鎌倉流御詠歌四国八十八カ所巡拝に行ってきました。

11月7日
 
羽田を早朝に飛び立って四国徳島空港へ。
あっという間に着いて、せとうちバスのガイドさんと合流。

天気は晴で若干暑い24度でした。
発団式をバスの前で済ませて、納経の帳面やら杖やらを確認する。

31番竹林寺さんは夢窓国師の作庭の庭が有ることでも有名。
ゆっくりしていることも出来ずにそそくさと次のお寺に。

お昼は日本珊瑚センターでいただきました。
鰹のたたき、ニンニク抜きが振る舞われました。

33番の雪蹊寺さんは妙心寺の管長さんも務められ、龍沢寺でその生涯を
閉じられた山本玄峰老師が出家されたお寺です。
失明をして四国八十八カ所巡りを裸足で行っていた所、この雪渓時の前で
行き倒れになっている所を太玄和尚に済われて寺男として働いていました。
その働きぶりを和尚に見込まれて出家得度します。
私のような者が和尚になれますでしょうか?と言う質問に、普通の坊さんには
なれないが、修行次第では素晴らしい心眼が開けた僧侶になれると、太玄和尚は
答えたそうです。
 後に雪蹊寺住職を経て龍沢寺などを再興し、妙心寺派の管長となります。
終戦時、天皇詔勅にある「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」の一節を進言したり
、天皇を 国家の「象徴」と定義するよう発案するなど、時の首相などの相談役なども努めました。

ちょうど1号車には龍沢寺修行道場をでた西方寺の天利さんが居られたので、その所の詳しい話を
していただきました。

36番青龍寺に着くと東光寺の伊東和尚さんがお出迎えしてくれました。
結婚式で鳥取に行っていたのですが終って駆けつけてくれたのでした。
有り難いですね。まで終えて三陽荘へ。
天皇陛下も泊まられた民宿で民宿と呼ぶにはあまりにも立派でした。
温泉もあってとても和みました。

11月8日
朝から気持ちよく晴れていました。
三陽荘さんを出て37番岩本寺さんへ。
ここから足摺岬迄が寺と寺の間が一番離れている所だそうです。

しばらくゆっくりとバスに揺られていると峠を越えて足摺岬が近づいてきました。
38番金剛福寺さんは岩のゴロゴロしたお寺でした。
なんでも住職さんが岩を大変集めているそうで、庭には背丈程の岩が並んでいます。
少し歩くと岸壁の上に行くことが出来ます。
岬から海が一望出来てとっても素晴らしい景色です。

40番迄済ませてその近くのホテルで宿泊です。

ここは40年くらい前の施設で大東亜戦争の紫電改が裏の湾で引き上げられたこともあり
大きな公園となっていました。プールもあって夏にはさぞかし賑やかなんだろうと思われます。

11月9日
毎日6時30分朝食で7時10分出発というスケジュールだったのですが良く皆さん協力していただいて、順調に出発出来ました。

本日は今回、一番の難所岩屋寺さんが待っています。
なんと言っても30分くらいの登り!
途中少し平らになるけど最後は急階段となっています。

庫裡等は岩から伸びた片流れの屋根の下に。岩は30メートルくらいの岸壁となっています。
ほんとに飲み込まれそうです。

なんとか皆さん無事にお参りして、バスへ戻るのですが帰りの坂道がまた難所です。
小さいお店に小物がいっぱい。ショウガの加工品やら懐かしいお菓子がいっぱいで、みなさん
捕まってしまいました。
 
 今日の宿は椿館で道後温泉の大きなホテルです。
道後の街は前回よりも観光地らしくなって、道後温泉本館の前は車の通行が出来なくなっていました。
椿館ではマドンナに扮した中居さんがお出迎えです。
 
 巡拝の疲れをいやして余興に最後の力を振り絞って頂きました。

 11月10日

 椿館を出発して残りの霊場を参拝して回ります。
3泊4日でしたが長い様な短い様な、不思議な感じです。

 51番石手寺さんは観光寺のとなっていて、入り口から焼きもちの店があって我々を誘惑してきます。
 巡拝の会で皆さんにお餅を1つづつ買ってバスの中で食べました。
53番と次回行く54番の札所は両方とも明治時代迄、円明寺と言われたそうですが、明治時代にややこしいので54番円明寺さんが延命寺とされたそうです。

 松山空港にて運転手さんと先達さんにお別れをして帰路につきました。