2001年05月
2001年05月31日
5月31日 木曜日
6時起床。
笑芸人原稿〆きり。ここ3日、ずっと東さんのことを考え続ける。
不可解な人、そのまんま東、1万字書いて、5400字に絞る。
時間ぎりぎりで、なんとか間に合わせる。
SRSーDXのPRIDE特集、
俺のファスティング日記もカラー3ページで。
編集部で撮影した、ファスティング前写真に笑う。
ネット版も、こちらに掲載。
昼、「スネークピット・ジャパン(蛇の穴)」へ。
クレイトンが見学。
ハチミツ二郎社長も。
このデブ二郎に、
「6ヶ月で、おまえをロックのようにしてやるから」
と甘い言葉で、
必ず、続けて来るように申し付ける。
これだけ、デブだと結果がオモロになる。
もちろん、俺とてその運動にはつきあう。
無理だと思うだろう?
やればできるんだよ!
おべんきょ。3コマ。二郎見学。
この社長、なんでも食いつきがいいなぁと思う。
合間に『成都』で食べ放題。
スズキは、ハイロウズの熊谷でのギグヘ。
俺は、家で原稿。
ファスティングとプラセンタの効果で体調良好。
睡眠時間が減って、時間が増えた。
日記だけで、5月は5万字も書いた。
今までの新記録だ。
過剰すぎるけど、
全てはAII RIGHTだ。
2001年05月30日
5月30日 水曜日
『アジアン・カフェ、むげん堂』でランチ。
ゲーン・キョー・ワン(鶏肉とタケノコと大根のグリーン・カレー)
バイ・クン・チャーイ(豚肉ひき肉炒めのせごはん)
のハーフ&ハーフで500円。安い。
18時半、事務所。
『日経エンターティメント』新連載打ち合わせ。
品田編集長と、木村さん。
字数1500字は少なすぎる。と思うが、
長く書いたものは、自分用の原稿を残しておくことにする。
銀座寿司割烹「飛榮」で、
『火の玉スポーツ列伝』の食事会。
堀プロデューサーと、作家の関さんと。
関さん、近況として、
鳥肌のライブを見て、殿方のライブを見た後、
マキタスポーツと飲んでいた話。
これはマメな人だと感心する。
関さん、とにかく物知り、博識で、
どんな話題で話を振っても、まず知らないことがない、
かつ、ノンストップでお喋りな人なのだが、
本日も止まらず。
悪名の勝新太郎の話。
小林旭とジョン・ウーの話がオモロ。
さっきまで、俺が品田さんと一緒だった話を振ったら、
「品田は、俺、詳しいよ〜」と語りだした。
なんで、そんなに知っているんだろう?と思ったら、
品田さんの高校の1年後輩で、同じサークルだった。
そりゃあ、詳しいわ。
帰途、石丸元章さんにTEL。
新宿5丁目、「3AVE」へ。レズバー。
その後、文壇バー「風花」へ。
文壇バーと呼ばれるところは、初めて行った。
となりに、元・アサヒ芸能編集長の花園さん。
五島列島出身なのだが、ものすごい訛り方で驚いた。
新宿2丁目のお店。2軒で、ダウン。
そのまま、石丸さんは、朝の町に消えていった。
2001年05月29日
5月29日 火曜日
おべんきょ3コマ、プラス2、
「スネークピット・ジャパン(蛇の穴)」へ。
二郎社長も一緒。
ここのところ、奴も本気で真面目に来るようになった。
実は、今日などは、宮戸さんと PRIDE話を振り返り、
終わらそうと思ったが、
自分の弟子の二郎がいれば、俺もさぼってる姿は見せられない。
で、 手抜きなしに。
こうなったら殿が、
ベンチプレスの180ポンドとおっしゃっていたので、
本気で、この数字をクリアーしてやる気になる。
板橋ワーナーマイカル 『ショコラ』(映画瓦版より)
レイトショー9:40上映の回に駆け付ける。
「サイダー・ハウス・ルール」のあの苦味が大好きな俺としては、
退屈など一切してないのだが、大甘口すぎる。
舞台は、ヨーロッパなのに、言葉は全て英語。
ジュリエット・ビノシェが、綺麗なのだが、
ちょっと田中真紀子に似ているところあった。
ジョニー・デップ最高。ぐんと画面が締まる。
とにかく、ラッセ・ハルストレム監督の作品は大好き。
映画を覆う色のトーンが好きだ。
ちなみに、石川三千花 著『勝手にシネマ』の
「ギルバート・グレイプ」の絵がとても気に入っている。
いつも、ハルストレム映画を見ていると、この絵と色を思いだす。

石川三千花「勝手にシネマ」(世界文化社)より
24時、桃太郎寿司で、
偶然、『お笑い男の星座』の作家Hこと、堀内くん、
タイタンの芸人の 5番、6番の片割れと一緒になる。
2001年05月28日
5月28日 月曜日
朝から原稿。
おべんきょ。2コマ。プラス1。
大塚美容歯科へ。
一度、やり残しがわかって、一度、出戻る。
小島さんとお話。
20時半、西麻布「キャンティ」で殿と食事会。
何度か、このお店に殿に連れて来て頂いているが、
ちゃんと食事を味わったことがない。
殿を目の前にして、舞い上がって、
高級レストランにあがって、
なんだかわからないが、
美味しい、名前を知らないものを食べて終わりだ。
そんなことではどうする?
