年が明けてもう1週間が経ちましたね、時間の過ぎるのは本当に早いです。この1週間はオーストラリア移住へ向けての準備を開始して充実した時間を過ごすつもりで居ましたが、余りそのような実感がありません。何をやっていたのか振り返ってみると、
・いらない物の整理
使わずに押し入れにしまってあった物だとか、オーストラリアへは明らかに持って行かない物などの整理を始めました。まずは、値が付きそうな物をネットオークションで出品したり、いらない物はゴミに出したり。
・保険の見直し
今まで幾つか生命保険やその他保険に加入していたので、それらのうち加入を継続するもの・解約するものを見直し整理しました。まだ迷っているものもあって、まだ整理には時間がかかりそう。
意味のある作業は殆ど上の2つだけですね。特にいらない物の整理だけに時間が取られている印象。ネットオークションへ出品するのも大変な手間で、綺麗に清掃して、動作確認して、写真を撮って、出品の説明文を書いて、送料を確認して、入札者からの質問に返信して、などなど大変です。手間の割りにそれほど実入りも少ない場合もあって割に合わないのかもしれないのですが、でもまだ使える物ばかりなのでそれを捨ててしまうのは余りにももったいない。せめて誰かに使い続けてもらった方が良いですが、それにしても如何に物質に囲まれて、物に溢れた生活をしているのか、思い知らされている毎日です。本当、物っていうのは少ないほうがいい。
他には、筋トレとジョギングを継続しています。新年が明けてから始めましたが、会社勤めの時に通勤に使っていた時間を当てている感じですね。それでも、朝はネットオークションのチェックやら何やらで中々時間が無かったりギリギリ間に合ったり、相変わらず朝は時間が無いです。ま、自分の場合、朝の時間というのは子供が起きてくるまでの事ですけどね。
子供と言えば、この1週間は正月3ヶ日と連休もあって幼稚園がずっとお休み。その結果、3歳の長男がずっと家に居る状態となり、私と妻共々子供の相手に多くの時間を費やしたので他の事が出来てないです。年明けからはもっとのんびりできるかな、と思っていましたが、この1週間に限ればそんなことはなく、要は今までは週末家族と過ごしていた時間が、この1週間はずっと続いているような感じですね。ま、良い事なんですけど、兎に角時間があっという間に過ぎるように感じるのはそれが主な原因かも。
最後に写真をいくつか。
昨日は一宮タワーパークのイルミネーションを見に行ってきました。綺麗でしたが、私の個人的な感想を言えば、イルミネーションよりも寒さと子供のイヤイヤが大変で、とっても印象的でした・・・




・いらない物の整理
使わずに押し入れにしまってあった物だとか、オーストラリアへは明らかに持って行かない物などの整理を始めました。まずは、値が付きそうな物をネットオークションで出品したり、いらない物はゴミに出したり。
・保険の見直し
今まで幾つか生命保険やその他保険に加入していたので、それらのうち加入を継続するもの・解約するものを見直し整理しました。まだ迷っているものもあって、まだ整理には時間がかかりそう。
意味のある作業は殆ど上の2つだけですね。特にいらない物の整理だけに時間が取られている印象。ネットオークションへ出品するのも大変な手間で、綺麗に清掃して、動作確認して、写真を撮って、出品の説明文を書いて、送料を確認して、入札者からの質問に返信して、などなど大変です。手間の割りにそれほど実入りも少ない場合もあって割に合わないのかもしれないのですが、でもまだ使える物ばかりなのでそれを捨ててしまうのは余りにももったいない。せめて誰かに使い続けてもらった方が良いですが、それにしても如何に物質に囲まれて、物に溢れた生活をしているのか、思い知らされている毎日です。本当、物っていうのは少ないほうがいい。
他には、筋トレとジョギングを継続しています。新年が明けてから始めましたが、会社勤めの時に通勤に使っていた時間を当てている感じですね。それでも、朝はネットオークションのチェックやら何やらで中々時間が無かったりギリギリ間に合ったり、相変わらず朝は時間が無いです。ま、自分の場合、朝の時間というのは子供が起きてくるまでの事ですけどね。
子供と言えば、この1週間は正月3ヶ日と連休もあって幼稚園がずっとお休み。その結果、3歳の長男がずっと家に居る状態となり、私と妻共々子供の相手に多くの時間を費やしたので他の事が出来てないです。年明けからはもっとのんびりできるかな、と思っていましたが、この1週間に限ればそんなことはなく、要は今までは週末家族と過ごしていた時間が、この1週間はずっと続いているような感じですね。ま、良い事なんですけど、兎に角時間があっという間に過ぎるように感じるのはそれが主な原因かも。
最後に写真をいくつか。
昨日は一宮タワーパークのイルミネーションを見に行ってきました。綺麗でしたが、私の個人的な感想を言えば、イルミネーションよりも寒さと子供のイヤイヤが大変で、とっても印象的でした・・・




2012年01月01日
