2012年08月18日

フェリーに乗船する 

’12,08,18(土)
’08.07.21 「青春18きっぷ」利用の「JRもう一度の旅」(発’08.07.18)を始めました。前年「JR九州乗り尽くしの旅」で「肥薩線」に乗車をしたのですが、「肥薩線」の「大畑駅・矢岳駅・真幸駅・嘉例川駅」をもう一度見てみたいと思い「JRもう一度の旅」を計画しました。というのも、この「肥薩線」の素晴らしい駅舎を見るのが前年の乗り尽くしの旅では「夜間」の列車になってしまったために、美しい風景やスイッチバック等をあまり記憶にとどめていなかったのです。「JR全国乗り尽くしの旅」では「乗車」することだけを考えていましたので、列車沿線の風景も夜はほとんど見ていません。そこでもう一度行ってみようということになりました。「JR全線乗り尽くしの旅」も残すは「JR北東北乗り尽くしの旅」で幾つかの路線を乗車すれば、完結でした。
しかし、四国や九州の乗り尽くしの旅では「夜の列車」で走行したところ多かったのです。それも結構美しい景色のところが多かったのです。肥薩線はもとより、四万十川の畔を走る予土線、そして土讃線等がそうでした。そこで「もう一度昼間の列車に乗車しよう!」ということで計画を立てました。
大分・臼杵港「肥薩線」に乗車してからですと、四国に渡るには熊本から豊肥本線で大分に出ます。豊肥本線にも景色のよいところ、思い出の駅「立野駅のスイッチバック」等があります。大分から日豊本線で臼杵に出ます。臼杵から四国愛媛八幡浜まで豊後水道を渡るフェリーが出ています。これを利用すれば予讃線八幡浜駅から宇和島駅に出ることができます。日豊本線、山陽本線で岡山から四国に入り土讃線・予土線に乗車して四万十川を訪ねるとまた夜になってしまいます。フェリーの方が時間的には節約になります。
当日は大変よい天気で猛暑日に近かったと思います。日豊本線を臼杵駅で降りてフェリー港まではそれほど遠くではないという事で歩くことにしました。乗船時間までは時間が十分あるので、途中の臼杵:卯寅稲荷神社がある丘の上の公園で休みました。この公園からは臼杵市内がよく見ることができました。そこから歩いて20分ぐらいのところに造船所や港湾施設がありました。その右手にフェリー乗り場の案内看板が大きく見えましたので迷う事はありませんでした。
JR乗り尽くしの旅」に出て、初めてフェリーを体験します。発券場兼待合室もあります。ここからは航路がいくつか設定されているようでした。発券場に最初に入って行った時には乗船客はいるのだろうかと思ったのですが、乗船券を発行する時間になったら人が集まってきました。人が乗船するところと車が乗船するところは区別されていました。
愛媛・八幡浜港天気が良いので直ぐに船の内部にある一般席イス席に荷物を置いて外のデッキの方に出てみました。フェリーが臼杵港から出航(14:40発)です。犬も乗っていました。船酔いはしないのでしょうか。しかし豊後水道は大変穏やかで船が揺れているという事をほとんど感じることがありませんでした。途中僚船が見えて、何か面白い光景を見たように思いました。列車のすれ違いとほとんど変わらないように思いました。それでも波で船が揺れる事もありません。船のデッキに出ていると風がないようですが肌の出ている部分は冷えてきます。船室に戻りました。パソコンを開いてブログを作成しました。貴重な時間になりました。
八幡浜港(17:00着)では乗船しようとする自動車やトラックで駐車場は一杯でした。すぐ傍の国道にもその列が続いていました。九州へ行くには大変近道です。又トラック等の運転手は2時間超の乗船時間ゆっくり休むことができるようです。専用の仮眠室もありました。

 '08.08.16 「青春18切符・北海道&東日本パス」を利用して「JR全線乗り尽くしの旅」が完結したのが「’08.08.17:田沢湖線」でした。この時は既に北海道や東北の南部のJR路線は全て乗り尽くしていましたので、東北北部の路線で未乗車の路線はそれほどありませんでした。そこで「JRもう一度の旅」と組み合わせて「JR北東北乗り尽くしの旅」に出かけました。途中「仙山線:山寺駅・山寺」「羽越線:酒田駅・山居倉庫」を回り、弘前では時間を掛けてのんびり駅周辺を歩いてみました。そして、奥羽本線:鶴ヶ坂駅前では途中下車をして「日帰り温泉」に入りました。その先は青森から函館に出ます。函館では「路面電車」をデジカメに収めるためです。北海道では札幌と函館で「路面電車」が活躍をしています。日本全国の路面電車をデジカメに収めたのですが、本州から北海道に渡るときにはいつも青森発10:42「急行はまなす」に乗車していました。真夜中3時ごろに函館に着きますので「路面電車」の撮影は困難です。そこで「路面電車」撮影のため初めて昼間青森から函館に行きました。青春18切符では津軽線で蟹田駅まで出てそこからは特急で木古内駅に渡ります。青函トンネルになっています。蟹田駅:木古内駅間は普通列車が通っていませんので特例区間として昼間の特急に乗車することが認められています。少し混みますけれど、なかなかのアイディアであると思います。帰りはどうするかと考えた時にフェリーで函館から青森の下北半島にある大間港まで行くことを考えました。「大湊線」に乗車することもありますが、旅に変化を付けたのです。

北海道・函館港フェリーの利用は2度目になります。このときの旅をする前に’08.07.21 JRもう一度の旅:肥薩線」で大分:臼杵港より四国愛媛:八幡浜港へフェリーで向かったのが、初めてのフェリー利用の旅でした。

フェリーも何本も「函館:大間」の間を航行しているわけではありません。本数も少なくなってきているような状態でした。このフェリーを利用すれば大間港からは路線バスで下北駅に繋がります。そうすれば、大湊線に乗り継ぐことができます。そんな事を考えフェリーに乗船('08.08.16)することにしました。

前日「路面電車」をデジカメに収めましたので、函館での目的を達成することができました。今朝はそれほど早い時間に起きる必要はありません。駅前の函館の朝市を覗いてそれからバス停に行けばいいのです。朝市も早朝から全店がやっているわけではないようです。観光客の来店の様子を見てから店を開けているようです。