と、最近心掛けてる自分の食べたものをわかる人になれ、
キャンペーンとして、
今回、俺が食べたもの。
牛のパテのカナッペ、
コルニッション(きゅうりの酢漬け)
ズッキーニのお花のチーズ入りフライ。
ティンバロ(タンバリン)
(なすとイワシの重ね焼き、トマトソースかけ)
パスタ、
冷たいキャビアのカッペリーニ(細い麺)
スパゲッティー・バジリコ
タリエリーリ(平麺) ポルティーニ(きのこ)クリーム和え。
お肉
小牛のカツレツホアグラ入り。
小牛のグラタン・フローレンス風バターライス添え、
Tボーンステーキ、
ショコラ、カプチーノ
チエンチ(おかし)
向かいに美川憲一さんがいらっしゃった。
殿のお話。
基礎教養、メイン・カルチャーがいかに大事か〜の話から、
延々と話される。しかし、数学、科学になると俺たちはお手上げだ。
『ピカソ』のお怒り事件。
「死んだ気持ちになって」
〜なんて台詞じゃ大それたことは何も出来ない。
などなど。
そして、ダンサーの体になってやる宣言。
あと、タップとピアノともう一つやって、
「水道橋もギャフンと言わせてやるからなぁ」と。
既にギャフンと言いどうしの俺なのに、
55歳にして、まだまだ、負けん気と、
新たに始めようとする意志が、カッコよすぎる。
2001年05月27日
5月27日 日曜日
モモセ2000Tシャツを着込み、スズキ(同居人)の運転で、
横浜アリーナへ向かう。
玉袋、ハチミツ二郎社長も合流。
駐車場に、ビル・ロビンソン先生、 宮戸さんらと待ち合わせる。
宮戸さんは、今日はセコンドにつく。
「スネークピット・ジャパン」の面々が、スーツ姿で正装していた。
気分は出入りだ。
そのまま、宮戸さん、ロビンソン先生は、高山選手の控え室へ。
今回、俺たちの隣の席に、
ロビンソン先生の席を用意してもらった。

藤田 vs 高山は、往年の名勝負
猪木 vs ロビンソン戦である〜
という図式は、俺が待望しているものであり、
オールド・プロレスファンの
記憶を揺すぶるアングルである。
決してそれを
前面に出して触れる必要はないが、
試合中、高山選手の背後に
ロビンソン先生が、サブリミナルのように、
画面に映ったら…。
と思っていたのだが、
残念ながら、そういう席にはならなかった。
試合前、フジテレビの控え室でオーケンと話。
オーケンの新しい本を貰う。
オーケンから、献本してもらうのは初めてだ。
こんなに俺はファンだと言うのに。
長坂アナと、ファスティング話。
北一列。リングサイド。
隣には、浮田ひさえや、
一億円のおっぱい・小池栄子らが。
もはや、キャバクラ状態。
ここは、二郎にサングラスを借りて、
ロック様になってみる。

第一試合から、白熱。オモロの極み。
PRIDE、試合も演出もますます興行として、洗練されてきた。
そして松井強くなった。
ポロポロ負けるRINGSオランダ連中、頼むよ、まったく。
猪木様のご説法も、もちろん、ありがたく聞く。
メインは高山善廣選手の入場時から、感情入りまくり、
すっかり、俺自身も、 セコンド気分。
ヘビュー級レスラー同志のPRIDEは、
かってない、肉弾戦となり、
しかも血肉を切る闘いとなっと。
宮戸さんのセコンドぶりも頼もし。
試合終了後、涙ぐんだ。

百瀬博教さんより、猪木さんとの2ショット写真の額装を頂く。
百瀬さんに連れられて、パーティーへ。
佐竹選手、野村佐知代さん、周防監督夫妻、
脱がせ屋、高須夫妻ら、
高山選手のセコンドについた
RINGSの金原選手に、思わず握手。
「契約ありがとうございます」と、言ってしまった。
そこへロビンソン先生が、
「猪木と話しをしたい」と。
先生と、猪木さまの2ショットの
握手シーンが実現。
肝心のそのシーンが電池切れで、
デジカメで撮れなかった。
そのまま、ロビンソン先生は帰られた。
Uインター時代の旧交もあるはずなので、
