日本語教師もすなるブログ@西安交大

30にして営業から日本語教師に転身した「先生」の記録。

さよなら3

「日本語教師もすなるブログ@西安交大」ファンの皆様。

本ブログは、本記事をもちまして終了させていただきます。
長らくのご支持、本当にありがとうございました。

今後、本ブログはいただいたコメントへの返信以外は更新されません。

なお、本日新たに下記ブログを開始いたしました。
今後はこちらをご贔屓にお願いいたします。

"しぁんがん"な"ほんこん"
中国大陸の片田舎・西安から、大都会・香港へお上りしてきた似非エンジニアが、日本人の眼で、大陸人の眼で、香港を斬る!
http://ryulong76.blog51.fc2.com/

では、皆様お元気で。良いお年を。

ぼくじょう3

サンシャイン牧場。
今mixiのアプリでいちばん人気のあるゲームの一つだそうです。
僕も先日友人に勧められ、今晩腰を落ち着けてやってみました。
意外と、面白いです。

■サンシャイン牧場
サンシャイン牧場

で、これをやっていて気付いたこと。

日本語が怪しい。しかも、親近感のある怪しさ。

●レベルは 9 になる場合、購入が可能となります
 →「レベル“が”9に“なったら”、購入“できます”」だろ!

●買われた種やアイテムなどがアイテム袋に入ります
 →ここでは受動態は使わないんじゃない???

●出荷予定、楽しみにしてね
 →「お楽しみに」とか言わないか、フツー???

●長時間で活動していませんので、「確認」をクリックしてページを更新します。
 →「長期間“で”」の“で”はDelete!「活動」ってのも、何だか…。

ここで、ふと誰かがこんなことを言っていたのを思い出しました。

「うちのお母さん、最近“牧場”にはまってるんだよね。」

はて、誰のお母さんだったかな…。

…あ、中国人の友達だ!
確か、QQ(億単位のユーザーを有する中国版コミュニティサイト)で遊んでるって言ってた気がする!

ということで調べてみたら、やはり中国輸入のアプリでした。
翻訳も、おそらくは日本語のできる中国人がしていて、最終確認のみ日本人でしているのでしょう。
意味は通るので、弾かれずに(弾かずに???)公開されてしまったようです。

ここで、感想。

「中国は自分のことを「世界の工場」などとほざいているが、
それは世界の“組み立て”工場なだけであって、自国のブランドなどない!」
「中国はGDPでは間もなく日本を抜き去るが、人口が10倍いるのだからまだまだ日本の方が上だ!」
そう思ってきた僕にとって、中国のアプリがこれほどまでに日本で当たっているという事実は衝撃でした。
「過去の栄光に縋って中国を見縊っていると、
いつの間にかあらゆる面で日本は中国の後塵を拝することになるのではないか。」
そんな気がしました。
ちなみに、同世代の中国人は、子供の頃見たアニメが日本のものだとは知らなかったそうです。

そもそも、我々は文字や論語等の思想を始めとする様々なコト/モノを中国から輸入してきました。
いつか中国に追いつき追い越す。それは長い間日本の一つの大きな目的であったといえます。
それが、アヘン戦争による中国の凋落と、明治維新後の日本の発展を契機に立場が逆転しました。
戦後も、中国は国内闘争に終始する傍ら、日本は高度経済成長の波に乗り、その差は決定的になった
…様に思われました。
しかし、長い歴史の中で、日本が中国と比較して優位にあったのはごくわずかな期間のみなのです。

今後の日本の発展のため、微力な僕が何か具体的にできることは残念ながらありません。
しかし、中国はもう、そこまで来ています。
日本と中国がうまく付き合うため、ささやかながら自分の力を尽くせれば、と思いました。

シルクロード新疆編7―あとがき3

新疆編、あとがき。

再三にわたり触れていますが、7・5事件以後、新疆、特にウルムチは情勢不安定です。
新疆出身の学生の中には、1か月以上ある夏休みにも、治安が悪いという理由から
実家へ帰らず大学の寮や友人宅を転々としながら過ごした、という人もいました。

私も、以前チベットに行こうとしたら情勢不安定になり行けなくなってしまった、
という苦い経験があり、今回はそうなる前に行っておこうとの気持ちはあったのですが、
まさか本当にこういうことになるとは…。今もそんな思いです。

最後にもう一つ旅のエピソードを。

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カシュガルからクチャへ移動する列車の硬座(二等座席)で、
同じような赤いポロシャツを着たウイグルの女の子の一団と乗り合わせました。
人数は30人くらいでしょうか。みな15歳から20歳くらいのようで、
日本で言えば、何かのスポーツチームの遠征、といった様子です。

この赤ポロ一味、ウイグルの音楽を大音量で流し、
曲に合わせて歌いながら、狭い車内をくるくる回りながら踊っています。
僕はこれから10時間も続く列車の旅を思うと、正直暗澹たる気分になりました。

「なんだかうるさい連中と一緒になっちゃったなあ。」

そこへ、車掌が切符の検札が来ました。
乗客一人ひとりの切符を確認し、行き先を尋ねて回っています。
僕の前に座っていた“赤ポロ一味”の女の子の番になりました。
車掌に行き先を聞かれた彼女は、一言こう答えました。

「山東。」

僕は一瞬耳を疑いました。
「山東」と聞いてまず思い浮かんだのが
中国東沿岸部にある「山東」省(ビールで有名な青島のある所)だったからです。
カシュガルは中国の西の果て。まさかそんなに遠くへ遠征には行くまい。

しかも、列車の行き先はウイグルの省都ウルムチ。
だから、僕は途中に「山東」という駅があるのだと一人合点していました。
すると、女の子の隣に座っていたウイグルの男性が車掌にこう告げました。

「この子、ウルムチまでだよ。」

そう、彼女たちはウルムチを経由して、本当に「山東省」まで行くのです。
彼によれば、彼女たちは山東省へ出稼ぎに連れて行かれるとのことでした。
そういえば、泣いていた女の子も目にしました。
自分の村さえほとんど出たがないであろう彼女たちが親元を、故郷を遠く離れ山東省まで行く。
その心細さとは如何ばかりのものでしょうか。

「彼女たちへ山東省へ出稼ぎに出て月1000元もらえると言っている。
でも、それほど待遇がいい仕事なら、
どうして山東省の奴じゃなくウイグル人になんかあてがうんだ。」

吐き捨てるように言った彼の瞳に、影が差しました。
経済の発展している深センでも、出稼ぎ労働者の月給は1000元(約13,000円)ほど。
山東省へ行って月1000元稼げるなら、確かに「待遇がいい」といえます。
それが労働量に見合う対価であるならば。そこに邪な思惑が働いていないならば。

無邪気に踊る女の子たちは何を思っているのでしょうか。
そしてこれからどんな未来が彼女たちを待ち受けているのでしょうか。

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新疆ウイグル自治区の党委員会書記、王楽泉という人物。
後に知ったのですが、彼は15年以上この地位にあり、しかも元は「山東省」籍。
同省の財団に利益供与を図っていた、とも言われています。
私が目にした光景と、「利益供与」がどう関連するのかしないのか、
それは分かりませんが、穿ちたくなる不透明性がこの国には、この党にはあります。

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カシュガルで、結婚式に出くわしました。
入って見てもいいかと尋ねると、もちろん、というように招き入れてくれました。

ウイグルの民に幸あれ。

■おめでとうございます。
末永くお幸せに

シルクロード新疆編6―ぜっけい5

新疆編も第6回、今回はウイグルで出会った絶景の数々をご紹介します。

まず、ウルムチからカシュガルへ向かう飛行機。天山山脈を下に眺めます。

■天山山脈
天山山脈

カシュガルは中国でも最西部に位置しながら、基本は北京時間を採用しています。
夏至直前だったこともあり、時間と日没とのギャップに戸惑いました。
北京時間より2時間遅い「ウルムチ時間」もあり、
多くのウイグル人はそちらを利用していますが、何といっても漢民族国家ですから…。

■午後10時/11時のカシュガル市内
カシュガルの夜10時カシュガルの夜11時

続いては、カシュガルの西南300km、標高4000m程の所にあるカラクリ湖。
カシュガルと石頭城のあるタシュクルガンとの間に位置しています。

■タシュクルガンからの帰路で
タシュクルガンからの帰路01タシュクルガンからの帰路02タシュクルガンからの帰路03

■カラクリ湖
カラクリ湖01カラクリ湖02カラクリ湖03カラクリ湖04
カラクリ湖05カラクリ湖06

あいにく、往路・復路とも天気に恵まれず、
湖面に雪山が映る様子は拝めませんでしたが、
ここよりカシュガル寄りのポイントでは幸い目にすることができました。

■湖面に輝く雪山
湖面に輝く雪山01湖面に輝く雪山02

お次はトルファン。

砂漠にある盆地は、湿度は限りなく0に近い乾燥した地。
そしてその灼熱地獄たるや…。是非一度ご体感あれ!

■うへぇー!!!
灼熱地獄

トルファンの主な観光地では、まず海抜がマイナスの所にある湖、アイディン湖。
残念ながら水はなく、中国お得意の変なモニュメントしか見当たりませんでしたが…。

■アイディン湖
アイディン湖01アイディン湖02

西遊記に登場する「火焔山」のモデルとされる所もあります。素通りでしたが…。

■火焔山で孫悟空と握手!?
火焔山01火焔山02

そして、トルファン東200kmの所にある砂漠へ。

■タクラマカン砂漠
タクラマカン砂漠01タクラマカン砂漠02タクラマカン砂漠03タクラマカン砂漠04

最後は、ウルムチ郊外の天池。
東洋のスイスとの異名があるとかないとか…。

■天池
天池01天池02天池03天池04

標高4000mからマイナスの海抜まで。色々な自然を堪能しました。

シルクロード新疆編5−ぶっきょう4

さて、長らくごぶさたしていたブログ。
一気に書き上げてみたいと思います。

…ということで、新疆編第5弾。

今回の新疆への旅における最大の目的は何か。
それは、シルクロードに多く残る仏教の石窟を見に行くことに他なりませんでした。

2008年秋、初めて敦煌の莫高窟へ行った時の衝撃。
それ以前にいわゆる中国三大石窟と言われる大同・雲岡石窟、洛陽・龍門石窟も
見ていたのですが、それを遥かに上回るものでした。
しかし、それは感覚的なもので、真に理解するというのとは程遠いものでした。

それから、今年2009年冬、敦煌より東のシルクロードを巡り、
再び莫高窟を訪れました。
このときは、事前に関連書籍も読み、井上敦の『敦煌』も読んで予習したので、
また違った莫高窟に出会えました。

こうなると、次はさらに西へ…。
仏教の発祥はインド。つまり、よりインドに近い新疆の方が仏教や石窟の歴史は長いのです。
そして、新疆へ旅立つことを決めたのでした。

■キジル千佛洞 @クチャ
キジル千佛洞

[見学した石窟(見学順):第32、34、27、10、8、17、16窟]
※55元。別途ガイド費(中国語)60元。

■クズルガハ千佛洞 @クチャ
クズルガハ千佛洞クズルガハ烽火台

[見学した石窟(見学順):第27、28、30、31、32、13、14、16窟]
※クムトラ千佛洞とあわせ、790元。ガイド費(出張費込)、保護費含む。

■クムトラ千佛洞 @クチャ
クムトラ千佛洞01クムトラ千佛洞02クムトラ千佛洞03

[見学した石窟(見学順):第68-72、58、45、16、14窟]
※クズルガハ千佛洞とあわせ、790元。ガイド費(出張費込)、保護費含む。

■ベゼクリク千佛洞 @トルファン
ベゼクリク千佛洞

[見学した石窟(見学順):第32、34、27、10、8、17、16窟]
※20元。別途ガイド費(中国語)25元。

石窟内では写真が撮れないため、すべて外観です。
詳細の説明は省いてしまいましたが、クムトラ千佛洞の第58窟は見事です!
なお、クムトラ千佛洞では毒蜘蛛に襲われますのでご注意あれ。

ここで、TIPS。
クチャにある千佛洞を見学する場合、まずキジル千佛洞へ行き、
そこで他の千佛洞へ行くアレンジをする必要があります。
(キジル以外の千佛洞には普段は人がおらず、鍵をキジル千佛洞で管理しているため。)
クチャにある千佛洞への入場料は法外ですが、、
それには、ガイドの出張費、ホテル宿泊費、遺跡の保護費が含まれているのです。

なお、キジル千佛洞以外へ行きたがるのは須く日本人だそうで、
この意味においては、日本人が千佛洞の保護に大きく寄与しているといえます。

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また、シルクロードは三蔵法師(玄奘)が仏経を取りに向かった
そのルートでもあり、新疆にも所縁の地が多くあります。

■石頭城 @タシュクルガン
石頭城01石頭城02

■スバシ故城 @クチャ
スバシ故城01スバシ故城02スバシ故城03スバシ故城04

■高昌古城 @トルファン
高昌古城01高昌古城02高昌古城03

なお、トルファンには車師前国の都城であったとされる交河故城もあり、
高昌古城以上に「目で楽しめる」遺跡です。

■交河故城
交河故城01交河故城02交河故城03交河故城04

新疆の遺跡は壮大なスケールを感じさせるものがありますが、
惜しむらくは、イスラムの伝来と発展が齎した破損が著しいことです。
石窟は破壊されるか、または石室内で火をおこした煙で
壁画が識別できないまでに黒くされてしまっているのです…。

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そして、最後におまけ。
クチャの市街地からキジル千佛洞へ向かう途中に、
岩肌がチベット・ラサにある「ポタラ宮」のように見えるポイントがあります。
ウイグルでチベットに出会っていた…。
これを見たときは、正直「かなりコジツケだな」と思っていたのですが、
7月5日の事件後に振り返ると、ちょっと複雑な思いです。

■ポタラ宮
ポタラ宮01ポタラ宮02

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中華とイスラムの狭間、ウイグル。
彼らにはいつ安寧な日々が訪れるのでしょうか。彼らの苦悩を思います。

しゃんがん3

ご無沙汰しております。

今、香港@昼休みのオフィスです。

近々新疆編を書き上げ、新しいブログを立ち上げる予定です。
こちらのブログは、思い出として消さずに残しておきます。
家にネットを引いたら、また書きます。

取り急ぎ、ご報告まで。

これから3

またまたブログアップがご無沙汰になってしまいました。
新疆編の報告も完了しておりませんが、まずはご報告。

いつもながら大変急ですが、日本へ一時帰国します。
10日(月)〜12日(水)にお時間のある方、ご連絡ください。

なお、「一時帰国」なので、その後はまた中国へ戻ります。
ただ、戻る場所は西安ではなく、香港になります。
詳細は、追って。

シルクロード新疆編4−いすらむ5


ウイグルは、そのほとんどがイスラム教信徒です。
この地では以前はマニ教、仏教の信仰が盛んでしたが、
14-15世紀にかけて、徐々にイスラム化していきました。

カシュガルには、ウイグルの旧市街が多く残っており、町の至る所にモスクがあります。

■カシュガルの旧市街にあるモスク
カシュガル01_旧市街にあるモスクカシュガル02_旧市街にあるモスク

ちなみに、旧市街の路面は、四角形または六角形の石畳が敷き詰められており、
四角形の道は、やがて行き止まりになります。
探索する際には、六角形の道をどんどん進んでいくと、いつかは大きな通りに出られるのです。

■カシュガル旧市街の石畳
カシュガル03_旧市街

市の中心部には、新疆でも最大規模のエイティガール寺院があります。

■エイティガール寺院
カシュガル04_エイティガール寺院

また、著名なウイグル人をまつる陵墓も、東では見られない建築様式で造られています。

■ユスフ・ハズ・ジャジェブ墓−ウイグル語で書かれた最初の文学作品『福楽智慧』の著者。
カシュガル05_ユスフ・ハズ・ジャジェブ墓

■香妃墓−清乾隆帝のウイグル人妃の香妃の墓とされたがこれは誤り。イスラム指導者を祭っている。
カシュガル06_香妃墓

クチャにも、イスラム寺院があります。礼拝堂もなかなか大きいです。

■クチャ大寺
クチャ01_クチャ大寺クチャ02_クチャ大寺

なお、イスラムと関係ありませんが、クチャは乾隆帝の時代に清の支配下に入りました。
最後の王は王位を廃された今も存命で、運がよければ会えるようです。

■2004年再建のクチャ王府と最後の王
クチャ03_クチャ王府クチャ04_クチャ王国最後の王

トルファン市内には、蘇公塔があります。
クチャ王国同様、この地も清の支配下に入るのですが、
その二代目郡王である蘇公が初代郡王である父を讃えて建てた塔だそうです。

■蘇公塔
トルファン01_蘇公塔

またトルファン東郊外には吐峪溝があります。
その昔、モハメッドの弟子5人がこの地へ布教に訪れ、ここで初めての弟子をとりました。
彼らの墓(マザール)には、今も中国の国内外から多くのイスラム教徒が礼拝に来るそうです。
ここが「中国のメッカ」と呼ばれる所以です。

