セマンティックウェブ・ダイアリー

小出誠二の個人的な業務日誌

明けましておめでとうございます

 とうとう1年ぶりのご挨拶になってしまいました。その間も生きていましたが・・・。さて恒例になってしまった1年の振り返りの記事をお送りします。

 2,3年前から事あるごとに日本の国力の地盤沈下について訴えてきましたが、日本の「失われた30年」と言われるのが、マスコミ的にも社会的にも定着したようで、日本はこのままでいいのだろうか、何とかしなければ、という危機意識が官僚のみならず民間でも広範囲に生まれてきているように思われます。
 その一例として、ここでは「安定的で持続可能な日本経済を確保するために、財政政策と金融政策を総合的に把握し、そのあるべきあり方を模索しつつ、知見を深める」ための「公共貨幣de持続可能な日本経済を模索する懇話会」や、「公共貨幣及び電子公共貨幣の普及活動」をミッションとする「公共貨幣フォーラム」をあげておきます。この前オアゾの書店に行ったらMMT理論の本が平積みされていて、びっくりしました。時代はすでにポスト資本主義について議論するようになっているようです。私の身の回りでは以前から、オープンデータやオープンガバメントの運動もありますが、2019年はオープン・サイエンスが日本でも鮮明になった年でした。
 私としては製造業における技術力の低下に危機感を抱き、活動の方向を模索してきました。昨年は体を患ったこともあり、歯がゆい思いもしましたが、そんな中で協力していただける人々も現れ、今年こそはなにか形にしたいものだと思っています。時がきたら詳細を公表して皆様の賛同を得たい思っております。

ものづくりにおけるオントロジー標準化

 そんな活動のキーとなるのが、技術としてはオントロジーです。トップオントロジーとして、日本には溝口先生のYAMATOがあります。一方、世界にはバリースミスらによるBFOがありこれはなんとISOになっています。ISOにはその他にもトップオントロジーとしてDOLCHEもあり、両者の整合性なり使い分けはどうしたらよいのか、だれか考えているんだろうかと気になります。JISはといえば、トップオントロジーはありませんがOWLが既にJIS化されています。ところがこれはOWL1なのです。今ではOWL2が最新ですので、これも問題です。ISOにもRDFやOWLによるドメインオントロジーはありますが、OWLそのものはISOには入っていません。ややこしいですね。さらに言えば、ISOにはOWLと関係の深いCommon Logicがありますが、JISには論理っぽいものは一切ありません。

ビバ!! 日本機械学会

 さて、そんな状況で頼りになるのが、学協会になりますが、日本機械学会はあの膨大な機械工学便覧をDVD-ROMにして、わずか8,900円で売っています。これは近来まれにみる英断ですね。「『機械工学便覧DVD-ROM版』発刊にあたって」では次のように述べています。少し長くなりますが、以下に引用します。
「機械工学便覧」は日本機械学会の英知を集めた重要かつ有用なコンテンツです.初版が刊行された1934 年以来,長年にわたり広く活用され,我が国の機械工学・機械技術および産業の発展に大きく貢献しました.1984 年から1989 年にかけて刊行されたA編,B 編,C 編だけでも合本・分冊あわせ約25 万部が販売されました.
1997 年に日本機械学会は創設100 年を迎えたのを機に,21 世紀に相応しい「機械工学便覧」を編纂することとなり,全面改定作業が行われました.2003 年から2008 年にかけて刊行された現在の「機械工学便覧」は,関連分野の進展した情報を取り入れるとともに,機械工学・機械技術が担う分野の拡大にも対応したものです.A4 版で全6 000 ページに及ぶ他に類を見ない機械工学・機械技術に関する知の集大成です.しかし,現在の「機械工学便覧」の販売数は累計で合本・分冊合わせ5 万部に満たず,しか
もその販売数は年々減少しています.残念ながら,多くの人に活用していただいているとはいえない状況です.
出版センターでは,「機械工学便覧」をより多くの人に活用してもらう方策を検討してきました.その結果,今まで法人が主な対象であった購買層を個人にまで拡げる必要があると考えました.そのためには価格を下げる必要があり,新たなコストをかけずに現有コンテンツをそのままPDF 化してDVD-ROM に収録することが最善であるとの結論に至りました.
[...]
著作権に関わる点では性善説に立つこととしました.所有者がご自身のパソコンのハードディスクにダウンロードして使用することを想定して,ディスクとしてのコピーガードはつけないこととしました.また,利用者の利便性を考慮してテキストのコピー,図表のコピーも可としました.これらの点につきましては,著作権保護の観点から適正にご使用いただきますようお願いする次第です.
現在では,インターネットから種々の情報を得ることができます.機械工学・機械技術に関連した情報も然りです.しかし,インターネットから得られる情報は体系化されておらず,またその信頼性も保証されていません.特に若い技術者や学生にとって,技術的な調べごとをインターネットで済ませることには大きな問題があります.そのような場合の信頼できる立ち戻る場所として,「機械工学便覧」は最適なものであると考えます.「機械工学便覧」が持つ情報は,質・量ともにインターネットから得られるものとは別次元です.多くの人に活用していただくことを意図した「機械工学便覧DVDROM版」が,技術者,研究者,学生の共通の立ち戻る場所として広く普及することを願っています.

