2009年10月29日

自作小説『ネゴシエイション』第497話

ノーコメンで投稿。


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真希のグローブをはずしながらゼットが言う。
「マウスガードはまだ抜かないで。パンチンググローブはめて、すぐバッグ打とう。スタミナアップのために」
美宇も同じくマウスガードをくわえたまま、スパーリング用からバッグ打ち用へとグローブを替え、ウォーターバッグを打ち始める。
この日の練習を終えシャワーを浴びて着替えると、駅前の喫茶店に入ろうとゼットに誘われる。

ゼットはブリーフケースから何かを取りだし、テーブルに置いた。小さな人形のキーホルダーが三つ。人形の髪型はキューピーちゃんのようで、いたずらっ子のような顔立ちだ。両手を脇に垂らし、両脚を前に投げだす姿勢で足の裏を正面に向けている。
「これ、通天閣の神様で“ビリケン様”」
「大阪行ったんですか」
「ああ。片桐と園香とジェニファーちゃんとで分けてくれ。ビリケン様の足の裏、親指でなでてあげると、幸せになれるらしい」

ゼットは次に、封筒を取りだしテーブルに置いた。
「今回大阪行ったのは、バイト先でもらった旅行券と旅館宿泊券を利用したんだ。まだ残ってるから、もし良かったら園香と行ってこないか。後期試験が終わった後にでも」
宿泊券は梅田駅近くのビジネスホテルのものだった。
「四人分もありますよ」
「矢舘さんと加柴も誘えばいいじゃん」
不自然な話に思えたので、ゼットの言葉をさらに引きだそうと無言を通した。
「医学部通ってる知り合いが教えてくれたんだけど、そのビジネスホテルのすぐ近くに、HIVの血液検査で定評のある病院があるらしい。加柴も片桐も、スパーリングするから検査受けるようにって森川トレーナーに勧められてるだろ? そこで受けるといいと思う」

医学部という言葉に、何かピンと来るものがあった。
越野亮太の話によれば、美宇と見合いした日下部圭介という男は岡山の国立大学医学部に通っている。
ゼットが大阪に行ったのは、日下部と会うため? 二人は知り合い?
まさか、日下部圭介もチーム真の一員なのか? そうだとして、どんな利害関係の一致があるのか。

ただひとつ言えるのは、旅行券や宿泊券をバイト先でもらったなどというのは作り話で、美宇に血液検査を受けさせるのが目的に違いない。
大阪の病院で受けさせようとしているのは、東京の、あるいは関東地方の病院では受けさせたくない何らかの事情があるからだ。
何のために血液検査を? 美宇の母親らしき女性の存在をゼットと日下部が知っていて、二人が親子でないかを調べるため?

いや、だったらHIV検査ではなく、DNA鑑定を受けさせるはず。それは医療行為ではないため、病院ではなく民間企業に依頼するのが普通だ。
あるいはまさか、大阪のその病院は日下部圭介とつながっていて、HIV検査で採取した美宇の血液をDNA鑑定に流用するつもりか? HIV検査を持ちだしたのは、その目的をわたしたちに隠すためか。
それに、大阪の病院で受けさせようとする理由は? 東京で受けさせたら、公園で襲撃してきた男たち、あるいはゼットが世良と呼ぶ男に知られてしまう可能性があるのだろうか。

現時点で推理するには材料が乏しすぎるが、ゼットが美宇に危害をくわえるつもりがないことはたしかだ。彼の言うとおりにするのが美宇のためなのだろう。
「分かりました。じゃあ、ありがたくいただきます」
ゼットがホッとした顔をする。
ビリケン様を手に、真希は言った。
「ジェニファー、きっと喜びますよ」
「ジェニファーちゃん、歳いくつ?」
「四月で五歳です」

意外そうな顔でゼットが言う。
「そうなの?」
「高瀬さんから見てもやっぱり、歳の割りに小さく見えます?」
「ああ。てっきり三歳くらいだと思ってた。まあでも、心配する必要はないよ。ゆっくり成長する子もいるから」
ゼットはそう言うが、ジェニファーの年頃で一歳の差は大きい。まさかとは思うが、いや、思いたいが、ジェニファーが発育障害をかかえているなんてことはないだろうか。

(498話に続く)

ryuya777 at 22:26コメント(0)トラックバック(0) この記事をクリップ!
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