■吐峪溝
吐峪溝01_上から望む吐峪溝02_モスク吐峪溝03_マザール

イスラムに少しだけですが触れることができた点も、この旅行での収穫の一つです。

シルクロード新疆編3−たべもの5

今回もまた新疆編。ウイグルの食文化についてご紹介します。

ウイグルの人々はイスラム教徒が多く、豚肉を口にしません。
その代わり、羊肉を使った料理が多いのが特徴です。

まず、定番のラグメン。
細いうどんのような麺にトマト味のソースをかけた、中華とイタリアンの間の料理です。
飽きのくる味ではありますが、それでもウイグルでの主食の王様と言えるでしょう。

■ラグメン
ラグメン01@カシュガルラグメン02@カシュガル南の小さな町ラグメン03@クチャ-キジル千佛洞ラグメン04@吐峪溝

麺類では、他に以下のようなものが。

■トホクチュープ−鶏肉ラーメン。ボリューム満点!
トホクチュープ@カシュガル

■ナリンチュプ−薄い麺を羊肉スープで煮込んだもの。辛さ控えめ。
ナリンチュプ@カシュガル

続いて、ポロ。
にんじんやパパイヤの漬物の入ったピラフです。
羊肉をプラスすると料金倍、おいしさ更に倍。ごちそうに早がわりです。

■ポロ
ポロ01@カシュガル大バザールポロ02@カシュガル

そして、ナン。
ナンといえば瓢箪形のインドのものが有名ですが、ウイグルも負けていません。
基本は円形ですが、模様、大きさ、硬さは店によってさまざま。
味がほとんどないものもあれば、ゴマや塩の風味のついたものもあります。

■ナン
ナン01@カシュガルナン02@カシュガル
ナン03@トルファン郊外ナン04@トルファン郊外ナン05@トルファン賓館そばナン06@トルファン賓館そば

中には羊肉の入ったナンもありました。

■ナンの異端児???
ナンの異端児01@カシュガルナンの異端児02@カシュガル

薄いパイのような生地に羊肉とたまねぎの具を入れて焼き上げたサモサも美味です。

■サモサ
サモサ01@クチャサモサ02@クチャ

もちろん、羊肉をそのまま焼いていただくケバブもおいしゅうございます。

■羊肉のケバブ
ケバブ01@カシュガルケバブ02@カシュガルケバブとサモサ@クチャケバブとポロ@クチャ

その他、こんな料理もありました。

■ウプッケエースイプ−羊の肺や腸をいただく料理。バザールや街角でどうぞ。
ウプッケエースイプ01@カシュガル大バザールウプッケエースイプ02@カシュガル大バザール

■羊肉スープ−コップのような器で煮込んだスープ。ラーメンにかけてもこれまた美味。
羊肉スープ01@カシュガル羊肉スープ02@カシュガル

ウイグルではなく漢民族の定番料理、「大盤鶏」もいただきました。

■大盤鶏
`大盤鶏@トルファン_葡萄溝

これとは別に、果物も食しました。
ハミ瓜(メロン)、桃などの定番の他、こんなものも味見しまして…。

■桑の実と杏
桑の実@カシュガル杏@カシュガル杏をちょっと拝借…

西安ではほぼお目にかかれないウイグルの味に舌鼓。
食べ物でも中国でありながら中国ではない、そんな文化を体感できました。

シルクロード新疆編2-しょくにん5

先日に引き続き、新疆編。
今回は新疆で働く人々をご紹介します。

まずは、カシュガルから。

■ウプッケエースイプ、シシカバブ、ヨーグルトを売る人々
カシュガル01カシュガル02カシュガル03

ヨーグルトは0.5元。酸っぱいだけなのですが、のどを癒すにはこれが一番!

■バスの運転手、チケット売りとその子供。
カシュガル04カシュガル05

日光がバッチリ当たるところでスヤスヤ眠る子供がかわいい。

続いて、クチャから。

■アイスクリーム売り、ジュース売り、サモサ売り
クチャ01クチャ02クチャ03クチャ04

ジュース売りの旦那様が嫉妬したのか、奥様の写真を撮る許可をもらえず…。
奥様は横を向いてしまっています。

■ロバを操る老人
クチャ05

次は、コルラからトルファンへ移動するバスの途中で。
前を見据える孫と思しき3人の眼が炯炯と光っております。

■ミニトラクターを運転する老人
コルラ-トルファン

そして、トルファン。

■ナンを焼く人々
トルファン01トルファン02

■ここでも、ロバを操る老人
トルファン03

■トウモロコシを売る少年
トルファン04

脇に写っているのは、商店のおばちゃん。
このおばちゃん、少年の親戚というわけでもないようなのですが、
トウモロコシを買うよう僕らや近所の人々に声をかけまくっていました。

■トルファン賓館のカフェでバイトする少女
トルファン05

この日が初バイト日だったとのこと。
緊張と初々しさのない交ぜになった顔をしています。

■葡萄溝で車のバックをお手伝いする子供
トルファン06

■吐峪溝を上から望む
吐峪溝

タクシーの運転手とその子供。
子供はこの日が誕生日だったそうで、タクシーの運転手が子供を一緒に連れてきていたのでした。

最後は、ウルムチ。

■国際バザール奥で見た民族舞踊
ウルムチ01ウルムチ02ウルムチ03ウルムチ04
ウルムチ05ウルムチ06ウルムチ07ウルムチ08
ウルムチ09ウルムチ10ウルムチ11ウルムチ12

8枚目。タジク族の踊り。鷹が彼らのシンボルなのです。
11枚目。顔が濃いので、フラメンコを踊っても様になります。

ウイグルの人々には職人気質な多いような、そんな気がしました。

シルクロード新疆編1-わらしこ5

6月14日から25日にかけて、新疆へ旅行してきました。

まずは、概要。
14日(日):まず飛行機を利用し、ウルムチ経由でカシュガルへ。
15日(月):カシュガル観光。
16日(火):車をチャーターし、カラクリ湖経由でタシュクルガンへ。
17日(水):タシュクルガンから、カラクリ湖経由でカシュガルへ。
18日(木):列車でカシュガルからクチャへ移動。
19日(金):クチャ観光。
20日(土):クチャから乗合タクシーでコルラへ。
21日(日):コルラからバスでトルファンへ。
22日(月):トルファン観光。
23日(火):トルファン観光。
24日(水):トルファンからタクシーでウルムチへ。
25日(木):ウルムチから飛行機で西安へ。

さて。
皆さんご存じの通り、7月5日にウルムチで痛ましい事件が発生しました。
しかし、ウイグルの子供たちが見せてくれた天真爛漫で無垢な笑顔は、
暴力とは対極のものでした。

新疆でも最西部に位置し、ウイグル族の多いカシュガルの旧市街では、
子供のほうから"Hello!"と声をかけてきて、写真を撮るようにせがんできます。
そして、撮り終えると、必ず自分の写真を見たがります。

■カシュガルの旧市街で
カシュガル01カシュガル02カシュガル03カシュガル04
カシュガル05カシュガル06カシュガル07カシュガル08
カシュガル09カシュガル10カシュガル11

その他の土地でも、カシュガルほどではないにしろ、
ウイグルの子供たちはとても友好的で純真でした。

■クチャのアイスクリーム屋で
クチャ

■トルファンの路地で
トルファン01トルファン02

■トルファンの東にある吐峪溝で
吐峪溝01吐峪溝02

彼らが平和に生きられるよう、強く望みます…。

こうこう5

みなさま、お久しぶりです。

最近ネットが遅くて画像のアップロードができず、かつしばらく西安を離れていたため、記事をエントリーできませんでした。
これからまたちょくちょくアップしていきますので、どうぞよろしく。

さて。
1か月前、6月3日水曜日の夜から6月7日土曜日の朝にかけて、両親が来ました。

父は二度目、母に至っては初めての海外旅行。
上海でのトランジットがある西安旅行は難易度が高かったのですが、
姉が往復チケット+ホテル宿泊/送迎のツアーを探してくれ、
心配された豚インフルエンザによる検温等も何とか乗り切り、
3日深夜に無事西安入りしました。

ホテルは、シェラトンでした。
うちからはかなり遠いのですが、友人がいることもあり、安心できました。
最上階の部屋にアップグレードしてくれたり、フルーツ&チョコレート&クッキーを用意してくれたり、
本当にありがとうございました!

■フルーツとクッキー。
フルーツとクッキードラゴンフルーツ

なお、今回は「西安観光チケット」を購入しました。
これは、1人68元で西安のいろいろな観光地に入れるとてもお得なチケットです。

これで入れる主な観光地は…

◆無料
市内:小雁塔/西安博物館[50元]、城壁南門[40元]、清真大寺[25元]、鐘楼[27元]、鼓楼[27元]
郊外:茂陵[46元]、昭陵[20元]、楊貴妃墓[20元]
◆半額
漢陽陵[80元→40元]、壺口瀑布[81元→41元;ただし、西安市内にてチケットを購入する必要あり]

今後西安にいらっしゃる予定がある方。
上記の観光地に回りたくて、しかも総額が68元より多くなる方は事前にお申し付けください!
チケットを購入しておきます。
なお、証明写真程度のサイズの写真を1枚ご用意ください。

■チケット。写真は後から各自貼り付けます。
原型フィルムをはがして…写真をペタリ!

では、観光について。

4日。
タクシーをチャーターして、華清池へ。
両親は交通事情の悪さについてしきりに口にしていました…。

■華清池
華清池1華清池2華清池03華清池4

両親はいろいろな植物に関心を示すので、その写真も都度撮りました。

華清池ではロープウェーにも乗りました。

■ロープウェーと上からの眺め
華清池5華清池6

上に登りきると、「驪山森林公園」というのがありました。
この公園に入らないと華清池が上から見られないのですが、この公園のチケットは45元もします。
ロープウェー往復で40元。登ってみたら更に45元。ああ、ぼっ○くり…。
ということで、公園へは入らず10分そこそこで下へ降りてしまいました。

つづいて、兵馬俑。定番です。

■兵馬俑
兵馬俑1兵馬俑2兵馬俑3兵馬俑4

前日の到着が深夜だったこともあり、この日は午後3時にはホテルに帰り、
昼寝をして、ホテルそばの「西安飯荘」で食べました。味はイマイチ…。

5日。
城壁内観光です。
母は家の庭で鳥に餌付けしているせいか、鳥が好きです。

■南門から城壁に登る。
南門1南門2

■書院門
書院門1書院門2

■鐘楼&鼓楼
鐘楼鼓楼


■回民街で見かけた鳥
回民街1回民街2

■清真大寺
清真大寺

昼は、定番の「賈三包子」。スープ入り肉まんです。
夜は、小雁塔そばの「乾州食府」へ。
お姉ちゃんが作ってくれるこの麺、後を引くうまさです。

■麺の達人!
乾州食府1乾州食府2

夜、ホテルでロングステイされているT様とお会いし、ごちそうになりました。
この場を借りてお礼申し上げます。ありがとうございました!

6日。
「塔」めぐりです。

■小雁塔と西安博物館
小雁塔1小雁塔2(西安博物館)小雁塔3

2枚目に映っている“物体”は、どうやら唐の美女をイメージしたもののようです…。

■大雁塔。噴水も見ました。
大雁塔1大雁塔2大雁塔3

昼は、大雁塔脇の北京ダック店へ。
108元で1匹。その場で切り分けてくれ、包む皮もたっぷり。しかも、炒め物&スープ付き。
奮発して一番高いものを注文しましたが、大満足でした!!!!!!!

■切り分けてくれます。炒めてくれます。
大雁塔前の北京ダック店1大雁塔前の北京ダック店2

ただ、脇でなぜか結婚披露宴をやっていてだいぶ賑やかでした。
できれば貸し切りでやっていただきたいものですが、まあこれも中国ということで…。

■お幸せに…。
大雁塔前の北京ダック店3

最後に、我らが西安交通大学と阿倍仲麻呂記念碑のある興慶宮公園へ。

■交大&記念碑
西安交通大学興慶宮公園

夜は、南門そばの「大清花」。餃子です。
食後に散歩がてらライトアップされた鐘楼、鼓楼を回って来ました。
連凧がたくさん揚がっていました。いい光景でした。

■夜の鐘楼、鼓楼
鐘楼夜景鼓楼夜景1鼓楼夜景2

7日朝8時10分のフライトで無事帰国しました。

これまで親孝行らしいことを全くしたことがなかったのですが、楽しんでもらえたようで、また私自身も楽しめて、よかったです。

ありがとう。

にかいめ5

6月2日火曜日。
またまた教え子たちに誘ってもらって食事に行きました。
大学そばの「百姓厨房」というレストラン。「百姓」は、「一般ぴーぷる」という意味です。
女の子もいたので、この日はノンアルコールでした。

端午節前の飲み会にも来ていた男子学生は、端午節の間に彼女ができたらしいです。

「僕、端午節、勝負なんですよ…。」

飲み会では緊張した面持ちでそう言っていた彼の、弾けんばかりの笑顔。
こちらも「幸せ」になります。
写真も見せてもらいましたが、いや、ホントかわいいんです…。ホントですヨ!

■レストランで記念撮影
みんなで記念撮影@中

そして、西瓜とちょっとのアルコールを買って、大学の庭へ。
ここで、もう2人と合流しました。
そして、車座になってゲームをしました。

まずは、「数字を当ててはいけないゲーム」。

最初の人が携帯に1〜100の数字を入力(例えば“数字A”とします)。
2番目の人は、1〜100の適当な数字(例えば“数字X”とします)を言う。
そうしたら、最初の人は数字Aが含まれる範囲を言います。
つまり、A<Xであれば、「1からX」。A>Xであれば、「Xから100」。
これを繰り返していって、“数字A”を言い当てた人がBINGO!!!負けです。

時間がかかりそうで、意外とすんなりBINGOが出ます。
範囲が狭まり、“数字A”に近づいていくスリルは、なかなかのものです!

このゲームは、罰ゲームがきつかった…。

「彼氏とキス10秒間。」(負けたのは女子学生。隣に彼氏が座ってた。)
「学生寮に向かって、『ああ月よ、私に彼氏を与え給え!』と叫ぶ。」(負け:女子学生)
「道を歩いている女の子に『一緒にビール飲みませんか。』と誘いかける。」(負け:男子学生)
「道を歩いているカップルの前で、『ブサイク野郎!』と言い捨てる。」(負け:男子学生)

などなど。
ほぼ全て、最初にキスをさせられた女子学生の発案。オソルベシ…。
幸い、僕は負けませんでした。

次は、以前も遊んだことのある裁判官と警察と犯人のゲーム
これは、罰ゲームは特になし。安心しました…。

途中、ゴールデンレトリバーを散歩している人が通りかかり、学生大興奮。
みんな、犬が好きなんですね。
でも、一部には怖がっている人(学生?教師?)もおりました。

■犬と戯れる学生
犬と撮影

最後に記念撮影。

■大学の庭で記念撮影
みんなで記念撮影@外

これ以外に、全ての学生と2ショット撮影しました。

またまた全てご馳走になりました。
本当にありがとう!楽しかったです!また行きましょう!!!

いんたびゅ5

5月30日土曜日。

北大街の「日本語資料室」で、とある学生からインタビューを受けました。
とある大学の日本語専攻の学生たちが、
自分たちの知りたいことを日本人にインタビューしてレポートにまとめる、
という課題遂行のため、僕に連絡してきたのでした。

無論、その大学の先生がまず僕に打診し、その後学生が連絡してくるわけですが、
先生以外の日本人と接する機会のない彼らにとって、
こういう経験はとても大切なのです。

さて、僕が聞かれたのは、

「日本ではどういう仕事をしていましたか?」
「その仕事と大学の先生とは何が違いますか?」
「中国で困ったことは何ですか?」

などという、ごくごくオーソドックスな質問でした。
最初は緊張していた学生も、徐々に打ち解けてきてリラックスして話ができました。
インタビューを受ける身としてあんな答えでよかったか、という疑問もありますが、
これもまた西安での楽しい思い出となりました。

■インタビュー、お疲れ様でした。
資料室で1枚

なお、あとで聞いた話によると、私のような質問以外に、

「援助交際についてどう思いますか。」
「AV女優についてどう思いますか。」
「結婚相手が同性愛者だったと知ってしまいました。どうしますか。」

といったかなりキワドい質問も出たそうです。
西安で手に入るAVの相当数は日本のものだそうで、
「日本=AV」という認識を持っている学生も少なからずいる、ということです。
この認識がいいかどうか、ちょっとよくわかりませんが…。

この日の夜は、交大の先生方&学生と鼓楼南の餃子屋にて。
酒杯が、御椀のような形をしています。中国東北地方の風習です。

■東北地方の酒杯
東北地方の酒杯

食事は、普通…。湯葉巻き餃子は絶品でしたが、きのこのてんぷらは衣が厚い…。

■お食事
湯葉巻き餃子きのこのてんぷら

その後、スーパーへ。
以前ご紹介したフルーツフレーバーポテチに新顔登場です!
味は…ぜひ中国にてお試しあれ!!!

