隆光のトータルブログ

銀座でスピリチュアル・アドバイザーとして、個人セッション(恋愛・結婚・家庭・仕事・経営・健康など)を行っています。 スピリチュアルアドバイス(オーラ・前世・守護霊・ガイドなど)でもって、あなたの未来をコーディネートしていきます。 隆光公式サイトはryuukou777.com  恋愛ブログ「3ヶ月で彼がかならずできる本@隆光」はhttp://ameblo.jp/r-love8/

スピリチュアルな子育て

子育ては最高の魂修行

今日は、普段子供がお世話になっている幼児教室の父親参加の催しに行ってきました。

 

家は子供2人に私と妻そして妻の母と妻の妹と大挙しての参加となりました。私はぶっつけ本番で小さな鉄琴で「ちょうちょ」を引いて歌いながらの登場となりました。他のお父さんが企画した紙芝居の一部です。

 

そのお父さんが見事なまでの紙芝居と語り部でしたが、私は棒読みちょうちょ&適当鉄琴と相成りました。

 

さて、そんな中でそこの先生が父母向きにすごくいいこと言っていたので、隆光なりの解説をいれながらご紹介します。

 

すべての子供に無限の可能性があります。それは、みんな神の子仏の子だからです。

ただ、その際に気をつけなくてはいけないことは、だからといって、はなから完成しているわけではなく、そうした種を持っているということなのです。

 

子供は皆素晴らしいというのに、なぜうちの子は・・・と思いがちですが、子供を花に例えるなら、花になる前の種は黒くて醜くていい見てくれではないでしょ。種苗屋さんにいくときれいな袋に種が入っていて、こういう花になるというイメージ写真があります。その裏を見れば、こうやって育ててればいいですよ、と丁寧に説明されています。だから、安心して育てられるわけです。

 

花の場合は、皆さん想像できるから安心して、こんなふうになると信じて疑わず育てますよね。ひまわりがチューリップにはならないことを知っていますよね。

 

しかし、子供の場合はどうでしょう?将来こうなりますよ、といったイメージ写真もなければ、説明書もありませんよね。だから信じれなくなるのです。将来どうなるかを信じて信頼できなくなるのです。黒い種ばかりを見て、それが我が子だと思ってしまったりしているわけです。

 

人間の魂は、神様の最高傑作です。花よりも高度で複雑で育て方は難しくできています。なぜなら、それだけ優れた存在で神近いからです。その神近き者をほんの一時預かって育てさせてもらっているのです。

 

何のために?

 

それが、高度で難易度の高いとっても尊い魂修行だからです。

それ以上の仕事がありますでしょうか?神近き存在をしっかりと正しい方向性で天使のように育て上げる以上の仕事ってなんでしょう?

 

花でもひまわりやチューリップやいろんな花があって、それぞれがそれぞれの美しい個性を持っているように、人間の魂はもっと多岐に渡った美しい個性が花開くようにできています。

 

どこまでそのことを信じ、信頼して、良き養分を与え続け、時期を見計らい、個性を伸ばしてあげれるか?言い換えれば、肯定的な良き言葉を投げかけながら、時節到来の時を共にじっと我慢したり、どんな時でも無限の可能性を信じて見守ってあげれるか?が親の魂にとっての尊い修行であると思います。

 

天使になろうと頑張っている私たち大人が、遅れて来る天使の卵をどうやって育てていくかもまた天使への登竜門となっているのです。

 

さあ、これを見たお父さんお母さん、共に平和な社会に貢献できる魂に子育てを頑張りましょう!そのためにまず、平和な家庭をつくっていきましょう!

母と娘

こんにちは。隆光の家内です。いつもありがとうございます。
昨晩、母と娘の関係について話しておりまして、ブログに書かせていただこうと思いました。

母と娘という関係を通してクリアーしなければならない課題の一つに、「お互いの愛ある自立」というものがあるように思うのです。

私の経験や周囲を見ていて思うのは、母娘の関係は依存関係になりやすいということです。親子の縁ですから魂的にも非常に近い関係なので、大切だからこそついお互いに過干渉になってしまうのは理解できるのですが、相手への行き過ぎた感情は執着になり、幸福な結果は生まないものです。母親の行過ぎた干渉と、それに対する娘の自立心の衰退で、お互い不幸になって行く場合がよくあります。

