年が明けてもうひと月が過ぎてしまいましたが・・・
あけましておめでとうございます。
M5の飯塚です。

1月10日に発表させてもらいましたPBLの振り返りをさせてもらいたいと思います。

症例は61歳男性です。
本日午後2時頃、歩行時に突然左上下肢の脱力が出現したため近医を受診。
発症から1時間後、診察中に意識レベルの低下を認めたため、当院に救急搬送となりました。

発症から2時間後の当院到着です。

[バイタル]
意識 JCS -20
体温 36.2 ℃
血圧 121/92 mmHg
脈拍 56 回/min 整
呼吸数 14 回/min
SpO2 99 %(room air)

身長 162.0cm、体重 57.4kg、BMI 21.9です。

以下のような、搬送中の所見の報告を受けています。

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ここで初見の鑑別診断を考えてもらいました。

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「症状から頭蓋内病変以外は考えにくい」との意見が多く、鑑別診断を数挙げるのは難しかったようです。

その後、初期対応中に 次第に意識レベルが 会話できる程度に改善傾向が見られ、ベッドサイドで問診が行われました。

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色々とリスクをお持ちの方のようです。
「あご先から首周りや耳のあたりに”凝り”」に何か鑑別を思いついた人もいました。

続いて身体診察を行いました。
みんなに「特に見ておきたい身体所見」を挙げてもらいました。

脳神経系(対光反射・発音”パタカ”)
MMT
心音
頚部聴診
Barre徴候
感覚異常
腱反射
眼底所見(Roth斑)
血圧の左右差
Osler結節

神経障害の程度・病変部位の特定のための所見に加えて、
原因となる疾患が無かったか検索するための所見も挙がりました。

以下、実際にとられた所見を示していきます。

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参加したみんなから「Mingazzini徴候ってなんだっけ?」との声がありました。

Barre徴候と同じく、上位運動ニューロンの障害を見るための神経診察です。
下肢の評価を行う方法には、下肢Barre徴候とこのMingazzini徴候があります。
違いは仰臥位で行うか、腹臥位で行うかの違いです。

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概ね予想された所見のようでしたが、
「右橈骨動脈に脈を触知しない」
「ABI左0.86」
に関しては疑問の声を上げる人や、何かひらめいた人など様々でした。

なおABIの計算では、分子が下肢の血圧です。
時々忘れてしまうことがあるので再確認です。
基準値は0.90-1.30で、下肢の動脈硬化が進むなどして血圧が下がると、ABIも低下します。

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NIH stroke score (脳卒中重症度評価スケール)も評価されました。
NIHSSは満点42点、重症であるほど高得点となりますが、この方はNIHSS 5点(軽症)でした。

ここで、検査前の鑑別診断を考えてもらいました。
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赤がCritical、青がCommon、緑をRareとしましたが、既にCriticalな状態であることもあって、Criticalな疾患が多く上がりました。
右のみ橈骨動脈の脈が触れないという所見から大動脈症候群、急性大動脈解離、肺癌に伴うPancoast症候群が挙がりました。
Pancoast症候群に関してですが、上大静脈症候群とともに肺癌の合併症として有名ですが、共に脈を触れなくなることはまれのようです。
なお復習となりますが、Pancoast症候群は扁平上皮癌に、上大静脈症候群は小細胞癌に合併しやすいといわれています。

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では検査に入ります。
今回オーダーされた検査は以下の通りです。

血算
血液生化学
動脈血ガス分析

12誘導心電図
胸部単純X線
頭部MRI/MRA

頚部血管エコー
胸部造影CT

以下、順に結果を見ていきたいと思います。

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D-dimerやFDP、CRPやミオグロビンが軽度高値であることと、既知の脂質異常症と糖尿病の所見以外は異常は見られませんでした。
炎症反応はあまり強くない印象です。
心筋特異的な心筋逸脱酵素であるCK-MBやトロポニンTは基準範囲内でしたが、現在発症から2-3時間程度なので要注意です。

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胸部X線の写真を見て、診断がほど確定した人も出てきました。
縦隔が著明に拡大していました。

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心電図では、II・III・aVFの下壁誘導でST上昇がみられます。
ここではT波の尖鋭化が目立つので、いわゆる"Hyperacute T"であると思われます。

「あれ?」という印象があるでしょうか?
ST上昇といえば急性心筋梗塞のはずですが…

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右大脳前頭葉に高信号病変を認めました。
左片麻痺の所見に当てはまります。

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MRAでは右内頚動脈が描出されません。
何か閉塞性の病態が示唆されます。
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エコーで確認してみると、右総頸動脈から腕頭動脈、大動脈弓に中膜間の剥離があり、偽腔形成・一部血栓化を認めました。

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胸部造影CT/Angiographyでも、上行大動脈に解離腔形成が確認されました。

以上より、最終診断を決定してもらいました。
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やはり片側の脈触知不可、というのがきっかけとなったとのコメントが多かったです。
ただ、「片麻痺や心筋梗塞の所見があった」こと、「胸部から背部にかけての激痛がなかった」ことなど、
腑に落ちないという声も出ていました。