■キウイポテチ。裏面のパッケージもかわいいです。
キウイポテチ表キウイポテチ裏

さらに、西安夏の風物詩、西瓜を道端で食べました。

■すいか。
すいか

とても楽しい一日でした。

びーてぃー5

5月28日木曜日。

この日は「端午節」の祝日でした。
中国では伝統的な祝日を旧暦で祝います。つまり、この日は旧暦の五月初五(五日)。

中国の祝日はややこしく、基本すべて3連休になります。
今回の場合、木曜日、金曜日、土曜日の3連休。
日曜日は授業or出勤となり、授業は金曜日の時間割で行われました。
祝日がどういう割り振りになるかは、前年の12月に祝日法で公示されます。

祝日が入ると授業調整が入り、生活のリズムも乱れます。
ハッピーマンデーの方がよっぽど分かりやすいです…。

閑話休題。

ということで、3連休初日に、日本語教師の方などとこんなものを食べてきました。

■BT鶏
変態野郎

「BT」とは、「変態(中国語のピンイン(ローマ字)表記でBianTai)」。
変態的な辛さ、ということです。
写真で見るとそんな辛そうには見えませんが、漬け込んであるようで、口にするともう…。
しばらくは、話すことすらできませんでした。

この店は小ぶりなのですが、ビールもキンキンに冷えていて、他の串もおいしかったです。

■その他のお料理(麺&チャーハン)
やきそばやきめし

ごちそうさまでした!ありがとうございました!

さいこう!5

5月27日水曜日。

受け持っている2クラスのうち、1クラスの授業がこの日で終了でした。
100分の授業のうち、50分は通常授業。50分はコナンの鑑賞会。
学生も、授業に出てくる人数はだいぶ減りましたが、
最後とあっていつも以上に熱心に練習してくれました。

その夜。

学生と酒を飲みに行きました。
どこで飲むのかと思ったら、硫黄の匂い立ち込める“温泉”の裏手へ。
大学内にバーがあったんです!

■温泉と交大バー
温泉バー1バー2

翌日28日が端午節ということで、学生が「ちまき」をくれました。
日本でも、端午の節句にはちまきを食べますよね。

■ちまき
ちまき1ちまき2

飲み会は、まずはサイコロゲーム。
2つのサイコロを、時代劇に出てくる「丁か半か」を決めるような道具を使って振ります。
ゲームに負けた人は、基本「コップ半分」のビールを飲みます。

●足して7
負けた時に飲む量を増やす。
最初は「コップ半分」なので、「コップ1杯」「コップ3杯」…というように。
今回はコップ5杯でビール1瓶分だったので、増やせる上限は5杯分にしました。
●足して9
負け。決められた量の酒を飲む。
●1・4
妓女。誰かが負けた時、一緒に「コップ半分」だけ飲む。最高2人。妓女はサイコロを振りません。
●1・1
飲ませたい相手を指定してからさいころ1つを1回振り、出た目の量を相手に飲ませる。
●1・1以外のゾロ目
反対回り。ただし、1人戻るだけで、次はまたゾロ目を出した人に回ってくる。

単純なルールなんですが、なかなか盛り上がります。
いつも負けてその度にたくさん飲む学生や、ずっと妓女の学生など、
たまたまなのですが、学生のキャラと役回りがマッチしていてそれが面白かったです。

僕は最初はまあ半分とか1杯とかを飲むくらいだったのですが、
「1・1」を出した学生が僕を指名し、しかも「6」を出したので、コップ6杯分飲まされ、
それ以降、遅れてきた学生が来るたび相伴させられ、かなり飲まされました…。

後半は、万国共通の話題。恋愛。
学生のいつもと違った側面が見られ、面白かったです。
一人は最近失恋したらしく、それがよほどつらかったのか、涙を見せていました。
その彼と、肩を組んで「いや、お前はいい男だ!」と言ってあげている学生の姿は、青春でした。

最初は10人くらい。最後には18人もの学生が集まってくれました。
ふだん授業に出てこない学生の顔も多く見かけましたが、
「いやいや、飲み会より授業に来てよ!」という思いより、嬉しい気持ちが勝っていました。
遺憾だったのは、全員男子学生だったということでしょうか…。

■記念撮影!
大家

4時間ほど飲んで、解散。
いや、久々に飲みました。飲まされました。楽しかったです!

その後一部の学生を除き、どこかの研究室へバスケットボールの試合を見に行きました。
その学生たちは、研究室へ行きがてら、僕をアパートまで送ってくれました。

君たちと出会うことができて最高です!ありがとう!

なっとう5

5月23日土曜日。

毎週土曜日は、北大街にある「日本語資料室」へ出かけています。
ここには寄付された日本語書籍が数多くあり、貸出業務も行っています。
以前ボランティアしてくださっていたIさんが転勤されてからは、
日本語学科の学生と教師のみなさんが中心になって運営しています。
教師の端くれのわたしも、時々お手伝いに出向いています。

さて。
資料室にいらしていた日本人の奥様が耳寄り情報を教えてくれました。
なんと、西安でも「納豆」が買えるというのです!
その話を聞いて、一堂騒然。

■納豆!
なっとう!

この日はその奥様がたまたま20パック購入されており、
ご好意で分けていただけることになりました。
いやあ、西安で納豆が食せるとは!感激です。

ということで、その日の夕方に某先生邸で催された「日本人教師の集い」にて早速御開帳。
ちょうど「手巻寿司パーティ」だったので、もってこいの組み合わせとなりました。

■「調理後」の納豆と食卓。
なっとうねばねばてまきずし

皆さんとのお話にも花が咲き、楽しい週末となりました。

ひさかた5

12月末に帰国していたJ君が西安に戻って来ました!
と言っても、10日間限定でしたが…。
と言っても、僕を訪ねてきたわけではないですが…。

ということで、ちょっと前になりますが、5月8日金曜日に久方振りに会って来ました。
J君はだいぶ貫禄が出ておりましたが、就職は無事決まったそうで、よござんした。

■J君と、再会を祝し集まった面々。
みんなでパチリ.

場所は「小寨」という西安にあってはなかなか賑やかな所の、
なかなか目立つビルの4階にある、それでいてなかなか客の少ない喫茶店です。
長安路の立体交差点を南に向かって歩いて3分弱。右手(長安路の西側)にあります。
西安在住のみなさん、小寨ショッピングで疲れたら、この喫茶店はおススメですよ!

■小寨の穴場。
喫茶店のビル小花茶園
ついでに、地下鉄工事の風景も。
日本だと、もう少し覆ってたりしませんかね…。

■おっさん!!!
おっさんの地下鉄工事

3時間ちょっとだべりました。楽しいひと時でした。

けいよう5

たまには仕事がらみのお話を…。

今、形容詞を教えています。
たくさん出てくる形容詞を使って、文を作らせてみました。

■(  )は きれいです。 →(あゆみさん)

 誰かと思ったら浜崎あゆみのことでした…。

■(  )は ハンサムです。→(わたし)

 教室内、大ブーイング。

■(  )は 大きいです。→(わたしの うち)

 なかなか作れない例文です…。

■(  )は 小さいです。→(食堂)

 聞くと、ほとんどの学生がうなずきました。わたしは「大きい」と思っていたんですが…。

■(  )は いいです。→(●●先生の 中国語)

 お褒めに預かり恐縮です…。

■(  )は 悪いです。→(この オトコ)

 隣に座っている彼氏を指差して。仲がよろしいようで…。

■(  )は 易しいです。→(DOTA)
■(  )は おもしろいです。→(DOTA)

 DOTA、ってご存知ですか?ネットゲームらしいのですが、ほとんどの男子学生が夢中です。

■中国は (  )。→(すごいです)

 今2クラス担当しているのですが、2クラスともまず最初に「すごい」が出てきました。
 日本人なら「日本は すごいです」ってまず作らない気がするんですが…。

わたしも形容詞を使って作文。
形容詞の授業はおもしろいです!

いたりー4

きょうは、わたくしめの食生活についてご紹介します。

時折、ブログでご紹介しているようなおいしいものを食べます。

ふだんは、家のそばの店で食べます。
常連は、以下。一部は以前ご紹介済みですが、改めまして。

■阿福冒菜。野菜のごった煮四川風。種類によって5-10元+ごはん1元。
01_阿福冒菜102_阿福冒菜203_阿福冒菜3

■魏家涼皮。陝西省の麺と、陝西省のハンバーガー。各3元。
04_涼皮05_はんばーがー106_はんばーがー2

■交通大学居住区(一村)の弁当。4種の惣菜(うち1種は肉)+ごはん。5元。
07_べんとう

■煮卵。1個7角。
08_にたまご

冒菜は、「映市冒菜」という店のものも美味です。

■映市冒菜。若干高め。
09_映市冒菜.jpg

“自炊”(自称)もします。

■ゆで卵とパン。ウォルマートのパンはおいしいです。
10_パンとたまご

■インスタントラーメン。やはりゆで卵と、この日はほうれん草を添えて。ただし、鍋のまま。
11_インスタントラーメン

あとは、パスタ。
以前友人にめんたいこパスタの素をもらったのですが、とてもおいしかったので、
それ以来パスタにはまってしまったのでした。

今は、パスタの素がないので、スープの素と絡めています。
これ、おススメです!独身男性のみなさん、ぜひ!

■ザルにもあげず、鍋のまま湯切り。そこへスープの素をぶっ込む!
12_スープの素パスタ

これにも飽きたので、昨日は「ウーロン茶」でパスタをゆでてみました!
もちろん、ここでもスープの素登場。

■ゆでている途中と、できあがり。ゆで卵も添えてみました。
13_ちゃぱすた114_ちゃぱすた2

う〜ん、素敵なお色に仕上がりました。
で、お味ですが…。ウーロン茶の味…。にが…。

とまあ、こんな具合です。

いちねん3

中国四川大地震から一年です。

ブログでご紹介した通り、地震のときは授業中でした。
日本とは違う、船に揺られているような大きな振動。
地震に恐れ戦き叫びながら教室の外へ一目散に飛び出していく学生。
そう、あれからもう一年が経ったのです。

中国で有名なポータルサイトをいくつか覗いてみました。
グレーベースに色を変えているサイトも見受けられました。

■ポータルトップ
0512-10512-20512-30512-4
0512-50512-60512-70512-8

去るものは日々に疎し。これは災害についてもいえますが、震源から2000km程度離れたところでも揺れを観測したほどの大地震です。
中国が、日本が、そしてすべての人々が防災への意識を高めなくてはいけないとの思いを新たにしました。

こくがい?5


日本同様、5月初旬は中国でもゴールデンウィークです。

以前は7連休だったのですが、流動人口が多すぎると都市に居ついて田舎に帰らない輩が
多くなり過ぎて管理しきれないということから、昨年からメーデー絡みの3連休に短縮されました。
建前は、休暇を分散させて中国伝統の休暇(4月の清明節、5-6月の端午節、9-10月の中秋節)
を復活させる、ということになっておりますが…。

さて。
今回のGWは金、土、日の3連休。
わたしはちょうど木曜日が授業がないので、4連休に。
この休みを利用して、香港へ行って参りました。
泊まったのは、「重慶ホテル」と呼ばれる超安宿。

■重慶ホテル
01重慶ホテル

4月30日木曜日。
朝7時55分西安発、10時30分深セン着の飛行機。
そこからバスで「国境」を越えて香港入り。
夕方とある打ち合わせをし、そのままみなさんとご飯をご一緒させていただきました。

5月1日金曜日。
朝からMTRやバスを利用して、香港市内を見て回りました。
ミニバスには、こんなものがついているんですよ!

■こんな数字が!
02スピードメーター

街はほとんど写真を撮らなかったのですが、一応。

■街。
03バスとタクシー04香港島05まちなみ

あと、今回気づいたのですが、香港はトイレが分かりづらいです!
街の景観保護のためなのでしょうか…。

■トイレです。
06地下鉄の駅のトイレ07フェリー乗り場のトイレ

ファンタキウイがおいしかったです。

■ファンタキウイ
08ファンタキウイ

夜は、香港在住のDさんご一家と「豊園」という韓国焼肉屋でしゃぶしゃぶをいただきました。
しゃぶしゃぶは裏メニューらしいのですが、とにかくうまかったです!!!
体調の悪い中、先日西安でお会いしたSさんとも再会できました!楽しかったです!!!
ありがとうございました!

5月2日土曜日。
せっかくだからと思いたち、船でマカオへ。

マカオに着くと、前日香港で初の「甲型流感」患者が出た影響か、「入国」手続に1時間もかかりました!

■撮影禁止だったらしいのですが…。
09人の嵐

マカオはギャンブルの街。夜こそ面白いのだと思うのですが、
その日のうちに「大陸」へ戻らないといけなかったので、
世界遺産の一部だけ見て回りました。
ポルトガル領だったため、看板には中国語(広東系)とポルトガル語の標記が。

■マカオ
10街並み11坂のある街
12なびくマカオ旗13ポルトガル語だ14聖ドミニコ教会15大炮台から街を見下ろす
16大炮台から大三巴牌坊17大三巴牌坊118大三巴牌坊2

途中、以前から調子が悪かったビデオカメラが完全にイカれてしまい…。

■イカしたビデオカメラ…
19イカしてます

何だか観光する気も失せたので、船で「大陸」珠海へ。

■珠海の税関・湾仔
20湾仔

そこからバスで広州へ行きました。

5月3日日曜日。
「甲型流感」を逃れ、無事西安へ戻りました。

大陸、香港、マカオ。3つの中国の顔を見て回った連休でした。
お世話になった皆様、ありがとうございました!

ころがす5

4月25日土曜日。

午後、鐘楼の北にある日本語資料室へ行き、帰りに学生と食事をしました。
交大の日本語学科の学生2人と話しているうちに、ボーリングの話になり、
食事の後行ってみることになりました。
学生の一人はボーリング場のお得意さん。もう一人はボーリング初体験でした。

行ってみて、まず日本と違うのは「簡易靴下」をくれることです。
ガーゼみたいな素材でできていて、靴下の上から履けるようになっています。

■簡易靴下(汚い足ですみません。)
くつした

でも、最大の違いは、人の数。土曜の夜なのにガラガラです。
2ゲーム目に突入した頃には、客は僕らだけに…。
こんな「貸切ボーリング」、初体験でした…。

■ガラガラ…
ボーリング

写真右に赤い横断幕で“老年保齢球”と書いてありますが、
“保齢球”は、ボーリングのこと。
“老年”とある通り、中国ではご老輩に大人気のスポーツのようです。
朝昼は、お客様で大賑わいらしいです…。

3ゲームやって、79、148、97でした。
球詰まりが若干多い以外は、特に困ったことは起こりませんでした。

中国で初のボーリング体験。意外とフツーでした。

えんそく5

とある授業の間の休み時間。ボケ〜っとしていたら、学生に声を掛けられました。

「先生も、春遊(春の遠足)に行きませんか。」

実は先約があったのですが、折角の学生からのお誘い。
その先約を丁重にお断りして、春の遠足に行ってまいりました。

2日前までは30度を超える晴天だったのに、当日は生憎の空模様。
僕は集合時間の8時40分より5分ほど早く到着しました。

しかし、時間を5分過ぎても誰も来ない…。

誘ってくれた学生に電話をしたのと同時に、その学生がこちらへ来るのが見えました。
その後ちらほらと集合してきますが、全部で何人行くのかもよく分からず…。
結局、何だかんだで出発は何と10時40分…。学生は45人もいました。

念のため、学生の名誉のために説明しますと、これには一応理由があって、
当日は大学の運動会で、朝ちょっとした競技に参加してから遠足に合流する学生が多く、
運動会のスケジュールが押したので、こちらのスケジュールが押された訳です。

さて、チャーターバスで移動したのですが、もう大騒ぎ。おしゃべり、トランプ、おやつ…。
娯楽の少ない彼らにとっては、今回の遠足は相当な楽しみだったのでしょう。
僕のそばにいる学生は、おやつを食べる前にまず必ず僕にくれます。
教師は、本当に大切にされるんです。

ちょっと“脱線”しますが、途中こんな光景にも出会いました。

■電線!
遠足1_電線

現地に着くと、雨はなんとか上がりました。
さあ、ここから山登り開始です。

今回登ったのは、市内から約40kmほど離れた太平国家森林公園。
他の中国の山同様、全て階段が整備されています。危険度はゼロ。
入口からいちばん奥にある「彩虹瀑布」まで、片道約3時間の道のりです。

■雲海、紫荊花、そして滝
遠足2_やま遠足3_たき

学生は本当に無邪気で、やたらと教師である僕と写真を撮りたがってくれます。
さらには、冠まで作って、僕に被せてくれました。

■がくせいとのおもいで。
遠足4_みんなで遠足5_はなのかんむり

夜は、「農家」で「農家のメシ」を。肉、ゼロ。ヘルシーです。
学生は豆腐の炒め物に3キレくらい入っていた、
油を取るのに使われたと思われる「肉片」を争って取り合っていました…。
無論肉3キレで足りるはずもなく、最後に50元で鶏の煮込み料理を注文していました。

■農家のメシ
遠足6_農家のメシ

僕は野郎どもに「先生も“動物園”で遊ぼう!」と誘われ、その席で飯を食いました。

“動物園”というのは、最初の人が「動物園!」と言い、次の人が「脚N本!」と言い、
その次以降の人が“N本脚”の動物の名前を言っていって、
言えなかったり間違えたりした人が負け、というゲームです。

“動物園”に飽きたら今度は“カラーボール”。
一人ひとりにそれぞれ異なるある色を割り当て、
「X色(自分に割り当てられた色)のボールがY色のボールにぶつかった!」と言って、
次はY色の人が同じことを言う…、というように進めていき、間違えた人が負け、というものです。
最初は、一文字の色。飽きたら、二文字の色。二文字は、僕には難しかった…。

負けた人は、コップ半分一気。2回負けて、コップ一杯分です。

どこでも、こういう遊びってあるんですね。
学生時代やった“古今東西”や“せんだみつおゲーム”を思い出しました。
あと、どんな遊びがありましたっけ???みなさん、ぜひ教えてください。

学生に温かくおもてなしされた、とても和やかな一日でした。
そんな嬉しさからか、酒の力か、帰りのバスでは一曲披露させていただきました…。

みんな、本当にありがとう!