ロビンソン先生と高田選手との会話がなくて、
俺は、寂しく思っていたが、
後で聞いたら、高山選手の控室で、ずっと話をしていたそうだ。
帰り際、 猪木様と握手と会話。
猪木様立ち止まって我々と会話してくださる。
「ファスティングをやりました」と報告。
「そうですか、ムフフフ、
ずいぶん、体質が細胞のレベルから変わるでしょう」と。
終了後、KANSENKI.NETの連中と合流。
「横浜ハイボール・墨屋」でご馳走。
日本で最も、批評が充実しているファンサイトである。
メモ8さん、品川さん、実原選手ら。
リングを見る目は、超辛口の連中が、今回のメインは大絶賛だった。
俺も、なんだか、嬉し。
ノアファンの愚傾さんの観戦記(KANSENKI.NETより)。
メモ8さんを吉祥寺へ送りつつ、いつのまにか寝ていた。
明日は、俺たちのPRIDE、殿とのお食事会だ。
2001年05月26日
5月26日 土曜日
『笑芸人』の〆切、すっかり忘れていて、焦る。
誰の話を書こうか?としばらく考える。
ターザンの日記に俺に対する抗議が書いてあった。
あんまり面白いので引用。
今日はまず、"日記論"について書いておきたい。
浅草キッドはホームページを持っていて、
そこに水道橋博士が日記を載せている。
その中に私と博士がいっしょに映画を見に行った日のことが、
写真入りで掲載されていた。
例のIマックスに行った時の話である。
あれはたしか5月14日のこと。
その日記を私の友人が私に見せてくれたのだ。
3Dのめがねをかけた私の写真は、なかなか迫力があった。
評判になったようである。
しかし私は博士のその次の日の日記を見てガグ然とする。
そこには博士が『紙のプロレス』の編集部を
訪れた時の写真が何枚か載っていたからだ。
正直言っていい気持ちがしない。
わかりやすいたとえ話をすると
「なんだ私とデートした次の日に、この別の人とデートしているじゃん」
ということになるからだ。
博士、あれはないよ。失礼だよ。
それに日記というのは私にとっては、
いつも自然体で生きている私の姿をそのまま書いているだけ。
アングルで日記を作るのは邪道だよ。
日記を私流に定義すると
「ああ、俺はまだ生きているんだ」という証明なのだ。
死んだら日記は書けなくなるもんね。
それに俺と"紙プロ"を同じレベルで扱って欲しくない。
それだけは博士に言いたい。
わかりやすい例え話がとても、
常人にはわかりにくいところが、素晴らしい。
さすがターザンである。
せっかくの日記論だが、
俺はweb上の日記の書き方には、ターザンに言われなくても、
(何度も書いていることだが)ルールをもって書いている。
これは、俺の備忘録であり、
俺たちの仕事の、宣伝チラシであり、
俺を励ます、俺エールであり、
また、俺は、他人が読んでもオモロであることの、
エンターテイメントを心掛けている。
もちろん、そのためのアングルなど無数にしかけている。
そのために、 他人に 監視される状況で、
そのアングルに自分で乗っかったり、
日常を縛ったりすることは、楽しい。
おべんきょ、1コマ。試験、無事合格。
14時半、半蔵門「グランドアーク半蔵門」へ。
「月刊アサヒ芸能エンタメ」対談の2回目。
伊集院光がゲスト。
2回目で早くも、
ワンポイントリリーフの名手、伊集院とは。
無意識過剰の「心のチンポのでかい人ランキング」を作る。
そのまんま東さんとお話。
男のお約束。
「笑芸人」の原稿書いても良いかの了解を得る。
お台場へ。
「あゆみブックス」で大量本買い。
フジテレビ楽屋で原稿書き。
『お台場トレンド市場』3時間生放送へ。
今日も、ボーティングで、
『JSA』の映画券ゲットなのだが、
逆に、行く機会がなくて、プレッシャーになってきた。
ファスティング後の佐野アナと立ち話。
『 PRIDE.14 』、ロケが飛んで、急遽行ける事になった。