 いやー、まったく素晴らしい。JISになったとたんに、それまでフリーで閲覧できていた内容でも有料になりますからね。たとえばOWL1の日本語訳はここからダウンロードできますが、日本規格協会からでは4,400円必要です。これはISOにおいても同様でそれまで研究者が公開してきた内容がISOからではお金がかかります。
 規格になってお金を取ることでかえって技術の普及が妨げられるという本末転倒なことが起こっています。
 同様なことでもっとひどいのは、かつて国のお金を投じて作られた日本語電子化辞書EDRです、いまだに更新されているらしいのはいいのですが、入手するのに120万円も必要というのでは、いまどきだれも買わないですよね。一方、英語の電子化辞書WordNetは世界中に普及し、英語圏のみならず世界中で色々な研究や実用に使われています。
 「フォーラムものづくり」ではものづくり用のオントロジーを開発し、それをみなさんでよいものに仕立てていこうと考えていますが、そうしてできたオントロジーは具体的なデータを除き当然CC0すなわち著作権放棄でいこうと考えています。JISがあてにはならないので、オントロジー構築にあたっては機械学会便覧をあてにしたいのですが、その場合、日本機械学会の協力が得られればありがたい。日本のものづくりの共有知とすべくオントロジーに結実したいものです。
 2020というのは、覚えやすい数字ですね。ここから日本の快進撃がはじまるというふうにしたいものです。

新年明けましておめでとうございます.

 今では毎年恒例となってしまった,新年のご挨拶を情勢分析と来るべき世界への期待とともに,お送りいたします.このブログ記事の更新も5月から途絶えてしまっていて,訪れていただいている方々には申し訳ないことをしました.今ではFacebookに時々アップしていることもあって,こちらのブログが途絶えがちになっているのかもしれませんが,これからはFacebookのつぶやきと,このブログ記事の主張と,オントロノミー・ホームページの投稿の使い分けをきちんとしていきたいと思っております.

 さて,昨年の新春ブログでは5年間の歩みを振り返って,確かにLODが深化してきていること,東京一極集中であること,これからはプラットフォーム作りに励むことを述べさせていただきました.それを踏まえて言いますと,関西侮るなかれ,Lispにおいても,自治体LODにおいても,関東より着実に発展してきていると報告させていただきます.客観的数値としては「地方公共団体の官民データ活用推進計画策定済団体」に参加の自治体数は関東・関西ともに4になりますが,その中身となると私が関わった範囲でも大阪市のLODがY市よりも優れていることは断言できます.これは一部の関係者の尽力によるところが大きい.

