スカウトマニア

ボーイスカウトに関する事と、それにまつわるあらゆる事を裏から表から日記に記していきます。今まで「楽天」「goo」「excite!」「Yahoo!」に分かれていた各ジャンルのブログをこの「Livedoor」に一括しました。がんばれ、活力門!

その他の品

戸舘父さんの年輪114

登録証 ゴールデンウィーク中に出勤になってしまい、帰り際に戸舘父母のところに寄りました。世間様では今日まで「研修所」があったそうです。
 で、出てきました!(笑)なんと「登録証」です。昭和40年以降のものを所有しているそうです。それ以前は紛失したり、貰ってなかったりの様です。
 で、画像をご覧下さい。「録」の字が旧字体です。(旁の上が“ヨ”ではなく“互”の上の横棒のない字になっている)父さんに言ったところ、「どこが違うんだ!?」と言って気付きません。登録証も年代物ですが、父さんもなかなか年代者だなと思いました。(笑)

戸舘父さんの年輪104

6NJエプロン 何の変哲もないエプロンの様ですが、これには全国各都道府県連盟のスタンプが押してあります。父さん自身も知人から譲り受けたと言っていましたが、こう言うものを持っている人と知り合いであるあたりが年輪を感じさせます。
 スタンプを見るとどうやら「6NJ(千歳原)」の様です。何か事前にスタンプラリーの様にするとアナウンスがあったのでしょうか。エプロンに押したあたりが面白いですが、これは汚れても洗えません。(笑)
 これは面白い企画です。今回の15NJにはオリジナルスタンプを作って行きたいと思います!

BS博物館!?“米連登録証”〜野口さんコレクション55〜5

BSAの登録カード 遂に「世界の王」の本塁打数に到達した(!?)野口さんのコレクション披露ですが、今回は珍しくワッペンではないものです。ご本人の解説をどうぞ。


今回は米国連盟の昔(年代不詳)使用されていたカブスカウトとボーイスカウトの登録カードを載せます。このボーイスカウトカードには3つの「ちかい」と12の「おきて」が書かれており、カブスカウトカードにも日本で表現している「やくそく」と「さだめ」が書いてあります。また、米国のスカウト運動が米国で1910年に誕生してわずか6年で(1916年)米国の議会より米国連盟が憲章を受けたとカードには書かれております。このことにより米国大統領が米国連盟の名誉総裁になり米国がスカウト運動を国を上げてサポートすることになりましたので米国のスカウト運動がこの国の社会で大いに認められた要因でもあります。ですから米国連盟の最高進歩記章であるイーグルスカウト章の取得者が米国では国家の構築の為の奉仕者として容認されたのです。
※米国連盟では毎年の年度の事業報告書を、時の大統領に対して(加盟員数は何人いたか、イーグルスカウト章を何人取得したか、技能章を何人取得したか、他について)報告しています。


と言うことは、これは現行のものではなく、過去のものなのでしょうか?戦後のボーイ隊の掟が12条だった(私がシニアースカウトの頃まで)のは米連の影響によるものだと聞いたことがあります。古くから活動している方は、現行のおきてを言う時に「えーっと、従順はなくて…」などと考えながら挙げていくそうですが、確かお隣の韓国は今でも12条です。やっぱり何か関係があるのでしょうか!?

BS博物館!?“イーグルスカウト認定証”〜野口さんコレクション45〜5

イーグルスカウト認定証 米連に対し、非常に思い入れがあるという野口さん、今回はこんな品です。ご本人の解説をどうぞ。


今回は米国連盟の最高進級章であるイーグルスカウト章認証書を紹介します(イーグルスカウト章バッジについての各種説明は、以前に、このS君のブログに2回程説明してありますのでそちらを参照して下さい)日本の富士章スカウトについても、日本連盟総長の名をもって受章スカウトには認証書が渡されますが米国では、このスカウト運動を国家を上げてサポートしていますので米国連盟では名誉総裁である大統領(左側のサイン)や米連盟の総裁(真ん中のサイン)米連盟事務総長(右側)の署名入りのなのです。もし、日本でも内閣総理大臣の署名入りの富士章スカウト認証書が実現したら、米国のイーグルスカウトのように世間では大いに認められますね?このイーグルスカウト章認証書にサインをされている時の合衆国大統領は第40代大統領ロナルド・レーガン(誕生1911年〜死去2004年)氏で米国大統領としての就任期間は(1981年1月20日から1989年1月20日)までです。