明けましておめでとうございます。今年こそ、よろしくお願いします。

明けましておめでとうございます。2012年がいよいよ始まりましたね。
今年は私にとって、人生の一大飛躍となるはずの年です。2ヵ月後にはシドニーへ移住。それまでの2ヶ月間、それに向けての準備で大忙しになる予定です。仕事が終われば時間に余裕が出来て準備もはかどるだろうと思っていましたが、仕事を納めてから年末までのここ数日を振り返ってみると、今まで仕事へ行っていた代りに子どもの面倒を見るハメとなり、時間がむしろ無くなってしまっている結果となっています。
という訳で、今日も初詣に行ったり子供の面倒を見たりと中々自由な時間が無いですが、嫁さんにブログを書く時間を許可してもらったので、毎年恒例の新年の目標をブログへ書いてみようと思います。
では、去年の反省から。
・仕事を頑張る
ブログにも書きましたが、退職する直前まで大忙しでした。最後の1ヶ月間は土曜日にも出勤し、残っていた有給は殆ど消化せずに頑張ったのですが、絶対的なチームの人員が足らず、いかんともし難い状況。本当は自分の納得が行くまでプロジェクトを進めて、残る人達にもちゃんとした形で引きついでから終わらせたかったのですが、その程度の努力ではこの状況を好転させるのは流石に無理でした。
ただ、自分の出来る精一杯の貢献はできたかな、と思うので、その点では納得の行く一年でした。
・子育てにもっと参加する
去年の4月に第2子が生まれ、その影響か長男は赤ちゃん返りが始まり、嫁さんは益々大変な状況になった一年でした。そんな状況なので、私も更に意識して家事をしたり子供の面倒を見たりしましたが、嫁さん的に満足いくレベルだったかというとちょっと分かりません。本当はもっと出来ることがあったかも知れませんが、でもそうすると私も他の事が全く出来なくなってしまうので、この辺りのさじ加減が難しいところですね。でも、夫婦の間でお互いにお互いの時間を作ってあげるような習慣が出来たのは良かったです。
・英語を頑張る
これはまあ今まで通りですかね。通勤中は英語のCDを聞いたり本を読んだり。
・ジムを頑張る
去年から下半身を意識して鍛えるようにしました。結果は、太ももが一回り大きくなって成果は上がりましたが、年末には仕事に集中したのでジムへ行く頻度が下がり、今は3歩進んで2歩下がったような状態。
・Android勉強する
Androidは結局ほとんどやりませんでした。興味がなくなってしまって。その代わり、AmazonのEC2やRuby on Railsは最初の事始めを完了できた状況。
では次は今年の目標。
・オーストラリアでの生活を確立する!
これが一番大事ですね!移住の目標を最初に持った10年前は一人身でしたが、今は家庭がありますから、まずは家庭の生活を保障しなければなりません。実は移住に向けてあまりお金が準備できなかったので余り余裕が無くその点が不安だったりするのですが、向こうで仕事さえ見つかれば何とかなるはず。まずは仕事を見つけてそれを軌道に乗せることですね。
・逆立ちで5m歩けるようになる
いきなり何だ?って思うような目標ですが、今までやったことの無い事に挑戦してみようかと。
・素敵な笑顔を作れるようになる
これも同じで、今まで真面目な目標ばっかりだったので、たまにはちょっと違うものを。つい先日、ふと思い立った目標ですが、素敵な笑顔が作れる人になりたいなぁ、と。練習して出来るようななるものなのかどうか分かりませんが、とりあえず、今年は顔の筋肉(表情筋)をトレーニングしてすっごい笑顔が出来るように頑張ります。
という訳で、今年の末には、オーストラリアで逆立ちしながらすっごい笑顔を振りまく日本人ソフトウェアエンジニアがシドニーに誕生するはず・・・です。お楽しみに。。。
さて、ついでに元旦の日記を。
今日は近所にある真清田神社へ朝イチで行ってきました。流石に朝早いので人出は少なく、ただ屋台は既に始まっていたので、ちょうど良い感じで行ってまいりました。

その帰り道、前々から気になっていた鉄道カフェへ初めて入ってみました。

Nゲージ(?)で埋め尽くされた店内は中々の迫力。お店のオーナーも子供慣れしているのか、「ハイ、じゃあ今度は貨物ね。ハイ、次はカルピス飲んで、よしじゃあスピード落として、ハイお父さん写真撮って!」などなど、ベルトコンベヤ式に色々と説明してもらったり触らせてもらったりしました。

コントローラの操作も沢山させてもらえました。電車が大好きな息子は生まれて初めて走らせるNゲージに大興奮。でもね、それお高いらしいですよぉー。
ちなみに、客層は9割が大人、1割が子供だそうです。今日も昼前には鉄男で埋め尽くされるんだそうな。凄い。
2011年12月28日
3度目の退職
仕事を納めて、たった今帰ってきました。4年弱使用したPCやカバンやら、その他携帯とか、会社から支給されていたものを全て返却し、まっさらな状態で帰ってきました。これで、明日からは晴れて無職です。