 今年のブログタイトルは見ての通りですが,その根拠と今年の期待を以下に述べます.
第1に2015年に第3次AIブームが起こってから今年で5年目になりますが,我々の間では,ガートナーのハイプサイクルでAIがピークを超えたこと,ナレッジグラフが新しく登場してきたことが時々話題になりました.それは海外においても同様の用です(こちらとかこちらを参照).私も今までは第2次AIブームの経験から,ブームは続いても5年から8年と言ってきましたが,今回のAIはこれで終わりにはなりません.ディープラーニングについての浮ついた喧騒はこれで終わりになるでしょうが,AIの研究開発は益々進めざるを得ないでしょう.というのは,まさに今,新聞報道その他にもあるように,中国が世界の覇権を握るためのツールとしてAIに力を入れてきており,米国もそれに対抗して現在の優位を保持するために力を持続させなければならず,その他の国々もある程度はそれに追随せざるを得ないからです.

 特に日本では,ITリテラシーが他国に比べて低いこと(セキュリティ担当大臣の話とか経団連会長室にPCが入った話とかがありました),改革の進捗が遅いこと,政府のアベノミクスが功を奏していないことなどは,若手官僚も含めて皆よく分かっており,日本は次の手を打たざるを得ない状況にあって,片方でIT教育とかAI教育などわけのわからないことを言いだす一方で,もう片方では文科系を貶めるなど,文科省大丈夫かと思わざるを得ませんが,中国・米国が力を入れ続ける限り,日本もAIをやらざるを得ません.諸先生方の話を漏れ聞くところでは,これから益々AIについての動きが日本でも激しくなるようです.そのキーワードはxAIあるいは説明可能なAIです(CRDS-FY2018-SP-03 図10参照).その点では昨年からexplainable AIを提唱してきた富士通も,2年前から推論チャレンジに取り組んできた「セマンティックウェブとオントロジー研究会」もうまくやっていますね.

 オントロノミー合同会社はオントロジーとAIを所掌範囲としていますが,今年からはプラットフォームのうちでも特に製造業向けに特化したプラットフォーム作りに注力したいと思っています.ご承知のように,昨年1年で日本では製品検査をめぐって数々の不祥事が明らかになりました.また製鉄・非鉄製造業界でも,昔では考えられないような事故が多く起こっています.その原因には現場が責められるだけで責任をまっとうできる余裕がないこと,幹部が経験知らずで組織に知識の蓄積もなく,若い人には総じて技量も度量もないことなど,一言で言い表せない様々な理由があることと想像します.一般的に言えることは,工場建設時に携わった技術者や制度設計した技術者は細かいところまで何でも知っていますが,その後一旦できた流れに乗っかっている技術者は,上から責められるだけで勉強する余裕がなければ,自分の仕事に関わる技術を知ることはできません.ベテラン作業員やベテラン技術者が退職するなかで,これを解決して明るい未来の日本の製造業をきずくにはどうしたらよいか.これこそ官民一丸となって解決すべき問題ではないでしょうか.かっては通産省が鉄鋼でも強く主導的立場にあったものの,今ではそれほどの力もないのが問題です.ドイツで始められた Industry 4.0 を日本政府も Connected Factory として推進しようとしていますが,これは時代の必然の流れです.30年前,40年前のコンピュータとインターネットの性能と今では本当に桁違いの違いがあるのですが,高度成長期に作られてきた製造業の文化では最近のハードウェアの進化のパワーを生かし切れていません.しかしだからといってシーメンスのマインドスフィアを導入して,今の日本の技術者がそれを本当に使いきれるのか,すべての工場のIoTデータをシーメンスのクラウドに上げることができるのか,これは製造業における日独文化の違いもあって,なかなか一筋縄ではいかない問題があると言わざるを得ません.

 マインドスフィアを使おうがIBMワトソンを導入しようが,そこに入れるべきは自社の知識でありノウハウでありデータです.シーメンスやIBMに自社の製造知識を聞くわけにはいかないわけで,結局はどんなツールをいれようが,必要なのは自社の技術者の技術的ポテンシャルであり,新時代を迎えるためには積極的に外部と交流し,内部でも勉強会を開くといった,開かれた企業風土が必要になるでしょう.オントロノミー合同会社としては,当面性根を据えて,次の時代を切り開く製造業プラットフォーム作りに励みたいと思っています.