SRSスタッフに『 PRIDE.14 』 の席を折衝。
今回は、どうしてもロビンソン先生に
リングサイドに座ってもらいたかった。
2001年05月25日
5月25日 金曜日
朝7時起床。
『タイムショック21』ロケ。
8時45分出発、 気分は小旅行へ。
前回、雨で中止になったので2回目の、
千葉、横芝敬愛高校へ。
本番、ロケの神様が降りてきた。
ハラハラどきどき今までにないオモロな展開。
カイヤに相変わらず「楽屋留学」。
俺、この「楽屋留学」って言葉気に入ってる。
俺が熱心に見えたのか、
カイヤが英語会話の本
「カイヤの英会話ハートでトーク」 をくれた。

終了後、控え室でカイヤの誕生日でタコスで祝う。
安原マネ運転、
錦糸町下車、吾妻橋、作家の石丸元章宅へ。
夫人のOKA-CHANGと、大場さんと共に、『幸味亭』へ。
石丸さんの料理うんちくを聞きながら。
石丸さん宅への浅草移住計画にすっかりのめり込む。
すっかり石丸宅へお泊りしようかと思っているところ、
西村運転手に 電話で呼び出される。
殿からの伝言。
もちろん、何をやっていても、「いざ鎌倉へ!」 である。
スズキに迎えに来てもらい、
既に、完全に出来上がっていた赤江くん(玉袋)と
ハチミツ二郎社長合流。
引っ越された 殿宅、初めて訪問。
絶景。そして用件は、VAIO 修理である。
俺たちではこころもとないので、同級生の 免さんにわざわざ来てもらう。
殿 上機嫌、月曜日に食事会の約束。
2001年05月24日
5月24日 木曜日
昼、「スネークピット・ジャパン(蛇の穴)」へ。
ハチミツ二郎社長も参加。
こいつ真面目に来る気があるのか?
俺が腰痛気味で、緩めにコンディショニング。
おべんきょ。なんと6コマも。
しかも、苦もなく。
4コマ目に早くも昇級の進め。
タイ料理「BAAN~ESAN」へ。
タイ生活の経験のある外国人を連れて。
ゾマホン合流、オンリー・イングリシュに。
イーサンと言うのは、タイの地方の名前である。
そしてイーサン地方の料理はタイ料理のなかでも、
美味しいことで著名なのだ。
なるべく、現地語のメニュー覚えるようにしよう。
まず、ゲーンってカレーね。
・ゲーン・キョウアン(グリーン・カレー)
・ガイ・ヤーン(鶏肉の炭火焼き)も有名。
特にここは美味い。
・ソムタム、イサーン名物・青パパイヤのサラダ
・もち米=STICKYは、指で丸めて、料理のたれに浸して食べる。
・パッキーマオ(焼ききしめんタイ醤油味)
・トムカーガイ(鶏肉とピリ辛ココナッツミルク)
・パッパックフン(空心采のガーリック炒め)
2001年05月23日
5月23日 水曜日
ほぼ、徹夜に。
二日酔いだけど元気。
ホント、元気があればなんでも出来る。
すっかり、この日記のなかで、話題がなくなった、
『お笑い男の星座』であるが、これで終わったわけじゃない。
まだまだ、静かにチョロチョロと燃えてるんだよ。
スズキ(同居人)が見つけた、ネット上での書評を転載。
< 男の子は、笑いながら血を流す >
「ビートたけしに弟子入りし、この世界で漫才師として
飯を食うようになって十余年が経った。(中略)
この世界で言っていいことと悪いことの分別もつけ、
無難に、安全に仕事を選び、
上手くやりすごす処世も身につけてきた」
という浅草キッド。
TVブロスから、この本の元になる連載の話を持ちかけられたとき、
彼らの中で「猪木イズム」が目をさます。
猪木イズムとは、たとえ自分が天国にいたとしても、
憎いやつが地獄にいたら、
わざわざ地獄にぶん殴りに行くエネルギー。
「いつ、なんどき、誰とでも戦う!」
というフレーズに象徴される
「燃える闘魂」である。
彼らは、戦いながら、戦いについて書いている。
歴史に残るプロレスカードのほか、
「和田アキ子vs.YOSHIKI」「たけしvs.洋七」