本当は思うところを色々とこのブログへ書きたい所ですが、ちょっと飲んで帰宅したので、しんどいのでもう直ぐに寝ます。その前に一言書いておこうと思って。
既に何度もここに書いては居ますが、4年前に転職を決意しておいて本当に良かったと思います。むしろ遅かったぐらい。出来ればもうあと1年今の職場で働きたかったと思いますが、永住権の期限があるので仕方がないですね。もう1年早く転職しておけばなぁ、と今になって思います。
やはり、やるべきことを決断するのは大切ですね。何をするべきか、多分誰でも人は知っているんですよね。ただそれに一歩踏み出す勇気を出すのに時間がかかったり、結局出来なかったりするだけのこと。明日から無職ですから、やはりそれなりに不安を感じますが、この危機感は次のステップへ進むために必要なものなんだと信じています。
まあ、不安になってしまう主な理由はそれほど貯蓄に余裕がないからなので、これがもっとちゃんと計画的に貯蓄していたらそれほど不安はなかったと思いますけどね。自分の場合、クローン病にかかってほぼ移住を諦めマンションを買ってしまいましたから、お金が大幅に減ってしまったのです。しかしこれだって、もしマンションの営業担当者さんに出会わなかったら、松本医院を紹介してもらうこともなく、そしてクローン病も治らなかったと思いますからね。人生、何がどうなるか、本当分かりません。
なので、早く次の仕事を見つけるのが重要ですが、それは来年の目標ですね。来年の抱負をここに書くのはまた後日として、今日のところはこれで〆ようかと思います。
まずは、お疲れさん!自分!
本当は思うところを色々とこのブログへ書きたい所ですが、ちょっと飲んで帰宅したので、しんどいのでもう直ぐに寝ます。その前に一言書いておこうと思って。
既に何度もここに書いては居ますが、4年前に転職を決意しておいて本当に良かったと思います。むしろ遅かったぐらい。出来ればもうあと1年今の職場で働きたかったと思いますが、永住権の期限があるので仕方がないですね。もう1年早く転職しておけばなぁ、と今になって思います。
やはり、やるべきことを決断するのは大切ですね。何をするべきか、多分誰でも人は知っているんですよね。ただそれに一歩踏み出す勇気を出すのに時間がかかったり、結局出来なかったりするだけのこと。明日から無職ですから、やはりそれなりに不安を感じますが、この危機感は次のステップへ進むために必要なものなんだと信じています。
まあ、不安になってしまう主な理由はそれほど貯蓄に余裕がないからなので、これがもっとちゃんと計画的に貯蓄していたらそれほど不安はなかったと思いますけどね。自分の場合、クローン病にかかってほぼ移住を諦めマンションを買ってしまいましたから、お金が大幅に減ってしまったのです。しかしこれだって、もしマンションの営業担当者さんに出会わなかったら、松本医院を紹介してもらうこともなく、そしてクローン病も治らなかったと思いますからね。人生、何がどうなるか、本当分かりません。
なので、早く次の仕事を見つけるのが重要ですが、それは来年の目標ですね。来年の抱負をここに書くのはまた後日として、今日のところはこれで〆ようかと思います。
まずは、お疲れさん!自分!
2011年12月27日
2011年12月末 僕の東京出張は終わった
東京出張の帰りの新幹線の中です。
ついに、私の最後の東京出張がこれで終わりました。今回も例にもれずテストカーで走り回ってテストをしたのですが、今回はつくば市にある国交省の所有するテストコース。ここでITS関係の機器の通信をテストしました。結果は・・・、問題はうんざりするほど山積みです。
振り返ってみると、今まで数え切れないほどこなしてきた東京出張&テスト走行の仕事でしたが、私はこれをずっと楽しんでやってきました。勿論、今回のテストコースの走行も面白かったです。カーナビの開発なのでテストは最終的には走行して確認するのですが、こうやって自分が作成したソフトウェアが正常に動くかどうか実際の車両を使ってテストをするのはとっても面白いです。車両と協調してうまく動いたときの達成感はもちろんですし、それを確認するまでの準備やら車両のセットアップ、その他の急なトラブルへの臨機応変な対処などなど、こんな作業は自分の性に合っていたんですね。
しかし、そんな楽しい仕事もこれで終わりです。私の勤務は残すところ明日の1日だけとなりました。テストカーを運転するのもこれが最後だし、東京の渋滞を走るのも(多分)もう無いでしょう。なので、しっかりと風景を目に焼き付けてきました。いよいよ終わりかと思うと、職場の風景やいつも泊まったホテルの部屋、テストカーのハンドルなど、もう見ることも無いと思うと寂しいものです。
明日はほとんど実際の作業はできず、机の片付けや総務的な事務作業のみ。なので、今日のテスト走行のログの整理や問題の解析も殆どできません。最後の最後まで仕事が収束することなく、そしてその引継ぎも満足にできないまま、です。こんな状態でプロジェクトを去ってしまうのは本当に心残りですし、残った人たちには申し訳ない気持ちでいっぱいです。
