1997年05月

5月31日  土曜日

 夕方、連絡を受け、急遽、「サムライ・ニュース」
 ピンチ・ヒッターで出演。後楽園のスタジオへ。
 今月、もう7本目だが、いつでも、呼んでくれい。

5月30日  金曜日

 ビバリー起床。
 松ちゃん、すっかり元気で良かった。安心したよ。

 ネタ再考。ひらめく。
 なるほど、こうやりゃあ、いいのか。書き直し。

5月29日  木曜日

 松村くん、来宅。
 このところの「電波」の騒動、十分、テレビ的に面白いし、
 オレもルールを踏まえているので、
 松村くんへの話を制限してるのだが、
 本人が、どこまで、デリケートなのか、
 オレにもわからず、ちょっと、心配になる。

 マガジンwooo取材。
 16時「ウイスパー」にて、テーマ「芸能界のいいひと」

 ヒロミチ・ナカノ先生より、小包。テディー・ベアー。
 先生、ありがたいけど、もう遅かった。

5月28日  水曜日

 TOKYO FM、7月26日のライブ告知収録。
 こらくさん、来宅。
 ニフティ入会の手続きやってもらう。

 中野翠さんが「サン毎」に感想を書いていた、
 「総会屋・小池隆一」ではなくて、
 「真剣師・小池重明」団鬼六 著(幻冬社文庫)、
 丁度オレも読んでいたので「驚き桃の木」で放送された
 「ろくでなし・小池重明伝」ダビングして、中野さんに送る。
 驚きマニアのオレもこの回は、うなった。
 特に最後のナレーションの名文。
 とゲストの田中寅彦九段棋士の最後の一言。
 「私が死んでもとても番組になると思えません」
 
 中野さんもオレも共振している、
 北野武、や宮崎学、それに代々木忠監督、
 そして、この小池重明も、激烈なる破滅への生き方なのだが、
 それを、書物で知り、自分の中だけでは済まず、
 どうしても、人に知ってもらいたい衝動に駆られるのは、
 「男騒ぎ」の感覚だと思うな。
 この男騒ぎのドブ板の臭いほど、
 今、追いやられ、デオドラントされてるモノはないだろう。

5月27日  火曜日

 有楽町の第一ホテルで、「別冊アサヒ芸能」の対談。
 格闘技界と最強について。
 メンバーはターザン山本さんと夢枕獏さん。
 踏み込めない話題が多いのは、
 演者の論理がオレには、確実にあるから。
 そのなかで、大胆に自説を展開する、ターザン。
 ターザンとテリー伊藤さんとは似てる。
 ターザンがしきりに、力説した、高田延彦が下品であるから、
 最強である、という論理に、中止と言われてる、
 高田・ヒクソン戦まだ脈ありと見た。
 オレはヒクソン退治には、「国民栄誉賞」を捧げるべきだと。

 帰途、新宿で、みうらじゅんさん、目撃。
 車から、声をかけると無視され、さらに、車で追い掛けると、
 後ずさりして、逃げ出した。
 玉袋のクルマとサングラスの風貌に
 悪い奴にからまれたと思ったらしい。
 そのまま、ピック・アップして、仕事場まで送る。
 「やりにげ」原作者と主演男優の対談。
 自慢のエロスクラップ見せてもらう。
 ブロンソンズのCDや、新刊の単行本、もらう。

 18時より、北沢タウンホールで、
 大川興業の「すっとこどっこい」
 予定済みの飛び入り出演。5年ぶり位だろうか。
 ネタ「抱き合わせ」。
 はたして、久々の他流試合でも通用するのか?
 不安もあったが、まあまあか。
 短縮バージョンでやったのだが、
 実は、ここに来ているお笑い好きの連中のドギモを抜きたい〜
 お笑いに強さを〜などと、そんな、妄想するんだよな。
 なぜか、このネタになると、赤江くん、台詞が飛ぶ。なんでだ?
 トークコーナーにも出演。江頭ちゃんに恥かかせる。

5月26日  月曜日

 ビバ起床。
 新宿マイ・シティのTシャツ屋で舞台衣装用のTシャツ作成。
 赤江くんと明日のネタ合わせ、軽く。
 
 解決不能、突然変異、のメールの文字を前にして、
 どん底のフタを空け、さらに沈む。

5月25日  日曜日

 北郷40日振りに帰宅。
 ハゲ鈴木君とともに3人暮らしに、
 まるで、「ひとつ屋根の下に」の様。

 「HEY! HEY! HEY!」(フジテレビ出版)
 の単稿本読んで、1時間笑いっぱなし。総集編とかで、
 何回も見てんのにね。

 夜、自由ケ丘、不自由にブラブラ。歌舞伎町ドライブ。
 おいらは、宿無しか。

5月24日  土曜日

 新生・オレのつもりだったが、朝から雨天で外出せず。ネタ書き。

5月23日  金曜日

 9時起床。
 生涯忘れない、忘却の日に。結果良ければ、全て良し。

 「顔面麻痺」の文庫本、
 解説に中島らも、ビートたけしを評して、
 「災厄を嘆かない、災厄をテコのように扱って、
  新しい自分を顕現させる。
  転んでも砂をつかんで立ち上がってくる」と。