にぎやか5

4月4日は中国の清明節という休日。お墓参りの日です。
その関係で4-6日が三連休になり、香港からお客様がいらっしゃいました。
元会社の先輩Dさんとご家族。Dさんと(ほぼ)同じ職場のSさんとそのご家族。
計8名の方にお越しいただきました。

今回のブログは写真のクオリティが高いですが、これはすべてSさんによる撮影です。

4日。
13時55分着のフライトで西安入り。チェックイン後、まずは城壁へ。

■城壁
城壁の上城壁から鐘楼

続いて、回民街を散策。
うずら、大繁盛していたので食べてみたら、意外とおいしかったです。

■回民街で。
うずらとり

それから、四川料理を食べました。
辛〜い唐辛子を注文して、ロシアンルーレットゲームをしました。

お子さんたちは、言葉の壁も構わず中国人の子に話しかけて友達になっていました。
お母さん方の説明では、香港で海外の子供に慣れているから、ということでした。なるほど。

■すぐにともだち!
すぐにともだち!

5日。
西安観光東線、兵馬俑→華清池→大雁塔コースです。

まずは、市内から約1時間の兵馬俑。ここではアイスも食べました。
ここで、Dさんご一家は、念願の写真撮影をされていました!!!

ランチをはさんで、華清池。兵馬俑から15分程度です。
以前は5角だった温泉水で手を洗うコーナーが無料になっていました。

■華清池
華清池1華清池2

帰りにトラブル。
華清池から市内へ戻る高速道路がなぜか封鎖されているのです!
仕方なく、舗装されていない道を砂埃を巻き上げながら進みました…。

大雁塔では、中には入らず、凧揚げ大会をしました。

■大雁塔と凧
大雁塔1大雁塔2大雁塔3大雁塔4

ディナーは、「小貝殻」というお店へ。
予約できなかったので20分程お待ちいただきました。

そして、締めにマッサージへ。
お子さんも、魚が足の垢を食べてくれるマッサージをしました。

6日。
まずは小雁塔&西安博物館へ。

続いて、回民街。これまたお馴染みのスープ入り肉まんを食べました。

チェックアウト後、空港までお見送りしました。

お子さんが4人、うち3人は女の子ということで、とにかく賑やかでした。
普段これほど長い時間小さい子と接する機会がないので、
わくわくと、どきどきと、そんな変な感じでした。
でも、こちらも楽しませていただきました。

みなさん、ありがとうございました!!!

しゅくふく5

3月25日から31日まで、日本へ一時帰国しました。

26日と30日は、家に籠ってとある資格の更新試験対応。
これは、送られてくる問題を本を見ても、ネットで調べてもいいから、
とにかく答えて返信するというものです。合格ラインは80%。
なんと、50ページ分も問題があり、大苦戦しました…。

27日。
昼間は、東京散歩。

■皇居周辺
TOKYO1_日比谷公会堂TOKYO2_楠木正成TOKYO3_二重橋TOKYO4_東京駅

昼食は、お茶の水のカレー屋で。なぜか、どうしても食べたくなりました。

■ビーフカレー
TOKYO5_エチオ○アのビーフカレー

夜は、昔馴染みとともに。
二世誕生の報告あり、さらには電撃結婚発表あり。
楽しいひと時でした。

■誕生祝いのデザート
TOKYO6_お祝いデザート

28日。
東京からそのまま八千代中央@千葉へ直行。
友人宅でお泊りです。着いたら、既に28日でした。
ひとしきり飲んで語って、4時頃就寝。
翌昼は、久々にモスバーガーを食べました。やっぱ、うまいなあ。

29日。
友人の結婚式。これが今回のメインイベント。
眼下に皇居の桜が一望できる式場でしたが、花冷えで桜はまだ一分咲き…。
ビデオ中心に撮影したので、写真はブレブレのケーキカットしかございません…。

■ケーキカット
TOKYO7_ケーキカット

1.5次会に銀座でスパークリングワインをいただき、
2次会では、受付役。幹事のお二人、お疲れ様でした!!!
3次会は、近くの居酒屋で。
4次会は、近くのバーで。

久々に出会った友人は、変わったような、変わらないような。
僕は、みんなからどう見られていたんでしょうか…。
とにかく、いろいろな刺激をもらいました。

精気を養って、31日、西安へ戻りました。

日本で驚いたのは、実家と友人宅のテレビが液晶になっていたこと。
だいぶ価格も落ちているようですし、デジタル対応も進んでいるなあと思いました。
実家では近所からアンテナを借りてきてるらしいですが…。

今回お会いしたみなさん、ありがとう!!!
そして、幸福になられた方。皆さんの幸せが永く続きますよう。

貴州の記憶-やられた!2

貴州でデジカメを盗まれたことは以前お話ししましたが、
今回は同じ貴州にある「黄果樹瀑布」という中国最大の滝での思い出をお話しします。

■黄果樹瀑布とわたし。
黄果樹1黄果樹2黄果樹3黄果樹4

なぜか妙なポーズをとっておりますが、その理由は下を御覧いただけますと分かります…。

さて。
この滝は入場料がなんと160元。高すぎです。
入口でためらっていると、キャンディをなめた、いかにも田舎な、でも標準語を操る娘っ子が寄って来ました。

「私についてくれば、80元で入れてあげるよ。」

この娘っ子が「濡れ手で粟」で80元手に入れる、っていうのは教育上よくないなあ、
とちらっと思いながらも、足は娘っ子の方へ…。
聞くとこの娘、普段は町の学校で寮生活をし、冬休みだけおじさんの「手伝い」をしているんだそうです。

さて、なんだかすごい藪の中を歩かされ、5分くらい行ったところで、何やら言い争う声が…。
一人は娘っ子のおじさんだそうで、もう一人はどうやら「裏口」を仕切る違うグループの子分。
おじさんはその子分の胸倉をつかんですごんでいましたが、交渉は決裂した模様。

「やばそうだなあ。このケンカも何かの罠か…???」

疑心暗鬼になりますが、娘っ子は何気ない様子で元来た藪の道を戻り、
今度は滝の敷地を仕切っているトタンをこっそり開けてくれました。
僕がぎりぎり通れる大きさ。しかもトタンは泥でドロドロの地面すれすれにあったので、
くぐるとダウン、ズボン、靴も泥まみれになりました…。

やっとの思いで中に入ると、娘っ子は「お金は出てきたら払えばいい」と言い残し去って行きました。

続いて、変なオバハンが付き纏ってきました。
一緒に行動して写真を撮って、プリントして売りつける、観光地お馴染みの商売人です。
振り払ってとっとと行こうとすると、このオバハン、奇異なことをおっしゃいます。

「1枚10元。写真撮らないんなら係員呼んでくるよ!」

…やられました。
こういう場合、チケット確認されて困るのはこちらなのです。
ふと、幼少の砌、町の至る所にこんな標語があったのを思い出しました。

「気をつけよう 甘い言葉と 暗い道」

てっきり、彼誰時は痴漢に気をつけろ、という意味だと思っていたのですが…。
まあ、後で2〜3枚プリントしてやればいいかと思い直し、渋々付き纏うことを承諾。
するとこのオバハン、やれあそこに立て、やれポーズを取れ、ととかく写真を撮りまくります。
3分の2ほど進んだ所で、異変に気付きました。

フィルムを取り換えた!

そうです。僕は、てっきりデジカメで撮影していると思い込んでいたのです!
だからこそ自由に撮らせていたし、付き纏われても仕方無いと思っていたのです!
しかし、これがフィルムとなると話は別。
頭でそろばんを弾いて見ると、お代は…

シャッターを切った回数×10元=…。

フィルム1本使ったとなると、最低30枚は撮影しているはず…。
厄介なことになったと思い、あとはできるだけ撮影させないようにしました。
まあ、ここまで来たらどうしようもありません。腹をくくって「決戦」の時を待ちました。

そして、最後に言われたお代は…

「400元だよ!」

「ババア、○んでしまえ!」と思いましたが、後の祭り。
入場料をケチったこちらが悪かったのです。
写真を自由に撮らせていたこちらが悪かったのです。
ということで…

「30元にしろ!」

これくらいから交渉しないと勝ち目はありません。
勝利の条件は、入場料と合計で正規のチケット料金より安く済ませて「利益」を出す。
つまり、落とし所は「“80元”より安く」。
もちろん、これをホイホイ承諾するわけがなく…。

両者すごい剣幕で、15分くらいケンカしていました。
こちらから「プリントしなくていい」「2本目のフィルムはいらない」と条件を出し、更にバトル。
でも、他の観光客が通ると、二人とも恥ずかしさからトーンダウン。
思わず目が合うと、二人で大笑いしてしまいました。

「じゃ、100元で。」

最後に、出口で待ち構えていた娘っ子に約束通り80元を支払い、ゲームオーバー。
結局20元の損を出してしまったわけですが、この翌日、デジカメ盗難。
このフィルムに写った姿だけが、僕が貴州へ行った証となったわけで…。

■思い出のフィルム
黄果樹の曰くつきフィルム

騙されて、悔しいような、嬉しいような…。

半年の足跡-ふらっしゅ5

みなさま、ご無沙汰しております。

最近困っていること。
you○ubeが見られません。
中国の○安がチ○ット人をボ○○コにしてる動画が掲載されたためのようです。
今回は1ヶ月近く経っても復活せず。こりゃ、しばらくだめっぽいです…。
中国でも見られる逃げ道をご存知の方、ぜひご教示ください!!!

閑話休題。
昨年10月以降、ブログ更新が本当に疎かになっていたので、ここらで悔い改めたいと思います。

ということで、この半年間をフラッシュバック。
ご覧の方には「振り返りたくなぞない!」という向きもあるかと存じますが、何卒ご容赦ください。

《2008年10月》
文化の秋。中国でも「文化」な秋でした。

◆国際文化節
10日。各国の留学生が出し物をしました。日本チームは「川の流れのように」「荒城の月」の合唱。
国際文化祭_出し物1国際文化祭_出し物2国際文化祭_出し物3国際文化祭_出し物4

◆金秋外語節
13日。交大外国語学部の文化祭。各活動の紹介で「日本語コーナー」も取り上げられました。
U先生は、日本の伝統芸能「能」を披露されました!
金秋外語節01_日本語学科の学生金秋外語節02_能

◆ぶんぶん
蜂に刺された方がいらっしゃいます。
蜂01_燃え尽きました。蜂02_腫れ上がりました。

《2008年11月》
生活でさまざまな不便が生じた月でした。イベントは少なめ。

◆錆水
6日深夜。これで歯を磨いてしまいました…。
錆水1錆水2

◆漏水
15日。洗濯してたら浴室から寝室に向かって水が…。これぞ中国住宅のクオリティ。
漏水1漏水2漏水3

◆電気
23日。部屋の電気がつかなくなりました。
24日。同じ型の電球を探し回りましたが、見つからず…。
25日。やっと見つけて交換したのに電気は付かず…。どうやら「鎮流器」というものが壊れたらしく…。
26日。自分ではできないので、アパートの管理人に買ってきた「鎮流器」を交換してもらう。
電球20元、鎮流器30元、交換料20元。消費労力、Priceless…。
電気_黒焦げの鎮流器電気_鎮流器の交換

◆友人との再会
28-30日。08年2月に雲南で知り合ったM君が、西安まで遊びに来てくれました。
M君、サラッと流してしまって申し訳ないです…。
M君。兵馬俑夜の鐘楼夜の鼓楼

◆音楽会
28日。M君をひきつれて、学生の音楽会へ。
奏者は僕の授業を聴講していたロシア語学科の学生。曲は大幅アレンジされた「さくら」。
音楽祭1音楽祭2

《2008年12月》
日本では忘年会シーズン。中国でも、食って、飲みました…。

◆お別れパーティ
5日。帰国してしまう留学生のお別れ会にお呼ばれしました。
チャイナな女性に囲まれて全員集合

◆日本人会忘年会
20日。恒例の忘年会でした。少林寺やら、恒例のU先生の「能」お披露目がありました。
くじ引きでは、とあるデパートの金券500元分をゲット!!!
日本人会少林寺能景品

◆お別れランチ
26日。ホテルで実習していたJ君が帰国。お別れランチをしました。なぜか、写真が無いです…。

◆本当の忘年会
31-1日。とあるお方のお宅で。紅白を見ながらの年越し。そばもいただきました!!!
元旦元旦2

《2009年1月》
授業も終わり、旅行三昧でした。カメラ盗難はご報告済みです…。

◆しゃんはい
10-13日。出張で中国へ来ていた友人を訪ね、上海へ。

◆きしゅう
14-18日。上海からその足で貴州へ。ここでは散々な目に…。

◆としこし
25-26日。春節はまたまたとある方のお宅にて。爆竹はすごかったです!!!
春節

◆おさんぽ
27日。西安城壁の北西角にある道教の広仁寺、東門の傍にある唐代の罔極寺などへお散歩。
西安広仁寺1西安広仁寺2西安罔極寺さびれた骨董街

◆お別れ花火
27日。翌日帰国の日本人留学生T君、Nさんなどと春節の残りの花火を消化。
花火1花火2花火3花火4

《2009年2月》
1月末から2月前半は、旅行。ご報告済みでした。

◆お別れディナー
14日。いつもお世話になっていたご夫妻が西安を離れることに…。お別れディナーです。
食卓を囲んで全員でポーズ

2月23日から授業開始。それ以降今日まで、それなりにマジメに働いています…。

そこくへ…

野暮じゃない用事で、祖国へ戻ります。

今回お会いする方。
再会を心待ちにしております。

今回お会いできない方。
次回の再会を心待ちにしております。

にがっき4

2008-2009年度二学期が始まりました。西安での最終学期です。
45人×2クラス。ゼロから教えます。
張り切ってやっていきたいです。

さて。
今日は西安に雪が降りました。
この冬は「舞う」ことはあっても「降る」ことはなかったので、「初雪」な感じです。

■雪化粧@2009冬。
我が家より交大図書館校是

今日は、以上で。

2009冬の旅路9 総括編-ばんがい5

2月11日水曜日。
朝8時ごろ蘭州につきました。甘粛省の省都。ここも私は以前来たことがあります。

バスターミナルで聞くと、どうやら今いるのは「南ターミナル」。
西安行きバスは「東ターミナル」発らしいので、タクシーで赴きました。

東ターミナルで時刻表を見ていると、オバハンが執拗に寄ってきます。
西安に行きたいと告げると、

「じゃあ、すぐ出発だから、こっちへ来な。」

引っ張られながらも到着時間を聞くと、午後4時には西安に着くとのこと。
なおも引っ張られながら今度は値段を聞くと、「170元」だと言います。
さっき東ターミナルで見たときは、一番安いのは100元そこそこだったはず。
そこで「それは高い」と応酬すると、

「乗らないならいいよ!100元で乗れるバスなんかあるもんかい!」

ああ、嫌な感じのオバハンです。

気を取り直して、ターミナルのチケット売り場で聞いてみると…。
なんと「170元」とぞ宣ひけれ…。しかも寝台で翌朝着。
列車駅前のバスターミナルで聞いても、ほぼ同じ172元…。
列車も見ましたが、数日は立ち席すら無し…。

ということで、翌朝着の寝台バスチケットを購入しました。172元。
バスの出発は夕方6時30分。時間ができてしまいました。

そこで、「甘粛省博物館」に行ってみることにしました。
以前ご紹介した通り、武威(涼州)の多くの文物はこの博物館に所蔵されているのです。
しかも、公共の博物館は入場料無料!
さらに、甘粛省博物館はフラッシュをたかなければ写真撮りたい放題!