自分が残したコードには思い入れがあります。自分が誇りを持って作り上げた、大げさかもしれませんが、作品とでも言って恥ずかしくないと思っています。技術士の論文もこれを開発した内容でした。とはいえ、完全な物ではなくやはりまだまだ改善すべき所も多く残してしまいましたし、それを後の人に引き継いだかといえば、できていません。なので、現在の状態からさらに進化することは残念ながら多分ないでしょう。進化させるためには、オリジネータである私が持っていた設計コンセプトや様々な概念、将来の改善計画などなど、とっても沢山なことを理解して継承しなければならない訳で、実際問題としてそれを短時間に他人に引き継ぐというのは非常に難しいからです。なので、私が残した遺産を進化させるのではなく、むしろ逆に全部ぶち壊してもらいたい。ぶち壊してしまって、全く新しいより良いプログラムへ作り変えてくれたら、私も頑張って作って本当に良かったな、と思えるからです。
さて!あと1日!これが終わったら、今度はオーストラリアへの引越し作業と、仕事探しが待っていますが、まずはこの最後の1日をしっかり勤めて、そして胸を張って退職してこようと思います。
ついに、私の最後の東京出張がこれで終わりました。今回も例にもれずテストカーで走り回ってテストをしたのですが、今回はつくば市にある国交省の所有するテストコース。ここでITS関係の機器の通信をテストしました。結果は・・・、問題はうんざりするほど山積みです。
振り返ってみると、今まで数え切れないほどこなしてきた東京出張&テスト走行の仕事でしたが、私はこれをずっと楽しんでやってきました。勿論、今回のテストコースの走行も面白かったです。カーナビの開発なのでテストは最終的には走行して確認するのですが、こうやって自分が作成したソフトウェアが正常に動くかどうか実際の車両を使ってテストをするのはとっても面白いです。車両と協調してうまく動いたときの達成感はもちろんですし、それを確認するまでの準備やら車両のセットアップ、その他の急なトラブルへの臨機応変な対処などなど、こんな作業は自分の性に合っていたんですね。
しかし、そんな楽しい仕事もこれで終わりです。私の勤務は残すところ明日の1日だけとなりました。テストカーを運転するのもこれが最後だし、東京の渋滞を走るのも(多分)もう無いでしょう。なので、しっかりと風景を目に焼き付けてきました。いよいよ終わりかと思うと、職場の風景やいつも泊まったホテルの部屋、テストカーのハンドルなど、もう見ることも無いと思うと寂しいものです。
明日はほとんど実際の作業はできず、机の片付けや総務的な事務作業のみ。なので、今日のテスト走行のログの整理や問題の解析も殆どできません。最後の最後まで仕事が収束することなく、そしてその引継ぎも満足にできないまま、です。こんな状態でプロジェクトを去ってしまうのは本当に心残りですし、残った人たちには申し訳ない気持ちでいっぱいです。
自分が残したコードには思い入れがあります。自分が誇りを持って作り上げた、大げさかもしれませんが、作品とでも言って恥ずかしくないと思っています。技術士の論文もこれを開発した内容でした。とはいえ、完全な物ではなくやはりまだまだ改善すべき所も多く残してしまいましたし、それを後の人に引き継いだかといえば、できていません。なので、現在の状態からさらに進化することは残念ながら多分ないでしょう。進化させるためには、オリジネータである私が持っていた設計コンセプトや様々な概念、将来の改善計画などなど、とっても沢山なことを理解して継承しなければならない訳で、実際問題としてそれを短時間に他人に引き継ぐというのは非常に難しいからです。なので、私が残した遺産を進化させるのではなく、むしろ逆に全部ぶち壊してもらいたい。ぶち壊してしまって、全く新しいより良いプログラムへ作り変えてくれたら、私も頑張って作って本当に良かったな、と思えるからです。
さて!あと1日!これが終わったら、今度はオーストラリアへの引越し作業と、仕事探しが待っていますが、まずはこの最後の1日をしっかり勤めて、そして胸を張って退職してこようと思います。
2011年12月25日
東京からメリークリスマス
今夜は仕事の出張で東京に来ています。大抵いつも同じホテルに泊まるので、もう勝手の良く知った、毎度お馴染みの出張の夜。
もうあと数日で今の会社から退社することになってしまいますが、この最後の数ヶ月は仕事もやることが山積みの状況で、プライベートも家庭も移住へ向けた準備やらその他なんやらで大忙しなので、中々ブログが更新できずにいます。なので、こんな出張の夜ぐらいにしかブログが書けないですが、こんな状態も今月いっぱい、今年いっぱいまで。いよいよ来年からはオーストラリア移住へ向けて、毎日の出来事やお役立ち情報をできるだけ整理してどんどんブログへ書いていく予定です!
さて、今日はクリスマスですね。こんな日に東京へ出張で来ているのも中々思うところが多いですが、街はオシャレしたカップルでいっぱいですね。いいね!みんな大いに浮かれちゃって、人類の繁栄を謳歌しちゃってくださいな!
