早々と南南東の方角を向いて巻き寿司を食べ終えた後、横に居た妹を吹き出させようと試みている内に、二度目の年明けを迎えたような気分だと感じた。
 一月に入って受けた某中央審査(詳しくは語るまい)が二十日頃であり、殿試(これもまた言うに及ばぬ)は二月の半ばであるから、時期的にぴたりと合う。
 同時に、一度初心に帰るのも良いと考えた。丁度人生で最も大きな影響を受けた本の一冊について人に話した直後で、関連して小学校低学年の頃に何度も何度も「世界の民話」という童話集を読んだことを思い出したのだ。
 読み返して初めて知ったのは、その本が親のため、つまり読み聞かせるために書かれた本だということであった。漢字にふりがなが全くなく、「結婚」「尊い」「建てる」のような少し難しい言葉が優しさのかけらもなく載っている。また、目次には「愉快な話」「吝な者が損をし正直な者が得をする話」といった教育的な意図を隠そうともしていないであろう文言が並べられていた。幼少期の僕は、これを一体どうやって読んでいたのだろうかと気になるほどだ。
 どこかで見たことだが、本には確かに読むべき時期があるらしい。民話的な単純さは嫌いではないし、今でも好んで説話集を開くほどだが、どれだけ頑張ってもあの頃のような熱中ぶりを取り戻すことはできないであろう。また、あれほど精神的な影響(行動の基準とか)を受けることもないのではなかろうか。

 今に至るまでには、宗教のちゃんぽんのような道程があった。
 キリスト系の幼稚園を出てから一般的な公立の小学校での課程を終え、青春時代は寺をパトロンにした中高で、運命の黒い糸でぐるぐる巻きにされたバイエルンのように骨の髄まで男子校病に侵され、現在は路頭に迷うかどうかの瀬戸際にいる。下手を打てば宗教の狭間に惑い歩く人生を送る可能性もないわけではなかったが、さいわいにも信仰を押し付けられることは全くなかったので、歴史の教科書でお馴染の銅板の上でスキップをすることも経文で洟をかむことも、あるいは道端の鳥居にマーキングをすることもなく、我が人生は平穏なままずっと続いている。

 今回は幼稚園のことを書きたい。先日戸棚をごそごそとやっていると、小学校を転校(転向ではない。生憎)した時に貰った旧友たちからの手紙と一緒に、幼稚園の卒業記念のマグカップが出て来たのだ。把手は欠け、いくらか汚れてはいたが、洗ってみると綺麗になった。クレヨン風の彩色のみつばち柄をしばらく眺め、アルバムを片手にココアの一杯でも入れて飲んでみようと思い立った。
 幼稚園はプロテスタント系であった。といっても幼稚園児に宗教についての知識なんてあるはずもない。昼食を頂く際に歌う「恵みの神様」がどうこうという曲は、無惨にも僕の聞き間違え故に「鼠の神様」へと変貌を遂げ(音が似ていたからである)、牧師さんを前に無邪気に「アーメンソーメン冷やソーメン(素麺が二つもある下手さ加減が子供らしい)」と騒いでいた。先生も怒ったりすることはなかった。門の前で「どうして僕はこんな幼稚園なんかに行かなきゃならないんだ」と言い始めたとききも、笑って説得してくださったとか。もっとも、二次元の棺桶に片足まで突っ込み、薔薇園の臭いをぷんぷんさせた僕を見て、あの頃の先生たちが何と仰るかはあまり考えたくはないところである。
 思えば伸びやかな幼稚園であり、園児もまた特徴的で面白い人達が多かった。子供同士は中学へ上がるころには疎遠になってしまったが、最近ふいに年賀状が届き、ああまだ覚えてもらっていたのだなあと少し嬉しくなった。
 その人のことを仮に固焼き君(仮名)とする。彼はいくらか体が弱く、不思議な感じの子供であったが、一緒に庭の枇杷の木によじ上ったり、京都の蒸気機関車館で隠れんぼをしたり、劇の主役へと引っ張り上げて共演したりしたものだ。ある時は天の火を取りに行く兎になり、またある時は羊飼いと羊になり。
 最後に会ったのは七年ほど前だが、今も元気にやっているだろうか。

【思い出ぼろぼろ】
・長い記事をまとめて書くのは面倒臭い。
・妹とは後に、盛大な豆投げ合戦をやった。無論鬼をやらされたのは私である。鬼が途中からバットを持ち、豆を打ち返しはじめたのは言うまでもない。
・友人と話をして気付いたが、どうも兄弟仲は良い方らしい。圧政を敷きつつ、妹とは互いに笑いも尊敬もしあう関係を築けたのがよかったのかもしれない。
・後に聞いたことだが、固焼き君は重いアレルギーを持っていたそうで、彼のお母さんは普段から細やかに気を配っていらっしゃるようだった。何でも普通の子は味が薄いと避けがちなアレルギー食を、彼の家に招かれた僕と僕の妹がばくばくと美味しそうに食べていたので、以降何となく家族ぐるみの関係が生まれたとか。
・イヤホンが断線したが、保証期間中だったので修理に出してきた。その時、今後のためにもと購入したのが日立MaxcellのHP-CN40Aである。およそ三千円也。繋ぎとして、ある程度の音が出れば良いやといった気分で買ったけれど、本機(HA-FX700,ビクター)と比較せずに単体で聴いてみれば十分良い品で満足している。
・無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータがリコーダー向けにアレンジされた楽譜があると聞いたが、どうせ原曲の調なのだろうと考えると手が伸びない。耳コピしてちょっと試してみたが、いくらなんでも相性が悪過ぎやしないか。