フェリーは函館港9:00出航です。フェリー乗り場まではシャトルバスが走っています。函館駅前からフェリー乗り場までは20分ぐらいはかかりますので少し早めにバス停に行きました。函館港のフェリー乗り場が大変きれいなので驚きました。この7月に大分・臼杵港:愛媛・八幡浜港のフェリー乗り場に行きましたが函館港ほどの規模ではなかったと思います。又その後にフェリーの乗船を経験しますが、函館港ほどのフェリー乗り場はなかったように思いました。それほど設備も整っていました。フェリーも結構大型のように思いました。その昔、「青森:北海道」間にあった青函連絡船に乗った経験があります。現在は殆どの人は列車で青函トンネルを利用するようです。

青森・大間港フェリーが函館港を出て、函館山の傍を航行しているときのあの穏やかな海は何とも言えません。これぞ旅行をしているという気分になれます。フェリーの中も施設はしっかりしていますので、大間港に着くまで皆さんそれぞれ思い思いにすごします。カモメと遊ぶ人、デッキで涼しい風に吹かれながら本を読む人、船室でゴロンと横になってテレビを見ている人、乗船している時間は自動車を運転して来た人ものんびりできます。

大間港(着10:40)まではそれほど時間はかかりません。函館山が見えなくなったころには函館の東の外れにある恵山岬が見えますと反対側に大間港の小さな灯台が見えてきました。大間港には桟橋が長く海に突き出ていますが、函館港の様な待合室を兼ねた場所が見当たりません。船底から歩いて外に出ますとそこには次に乗り込む乗用車やトラックが一杯溜まっていました。乗船券は陸に上がるときに船員の人に渡しました。それで終わりです。函館港の様子と比べるとこれが「雲泥の差」というのでしょう。暫く行くとプレハブ住宅が見えてきました。その周りに人がいますので行ってみました。ここが大間港の発券所、待合所でした。そうするとバス停は?と辺りを見渡しましたがそれらしいポールは立っていません。漁船が沢山係留されていました。流石大間港といった感じでした。この風景は函館には見受けられませんでした。インターネットで調べた「バス停留所」を探しに行きます。空はカンカン照りです。青森も暑いのです。

先に船から降りた人がこちらにやってきます。「停留所は?」「この道を行くとT字路になります。その右手にあります。」と教えてくれました。十分時間もあるので確認をしに行きました。「根田内」停留所とありました。

「根田内」から下北交通の路線バスで凡そ2時間大湊線:下北駅に到着します。殆どバスは海辺を走りますので大変快適です。途中バスは「下北交通大畑出張所」というところで休憩・トイレタイムです。

大湊線は下北駅→大湊駅(大湊線終点)→野辺地駅と行きましたが、こちらの方はお盆の帰省で列車が大変混雑しました。大きな荷物が邪魔になります。


この続きは「'12.08.23」をご覧ください。

 

 



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2012年08月14日

「路線バス」に乗って 

’12,08,14(火)

バスは20分の休憩後次の休憩地:十津川温泉(このバスの終点)へ向かいました。途中幾つかの集落で荷物を降ろしてきましたが、約束では停留所には受け取る人が待っている事になっているそうですがどこでも誰もいません。運転手さんは停留所に止まって、ブレーキを掛けて運転席から離れて、停留所の案内板のポールの元に荷物を置いておきます。これを毎日やるとなると大変な労力であることはわかります。

「豪雨・大水害」の爪痕2

 

 

 

 

途中仮設の橋を渡る手前で、崖下の川の中に橋の橋脚の一部を見つけました。この近辺では、道路沿いの民家は無事のようですが、橋が流されるのは大変な被害になります。集落が孤立することになります。バスも隣に建設中のコンクリート橋の出来上がるまでは、クランク状の仮設橋を渡ります。

尚も「豪雨・大水害」の痕を見ながらバスは進みます。十津川村に入ると役場近辺には大きな町になっていて、有名な温泉がいくつかあるそうです。なかなかいい温泉だと言っていました。曲がりくねった道路を走ると、間もなく終点十津川温泉のバスセンターに到着しました。大きなバスセンターがありました。本日の天気は空の色が真っ青です。雲の色は真っ白です。ただカンカン照りの陽はきついのですが空気は乾燥しているようでした。

十津川温泉バスセンター

 

 

バスセンター内には休憩所も整備されています。観光案内所も兼ねているのか職員も数人いました。次のバスまで「日帰り温泉に入りたいのだが?」と相談すると、「この近辺には数カ所あるので、どこでも入れます。」とのことでした。荷物は事務所の中に置いといてよいというので、手ぬぐいだけを持って温泉探しに行きました。

バスが走ってきてバスセンターに入る手前に大きな温泉施設があったようです。そこに行ってみることにしました。日帰り温泉がありました。階段を下りて行くことになります。ダムの脇にできているようです。階段の途中には、飲泉所と足湯がありました。その先に温泉への受付がありました。自動券売機で券を購入して受付のおばさんに渡しました。ごゆっくりどうぞ!と元気な声が返ってきました。先客は東京から自家用車で来た若い人でした。これから五条の方へ向かうと言って出て行きました。なかなか広めの浴場でした。長湯はしません。

日帰り湯1

 

 

 

外に出て、おばさんに昼食処を聞きました。温泉の傍から見えるダムの上にある赤い屋根のところがドライブインだと教えてくれました。そこまでは橋を渡っても遠くはありません。しかし、残念ながらドアが閉まっていました。「本日休業・定休日」等の表示もありませんでしたが、残念ですが諦めました。このお店しか昼間はやっていないそうです。そこでコンビニに入りました。

このコンビニがびっくりしました。考えられない事ですが「ビール・酒」類が売っていませんでした。「ビール・酒」は2・3軒先の酒屋さんで買ってください、とのことに驚きました。一カ所で皆儲けてしまおうというのが世の中、どういう訳かこの十津川温泉ではそのような考え方はないようです。立派です。都会でなくても最近はどんどん小さな地元の商店が閉店をしてしまいます。共存していくことが大切なことであると思います。また、温泉に戻り足湯につかりながら、ダムの風に吹かれながらビールで乾杯です。

日帰り湯2

 

 

そろそろ次のバス、奈良八木駅発の一番のバスが到着する時間になりました。運転手は暫く休憩した後、バスの周囲を点検して出発(13:39)です。このバスの運転手さんはマイクを掛けていますので、私的会話はできません。十津川温泉から数人の人が乗り込んでいましたので、話しかけると全てスピーカーから流れてしまいます。

暫くして、賑やかなところに入りました。熊野古道の本宮大社だそうです。大勢の観光客の人がいました。この辺一帯が大きく「世界遺産」に指定されたので、以前よりも増して賑わってきたようです。

散策中に

 

 