で、私も昨日のイブには、ちょうど姪っ子がこっちへ遊びに来ていたので、丁度良いと両親といっしょに私の住む一宮まで来てもらい、皆でクリスマスパーティをしました。嫁さんの妹さんも合流し、雰囲気を盛り上げるために急遽クリスマスソングの入ったCDを買ってきて、ついでにクラッカーとサンタさんの帽子やら調達。美味しいケーキとクリスマスプレゼントをもらって子供たちは大喜び。はしゃぐ子供を見て大人たちも満足。家族だけの質素な宴でしたが、とっても幸せな時間を共有することができてよかったです。
来年からはオーストラリアへ引越ししてしまうので、こうやって姪っ子や兄弟、両親とクリスマスを過ごすのも難しくなります。そう考えると寂しいですね。でも、今の時代はインターネットでいつもつながってるし、まだまだ両親も元気なので、いつでもオーストラリアへ遊びに来てくれる。親の元気が本当にありがたいですね。そんなことをしみじみと考えながら過ごす、東京のクリスマスの夜でした。
もうあと数日で今の会社から退社することになってしまいますが、この最後の数ヶ月は仕事もやることが山積みの状況で、プライベートも家庭も移住へ向けた準備やらその他なんやらで大忙しなので、中々ブログが更新できずにいます。なので、こんな出張の夜ぐらいにしかブログが書けないですが、こんな状態も今月いっぱい、今年いっぱいまで。いよいよ来年からはオーストラリア移住へ向けて、毎日の出来事やお役立ち情報をできるだけ整理してどんどんブログへ書いていく予定です!
さて、今日はクリスマスですね。こんな日に東京へ出張で来ているのも中々思うところが多いですが、街はオシャレしたカップルでいっぱいですね。いいね!みんな大いに浮かれちゃって、人類の繁栄を謳歌しちゃってくださいな!
で、私も昨日のイブには、ちょうど姪っ子がこっちへ遊びに来ていたので、丁度良いと両親といっしょに私の住む一宮まで来てもらい、皆でクリスマスパーティをしました。嫁さんの妹さんも合流し、雰囲気を盛り上げるために急遽クリスマスソングの入ったCDを買ってきて、ついでにクラッカーとサンタさんの帽子やら調達。美味しいケーキとクリスマスプレゼントをもらって子供たちは大喜び。はしゃぐ子供を見て大人たちも満足。家族だけの質素な宴でしたが、とっても幸せな時間を共有することができてよかったです。
来年からはオーストラリアへ引越ししてしまうので、こうやって姪っ子や兄弟、両親とクリスマスを過ごすのも難しくなります。そう考えると寂しいですね。でも、今の時代はインターネットでいつもつながってるし、まだまだ両親も元気なので、いつでもオーストラリアへ遊びに来てくれる。親の元気が本当にありがたいですね。そんなことをしみじみと考えながら過ごす、東京のクリスマスの夜でした。
2011年12月17日
週末もお仕事です 東京から名古屋までクルマで走るだけの簡単なお仕事
今日は土曜日ですが東京出張中なので、朝のホテルでソフトウェアをビルドしながらブログ書いています。ホテルから東京の空が見えます。今日は快晴! 昨日は岐阜辺りでアラレが降ってきて少しビビッったのですが、なんとか今日も中央道で走っていけそうです。
昨日は会社のクリスマスパーティで飲みすぎ、今朝は二日酔いです。朝食食べたら多少回復しましたが、次の日にしんどいしやりたかった筋トレとかできなくなっちゃったので、やっぱ飲みすぎは百害あって一利なし。
今の会社も、もう残り後1週間とちょっと。来週いっぱい作業したら、次の週はまた出張。で、ギリギリの28日まで仕事して仕事納めとなる予定です。正直なところ引継ぎは消化不良で、私が抜けた後、残された人達で大丈夫だろうかと心配です。私もできるだけやりましたし、善意で半年以上前から会社に退職願を出してるわけで、それでも足りないほどの領域を私一人に任せてしまっていたという。まあ、別に何か分からないことがあったらいつでも質問してきてくれてOKなんですけどね。私の基本的スタンスは「前向きに会社へ貢献・協力・プライベートも提供、でも期限は切る」ですかね。
さて、今日はこれから昨日とは反対方向に東京から名古屋へ走ります。ナビの開発でテストしながらの走行なので、ちょっと走ってはPAに止まってログのチェックを繰り返すので、中々前に進みません。ノンストップで走れば余裕を持っても5時間で行ける距離ですが、ログを取りながらだと最低でも6時間、今日は多分7時間はかかるかなぁ。道中やることも無いのでガッツだぜを歌ったりするのですが、それでも流石に7時間も持たないし、時間をもてあそび持て余します。
昨日は会社のクリスマスパーティで飲みすぎ、今朝は二日酔いです。朝食食べたら多少回復しましたが、次の日にしんどいしやりたかった筋トレとかできなくなっちゃったので、やっぱ飲みすぎは百害あって一利なし。
今の会社も、もう残り後1週間とちょっと。来週いっぱい作業したら、次の週はまた出張。で、ギリギリの28日まで仕事して仕事納めとなる予定です。正直なところ引継ぎは消化不良で、私が抜けた後、残された人達で大丈夫だろうかと心配です。私もできるだけやりましたし、善意で半年以上前から会社に退職願を出してるわけで、それでも足りないほどの領域を私一人に任せてしまっていたという。まあ、別に何か分からないことがあったらいつでも質問してきてくれてOKなんですけどね。私の基本的スタンスは「前向きに会社へ貢献・協力・プライベートも提供、でも期限は切る」ですかね。
さて、今日はこれから昨日とは反対方向に東京から名古屋へ走ります。ナビの開発でテストしながらの走行なので、ちょっと走ってはPAに止まってログのチェックを繰り返すので、中々前に進みません。ノンストップで走れば余裕を持っても5時間で行ける距離ですが、ログを取りながらだと最低でも6時間、今日は多分7時間はかかるかなぁ。道中やることも無いのでガッツだぜを歌ったりするのですが、それでも流石に7時間も持たないし、時間を
2011年12月14日
会社で素敵な送別会を開いてもらいました!
