2009年10月29日
自作小説『ネゴシエイション』第496話
かなり短いです。
次回以降に投稿する分、今までの内容と矛盾してないかチェック中。
次回以降に投稿する分、今までの内容と矛盾してないかチェック中。
・・・・・・・
☆★☆★☆★☆
世良が書いた小説のワンシーンを読み終え、岩井は思った。小説のモチーフであるヒトクローン開発が実際にあったことだとして、そしてそれがアメリカの軍産複合体によるものだとして、今までの分だけではまだまだ、米軍や日本政府に取引を持ちかける材料として不足だ。
何より今回の分は、世良による想像の部分がほとんどだろう。製薬会社のモルモットにするためという部分はともかく、児童売春ビジネスのため肉体が成長しなヒトクローンを作るなんて、いくら何でも荒唐無稽すぎる。
抗いがたい睡魔に襲われた。早起きして波乗りしたのと、エスティマの振動のせいとで。
エスティマ……今朝会った浜田さんが乗ってるのもエスティマ。
今朝、彼のエスティマの助手席には二十年前のAVが入っているとおぼしい紙袋があった。
以前一緒に飲んだとき、浜田さんは酔った勢いで熱弁を振るった。
『昔のAV女優にはロマンがあったよ。上品でお嬢さまっぽい雰囲気で。援助交際だの何だのが蔓延してからは、リアルな世界でも上品な女の子なんて日本では絶滅しかけてる。キャバ譲みたいなケバい子がAVに出たところで、観てる方は何のありがたみも感じない。俺が贔屓にしてた美少女AV女優がいたんだけど、何本か出ただけで引退しちゃったんだ。複雑な気分だったね。幸せになってほしいって思いと、この子の新作はもう観れないっていう寂しさとで。でも何年か前、その子が週刊誌で十何年かぶりのヌードを披露したんだ。でもあれは、ファンとしてはかえって悲しかった。青春を汚されたような気分だよ。どうせカムバックするなら、もっと若いうちにしといてほしかったなあ』
フェミニストならずとも女性が聞けば目くじら立てそうな発言だし、女性の味方でありたいと思う岩井にとっても耳心地のよいものではなかったが、男同士の友情を維持するには大目に見る必要があった。
それはそうと、浜田さんの言葉の何かが引っかかる。
そう、贔屓にしていたAV女優が十何年かぶりのヌードを披露したことが、彼にとっては悲しかったという部分が。
裏を返せばこういうことだ。そのAV女優が二十歳前後の頃と同じ外見であれば、実年齢が何歳であろうとカムバックは歓迎できる……
世良による小説の先ほど読んだ部分を、荒唐無稽と決めつけることができるだろうか。仮に浜田さんが富と権力を手中におさめ、なおかつ科学者にクローンを作らせることができるのであれば、贔屓にしていたAV女優のクローンを作らせるのではないか。
浜田さんは今、四十代半ば。AV女優のクローンが二十歳になる頃には、浜田さんは六十代半ば。新しい医療制度でいえば「後期高齢者」かもしれないが、だからといって男でなくなったわけではない。むしろ青春時代に贔屓にしたAV譲が全盛期の姿で目の前に現れることを、四十代である今以上に渇望するのではないか。回春効果を期待して。
同じことは通常のAVではなく、児童ポルノ愛好者にも言えるのではないか。児童ポルノ愛好者にだって贔屓にしているモデルがいるだろう。そのモデルが成熟してしまえば、浜田さん同様、喪失感をおぼえるはず。
小説に登場するジェシカのような幼女のクローンを作ろうとする者がいないなどと、どうして言い切れる?
ケージの中、ミニチュアダックスが寝ている。可憐で愛らしい姿に心をなごまされ、抱きあげようとし、ためらった。
情を移すのが恐い。俺が寿命をまっとうできた場合、この犬の死ともいつか向き合うことになる。ペットロスの苦しみは深刻だ。
そう思ったとき、ある話を思いだした。アメリカではヒトクローン技術の実用化が法律で禁止されてはいるが、ペットロスに苦しむフロリダ州の夫婦が韓国のバイオ企業に依頼し、死んでしまった愛犬のクローンを十五万ドルで作ってもらったらしい。
浜田さんがAV譲のクローンを欲しがったり、あるいは小説のジェシカのような児童買春に供されるクローンを作りたがる者がいないなどと、どうして言い切れる?
愛玩の対象だった死んだペットの蘇えりをクローン技術によって実現させた者が実在するならば、性愛の対象だった老いた恋人や売春婦、AV女優の若返りをクローン技術によって実現させようとした者がいないなどと、どうして言い切れる?
世良の小説が荒唐無稽だとすれば、一点においてのみ。すなわち、二十年前にヒトクローンが技術的に可能だったかどうか。
世良は何者だ? こんな悪魔のような所業が存在すると、どうして知っている?
