2008年11月
なんつうか普通の男の子は「三国志」とか「戦国武将」とかモエモエするのでしょうが、ワタクソまったくこれっぽっちも興味無い。モテカワコスメ(笑)と同じぐらい遠くにある。レッドクリフってCMバンバンやってるじゃない?元ビデオ屋ていいいいいんのワタクソが思うに、あれはハリウッドで公開出来ない時点で終わってると思うの。
てゆうかね、ジョンウーが二丁拳銃と白い鳩が使えない設定って時点でうんこっこっすわー…ってのは冗談だとしても、タイトルを三国志にしない所から分かるように、ハナから日本側が「三国志として成り立ってないからアクションファンタジーにしないと集客出来ない」ってのがわかってる(原題が赤壁、邦題だけレッドクリフ)。アクションが凄いだけでストーリーすっかすかなの確定。
せいぜいTVCMに踊らされて観て
「観た」という事実しか残らなくてやれやれすれば良いよ(^-^)ノ~~
そのジョンウーの紹介で「あのMI:2の〜」みたいな売り方ですが、あのうんこ映画を最後まで満足出来た人、フェイバリット映画に挙げてる人っているの?だってハイテク/アクション山盛りだったのに、最終的には浜辺で殴り合いで決着つけんのよ?もう大爆笑\(^_^)/。青春映画かよ!
殴り合いなんつう筋肉大好きなメリケンに媚びないといけない、ってのが間違ってる。ジャッキーチェンがハリウッド映画に出て「コミカル」ではなくて「バカ」をやらされる物悲しさと一緒だね。まあ、レッドクリフはハリウッド資本が1円も入ってないのに、さも世界公開する映画かのような錯覚テクを使わないと…みたいな。
ジョンウーで観るべきものは
・男たちの挽歌1
・男たちの挽歌2
・フェイスオフ
の3本。
間違いない。
NTR大好きっ子はフェイスオフだけは絶対だ(`・ω・´)
やれやれ
てゆうかね、ジョンウーが二丁拳銃と白い鳩が使えない設定って時点でうんこっこっすわー…ってのは冗談だとしても、タイトルを三国志にしない所から分かるように、ハナから日本側が「三国志として成り立ってないからアクションファンタジーにしないと集客出来ない」ってのがわかってる(原題が赤壁、邦題だけレッドクリフ)。アクションが凄いだけでストーリーすっかすかなの確定。
せいぜいTVCMに踊らされて観て
「観た」という事実しか残らなくてやれやれすれば良いよ(^-^)ノ~~
そのジョンウーの紹介で「あのMI:2の〜」みたいな売り方ですが、あのうんこ映画を最後まで満足出来た人、フェイバリット映画に挙げてる人っているの?だってハイテク/アクション山盛りだったのに、最終的には浜辺で殴り合いで決着つけんのよ?もう大爆笑\(^_^)/。青春映画かよ!
殴り合いなんつう筋肉大好きなメリケンに媚びないといけない、ってのが間違ってる。ジャッキーチェンがハリウッド映画に出て「コミカル」ではなくて「バカ」をやらされる物悲しさと一緒だね。まあ、レッドクリフはハリウッド資本が1円も入ってないのに、さも世界公開する映画かのような錯覚テクを使わないと…みたいな。
ジョンウーで観るべきものは
・男たちの挽歌1
・男たちの挽歌2
・フェイスオフ
の3本。
間違いない。
NTR大好きっ子はフェイスオフだけは絶対だ(`・ω・´)
やれやれ
昔ね、仕事の後にさ、デカい音で好きな曲かけて「ひとりクラブごっこ」をしてたの。夜中3時とかに。で、オーガナイザーもオーディエンスもワタクソひとりなので、松たか子から宇多田からリンキンからエミネムまで何でもありでした。
いつも最後のシメはモンドグロッソの光(UAが歌ってるやつ)だったんさ。
それを今日久しぶりに聴いてさ、5年前のワタクソはこれを目を瞑りながら聴いて何を考えていたんだろう?とね。たった5年。でも、いろんな事があった5年。同一人物とは思えないぐらい変わったと思う。
不思議なもので、高校生だったしんなりめがねと今のしんなりめがねは「まあちょっとはアレだけど大筋では一緒」って思う。なのに29のワタクソと34のワタクソは全然別の個体だと感じるのさ。
モンドグロッソみたいな具体例でピンポイントに記憶を立ち上げると、違いというか成長というか、歴然。
歌詞に
「声がしてる優しい声が/耳の奥をくぐり抜けてく/このままずっと同じ景色を/こうしてもっと見ていたいけれど」
という部分があって現在形である『見ていたいけれど』の『けれど』部分ばかりに引っ掛かっていましたが
「音が響く新しい音が/確かな事に気が付けるように/言葉がずっと綺麗になって/あなたの場所を照らしはじめて」
という未来というか願望というか希望の部分に5年経って初めて共感出来るようになりました。憧れでしかなかった後半の歌詞が、今ワタクソの中で現実味を帯びてきているのです。これは凄い事なんだけど、読んでる人に果たして伝わるのかどうか…
まあまあ
そんな感じで「ハードロックチャンピオン3」的な事書きたかったんだけど、なんだか全然違くなっちった。ワタクソ的にはハードロックという言葉がむずがゆく恥ずかしいんだけど、分かり易くするためにわざと使ってるってのもやっぱ伝わってないんだろな…
いつも最後のシメはモンドグロッソの光(UAが歌ってるやつ)だったんさ。
それを今日久しぶりに聴いてさ、5年前のワタクソはこれを目を瞑りながら聴いて何を考えていたんだろう?とね。たった5年。でも、いろんな事があった5年。同一人物とは思えないぐらい変わったと思う。
不思議なもので、高校生だったしんなりめがねと今のしんなりめがねは「まあちょっとはアレだけど大筋では一緒」って思う。なのに29のワタクソと34のワタクソは全然別の個体だと感じるのさ。
モンドグロッソみたいな具体例でピンポイントに記憶を立ち上げると、違いというか成長というか、歴然。
歌詞に
「声がしてる優しい声が/耳の奥をくぐり抜けてく/このままずっと同じ景色を/こうしてもっと見ていたいけれど」
という部分があって現在形である『見ていたいけれど』の『けれど』部分ばかりに引っ掛かっていましたが
「音が響く新しい音が/確かな事に気が付けるように/言葉がずっと綺麗になって/あなたの場所を照らしはじめて」
という未来というか願望というか希望の部分に5年経って初めて共感出来るようになりました。憧れでしかなかった後半の歌詞が、今ワタクソの中で現実味を帯びてきているのです。これは凄い事なんだけど、読んでる人に果たして伝わるのかどうか…
まあまあ
そんな感じで「ハードロックチャンピオン3」的な事書きたかったんだけど、なんだか全然違くなっちった。ワタクソ的にはハードロックという言葉がむずがゆく恥ずかしいんだけど、分かり易くするためにわざと使ってるってのもやっぱ伝わってないんだろな…
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