湯の峰温泉に到着です。ここでは「つぼ湯」が有名です。川のほとりの温泉ですが、一坪もないところに温泉があります。昔から有名な温泉だそうです。そのつぼ湯の脇をバスが走っています。機会があったら入ってみたいと思います。運転手さんに聞くとここまでですと紀勢線で新宮駅からバスで来た方が近いという事です。確かに既に五条バスセンターからバスに乗って4時間は過ぎています。

この路線バスの沿線は十津川村から和歌山・新宮市に入る手前までに多くの温泉があります。「温泉街道」です。この事も大変珍しいと思います。

バスの中から「本宮大社」

 

 

その珍しい温泉のひとつが川湯温泉です。乗客も自分一人になったのでバスもゆっくり走ってくれて、面白い光景を見せてくれました。河原を掘ると温泉が湧き出てくるそうです。確かに入っている人たちは穴の中に腰を入れていました。脇にはスコップが置かれていました。テントを張ってのんびり一日温泉につかることができます。暑くなったら傍の川につかればいいようです。この様な光景がバスから見えるというのも面白いと思いました。関東でも河原を掘って温泉が湧き出てそこに入るというのは聞いたことがありませんが。川底から温泉が出てそのまま温泉になったのが「尻焼温泉」です。この川湯温泉は秋から冬にかけては河原を堰き止めてそれを大きな湯船に見立てて、大きな温泉が出きるのだそうです。それにしても珍しい光景です。

川湯温泉

 

 

このバス路線も「豪雨・大水害」の時には川が増水して道路も埋まり、その水のその勢いは沿線の電線の上まで来たそうです。運転手さんが教えてくれた電線や電信柱を見ると、その光景がまだ残っていてビニール等のゴミがいまだに引っ掛かっていました。以前兵庫県の豊岡で「豪雨・大水害」で国道の脇の円川が氾濫して国道に取り残された観光バスの乗客が雨の降る中を一夜、水に浸かった観光バスの屋根の上で過ごしたという事があったのを思い出しました。最近の「雨」は簡単な雨ふりではないことに気が付きます。1時間当たりの雨量が100mmを超えることが時折あるから、必ずどこかで起こるようになってきた。

バスの前の視界が開けてきました。脇の川幅の広かった川とも別れて、間もなく新宮高校前です。バスは新宮市内に入ってきました。カーブを曲がって新宮駅前に到着しました。

新宮駅

 

 

バスも定時(15:44)に新宮駅前に到着しましたので次の紀勢線(15:56)も問題なく乗り継ぐことができました。

路線バスの旅も良いものです。列車の窓から見る風景とはまた少し違った風景を見ることができました。

 

今回の旅では路線バスをこの他に2回乗車しました。

’12.07.28  備中高梁市 バスセンターから吹屋 凡そ1時間 吹矢ふるさと村・吹屋小学校  備北バス

’12.08.01  浜松市天竜区 向皆外から西鹿島 凡そ1時間30分 「渡らずの橋」見学後  遠鉄バス

 



s170507tu at 09:03|PermalinkComments(0) JRもう一度訪ねて 

2012年08月12日

「路線バス」に乗って 

’12,08,12(日)

「青春18切符」を利用して「JR全国乗り尽くしの旅」や「JRもう一度の旅」をしているが、「東海道線:ムーンライトながら号」の指定席券が取れなくて「夜行高速バス」に乗車したことはありますが、長距離の路線バスに乗車したことはあまり記憶にありません。

「夜行高速バス」は「JRもう一度の旅」で「東海道線:ムーンライトながら号」の指定席券が取れなかったために利用をしました。乗車距離が一番長いとされる東京新宿から博多駅まで利用した経験があります。この時のバスは座席数も縦3列で、しかも一つずつの座席にカーテンがあってとても快適でした。その時は、九州・博多からは「青春18切符」やフェリー等を利用しての「JRもう一度の旅」でした。その他、下り線では東京から岩国、東京から岡山等、上り線では名古屋から所沢まで乗車した記憶があります。

「十津川温泉行き」バス

 

 

その先に行くのにはいつも「青春18切符」を利用するからですが、見学の目的地に行くために路線バスには乗った経験はあります。

今回は「日本一長い路線バス」を体験することを考えて計画しました。「日本一長い路線バス」は奈良県橿原市:近鉄八木駅から和歌山県新宮市:紀勢線新宮駅までを走っています。このバスのことを知ったのは、北海道の札沼線:新十津川駅('05.09.10訪問)から「十津川村」を想像しました。十津川村は奈良県にあります。しかしその頃十津川村は奈良県にあったのか和歌山県にあったのか迷いました。で、いつか「十津川村」を訪ねてみようと思っていました。
バスから見た「五新線鉄道跡」?

 

 

JR全国乗り尽くしの旅」が終わって「JRもう一度の旅」で関西方面には行きましたが、「十津川村」には縁が無かったようです。昨年は「豪雨・大水害」で十津川村から和歌山県側にかけてのこの路線バスの沿線が大変な被害にあったようでした。今年は「青春18切符」を利用して「JRもう一度の旅」で四国からの帰り道に是非この「日本一長い路線バス」に乗車して見ようと計画をしました。

それでも、今回の前日の泊まりがJR和歌山駅前であるので「コース」をどのように考えるか検討を繰り返しました。徳島港からフェリーで和歌山港に出てJR和歌山駅までバスに乗車して、JR和歌山駅前のビジネスホテルに宿泊するか、フェリー和歌山港から南海電車で和歌山港駅もう少し先の方まで行って、遅くなるが近鉄線の八木駅近くまで行くか、という事です。しかし、条件があって路線バス乗車の日を含めて残り2泊分しか「青春18切符」がありません。「飯田線:渡らずの橋、秘境駅金野駅」は行ってみたいと思っています。宿泊先も確保できていました。ところがインターネットで調べるとJR和歌山駅から和歌山線の五条駅でこの「日本一長い路線バス」(八木新宮線)に乗車することができることが分かりました。

「豪雨・大水害」の爪痕八木新宮線は日に上下3本走っています。1番のバス(近鉄八木駅発9:15,11:45,13:45/ 新宮駅着15:44,18:21,20:19)は、途中で「十津川村役場」や「十津川温泉」で下車をすると次のバスまで数時間余裕ができますが、この日計画されている宿泊先である「紀勢線:津駅」まで行くのには深夜になってしまう可能性があります。ただ路線バスに6時間揺られることも面白いが何か方法がないだろうかと考えたのが、五条駅発です。