私個人としては総理大臣のサインよりも、より多くのスカウトが富士章を獲得することができて、社会的にも認知されることの方が重要のように思えますが、名誉総裁のサインがあるというのは確かに貰った人は嬉しいかも知れませんね。(でもこれは、サインが印刷されているのではないでしょうか!?)レーガン大統領と言えば、丁度中曽根首相の頃の大統領で、「ロン」「ヤス」と呼び合った、いわば日米関係の良かった時期でもあると思います。葬儀の時には中曽根元首相もさることながら、旧ソ連邦のゴルバチョフ元書記長(大統領)も参列していたのが印象的でした。国家の体制が変わってもボーイスカウトとしての関係は良いままでいて欲しいものです。

BS博物館!?“日本で最初に発行されたスカウト切手”〜佐藤さんコレクション4〜5

BS切手1 とても味のあるコレクションをご紹介下さる佐藤さん、今回はいよいよ本領発揮といった品です。


今回は日本で最初に発行されたスカウト切手を紹介します。ボーイスカウト運動が日本において戦後正式に再開された昭和24年の9月24日から25日(1泊2日)にかけて東京の皇居前ドウリッツル・フィールド(現在の日比谷公園)にて全日本ボーイスカウト大会が行われました。写真はこの大会を記念して発行されました日本における最初のスカウト切手で(1シート50枚)あります。この切手の図案になった人物は米国人のスカウト、ジョージ・ラッセル氏です。切手の発行日は昭和24年9月22日、金額は1枚8円。発行枚数は300万枚作られました。
※参考までにこの全国大会には(約3000名が参加)下記の都道府県の加盟員が参加しました。
北海道。秋田県。岩手県。山形県。宮城県。福島県。茨城県。栃木県。群馬県。埼玉県。千葉県。神奈川県。東京都。愛知県。岐阜県。静岡県。新潟県。石川県。長野県。大阪府。京都府。滋賀県。奈良県。三重県。和歌山県。兵庫県。岡山県。広島県。香川県。愛媛県。福岡県。佐賀県。長崎県。熊本県。
以上34都道府県。


私もこの切手を所有しておりますが、一枚のみです。流石にシートでと思うととても手が出ません。子供の頃は随分切手を集めたものですが、最近は教員をしていた時に生徒さん達への説明用に「江戸開幕シリーズ」などを集めたりした位です。スカウト切手も、この皇居大会以外はシートで所有しております。これからも「切手シリーズ化」に期待しております!続きを読む

BS博物館!?“三島通陽第4代総長の直筆書”〜佐藤さんコレクション3〜5

三島通陽の直筆書 野口さんとはまた違った意味でボーイスカウトに対する歴史を感じさせる佐藤さんのコレクションですが、今回はまたとても貴重な品です。ご本人の解説をどうぞ!


前回は私が世界各国で発行されているスカウト切手収集の道に入るきっかけを作って下さった三島通陽先生について述べましたが、今回は三島通陽先生、自らが書かれた「ちかい」の書を私は持っていますのでこれを紹介します。
又、三島通陽先生のスカウト運動に関する略歴を書きます。※この表彰状のスカウト章の上部分は現在の「そなえよつねに」ではなく「日々の善行」と書かれており「おきて」は勿論、12カ条が書かれております。
三島通陽第4代日本連盟総長は明治30年1月1日東京麻布にて誕生しました。
◎大正12年少年団日本連盟副理事長に就任。
◎大正13年(1924年)第2回世界ジャンボリー派遣団団長(デンマークにて開催)
◎大正14年東京連合少年団理事長に就任。※この職は昭和16年まで務めました。
◎昭和12年3月、日本少年団タイ国派遣団団長。
◎昭和12年7月、日本少年団イタリア国派遣団団長。
◎昭和23年1月、ボーイスカウト日本連盟理事長に就任。
◎昭和26年2月、ボーイスカウト日本連盟総長に就任。
◎昭和26年5月20日茨城県連盟結成式典に参列(水戸市茨城会館)
◎昭和26年7月(1951年)第7回世界ジャンボリー派遣団団長(オーストリアにて開催)
◎昭和26年8月、英国ギルウェル実修所少年部を修了。
◎昭和31年5月、茨城県連盟結成6周年記念式典に参列(水戸市偕楽園)
◎昭和34年7月(1959年)第10回世界ジャンボリーに参加(フィリッピンにて開催)
◎昭和36年9月25日ブロンズ・ウルフ章を授与される。
◎昭和38年8月(1963年)第11回世界ジャンボリーに参加(ギリシャにて開催)
◎昭和40年4月20日永眠する(行年68歳)
※国内に関する三島先生の動向については省略致しました。