今日はいつもよりもずっと遅い夜11時の帰宅。というのも、会社で私の送別会を開いてもらったからでした。
あんまり会社では存在感を出さずにいましたが(思い出しましたが、入社したときの目標の1つは会社で存在感を現す事でした。やらずに終わってしまいましたね)、そんな私のために素敵なパーティを開いてもらうことができて本当に嬉しかったです。おまけに、メッセージ入りのケーキやプレゼントまで。もう一人一緒に退職する人が居たのも大いにありますが、これは素直に喜ぶべきこと。ありがとうございました!
もらったプレゼントは、AKGのイヤホンとCrossのボールペン。こんな高価なもの、私などには勿体ないのに。(一説によると営業用の備品?らしいですが)
今月末まで有給なく最後の最後まで忙しいですが、もうあと少しでおしまいかと思うと寂しいですね。入社したときの興奮とかが思い出されますが、あれももう4年も前なんですねぇ。
オーストラリア移住のこととか色々聞かれました。年が明けたら移住に向けた準備を大急ぎで開始する予定。仕事も住む場所もまだ決まっていないので心配の方が大きいですが、何とか路頭に迷う事だけは無いよう少しずつ準備中です。
あんまり会社では存在感を出さずにいましたが(思い出しましたが、入社したときの目標の1つは会社で存在感を現す事でした。やらずに終わってしまいましたね)、そんな私のために素敵なパーティを開いてもらうことができて本当に嬉しかったです。おまけに、メッセージ入りのケーキやプレゼントまで。もう一人一緒に退職する人が居たのも大いにありますが、これは素直に喜ぶべきこと。ありがとうございました!
もらったプレゼントは、AKGのイヤホンとCrossのボールペン。こんな高価なもの、私などには勿体ないのに。(一説によると営業用の備品?らしいですが)
今月末まで有給なく最後の最後まで忙しいですが、もうあと少しでおしまいかと思うと寂しいですね。入社したときの興奮とかが思い出されますが、あれももう4年も前なんですねぇ。
オーストラリア移住のこととか色々聞かれました。年が明けたら移住に向けた準備を大急ぎで開始する予定。仕事も住む場所もまだ決まっていないので心配の方が大きいですが、何とか路頭に迷う事だけは無いよう少しずつ準備中です。
2011年12月10日
やっぱりいなか暮らしには憧れる
昨日は東京から会社のテストカーで名古屋まで走りましたが、その道中で思ったこと。やっぱり田舎って良いなぁ〜。
東京の首都高環状線C1の糞みたいな渋滞を抜け4号線に乗り、高井戸辺りでまた渋滞、府中辺りからは順調。道が中央道に変わり、八王子に入ると雑木林がちらほらと見えはじめる。そのまま中央道をガンガン進み山梨へ。
甲府盆地のなだらかな丘陵は美しい。この日はグッと冷え込んだ天気で、この辺り昨夜は雪が降った様子。空気が清んでいたので遠くの雪化粧した山がみえる。綺麗だなぁ〜。
甲府を抜けると次は諏訪湖へ向かって走る。外気温は1度。路面凍結注意で50キロ規制。雪も少しパラついて、あぁもう冬なんだなぁと実感。さっきまで東京に居たので、このギャップがそう感じさせるんだろう、チラホラ見かける山の中の集落が気になる。この人たち、どうやってここで暮らしているんだろう?