五条駅発を調べてみるとこの路線の途中(十津川温泉)まで行くバスが3本運行している事がわかりました。出発の一番早いバスがJR五条駅発8:11(五条バスセンター発8:09)でした。JR和歌山発の五条方面始発列車が5:34です。ゆっくり間に合います。又ラッキーな事も判りました。「五条」という街が古い街並みを持っているという事です。和歌山線で五条駅に降りて、バスセンターからの十津川温泉行きのバスに乗車する間1時間弱あるのです。それでは、「五条」を調べてみようということになりました。見つかったのが古い昔ながらの町並みの残る「新町通り」、歴史的に貴重な鉄道遺産である「五新線鉄道跡」です。既にこのことについてはブログに画き込みましたが、本当にラッキーでした。特に「五新線鉄道跡」については五条バスセンター発十津川温泉行きのバスの運転手さんには色々教えて頂きました。バスの運転手さんも観光ガイドの一人だと思いました。

人気のないキャンプ場

 

 

「五条新町通り」「五新線鉄道跡」を見学して五条バスセンターに戻ると、間もなく車庫に入っていた中型のバスが停留所に入ってきました。乗車したのは自分だけです。一番前の席に座ろうとしたのですが、残念ながら荷物が置いてありました。後に運転手さんから聞いた話ですと、荷物は「新聞」だとのことでした。このバスの沿線にある集落のバス停に配布するそうです。以前はこの配布物も多くの座席を占めるほど積んだそうです。しかし、過疎化が進み年々荷物も少なくなってきたところ、昨年の「豪雨・大水害」でますます過疎になってしまったそうです。その為に更に荷物も減ってしまったとか話を聞きました。

谷瀬の釣り橋 1

 

 

 

ところで「日本一長い路線バス(八木新宮線)」は歴史が大変古いそうです。既に今年でこの線を奈良バスが開業して50年になるそうです。戦後間もなく走り出したという事です。ところが、「五新線鉄道跡」との関係があると思いました。五新線は奈良の五条市(和歌山線五条駅:紀勢線新宮駅)と和歌山県の新宮市を結ぶ鉄道建設の跡になることに気が付きました。このバスはこれから十津川村の方に向かって山の中を走ります。そのところどころで、この「鉄道跡」を見ることができました。その説明も聞くことができました。

「鉄道跡」は現在もところどころで利用をされているとか、しかも一部ですが路線バス専用道路になっているとのことでした。山の中に入って行くと「鉄道跡」がバス道路の下の方になったり、バスの目の前の山の中腹を横切ったりと、まさしく鉄道が走っていたらと思います。五条新町通りの最後の吉野川を越えようとする鉄橋の跡の「銘版」には「路盤工事は完成したが、資材が足りなくなって中断、更に経済情勢から鉄道建設を中止することになった。」と書いてありました。代替の交通機関がこの「八木新宮線」路線バスであったのです。鉄道が建設されていればこの様に長い路線バスは走っていなかったことになります。

吊り橋 2

 

 

 

五条駅から市内にある病院に行くというおばあさんを乗せてバスは走りました。「路線バス」は時刻と停留所は決まっています。停留所を早く出発してもいけないことになっています。その点運転手は気を使います。病院前でおばあさんを降ろした後、しばらく走ると下の方に「五新線鉄道跡」と思われるアスファルト道路を見つけました。そこから運転手さんとの会話が始まりました。乗客は自分一人です。

「五新線鉄道跡」は現在も活用されていますので、見学者も訪れるとのことです。その話はすぐに理解をすることができました。「東日本大震災」の後、多くのJR路線区間で不通になっています。震災前の路線をそのまま利用をすれば、また大震災が起こらないとも限りません。その為には、もっと丘の上の方に路線を変更しなければならないことは明白です。その間暫定的に既存の鉄道路線跡を利用して「バス専用路線」で今までのように乗客を運ぼうということになったようですが、その為の視察にこの「五新線鉄道跡」を見学に来ているそうです。

バス休憩所 「上野地」

 

 

それほど多くの路線が朝夕は知っているわけではありませんが、駅間の代替バスですと市街地での渋滞等にかかると乗客のストレスも多くなります。線路の跡を整備してバスを走らせれば、時間的な問題はなく乗客に与えるストレスもないように思います。しかし、鉄道が廃止される地元はやはり震災前のように線路を引いて、列車を走らせて欲しいのが願いではないでしょうか。

途中で運転手さんの知り合いの人だと思われる人が乗車してきました。その人は荷物を反対側の運転手席の後ろに移して、一番前の席に座って運転手さんと話を始めました。自分は後方の座席に移りました。

山の中に入って行くとだんだん道路状況も少し悪くなってきました。ダンプカーも多くなってきました。誰にでもわかるような「豪雨・大水害」の爪痕が山の斜面に見えてきました。ダンプカーも以前から行われていた道路工事のためのものと、「豪雨・大水害」復旧のためのものが走っています。新設道路のお陰もあったのかこの路線バスは休業を3ヵ月しただけで、復旧したそうです。知り合いの人も途中で降りて行きました。

谷瀬の釣り橋 全景

 

 

 

「休憩地:上野地」の「谷瀬の吊り橋」が見えてきました。普段ですとこの「谷瀬の吊り橋」近辺ではキャンプのテントで一杯になるそうですが、今年は少ないそうです。というよりも殆どその姿を見ることはありませんでした。停留所「上野地」に到着しました。ここで休憩20分します。停留所から「谷瀬の吊り橋」まではそれほど時間はかかりません。運転手さんが「時間内で渡れるかどうか?」と言っていました。吊り橋では自分の前に日傘をさしたおばさんが吊り橋を渡っていました。その足の速い事、びっくりです。自分の足で往復するには10分でも足りません。これは止めておこうと引き返しました。運転手がのんびり近所の人と話をしていました。「住民の人は自転車でも渡ります。」と言っていました。慣れた人でも余程平衡感覚のよい人でないと自転車では渡れないのではないかと思いました。結構長い吊り橋です。

 

 この続きは「'12.08.14」をご覧ください。



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2012年08月10日

秘境駅:飯田線・金野駅、渡らずの橋

’12,08,10(金)

ここ数年鉄道ファンの中では静かなブームとなっているのだ「秘境駅」訪問のようです。昨年('11)「青春18切符」を利用して「JRもう一度の旅」で架け替え工事の終わった「山陰本線:餘部駅・餘部鉄橋」を見に行きました。餘部鉄橋は架け替え工事中から何度か見学に行っていました。1

 

 

 

