2009年11月06日
自作小説『ネゴシエイション』第502話 その1
2回に分けて投稿。
・・・・・・・
☆★☆★☆★☆
矢舘杏奈からかかってきた電話を終え、亮太は考えた。
片桐真希と矢舘杏奈は、加柴先生のことで何か手がかりをつかんだらしい。二人は高瀬さんたちとは別行動をとるつもりだ。
男である僕が何もしないわけにいかない。
パソコンの電源を入れインターネットに接続しようとすると、勉強机の脇、固定電話が着信した。二階のリビングからの内線だった。
家政婦の米山あゆみが、食事の準備ができたと告げる。
父はまだ会社で、母はブティックの仕事で今日は帰りが遅い。
二階に降り、米山が作った夕食を彼女と一緒にとった。
食事を終えると、米山は三階の客間へ向かう。彼女は住みこみの家政婦ではないが、父と母の帰りが遅い日は泊まるよう頼まれている。子供あつかいされているようで亮太としては不服だが、そのことで両親と話し合う機会をなかなか持てずにいる。
自分の部屋にあがり、インターネットで調べごとをした。DNA鑑定について。
あの日、僕は高瀬さんの指示にしたがい、加柴先生の髪を片桐真希さんの髪とすり替えた。横井総合病院が加柴先生の髪をDNAサンプルとして収集しようとしている、高瀬さんはそう言っていた。DNA鑑定について調べれば、何かヒントが見つかるかもしれない。
調べるうち、意外なことを知った。毛髪そのものはDNAサンプルにはならないとのことだ。サンプルになることがあるとすれば、毛根に頭皮が付着している場合。毛髪と違い、頭皮をふくむ皮膚はDNAサンプルになるらしい。
どういうことだ? 横井総合病院は美容師にカットさせた加柴先生の髪をサンプルとして使うつもりはなかったのか?
毛髪がサンプルになると横井総合病院が勘違いするなんて、まさかありえない。
そこで気づいた。亮太は月に一度、床屋で髪をカットしてもらっている。その際、ハサミがからんで髪がブチっと抜けることもある。
床屋であれ美容院であれ、床に落ちた髪はカットされたものだけとは限らない。頭皮が付着した状態で引き抜かれた髪も何本か混ざっているはず。
横井総合病院は、加柴先生の引き抜かれた髪を入手するつもりだった、そういうことか。
では、どうやって入手するつもりだった?
母が共犯者であれば、簡単だろう。
そうでない場合は?
高瀬さんは言っていた。ゴミの日にゴミ集積所を漁るつもりだろうと。反射的にカレンダーに視線を向け、燃えるゴミの日と燃えないゴミの日の曜日をチェックした。
毛髪は燃えるゴミだろうか。それとも……
そこでハッと気づいた。
ゴミ集積所を漁らなくても、僕と僕の両親以外の者で横井総合病院に手渡せる人物……
いるじゃないか、そんな人が、今もこの家に。
ドアがノックされた。
返事をすると、米山あゆみが顔をのぞかせ、言った。
「お風呂の準備ができたけど、亮太くん、先に入る?」
「調べごとしてるから、お先にどうぞ」
米山が階段を降り、しばらくするとシャワーの音が聴こえた。
亮太は自分の部屋から客間へ移動し、コタツの上に携帯電話を見つけた。
メールをチェックする。『夏川康』という者とのあいだで、昨年末からかなり頻繁にメールがやり取りされていると知れた。
文面からして、米山あゆみの恋人ではなさそうだ。至急連絡をくれとか、金銭授受の件での相談など。
携帯が突然振動した。亮太は驚き、危うく携帯を落としそうになる。
ディスプレイを確認した。夏川康からの着信。
振動が何度か続き、留守番が作動する。メッセージの録音が終わるや、亮太は再生させた。
殺気だった若い男の声がまくしたてる。
『おい! この前の髪、まったく別人のじゃねえか! てめえ、ナメてんのか! これ聞いたらすぐ電話よこせ!』
米山あゆみはいつも長風呂だ。風呂からあがり髪をかわかし、リビングのテレビを観ながらくつろぎ客間へあがってくるまで、あと一時間はかかるだろう。
亮太の予想どおり、米山が階段をのぼる足音を響かせるより、男からの二度目のコールが先だった。
『シカトこいてんのか。それとももう寝たのか。とにかく明日の九時、六本木まで来い。“ミューズ”で待ってる。来なきゃお前のアパートの前で毎日、朝と夜、張りこむぞ』
亮太は携帯を元の状態にもどすと自分の部屋へ移動し、インターネットで『六本木 ミューズ』を検索する。
☆★☆★☆★☆
翌日、水曜の夜七時、サーフのステアリングを握る真希は、後部座席に杏奈を乗せ、渋谷区某所にある清嶺女學院大學付近で水野愛美をピックアップした。
