2012年03月17日

今だから 番外編その2

《今だから 番外編◆

明日大阪に帰るという最後の夜は

後方支援隊も奮発してくれたのだろう、カレーが出た(もちろんレトルト)

順番を待って 知り合いの支援隊の人が私に「カレーとハヤシどっちにしますかぁ?」っと
私はもちろん 「カレーくださ〜い」

ご飯の皿と温めたレトルトのパックをもらい、、、ご飯にかけてスプーンを持って

すると上機嫌で帰ってきた私に対して、部下は・・・・・

「あっ、××さんはハヤシにしたんですか〜」っと

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え っ   









「こっ、これハヤシライスなの ?」
「そうですよ、カレーはこの色ですよ、全然ちゃいますやん」
「あっ、ほんまや」

こうして大好物のカレーを食いそびれた私だった。


そしていよいよ帰路についた私達ですが

今までは必死で気づかなかったが、ふと我に返ると

「もしかして、俺・・・・臭い?」

そりゃそうである・・・かれこれ1週間以上、頭はおろか風呂さえ入ってない

そうしてまた24時間ほどかけて大阪に帰ってきました

大阪に入り消防車の窓から見えるいつもと変わらない景色

ついさっきまで、まさしく地獄のような景色の中で居たのが、ものすごくギャップを感じた


そうして、家に帰り、

お風呂に入ったとき
近所の中華屋さんで、餃子と生ビールを飲んだとき
そしてなにより、布団に入って足を伸ばせて寝転んだとき

「ああっ、俺はこんな幸せでいいんやろか」と本当に申し訳ない気持ちと
日常の当たり前の生活が、普通におくれる幸せを感じた


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←実写版S620



1次隊から車を引き継ぎ装備品等を荷造りしているところです
(この先何があるか分からないので一応写真を撮っておこう。と)



《最後に》

犠牲になられた方のご冥福を祈るとともに、一日も早い復興を願います。

また、今回一緒に派遣された同僚達と言ってることですが

「いつかは笑って東北に行こうや」


今回 自分自身でも忘れないために、長々と綴りましたが

お読みくださった方、コメントくれた方、ありがとうございました。

s620 at 22:17|PermalinkComments(4)TrackBack(0)

2012年03月13日

今だから 番外編その1

《今だから 番外編 

メロンロール、チョコロールは食べ飽きた・・・・

あんな場面で食べ飽きたというのは、不謹慎なのですが

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大阪府隊の "主食" メロンロールとチョコロール




我々の食事は 後方支援隊の方が準備してくれます

主食はカップラーメン・上記のパン・保存食用のアルファ米、である

毎朝私達は、捜索に出る前に、上記のパンを1つ現場服のポケットに折り曲げて押し込み
500ccのスポドリか水と一緒に持って、各隊が活動の合間に立ったまま食べる

当然、昼ごはんなんか食べに帰るなんて事は出来ないので、、、、


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後方支援隊というのは 本当にありがたい存在でして




我々が毎朝出動していく前までに 朝飯を用意してくれていて

6時半頃には準備できていたので、400人前の準備となると・・・・・

4時には起きて準備を始めていてくれたのだ、外は氷点下である

そして我々が出動している昼間には、食事の後のゴミ掃除

そしてまた、我々が帰って来るまでに400人分の晩ご飯の用意をしてくれていた


あるときその後方支援隊の隊長さんが
激怒して、体育館の舞台に登り我々を集めて言った

「タバコの吸殻が数本校庭に落ちてました、喫煙場所は我々が作って指定してあるはずです
ここは高校ですよ、もし我々大阪府隊が帰った時、校庭に吸殻がいっぱい落ちていて
それを高校生が見たらどう思いますか ? 恥を知ってください !」


当然のことである・・・・・・マナー守れずに何が緊援隊やちゅうねん

s620 at 23:02|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2012年03月11日

今だから part8

《今だから その─

震災からちょうど一週間目の3月18日14時46分が近づいた時

活動中の大阪府隊に無線が飛ぶ

「あと10分余りで震災からちょうど1週間です、大阪府隊は全隊 "黙とう" を捧げます。
時間になれば無線で一斉に知らせますので、行動隊は行動を止め、車両で移動中の隊も
直ちに車を止め下車のうえ準備し、脱帽し黙とうを捧げよ」

そして14時46分
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大阪府隊全隊 黙とう !



村の人も一緒に黙とうしてくれてます

私はこの時丁度 津波の到達最終地点の高台にいました
大槌町そして海に向かって "黙とう" させてもらいました

この18日を境に岩手県から、救助ではなく 「復興宣言」が出されました

こうしてこの日をもって 大阪府隊の 緊急消防援助隊の活動は終了となりました


しかし・・・・現状としては現地の消防はほとんど機能できていない状態だった

特に救急業務は酷い状態で・・・・釜石病院からも「まだ帰らないで欲しい」と

そこで我々は知らなかった事なのですが 
大阪府隊のリーダーと副リーダーの大阪市消防局と堺市消防局が協議したらしいです。

緊急消防援助隊の引き上げは決まった、しかしこのまま帰れないやろ・・・・

そこで考えた策が、普通ではありえない話ですが
大阪市消防局の「釜石出張所」 という事で
臨時消防署を作って、大阪市消防局の一部の職員の方が残ることになりました

それで4月11日まで活動してくれたようですが、いよいよ引き上げの時

釜石大槌地区消防本部の現状は

職員の方で3名の犠牲者
2消防署、2出張所のうち 1出張所を残し全壊
22台の消防車両のうち 15台が使用不能

こんな現状でした
これではとてもじゃないが、これからの消防業務は不可能だろう

そこで大阪市消防局が最終に引き上げるときに

消防車6台 救助工作車2台 救急車3台 指揮隊車1台
そしてあの 大阪市営バス2台を、寄贈という形で置いてきたらしいです

なかなか粋なことするやん大阪市消防局

あとこまごました資器材等は、うちを含め他市の消防本部から出し合って送らせてもらいました


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忙しいなか、こんなタオル贈って頂きました





《追 記》

いよいよ 大阪へ帰路につく19日の昼、東北道を乗りすぐのSAにトイレ休憩に立ち寄った時

まだ電気も復旧されていなかったのに、
暗い店内で「うどん」を作り続けている家族の方だろうか
45歳前後のご夫婦と、20歳↑の息子さん、20歳前の娘さんに見える4人が
寒いのに汗をかきながら、無料で我々に黙々とうどんを振舞ってくれていた。

それも我々一人一人に「ありがとうございました」と言ってくれながら・・・・

私はそのうどんを頂きながら・・・・考えた
本当に考えた・・・・

「俺は、このうどんをいただく資格があるんやろか ? 」
「結局俺は、何か出来たのか?」
悔しさと、すまなさが、交錯して・・・・・

それでも汁まで全部飲み干し、「ご馳走様でした、おいしかったです」
そう言ってどんぶりを返したのを今でもはっきり覚えている。

s620 at 23:58|PermalinkComments(4)TrackBack(0)