このエッセイは2005年7月に人工知能基本問題研究会において発表された内容のものです.現在の状況と合わない部分があることを,あらかじめお知らせしておきます.図詳細は元論文を参照願いたい.

宇宙とAI

1.はじめに

 宇宙に進出したいという人類の夢と,人間に匹敵する知能を創造したいという夢は,何故かよく似ている.いずれもその最初の技術は第2次大戦において生まれ(フォン・ブラウンのV2は1942年,コロッサスは1943年),その後両技術は劇的な進歩を遂げるが(1969年人類月に立つ,1970年IBM-370発表),その夢の実現ははるか将来にある.いずれの技術も人類史における影響の大きさと重要性を否定する人はいないであろうが,アポロ計画(1963-1972)や第5世代コンピュータ(1982-1992)のように,両方とも国家的威信をかけた大規模なプロジェクトが実施され,それに対する様々な評価があって,未だ夢に至る道筋さえ見えていないのにもかかわらず,現時点において過去の巨大プロジェクトの成果を継承してそれを超えるプロジェクトがないというところまでそっくりである.その最大の原因は,一つには国家の力が衰弱してきて,かつてのような巨大プロジェクトを実行する余裕がないこと,もう一つには民間から見れば,投資に見合ったゲインが見えてこないという現状にあるのではなかろうか.国家的大規模プロジェクトは10年を超えて発展継続することはないというのが,現在の経験則であろうが,もう一方では,民間だけではビジネスモデルを描けるに至っていないということも事実のように思われる.

 一方,現在社会インフラとなっているGPSや通信衛星は軍事がらみではあるが宇宙技術に対する開発投資から得られたものであるし,ワークステーションやインターネット技術も人工知能技術の副産物として生まれたものであることもよく知られている.IT(人工知能)分野においても宇宙科学技術分野においても,社会的価値のある副産物の創造も見据えた国家的戦略が今両方に必要ではなかろうか. 本稿では極めて個人的な私見から宇宙と人工知能の関係について考察し,過去・現在と両者に係わり,将来も係わり続けるであろう立場から,我々がこれから進むべき方向を探って見たい.

2.宇宙のためのAI
2.1  宇宙用AIとは?

 結論から先に言うと,当然のことながら宇宙用のAIというものはない.しかしAI応用の場としての宇宙にはそれなりの特殊性があり,AIの必要性と応用の仕方にも特殊性がある.ここではそれをオンボードAIとオングラウンドAI,自律型AIと支援型AI,という軸で考える.宇宙用AIの特徴は,応用の場が地球から離れるほど利用可能なリソースは制限されるが,自律性は益々要求されるということである.

2.2  自律型AI
2.2.1  宇宙用ロボット技術の研究(NASDA)
 宇宙ロボットは以下のように定義されている[1].

(1) 第1世代:スペースシャトルに現在使われているような近接遠隔操作型マニピュレータ
(2) 第2世代:技術試験衛星VIIに搭載されたような地上から操作する部分自律遠隔操作型ロボット
(3) 第3世代:ソジャーナのような惑星探査あるいは深宇宙探査のための完全自律型ロボット

 宇宙開発事業団は1990年頃,宇宙関係民間8社を指導して技術試験衛星VII搭載の遠隔操作型ロボット開発を実施した.各社の成果は筑波宇宙センターに設置された宇宙ロボットテストベッドにて確認されたのち,実際にETS-VIIにて各種の実験が行われた[2].

 我々はこのプロジェクトに参加し,部分自律から完全自律へと地上から宇宙への移行を円滑に行うことができる,階層型部分自律制御アーキテクチュアを提案し,実際にORU交換を例題に,部分自律型宇宙ロボットのプロトタイプを開発した[3].