三島通陽氏と言えば、「彌榮ボーイスカウト」の創設や「パトロール・システム」「少年團指導者教範」などの翻訳と偉業が数多あります。我々にとって歴史上の人物のようですが、実際には佐藤さんのように直接あったことのある方が現在でも活躍しています。山口季次郎氏は明治19年生まれで90歳近くまでご存命でしたが、それを思うと11歳も若い三島通陽氏が70歳を前にして亡くなったことは非常に惜しく感じます。

BS博物館!?“三島通陽第4代総長の肖像”〜佐藤さんコレクション2〜5

三島通陽 野口さんもさることながら、その大先輩に当たる佐藤さんの所蔵には年輪を感じます。今回も素晴らしい逸品です。当時のエピソードを含め、ご本人の解説付きです。


前回は故久留島秀三郎第5代日本連盟総長について、このS君ブログに掲載をさせていただきましたが、私がボーイスカウトの「切手」の世界の収集に、のめり込んだのは、故三島通陽第4代日本連盟総長との会話から始まったのです。
それは昭和26年の5月20日に茨城県連盟が県下16個隊により旧茨城県庁の脇の茨城会館で結成式を行った際、故三島先生が、この結成式の参列の為、はるばる東京から水戸までおいで下さったのです。
私は当時、水戸1団に所属しており若干18歳でしたが、この結成式にお越し下された来賓の方々の食事当番を命じられておりました。
そこで、三島先生と会話をし、先生は、私に対してスカウト活動の中で一番大事なことは「外国に行き、多いに、社会見聞を広めることです」と言われました。今では外国には誰でもが行かれる時代になりましたが、その頃は、外国に行くということは夢の中でしか実現が不可能な時代でした。
そこで、「スカウト切手」が外国の多くの国で発行されていることを知り切手の図案を通して諸外国の文化を研究し、以来、この歳になるまで自分なりの国際親善活動を行ってきました。
現在では、県連で開催されるカブ、ビーバーラリーやキャンポリー、日本連盟で開催されるジャンボリー、社会教育関連団体が主催するイベントにはいつも参加をさせていただきましてスカウト運動を啓蒙しています。 ※皆さんは知らなかったかもしれませんが茨城県連盟の前連盟長であられた故徳川宗敬氏と故三島通陽先生は学習院時代の同窓生です。


私達からすれば、三島通陽、久留島秀三郎と言った歴代の総長達は「歴史上の人物」(※故に呼び捨てで書かれる)の様に感じますが、佐藤さんは実際に会話をされたことがある訳ですから、「三島先生」と呼ばれるのも納得です。私もこれからのBS人生の中で「先生」と呼べるような出逢いを作っていきたいと思います。(くどいようですが、私の師匠は現団カブ隊の中島副長です)続きを読む

