2009年11月06日
自作小説『ネゴシエイション』第502話 その2
・・・・・・・
☆★☆★☆★☆
竹井節子が乗ったタクシーは麻布十番方面へと北上した。真希はあいだに二台のクルマをはさみ尾行する。
タクシーが黄信号を通過したときは泡を食いそうになったが、何とか見失わずに済んだ。
水野愛美が真希に話しかけ気を散らせないよう、杏奈が携帯で撮影したサンちゃんの画像や動画を見せる。
「可愛い! わたしもまた犬飼いたいんだけど、ママがダメって言うの。親戚に小さい子がいるんだから、そっちを可愛がりなさいって。でもね、わたしは人間の子供よりワンちゃんの方が可愛いと思う」
「いや、子供は子供で可愛いですよ」
言いながら杏奈は携帯を返してもらい、ボタンを操作して水野にまた手渡す。
「あたしと真希が仲良くしてるジェニファーです。可愛いでしょ?」
「ほんとだ。でも、この子は白人だから可愛いんですよ」
珍しく杏奈がムキになった口調で言う。
「でも、水野さんだっていつか子供産んだら、白人じゃなくても可愛いと思いますよね? 人間はみんな平等ですよ」
水野が傷ついた顔で真希に視線を向ける。
真希は先ほどから感じていた。杏奈は水野に対する嫌悪感をこらえきれずにいると。
真希が杏奈をたしなめてくれないとさとるや、水野は言う。
「別にわたしだって、人間の子供が嫌いって言ってるんじゃないですよ。障害児の慰問とかもボランティアでしてるし。人間は平等だって思ってるから」
「ボランティアしてるんですか」
「大学生になってから、少しずつ。矢舘さんも障害児の慰問、したことあります?」
「去年の十一月まで」
「え!」
「いや、でも、今も続けてる水野さんは立派ですよ」
「忙しくなってやめたんですか」
「まあ、色々あって」
杏奈がそのボランティアを辞めたのは、テッちゃんと関係ある。テッちゃんとはボランティアの現場で知り合ったのだ。
同じ大学の院生であることもあり意気投合したつもりだったが、すぐに最低の男と気づき、映画鑑賞のデートを二度ほどしただけで別れた。
付き合ってたと言うほどのものでもないが、杏奈の男を見る目が未熟だったことも事実だ。
ボランティアは続けたかったようだが、テッちゃんと顔を合わせれば周囲の空気までよどませてしまうため、身を引かざるをえなかったらしい。
杏奈には黙っているが、テッちゃんはその後、真希にも食事の誘いをメールでしてきている。昨年のクリスマスイブ、ゼットと防犯グッズショップにいたときも。もちろん真希は、すぐに迷惑メールとして登録した。
テッちゃんが今もボランティアをしているかどうかは知らないが、しているとしても女性を口説く場とみなしているに違いない。
竹井節子が乗るタクシーを尾行するうち、首都高の都心環状線と平行して走っていた。六本木の町並みが前方に見えはじめる。
タクシーは芋洗坂に入り、レストランの前で停まった。
真希はタクシーを追い越し、竹井節子がレストランに入るのをルームミラーで確認した。百メートルほど走ってからサーフを停める。
ここからは杏奈にまかせるしかない。水野はもちろん、真希も竹井節子に顔を知られている。
杏奈も先ほど、水野宅付近の尾行で姿を見られた可能性がある。黒いアポロキャップをかぶり、コートを真希のそれと交換し即席の変装をしてからサーフを降りた。
真希が空きのあるコインパーキングを探すうち、携帯が着信した。
杏奈が言う。
『まずいことになった』
「どうした?」
『とにかく、さっきのとこまで来て。いや、今どこ? そこまで行くよ』
「あんたは無事なの?」
『それは大丈夫。とにかく、レストランには近づかない方がいい』
芋洗坂のふもと付近でサーフを停めた。杏奈が駆け寄り後部座席に乗ったが、何も言わない。水野の耳を気にしているらしい。
そのことに水野も気づいたらしく、言う。
「節子ちゃん、今日もわたしのパパと会ってたの?」
杏奈が言う。
「まさか。わたしも真希も、水野さんのお父さんの顔、まだ知らないじゃないですか」
「知らないからこそ、矢舘さんだってわたしのパパじゃないって言い切れないじゃないですか」
水野には想像力や推理力が欠けているらしい。杏奈が見た人物は女性、あるいいは水野の父親とは思えないほど若い男で、なおかつ杏奈の知り合いなのだろう。