 この知的制御アーキテクチュア(図1,省略)では,システムは状況依存タスクスケジューリング層, マクロタスク実行制御層, ミクロタスク実行制御層, 知的アクチュエータ制御層に分割され,状況依存タスクスケジューリング層ではミッションとリソースを考慮したタスクスケジューリングが行われ,そこで生成されたマクロタスク実行シーケンスがマクロタスク実行制御層に投入され,マクロタスク実行制御層ではそれを実際にロボットが実行可能なミクロタスクに展開し,さらにミクロタスク実行シーケンスが知的アクチュエータ制御層に投入されて実際にロボットが駆動される.
 ロボットの外部世界モデルとしてCommon Lisp Object System (CLOS)とロボットシミュレータIGRIPが用いられ,ロボットの動作の副作用がすべてこの世界モデルに反映されるのみならず,視覚センサと視覚フィードバック用マーカを用いたセンシングの結果も反映するようにした.ロボットを実際に動かす前にIGRIPを用いたシミュレーションによって動作の正当性がチェックされるため,世界モデルが正しい限りにおいて,ロボットアームが誤った軌道で物を壊したり,到達不可能な点までアームを伸ばして制御不能になったりすることは起こらない.
 この知的アクチュエータ制御層ではBrooksのサブサンプション・アーキテクチュア(SSA)が想定されており,実際にロボットアームの知的制御にSSAを適用し,ピン挿入問題をSSAにより実行した[4].
また,STRIPS風の計画プログラムを開発し,ORU交換を例題にマクロタスク計画問題とミクロタスク計画問題にも取り組み,JEM暴露部のような半開放空間を前提にしたヒューリスティックなグローバルパスプラニングも開発[5]したが,実際に我々の開発成果を生かすことはできなかった.

2.2.2  惑星探査用ローバ
 日本で第2世代宇宙ロボット開発に民間各社が鎬を削っていたころ,米国ではNASAの資金援助で主にカーネギーメロン(CMU)大学とMITが火星探査用移動ロボット開発で競争していた.この両者のロボットは非常に対照的であった.CMUのDante II は全長10ft,全高10ft,重さ1,700 lbsの八本足のロボットであり1994年にはアラスカのSpurr山の火口に下りて科学的調査を行った[6].一方,MITのBrooksは学内に火星の表面を模擬した砂場(sandbox)を設け(15ft×10ft),そこで六本足の昆虫ロボットAttila やGenghisを動かした[7].彼の主張は大きなロボット1台と何台もの小さなロボットの優劣では,後者のほうが失敗する可能性が少ないというものであった.その後の経緯は必ずしもMITの勝利というわけではないが,巨艦大砲主義からsmaller-faster-cheaperの方向に世の中の趨勢は動いていった.
 日本でも第3世代のロボット開発に着手[8]するであろうとの想定のもと(1997年月周回観測衛星,90年代末月面赤道あるいは極付近に月面ローバの計画),我々もApplied AI社(カナダ)を介してIS Robotics社(米国)のサブサンプションロボットを日本で始めて導入したが,日本でも外国でも月面ローバのプロジェクトが立ち上がることはなかった.
 実際に火星に降り立ったロボットはJPLのマーズパスファインダに搭載されたソジャーナであった.そこにサブサンプションはなく,後継のスピリットとオポチュニティにおいてもステレオビジョンやパスプラニングはあるが,サブサンプションはなかった.

2.3  支援型AI

 ここで支援型AIというのは,故障診断やスケジューリングなど,人間が行うタスクを支援するためのAIのことである.

2.3.1  スペースシャトル運用支援システム
 スペースシャトルの運用にはメインフレーム計算機が用いられ,運用者はモノクロの旧式なモニターに表示される生データで状況把握を強いられ,管制官が一人前になるには2,3年間の訓練が必要であった.一方,アポロ時代とスペースシャトル時代の間NASAでは新規採用が手控えられていたため,若手と熟練者の中間層が薄く技術の伝承も問題となっていた.そこでSunのワークステーションを活用した支援システムが従来の運用システムの隣に導入された[9].新旧システムが並置され,運用者は適時両方を活用するという方式は,当時出現したばかりのエキスパートシステムが実社会に普及するための現実的な方法と思われた.