母親の立場として考えてみると、よくお腹を痛めて産んだ子・・・と言いますが、これは産みの苦しみを表現したものだと思いますが、一方で、子に対する執着のような感じも受けるのです。「私がお腹を痛めて苦しんで産んだのだから、子供は私のもので、私の思うようにできるのだ」といったところでしょうか。少し大げさな解釈かもしれませんが、出産というものに対する母親本位の感想のように思われてしまいます。出産は確かに大変ですが、母親としては、本当に良い経験をさせてもらえたという感謝をする位で良いのではと思います。大切なのはその後なのですから。

私自身は、今年二人目の女の子を授かりました。上の子は現在3歳になります。自我も芽生えてきて、なかなか苦戦しています。
そして確かに、女の子というのは気を遣います。やはり身だしなみや言葉使いや仕草などは身に付けさせてあげなくてはと思いますし、既に母親に対するライバル心のようなものも出てきていますから、その受け止め方にも注意しなくてはならないからです。


しかし非常に難しい部分です。スピリチュアル的には「魔境に入っている」と言いますが、ここがなかなか見破れないのです。自分では良かれと思ってしているのですから、難しいのです。
早く気付くためのポイントは、やはり笑顔かなと思います。子供の教育も、正しく出来ている時にはお互いいつも笑顔で居られるのです。自分も子供も、そして夫も、なんだか笑顔が減ってきたなと感じたら、少し自分を振り返った方が良いかもしれません。

娘の立場から考えてみましょう。自立できない娘になった場合どうなるかというと、進路などに関してもそうでしょうが、やはり恋愛と結婚のところで壁が出てきます。相手を見つけることがなかなかできなくなってしまいます。自分の意思の前に親の顔色が浮かんでしまうからです。「この人と付き合ったら親がどう思うか」ということが先になってしまうのです。では親が望む人という相手を選んだ場合どうなるか、大抵はうまく行きません。そういうものです。自分達の理想の相手を子に望む親も既に身勝手ですから、殆どは自分達の世間体しか頭にないのです。そこに親としての真実の愛は無いのです。その親の言うなりになったところで、本人は幸せにはなれないのです。

私自身は両親には思いきり反抗しました。両親の言っていることの矛盾には早くに気付いていたと思います。あれこれと厳しくお説教をしてくれる割には全く幸せそうじゃない両親を見て、従う理由はないなと感じていたのです。もし反抗せずに言うなりになっていたとしたら、私も幸せにはなれなかったでしょう。

スピリチュアル的な観点から見ても、母と娘には難しい課題が与えられているなと感じます。過干渉にしても対立にしても、全ては依存からくる執着です。難しいな〜と感じる程、過去世からの持越しが多い二人なのです。同じことを繰り返してきているのです。何度も親子をやり、離れられないで居ます。

この世的には産んだ産んでもらったという女同士の親子関係ですが、本来は非常に尊い、共に魂修行をしている仲間です。その観点を忘れてはならないと思います。「相手を尊重する」ということを学ぶことが出来る最良の相手です。母親との関係が良い女性ほど、恋愛や他の人間関係もスムーズです。一番難しい相手と上手く付き合えるのですから当然です。

まずは母親です。娘を信じ、少し放任する位で調度良いかもしれません。娘にとって何よりの教育となるのは、母親が幸せであることです。黙っていても、母の後姿を見て娘は育つのです。そして娘も、産んでもらい育ててもらったことに過剰な恩を感じる必要は無いのです。産み育てるのは母親の使命です。娘はしっかり自分の道を歩めば良いのです。反発したことで一時母を傷つけたとしても、娘が幸せにさえなれれば母は全てを忘れられます。

「親は子に捨てられることを幸福と思え」が究極の親子関係です。

私と母も大分スピリチュアルな心の話が出来るようになりました。心の話ができるようになり、霊的に見た真実の親子関係について話が出来た時、お互いに魔境から抜け出せた気がします。今世の内に、突き放すでもなく無関心になるわけでもなく、お互いに愛ある自立というものを果たし、来世では親子関係から抜け出し是非人生の最良のパートナーとして親友にでもなってみたいものです。愛ある自立というのは、お互いの生き方を尊重し、そしてお互いの生き方が相互作用で良い影響を与え合えるような自立の仕方です。それぞれの個性を生かしながら愛を与え合えるという、魂存在として最も最善の生き方ではないかなと思います。

