高校時代最後の一日は、卑猥談義に幕を開けた。
 偶然電車に乗り合せた友人とチョコレートを買ってから、同級生の一人と合流すると、彼らがエクストリームに際疾いお話を始めやがったのだ。
 連帯感の強いクラスだったいうことは以前ここで書いたように思うが、その結束力は卑猥非卑猥を問わず下らない会話に花を咲かせる時に遺憾無く発揮される。中央試験の日には会場をもホームグラウンドに変えてしまいかねないほどの安心感を見せ、僕はほとんど聞き役っていたというのに、非常に心強く感じた。

 級友の面々はいつもより少しだけはしゃいでいるようだった。全身黒一色で固めた僕に対し、会って早々に「オ〇マっぽい」「むしろゲ〇バーの店員」「どう見てもホストです」など散々な称号を投げ付けたのも彼らである。顧問への手紙を仕上げる作業に取り組みつつ辺りを見渡してみれば、シャボン玉を飛ばす輩がいたり(私だ)、クラッカーを分け合う集団がいたり(何個か貰った)と、普段は騒がない人も饒舌になっている。
 男子校ワールドを最後まで味わおうとしているようで、僕も寄せ書きに加わるなどしつつ、もう得られることは無いであろう特有の雰囲気を精一杯享受することにした。 
 
 部活の顧問に贈り物を差し上げた後、鬼の面を被って豆まきの練習をし、「登山」の暖簾を腰に巻いて番頭さんごっこをし、「ホモォ」の目出し帽(自作)を被る級友としばし死闘を繰り広げる。依然として教室はプレゼントの集金のためにごったがえしていて、皆で写真を撮ったり談笑したりするうちに早くも開会の時刻となった。
 今年の卒業式のコンセプトは「普通」であったらしい。担任団は所謂奇行(入退場時にお菓子を投げるとか、被り物を着けるとか、パフォーマンスをするとか)を規制しにかかっていたようだったが、無論我々はそんなことに屈することはない。級友の一人がポケットの菓子を見付けられ、摘発を受けていた。彼は後に、皆のためならスケープゴートになってもよいと語った。こんな風に言える人はあまり居ないのではないだろうか。
 単なる愚行ならば規制されるべきだろうが、節度を守り空気を読んで騒ぐなら問題はないであろう。そのあたりの分別は親や理事からも評価されている。

 体育館の扉が開いて、卒業式が始まる。この日を以て、僕はニートになった。
 書面上は三月頃まで学校に在籍はしているが、実質教育を受けてはおらず、また職業も訓練にも就いていないので、晴れて条件を満したというわけだ。
 式の次第については、友人達に任せることにしよう。

【思い出ぼろぼろ】
・チョコレートを買ったのは、卒業式で後輩にばらまくためである。「所謂『奇行』」と上に書いたのはこのことであり、入退場時にお菓子を投げたりクラッカーを鳴らしたり、仮装したり、また式の途中で時折パフォーマンスを挟み込んだりする風習があるのだ。 しかし、学年とは無関係な教師や来賓は絶対に巻き込まない、などといった暗黙の了解が確かにあり、関係者からの評判も決して悪くはない。
 ・この数年を通じてそれなりに数学の原稿を書いたが、その中でまったく朱字が入らなかったのは、数式の一切でてこない歴史についての序論一つであった。先日このことを思い出し、その文章を読み返してみたところ、確かに読み心地はこれまで僕が書いた中でも屈指の出来であるように感じた。だがしかし、やっぱり悔しい。
・先日大きな事件があり、田舎の厄介な土地を僕が受け継ぐ可能性が非常に高くなってしまった。 僕の代で紛争を解決できるのが理想であるが、いやはや全くどうしたものか。問題は何よりも、現在所有している人々なのである。
・最近『氷菓』を見返した。ストーリーもだが、BGMが面白い。 
・二年前に買った2GBのSDカード、ついに残量が3キロバイトになりました。