2.3.2  ロケット打上運用支援システム
その後我々は,一般産業用のプラント運転支援システムにおいて,実システム開発や国家プロジェクト参加[10]を行ってきたが,現在文科省の指導のもと,図2(省略)に示すようなIT技術を活用したロケット打上運用支援システムの開発[11]を行っている.ここではロケット打上運用オントロジー開発,不具合診断アルゴリズムの開発,マルチメディアデータ分散データベース検索技術開発,セマンティックウェブサービスによる大規模複雑システム開発など,多くの技術開発が行われているが,本稿では定性推論を用いたプラントモデルに基づく不具合診断技術について述べる.

(1) MFMによる設計意図を表現したプラントモデル
 MFM(Multilevel Flow Modeling)[12,13]はLind によって提唱された工学システムモデル化の手法であり,本来の目的は工業プラントをデザインする上で手段-結果,全体-部分の概念を使用するための基礎体系を与えることにあった.
 MFMモデルでは,システムの目標/サブ目標を達成するためのシステム機能間の関係を手段と帰結の構造により表現し,全体/部分の軸からも表現する。質量・エネルギ・行動・情報の流れ構造を,貯蔵,バランス,移送,湧き出し,シンク,バリヤ,などの基本機能集合を用いて表現し,機能と目標の関係(Achieve関係及びCondition関係)や機能とそれを実現するコンポーネント間の関係(Realize関係)を図式的に表現する.

(2) MFM定性モデルによるプラントの診断
 これまで MFM は,診断,計画,マンマシンインタフェースシステム設計問題に適用されてきた が,五福[14]は先のプロジェクト[10]にて石油精製プラントの定性モデル診断にこれを適用し,今回我々はロケット打上地上設備診断に用いている.
 診断のためのMFM知識には,MFM図(表現例を図3示す,省略)に加えて,異常知識,代表変数知識,操作知識,危険知識が必要である.異常知識,代表変数知識,操作知識はMFM図のコンポーネントの役割を抽象的に表現した機能を,推論によって具体的なコンポーネントの挙動に変換するためのものである.危険知識ではMFM図中のある機能の定性値が実際の世界でどのような危険状態を表現するかの対応を表す.
 異常原因絞込推論では異常が検出されたとき,(1)プラント運転状態と代表変数知識を用いてMFM図中の機能の定性値を計算した結果と,(2)異常知識に書かれている全ての異常原因についてMFM図に従って影響波及を評価した結果を,(3)比較して類似度の高いものを異常原因と判断する.
 危険予測推論では同定された異常原因につき,異常原因部位を出発点としてMFM図を用いて異常の定性状態を波及させ,危険状態を発見する.
 対応操作導出推論では危険状態知識にもとづき,危険状態を正常値に戻すための逆波及推論によりコンポーネントの操作がみつかるまでたどり,見つかった操作を対応操作候補とする.

(3) 異常原因概念と機器異常オントロジー
 MFM診断推論において用いられる各種の知識は,オントロジーとして整理される.制御弁はMFM図中において輸送機能として表される.制御弁閉異常の具体的な異常原因としては弁体閉固着,制御装置閉異常,センサ異常による弁閉異常,アクチュエータ異常による弁閉異常などが考えられるが,それらはMFM図に
 制御弁の具体概念である.抽象異常概念と具体異常概念をまとめた異常原因オントロジーを構築した(図4,省略).また,打上地上設備に関する抽象機器概念と具体機器概念をまとめた機器オントロジーも構築した.
 近い将来,機器オントロジーと異常オントロジーを用いて,ある系統で使われている機器タグリストからその系統における具体的な異常原因の一覧を自動生成することができると考えている.また,モデルベース推論で推定できる異常原因の概念は,異常オントロジーの例で言うと「制御弁輸送機能の低下」という抽象的な概念である.異常原因推定ではその抽象的な概念を出力するのではなく,異常オントロジーを用いて具体的な異常原因を出力する必要がある。