乱文ですが、私自身自分にも言い聞かせつつ書かせて頂きました。現在母娘関係で悩んでおられる方のお力になれましたら幸いです。ありがとうございました。

親子の本当の絆

隆光の家内でございます。ブログをご愛読頂いております皆様、日頃より隆光鑑定コーナーをご愛用頂いております皆様、又、セミナー等へご参加頂いております皆様へこの場を借りまして厚く御礼申し上げます。

昨日私は子育てに関するセミナーへ参加して参りまして、とても素晴らしい内容でしたので、少しでもお役に立てればと思いブログを書かせていただく事にしました。
現在子育て真っ最中であったり妊娠されている方以外でも、人間として生まれたならば全ての方に当てはまる、親子の本当の絆というものを改めて認識させていただけた内容でした。

『胎内記憶』『誕生記憶』という言葉をご存知でしょうか。ママのお腹の中にいた頃の様子や誕生の瞬間の驚くべき記憶です。
2〜3歳くらいのやっとお話が出来るようになった頃から小学校低学年頃までの子供に、「ママのお腹の中はどんな風だった?」とか、「産まれる時はどんな風だった?」などと訊ねると、子供がその記憶を話すそうなのです。皆が覚えているわけではないのですが、かなりの確率で話してくれるそうです。
昨日はその胎内記憶や誕生記憶というものを長年研究され、著書も出されている小児科医の方と産科医の方から、たくさんの実例をお聞かせいただき、親子の絆について改めて学ばせていただけました。

胎内記憶の実例については、「暗かった」「暖かかった」「気持ち良かった」「ママの心臓の音聞いてた」「(体を丸くして)こんな格好してた」「パパが歌うたってた」「(羊水の味が)苦かった」などなど、五感にまつわる話が多く、誕生記憶に関しては、「トンネルのようなところを頑張って通ったら明るいところに出て、眼鏡をかけて白い服を来た男の人と、女の人がいた」といったような、誕生した時の状況を詳しく説明してくれるような話が多いようでした。

これだけでも十分驚きなのですが、もっと驚いたのは、ママのお腹に入る前の話をする子供が居るということです。「僕は光だったよ。僕の周りにも光のお友達が居たよ」「僕は天使さんのお手伝いしてた」「女神様と小さい天使さんと一緒にいて、女神様がもういいですよって言ったから生まれたの(お母さんの希望していた日に生まれた子)」「上から男の子の友達3人組でママのことずっと見てたよ(この子は男の子3人兄弟)」「おじさんと上からママとパパののこと見てて、そのおじさんがこのおうちでいい?って聞いたからいいですって言ったらママのお腹に入った」「ママが生まれて3歳4歳って大きくなって行くの見ながらずっと待ってたよ」など、まだまだたくさんエピソードはあるのですが、どの話も本当に感動的でした。また、どうしてママのお腹を選んだの?という質問に「約束したからだよ」と答える子がいたり、何のために生まれてきたの?という質問に対しては、殆どの子が「人の役に立つためだよ」と答えるそうなのです。そしてまず役に立ちたいのが「お母さん」なのだそうです。だから何でも手伝いたがる子がいて、でもそれをお母さんに拒絶されたり、失敗して怒られてしまうと本当に傷ついてしまうのだそうです。優しいと思って選んだお母さんが生まれてみるといつも怒ってばかりで、ショックを受けている子も居るそうです。

スピリチュアル思考を学んでいますと、「子供は両親を自分で選んで生まれて来る」「両親になる人とあの世で親子の約束をして生まれて来る」という話を知っています。転生輪廻という仕組みがあり、縁ある魂同士が親子になったり兄弟になったりしながらお互いに向上を目指し修行しているということも知っています。このことは良い親子関係を築く為には必ず知っておかなければならない話です。ですが今日のお話でこのこと意外に本当に重要だと感じたのは、子供がどれだけお母さんのことを愛しているかということです。あの世で将来の母となる人を見つめる子供の魂というのは、本当にお母さんとなる人のことが大好きで大好きで、親子になるのが楽しみなのです。お母さんに会いたくて会いたくて生まれて来るのです。待ちに待ってやっと会えたお母さんなのですから、子供がベタベタと甘えるのは当然ですね。兄弟が生まれて急に嫉妬心で荒れてしまう上の子が居るのも頷けます。あの世では仲の良いお友達でも、実際に生まれてからは話が違ってくるようです。