完成後も見ておきたいと思ったのです。その後は、「備中高梁・寺群」そして「予讃線:(臨)津島ノ宮駅」、「予讃線:下灘駅」と訪ねました。下灘駅についても餘部鉄橋に行くと殆ど見に行きます。昨年は「予讃線:(臨)津島ノ宮駅」が「青春18切符」関連の雑誌に掲載されていました。その訳は「予讃線:(臨)津島ノ宮駅」はJRの臨時駅です。普通の駅は毎日営業をしますが、全国のJRの路線では、季節やイベントが開催されるときのみ営業をする駅がいくつかあるようです。有名なのが北海道の富良野線のラベンダー畑駅が有名です。関東地方では鹿島線の鹿島サッカースタジアム駅もそうではないかと思います。鹿島アントラーズの試合が地元で開催されるときを中心にして営業をするという事のようです。

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「予讃線:(臨)津島ノ宮駅」の面白いところはその「営業日」です。8月4日、5日の二日間だけしか駅としての営業はしません。その他の日は全部の列車が通過をしてしまいます。営業をする二日間でも早朝の列車は駅に停車をしません。この駅は近くにある「津島神社」(瀬戸内海に面しています。)の祭礼の日に限り営業をします。祭礼の日は沢山あるのですがその中でも8月4日、5日は「子供の祭りの日」になっています。この時はこの津島神社の沖にある小さな島(津島神社の分社)が中心になるそうです。この島に渡るのには細長い橋(津島橋)があります。祭りの時には通行料を払い多くの子供連れが訪ねます。近郊近在から集まってくるようです。本当に賑やかな島になります。橋も押すな押すなの盛況です。ところが、津島神社(本社)は元旦その他には祭礼はありますが、「(臨)津島ノ宮駅」は営業をしないのです。そんな駅を昨年は見学に行きました。

「青春18切符」が1回分余りましたので、さてどこにしようかと思って考えていたら、「秘境駅」という言葉を思い出しました。「飯田線」に多いと判りましたので、乗車をしてみることにしました。

既に飯田線には「JR東海乗り尽くしの旅」では乗車をしていますが、その時には飯田駅(’08.04.07)からは快速に乗ってしまって、秘境駅を見る事もなく埼玉に帰ってきてしまいました。

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そこで青春18切符の1回分で昨年('11.08.07)小和田駅を見学してこれから大嵐駅を見に行くという列車の中で車掌さんに「どこか似たような駅はありませんか?」と聞いたら「田本駅はどうですか。」ということで田本駅にも行ってみました。

飯田線は豊橋駅から岡谷駅までの長い路線ですが、幾つかに豊橋駅から発車する列車の本数で分けることができます。豊橋駅・豊川駅間は周辺の人口が多い事もあって、列車の本数も多くなっています。豊橋駅・新城駅間が標準的な本数ではないかと思います。新城駅・本長篠駅間は少し少なくなります。更にその先の中部天竜駅までは昼間の本数が少なくなります。2時間に1本ぐらいになります。飯田線の秘境駅と言うのはほぼ中部天竜駅から天竜峡駅までの間に殆ど固まっています。その為に朝晩の早い時間に乗車すれば一つ、二つぐらいの秘境駅を訪ねることができます。

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’11.08.07 前日中部天竜駅の旅館に泊まりました。中部天竜駅から始発列車が出るからです。お陰で「秘境駅:田本駅」に行くことができました。その時の会話の中に「渡らずの橋」という珍しい鉄橋があるのですが、聞いたことがありませんかと言われた。勿論聞いた事もありませんが、既に列車で通過してしまったようでした。それは「城西駅・向市場駅」の間にある鉄橋で、鉄橋というのはもともと川を渡るのであるがこの橋(第6水窪橋梁)は川の上でS字カーブになっているのだということでした。おもしろそうだと思いました。けれども今回は「田本駅」だけにしときましょうと思いました。田本駅から飯田線を岡谷の方に向かいました。天竜川の流れは昨日の大雨で濁っています。なんだか秘境駅見たいな所に列車が停車して一人のカメラを持った人が降りて行きました。これが「秘境駅:金野駅」でした。又機会があったらこの金野駅に来てみようと思いながら車窓を眺め岡谷駅へ、中央線で八王子駅、川越線で川越へ向かいました。

そして今年に入りもう一度「土讃線:坪尻駅・新改駅」を訪ねることにしました。最終日には、「秘境駅:金野駅」「渡らずの橋」を訪ねる計画を作りました。

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’12.07.31 早朝に津駅を出発して、「旧東海道:関宿」を見て、名古屋に出て豊橋にお昼過ぎには着きました。これから飯田線の「渡らずの橋」を見に行きます。城西駅と向市場駅の間のどの辺にその橋があるのかもわかりません。城西駅からは近いところにあるという事はわかっています。しかし、城西駅がどんなところにあるのかもわかりません。山の中にあるのか、街の中にあるのか。しかも列車の本数が少ないので、橋の上を走っている列車をデジカメに収めるには、1本列車の通過を待たなければなりません。どちらにしても、その間は凡そ2時間はあります。しかし、「第6水窪橋梁」までの時間はどのくらいかかるのでしょうか。たまたま、列車の乗り合わせた空けの鉄道関係者を見つけましたら、列車が城西駅を発車して1分ぐらいで橋になるので5分から10分ぐらいで行くことはできるのではないかと情報を戴きました。それなら何とかなるのではないかと思いました。列車から数人が降りました。

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脇の国道を歩きます。前の方に高校生が歩いていましたので声を掛けてみました。「もうすぐ橋がありますのでそこから見えます。」「小学校の屋上からはよく見えました。」そんな話が返ってきました。高校生はその橋(城西大橋)を渡って山の方に行きました。橋の上から見ると確かに線路のカーブがよく見えました。これは面白いところだと思いました。しかし、カンカン照りの空の下で列車を待つには厳しいようです。デジカメで写す位置を決めてから、橋を渡ったところに作業小屋がありましたので、作業小屋の持ち主の人に了解をとって日陰で過ごさせてもらいました。

本日は色々と失敗する恐れがありますので、明日もここには来ることにしています。その点では安心なのですが、デジカメで写すポイントによっては、上手くゆかない事もあります。そんな事を考えているうちの列車の通過時間が迫ってきました。今日は「橋の東よりのポイント」を選択しました。上手く撮影はできたのですが失敗しました。選択ポイントを間違えました。「橋」の雰囲気が出ていません。「カーブ」はわかるのですが、「橋の下の川の流れ」がないので失敗です。明日もう一度チャンスがあります。何とかしたいと思います。

これで、城西駅に戻ります。

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いい事を見つけました。明日は城西駅前から路線バスで遠州鉄道の西鹿島駅へ出る予定にしています。西鹿島駅から遠州鉄道で新浜松駅に出れば、JR浜松駅は直ぐのところです。飯田線とは違った山の中の景色が見られますし、飯田線で豊橋駅に戻るよりもずっと時間も節約になります。そのバス停が橋の入口(橋の西側)にあったのです。これは便利です。助かりました。バスの乗り継ぎがとても良いので助かりました。本日の泊まりは「平岡駅」の構内にある「村営の宿泊施設」です。