(503話に続く)
☆★☆★☆★☆
竹井節子が乗ったタクシーは麻布十番方面へと北上した。真希はあいだに二台のクルマをはさみ尾行する。
タクシーが黄信号を通過したときは泡を食いそうになったが、何とか見失わずに済んだ。
水野愛美が真希に話しかけ気を散らせないよう、杏奈が携帯で撮影したサンちゃんの画像や動画を見せる。
「可愛い! わたしもまた犬飼いたいんだけど、ママがダメって言うの。親戚に小さい子がいるんだから、そっちを可愛がりなさいって。でもね、わたしは人間の子供よりワンちゃんの方が可愛いと思う」
「いや、子供は子供で可愛いですよ」
言いながら杏奈は携帯を返してもらい、ボタンを操作して水野にまた手渡す。
「あたしと真希が仲良くしてるジェニファーです。可愛いでしょ?」
「ほんとだ。でも、この子は白人だから可愛いんですよ」
珍しく杏奈がムキになった口調で言う。
「でも、水野さんだっていつか子供産んだら、白人じゃなくても可愛いと思いますよね? 人間はみんな平等ですよ」
水野が傷ついた顔で真希に視線を向ける。
真希は先ほどから感じていた。杏奈は水野に対する嫌悪感をこらえきれずにいると。
真希が杏奈をたしなめてくれないとさとるや、水野は言う。
「別にわたしだって、人間の子供が嫌いって言ってるんじゃないですよ。障害児の慰問とかもボランティアでしてるし。人間は平等だって思ってるから」
「ボランティアしてるんですか」
「大学生になってから、少しずつ。矢舘さんも障害児の慰問、したことあります?」
「去年の十一月まで」
「え!」
「いや、でも、今も続けてる水野さんは立派ですよ」
「忙しくなってやめたんですか」
「まあ、色々あって」
杏奈がそのボランティアを辞めたのは、テッちゃんと関係ある。テッちゃんとはボランティアの現場で知り合ったのだ。
同じ大学の院生であることもあり意気投合したつもりだったが、すぐに最低の男と気づき、映画鑑賞のデートを二度ほどしただけで別れた。
付き合ってたと言うほどのものでもないが、杏奈の男を見る目が未熟だったことも事実だ。
ボランティアは続けたかったようだが、テッちゃんと顔を合わせれば周囲の空気までよどませてしまうため、身を引かざるをえなかったらしい。
杏奈には黙っているが、テッちゃんはその後、真希にも食事の誘いをメールでしてきている。昨年のクリスマスイブ、ゼットと防犯グッズショップにいたときも。もちろん真希は、すぐに迷惑メールとして登録した。
テッちゃんが今もボランティアをしているかどうかは知らないが、しているとしても女性を口説く場とみなしているに違いない。
竹井節子が乗るタクシーを尾行するうち、首都高の都心環状線と平行して走っていた。六本木の町並みが前方に見えはじめる。
タクシーは芋洗坂に入り、レストランの前で停まった。
真希はタクシーを追い越し、竹井節子がレストランに入るのをルームミラーで確認した。百メートルほど走ってからサーフを停める。
ここからは杏奈にまかせるしかない。水野はもちろん、真希も竹井節子に顔を知られている。
杏奈も先ほど、水野宅付近の尾行で姿を見られた可能性がある。黒いアポロキャップをかぶり、コートを真希のそれと交換し即席の変装をしてからサーフを降りた。
真希が空きのあるコインパーキングを探すうち、携帯が着信した。
杏奈が言う。
『まずいことになった』
「どうした?」
『とにかく、さっきのとこまで来て。いや、今どこ? そこまで行くよ』
「あんたは無事なの?」
『それは大丈夫。とにかく、レストランには近づかない方がいい』
芋洗坂のふもと付近でサーフを停めた。杏奈が駆け寄り後部座席に乗ったが、何も言わない。水野の耳を気にしているらしい。
そのことに水野も気づいたらしく、言う。
「節子ちゃん、今日もわたしのパパと会ってたの?」
杏奈が言う。
「まさか。わたしも真希も、水野さんのお父さんの顔、まだ知らないじゃないですか」
「知らないからこそ、矢舘さんだってわたしのパパじゃないって言い切れないじゃないですか」
水野には想像力や推理力が欠けているらしい。杏奈が見た人物は女性、あるいいは水野の父親とは思えないほど若い男で、なおかつ杏奈の知り合いなのだろう。
(503話に続く)