最終的に、良い親子関係そして幸せな家庭というものを築く鍵は、やはり「お母さん」だそうです。もっと言えば、「お母さんの笑顔」なのだそうです。お母さんがいつも笑顔でいる家庭というのは本当に明るく幸せになってゆきますし、逆にいつもお母さんが悲しそうであったり怒ったりしていると、子供も夫も暗くなり、家庭も上手く行かなくなるそうです。当然のことのように聞こえますが、子供が天国に居る時から抱き続けている母への思いというものを考えた時に、そのことの本当の意味が理解できると思うのです。親から虐待を受けた子供は、それでも絶対にお母さんを責めず、悪いのは自分だと思うそうです。自分が悪い子だからママを怒らせたと考えるそうなのです。その位、子供は母を愛しているのです。ですから、ママが笑顔で居るというのは、子供にとってはイコール愛されているということであり、ママの役に立っている、必要とされているという証明でもあるのです。

私は以前から、どう考えても幸せになるために生まれて来ているようには見えない程の劣悪な環境に生まれて来て、すぐに命を落としてしまう子や、悲劇の人生を歩む子には一体どんな人生計画があるのだろうと思うことがありました。もちろんそこには個人のカルマの問題や修行ということもあるのでしょうが、昨日初めて耳にしたお話がありました。一部の子供は、その時一回の人生ですぐさま幸せになることより、どんなに劣悪な環境だろうと、お母さんに教えてあげなくてはいけないことがある、そしてもっと長いスパンで見て、お母さんと一緒に幸せになって行く、そういう理由で生まれて来る子が居るということです。なるほど!と思いました。どう見ても親としては未熟であろう人のところに生まれて来る子供も、それは自分が生まれ出ることでそのお母さんに何かを気付かせてあげる為なんだと。例えすぐに命を落とすことになっても、そのお母さんに何かを残したいと思って生まれて来るのです。そしてその後も幾転生とそのお母さんの元に生まれ、少しずつ、母と共に成長して行く、そういう長い長い道のりを選択している魂もあるのです。これは国レベルで見てもそうでしょう。戦争中の国や独裁国家や貧しい国を選び不幸な子供になってゆくのも、その真実を伝えることによって、人に大切なことを気付かせようとしているのだと思うのです。実際に子育てをしていても、子供から教わることというのは本当にたくさんあり、母親の修行課題というものを露骨に提示してくれます。ここに、母親から見た子供という存在の真の意味があるのだと思うのです。

色々とお話ししてきましたが、昨今、胸が痛む事件が毎日のようにニュースで流れます。もしこういった話を一度でも聞いていれば、防げたものが数多くあったのではないかと思います。
今一度、スピリチュアルな思考に基づいて、子育てや親子関係というものをよく考え、今この時から是非生かして頂きたいと思います。私もまだまだですが、皆様と共に励ませて頂きたいと思います。ありがとうございました。

祝 娘が産まれました!

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昨日の朝7時頃にお陰様で次女が産まれました。

写真のようにその日の早朝は雲ひとつない快晴で、素晴らしい日の出が拝めました。

丁度金曜日が満月でしたから、予定日が日曜日でしたので、だいたい予想通りに生まれてくれた感じです。

超がつくほどの安産で、母子共に元気で大変感謝しております。

私はずっと側にいましてビデオカメラを撮っていました。すると妻の守護霊が、ここぞとばかりに頑張っていたのでしょう。守護霊がパワーを与える度に、妻のオーラが輝きを増しているのがはっきりとわかりました。

守護霊は人生における大事な時には、特に私達を守り導いてくれます。今回も祝福に満ちた天の計らいに感謝するばかりです。

私達を選んで生まれて来てくれたこの子の期待にそえるよう、父親としての役割をまっとうしたいと思います。暖かく見守ってくださったすべての方に感謝です。ありがとうございました。 隆光

子供たちに教えてあげたいこと

昨日の朝、身重で臨月の妻が「もしかして、産まれそう」というので、病院に駆け込みました。11時からは鑑定が入っていましたので、そのまま仕事に行きましたが、ヤキモキして報告を待っていましたら、「ウォシュレットの水かなんかが出てきただけで、はやとじり」ということでした。

何れにせよ23日が予定日なので、間もなく産まれてくることは確かですのでハラハラドキドキです。

もう前の長女も3歳になろうとしているところですが、思い返してみますと魂が肉体に宿って、慣れるということは大変なことなんだなと思いました。

例えばあの世では肉体がありませんので、こちらに産まれてきて肉体に宿ってみて何が違うかといえば、排便をするわけです。その感覚というのは初めは何が起こったかわからなくて、泣き叫ぶというようなことがありました。そうこうしていくうちに、肉体とは何たるかがわかってくるのだと思います。学習の毎日なんだろうと思います。