こんな山奥での暮らし、今年の夏に静岡の友人宅で経験したけれど、やっぱり羨ましいなぁ。今の時代、昔のように水を汲むために歩いたりとかなんて無いし、日本は山奥まで高速や鉄道とかのインフラが整備されてるから都会へのアクセスも悪くない。インターネットで情報も入るし各種手続きもできる。生活費さえなんとかなれば老後はこんなところで住んでみたいなぁ〜、ってまた思った。
諏訪湖を通過すると進行方向は南方へ。今までずっと登り傾斜だったけど、ここからは微かな下りとなるからついつい速度が出てしまう。この辺り、田んぼが多い?諏訪湖辺りまでの雰囲気から少し風景が変わった感じがする。昔からの人々の暮らし様式が違うんだろうなぁ、なんてことを考えながら強烈な西日と格闘しながら進み、気が付くとあっという間に愛知県へ。
濃尾平野の大都会が眼下に見えてくる。またここで暮らすんだな。今はここに職場があるから仕方がないけど、将来チャンスがあれば諏訪湖辺りとかで隠居生活なんて憧れてしまう。まあ、もちろん田舎の良い所しか今は見えていないんだろうけど。
来年からオーストラリアに移住するけど、5年10年したら戻って来るかもしれない。その時にはこんな田舎での生活にチャレンジしてみるのも良いなぁ。
東京の首都高環状線C1の糞みたいな渋滞を抜け4号線に乗り、高井戸辺りでまた渋滞、府中辺りからは順調。道が中央道に変わり、八王子に入ると雑木林がちらほらと見えはじめる。そのまま中央道をガンガン進み山梨へ。
甲府盆地のなだらかな丘陵は美しい。この日はグッと冷え込んだ天気で、この辺り昨夜は雪が降った様子。空気が清んでいたので遠くの雪化粧した山がみえる。綺麗だなぁ〜。
甲府を抜けると次は諏訪湖へ向かって走る。外気温は1度。路面凍結注意で50キロ規制。雪も少しパラついて、あぁもう冬なんだなぁと実感。さっきまで東京に居たので、このギャップがそう感じさせるんだろう、チラホラ見かける山の中の集落が気になる。この人たち、どうやってここで暮らしているんだろう?
こんな山奥での暮らし、今年の夏に静岡の友人宅で経験したけれど、やっぱり羨ましいなぁ。今の時代、昔のように水を汲むために歩いたりとかなんて無いし、日本は山奥まで高速や鉄道とかのインフラが整備されてるから都会へのアクセスも悪くない。インターネットで情報も入るし各種手続きもできる。生活費さえなんとかなれば老後はこんなところで住んでみたいなぁ〜、ってまた思った。
諏訪湖を通過すると進行方向は南方へ。今までずっと登り傾斜だったけど、ここからは微かな下りとなるからついつい速度が出てしまう。この辺り、田んぼが多い?諏訪湖辺りまでの雰囲気から少し風景が変わった感じがする。昔からの人々の暮らし様式が違うんだろうなぁ、なんてことを考えながら強烈な西日と格闘しながら進み、気が付くとあっという間に愛知県へ。
濃尾平野の大都会が眼下に見えてくる。またここで暮らすんだな。今はここに職場があるから仕方がないけど、将来チャンスがあれば諏訪湖辺りとかで隠居生活なんて憧れてしまう。まあ、もちろん田舎の良い所しか今は見えていないんだろうけど。
来年からオーストラリアに移住するけど、5年10年したら戻って来るかもしれない。その時にはこんな田舎での生活にチャレンジしてみるのも良いなぁ。
2011年12月08日
Child VISA Grant!
今朝、「オーストラリア大使館へ無犯罪証明書を提出」という投稿をしたばかりなのですが、昼間に永住権エージェントから電話がかかってきて無事VhildVISAが発行されたと連絡が来ました。
早っ!!
つい数日前に書留で大使館へ無犯罪証明書を送ったばかりなので、流石にこれほどまでに早いとは、余りにも予想していたよりも早かったので驚きました。でも、これで晴れて子供にも永住権が付与されたのですから、よかったよかった。
さてさて、他にもあれこれやらなければならないことが盛りだくさん。大変ですが一歩ずつやっていこう。
早っ!!