BS博物館!?“久留島総長の写真”〜佐藤さんコレクション1〜5

久留島秀三郎 このシリーズ、色々な方が見て下さっているようで、今回はスカウト切手の大家である佐藤さんから貴重な画像のご提供がありましたのでご紹介致します。


S君のブログをいつも楽しく読んでいます。
S君の最近のブログに名前が出ていました故・久留島秀三郎総長は故・三島通陽第4代日本連盟総長が昭和40年の春に亡くなられた翌年の昭和41年5月に老齢にもかかわらず第5代日本連盟総長に就任しました。
私達オールドスカウター(70歳以上)には当時、久留島という名を知らない者がいないくらい故・久留島秀三郎氏は有名な人でした。
なぜならば、故・久留島総長は日本のボーイスカウト運動の創世期に京都で活躍していた、かの有名な故・中野忠八氏の実弟であったからです(故・佐野常羽長老もスカウト運動に入る際、中野忠八氏に頭を下げたのです)故・総長は結婚で久留島家に養子に入り、その名前になったのです。
我が県連盟でも、故・吉田孝俊(元茨城県連盟理事長)とはギリシャでの第11回世界ジャンボリーで日本派遣団本部の役員として、ご一緒に奉仕したと故・吉田先生から以前、私はお聞きしたことがあります。
また、私が若かりし頃にお世話になりました水戸1団でも、楢戸健次郎氏(当時中学1年)が1959(昭和34年)に参加した汎太平洋ジャンボリー(ニュージーランドのオークランドで開催、日本からの参加スカウトは3名)では故・総長は当時、70歳を越していましたが派遣団の団長を務めたと聞いております。これは故・久留島秀三郎総長の葬儀が昭和45年9月27日に東京の築地本願寺で行われました時の写真です。


なるほど、この写真は遺影だったんですね。私の持っている「簡易測量法」と言う本の中にお兄さんに当たる中野忠八の写真が出ていますが、かなり若い頃のもので白黒です。今度はその写真(と言うか、書籍)をご紹介できればと思います。

BS博物館!?“「パーティーの夕べ」招待券”〜磯さんコレクション2〜5

入場券 このシリーズ以外では時折お名前が出る磯さん、今日は久しぶりのコレクション披露です。
 この入場券は1970(昭和45)年のB‐Pメモリアルデーの記念講演とパーティーのものだそうです。それを挨拶文と共に同封して郵送或いは手渡ししたのでしょうが、ご丁寧にその封筒まで存在します。更に別の招待状(左下)もお持ちです。こちらは何なのでしょうか?
 当時の総長は久留島秀三郎氏。まだ私も生まれていない頃です。皆さんきっと5NJ前で、翌年の13WJに向けて色々と苦労をしていた頃だと思います。しかもこの券、半券が残っているので「未使用品」と言うことになります。
 日付を見ると、“当日”ではなく前日の2月21日に行われたようです。そう言えば、中村知氏は2月21日生まれですが、この会に参加したのでしょうか?気になります。(闘病生活5年で翌々年にお亡くなりになっていますので、おそらくは参加されていないのでしょうが…。)

戸舘父さんの年輪65

那須の名物2 このシリーズで異彩を放つ父さんですが、昨日まで那須野営場で行われた実修所の際に、父さんの名前が刻まれたプレートを発見しました。
 今はなき「シニアースカウト課程」に参加された時のものですが、所員の中に私の大学の恩師である逢坂伸一先生のお名前があります。先生の授業はとても面白かったので、授業の内容を今でもよく記憶しております。
 話がそれてしまいましたが、実修所の参加が平成2年とは想像に反して意外と遅かったなと感じました。私の指導者講習会(平成元年)の時に奉仕で入っていらして「連盟歌を歌う時に、“花の香に”の所を“花の丘に”と言うつもりで歌うと綺麗にリズムが取れる」と説明していたのが印象に残っていました。あの時はまだ実修所を修了していなかったと言うことになります。何だか昭和40年代頃に行ってそうなイメージですが、この辺も我が県連の「妙」なのかも知れません。

戸舘父さんの年輪5〜ボーイスカウト大ポスター〜5

スカウト道は険しい お父さんのところでこのポスターを見かけないので「どうしたのですか?」と確認したところ、「オマエのような危険な奴が出入りしているから隠した」と言われてしまいました。(笑)
 しかし、ブログ紹介を強行致します。このポスター、富士頂上を目指すために通過しなければならない関門があちこちに存在します。印象的なのは1級章の前に橋が架かっているところです。そして裾野は長い。
 これを見ると「菊・隼、5合目だ」というのもうなずけますね!