自分も小さい頃を振り返ってみますと、ものごころがついてきたときに、スモッグがかかっている町を車が排気ガスを撒き散らしながら走っている光景を眺めながら、なんて汚く重い空気のところに来てしまったのだろうと考えていたことを、妙に覚えています。

小学生の頃は、よく高熱を出しまして、40度を越えるような状態になると、すうっと霊体離脱して天井から自分を眺めていたことも覚えています。そうすると楽だったようです。そしてたまにとなりの部屋で大人たちが酒飲んだり麻雀打ったりしているのを見に行ったりしていたものでした。

そんな風に私なんかも様々な経験しましたが、何がなんだかはわからなくてやってました。それが段々肉体が自分だと思うようになってからは、そんなことも無くなってきたように感じます。

今思うことは、肉体に宿ってしまうと本来の魂存在としての自分を忘れてしまうということです。教育的にもそう教えられるので、どんどん霊的な感性が鈍ってきてしまい、本来持っていた霊的パワーでさえ見失ってしまうのでした。

こんな私が子供たちに教えてあげられることは、人間っていう存在は本来霊であって、その霊が魂という形をとり、お母さんのお腹の中にできた肉体という乗り物に宿るのだよということです。

その肉体にある脳はパソコンでいうCPUであり、そのパソコンを操っているのはまぎれもない自分という意識存在であり魂なんだということです。

では、何のためにと聞かれれば、あの世では勉強できないことを、この世に生まれることによって様々な学びをしにきてるんだと言ってあげたい。更に自分という霊存在は「インドラの網」のようにすべての霊存在と繋がっていて、網の結び目のひとつひとつが実は個々の魂なんだから、みんな兄弟みたいなものなんだよということ。

そして、その結び目である個々の魂ががんばって向上していくことが周りをも引き上げていくことなんだよということ。だから、自も他も共に発展繁栄していこうね、と伝えたいです。

少なくともこの子達は、私たちスピリチュアル馬鹿な夫婦のもとを選んで生まれて来てくれるのだから、その辺は想定済みなんでしょうね。何はともあれ、今新たにこの世において魂修行しようとしてお母さんのお腹の中で頑張っている同胞に、もう少しでご対面できそうです。感謝感謝。

子育てにおけるロジカル・シンキング

このブログのカテゴリの中で圧倒的に少ないのが、今日のお題である子育てについてです。

これは単に自分が苦手分野だからだと感じています。ついついこのことにあまり触れないということは自信がないのでしょう。ですから逆に一生懸命この分野、勉強しています。

そんな中で日々の子育てで思うことは、はじめからロジカルに(論理的に)考えられる子供はいないということです。そんなことあたり前だろ、と言われそうですが、今更ながら思います。

子供の考えることは、本当に突拍子もないことばかりで、こちらに余裕があれば可愛いねと思えますが、ついつい苛立ちを覚えてしまうのは、誰でも経験のあることでしょう。

だから子供は嫌だと思っている方もいるかと思います。霊的に見ても、その子の魂の本来の自我なり能力が芽生え備わってくるには、何年もかかると感じています。いわゆる大人になるには十数年がかかるわけです。

私は毎週一回自分の子供の幼児教育の場に立ち会ったり、今日なんかも大勢の子供達の中で、ボランティア的なことをちょっとだけやっていたりするのですが、子供の世界独特のスピード感というのがあって、大人からしてみれば何一つとってみても行動が遅かったり、なかなか言うことを聞かなかったりで、子供は自分中心の時間感覚で考えたり行動したりしているんだということを思い知らされます。

私は男なので、こうした時に組織で仕事をしていた時に感じていたことを思い出したりします。会社にも相変わらず、子供のような大人がたくさんいて、ロジカルな思考ができない人がいたりします。そんな時にいらっとよくしていたな、と思い出します。

今考えてみれば、子供に接する考え方や態度が実は仕事にもつながることだと思えてきます。先程も言いましたように子供は基本的にはロジカルな思考をできません。ですから、何か問題やつまずきがあったりした時、必ず弁解をしたり、訳のわからない言い訳をします。「だって・・・」とか「よくわかんない・・・」とか「だけどさ・・・」とか自分本位なことを言うわけです。

