【第104回】酒巻哲夫さん(群馬大医学部附属病院医療情報部部長・教授)
 
 患者中心の医療―。医療関係者の誰もが賛同するであろう概念ではあるが、その概念をどのように実現するか、という具体性についての問いに答えることは難しい。酒巻さんは「教育の中で患者さんが教師役となって話をする。つまり、診察室以外で患者さんを主役にした接点を作ることが最も重要だ」と指摘する。2月に学生の参加を募って東京都内で患者を教師役とした「実験講義」を行い、その具体化に向けスタートラインに立った酒巻さんに話を聞いた。(玉城正之)

―どんな場面で患者中心の医療を必要と感じますか。

 患者さんの問題が解決し難いという場面を想定すればよいでしょう。例えば幾つもの病気を持っていて、3、4人の専門医に診てもらっている患者がいます。心臓病、肝臓病、慢性関節リウマチで、いずれもが注意深い治療を必要とする場合などです。患者さんに新しい症状が出て、薬の変更や手術が必要となった場合に、複数の専門医の誰がどのように責任を持って方針を決めていくのかがあいまいになることがあります。
 しかも、患者さんの方にも仕事の都合や療養に対する考え方など、さまざまな事情を抱えている場合がありますから、方針がますます決定し難いという状況に陥ります。
 外来の場合、忙しい3、4人の医師が一人の患者さんのために時間を合わせて集まって、小一時間を割いてディスカッションするなどということは難しいですよね。結局、患者さんがそれぞれの専門医のところに行って相談することになりますが、らちが明かず、解決が先送りされることも少なくありません。繰り返し先送りされて、患者さんは心まで傷ついてしまう。
 ほかにも、患者さんは困っているのに、医療者側は気付いていないといういろいろな例があるでしょう。そういう場面で患者中心の医療がクローズアップされると思っています。

―コミュニケーションが大事ということですか。どんなことが出発点になりますか。

 丁寧な言葉遣いや態度といった接遇、患者さんとのコミュニケーションは大事だけれども、それは1対1の関係性であって、それのみが患者中心の医療をつくり上げることではないと思います。
 先程のような患者さんは、困っているがどうしたらいいか分からない、混乱しながら闘病している、心が傷ついてしまって問題すら話せないという事実、その具体的内容をわたしたち医療者が予備知識として持っているということです。知らなければ質問もできませんし、患者さんの立場を尊重した適切な医療を提供することもできません。

―患者さんが困っている問題点を知るには、問診を丁寧にすればいいのではないでしょうか。単なるコミュニケーションだけではないということをもう少し詳しく教えてください。

 問診を丁寧にすることは重要です。しかし、丁寧にしても、診察室の中だけで見えてくる患者の情景、それを基にしたプロファイリングには限界があります。というのは、診察室の中でやりとりされる情景、単語は限られているからです。若いうちは経験がないから見えにくいものがある、と言っていい。
 医師が年齢を重ね、経験を積むにしたがって増えてくるものは何かと言うと、それは診察室を離れた社会との接点です。友人の重い病気、親の介護や看取り、自分の不治の病など、解決不能な経験を通して知る「ああそうだったのか」が増えます。「言おうと思ったが、のみ込んだ」「本当はこういうところに注目してほしいんだ」などがたくさん重なって、患者さんがそれまで言葉にしなかった場面を空想できるようになる。
 診察室以外で、例えば看護やリハビリの場面で、患者さんが自分の困っている問題を話している場合もあります。医師より話しやすいから。医師の空想力が高まれば、そういう情報をスタッフから素直に取り入れることもできるようになる。患者さんを中心にした問題解決の幅が広がります。

―患者さんの問題を感知する力が大事ということでしょうか。群馬大では臨床実習直前に「患者さんの声を聞く」という講義を行っているようですが、関係があるのでしょうか。

 経験を前倒しにするのが教育だと思っています。さすがに深い人生経験のすべてを前倒しにはできないでしょうが、患者さんが語ってくれるいろいろなエピソードというのは、十分前倒しして教えられるものでしょう。患者さん自身が教師役になることがポイントです。
 もともと医学部の教育には患者さんと接する場面が存在しています。つまり臨床実習です。当然、患者さんと話をしているわけで、「患者さんの声を聞く講義を別に行う必要などないのではないか。学生は年間に50人もの患者さんを診ているのに、それとどう違うのか」という反論はあります。
 臨床実習は医師を育てる上で必要不可欠です。そこで患者さんへの接し方も学びます。しかし、往々にしてそれは表面的で、患者さんは単なる対象者にしかすぎず、学生は型通りの問診や身体診察を通して教科書の内容を確認するのが唯一の目的になってしまいがちです。
 教育の中で患者さんが教師役となって話をする。つまり、診察室以外で患者さんを主役にした接点をつくることが最も重要だということがわたしの主張です。みんなそのことに気付いてない。診察室で、聞こうと思えば全部聞けると思っているわけです。
 「患者さんの声を聞く」は、そういう考え方に対するアンチテーゼをやっているわけです。臨床実習という枠組みの中では得られないものが別にある。そこから「患者中心の医療」の教育が始まるということを主張しています。

―これから、どのように発展させていくのでしょうか。

 「患者さんが抱える問題」が実在し、その予備知識が患者中心の医療を実現する最大のキーワードだということは分かっている。しかし、いまだに整理がなされていない。もう少し幅広く問題を拾える場面をつくっておく必要があります。少なくとも診察室のいすに座っているだけではできない仕事だということは間違いない。
 教育の中に多面的なテーブルを持ち込みたい。多面的というのは、現在、教師と学生しか存在しないところに、患者さん、家族、市民、ジャーナリストなど、さまざまな方々に加わっていただくという意味です。そのテーブルでは、参加者が皆フラットな関係になり、意見を出し合う。それによって初めて、医学教育の中に社会問題とか、あるいは人間的な問題を持ち込むことができる。そういう発想の転換です。
 それには、まず実験的でちょっとフリーな教育場面が望ましいと考えています。本当に学生、教師を集めて、セットを組んで、こういう教育をすると、どういうアウトカムが出るかという実験場です。その成果が医学教育カリキュラムに発展すればいい。
 今年の2月28日に慶大医学部の教室をお借りして、医療関連大学の学生さんを公募し、4人の患者さんが医療体験を基にした講義とグループ・ディスカッションの教師役をするという「患者中心の医療プロジェクト講義」を行いました。患者会の方々や社会人にも加わっていただきました。この時の成果は、7月末の日本医学教育学会で慶大の加藤眞三教授が発表しますが、今の時点で言えることは、患者さんは素晴らしい教師役を果たしたということ、参加した学生が患者さんについて共通の問題認識をしたということです。まさしく出発点に立ったと思っています。


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