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須藤友徳

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寸前でギル様に邪魔されるようなこともなく、セイバーによって無事(?)破壊された聖杯。

まあ、この機会を逃すといつ壊せるんだって話になるので、そこはたぶんすんなり行くんだろうなと思っていましたが、あくまで順調だったのは器を壊すところまでだったかというのか、その中身は破壊されても尚、溢れ続けて冬木市民会館(でしたっけ?)の周囲を火の海に変える結果に。

 

stay night」を知っている人間からするとお馴染みの光景となったわけですが、てっきりあの光景は、前回の切嗣vs綺礼がその途中で呑み込まれたときに、あの場所だけでなく外へも溢れ出して起こったものと思っていたので、あれが起こるのが聖杯を破壊した瞬間だったというのはちょっとびっくりしました。

とはいえ、破壊しても尚……あるいは、破壊したからこそ起こったのだとすれば、切嗣の絶望としてはこの上ないなぁとも思ってしまうところでもありましたが。聖杯が叶えられるのはあくまで本人が知る手段の延長線上だけと知らされて、そして、親子三人で幸せに暮らす別の道を示されながらも、これまでどおりにより多くの命が救われるほうに天秤を傾けて、聖杯の破壊を決めたはずなのに。しかし、その結果は、救うと決めたほうの命すら救えないというもので。

 

でも、逆に言えば、そこまで追い落とされて、初めて切嗣は、これまでとは違う生き方を選ぶことができたのかなぁ、とも思います。厳密に言えばもう一つ、どうしてももう一度イリヤに会うことはできなかった、というのもあるかもしれませんが(切嗣がちゃんとイリヤを迎えに行こうとしていたのにはちょっとだけホッとしました。それだけに、大人たち(主に祖父)の思惑に振り回されたイリヤが可哀想になるのですけど)、何にしても、そのイリヤを失ったのが最後だと言った切嗣は、たぶんその瞬間に、本当に「正義の味方」になることを諦めたんだろうな、と。いや、諦めたというより、「万人を救う正義の味方」ではなく、たった一人の「衛宮士郎の父親」になることを選んだ、選べたんじゃないかな、と。

 

そう考えると、士郎が切嗣の夢を引き継ぐことを宣言したあのシーンで締められたのは妥当なのかな、という気がします。初恋の人を失い、父親の命よりも見知らぬ大勢の命に天秤を傾けてしまった瞬間から走り出した衛宮切嗣の人生の終着点。夢を追っているはずなのに血と涙を流すばかりだった彼の人生が、たぶん最高に……そして最期に報われた瞬間。「Fate/Zero」が衛宮切嗣という人間の物語とするなら、確かにそこが物語の終わりで、夢の終わりなんだろうな、と。

個人的に、終わるとしたらこのシーンか、あとは十年後のセイバーが再び召喚されて士郎に問いかけるあのシーンかなと思っていたので(後者だと、いかにも「stay night」に続く感じでこれはこれで綺麗かなと思いますし)、予想通り綺麗に終わったかな、といった感じでしょうか。どうせなら十年後のウェイバーが観てみたかったなとか(笑)、士郎が宣言したところで、頭上に光差すセイバーのシーンが挿入されたことで、セイバーもまた切嗣が救えなかった者の一人であり、それが士郎に引き継がれたとするなら、EDロールが流れた後で、十年後のシーンが入って終わってもそれはそれで良かったかなとか思ったりもしますが。

 

セイバーといえば、ランスロットを倒したとき、実はもう少し会話があったことが明かされたわけですが。その最期の会話と、とうとう分かり合えないまま終わった切嗣との関係、そして第四次聖杯戦争で突きつけられた自身の至らなさが、こちらは悪い意味で彼女の考え……願いに影響を与えていたんだな、と(自分の駄目だったところの一部に気づけた点は良かったことなのでしょうが……でも、ランスロットの言葉の、アーサー王を肯定する部分はたぶん届いていない気がするので、そこはまだまだセイバーが至らないところですよね……)。

思えば、この「Zero」において彼女は「祖国の滅びの運命を回避したい」と言っていたわけですが、根本の願いは同じものの、十年後は微妙に違うことを言っていたのですよね。すっかり忘れていましたが、ランスロットの最期の言葉を思い出しながら呟いた彼女の言葉で、何だか納得してしまいました。

……そんな彼女を思うと、士郎との出会いのシーンで締められるとすぐさま「stay night」のゲームかアニメに手を出してしまいそうなので(笑)、一つの物語として締めるには、やっぱり切嗣と士郎のあのシーンで終わったほうが綺麗ですかね。……商業的には士郎とセイバーの出会いで締めたほうが良い気もしますけど(笑)。

 

切嗣−士郎とは別の意味で、これが運命の出会いだったんだなぁとつくづく思ってしまったのが、綺礼−ギルガメッシュでしょうか。「Zero」を観ているとホント、ギル様と出会わなかった綺礼を見てみたくなるところなのですが、最後の最後まで、綺礼はギル様に扇動(誘導)されていたんだな、と。

まあ、綺礼自身にある程度納得してしまう部分があるからこそ、ギル様の言うことを鵜呑みにしてしまっているのはあるのでしょうが、聖杯――アンリマユによるあの凄惨な光景こそが綺礼の望みだというのは、視聴者視点で見ると、ギル様の勝手な解釈に過ぎませんからね。そもそもギル様、直前で「万能の願望器として争っていたのがあんなものか」みたいなこと言っていたわけですし。

いやまあ、前回の「聖杯が叶えられるのは本人が知る手段の延長線上のみ」ということからすると、何だかんだ言いつつ笑顔の綺礼の望みは確かにこれなのかもしれないなと思わなくもないですし、描かれなかっただけで前回は綺礼もまた切嗣のように聖杯の中に取り込まれていたのかもしれないし、ギル様が受肉しているのを見ると、マスター−サーヴァント共に聖杯に何がしかの影響を受けたのはこのペアだけで、それを勝者とするなら、その解釈も間違ってはいないのかもしれないけど。でもやっぱり、綺礼が求め続けた問いの答えは、ギル様によってギル様の都合の良いように誘導された気がしてしょうがないです。ギル様の解釈で合っている部分もあるんだけど、同時に、そうじゃなかった部分を取りこぼしてしまった、みたいな。

 

余談ですが、実は生きていた葵さん(あの状態での生存が幸せかは分かりませんが……少なくとも凛にとっては、両親を同時に失うよりはマシだったと思いたいところ)と同様、まだ少しは生き長らえていた雁夜おじさん。最後の最後に桜を助けに行き、でもその桜に殺されたのか?って感じの最期でしたが……彼の望みどおりの夢を見ながら逝けたのは、聖杯戦争参加者としては報われた最期だったのかな……という気も。もっとも、あのシーンは、彼が足掻こうと既に桜が取り返しのつかないところまで臓硯に改造されてしまっていたことを嘆くところなのかもしれませんが。

 

ともあれ、全二十五話、これだけのものを見せてくれたスタッフの皆様には、お疲れ様&ありがとうございました、と言うところでしょうか。一期同様、Bru-rayでの補完(尺の都合でカットされた部分)があるのかなと思うと、本当の終わりはそれを観たときかな、という気がしないでもないですが(今からお金貯めておかないとですねぇ……)、全二十五話、毎週楽しませてもらいました。