そんな時に絶対やってはいけないことは、その子の考えを否定しないということです。次によく弁解なり言い訳を聞いてあげることです。そして、次が大事なのですが、それに対する解決策は自分で考えさせる癖をつけるということです。

その時に親はディレクターに徹することです。ディレクトとは真っ直ぐ道を指し示すことです。要は答えをうまく導いてあげる役に徹することです。

これは仕事でも同じで、決め付けはいけないのです。面倒くさいから、こうしろ、ああしなさいではいけないということです。ディレクターというのは、上司という意味でもありますから、行くべき方向性を指し示して、後は自分で考えさせる癖をつけながら育てていくということになります。

スピリチュアルな考えでは、子供といえども一人の魂として尊重してあげるのが基本です。しかし、今回のこの時代に生まれるのは、どんな魂にとっても初めての経験です、あたり前な話ですが・・・。

親は先に生まれた魂の先輩として、こういう方向性で考えていくのだよと、今回のこの時代の生き方みたいなものを教えてあげることが大事なことです。平成の日本ではこう生きるのがいいのではないかということを、親自体が意識して勉強しておくことが本当に大事だなと日々感じます。

その子の魂、本来の能力を最大限に引き出してあげられるように、親は押し付け教育ではなく、ロジカルなシンキングができて、前回言いましたようにそうしたロジカルな中でも仮説思考ができるような柔軟でしっかりとした大人になれるように導いていきたいものです。

何はともあれ、妻を見ていると子育てというのは、喜びではありますが、我慢と忍耐なんだなと本当に苦労しているように感じます。旦那さんを相手にするだけでも我慢と忍耐であろうに・・・私の妻も含め世の中の母親たちの奮闘に敬意を表する次第です。

★*゚*☆*゚*★*゚*☆*゚*★鑑定スケジュール★*゚*☆*゚*★*゚*☆*゚*★
*月曜日・金曜日・・・高円寺パル商店街内(11:00〜21:00)
瞑想レクチャー会場
*火・木曜日・・・有楽町交通会館2F(11:00〜21:00)
*水曜日・・・飯田橋ラムラ1F(11:00〜21:00)

鑑定のご予約はhttp://www.kaiun2347.jp/yoyaku/よりどうぞ。

只今リンク機能の不具合が発生しております。各鑑定サービス瞑想レクチャー等)の紹介に関しましては、楽天ブログhttp://plaza.rakuten.co.jp/ryuukousoul/内の(ブログ本文下)リンクを御参照下さい。

悪を去って善を取る勇気

先日中学生の女の子が私のところに訪れてくれました。それは二度目の訪問でした。そして、私にとってはそのことが大変嬉しい出来事でもありました。
その女の子は学校へ行くことが出来ずに悩んでいて、親御さんと一緒に私のところにいらしたのですが、その際私はついつい裁きの波動でもって彼女に接していたようで、その後親御さんから、少し本人にとっては厳しかったかも、ということを聞き、私なりに反省をしていたのでした。

その時はまだ私自身、現代の学校という教育現場に対しての認識が甘かったと後になって気づかされました。去年の夏過ぎぐらいのことでしたか、まだ学校のいじめ問題がそんなにクローズアップされていない時でしたので、彼女に対してまずいじめられる側の問題点を彼女の過去世に即してお話したのですが、いじめる側の霊的問題点と学校という閉鎖的で悪しき社会主義的体制の中での教育者側の問題点をかなり置き去りにした話になってしまったのでした。

その後、いじめの社会問題がクローズアップされる中、この問題を私なりに勉強してみました。そして思ったことが、彼女に悪いことをしてしまったということでした。それぐらい現在の学校での人間関係であるとか先生によっての格差、そして学校の隠蔽体質は凄まじいものであったのです。彼女もそうした中で悩み抜いた結果が、不登校でしたので、そこにまた厳しいことを言ってしまった私のところにはもう彼女は来てくれないのだろうなと思っていました。

ところが、先日来てくれたのです。内心私は嬉しくて仕方がありませんでした。しかも、話してくれた内容が、なぜ自分は学校へ行かなくなったのかという核心の部分を勇気を持って素直に語ってくれたのです。そしてそれは簡潔に言えば、今日のタイトルの悪を去って善を取ろうという言動が逆に敵をつくってしまったということだったのです。悪いことをしている生徒がいても、事なかれ主義の担任が注意しないので彼女が代わりに注意を促したことが発端となったというものでした。詳細は省略いたしますが、要は悪を去って善を取るという勇気ある行動の結果いじめられるというあってはならないことが、教育現場で起こっているということなのです。