博物館は、大きく化石&恐竜、彩陶、そしてシルクロードの3つに分かれています。

■化石&恐竜コーナー
A恐竜&化石01_恐龍の脊髄A恐竜&化石02_鸚鵡嘴龍A恐竜&化石03_黄河古象A恐竜&化石04_ご○ぶ○!!!

左から、恐竜の脊髄、鸚鵡嘴竜、黄河古象。
最後は、今なお健在、みんな大好き、3.5億年前の「○き○り」です!

■彩陶コーナー
B彩陶1_仰韶早期_人頭形器口B彩陶2_半山期B彩陶3_馬厰期_彩陶王B彩陶4_斉家文化_小型化

彩陶とは、紋様のついた土器。
天然鉱物顔料を使用しており、高温を保持できる技術を有していたことの証です。

1枚目。7000-6000年前、仰韶文化早期のもの。口が人の顔になっています。
2枚目。4700-4300年前、半山期のもの。紅い紋様もあります。
3枚目。4300-4000年前、馬厰期のもの。目下最大の彩陶。「彩陶王」と呼ばれます。
4枚目。4200-3700年前、斉家文化期のもの。小型化し、「耳」付のものが増えてきます。

シルクロードは、いくつかに分けて。

■張騫
Cシルクロード01_張騫

前漢に西域を訪れシルクロードを切り拓いた、張騫の像です。

■銅奔馬
Cシルクロード02_銅奔馬Cシルクロード03_銅奔馬背後Cシルクロード04_銅奔馬面Cシルクロード05_銅奔馬脚

武威(涼州)で見た「雷台漢墓」出土の副葬品。モニュメントとは躍動感が違います!
ちなみに、鳥(燕)を足にしているように見えることから「馬踏飛燕」という名もあります。

■銅車馬出行儀仗隊
Cシルクロード06_銅車馬出行儀仗隊1Cシルクロード07_銅車馬出行儀仗隊2

同じく武威(涼州)の雷台漢墓出土の、青銅器版ミニミニ兵馬俑です。

■天梯山石窟の石像類
Cシルクロード08_天梯山一佛二菩薩
Cシルクロード09_彩塑供養菩薩像1Cシルクロード10_彩塑菩薩像1Cシルクロード11_彩塑脇侍菩薩1Cシルクロード12_彩塑脇侍菩薩2Cシルクロード13_彩塑菩薩像2Cシルクロード14_彩塑供養菩薩像2

やはり武威(涼州)の「天梯山石窟」から移送した石像類です。

■その他の文物
Cシルクロード15_四坝三狼彩陶鼎Cシルクロード16_十六国刺繍残片Cシルクロード17_唐三彩枕Cシルクロード18_西夏金字≪金光明経≫

今回の旅行で一番写真を撮ったのは、思いがけず立ち寄ったこの博物館でした。

そして、この街でも黄河に出逢いました。前回も訪れています。
2月1日に見た黄河の上流ですが、緯度が低いため凍ってはいません。

■黄河に架かる中山橋
蘭州_黄河を横たふ中山橋

夕刻、寝台バスに乗り込み、2月12日木曜日朝、無事西安へたどり着きました。

まとめ。

陝北で見た、雄大かつ苛酷な自然。
寧夏で沸き起こった、西夏王朝への憧憬。
河西走廊で感じた、シルクロードのロマン。
いずれもが胸に深く刻まれました。しみじみ、よかったです。

2009冬の旅路8 河西走廊編D-すなしゅう5

敦煌。前漢に置かれた河西四郡の西端です。
「沙州」とも呼ばれました。正しくは「すなしゅう」ではなく「さしゅう」と読みます…。

2月9日月曜日。
宿泊した飛天賓館が宿泊者を募ってツアーバスを出していたので、便乗することに。

まず向かったのは、「敦煌電影城」。前回も来ています。映画『敦煌』のロケ地です。

■敦煌電影城
敦煌01_敦煌電影城

続いて、「西千佛洞」。
前日赴いた「楡林窟」同様、敦煌石窟の一つです。

■西千佛洞外観
敦煌02_西千佛洞

以下、見学順に石窟の概略を記します。

・第3-4窟:唐。前室が3、後室が4。多くの説法図。回鶻の飛天。
・第5窟:北魏。中心塔柱窟。グレーに変色した、豊満な飛天。「・」「○」にしか見えない模様は、もと蓮花。
・第6窟:北周。中心塔柱窟。飛天が増える傾向。「小」字のような顔が、北周千佛画の特徴。
・第7窟:西魏。中心塔柱窟。三世佛。東壁面に「如意元年」の記載と供養人の肖像画。唐則天武后期のもの。
 西(奥)壁面に高麗の帽子を被った像。
・第9窟:北周。「小」字の千佛画。

次は、「陽関」。前回に引き続き。
漢武帝が匈奴防衛と貿易拠点として設置しました。

■漢武帝像と陽関に残る烽火台
敦煌03_陽関漢武帝像敦煌04_陽関烽火台

そして、「玉門関」。ここも昨年9月に訪れています。
漢武帝が設置した、シルクロード北ルートの拠点です。
新疆の有名な「和田玉」が必ずこの関を通ることから名づけられました。

「漢長城」。またまた再訪。漢代の長城跡です。

ツアー最後は「河倉城」。前漢に設置された軍事倉庫です。

■玉門関、漢長城、河倉城
敦煌05_玉門関敦煌06_漢長城敦煌07_河倉城

町へ戻ると、なにやら大賑わい。
この日はチャイニーズニューイヤー(春節)から15日目、元宵節のパレードです。
田舎では、この日までが「春節」。15連休ですね。

■元宵節のパレード
敦煌08_元宵節でにぎわう町1敦煌09_元宵節でにぎわう町2敦煌10_元宵節でにぎわう町3敦煌11_元宵節でにぎわう町4

この日はまだまだ観光。
ツアーとは別行動で、町の南5kmにある「鳴沙山」へ。
敦煌とシルクロードに欠かせない、砂漠と駱駝がここで体験できます。
私は前回来ていましたが、同僚さんは初。満喫してました!

■アソブオトコ。ハシャグオトコ。タソガレルオトコ。
敦煌12_鳴沙山で遊ぶ男敦煌13_鳴沙山ではしゃぐ男敦煌14_鳴沙山で黄昏る男

夜は、「沙州市場」というところで「馿肉砂鍋」を。美味!!!
店の写真を撮り忘れましたが、大通りのある北から入って広場を過ぎた左手にあるお店です。

■馿肉砂鍋
敦煌15_馿肉砂鍋

2月10日火曜日。
奇しくも、本旅行最後の観光地が最大の目的地「莫高窟」となりました。
前回も訪れていますが、二度目であっても素晴らしいものは素晴らしいです!

■莫高窟と「反弾琵琶」
敦煌16_莫高窟第454窟の外から敦煌17_莫高窟第285窟模型敦煌18_莫高窟九層楼敦煌19_町のシンボル-反弾琵琶

写真1枚目は、外から見える壁画。外からは撮影自由です。
写真2枚目は、「第285窟」。ただし、展覧室にある模型。撮影禁止と知らず、撮ってしまいました…。
写真3枚目が、「第96窟」を覆う九層楼です。
写真4枚目は、「第237窟」に描かれている「反弾琵琶」のモニュメント。敦煌の中心にあります。

またまた、見学した石窟の概要。

・第16-17窟:晩唐。一佛二弟子二菩薩。第17窟が、かの有名な「蔵経洞」。
・第328窟:初唐。南側菩薩像一体をアメリカ人ウォーナーが持ち去り、今はハーバード大所蔵。
・第427窟:隋。千佛画が描かれ、顔には金箔が貼られています。108体の飛天は帯が長く、スピード感があります。
・第428窟:北周。自分の血肉を喰らわせて空腹の虎を救う故事の絵。
・第259窟:北魏。北壁最東端の禅定佛は穏やかな微笑を湛え、「東方のモナリザ」と呼ばれています。
・第237窟:中唐755年。敦煌の象徴、「反弾琵琶」が描かれています。
・第96窟:初唐。九層楼の内部に35.5mの弥勒佛が座しています。
・第130窟:盛唐。25mの弥勒佛は南大佛と呼ばれます。
・第148窟:盛唐。15mの涅槃像。石窟は石棺をイメージしており、南北に長いです。
 奥に釈迦が最後に母に説教する様子が描かれていますが、これは儒教の影響。西域では見られないそうです。

これにて、今回の訪問予定地は全て回りました。

帰省ラッシュの影響で、西安行寝台列車のチケットが取れず、
しかたなく、午後2時発の寝台バスで蘭州を経由して帰路につきました。

次回は最終回。蘭州編です。

2009冬の旅路7 河西走廊編C-うりしゅう5

前回に引き続き、2月7日土曜日。夕刻。
瓜州(安西)の町に到着後、バスターミナル側に投宿しました。
ちなみに、タイトルは「うりしゅう」ですが、正しくは「かしゅう」です。

名前の通り、西瓜、メロン(哈密瓜)が有名な瓜州。
シーズンには500g3角(1角は1元の10分の1;日本円だと約5円)だとか。安っっっ!!!

ここで、武威で出会った上海の彼の情報に従い、
まず、翌日行く予定の「楡林窟」の所長さんに電話。
彼が訪れた時は春節期間で、石窟が開いていなかったそうです。
何度か電話してやっとつながり、開放していることを確認。一安心。

続いて、タクシーチャーター。
これまた友人の紹介してくれた「厚道」なドライバーさんです。
これもうまくつながり、車も無事押さえることができました。

2月8日日曜日。
約束の時間にドライバーさんがやってきました。
この辺は朝8時30分になってやっと明るくなる、という感じ。
途中山に昇った朝日は、黄沙と相俟って神秘的でした。

この日最初のスポットは「楡林窟」。
実は、僕が今回の旅行でひそかに楽しみにしていたところです。

敦煌石窟という場合、敦煌にある「莫高窟」を筆頭に、
この「楡林窟」、後に紹介する「西千佛洞」といった
敦煌(沙州)、瓜州(安西)にある石窟を指します。
特に「楡林窟」は、「莫高窟」では衰退期に入っていた西夏時代の石窟で有名です。

また、「唐僧取経」(三蔵法師、西域へ経典を取りに赴く)をテーマとした壁画もあり、
小説『西遊記』より300年も早く猿の姿の孫悟空が登場しています。

■楡林窟外観(※石窟内は、撮影禁止。)
瓜州01_楡林窟1瓜州02_楡林窟2

残念ながら、孫悟空はおろか、西夏時代の石窟さえ一つも見学できませんでした…。
自分の備忘録として、見学した石窟の概略を記します(見学順)。

・第12窟:五代(唐滅亡後、宋成立前)。説法図、天龍八部図、回鶻文が残されている。
・第14窟:宋代。菩薩が四体あるため、中央の像は阿弥陀佛とも釈迦牟尼とも言われる。
・第15窟:前室は宋代、後室は唐代。後室に北国、南国天王像。後室に、釈迦牟尼像。
・第16窟:五代。舎利佛と労度叉の闘術の壁画。甬道西側に供養人曹議金の肖像画。他、説法図、天龍八部図。
・第19窟:五代。供養人は曹議金の三男、元忠。肖像画あり。六道輪廻図。
・第6窟:唐。壁画は宋代。24.7mの大佛は清代に改築。布袋像もある。

続いて、「鎖陽城」。
漢代に建設され、唐の時代に隆盛を誇った、古代軍事拠点且つ灌漑施設です。

■鎖陽城
瓜州03_鎖陽関-瓮城
瓜州04_鎖陽関-塔爾寺瓜州05_鎖陽関-全景瓜州06_鎖陽関-擂台瓜州07_鎖陽城-薛仁貴像

1枚目の写真は「瓮城」。
門が二つ用意されており、敵が一つ目の門をくぐったところで門を閉じ、閉じ込めるもの。
三蔵法師玄奘は、この門を出て西域へ赴いたとされています。

2枚目の写真は「塔爾寺」。城の北東にあります。
三蔵法師玄奘がここを訪れ、仏法を説いたと言われています。

最後の写真は「薛仁貴像」。
唐代、薛仁貴はこの地で「鎖陽」を食べて飢えをしのぎ、西国と戦いました。
それに由来して、以後「鎖陽城」と呼ばれるようになったそうです。
ちなみに「鎖陽」は「東北の人参、西北の鎖陽」と呼ばれる漢方のようなものです。

その後、タクシーでバスターミナルへ。着くと、午後3時前。
敦煌行きのバスの発車間際でした。そのまま乗り込み、1時間ほどでついに敦煌へ。
同僚さんは初の来訪、私は再訪です。

思いの外長文となってしまったので、敦煌編は次回に。

2009冬の旅路6 河西走廊編B-かんしゅう5

2月6日金曜日。
朝、武威から張掖(甘州)へバス移動。
夜には酒泉(粛州)を通り越して嘉峪関まで行くので、この日はハードスケジュールでした。

到着後市内をぶらついていると見えてきたのは「鎮遠楼」。
「鼓楼」と「鐘楼」が一つになっている、明創建、清再建の楼です。

■鎮遠楼
張掖01_鎮遠楼

昼食後、「木塔」へ。
北周の創建ですが、現在のものは清に暴風で壊れた後、民国に再建されたものです。

■木塔
張掖02_木塔

お次は、西夏創建の「大佛寺」。
かのマルコ・ポーロがこの寺に魅了され、1年逗留したと言われています。
また、フビライ・ハンがこの寺で生まれたとされていますが、定かではないようです。

参道の横断幕から見ると、どうやら世界遺産登録の「申請」に成功した模様です。

■おめでとうございます!!!
張掖03_大佛寺、世界遺産へ!

寺は、涅槃佛の臥する大佛殿、仏教芸術陳列展、仏教経籍陳列展、土塔などの見所があります。
34.5mある涅槃佛は脇に二体の像、後方に十大弟子、少し離れて十八羅漢を従えており、壮観です。
陳列展もそれぞれ見ごたえがあります。

■大佛寺
張掖04_大佛寺正殿張掖05_大佛寺涅槃佛張掖06_大佛寺涅槃佛の御顔張掖07_大佛寺土塔

また、奥には「山西会館」と呼ばれる建物も残されています。
山西省から来た参拝者専用の施設だそうです。山西省、なかなかやります。

■山西会館
張掖08_大佛寺山西会館

続いては、「西来寺」。唐代創建、明代再建です。
唐代の壁画、塑像が多く残されていましたが、文革期にほぼ全て破壊されました…。

■西来寺
張掖09_西来寺

ここで、ちょうど時間となりました。
町では、こんな遊びをしておりました。
洗面器を飛ばして、かぶさったものをもらえる、というルールのようです。

■赤い洗面器…
張掖10_遊ぶ阿呆にみる阿呆

この町は何となくおっとりしていて、人々の歩く速度もゆったり。
のんびりした京都郊外出身の同僚さんお気に入りの町でした。

そんな張掖を去り、嘉峪関を目指します。
夕方5時30分発予定のバスが、1時間後にようやく発車。
しかもラッシュアワーなのか、やたら停まってくれます…。
嘉峪関へは夜10時過ぎにようやく到着しました。

2月7日土曜日。
朝9時、バスターミナルで次の予定地瓜州(安西)行きバスのチケットを購入。
出発は午後2時30分。約5時間、嘉峪関を観光です。

まずは路線バスで「嘉峪関」へ。

嘉峪関は、明朝の長城の西端。この時代は、ここを越えれば「西域」でした。
1524年に嘉峪関が閉鎖され、敦煌は忘却の地となりました。
大航海時代の幕開けに伴うシルクロードの意義低下、
そして明朝の衰退が招いた必然の結果でした。
寒空の下、そんな歴史に思いを馳せました。

■嘉峪関
嘉峪関01_柔遠楼嘉峪関02_嘉峪関楼嘉峪関03_嘉峪関楼と光化楼

続いて、チケット売り場前にいたタクシーをチャーターして長城めぐりへ。

最初に、「懸壁長城」。
先の嘉峪関から北に伸びる長城の防御を強固なものとするため、
黒山山麓に築かれたものです。
しかし、近年新たに修復されて本来の姿はすっかり失われ、
単にキツイ階段を登っているだけという感じでした。

■懸壁長城
嘉峪関04_懸壁長城嘉峪関05_懸壁長城からの眺め

次は、「長城第一噋」。
嘉峪関から南に伸びた長城が過頼河とぶつかったところにある、
明代長城のまさに終着点です。
こちらは、第一噋の雄々しさと峡谷の険しさが融合した壮大な景色でした。

■長城第一噋
嘉峪関06_長城第一噋嘉峪関07_討頼河から望む
この後、市内へ戻り、昼食を食べ、瓜州へ向かいました。

次回は、河西走廊編第三回、敦煌です。

2009冬の旅路5 河西走廊編A-りょうしゅう5

タイトルにある「河西走廊」とは、北を長城、南を祁連山等の山脈に挟まれた、
黄河の西に位置する「シルクロード」を指します。西域への入口です。

紀元前121年匈奴を打ち負かした漢武帝は、まず武威(涼州)と酒泉(粛州)に、
続いて張掖(甘州)と敦煌(沙州)に郡を置き、これらの地を漢の版図としました。
同時期に「シルクロード」を通じた西域との交易も盛んになったわけです。