(4) FTA,FMEA の自動生成とモデル検証
 MFM図表現に用いられる機能は簡単なものばかりなので,機能単体は容易に理解可能であるという長所がある.しかし複雑な系統をMFM表現する際,簡単な機能の記号を複雑に組み合わせて表現する必要があり,作成されたMFM図はその複雑さゆえにMFM図になじみが薄い一般のプラント設計者にとって理解することが難しいものとなる.そこでMFM図から一般のプラント設計者に理解容易なFTA図やFMEAシートを出力し,それらの出力をプラント設計者が検証することでMFMモデルの検証を可能とした.
 航空宇宙分野では,設計段階でFTA/FMEAを実施することは必須である.従って設計図から知識工学者がMFMモデル作成を行い,MFMモデルの検証のためにMFMモデルから自動的にFTA/FMEAを生成することは,プラント設計者にとっても価値のあることである.
 FTA/FMEAの解析の基本的性格は,定性的因果関係を追及することにある .この考え方はMFMによる異常発生時の推論方法と非常に類似性が高い.その反面MFM図では情報を抽象的に表現しているため,具体世界へのマッピング情報が必須となる.そこで前節でのべた異常原因オントロジーにより,具体世界のマッピングを行うようにしているが,この異常原因オントロジーを用いてMFM図の抽象的な情報をFTA/FMEA の具体表現に変換することでMFM知識を表現することができる。FTA自動生成の例を図5(省略)に示す。FMEA自動生成の例を図6(省略)に示す.
 自動生成されたFTA/FMEAを用いてMFM知識検証を行った結果,数多くのMFM知識自体の不備を発見することができた.さらにMFM知識のみならず診断対象設備自体の設計不備をも発見することができ,プラント設計者にメリットをもたらすこともできた.

3.自律・自己診断対応型AI

 現在計算機システムにおいて,自己修復型システムの開発普及が進みつつある.宇宙機など将来的には自己修復型の自律ロボットとして,これまでの自律型と支援型の統合が行われるであろう.自律型に近づけば近づくほど,ヒューマンインターフェースの問題は表面上軽減される.たとえばオンラインGUIなどは必要でなくなる.一方,自律ロボットの内部がわからないようでは,ロボットの言うことを信用することはできない.機械を理解可能にするという本質的な部分において,ヒューマンマシンインタフェースへの人工知能技術の貢献はより重要になるであろう.
 人間の持つ概念と機械に埋め込まれた概念を統一することは,機械を理解可能にするという点から重要である.現在オントロジー研究が盛んになりつつあるが,自律機械と人間のコミュニケーションにおいても将来オントロジーの果たす役割は大きいであろう.
 感情的な計算機についても,現在は(1)人間に親しみやすくする,(2)動物の感情研究(認知研究)のために人工感情を開発する,などが行われているが,フレーム問題に陥ることなく,自律機械が自分のリソースの範囲で緊急事態において,抽象的なミッション達成のためにどう行動すべきかという観点からの認知研究があってよい.すなわち人間のための認知研究ではなく,人間の認知メカニズムをてこにした効率的機械実現のための認知研究である.

4.おわりに

 1968年に封切られたキューブリックの2001年宇宙の旅では,2001年に人類は宇宙へ飛び立ち,宇宙船の内部では人工知能のHAL9000(1997に始動)がミッションも含め船内のすべてをコントロールしていることになっていた.我々は過去における未来よりも遅れているという倒錯した現在にいる.1997年に出版されたHAL’s Legacyという本において,その当時の現実と映画で描かれた夢との比較が行われたが,現在の我々はエンタテイメントロボット技術とインターネット検索技術を除いては1997年とほとんど変わらない状況下にいる.しかし,現在のエンタテイメントロボットや癒し系ロボットから,変化する環境の中で自在に動き回り,自律的に与えられたミッションを実行するロボットに至る道はとんでもなく遠いと言わざるを得ない.
 作業用自律ロボットを地上で開発しようとすると,常に人間の作業速度や性能との比較の場に立たされる.結論的に言えば,コスト比較でロボット開発への投資に対してビジネスモデルは到底成り立たない.しかし,宇宙用ロボットでは宇宙という極限環境がロボット開発の実現性を後押しする.宇宙に何を求めるかは様々あり得るが,宇宙用自律ロボットの開発はそれ自体将来の宇宙技術に必須のものであると同時に,それに参加する日本の産業界に対する副次的効果も大きい.第2世代ロボット開発を推進し,かつて計画され頓挫させられた第3世代ロボット開発計画を復活することで,産業界に対しては現在の癒し系ロボットから作業用自律ロボット開発への呼び水となり,宇宙開発に対して日本独自の国際的貢献も可能になるのではなかろうか.