確かに障らぬ神に祟りなしというような、事なかれ主義は一見合理的な考えかもしれませんが、魂的には退化の方向です。私たちがこの世に生まれるという理由のひとつには、どんな苦難困難があろうとも善なる方向正しき方向を選び取り、魂的試練を乗り越えて霊性を向上させていくということがあります。この世に生まれることが、如何に合理的に生きていくかということではないということなのです。当たらず障らずに生きていくということは、ある意味では魂の進歩もそこにはないと言わざるを得ません。

そうした魂教育の基本的な部分が欠落して久しい教育現場かもしれませんが、せめて悪を去り善を取る勇気を持つ子たちが生きやすい環境づくりをしていただきたいと切に思います。そのためにもまず大人がそういう生き方をしていくことであることも付記しておきます。そして、そうした目に見えにくい教育現場での問題点を私自身に学習させていただいた彼女に、この場を借りて感謝の意を表したいと思います。ありがとうございました。

★*゚*☆*゚*★*゚*☆*゚*★鑑定スケジュール★*゚*☆*゚*★*゚*☆*゚*★
*月曜日・・・相模大野ステーションスクエア7F(11:00〜21:00)
*火・木曜日・・・有楽町交通会館2F(11:00〜21:00)
*水曜日・・・飯田橋ラムラ1F(11:00〜21:00)
*金曜日・・・高円寺パル商店街内(11:00〜21:00)
ご予約は★こちら★になります

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子供が生まれるということ

今日は新しいジャンルでスピリチュアルな観点からの子育てについて書いてみます。
赤ちゃんから少し経ってその子の自我が出始めてくると、手に負えなくなりついつい大人気ない怒り方をしてしまいがちです。特に母親の場合そうかもしれません。母親は父親と違い、自分が産み落とした存在なので愛おしくて仕方ないと思います。ですので、自分がお腹を痛めて作り出したものと錯覚してしまいがちです。しかし、スピリチュアルな観点から子供が産まれるということを見てみると、少し違った観点が出てきます。

それは、赤ちゃんといえどもお腹に宿るまでは、立派な大人の魂としてあの世の霊人として存在していたということです。その立派な大人の魂がこの世に出てくる手段として女性の神聖な器官をお借りして出てくるのです。その大人の魂が完全に赤ちゃんとして魂になるまでは所謂つわり状態になり、不安定な時期となるようなのです。そして、宿る肉体生命が安定期に入ってくると、自らも赤ちゃんの魂となるため大人の会話がそれ以降は出来なくなります。

このように、子供はお腹の中でつくられるのではなく、母親を通じてこの世に降りて来るのだというのが、スピリチュアル的な立脚点なのです。そうして考えてみると子供は授かりものという意味は実は宿ることが授かりではなく、縁ある魂存在をきちんと自立できるまでの間、授かって育てているのだということがわかるわけです。

どうしても子供の頃は、魂的な傾向性がストレートにいいも悪いも出てしまいます。そんな中で悪しき部分は、この世に先に出ている先輩として正してあげて、いい面は伸ばしてあげるというのが、そのソウルメイトに対しての礼儀かなとも思うわけです。今世はたまたま親が先にこの世に出ているだけで、あまり偉そうな面は出来ません。そんなこの世の先輩としての余裕と寛容さが大事だと思います。

自分も現在子育て中です。そうした中で、これからもスピリチュアルな子育て方法みたいなことを書いてみようと思います。では、また。

★*゚*☆*゚*★*゚*☆*゚*★鑑定スケジュール★*゚*☆*゚*★*゚*☆*゚*★
*水・土曜日・・・飯田橋ラムラ1F(11:00〜21:00)
*木・日曜日・・・有楽町交通会館2F(12:00〜21:00)
*月曜日・・・相模大野ステーションスクエア7F(11:00〜21:00)
1月分鑑定のご予約は★こちら★をご覧下さい

2月以降からのご予約ページは★こちら★になります。

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隆光(リュウコウ)

年間3000件延べ1万人以上の方々と個人対面カウンセリングをさせていただいています。そんなスピリチュアル・アドバイザー隆光のブログです。
「100万人の人にスピリチュアルな愛の風を」お届けしていこうと日々活動しています。

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