2月4日水曜日。
銀川を離れ、河西走廊の東端、武威に入りました。
この町の見所は、「馬」「碑」「寺」「窟」「塔」「廟」に集約されます(「百度百科」より)。

まずは、「廟」-文廟へ。
明創建の廟で、儒学院、孔子廟、文昌宮からなります。

■文廟-孔子廟、文昌宮
武威01_文廟孔子廟武威02_文廟文昌宮
次は、「碑」-西夏碑のある西夏博物館へ。
ここは、文廟の目の前にあり、チケットもセットになっています。
「西夏碑」は表裏に漢文、西夏文が書かれており、西夏文研究に寄与しています。
ツクリモノが、先にご紹介した銀川の西夏博物館に置かれています。
撮影禁止なので、写真はありません…。

この西夏博物館で、上海師範大学の学生に出会いました。
彼は僕らとは逆に河西走廊を西から東へ旅していました。
翌日は、彼とともに「窟」-天梯山石窟へ行く約束をしました。

■上海の彼。
武威03_上海の彼

さて、続いて文廟の北にある「大雲寺」へ。
ここは363年に宮殿から寺に建て替えられ、元により一度は壊滅的被害を被るものの、
1383年、日本の沙門志満が修復に当たったそうです。

そういえば、西夏博物館で案内のおばちゃんや見学に来ていたおっちゃんがこう言っていました。

「大雲寺は○○○○っていう日本人が再建したんだよ!」

けれども、何度聞いても名前がどうしても聞き取れません。
てっきり有名な僧侶だとばかり思っていたのですが、寺で説明板を見てびっくり!
「沙門志満」。
そりゃ聞き取れないわけです。日本では誰も知らないような僧侶なんですから…。
でも、そんな僧侶の献身が未だにこの地で語り継がれていることに驚愕と、そして敬意。

■大雲寺
武威04_大雲寺鐘楼武威05_大雲寺の鐘武威06_大雲寺で拝む人々

次に訪れたのは、「塔」-羅什寺塔。
中国で仏教経典の三大翻訳家の一人と称される鳩摩羅什を記念して建立されました。

■羅什寺と羅什寺塔
武威07_羅什寺武威08_羅什寺塔

この日最後は、「雷台漢墓」。
「馬」-銅奔馬が出土した場所です。

東漢の時代、ここに張某の墓が作られましたが、いつしか忘れ去られ、
明の時代に陵墓の上に雷台が建てられました。
1969年、防空壕を発掘していた現地住民により漢墓が発見されました。

■雷台漢墓
武威09_雷台漢墓広場武威10_雷台漢墓武威11_雷台武威12_雷台漢墓入口

ここからは、多くの副葬品が出土していますが、全て蘭州の甘粛省博物館に収蔵されており、
この地で本物を目にすることはできません。
しかし、町の中心に位置する広場に、武威のシンボルとして飾られています。

■武威のシンボル
武威13_武威のシンボル武威14_武威のシンボル-拡大

2月5日木曜日。
朝7時30分すぎに広場の「馬」の前で上海の彼と待ち合わせ。
タクシーをチャーターして郊外へ出かけます。

まずは、「寺」-百塔寺。チベット仏教のお寺です。
塔は近年再建されたもので、土台部分のみ元代のものが残されています。

■百塔寺
武威15_百塔寺武威16_百塔寺霊骨塔遺跡

つづいて、「窟」-天梯山石窟。南北朝時代に開窟されました。
1959年、ダム建設のためほとんどが蘭州の甘粛省博物館に移送されましたが、
唐代の大佛、明代の壁画は残されています。
近年大幅に修復されましたが、その姿は当時の面影を今に伝えています。

■ダムと天梯山石窟
武威17_黄羊河ダム武威18_天梯山石窟大佛

市内へ戻るタクシーでは、上海の彼が中国の歴史について「講義」してくれました。
僕らが今後行く予定の場所についての耳寄り情報も提供してもらい、助かりました。
この場を借りて、ありがとう!!!

市内へ戻って、午後は町の北にある「海蔵寺」へ。ここもチベット仏教のお寺です。

■海蔵寺
武威19_海蔵寺走馬板武威20_海蔵寺大殿

この日は昼、夜とも「涼州市場」にある四川料理屋にて。
夜行くと、昼来たことを覚えていたのか、漬物らしきものをサービスしてくれました。
さらに、頼んだメニューがなかったからと、海苔スープもサービス。
どちらも見た目以上にうまく、得した気分でした。

■サービス満点の四川料理屋。
武威21_サービス旺盛な店武威22_サービス1武威23_サービス2武威24_お食事

武威は、以上。次回は、河西走廊第2部、張掖&嘉峪関です。

2009冬の旅路4 寧夏編-ぎんせん5

2009冬の旅路、今回は寧夏編、銀川です。

2月2日月曜日。
3日間滞在した楡林を離れ、バスで5時間かけて銀川へ。
ここは寧夏回族自治区の省都。かつての「西夏国」の都でもあります。
私、中国の自治区入りは初です。

まずはバスターミナルのそばに宿を決めて、いざ市内観光!

最初に訪れたのは、承天寺塔。
町の西にある塔なので、俗に「西塔」と呼ばれます。
西夏の建国者李元旻の死後、皇太后が李家の繁栄を願い創建したそうです。
現在の塔は1820年に再建されたものです。

■承天寺塔-西塔
寧夏01_承天寺塔-西塔

なお、以前敷地内にあった寧夏博物館は、市の西へ移転していました。

続いて、海宝塔寺。こちらは「北塔」と呼ばれます。
南側には湖があって、凍っていました。

■海宝塔の南にある海宝公園
寧夏02-1_海宝公園1寧夏02-2_海宝公園2寧夏03-1_公園で遊ぶ人々寧夏03-2_公園で遊ぶ人々

乙なスケートです…。どういう発想でしょうかねえ…。

この寺は塔から名前を取っていますので、「海宝寺塔」ではなく「海宝塔寺」です。
寺の創建年は不詳ですが、407年に「再建」したという記述は残されているそうです。

■海宝塔と海宝塔寺
寧夏04-1_海宝塔-北塔
寧夏04-2_海宝塔寺

回族というだけに、イスラム寺院も多くあります。

■北関清真寺と南関清真寺
寧夏05_北関清真寺1寧夏06_北関清真寺2寧夏07_南関清真寺

最初の2枚は北関清真寺。入口は店に紛れてます…。

2月3日火曜日。
この日は車をチャーターして、ガイド付で郊外観光へ出かけました。
ガイド、運転手とも回族の方でした。

さて。
西夏は1038年、党項の李元旻が現在の中国寧夏および甘粛に建国した
少数民族による王朝です。1227年元に滅ぼされるまで約200年歴史に名を刻みました。

車で、ガイドがこんなことを言いました。

「西夏の末裔は日本にいる。だから日本人は西夏文明に興味があるんだ。」

ネットで調べると、日本では関連記載は見当たりませんでしたが、
中国の個人サイトではそんな記述を見かけました。

また、西夏研究は、ロシア、日本が中国に先んじているそうです。
さらに、寧夏回族自治区を訪れる外国人観光客数では、
日本人が他を圧倒しています。
(2005年:日本人2106人/全体6641人、2006年:2121人/7847人。)

濃い霧の中辿り着いた西夏王陵にある博物館を回りながら、
本当に自分の祖先なのではないかという幻想を抱いてしまいました。

■濃霧の西夏王陵と博物館の展示
寧夏08_霧の西夏王陵寧夏09_西夏王陵-李元旻墓寧夏10_女像石座寧夏11_妙音鳥

一番右の写真。西夏文字で「大白高国」書かれています。西夏建国当時の国号です。
二枚目は、王陵。「東方のピラミッド」と呼ばれているようですが、
本来、土は瓦で覆われて、周囲にも壁があったそうです。
石像は、女性の裸体。上に石碑を乗せるための土台とされています。
鳥像は、「妙音鳥」。インド神話および仏教伝説上の、人と鳥との結合物です。

王陵では、なぜかコヤツに付きまとわれました。
食べ物も何も持ってなかったんですけどね…。

■コヤツ
寧夏12_なぜか犬

続いて、賀蘭山岩画へ。

■山の入口にある拝寺口双塔
寧夏14_双塔

■賀蘭山岩画
寧夏15_賀蘭山寧夏16_賀蘭山岩画-西夏文字
寧夏17-01_賀蘭山岩画寧夏17-02_賀蘭山岩画寧夏17-03_賀蘭山岩画寧夏17-04_賀蘭山岩画
寧夏17-05_賀蘭山岩画寧夏17-06_賀蘭山岩画寧夏17-07_賀蘭山岩画寧夏17-08_賀蘭山岩画
寧夏17-09_賀蘭山岩画寧夏17-10_賀蘭山岩画寧夏17-11_賀蘭山岩画寧夏17-12_賀蘭山岩画
寧夏17-13_賀蘭山岩画寧夏17-14_賀蘭山岩画寧夏17-15_賀蘭山岩画寧夏17-16_賀蘭山岩画

岩画は、3000年から10000年前のもので、当時の文化を教えてくれます。
2枚目。ここにも西夏文字が登場。「能昌盛正法」と書かれています。
あとの絵は…。皆さんの想像にお任せします!

最後に、鎮北堡西部影城。
1961年、もともと明朝、清朝の兵隊の駐屯地であったこの地を
作家の張賢亮が小説『緑化村』で取り上げ、さらに1980年代に彼が映画界へ紹介。
張藝謀の『紅いコーリャン』のロケ地となり、一躍有名となりました。

■鎮北堡西部影城
寧夏18_鎮北堡西部影城寧夏19_鎮北堡西部影城_文革寧夏20_闘鶏寧夏21_鎮北堡西部影城_鳥の巣

3枚目の写真。なぜかここで闘鶏です。「予想」もできます。当たれば「賞金」も出ます!!!
最後の写真。なぜかここに北京五輪の競技場、「鳥巣」のニセモノがあります…。
ガイドによると、去年はここに客がごぞって押しかけて写真を撮ったとか…。

ニセモノと言えば…。
バスターミナルの脇、南門はこんなつくりになっております。

■夜の銀川と、昼の北京
寧夏22-1_天安門広場_エセ寧夏22-2_天安門広場_本物

そう、天安門広場のニセモノ。これが、自治区の現実です…。

次回から、シルクロードに入ります。

2009冬の旅路3 陝北編B-さいはて5

2009冬の旅路、今回は陝北編B、楡林。陝西省最北の地です。

1月30日金曜日。延安から楡林へ移動しました。
バス停に着くと、僕の学生が出迎えてくれました。
楡林初日は、すべて彼らが案内し、面倒を見てくれました。
ありがとう!!!!!!!

■学生たち
陝北12_楡林_学生とパチリ

まずは「楡林古城」を散策。

■楡林古城
陝北13_楡林_民国の鐘楼陝北14_楡林_千佛楼

文革で殆どすべての建築物が破壊され、今は修復されたものばかりです。
それでも、古の雰囲気がよく残されています。
町の東側は小高くなっており、そこを上るとこんな風景も残されています。

■裏へ入ると…
陝北15_楡林_裏へ入ると…

次は、町の北にある紅石峡へ。
明時代の碑に「宋元古刹」と記された、千年の歴史を持つ碑と石窟の名勝です。

■紅石峡
陝北16_楡林_紅石峡1陝北17_楡林_紅石峡2

紅石峡そばには、明に建てられた「鎮北台」へ。
明朝の長城における西北地方の重要な軍事要塞でした。

■鎮北台
陝北18_楡林_鎮北台1陝北19_楡林_鎮北台2

初日の観光は、以上。
この日は学生の案内で昼夜ともうまい陝北料理をいただきました。

■陝北料理
陝北20_楡林_陝北料理1陝北21_楡林_陝北料理2陝北22_楡林_陝北料理3陝北23_楡林_陝北料理4

旅先ではなかなかうまい食事にありつけないものですが、
楡林宿泊の3日間は、彼ら紹介のレストランでうまいものを食べられました。
ほとんど全ての料理にじゃがいもが使われています。

1月31日土曜日。楡林2日目。
バスで楡林から南へ80km程の「米脂」という農村へ。
狭いのにどんどん人が乗り込んできて、もう大混雑です…。

■バスの中
陝北24_楡林(米脂)_行きのバスの中

米脂からタクシーをチャーターして「姜氏庄園」へ。
途中、こんな危ない光景を目にしました…。

■あぶないあぶない
陝北25_楡林(米脂)_行きのタクシーから陝北25-2_楡林(米脂)_行きのタクシーから

姜氏荘園は、窑洞を基調に建てられた清時代の荘園です。
写真の通り、屋根等が改築されて緑やらグレーやら、場所にそぐわぬ色が目につきます…。

■姜氏庄園
陝北26_楡林(米脂)_姜氏庄園1陝北27_楡林(米脂)_姜氏庄園2

米脂の町へ戻って、今度は「李自成行宮」へ。
李自成は農民蜂起を領袖として明朝を滅ぼした米脂の誇る英雄です。

■李自成行宮とそこから見る窑洞
陝北28_楡林(米脂)_李自成行宮陝北29_楡林(米脂)_李自成行宮から見る窑洞

町には昔ながらの四合院も多く残っていました。

■北大街に残る町並み
陝北30_楡林(米脂)_北大街1陝北31_楡林(米脂)_北大街2

この旅で、僕は常に「エセ一眼」を首からさげていたのですが、
町の子供たちはそんな僕に興味津津。いろいろ話しかけてきました。
でも、カメラを向けると…。

■町の子供たち
陝北32_楡林(米脂)_カメラに興味津津

本当に素朴で純粋です。

2月1日日曜日。楡林3日目。
またまたバスで楡林の東にある「佳県」へ。

■香炉寺と黄河
陝北33_楡林(佳県)_香炉寺と黄河1陝北34_楡林(佳県)_香炉寺と黄河2

下を流れるのは、母なる河、黄河。まだ凍っています。
その手前に見えるのは、明時代建築の香炉寺。黄河の向岸は山西省です。

国共内戦の最中、毛沢東がここを訪れています。

■毛主席直筆の碑
陝北35_楡林(佳県)_毛主席の足跡

また、中学校の中に、何とも古めかしい塔が建っていたりもします。

■中学にそびえる塔
陝北36_楡林(佳県)_中学に聳える塔

町の南にある明創建の「白雲寺」は、道教の聖地。
春節後間もないこともあり、参拝客で大賑わいでした。

■白雲寺
陝北37_楡林(佳県)_白雲寺

白雲寺からの帰り道、佳県を一望できるスポットに立ち寄りました。

■壮大な眺めと、なぞのモニュメント
陝北38_楡林(佳県)_佳県の町と黄河陝北39_楡林(佳県)_これは何でしょう

このモニュメント、何をモチーフにしているかわかりますか?佳県の名産です。

陝北編は、以上。次回は、寧夏編。

2009冬の旅路2 陝北編A-えんあん5

2009冬の旅路、今回は陝北編A、延安です。

出発は、1月28日水曜日。
西安から汽車に乗り込み、揺られること4時間。
革命の聖地、延安に到着です。

この付近はいわゆる「黄色い大地」で、水の少ない乾燥地帯です。
植物も育たず、もちろん木もないため、陝北の人々は「窑洞」と呼ばれる
山に穴を掘って作られた住居で生活していました。

■窑洞
陝北01_延安_延安大学窑洞陝北02_延安_石窑賓館窑洞

左は延安大学にある窑洞、右は僕らが宿泊した旅館です。
いずれも窑洞としては最大規模のものです。

旅館のそばでは「秧歌」という、北方の農村でよく見られる踊りを目にしました。

■秧歌
陝北03_延安_秧歌でお出迎え

延安は山と川に挟まれた町です。
町の中心に位置する「清涼山」に登ってみました。
ここは、中国で最もメジャーな本屋である「新華書店」の発祥地です。

■清涼山
陝北04_延安_清涼山陝北05_延安_新華書店発祥の地

道すがら食べたお菓子、美味でした!

