「明日のためにその1」的なネタ合わせ。

 W杯最終戦、日本vsジャマイカ、1ー2敗戦。日本3連敗。
 我々はジャマイカ応援。

 イーストの吉田さんから、珍しくTEL。
 「未来ナースがオモシロ過ぎる」と。

 ところでねこぢる画伯の死に寄せて、根本敬さんが発表した文章、
 メールで送られてきたもの掲載しときます。

 
 「本物」の実感  漫画家 根元敬

 大抵、自殺は不幸なものだ。
 だが、例外もある、
 自殺した当人が類い稀なるキャラクターを持ち、
 その人らしい生き方の選択肢のひとつとして成り立つ事も
 タマにはあるかと思う。
 ねこぢるの場合がそうだ。
 死後、つくづく彼女は「大物」で、
 そして「本物」だったと実感する。

 そのねこぢるが
 「この世はもう、この辺でいい」と決断してこうなった以上、
 これはもう認める他ないのである。
 もちろん、個人的には、数少ない話の通じる友人であり、
 大ファンであった作家がこの世から消えた事はとても悲しい。
 が、とにかく、ねこぢる当人にとって今回の事は、
 世間一般でいうところの「不幸」な結末などではない。

 とはいえ、残された山野さんにとっては、
 とりあえず今は「不幸」である。
 何故”とりあえず”が付くかというと、ある程度の時間を経ないと、
 本当のところは誰にも解らないからである。
 
 ねこぢるの漫画といえば、
 幼児的な純な残虐性と可愛らしさの同居ってのが
 読者の持つイメージだろう。
 それも確かにねこぢる自身の一面を表わしてはいるだろうが、
 「ねこぢるだんこ」(朝日ソノラマ刊)に載っている俗や
 目常の遠い彼方に魂の飛んだ「つなみ」の様な漫画は、
 ねこぢるの内面に近づいてみたいなら見のがせない作品だと思う。
 まだ読んでないファンがいたら、是非読んでほしい。

 年々盛り上る、漫画家としての世間的な人気をよそに、
 本人は「つなみ」の様な世界で浮遊していたのではないか。
 俗にいう”あの世”なんてない。
 丹波哲郎のいう”大霊界”などあってたまるか。
 だが、”この世”以外の”別世界”は確実にあると思う。
 ねこぢるは今そこにいる。 (コミックビンゴ 7月号より)