’12.08.01 平岡駅発の1番列車で「秘境駅:金野駅」へ向かいました。金野駅では自分一人しかおりませんでした。昨年は列車の中から見ていたので、いかにも秘境駅だという感じを受けましたが結構広いスペースもありました。そのスペースには朽ちようとしている「自転車駐輪場」、その先を行ってみるとコンクリートの幅のある橋、更に川を渡るとアスファルトの広い道がありました。この先はどのようになっているかわかりませんが、おそらくこの道を辿って行けば集落になるのだと思いますが、どのくらい歩いて行けばいいんかわかりません。昔は多くの人が利用していたことは駐輪場の大きさからわかります。今は地元の人もあまり利用しない駅になってしまったのでしょう。
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また、平岡駅方面に戻って城西駅で降りて渡らずの橋をデジカメに収めます。その前にフト気が付きました。城西駅に列車が入る前の渡らずの橋の状況をデジカメに収めておこうと。

昨日の場所から少し手前でデジカメを構えました。遠くから列車の2つの小さな前哨灯が見えてきました。シャッター3回押しました。最後のチャンス!と思ってシャッターを押した瞬間、手が大きくぶれてしまいました。完全に失敗です。疲れました!今回は諦めます。

バスが来ました。

 



s170507tu at 16:41|PermalinkComments(0) JRもう一度訪ねて 

2012年08月09日

秘境駅:土讃線、坪尻駅・新改駅

’12,08,09(木)

今回の旅の大きな目的の一つがJR路線の「秘境駅」訪問です。特に昨年からはそれを目的に「秘境駅」の沢山ある飯田線に乗車しています。「青春18切符」を利用して「JRもう一度の旅」の終わりには、「飯田線」の乗車を楽しみにしているところです。

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土讃線の坪尻駅、新改駅はスイッチバックの駅であるという事は知っていました。しかし、訪ねてみて大変山奥の中にある駅だと感じました。そのうちに、BSテレビで「秘境駅」を訪ねる旅番組がありました。それを見て、確かにJR路線には乗降の無い駅もあるように思いました。そのような駅は、人里離れたところの駅が多いようです。

土讃線の新改駅('07.03.18訪問)には徳島線を徳島駅方面から阿波池田駅で土讃線に乗り換えて高知駅、宇和島駅へ行く途中のことでした。1両の列車の中を運転手がホームの無いところに列車を停車させて動きはじめました。この時に他の乗客からこの駅が「スイッチバック」の駅である事を教えてもらいました。暫くそこに停車していると斜め方向に高知方向から琴平方向へ列車が通過して行きました。これは面白い駅であると思って、ワンマン列車の運転手に停車中、この様な駅はこの他にありませんか、と聞いたら坪尻駅もこの様な駅になっていると怪訝な顔で話してくれました。怪訝な顔をしたのは自分がこの列車に琴平方面から乗っていれば坪尻駅はわかったのですが、その時は阿波池田から乗ったので、坪尻駅はスイッチバックであることは知りませんでした。

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坪尻駅('07.03.19訪問)は翌日宇和島方面から巡って、予讃線を多度津駅で降りて土讃線に乗り換え坪尻駅へ入りました。この時は停車時間もあまり無く、夜になっていたのでデジカメの記録も悪かったようです。そのまま阿波池田駅へ向かいました。そして「青春18切符」利用の「JR四国乗り尽くしの旅」でしたので、阿波池田駅から坂出駅に向かいました。坂出駅の少し遠くのビジネスホテルに宿泊しました。このビジネスホテルは残念ながら今までの旅の中で宿泊したビジネスホテルの中では評価が低いと思いました。

この「坪尻駅」にはもう一度行ってみたいと思ったわけです。四国にはその後数回にわたって訪問をしているのですが、予讃線の下灘駅には強い興味があったのです。そちらの方ばかり行っていました。

今回は「秘境駅」の中に「土讃線:新改駅・坪尻駅」が含まれているようなので、もう一度行ってみようと思って出かけたわけです。でその帰りに飯田線の秘境駅である金野駅にも行くことにしました。金野駅だけでは面白くないので、飯田線には「渡らずの橋」というのが最近テレビで放送されます。そこにも行ってみたいと思ったのです。

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’12.07.29 前日琴平駅に宿泊しました。ビジネスホテルが駅近くにあったからです。ところが、伯備線・備中高梁駅から岡山駅へ出て、瀬戸大橋線で坂出、予讃線・多度津駅、多度津駅から土讃線で琴平に到着したのは夜19時40分になっていました。琴平駅は明るかったのですが、構内を出て間もなく真っ暗闇です。これには参りました。駅からビジネスホテルまで3分と書いてありましたので、楽にわかると思ったのですが。もう一度戻ってタクシーにでも乗ってビジネスホテルに行こうかとも考えました。そんなときわき道を見ましたら明るい場所があったのでそちらに行ってみました。今夜の宿舎です。金毘羅さんは有名なのですが、地方へ行くと道はすぐに暗くなってしまいます。

早朝5:46の列車に乗り込みました。琴平駅から坪尻駅まではそれほどの距離・時間はかかりません。坪尻駅に入る前に列車は引き込み線に入ります。運転手はそこで車両の運転席を後ろに移動します。ここから、駅構内に入ります。停車します。仲間がいました。自分ともう一人の坪尻駅の訪問者を残し、列車は阿波池田駅方面に出発しました。

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坪尻駅は山の谷底にある駅です。四方を山に囲まれています。国道へ出る道は線路を渡って獣道のようになっています。坪尻駅のファンは沢山いるのでしょうが、果たしてここからどこに行くのでしょうか。トンネルの傍から見ると遥か上の方に道路が見えます。自動車も通っているようですが、さてあの国道までの道はどのようになっているのかわかりません。反対側を行く集落があるとのことですが、人が最近踏み込んだ気配はありません。

琴平駅に戻ります。途中「讃岐財田駅」があります。無人駅です。「秘境駅」に近いと思います。駅前には駐車スペースがあります。ここでは奉仕活動が行われていました。おおくの老若男女が集落から集まって駅舎の清掃から草刈りをしていました。以前列車待ち合わせでこの駅に降り立った時には駅前に大きな「タブの木」がありました。

琴平駅から阿波池田駅へ特急で向かいます。阿波池田駅からは鈍行で秘境駅・新改駅へ向かいました。本日は徳島港からフェリーに乗船して和歌山港に渡ります。その為に特急を利用しました。