■延安の美食!
陝北06_延安_延安美食1陝北07_延安_延安美食2

翌1月29日木曜日。
バスを乗り継いで鐘山石窟(石宮寺)へ足を運びました。

東晋の頃に建てられた石窟で、「中国最古の石窟群」「第二の敦煌」と呼ばれ、
その芸術的価値は「西洋のヴィーナス」に相当する…そうです。
この表現、若干大げさなきらいはありますが、いや、しかし見事でした。

■鐘山石窟
陝北08_鐘山石窟_山門陝北09_鐘山石窟_本堂陝北10_鐘山石窟_裏山にある塔

石窟から子長という町まで戻ってくると、陝北民謡に出会いました。

■陝北民謡
陝北11_子長_陝北民謡

バスは客引きしながら進むので、普通に走れば片道2時間のところ、3時間要します…。
ということで、この日は鐘山石窟だけの観光でした…。

次回は、陝北編B、楡林です。

2009冬の旅路1 概要編-がいよう4

先日、2週間にわたる旅行から戻ってきました。
カメラを盗られてもめげません。懲りません。

ということで、昨年10月以降書かなければならない記事がたまりにたまっていますが、
まずは今回の旅行からご報告させていただきます。

概要。

【期間】2009年1月28日(水)朝〜2月12日(木)朝。約15日間。
【同行者】一名。
【総費用】約5000元。
【ルート】以下。

■その一、陝北の旅。
西安から北へ約200km、延安。
延安から北へ約350km、楡林。

■その二、寧夏の旅。
楡林から西へ約450km、銀川。

■その三、河西走廊の旅。
銀川から西へ約600km、武威(涼州)。
武威から西へ約250km、張掖(甘州)。
張掖から西へ約250km、嘉峪関。
嘉峪関から西へ約250km、瓜州(安西)。
瓜州から西へ約120km、敦煌(沙州)。
敦煌から東へ約1100km、蘭州、
蘭州から東へ約650km、西安。

今日は、旅先で出会った標語類をいくつかご紹介します。
わたしの拙い中国語で解釈したものですから、誤訳、誤解等があるかと思います。
ご意見のある方は、ぜひコメントでご指摘ください。

まずは、明るいものから。

■如意☆福、吉祥☆福
標語類01_☆福!

中国語では、「☆」(星)と、幸福の「幸」の音が同じなので、絵で文字っているわけです。

■決められた屠殺場でさばいて、みんなが安心して食べられる肉を提供しよう!
標語類02_肉をさばく時は。

肉の衛生管理ですね。標語だけでなく、ぜひ行動で示してほしいものです…。

■生活の安定も遠大な計画も、基本は教育。
標語類03_教育が基本。

村では、教育に関する標語を本当によく目にします。

そして、一人っ子政策の陰を示す標語を3つ。

■男の子でも女の子でも、出産は自然に任せよう!
標語類04_男の子でも、女の子でも。

■非合法に胎児の性別判定をし、性別によって中絶する行為、厳格に取り締まり
標語類05_性別判断はご法度。
標語類05_性別判断はご法度。(入力版)

■「一人っ子証」のある家庭、「絶産」した家庭の子供、入試で10点上乗せ
標語類06_入試で10点プレゼント。

「二女」の意味がちょっとわかりませんでした…。
「絶産」とは、子供ができないように手術することです…。

旅の詳細は、次回以降に。

ちきしゅー!

みなさま。

大変遅くなりましたが、新年明けましておめでとうございます。
昨年は大変お世話になりました。
本年もまたよろしくお願いいたします。

…と、挨拶はそこそこに。

学校の冬休みを利用して上海市、貴州省へ旅行へ行きました。

…カメラ、盗まれました!!!

■在りし日のキ○ノン君
在りし日のキ○ノン君

バスで移動中、一番後ろ、進行向かって右端に、リュックを抱えて座っていたのですが、
ダウンをざっくり切られ、持って行かれていました…。
貴州省は田舎でまた方言が強く、自分が降りるところばかり気にして
外だけを眺めていたのが仇になりました…。

事の顛末。

まず、盗難に遭ったバスに乗る前、違うバスに乗っていたのですが、
そこで懐からカメラを出して風景を撮っていたんです。
今思うと、スリ君は、ここから目をつけていたように思います…。

そして、乗り換え。
いかにも外地から来た旅行者、という格好でバス乗り場をうろうろ。
そして、やっと目的のバスを見つけ、懐から財布を出して
6元で切符を買ってバスに乗り込みました。
もしかしたら、スリはこの様子を見ていたのかもしれません。
隣に座ってきたのは初老の老人。ちょっと臭う…。

バスに乗ってすぐ。
バス乗り場の外から一人の男が乗り込んできました。
紺に青のラインが入ったジャケットを着ていました。
ちらっと、彼が持っていたチケットが見えました。5元。僕のチケットは6元。
ということで、僕が降りるのは彼より後だな、と思って見ていました。

しばらくして、ちょっと大きめの町へ。
ここで、初老の老人は下車。
続いて、紺のジャケットの男が僕の隣に座りました。
町を抜け切ったあたりで、僕の前に座っていた女の子が、窓を開けました。

その時。

白い羽毛が舞いました。

「おい、早く窓を閉めろ!早く!」

紺のジャケットの男と、その隣にいたもう一人の男が怒鳴るように女の子に言い放ちました。
女の子は驚いて、窓を閉めました…。

すると、隣にいた2人の男は、すぐバスを降りました。
彼が5元、僕が6元。僕の目的地ももうすぐのはずだ。
そう思って、ずっと外を気にしていました。

その後大き目の町を抜けて、3つ目の町が僕の目的地でした。

バスを降り、目的の少数民族の村へ向かって歩き出しました。
見ると低い山に囲まれた、日本ではお目にかかれないような風景が広がっています。

そうだ、写真を撮ろう。
そして、何の気なしにダウンの左の外ポケットに手を入れました。

その時。

白い羽毛が舞いました。

おや、どこかで見た風景だな。
…そう思うが早いか、僕はパニック状態に陥りました。

ダウンの左の外ポケットが切れている。いや、切られている!
よく見ると、内ポケットにまで穴が空いている!

完全にやられました…。
内ポケットなら大丈夫と、財布、携帯、カメラの「三種の神器」はそこに入れていたのですが…。
バッグを抱えて外に夢中になっているあいだに、左外ポケットを開けられ、中を切られ、さらに内ポケットまで…。
でも、全く気づきませんでした。

あの男を気にしていたのに、何で気づかなかったのか…。
あの羽毛が舞ったときに、何で気づかなかったのか…。
全ては後の祭りです…。

■ダウンの惨状…
ダウン外ポケットの傷跡内ポケットの傷口

左の外ポケットは、開けると羽毛がいっぱい飛び出してきます…。
この冬はこのダウンで乗り切りたいので、この冬いっぱい「開かずのチャック」にします…。

ということで、近くの公安に届け出ました。
盗みでも働いたのか、オバハンが地べたにはいつくばって、おまわりさんに蹴られていました…。
でも、公安の僕への対応は、なかなか親切でした。
保険に入っていたので、カメラの分はお金が戻ってくるはずです。
問題は、ダウン…。お気に入りだったのに…。

■被害届
被害届

でも、中国では旧正月(春節)が新年の始まり。
古い年に悪いことを置いてきた、と前向きに考えています。

以上、2009年最初のご報告でした。

ツイテル…1

ご無沙汰しております。みなさま、いかがお過ごしですか?

さて、書きたいことは山のようにあるのですが、
まず今日起こった「ツイテル」出来事についてご報告したいと思います。

朝。
鍵を部屋に置き忘れたまま、出かけてしまいました…。
鍵は帰宅後、普段ならテーブルの上のカゴに入れるのですが、
昨日の夜に限って、ベッドの脇に置いてしまい…。
朝「絶対忘れないようにしないと…」と思っていたのに、
それなのに、忘れてしまいました。

我が家は、扉を閉めると勝手に鍵がかかる仕組みになっています。
まあ、アパートの1階にいる管理人に言えば開けてくれるだろうと、
軽く考えていたのですが…。

夕刻。
1階の管理人室に直行。すると、冷たくこう一言。

「ここには鍵なんてないよ。借主に連絡しな。」

続いて、借主に連絡。すると、メンドウくさそうに。

「鍵はあんたに全部預けてあるよ。ああ、やっかいだよ、こりゃ。大学の事務の先生に相談しな。」

そして、大学の事務の先生に電話。すると、今度は。

「“114”に電話して“開鎖公司”につないでもらって、開けてもらいな。」

“114”というのは、日本の104みたいなもんです。
“開鎖公司”というのは、鍵を開ける会社。一応、公安局直下です。

ということで、114に電話して、“開鎖公司”につないでもらって、
鍵開け職人の兄ちゃんに来てもらいました。
電話のやり取りを含めて、30分くらいで来てくれました。

■領収証
領収証

100元(約1,500円)也…。

=============================================================================

束の間の安息…。

悪夢は中国で孤軍奮闘するわたしめに、なお容赦なく襲いかかってきます。

今日はオフィスに自分のノートPCを持って行って仕事したのですが、
帰るときにマウスをオフィスに置き忘れてしまったのでした…。

まあ、ここで普通のノートPCなら、
マウスがなくてもパネルでサクサク問題なく操作できるのでしょうが、
わたしめのブツは、買ったときからとにかく調子が悪く、
最初こそ順調に動いていましたが、
10分ともたずにポインタが動かなくなってしまいました。
かと言って、寒空の下、往復40分かかるオフィスにマウスを取りに行く気にもなれず…。

…で。
ホント、これはわたしめの問題なのですが、イラっとした訳なんですね。
この状況に。このダメダメPCに。そして、このついてないっぷりに。
そして、つい、手が出たわけです…。

■挙句。
あれっ…なんと…

…絶句。

何か「ツイテル」としか思えません…。

こっけい5

国慶節の連休にあったイベントを、まとめて。

9月28日日曜日。国慶節の連休前夜。
日本語学科の先生と、大雁塔そばへインドカレーを食べに行きました。
領収書くじ、当たりました!

■本格派カレーと、5元のおまけ。
0928-01_本格派カレー0928-02_あたり〜!

■帰りに寄った大雁塔でパチリ!
0928-03_大雁塔をバックに

9月29日月曜日は、「さんさく」をご参照ください。

9月30日火曜日は、「そつぎょう」をご参照ください。

10月1日水曜日。
友達の友達と、東大街でランチ。以上!

10月2日木曜日。
日本語学科の先生と、市内散策。

まず、大雁塔へ。

■アジア一の噴水!
1002-01_大雁塔大噴水011002-02_大雁塔大噴水02
1002-03_大雁塔大噴水031002-04_大雁塔大噴水04

大雁塔前の噴水は、「アジア一」だそうです。
なにがどう「アジア一」なのかはわかりませんが、なかなかすごかったです。

続いて、ショッピング。小寨へ。

■小寨
1002-05_小寨011002-06_小寨02

小さいお店が所狭しと犇いています。写真でわかりますか?
わたしは、こんな鞄を買いました。

■ア○ム!25元也。
1002-06_小寨03_ア○ム!

夜は、火鍋。
渋谷や新宿にもある「小肥羊」という店です。
有名店だけあって、うまかったです!

■小肥羊の火鍋
1002-07_小肥羊

10月3日金曜日。
午前中は、陝西省弁論大会に向けての練習にお邪魔しました。
その後、学生たちと、北大街のイタリア料理店「COLABO」へ。

■「COLABO」のお料理の数々
1003-01_COLABOランチ01_前菜1003-02_COLABOランチ02_ピザ
1003-03_COLABOランチ03_パスタ1003-04_COLABOランチ04_デザート

このお店は、日本の方がオーナーをされています。
とてもおいしいです。おススメです!!!

その後、店の隣にある「日本語資料室」へ。

夜は、再び「COLABO」突撃!
お酒が入った私は、例の如くスリープモードへ…。

さらに、交大南門の串焼肉店へ。
すみません。わたし、ヘロヘロでした…。

10月4日土曜日。
ソフトウェア学院の学生と、遊びに行きました!
自分の学生と遊びに行くのは初めてでした。

ゲームセンターへ行き、カラオケへ行き、火鍋を食べました。
がっつり遊びました。

■みんなで、はい、ポーズ!
1004-01_合影

10月5日日曜日。
ただで受けられる、ということで、
「商務漢語考試(Business Chinese Test)を受験。
しかも、こんなプレゼントまで頂戴しました。
あまり知られていないのでPR活動中なのでしょう。

■参加賞?
1005-01_参加賞

あまりに天気がよかったので、大雁塔へ寄って写真をパチリ。

■青空と大雁塔
1005-02_青空の大雁塔

午後は、会議でした。

今更ではありますが、振り返ってみると、なかなか充実した連休でした。

そつぎょう5

9月30日火曜日。
日本企業へ実習に行く修士2人への、家庭教師最終日。

トータル40時間の予定が、結局50時間ほど教えました。
途中、私の日本帰国と旅行により1か月中断させてしまったのが、
申し訳なく、かつ残念でしたが、最後まで真面目に取り組んでくれました。

この日は、午後2時から6時まで、4時間授業!
その後、学生が「御礼」におごってくれるというので、
大学そばの「竹園村」という火鍋に行きました。

■竹園村の火鍋
竹園村01_嫩肉入ってます竹園村02_コラーゲンな豚蹄竹園村03_嫩肉

噂でうまいとは聞いていたのですが、本当にうまかったです!
特に、ハート形の「嫩肉」は、絶品!!!
ミンチ状の肉を親指大の大きさにして鍋に入れるのですが、
やわらかく、味がしみ込んでいて、舌がとろけそうでした!

隣では、麺の「演舞」もしていました。

■麺が舞う!!!
竹園村04_長寿面

お誕生日に食べるそうです。
噛み切らずに食べる習わしなんだとか。

2人はあまり飲まないのに、今日はお付き合いして飲んでくれました。
いい学生と巡り合えて、幸せでした。

■3人のショット。
卒業写真

ありがとう!
日本での活躍、そして今後の人生での幸福を祈っています!

さんさく5

9月29日月曜日。
国慶節7連休の第一日目は、新しく交大にいらっしゃった先生と
西安の城壁内を散策しました。
いちおう私が案内役なのですが、どうも私のほうが楽しんでしまいまして…。

まず、バスで鐘楼へ。
鼓楼を脇目に、おなじみの回民街をご案内。
肉まんの中にスープが入った、小籠包に似た「賈三包子」をいただきました。

次に、回民街脇にある「清真大寺」へ。
742年、唐玄宗の時代に建立されたイスラム寺院です。

ちょっとご説明しますと、
「回民」とは、中国少数民族の一つ。いわゆるイスラム系の民族を指します。
「清真」とは、中国に住む中国語を使うイスラム教徒のこと。
つまり、「回民街」は、イスラム系民族の集まる集落で、
「清真大寺」は、彼らにとってのモスクのような存在なのでしょう。

■清真大寺
清真大寺1_礼拝大殿清真大寺2_礼拝大殿前
清真大寺3_モスク清真大寺4_装飾

「尓徳節」とは、ラマダン明けの日を指すようです。
至る所にイスラム文字がちりばめられた装飾があり、
なかなか趣のある寺院です。
町中と違い、横断幕が緑なのも、ちょっと面白いです。

■緑の横断幕
清真大寺5_緑の横断幕

寺を出てすぐの所で、草で昆虫を作っているおじさんを発見。

■おじさんと昆虫たち
回民街1_草で作った昆虫回民街2_昆虫を編み出すおっさん

おじさんの服に注目!
「ブーンスペシャル」って、カタカナで書いてあります。

鼓楼のすぐ南の西大街を横断している地下道では、こやつら発見。

■うさんくさいミッ○ー
西大街_ミッ○ー

さらに歩いて、西安城壁の南門の東側にある「書院門」へ。

■書院門にて
書院門1_飴細工書院門2_パンダ

飴細工。1個3元ぐらいだそうです。
パンダの絵。値段は知りません。なかなかかわいい。

そして、書院門東端にある「碑林」に足を踏み入れました。

「碑林」とは、読んで字の如く、「碑」の「林」。
11世紀からいろいろな所にある石碑を集め、設立されました。
「曹全碑」や、玄宗、顔真卿、欧陽詢、柳公権ら書の大家の作品を
数多く集めた、書道愛好家垂涎の地です。

その中から、面白い作品を。

■顔真卿の手紙の草稿。推敲した個所まで忠実に再現。
碑林01_争座位草稿

■「太華山全図」。1700年。五岳西岳を描写。
碑林02_太華山全図

■明の時代の「物価」を事細かに記載。
碑林03_明朝の物価

■「正心修身、克己復礼」の八字で、北斗七星を表現。
碑林04_魁!

■「不謝東君意、丹青独立名、莫嫌狐葉淡、終久不凋零。」
五言絶句を竹の葉で表現。
碑林05_竹で編む文字

続いては、「さすが中国!」という光景を。

碑林内では、「拓本」といって、魚拓をとるように石碑を紙に写す作業が
行われているのですが、その残骸が、あちらこちらで散見されます…。

■拓本中。
碑林06_拓本の下準備碑林07_拓本を取る

■文字が読めない!紙が残ってる!
碑林08_拓本後、これは読めん!碑林09_拓本で紙が残ってますから!

また、一部の石碑はガラスで保護されているのですが、
その保護の仕方が、なかなか乙です。

■ガラスが割れてる!かつ締まりきってない!
碑林10_ガラスが…

■発泡スチロールで補強…。
碑林11_発泡スチロールかよ!

■石碑が逆さに…。これには、どんな意味が???
碑林12_必殺!逆さ貼り!

碑林には、結局3時間近くいました…。

そして、家のそばで飯を食らって帰りました。
先生、お疲れ様でした。ありがとうございました!

