2007年09月22日

ショート・ショート(小説):古い記憶(7/10)

「行かなくちゃ」

眼の前に金色の光が見える。私は立ち上がった。

「もう行かなくちゃ」

再び私は川のそばに立っていた。川は浅く川底の小石は五色の玉である。水はきらきらと輝きながら私の両足を撫でるように洗っている。ときたま弾ける水しぶきは真珠のような輝きをしている。手を入れると気持ちがよい。

「いかなくちゃ―――」

「ゆうや―けこやけ―のあかと―んぼ―――――」
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2007年09月09日

ショート・ショート(小説):古い記憶(6/10)

私はなんだかよく分からないうちにふらふらと歩き続けていた。

どの位歩いたであろうか・・・私は一面黄色い菜の花畑の中にいた。菜の花の黄色が風に揺れ茎の緑にとけ込み私を優しく包んでくれた。私の回りには誰もいない。風と一緒になにか心地よい音楽が聞こえてくる。

私はその方角を見た。続きを読む

2007年09月07日

ショート・ショート(小説):古い記憶(5/10)

私は広島生まれの広島育ちで、実家が海に近く青年時代までの大半を海を眺めて暮らしていた。実家はカキの養殖をしており、子供の時から海が私の遊び場であった。

「海の水はショッパイ」

私は牡蛎の筏から落ちる度にそう思った。やさしい父母の手はいつも海の匂いがしていた。続きを読む

2007年09月06日

ショート・ショート(小説):古い記憶(4/10)

どの位時間がたっただろうか、私は水の中に浸かりながらモヤの向こうからオレンジ色の光が左右にうねりながら私の方に近付いて来るのを認めた。

その進み具合はゆっくりで弱々しかった。だが、そのオレンジ色の光をじっと見つめていると、私は奇妙な感覚を覚えた。

いつか味わったようなあの安らぎと開放感。身体が自然の中にとけ込んでしまいそして消えていくあの感覚である。

頬をくすぐる風は私からなにかを抜き取りながら湖の中央へ向かって流れていく。時は悠々と流れ、安らぎが徐々にその厚みを増す。ゆっくりとゆっくりと。私は一枚一枚着物を自由に脱いでいくようなそんな感覚を味わいながら生まれたままの裸の姿に還っていくようであった。続きを読む

2007年09月05日

ショート・ショート(小説):古い記憶(3/10)

英国に赴任して2回目の夏を迎えた。

私は、小さな貿易会社の中堅社員である。たまたま英語が喋れたために、社長から英国とのパイプを広げるようにとの命を受け3年の約束で派遣された。独身の身軽さからつい引き受けてしまったが、後悔するどころか今ではあの時の上司の配慮に私は感謝している。

私の会社は北欧との貿易が主体でヨーロッパ支店はスエーデンのイエテボルグにある。日本人スタッフは二人だけであとは現地人数人で賄われている。残念ながら英国には営業所しか置いておらず、社長の夢は英国との貿易量を今の十倍以上に拡大することであった。私のポジションは英国営業所長である。
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2007年09月04日

ショート・ショート(小説):古い記憶(2/10)

担当警官はマイケル・コニバーの発言内容を克明に記録し、死体と現場の写真を撮った。

現場には他殺と思われる証拠は一つもなく、また遺書も無い。状況から考えて自殺の線も考え得るが、担当警官はむしろ事故死ではないかと考えていた。

事故現場に野次馬が少し集まってきた。警官達が忙しくたち働いているその横でマイケル・コニバーは呆然と湖を眺めていた。続きを読む

2007年09月03日

ショート・ショート(小説):古い記憶(1/10)

1987年8月23日、松本剛は死んだ。

事故死である。死体の発見者であるハイカーのマイケル・コニバーは担当警官に向かって次のように語った。続きを読む

2007年09月02日

ショート・ショート(小説):「弓」(3/3)

俺はあの日以来記憶を喪失し、真之介であって真之介ではないということになってしまった。俺は毎日を悶々として暮らした。

そして、何年かが経った。

俺の髪の毛にいつのまにか白いものが見えはじめていた。むろん、あれ以来独身を続けている。珠姫の位牌を毎日拝みながら俺は、自分の弓を呪うのと同時に我が罪、すなわち珠姫を死なせたことを悔んだ。
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2007年09月01日

ショート・ショート(小説):「弓」(2/3)

突然、俺の背後で老婆が泣き崩れた。

「おお、珠姫さま・・・」

「天は我が方を見捨てたのか、何故じゃー」

俺は、驚いて後ろを振り返った。

老婆の横に、小娘と少年が憎しみと悲しみが交錯した様な顔でたたずんでいる。どうやら娘の肉親らしい。珠姫と呼ばれる娘と顔がよく似ている。その三人を更に数十名の男女が取り囲んでいる。いずれも、何かに絶望したという顔をしている。

「真之介、それまでだ。お前の負けだ」

上座に座っている人物が俺に向かってこう言った。
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2007年08月31日

ショート・ショート(小説):「弓」(1/3)

「的に向かって礼。」館長の一声で全員がお辞儀をした。

「今日は、弓道教室の最終日です。みなさん方が今までに習ったことの全てを出しきって下さい」立派な体格の館長はうれしそうに眼を細めて言った。

年輩の山田さんの背中を見ながら、今日まで何回も入退場の練習をくりかえし行ってきたのだ。俺は、館長の口癖である「弓道でも音楽同様リズム、メロディー、ハーモニーが大事です」を思い出しながら、今日もイチ、ニー、サン、揖、シー、ゴー、ロクとリズムをとりながら山田さんの後について行った。

これまで稽古してきた通り、“足踏み”から“胴造り”、“弓構え”“打起し”“引分け”“会”“離れ”“残身”いわゆる弓道八節の動作をこれから繰り返すのだ。

俺は28メートル先の的を見つめた。いつもより物見に時間を掛け、ゆっくりと呼吸を整えた。全てが静止した瞬間、俺の甲矢は俺の手を放れ、的を目指して飛んで行った。
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