伊藤比呂美の第一詩集「草木の空」1978。上京した年に買った詩集ということになりますね。おそらく、渋谷PARCOの「ぽるとぱろうる」で買ったんでしょう。「現代詩手帖」の投稿欄で目覚ましい輝きを放っていた新鋭でした。冒頭の「水道橋」、大岡信の「地名論」の水道橋とは異なり、3年間の男との関わりをごく個人的に愛着している、切ない作品。四谷の大学に通い始めていたので、「あんたはよつやのあの土手から」なんていう一行に目も眩んだりしていたものでした。
「ガ行鼻濁音のイメージ」を読んでしまうと、普段の言葉に対する神経がやけに鋭くなってしまって困る。
たまたま今日手に取ったら「節分の明くる日」という一編があったのは、偶然です。
ことばによって、自分のこの空間がパーっと広がったり、全く別の色相になったりという、言葉の力を痛感させてくれる詩人。生や性の生々しさにも溺れる。

今日の一冊は、#駒ヶ嶺朋子『死の医学』2022。哲学科を出て、医学部に入り、脳神経内科医となっている詩人。
帯にある通り、臨死体験やら何やらを医学で解き明かしていることを紹介していることはもちろん面白いのですが、幼児虐待などが解離につながることが多いことを紹介しつつ、解離が芸術性への到達に通じることも紹介し、負の体験があったとしても「それさえも力にする方法を人間の脳が持っていることをここに知らせたい」こと、相模原事件やALS嘱託殺人事件に医学界は多く沈黙したが、「今、生死とはなにか、欠点だらけの我ら人間に生きる価値があるのか迷うものたちにも、医学がたどり着いた死生学を伝えなければならない。そう思い、自分の身の丈の穴からなんとか這い出して声を上げた」という、熱い思いから生み出された一冊。
特に前半、文章がとても美しい。