おんがく4

西安帰還直後の9月16日火曜日。
突然、一本の電話。大学事務のZさんでした。

「9月25日に音楽会があるから、行って。」

その後、音沙汰がないな、と思っていたら、
当日の9月25日午後、また電話。

「9月27日に“変更”になったんだって。」

いや、音楽会ってそんなに簡単に日付変更するか???

…ということで、9月27日土曜日に、音楽会へ行ってきました。

■チケットとパンフレット。
音楽会01_チケットとパンフ

どうやら、西安で働く外国人のうち
特に貢献度の高い人を表彰する式がメインで、
おまけで音楽会がついているようです。
わたし、なんとも場違いな感じです…。

■表彰された方々。
音楽会02_表彰式

でも、せっかく来たんですから、楽しまないと!!!
ということで、クラシック、久々に聞きました。
二胡やチャルメラのラッパなど、
中国風アレンジのある面白い内容でした!!!

■音楽会。
音楽会03_音楽会の様子01音楽会04_音楽会の様子02音楽会05_音楽会の様子03

■指揮者は女性。まわりに“領導”(お偉いさん)。
音楽会06_指揮者とお偉いさん

たまに高尚な芸術に触れて気分をリフレッシュさせるのもいいものです。

甘粛旅行記その3-らんしゅう4

日付変わって翌21日日曜日0時。蘭州着。
空港から市街地は70kmほどあります。
空港を出ると市街地へ行くシャトルバスがまだあったので、
とにかくそれに乗り込みました。

1時過ぎ。市街地着。
ホテルのあてがないので、とにかくバス停付近にたかっていた
タクシーに乗り込みます。
友人は「身なりがアヤシイ」と言ったのですが…。

近場の100元ほどの宿へ行け、というと、
運ちゃん、しばらく走らせて真っ暗なホテルの前で車を止めました。

「俺がちょっと聞いてくるよ」。
運ちゃん、ホテルの中に入って、2〜3秒ですぐ出てきて一言。

「もういっぱいだって。俺知ってるとこあるから、そこ連れてくよ。」

出ました。
やっぱ信用した僕がバカでした。
こいつは危ない、ということで、すぐタクシーを降り
とりあえずこの真っ暗ホテルに行ってみました。

フロントでは、おっさんが仮眠中。
「下、行け。」
地下へ行くと、二人で50元とのこと。
窓なし、シャワーなしですが、我慢しました。

■連鋁大厦。
連鋁大厦01連鋁大厦02

蘭州は、西安に帰るため「仕方なく」寄っただけ。
適当にいくつかの観光名所を回りました。

まず、市中心にある中山橋、白塔山公園。

■中山橋
中山橋

■白塔山公園から見る蘭州
白塔山01_街を望む

■黄河で拾った石を集めた奇石館にある石
白塔山02_達磨、河を渡る白塔山03_竹模様

■碑林
白塔山04_碑林

■ロープウェイ脇にて。こんなとこで誰がカラオケをするのか…。
白塔山05_カラオケって…。

白塔山公園では、「碑林」へ行くためにえらい歩いてしまいました。
しかも、行ってみたら、へこへこ…。

昼は、蘭州名物牛肉ラーメン。

■牛肉ラーメン
牛肉ラーメン01_本場です
牛肉ラーメン02_店構え牛肉ラーメン03_作ってます1牛肉ラーメン04_作ってます2

歩いて疲れていたこともあったのでしょうか。とてもうまく感じました。
二人とも、二杯いただきました…。

次は、五泉山公園。
…に行ったつもりだったのですが、
いつの間にやら「蘭山風景区」というところに行っていました。

■“索道”(ロープウェイ)の文字につられました…。
蘭山01_五泉山との分かれ道蘭山02_ロープウェイにつられた…。

正面が「五泉山」。左に「蘭山ロープウェイ」。
「五泉山に行くにはロープウェイに乗るんだ!」
と勝手に思い込み、ロープウェイのチケットを購入。
乗り場は、ここから何と10分も歩いた所にありました…。

■歩け歩け!
蘭山03_歩いて…蘭山04_もっと歩いて…
蘭山05_さらに歩いて…蘭山06_やっと見えた!

■ロープウェイと蘭州全景。
蘭山07_ロープウェイ蘭山08_蘭州の町並み

夕方5時過ぎに市街地へ戻り、乗り合いタクシーで空港へ。
夜、無事西安へ戻りました。

甘粛ツアー、盛りだくさんでした。
一緒に行ってくれた友達に、感謝。ありがとう!楽しかったです!

甘粛旅行記その2-とんこう5

9月20日土曜日。
最初の運ちゃんのともに“The 敦煌”、「莫高窟」へ。

運ちゃん、僕らを降ろすと、「11時30分に出口で待ってるから」と
とっとと市街地へ戻ってしまいました。
前日僕らから稼ぎそびれた分、市街地で流しもしながら、
僕らの相手もしようとしているようです。

莫高窟は、なんとチケット160元!高い!
この値段にはガイド費が含まれているのですが、
20元プラスすると外国語ガイドも可能、ということで、
180元で、日本人ガイドをつけてもらうことにしました。

莫高窟は、石窟内の石室にある壁画装飾で有名です。
ここでは観光客10数人ずつが1グループとなり、グループ毎にガイドがあてがわれます。
ガイドが石室に入る鍵を持っているため、基本的に単独行動はできません。
また、当たったガイドが違えば、見学できる石室も異なります。
ちょっとギャンブル的要素がありますが、どのガイドにあたっても
莫高窟の歴史を理解できるようになっているようです。

■莫高窟
莫高窟01_全景莫高窟02_入口
莫高窟03_石窟の様子1莫高窟03_石窟の様子1
莫高窟05_壁画の片鱗1莫高窟06_壁画の片鱗2

残念ながら、中は撮影禁止なので、外からの写真のみです。

ここと並び中国三大石窟と称される
大同の「雲岡石窟」、洛陽の「龍門石窟」にある大規模な彫刻とは
一味違い、とても面白かったです。
4世紀中葉に開窟されて以後、時代ごとに壁画、塑像そして建築に変化が見られ、
西域の歴史を肌で感じることができます。

続いては、莫高窟より市街地に近い「西晋壁画墓」へ。
誰の墓かは分からないそうですが、
墓に使われているレンガ一つ一つに四神像などが彩色されており、
これにより当時の社会、生活を窺い知ることができます。
莫高窟より100年ほど歴史が古いそうです。

■西晋壁画墓
西晋壁画墓01
西晋壁画墓02西晋壁画墓03西晋壁画墓04

昼食は、敦煌名物「馿肉黄面」。ロバ肉面です。

■馿肉黄面
馿肉黄面01馿肉黄面02

ちょっとしたお土産物屋を見学した後、「鳴沙山&月牙泉」へ。
砂漠を伝う風が砂を鳴らす様からこの名がついたそうです。
「月牙泉」は、ここ数十年に再建された砂漠のオアシスです。
なぜか超人工的な「月牙泉」をもう一つ建設中でした…・

■鳴沙山
鳴沙山01鳴沙山02

■月牙泉。保守派V.S.革新派?
月牙泉01_保守派月牙泉02_革新派

夕陽が素晴らしいそうなのですが、
今にも雨が降らんばかりの天候だったので、拝めませんでした…。
でも、ラクダに乗りました。

■ラクダ
ラクダ01ラクダ02

古のシルクロードに思いを馳せました。

この後、晩飯を食って、夜市でお土産を物色。

■夜市
夜市

夜9時前に、空港へ。
オンシーズンのため西安への直行便チケットが取れなかったので、
敦煌と西安のほぼ間にある甘粛省の省都蘭州を経由して西安へ戻ります。

ということで、次回は、蘭州市内編です。

甘粛旅行記その1-さいいき5

西安に戻って、すぐ。9月18日木曜日。
甘粛省の敦煌へ旅行に行ってきました。

行きは、列車。寝台車です。
夜になると、いろいろなモノ売りのおばちゃんが来ます。
光るペンを売りに来たおばちゃん。
キャラが濃く、またその光でお札を照らすと文字が浮かび上がる、
というのが面白くて、思わず買ってしまいました…。

■ペンを売りつけられました…。
列車01_おばちゃんと、はい、チーズ!列車02_マジック!

列車に揺られること22時間。
9月19日金曜日の朝、敦煌に到着です!
駅から市内まで80kmと聞いていたのですが、
最近新しい駅ができたらしく、20分弱で市内に着きました。

まず、市街地までタクシーで。
初日は市街地から200km弱離れたところまで行こうと思っていたので、
タクシーをチャーターする予定でした。
そこへきて、タクシーの運ちゃんがとても感じがよかったので、
友人とこの運ちゃんをチャーターしよう、と決めました。

ということで、手頃な宿でチェックインして、荷物を置いてすぐ出発!

まずは、敦煌古城。
唐朝当時のの敦煌を模して建築されたそうです。
映画『敦煌』など、数多くの映画がここで撮影されています。

…と。
ここで、異変に気付きました。
タクシーが、市街地まで来た時と違うんです!
よ〜く見ると、タクシーの運ちゃんまで違うんです!

■最初の運ちゃん。
運ちゃん01_最初の

後で知ったのですが、最初の運ちゃんは僕らが宿の部屋にいる間に
数分間だけ違うところへ行っていたそうです。
そこへ、僕らは宿の目の前に泊まっていたタクシーが
最初の運ちゃんのタクシーだと思い込み、
顔が似ていたこともあって、気づかず出発してしまった、という訳でした。

まあ、仕方ありません。

気を取り直して、次は「陽関」。

「君に勧む更に尽くせ一杯の酒、西のかた“陽関”を出づれば故人無からん。」
高校の教科書にもある、王維の唐詩の一節です。
「ni走ni的“陽関”大道、我走我的独木小道。」
中国語にある慣用表現です。

下調べの段階では大したことないと思っていたのですが、
運ちゃんが「行った方がいい」とあんまり勧めるので、行ってみました。
2000年以上前、西漢王朝が築いた西域との境界です。
ガイドの姉ちゃん曰く「西漢の深セン」。当時は大変栄えていたそうです。

■陽関
陽関01_烽火台陽関02_広がる砂漠陽関03_馬に乗り博物館へ戻る

とてもよかったです!
まず、チケット料金にガイドが含まれているのがいい!
僕らは中国語ガイドでしたが、日本語ガイドもいるそうです。
また、「砂漠」を体感できたのが素晴らしい!
歴史、自然を感じることのできる、良質の観光スポットです。

ブドウ園がやっている食堂で昼食を取り、「玉門関」へ。
先ほどの「陽関」がシルクロード南路の要所であるのに対し、
この「玉門関」はシルクロード北路の要所です。
ここには、漢長城も残されています。

■玉門関と漢長城
玉門関

漢長城01漢長城02

…荒涼としています。
博物館もなく、砂漠にそそり立つ歴史遺産を見る!というだけです。
それはそれで、いいもんです。

続いて。
陽関、玉門関は市街地から約90kmの距離にあるのですが、
ここからさらに80km程行った「ヤルダン地質公園」へ向かいます。
砂漠に沈む夕陽を見るのが目的です。

■魔鬼城“雅丹地貌”。
ヤルダン地質公園01ヤルダン地質公園02
ヤルダン地質公園03ヤルダン地質公園04
ヤルダン地質公園05ヤルダン地質公園06
ヤルダン地質公園07ヤルダン地質公園08
ヤルダン地質公園09ヤルダン地質公園10

残念ながら雲がかかってしまったのですが、
それでも壮大な光景は圧巻でした!

ヤルダン地質公園を午後8時に離れ、午後10時過ぎにホテルへ。
近くの夜市で串と麺で、乾杯!

■ばんめし
晩飯01_串晩飯02_麺

食事から戻ると、「最初の運ちゃん」登場!
駅から市街地までのタクシー代5元。ちゃんとお支払いしました。
「なんで勝手に行っちゃうんだ!」と散々恨み節を聞かされました。
かわいそうだったので、翌日は彼に運転をお願いしました。

中国再来!その2-おもしろ3

上海、南京で出会った、面白シーンをご紹介します。

その1。
上海駅は、こんな感じなんですが…

■上海駅
上海1_駅

まあ、さすがは大都市上海の駅。綺麗にまとまっています。
しかし、よく見てみると、こんな所にこんな標語。

■「かわいい上海人になろう!」
上海2_可愛い上海人になろう!

中国は標語にあふれていますが、その中でも、僕はこの標語、好きです。
ぜひ、実現してほしいものです。

その2。
そんな「かわいい上海人」を実現させるための第一歩。

■信号を守ろう!
上海3_可愛い上海人の道の渡り方1上海4_可愛い上海人の道の渡り方2

おっさんが黄色いテープを持って渡れないように
「とうせんぼ」するわけです。
日本でもイベント会場など人がごった返すところでは見かけますね。

その3。
標語関連で、もうひとつ。

■順番に並ぼう。進んで席を譲ろう。文明乗車を!!!
南京1_文明乗車1南京2_文明乗車2

これは南京のバスの行先表示板です。
こんなところにまで、標語。
文明乗車ってのは何なのか、よくわかりませんが…。

その4。
南京の地下鉄です。

■地下鉄の駅。
南京3_地下鉄の駅

とても近代的です。
後発の分、東京の地下鉄より進んでいるようにさえ感じられます。

しかし、自動券売機にはこんなことが書いてあります。

■「8割がた新しいお札」を使用のこと!
南京4_地下鉄の券売機にて…

中国にいらしたことのある方はご存知かと思いますが、
中国のお札はとても汚いです。しわしわ。ぼろぼろ。時に、じめじめ。
でも、自動券売機にはそんな汚いお札は通用しないのです!
「8割方新札」の基準をご教示願いたいものです…。

中国。
古き歴史に感動。新しき発見に苦笑。

中国再来!その1-なんきん5

かれこれ2ヶ月ほど前のこととなりますが…。

9月12日金曜日。
半月の日本滞在を終え、中国へ戻って参りました。
上海で一泊後、雲南旅行で知り合った友人を訪ね
南京へ向かう予定だったのですが…。

疲れが出たのか、大寝坊。
13日午後に友達と会う予定が、南京到着が夜になってしまい、
再会を果たせませんでした。遺憾…。

ということで、14日日曜日は、ひとりで南京観光。

まず、南京について。
南京には明の朱元璋(洪武帝)らがこの地に建都しています。
城壁も残されており、現存のものとしては最大だそうです。
現在は江蘇省の省都。
上海と直結の新幹線もあり、地下鉄もあります。
現代都市の面貌と古都の面影とを併せ持つ街です。

まずは、中華門。
城壁の南中央部に位置する明朝の城塞です。
最上部にあった木造建築は1937年に某国侵略により破壊。

■中華門
南京_中華門1_正面南京_中華門2_馬の道
南京_中華門3_西南京_中華門4_東

続いて、地下鉄に乗って鐘楼へ。
ここは、ちょっと…。

■鐘楼
南京_鐘楼

そして、南京東部の「紫金山」へ。
城壁のすぐ外に山がある、というのがなかなか乙です。
目的地は、「明孝陵」。朱元璋(洪武帝)の陵墓です。
世界遺産に指定されているそうです。

■明孝陵
南京_明孝陵1_象の道南京_明孝陵2_像の道
南京_明孝陵3_陵への道南京_明孝陵4_奥の湖

夜7時ごろ、宿泊中の青年旅舎(ユースホステル)へ戻り、
中国の若人たちとおしゃべり。

この日はちょうど「中秋の名月」。
ということで、みんなで外へ出てお月見。

■青年旅舎から見る満月。
南京_YH1_中秋の名月

その後は、付近を散策したり、いろんなゲームをしたり。
中国の若人は日本人に比べるとちょっと子供っぽいですが、その分純粋。
振り返ってみるとホントくだらないゲームなんですが、
みんなでわいわい遊びながら、子供に返ったように笑い転げました。

■仲間と、罰ゲームのダンス。
南京_YH2_出会った仲間南京_YH3_罰ゲーム!!!

15日月曜日は、中秋節の祝日でした。
みんなとお別れしてから、また一人で観光へ。
目的地は、
「侵華日軍南京大屠殺遭難同胞紀念館」。

■紀念館
南京_大虐殺記念館01_正面南京_大虐殺記念館02_外にある像1
南京_大虐殺記念館03_外にある像2南京_大虐殺記念館04_展示室
南京_大虐殺記念館05_犠牲者300000-1南京_大虐殺記念館06_犠牲者300000-2
南京_大虐殺記念館07_犠牲者300000-3南京_大虐殺記念館08_MAP
南京_大虐殺記念館09_広場南京_大虐殺記念館10_発掘現場
南京_大虐殺記念館11_祈りの折鶴南京_大虐殺記念館12_祈念
南京_大虐殺記念館13_瞑想室南京_大虐殺記念館14_平和

多くは語りますまい。

そして、夜7時の列車で南京西駅から西安へ戻りました。
ろんろん
8年間某企業で営業として勤務後、2007年9月から西安交通大学で日本語教師に。
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