「爆笑問題vs.浅草キッド」といった芸能界における
豪華な対戦の顛末が実況・解説される。
この本には、彼らがリスペクトしつつ
イジりくずしてきたキャラクターがたくさん登場するのだが、
私が個人的に好きなのは
「城南電機の宮路社長 vs. 大塚美容外科の石井院長」の
「ロ−ルス・ロイス対決」と
「水野晴朗vs.ガッツ石松」の「自作映画対決」。
子供っぽくて血の気の多い、
どこかロマンチックな男たちが織り成す戦いは、
かなり過激で馬鹿馬鹿しいが、そんな戦いに捨て身で絡んだり、
落としたりする彼らの口調は、さらに過激で馬鹿馬鹿しい。
笑いながら読んでいると、もはや、どこまでが茶化しなのか、
どこまでがリスペクトなのか、どこまでが本当で
どこからがホラ話なのかなんて、どうでもよくなってくる。
男の世界とは、すべて壮大なホラ話なのではないだろうか。
芸人社会のキナ臭い陣取り合戦も、
プロレス団体の確執も、まるで企業社会そのものだ。
男って本質的に
弱肉強食のサバイバルゲームが好きなんだなあと思うけど、
この本は、過激でありながらも、
そんな社会のルールをふまえている。
尊重すべき人をちゃんと尊重しているように見えるし、
笑いなき中傷はしないというマナーが意識されているように見える。
「どの道、そこに『笑い』があるなら、そこに『闘い』がある。
他人を斬り付ければ、返り血浴びるのは、承知の上」
と序章に書かれているように、過激さは、笑いの中にある。
笑いというのは、真実に近づける切り札なのかもしれないな。
彼らは、血を流しながらでもホラ話を書くだろう。
少なくともその覚悟だけは読み取れる。
最後にビートたけしが言う。
「バカ野郎! お前らは誰かを好きになり過ぎるんだよ」
「この商売はなぁ、てめぇが星だと思ってりゃあいいんだよ!」
「それが出来なきゃな、男の子じゃないよ」
そんな師匠へのリスペクトで幕を閉じるこの本は「未完」だという。
浅草キッドが、これからどんな星になるのかが楽しみだ。
キナ臭い陣取り合戦を降りて、一匹狼になるのだろうか。
この本は、まだまだ気を遣いすぎている、とも思えるのだ。
BOOK REVUEより2001-04-02/相川 藍 ( A.A.)
そして
ケンタッキーやピザハットで自由にお持ち帰れる、
雑誌『パーチャス』には、
俺の『お笑い男の星座』ロングインタビューを
掲載してあるので、読んでくれたまえ。

13時、TBSラジオ「伊集院光の未来のラジオ」収録。
馬場 vs 猪木、架空実況。
辻よしなりアナと一緒。
伊集院の指揮ぶりに感心。
おべんきょ。2コマ。
海鮮三崎港で寿司。
『紙のプロレス38』、
発売日前なのだが、
催促して チョロ君に届けてもらう。
寝てないのに、これ読み出したら、
眠れない。

でも、今回、ちょっとテンション落ちてた。
今や、RINGSが大変な時期だけに、
RINGS応援団のこの雑誌にこそ、
前田日明インタビューとか欲しかった。
2001年05月22日
5月22日 火曜日
昼より、今日も、おべんきょ、2コマ。
『Tokyo Boy』収録。3本収録。司会。
千代田ビデオスタジオへ。
今日は、石原都知事が不在であった。
○ 都民美容整形事情、
大塚美容のスタッフ、モニターの方が登場。
○ 家電リサイクル法による不法投棄問題について考える。
そしてスタジオを後にして、六本木・森ビルへ。
○ 都市計画事情。
千分の一の縮尺した港区のジオラマを生で見た。
テレビ朝日跡地、汐留の日本テレビ、電通ビルの開発の模様。
自分がまるでギャオスになったようだ。
明大教授の理念、 森ビルの開発側、都の許可側の話。
どれも、興味深い。
都市計画は男の仕事なり。
今までの『Tokyo Boy』で一番オモロだった。
22時終了、川崎へ。