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新改駅では「駅舎の塗り替え」をしていました。奇麗になっていたので建て替えをしたのかと思いました。そうではなかったようです。今朝1番列車で琴平駅を出発するときに、沢山のペットボトルを持って乗車して来た人がいました。その人が新改駅の塗装をしたようです。これにはびっくりしました。ボランティアだそうです。なかなか出きることではありません。地方にはこの様に「駅」を愛している人たちが多いようです。自分たちの駅として利用している人も利用していない人も参加して清掃活動等をしているようです。

この駅には民家が近くにあるそうですが、暗い林の中に隠れてわかりませんでした。道路は下の集落の方からコンクリートの道路がこの駅まで引き込まれています。昔はバスも登って来たようなそんな少し広い道路がありました。今でも下の集落の人が利用をしようと思えば利用はできないことはないようです。過疎化も進んで利用者も激減したようです。

ここでは特急通過待ちの時間が20分ありました。その間自由にデジカメで周辺を写すことができました。この後停車中の列車に乗車して、土佐山田駅へ向かいました。

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この土讃線は山間部を走りますが吉野川の清流沿いを列車は走ります。列車での夏の景色がとても良いところです。特に吉野川の上に駅がある土佐北川駅(珍しい駅です。)から列車が吉野川沿いを進むと下には、ゴムボートで遊んでいる人たちが大勢います。ラフティングというのでしょうか、多くのゴムボートで川遊びの体験をしています。それを見ながら四国山中の山の崖っぷちに沿って列車が走ります。列車の進行方向には吉野川が流れています。のんびり走る鈍行列車のいいところが沢山感じられるところです。小歩危駅・大歩危駅・祖谷口駅と阿波池田駅に向かうに従って絶景ポイントも多くなります。又川の流れも急になります。


 続きは「'12.08.10」をご覧ください。



s170507tu at 08:39|PermalinkComments(0) JRもう一度訪ねて 

2012年08月08日

「町・通り」について 

’12,08,08(水)

「旧東海道・関宿」は関西本線「関駅」の近くにある。関駅の前の国道に架かる歩道橋を渡って暫く行くと街道と思われるところにぶつかる。そこが、丁度関宿の中間あたりになるのであろうか。亀山駅方面から行くと一駅であるが途中右手に東の追分伊勢街道と交差するあたりに鳥居が見える。ここから西の方へ関宿は歩くことになるのだろうと思いながら、列車を降りる。

亀山宿

 

 

 

 

「青春18切符」を利用して「JR関西乗り尽くしの旅」に出て「ムーンライトながら」を下車したのが「東海道線・大府駅」。ここから武豊線・東海道線・関西本線と乗り継いで亀山駅に降りたのは ’06.12.21 の午前中のことでした。関西本線は名古屋から大阪に向かうのですが、途中幾つかの部分で乗り換えが必要です。亀山駅は必ずその先の加茂行きに乗り継ぐことになります。しかし当時は、鳥羽の方に向かう事を選択してしまいました。そして、紀勢線を和歌山へ行ってから、’06.12.24に加茂駅から亀山駅へ出て関西本線は乗り尽くされたのですが、その反対側のホームに停車している加茂行きに乗って途中柘植駅で下車をして、草津線に乗車草津方面に向かいました。当時は「亀山宿」「関宿」の見学などは考えていませんでした。ただただ路線の乗車を考えるだけでした。

青春18切符 JR関西乗りつくしの旅

 

 

 

 

’09.03.26 この時は「青春18切符」を利用して「JR関西もう一度の旅」に出ました。気持ちに少し余裕がありました。名古屋駅から関西本線に乗車終点亀山駅で下車をして、次の列車の時間を一本遅らせて「旧東海道・亀山宿」を見学することにしました。この時は前回紀勢線に乗車した時に多気駅から新宮駅までの乗車区間が夜になってしまったのです。その為に、この区間の昼間の風景を見てみたいと思ってもう一度乗車をして和歌山へ向かいました。

「亀山宿」を見学したら「関宿」の方が見応えもあるという事で関宿にも行こうと、今回の計画になったのです。

最大の目的は「日本一長い路線バス」(大和八木:新宮駅)に乗車をすることですから、和歌山方面から和歌山線に乗車五条駅で下車することになりました。その為、新宮駅から紀勢線に乗車してその日の宿泊は「紀勢線・津駅」になりました。

’12.07.31 津駅を早朝に経って亀山駅経由関駅に向かいました。この日は関宿で十分時間をかけたかったのですが、次の大きな目的である「飯田線・渡らずの橋」を見るためには、明るいうちでなければ意味がありません。飯田線の昼間の便は3時間に1本です。それを逃すと「渡らずの橋」をデジカメに収めることはできましても、列車が走っている姿を収めることができないのです。そのようなわけで、「旧東海道・関宿」の滞在時間も1時間20分ほどになってしまいました。

関宿1

 

 

 

 

関駅から歩いて旧東海道に出ました。最初に「西の追分」の方へ歩いて行きました。朝も早いので人も歩いていません。時たま出勤のための自家用車が路地から出てきます。ここでは「西の追分」方向から「東の追分」方向へ一方通行のようです。殆どのお店は閉まっていますが、低い2階屋の窓から今にも声がかかってきそうな雰囲気のある通りでした。賑わっているのか「休憩所」となる「喫茶店・甘味処」がおおいようでした。時たま覗くと古いお店に飲食店の内容の掲示板が、これもよくあることのようです。鈴鹿の山並みには雲がかかっているようです。そろそろ元の道を引き返すことにしました。西の追分近くまで歩きました。

駅から真っ直ぐに来たところの角まで戻って、時計を確認しました。7時を少し前でした。東の追分までは行けないができるだけ歩いてみることにしました。朝も目覚めたようでおおくの自動車が亀山方向に行きます。亀山方向では少し坂を下っているようです。町も少しカーブをしています。この景色が気に入りました。もう少しもう少しと思いながら歩いて行きました。しかし、列車から見た「東の追分」にあった鳥居までは行けませんでした。残念ながらここから引き返すことにしました。汗をびっしょりかきました。

関宿2

 

 

 

関駅のホームから鈴鹿の山並みが顔を出し始めました。

いつか、亀山宿〜関宿迄を歩いてみたいものです。

最初にこの関西本線の加茂から亀山に向かう途中で座席の向かいに座った年の同じぐらいの人が乗車した。奈良在住の人らしい。「エコカ」(当時関西方面で利用できる乗車カード)を見せて、これで暇ができると関西方面のJRを乗って歩いていると話してくれた。そして、この沿線が一番気に入っているのだといいながら柘植駅で乗り換えこれから京都を回って奈良に戻るのだと言っていた。のんびりした老後があって幸せな人であると、その時思った。自分も余裕があれば、JRに乗ってどこまでも行きたいものである。