つい数日前に書留で大使館へ無犯罪証明書を送ったばかりなので、流石にこれほどまでに早いとは、余りにも予想していたよりも早かったので驚きました。でも、これで晴れて子供にも永住権が付与されたのですから、よかったよかった。
さてさて、他にもあれこれやらなければならないことが盛りだくさん。大変ですが一歩ずつやっていこう。
オーストラリア大使館へ無犯罪証明書を提出
当初の多難と手続きの多さに唖然とした無犯罪証明書を提出するまでの手続きですが、ようやく先日完了することができました。
今回の手続きは、前回愛知県警に行った際にもらった無犯罪証明書の発行予約票(?)みたいなのを提出するだけ。すると、直ぐに無犯罪証明書の入った封筒を私の分と妻の分の2通受け取ることができました。それを開封せず、まずは封筒の表紙のコピーを取り、そして、永住権エージェントさんから事前にもらっていたオーストラリア大使館のビザ査証課担当者さん宛の急いでくださいレターを同封し、書留で在日オーストラリア大使館へ送付。
これをもってChildVISAを取得するために必要な自分がやらなければならない書類の処理は完了しました。後はChildVISAがGrantされるのを待つだけ。
ここに来るまでには、外務省担当者さんのナイスプレーや意外にも早い動きをしてくれてた警察庁だとか、色々とラッキーなこともあって本当に助かりました。残るオーストラリア大使館でのChildVISA発行手続きも、エージェントさんの話によると、既に催促の電話を大使館担当者さんとしてあり、無犯罪証明書が届くのをもってChildVISAを即時発行してくれる状態になっており、遅くとも今年中には発行完了するだろう、とのこと。なので来年2月には十分間に合うだろうと。
というわけで取り合えずこれで一安心。実際の移住に向けて他の雑務を進めていかなければ。
今回の手続きは、前回愛知県警に行った際にもらった無犯罪証明書の発行予約票(?)みたいなのを提出するだけ。すると、直ぐに無犯罪証明書の入った封筒を私の分と妻の分の2通受け取ることができました。それを開封せず、まずは封筒の表紙のコピーを取り、そして、永住権エージェントさんから事前にもらっていたオーストラリア大使館のビザ査証課担当者さん宛の急いでくださいレターを同封し、書留で在日オーストラリア大使館へ送付。
これをもってChildVISAを取得するために必要な自分がやらなければならない書類の処理は完了しました。後はChildVISAがGrantされるのを待つだけ。
ここに来るまでには、外務省担当者さんのナイスプレーや意外にも早い動きをしてくれてた警察庁だとか、色々とラッキーなこともあって本当に助かりました。残るオーストラリア大使館でのChildVISA発行手続きも、エージェントさんの話によると、既に催促の電話を大使館担当者さんとしてあり、無犯罪証明書が届くのをもってChildVISAを即時発行してくれる状態になっており、遅くとも今年中には発行完了するだろう、とのこと。なので来年2月には十分間に合うだろうと。
というわけで取り合えずこれで一安心。実際の移住に向けて他の雑務を進めていかなければ。
2011年11月30日
今日も張り切ってカーナビのテスト
今日はサプライヤーさんと東京のテスト走行でした。最初に皇居の周りをぐるぐる走り、続いて首都高をぐるぐると。今日は天気もまあまあ良くて、皇居の周りは紅葉で色づいた街路樹が並び、走っていて気持ちよかったです。お陰で皇居の周りに関しては完全に景色や道路を覚えちゃいました。
それにしても皇居の周辺って、隣に霞ヶ関があり、国会議事堂があり、国立美術館があり、最高裁判所があり、道は素晴らしく広くて、都内のゴミゴミした下町とは別世界ですね。ま、名古屋も名古屋城周辺にはお役所が集中していてそこだけ明らかに道路の設計が特別に違っていたりしますけど。
で、皇居の周りを10周ぐらい走らされたのですが、観光客も目に付きますけど、それよりもジョギングしたりしている人の数がとっても多いですね。今日は特に清々しい一日でしたから気持ち良さそうに走ってましたけど、いやぁ本当に走ってる人が多いです。皆さん、わざわざここまで走りにくるんでしょうねぇ。ニューヨークで言えばセントラルパークみたいな存在になってるんでしょうか。
それからいつものことですが、この周辺はお巡りさんも多いですね。国の重要施設が集中している地域ですから当たり前ですけど、それにしてもパトカーとか白バイが前にも後ろにも走ってる状況はこっちも緊張します。特にテストカーには仰々しいテストベンチが積んであったり、ダッシュボードにはVICSビーコンが3個、フロントウィンドウにはETCアンテナが5個ぐらい付いてるしw、怪しい雰囲気出しまくり。なので、いつか職務質問でも受けるんじゃないかとビクビクしながら走ってました。
それにしても皇居の周辺って、隣に霞ヶ関があり、国会議事堂があり、国立美術館があり、最高裁判所があり、道は素晴らしく広くて、都内のゴミゴミした下町とは別世界ですね。ま、名古屋も名古屋城周辺にはお役所が集中していてそこだけ明らかに道路の設計が特別に違っていたりしますけど。
で、皇居の周りを10周ぐらい走らされたのですが、観光客も目に付きますけど、それよりもジョギングしたりしている人の数がとっても多いですね。今日は特に清々しい一日でしたから気持ち良さそうに走ってましたけど、いやぁ本当に走ってる人が多いです。皆さん、わざわざここまで走りにくるんでしょうねぇ。ニューヨークで言えばセントラルパークみたいな存在になってるんでしょうか。
それからいつものことですが、この周辺はお巡りさんも多いですね。国の重要施設が集中している地域ですから当たり前ですけど、それにしてもパトカーとか白バイが前にも後ろにも走ってる状況はこっちも緊張します。特にテストカーには仰々しいテストベンチが積んであったり、ダッシュボードにはVICSビーコンが3個、フロントウィンドウにはETCアンテナが5個ぐらい付いてるしw、怪しい雰囲気出しまくり。なので、いつか職務質問でも受けるんじゃないかとビクビクしながら走ってました。