戸舘父さんの年輪55

13WJたばこ 本来は今日行われた団委員会に関することを書くべきなのでしょうが、何も書く気になれません。それとは別に午後イチで「ヤングボランティアセミナー」の奉仕があったのですが、そこで戸舘父さんに「オマエ、何でゴミ袋しか出さないんだよ!」と直々にご指摘があったので、今回はこんなお宝をご紹介させて頂きます。
 父さんはお酒は好きそうですが、たばこは吸っているところを見たことがありません。吸わないのか、吸っていたが止めたのかは定かではありません。しかし、この品はしっかりとゲットしたようです。(笑)
 しかし、こんなものを売っていたのですねぇ。前回のゴミ袋は色々なところから反響があり、おそらく保管している人は世界に1人ではないかというご意見もありました。(誰か持っていたら知らせて欲しいものですが…)でも、台風でみんな参っている時にせっせと色々なものを収集して回っていた父さんの努力には頭が下がります。この空き箱も見る人が見れば「ゴミ」ですが、我々のような人間が見れば、物凄い資料です。おそらく茨城アイテムクラブのメンバーからの反響(=コメント)が入ると思いますので。それに期待したいと思います。
 しかし、今日ほど他団の方に親近感を覚えた日はなかったような気がします。

戸舘父さんの年輪45

13WJゴミ袋 昨日「聞きたいこともあるので、家に来い」と言われたため、今日久しぶりに父さんの所に伺いました。先日「最近来ないじゃないか。お前に見せたくないものが沢山あるんだが…(笑)」と言っていたので、これはまたお宝に違いないと察知し、馳せ参じました。
 伺うと、準備周到にスクラップブックや古い書籍類がテーブルの上に積まれていました。その背には「スカウト」「13WJ」などとかかれています。正しくお宝のにおいが!!!
 で、「写真撮影禁止!」と言われながらも目を盗みつつ撮影したものがこれです。何と13WJの時に配布された「ゴミ袋」だそうです。これは誰も持っていなさそうです。凄い…、凄すぎるぞ父さん!!しかもファイルに綺麗に挟んであったため、新品そのものです。(ゴミ袋が新品じゃなくても困るけど…)13WJと言えば、私の生まれた年ですので、35年前のものです。この袋以外にもスクラップブックの中には素晴らしい記録がギッシリと詰まっていました。このような記録を見せられてしまうと、今回のジャンボリーに関するものをきちんと整理して30年以上は保管しなければならないと責任を感じました。(笑)
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龍馬自然堂
 ボーイスカウト活動に関する事柄を「BS活動日記」「"やめたい"日記」「Scovia〜ボーイスカウト版「トリビアの泉」〜」「ジャンボリー誘致のためのブログ」「突撃!隣のボーイスカウト」「ボーイスカウト・ミュージアム」「Webmasterのひとりごと」「モブログ」「レビューもどき」「夢」「健康・運動・体力作り」の11カテゴリに分けて掲載していましたが、平成30年3月末を以て登録抹消致しました。組織には嫌気が差しましたが運動は素晴らしいと思っているので、研究は継続したいと思っています!
 最後に自己紹介を…。

◎生年月日:
 1971(昭和46)年2月22日
◎性別:
 男
◎前世:
 坂本龍馬(鼻の上に前世の刀傷がある?)
◎団での役務:
 BS隊隊長、CS隊副長
◎地区での役務:
 プログラム委員
◎活動への意気込み:
 死ぬ気でやる!!
◎座右の銘:
 「皇國の興廃この一戦にあり。各員一層奮励努力せよ」
◎理念:
 アンタが1番、あたしゃ2番
◎ご挨拶に代えて…:
 13年前に姫路で行われたCS課程のWB実修所に参加した際、「関東でも埼玉や神奈川、東京などは(スカウティングの)先進県でしょ?」と言われました。流石に我が茨城県の名前は出ませんでしたが、これからのスカウティングを担っていくものとして、他県・世界に誇れるような活動を展開したいと思っておりましたが、遂に登録抹消!ダメな組織の片棒を担ぐ気はさらさらありませんが、運動自体は本当に素晴らしい!これからも応援していきます、運動を。
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