 



s170507tu at 09:13|PermalinkComments(0) JRもう一度訪ねて 

2012年08月06日

「町・通り」について 

’12,08,06(月)

奈良県に十津川村というとても広大な範囲を持つ村があります。中学校の社会科の時に勉強をしたのを覚えています。この村と同じような名前の町を見つけました。「北海道&東日本パス」を利用して「JR北海道乗り尽くしの旅」に出た時に、札沼線の終着駅に「新十津川駅」('05.09.10)というのがありました。「奈良県には十津川村という村があったはずだが、この町は十津川村と何か関係があるのだろうか、…」とその新十津川駅に降りた事を思い出します。北海道開拓の為に、奈良県・十津川村からこの地に入植してきた人たちがこの地の名前を「新十津川村」としたと、その後聞きました。新十津川駅は本当ならば更に延伸されていて留萌線と結ばれていたのですが、沿線の多くの炭鉱が閉山となり人口減となったために路線が新十津川から北にあった線を廃線としたそうです。ところがこの新十津川駅の面白いところは、函館本線の滝川駅の近くにあるという事です。歩いても新十津川駅滝川駅間はそれほどの道のりではありません。所在地は滝川市内という事なので、多くの人は函館本線の滝川駅を利用するようです。札幌に行くには距離的には同じぐらいなのですが函館本線は特急が走っていますが、札沼線はのんびりしたものです。

札沼線「新十津川駅」

 

 

 

 

そんな事でいつか奈良の十津川村を訪ねてみたいと思っていました。十津川村には鉄道路線は走っていません。その為訪問する機会もありませんでしたが、いつのころか忘れましたが十津川村には「日本一長い路線バス」が走っているという事がわかりました。それではその「日本一長い路線バス」に乗って十津川村の温泉にでも行ってみようかということになったのです。しかし、昨年計画を立てているうちに「豪雨・大水害」がこの「日本一長い路線バス」の沿線を襲いました。又計画が伸びてしまいました。

今年の夏こそ行ってみようと計画を練り直しました。計画では四国・徳島港からフェリーで和歌山港に渡り、前日はJR和歌山駅前で宿泊することになりました。フェリーに乗ったのも経験ですが、その為に次の日の行動を考えてJR和歌山駅前に宿泊となったのです。

「日本一長い路線バス」の発着は奈良・大和八木駅から紀勢線・新宮駅までを結びます。国道168号を下るようになります。本来は「大和八木駅」から「新宮駅」までを乗車すればよいのですが、その日のうちに紀勢線の「津駅」まで行っていれば更に翌日の行動が楽になります。そこで、調べてみると和歌山線・五条駅にこの「日本一長い路線バス」の停留所があることがわかりました。もう少し調べると、「大和八木駅」から「新宮駅」までのバスは日に3本ですが、「五条駅」からは「十津川温泉」までの便があるという事がわかりました。それに乗車すれば十津川温泉で次のバスが来るまでの時間、日帰り温泉に入ることができるという事がわかりました。そこで、「日本一長い路線バス」を途中「五条駅」から乗車することになりました。

「五新線鉄道跡」 五条

 

 

 

この五条という街がこれから「観光地」として発展していくのではないかと思ったのです。

インターネットで調べると「五条」には沢山の見どころがあるようです。その中で市内の「新町通り」に魅かれました。古い街並みがあるということでした。そしてもっと面白いと思ったのは、その「新町通り」の外れには「五新線鉄道跡」というのがあることがわかりました。益々行ってみたいと思いました。「新町通り」を見るのなら五条駅からはそれほど時間はかからないと、観光課の人は電話で応えてくれました。しかし、「五新線鉄道跡」を含めてゆっくり見学すると1時間半は必要でしょうともいっていました。という事は「五新線鉄道跡」までは少し歩いて行くと時間がかかるということでした。

「新町通り」を見学するよりも「五新線鉄道跡」を見学したいという気持ちが強くなりました。しかし、JR和歌山駅から朝一番の列車で五条駅についても、十津川温泉に行くバスの時間まで1時間もありません。インターネットの観光マップでは道路のアップダウンまでは表示してありませんでした。

新町通り 

 

 

 

’12.07.30 五条駅に到着しました。なかなか乗降客も多いようです。改札を出てみてびっくりです。雰囲気は田舎の駅ですが、駅前から真っ直ぐの道路がありました。丘の上に立っているようです。下り坂です。早朝だというのに太陽はギンギンに輝いています。坂を下って「新町通り」に向かいました。もう汗びっしょりです。信号で止まっている乗用車の人に、バスセンターはどこですか、と聞いてみました。下りて来た道は間違いないようですがさらに下って国道に出て左です、との応えでした。真っ直ぐ「新町通り」を目指すよりも、できたら荷物を置いてタクシーで行った方が時間的にはよいのではないかと思いました。タクシーがあるかどうか?

バスセンターの脇にタクシーが数台客待ちをしていました。話をして乗りこみました。国道を少し行って左に曲がりました。昔の雰囲気の大きな家の角を右に曲がりました。「新町通り」の入口を入ったのだそうです。道路は一方通行なので、自動車は戻ることができませんという事で、「五新線鉄道跡」で降ろしてもらって、戻りは歩いて戻ることにしました。帰りの簡単な道順も聞いたのですが、この後迷ってしまいます。

「五新線鉄道跡」は高架橋の下がアーチ式になっています。この形は珍しいと思います。川(吉野川)の方には少し突き出たような線路工事の終りの部分があります。まさしくこの鉄道は完成をすることなく「五新線開通」の夢も終わってしまったようです。(「五新鉄道」については後日のブログで)

新町通り 

 

 

 

 

町並みは落ち着いた雰囲気の家々が連なっています。どこにでもありそうでないような街並みです。しかし、この古い街並みを保存するために皆さん一生懸命なようです。途中で見たことですが、小さなお社や公衆トイレを数人の人が清掃をしていました。町は一本の道を吉野川に沿ってできているようですが、またいつかのんびり来てみたいと思った町並みでした。

「備中高梁:吹屋ふるさと村」とは少し違って、一つ一つの建物の区画が大きいように思いました。また、この後に訪ねた「旧東海道・関宿」の町並みとも違っているようです。「関宿」は街道筋の町並みであるように、その昔大勢の人が行き交っていたという面影があるようです。

それぞれの町に発展の文化があるように思いました。

 

 続きは「'12.08.08」をご覧ください。



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