謝辞

 本稿で述べた研究遂行において,多くの方々のお世話になった.宇宙ロボットの開発では,共同研究者であった安藤秀之,鈴木俊太郎,本多史明の各氏に感謝する.支援システム開発では,現在も一緒に研究実施中である島田紀一,御園昇平,川村正則の各氏に感謝する.大阪大学溝口教授と岡山大学五福教授には過去と現在の二つの国家プロジェクトにおいて指導を戴いている.記して感謝する.
 紙幅の都合で感謝すべき方々の名前を列挙つくせないが,株式会社ギャラクシーエクスプレスの永野進社長以下の方々には宇宙とAIに携わる機会を与えて戴いた.この場をかりて感謝の意を表する.

文献
[1] 岩田,宇宙ロボット,日本の科学と技術 特集多様化する宇宙開発,33-267,pp42-48,日本科学技術振興財団,1992.
[2] ロボット学会誌 特集ETS-VIIにおける宇宙ロボット実験,17-8,1999. 
[3] Koide, S., H. Andou, and S. Suzuki, Semi-Autonomous Teleoperation Control System with Layered Architecture, Proc. Int. Conf. Intelligent Robots and Systems (IROS93), pp.1995-2001, IEEE/RSJ, 1993. 
[4] 安藤,本多,小出,第3回ダイナミックスに関するオーディオ・ビジュアルシンポジウム,A7,機械学会,1994.
[5] 鈴木,小出,ロボットシミュレータを用いた宇宙ロボットのパスプラニング,機械学会ロボ・メカ講演会,1993.
[6] http://www.ri.cmu.edu/projects/project_163.html
[7] http://groups.csail.mit.edu/lbr/hannibal/
[8] 月・惑星探査ミッション概念研究成果報告書(その2),宇宙開発事業団筑波宇宙センター,1992.
[9] Muratore, J. F., et al., Space Shuttle Telemetry Monitoring by Expert Systems in Mission Control, Innovative Applications of Artificial Intelligence, pp.3-14, AAAI Press, 1989.
[10] Endo, M., et al., Development of Human-Machine Interface Composed of Virtual Reality and Interface Agent on Process Plant Operation, Int. Conf. Systems, Man, and Cybernetics (SMC’99), pp.V-636-641, IEEE, 1999.
[11] Koide, S., H. Nishio, S. Nagano, Coping with Large-scale Complex Systems by Agents, Semantic Web Services, and Ontology, Proc. Complex Systems, Intelligent and Modern Technology Applications (CSIMTA’04), Cherbourg, France, pp.101-107, 2004. 
[12] Lind, M., Representing Goals and Functions of Complex Systems - An Introduction to Multilevel Flow Modeling; Institute of Automatic Control Systems, Technical University of Denmark, Report No. 90-D-381, 1990.
[13] Lind, M., Modeling Goals and Functions of Complex Industrial Plants, Applied Artificial Intelligence, 8-2, pp. 259-283, 1994.
[14] Gofuku, A., Y. Tanaka, Display of Diagnostic Information from Multiple Viewpoints in an Anomalous Situation of Complex Plants, Int. Conf. Systems, Man, and Cybernetics (SMC’99), pp.V-642-647, IEEE, 1999.

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