5月22日  木曜日

 ビバ起床。

 「ウリナリ」のディレクター自殺。
 テレビ業界には、切羽つまって仕事をしている人、
 土俵際で、仕事している人、たくさん、いる。
 一緒に仕事していた、ウンナンもお笑いだけに、つらいだろうな。


 「徹子の部屋」ドリアン助川。オモロい。
 廃刊する、「ビューズ」6月号のインタビューでも、
 いい味出しまくってた。

 あんまり、面白いので、紹介すると、
 「ビューズ」のインタビュアーが、永沢光雄。
 名著「AV 女優」(ビレッジセンター出版局)を書いた人、
 オレはこの連載読みたくて
 「ビデオ・ザ・ワールド」を毎月買ってるようなもんだ。

 この方、いわば取材原稿のプロが、
 今回、ドリアンの記事を書くのだが、
 実は今回、彼にはドリアンに会いづらい理由がある。

 この以前にニッポン放送の仕事で、
 二人は仕事をともにしていて、地方ロケに行き、
 永沢さんと担当ディレクターは、翌日、取材があるにもかかわらず、
 夜の町にアソビに繰り出した。
 それを、ドリアンは、自分の連載するコラムの中で、
 「プロ意識の無さに、呆れを通りこし、憤りを感じた」
 と書いていたのだ。

 それを読んだ、永沢さんは、当日のことを、思いだし、

 あの朝、目をさますと、隣の布団で寝ていたはずの、
  ドリアン助川の姿がなかった。探すとなんと彼は、
  その大きな体をこれ以上丸められないというくらい丸め、
  金髪の浴衣姿を押入のなかで、実に苦しそうに眠っていた。
  その時は、
  「へー、押入のなかで、寝るのがお好きなんですか?」
  と私はいい、不思議な人がいるもんだ、
  やはり詩人は違うなあと感心した。ドリアン助川も
  「ええ、どうも広い部屋が苦手で」と言っていたのだが、
  そうですか、実はお怒りだったのですね。

 と結ぶ。

 いや〜いい話だ。笑える。

 押入にこもる、ドリアン流抗議の仕方が実に、笑える。
 それに、きずかなかったことで、
 今回、きまずいインタビューになる様子も笑える。

 これ、昔の「週刊文春」のビートたけしインタビュー思い出す。

 (殿が取材の間中、紳士的で、シャイにふるまってる様子に驚いた、
  編集者が当日のラジオを聞くと、あることないこと、
  ボロカスに笑い話にされて、「ジキルとハイドのような人だ」と
  その体験を編集後記に書いていた)

 ちなみに、永沢さんが、ドリアンをバカにしているのかと、
 言うと、全然そうではない。
 ドリアンのCDを聞き、号泣して、そのラジオの仕事を
 引き受けることになったことが最初に書かれてある。

 我々の漫才「キャンプ情報」のネタを見て、
 「いや〜ドリアンて、私もインチキ臭いと思ってたんですよ」
 とか、勝手に連帯してくれる人がいるのだが、
 ま、それはそれで、感想としていいのだが、
 オレたちとは、姿勢が違うんですけど。

 オレたちが漫才でやってる、一見「悪口」は、
 もっと、悪意のないところの、対象への興味が強い。
 「そこにお笑いがある」って、感覚なのだが。

 「徹子の部屋」でも、自作の詩を流し、
 それを聞き、自ら涙ぐむドリアンが面白くてしょうがないんだが、
 それは、実はやはりテレビの前で、
 そんな姿を見て、泣きそうな動揺を感じる、オレ自身も、
 笑わなきゃあどうしようもないだろうって感じなのだが。

 「いいひと」総集編、ビデオで。
 草薙版フォレスト・ガンプと言うより、
 コーエン兄弟の「未来は今」でしょう。
 まあ、見た人はみんな指摘することだと、思うけど。

 19時。福来飯店。
 玉袋、茂、アサヒ芸能、田口さん、会食。

 「博士の異常な愛情」文庫化計画。
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プロフィール
水道橋博士

1962年8月18日生。岡山県倉敷市出身。コンビ名・浅草キッド。
受賞歴:第4回 みうらじゅん賞。
出演番組:『バラいろダンディ』(TOKYO MX)、『総合診療医ドクターG』(NHK)他。
著書:『お笑い男の星座』、『キッドのもと』。水道橋博士名義では『本業』、『博士の異常な健康』など多数あり。最新刊は『藝人春秋』。
有料メールマガジン『水道橋博士のメルマ旬報』を月2回配信中。
特技:宅地建物取引、漢字検定(2級)他。
浅草キッド公式サイト「キッドリターン」
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