まだ仮免しか持たず公道を自由に運転したことがない水野は、自宅までのナビをできない。真希は水野の家の電話番号をカーナビに入力し、ディスプレイにルートを表示させる。
途中コンビニに寄り、ミネラルウォーターとサンドウィッチを買い、七時四十分から水野宅の近くで張り込みをはじめた。
竹井節子が水野愛美の弟の家庭教師をするのは水、金、日の週三日で、愛人課業をしているのは日曜が多いと思われるとのことだ。
それでも念のため尾行することにした。
八時半、竹井節子が水野宅を後にする。
先ほどディスカウントショップで買った折りたたみ式自転車にまたがり、杏奈が尾行をはじめる。追い越してしまわないよう、時おり止まりながら。真希の携帯とはハンディフリーで通話状態のままだ。
杏奈の姿が見えなくなってから、彼女のナビにしたがい真希はサーフを高輪方面へ走らせた。
竹井節子が電車に乗った場合は、杏奈がメールで居場所を知らせ、降りてから再度通話状態にすることになっている。
杏奈が言った。
『竹井が立ち止まった。タクシーひろうつもりらしい』
真希はスピードをあげた。
竹井節子がまだタクシーをつかまえずにいるのを確認し、真希はハザードランプをともしクルマを路肩に寄せた。杏奈が自転車をたたみながら歩み寄り、後部座席に乗りこむ。
☆★☆★☆★☆
亮太はアポロキャップとサングラスで変装し、都営大江戸線を六本木で降りた。時刻は八時。ズボンと靴は先ほど、ディスカウントショップで購入したものだ。亮太がどんな服や靴を持っているか、家政婦である米山あゆみは把握している。
父と母は今日も帰りが遅いので、十一時までに帰宅すれば大丈夫だろう。
“ミューズ”は芋洗坂にあるフランス料理店だ。HPをチェックしたところコース料理が中心で、一人あたり一万五千円が最も安い。
祖父や親戚にもらったお年玉を使えば、それくらいは払える。ただ問題は、中学生にしか見えない自分ひとりでは入店を拒否されそうなこと。仮に入店を許されたとして、この程度の変装では米山に見破られるだろう。
ミューズの入口を視界におさめることができそうな店を探し、アメリカンスタイルのファーストフード店を見つけた。全席カウンターのその店に入り、セブンアップとホットドッグを注文する。
(その2に続く)
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矢舘杏奈からかかってきた電話を終え、亮太は考えた。
片桐真希と矢舘杏奈は、加柴先生のことで何か手がかりをつかんだらしい。二人は高瀬さんたちとは別行動をとるつもりだ。
男である僕が何もしないわけにいかない。
パソコンの電源を入れインターネットに接続しようとすると、勉強机の脇、固定電話が着信した。二階のリビングからの内線だった。
家政婦の米山あゆみが、食事の準備ができたと告げる。
父はまだ会社で、母はブティックの仕事で今日は帰りが遅い。
二階に降り、米山が作った夕食を彼女と一緒にとった。
食事を終えると、米山は三階の客間へ向かう。彼女は住みこみの家政婦ではないが、父と母の帰りが遅い日は泊まるよう頼まれている。子供あつかいされているようで亮太としては不服だが、そのことで両親と話し合う機会をなかなか持てずにいる。
自分の部屋にあがり、インターネットで調べごとをした。DNA鑑定について。
あの日、僕は高瀬さんの指示にしたがい、加柴先生の髪を片桐真希さんの髪とすり替えた。横井総合病院が加柴先生の髪をDNAサンプルとして収集しようとしている、高瀬さんはそう言っていた。DNA鑑定について調べれば、何かヒントが見つかるかもしれない。
調べるうち、意外なことを知った。毛髪そのものはDNAサンプルにはならないとのことだ。サンプルになることがあるとすれば、毛根に頭皮が付着している場合。毛髪と違い、頭皮をふくむ皮膚はDNAサンプルになるらしい。
どういうことだ? 横井総合病院は美容師にカットさせた加柴先生の髪をサンプルとして使うつもりはなかったのか?
毛髪がサンプルになると横井総合病院が勘違いするなんて、まさかありえない。
そこで気づいた。亮太は月に一度、床屋で髪をカットしてもらっている。その際、ハサミがからんで髪がブチっと抜けることもある。
床屋であれ美容院であれ、床に落ちた髪はカットされたものだけとは限らない。頭皮が付着した状態で引き抜かれた髪も何本か混ざっているはず。
横井総合病院は、加柴先生の引き抜かれた髪を入手するつもりだった、そういうことか。
では、どうやって入手するつもりだった?
母が共犯者であれば、簡単だろう。
そうでない場合は?