急性大動脈解離に関して簡単にまとめましたので、それを見ながら考えていきたいと思います。

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急性大動脈解離は、中膜間の剥離によって解離腔を形成、解離/破裂症状と狭窄/閉塞症状をきたす疾患です。
リスクファクターには上記のようなものがあげられますが、一番は高血圧が問題となります。
今回の患者さんも高血圧をお持ちの男性ということで、リスクは高いものと判断されます。


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有名なDebakey分類とStanford分類の復習となります。
今回の患者さんは上行大動脈にエントリー部、解離がありましたのでDebakey II型、Stanford Aとなります。

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症状は多彩で、各分枝の閉塞によってそれぞれの分布領域の症状をきたします。
注意したいのは病型によって生じやすい症状が異なることです。
特にStanford Aで上行大動脈中心に病変がある場合、疼痛は比較的生じにくい傾向があるといわれています。


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この患者さんも、疼痛に関しては全く自覚されていませんでした。
一部の症例では、痛みを伴わない「無痛性大動脈解離」があるとの報告があります。

その頻度ですが、日本脳卒中学会発表のt-PA使用に関する文書では、「10~55 %」という驚くべき数字が示されています。

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高いほうの数値が事実であるならば、半分以上の急性大動脈解離の患者さんは胸背部痛を伴わないことになり、これは救急の現場では恐ろしいことです。

脳塞栓や判断してtPA、心筋梗塞と判断して抗血小板薬/抗凝固薬を、急性大動脈解離の患者さんに使ってしまったら・・・

そのような事故を防ぐために、注意喚起の目的で示した数字であると思われます。
念のために原著を確認してみました。

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確かに55%の数字が出ていますが、対象が44名と少なく、著者も現在の医療現場では10%程度であろうと述べておられます。

いずれにしても急性大動脈解離というと激烈な胸背部痛のイメージが強いのですが、必ずしも痛みを伴わないことには注意が必要です。
各狭窄/閉塞症状をきたす疾患の鑑別には挙げる必要があると思われます。


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今回の患者さんは右総頸動脈の閉塞により右大脳の虚血性脳梗塞を生じ、左片麻痺とそれに続く意識障害を来しました。
首を寝違えたような感覚、あご先から首周りや耳のあたりの”凝り”はいずれも動脈の解離による症状であると考えらえます。

急性大動脈解離は上行大動脈基部にエントリーを作ることが多く、そのため脳梗塞を合併した場合には高率に左の片麻痺となります。

同じ理由から右の橈骨動脈が触れなくなり、右の血圧が下がる頻度が高いといわれています。

この患者さんのABIの解釈ですが、基礎疾患に糖尿病や高血圧があり、ABIはもともと低かった可能性があります。
そこに本症を生じて右上肢の血圧が低下、相殺されて数値上右ABIは良好な値を示し、左ABIは元のまま低めの値であったと考えられます。

また心電図上、下壁心筋梗塞が見られたのも閉塞症状で説明されます。
結節を栄養する右冠動脈の梗塞の下壁梗塞の場合には、房室ブロックや洞除脈をきたすことが多く、この患者さんも除脈傾向でした。

以上が病態の解釈となります。
身体所見/検査所見について、本来本症に見られるはずの所見が陰性であるものもいくつかありましたが、所見の感度特異度が高い所見に関しては意識的に覚えておいて、Criticalな疾患を安全に除外できるようになれるといいかなと思い、積極的に所見を書き加えることはしませんでした。

今回の発表のTake Home Messageは大きく以下の3つです。

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特に3つめにはCriticalな胸痛疾患について除外するための所見の復習をさせてもらいました。
今回取り上げた急性大動脈解離(AAD)では、

痛みの性状
胸部Xpでの縦隔拡大
血圧左右差/脈消失

以上の3つがすべて否定されれば、除外可能とされています。
もちろん、それでも疑わしければ造影CTは行うべきですが、侵襲性が低く比較的簡単に取れる所見で確率を下げることができることは鑑別診断を効率よく進めるうえで有用であると思われます。
その他、急性心筋梗塞の痛みの性状や発症様式などの臨床経過、心電図と心筋逸脱酵素の評価は言うまでもありませんが、肺塞栓症のWells スコアとDダイマーの組み合わせは覚えておきたい除外のためのツールです。

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今回の症例は、以下の症例報告を参考にさせていただきました。

前田亘一郎ら,胸背部痛のない胸部大動脈解離の頸動脈進展にともなう脳梗塞の病態評価に頸部血管エコー検査が有用であった1 例, 2009,臨床神経,49:104-108.

発表後に知ったのですが、Doctor's Magazineに連載中の宮城征四郎先生のクリニカルパールというコーナーで、昨年無痛性大動脈解離を取り上げた回があったみたいです。
さすが宮城先生、自分なんかよりずっとわかりやすくまとめておられますので、機会がありましたらのぞいてみてください。

今回参加してくれた皆さん、積極的に議論し鑑別を考え、自分の意見を発表してくれて本当にありがとうございました。