まさか、もしかして……
(497話に続く)
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世良が書いた小説のワンシーンを読み終え、岩井は思った。小説のモチーフであるヒトクローン開発が実際にあったことだとして、そしてそれがアメリカの軍産複合体によるものだとして、今までの分だけではまだまだ、米軍や日本政府に取引を持ちかける材料として不足だ。
何より今回の分は、世良による想像の部分がほとんどだろう。製薬会社のモルモットにするためという部分はともかく、児童売春ビジネスのため肉体が成長しなヒトクローンを作るなんて、いくら何でも荒唐無稽すぎる。
抗いがたい睡魔に襲われた。早起きして波乗りしたのと、エスティマの振動のせいとで。
エスティマ……今朝会った浜田さんが乗ってるのもエスティマ。
今朝、彼のエスティマの助手席には二十年前のAVが入っているとおぼしい紙袋があった。
以前一緒に飲んだとき、浜田さんは酔った勢いで熱弁を振るった。
『昔のAV女優にはロマンがあったよ。上品でお嬢さまっぽい雰囲気で。援助交際だの何だのが蔓延してからは、リアルな世界でも上品な女の子なんて日本では絶滅しかけてる。キャバ譲みたいなケバい子がAVに出たところで、観てる方は何のありがたみも感じない。俺が贔屓にしてた美少女AV女優がいたんだけど、何本か出ただけで引退しちゃったんだ。複雑な気分だったね。幸せになってほしいって思いと、この子の新作はもう観れないっていう寂しさとで。でも何年か前、その子が週刊誌で十何年かぶりのヌードを披露したんだ。でもあれは、ファンとしてはかえって悲しかった。青春を汚されたような気分だよ。どうせカムバックするなら、もっと若いうちにしといてほしかったなあ』
フェミニストならずとも女性が聞けば目くじら立てそうな発言だし、女性の味方でありたいと思う岩井にとっても耳心地のよいものではなかったが、男同士の友情を維持するには大目に見る必要があった。
それはそうと、浜田さんの言葉の何かが引っかかる。
そう、贔屓にしていたAV女優が十何年かぶりのヌードを披露したことが、彼にとっては悲しかったという部分が。
裏を返せばこういうことだ。そのAV女優が二十歳前後の頃と同じ外見であれば、実年齢が何歳であろうとカムバックは歓迎できる……
世良による小説の先ほど読んだ部分を、荒唐無稽と決めつけることができるだろうか。仮に浜田さんが富と権力を手中におさめ、なおかつ科学者にクローンを作らせることができるのであれば、贔屓にしていたAV女優のクローンを作らせるのではないか。
浜田さんは今、四十代半ば。AV女優のクローンが二十歳になる頃には、浜田さんは六十代半ば。新しい医療制度でいえば「後期高齢者」かもしれないが、だからといって男でなくなったわけではない。むしろ青春時代に贔屓にしたAV譲が全盛期の姿で目の前に現れることを、四十代である今以上に渇望するのではないか。回春効果を期待して。
同じことは通常のAVではなく、児童ポルノ愛好者にも言えるのではないか。児童ポルノ愛好者にだって贔屓にしているモデルがいるだろう。そのモデルが成熟してしまえば、浜田さん同様、喪失感をおぼえるはず。
小説に登場するジェシカのような幼女のクローンを作ろうとする者がいないなどと、どうして言い切れる?
ケージの中、ミニチュアダックスが寝ている。可憐で愛らしい姿に心をなごまされ、抱きあげようとし、ためらった。
情を移すのが恐い。俺が寿命をまっとうできた場合、この犬の死ともいつか向き合うことになる。ペットロスの苦しみは深刻だ。
そう思ったとき、ある話を思いだした。アメリカではヒトクローン技術の実用化が法律で禁止されてはいるが、ペットロスに苦しむフロリダ州の夫婦が韓国のバイオ企業に依頼し、死んでしまった愛犬のクローンを十五万ドルで作ってもらったらしい。
浜田さんがAV譲のクローンを欲しがったり、あるいは小説のジェシカのような児童買春に供されるクローンを作りたがる者がいないなどと、どうして言い切れる?
愛玩の対象だった死んだペットの蘇えりをクローン技術によって実現させた者が実在するならば、性愛の対象だった老いた恋人や売春婦、AV女優の若返りをクローン技術によって実現させようとした者がいないなどと、どうして言い切れる?
世良の小説が荒唐無稽だとすれば、一点においてのみ。すなわち、二十年前にヒトクローンが技術的に可能だったかどうか。
世良は何者だ? こんな悪魔のような所業が存在すると、どうして知っている?
まさか、もしかして……
(497話に続く)