高瀬さんは言っていた。ゴミの日にゴミ集積所を漁るつもりだろうと。反射的にカレンダーに視線を向け、燃えるゴミの日と燃えないゴミの日の曜日をチェックした。
毛髪は燃えるゴミだろうか。それとも……
そこでハッと気づいた。
ゴミ集積所を漁らなくても、僕と僕の両親以外の者で横井総合病院に手渡せる人物……
いるじゃないか、そんな人が、今もこの家に。
ドアがノックされた。
返事をすると、米山あゆみが顔をのぞかせ、言った。
「お風呂の準備ができたけど、亮太くん、先に入る?」
「調べごとしてるから、お先にどうぞ」
米山が階段を降り、しばらくするとシャワーの音が聴こえた。
亮太は自分の部屋から客間へ移動し、コタツの上に携帯電話を見つけた。
メールをチェックする。『夏川康』という者とのあいだで、昨年末からかなり頻繁にメールがやり取りされていると知れた。
文面からして、米山あゆみの恋人ではなさそうだ。至急連絡をくれとか、金銭授受の件での相談など。
携帯が突然振動した。亮太は驚き、危うく携帯を落としそうになる。
ディスプレイを確認した。夏川康からの着信。
振動が何度か続き、留守番が作動する。メッセージの録音が終わるや、亮太は再生させた。
殺気だった若い男の声がまくしたてる。
『おい! この前の髪、まったく別人のじゃねえか! てめえ、ナメてんのか! これ聞いたらすぐ電話よこせ!』
米山あゆみはいつも長風呂だ。風呂からあがり髪をかわかし、リビングのテレビを観ながらくつろぎ客間へあがってくるまで、あと一時間はかかるだろう。
亮太の予想どおり、米山が階段をのぼる足音を響かせるより、男からの二度目のコールが先だった。
『シカトこいてんのか。それとももう寝たのか。とにかく明日の九時、六本木まで来い。“ミューズ”で待ってる。来なきゃお前のアパートの前で毎日、朝と夜、張りこむぞ』
亮太は携帯を元の状態にもどすと自分の部屋へ移動し、インターネットで『六本木 ミューズ』を検索する。
☆★☆★☆★☆
翌日、水曜の夜七時、サーフのステアリングを握る真希は、後部座席に杏奈を乗せ、渋谷区某所にある清嶺女學院大學付近で水野愛美をピックアップした。
まだ仮免しか持たず公道を自由に運転したことがない水野は、自宅までのナビをできない。真希は水野の家の電話番号をカーナビに入力し、ディスプレイにルートを表示させる。
途中コンビニに寄り、ミネラルウォーターとサンドウィッチを買い、七時四十分から水野宅の近くで張り込みをはじめた。
竹井節子が水野愛美の弟の家庭教師をするのは水、金、日の週三日で、愛人課業をしているのは日曜が多いと思われるとのことだ。
それでも念のため尾行することにした。
八時半、竹井節子が水野宅を後にする。
先ほどディスカウントショップで買った折りたたみ式自転車にまたがり、杏奈が尾行をはじめる。追い越してしまわないよう、時おり止まりながら。真希の携帯とはハンディフリーで通話状態のままだ。
杏奈の姿が見えなくなってから、彼女のナビにしたがい真希はサーフを高輪方面へ走らせた。
竹井節子が電車に乗った場合は、杏奈がメールで居場所を知らせ、降りてから再度通話状態にすることになっている。
杏奈が言った。
『竹井が立ち止まった。タクシーひろうつもりらしい』
真希はスピードをあげた。
竹井節子がまだタクシーをつかまえずにいるのを確認し、真希はハザードランプをともしクルマを路肩に寄せた。杏奈が自転車をたたみながら歩み寄り、後部座席に乗りこむ。
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亮太はアポロキャップとサングラスで変装し、都営大江戸線を六本木で降りた。時刻は八時。ズボンと靴は先ほど、ディスカウントショップで購入したものだ。亮太がどんな服や靴を持っているか、家政婦である米山あゆみは把握している。
父と母は今日も帰りが遅いので、十一時までに帰宅すれば大丈夫だろう。
“ミューズ”は芋洗坂にあるフランス料理店だ。HPをチェックしたところコース料理が中心で、一人あたり一万五千円が最も安い。
祖父や親戚にもらったお年玉を使えば、それくらいは払える。ただ問題は、中学生にしか見えない自分ひとりでは入店を拒否されそうなこと。仮に入店を許されたとして、この程度の変装では米山に見破られるだろう。
ミューズの入口を視界におさめることができそうな店を探し、アメリカンスタイルのファーストフード店を見つけた。全席カウンターのその店に入り、セブンアップとホットドッグを注文する。
(その2に続く)


