2010年12月31日

お世話になりました

今年も残すところあと1日。

最近、当ブログのアクセス数が急に増え、毎月1000PVを超えるようなりました。ありがとうございます。ブログランキングに属していないけれど、こりゃすごいわ!!

それにしても、毎年思うのだけれど、なんと1年の早いこと。特に今年は慌ただしい年でした。
2月に父が倒れ、夫も何かと体調不調の日々が続き、子供たちは3人とも小中高と新たな門をくぐりぬけ、それなりに格闘しつつも、すべてのはけ口は私。たまったもんじゃありません。

とはいえ、今年も太極拳と聖書研究、そしてベビーシッターのボランティアが加わり、心身共にバランスをとることができました。また、バッグ作成61個に到達。うまくいけば明日中にプラス2個できあがります。

当ブログは2006年からスタートしてきましたが、カテゴリーを分けることもせず、思うままに書き綴ってきましたが、あまりの量になってしまったので、一度ここでうち切り新年度からは、「ミラノの日常 第2弾」として、こちらに引越すことにしました。http://ameblo.jp/sofiamilano/

心機一転よろしくお願いします。

終わりよければすべてよし。 
明日の次は2011年のスタートです。




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2010年12月28日

クリスマス 〜 不況

毎年クリスマスの時期になると、夫の会社にかごに詰められた、スプマンテやらパネットーネ、チョコレート、ナッツ類などいわゆるお歳暮が届くのだが、その中で、私は、Cova のパネットーネを楽しみにしていた。我が家でパネットーネを食べるのは私だけ。なので、敢えて買うことはないのだが、Covaのパネットーネはそこらで食べるのとは違って、ぱさぱさ感もなく、きめ細かく、そして何よりもバニラの香りがする。箱もしっかりとしており、何かと利用できた。

気付くと、昨年からCovaのパネットーネは来ていない。違うメーカーになっており、サイズが小さくなっているではないか!!

こういう所に、不況の風を垣間見る。

所で、今日はクリスマス後初のゴミ回収日だったのだが、アパートの外に集められていたごみの量も、例年よりも少ないのには驚いた。今朝、瓶・缶をアパートの地下のゴミ収集場にも捨てにいったが、捨ていられたボトルの少なさ!毎年、いろんな紙の箱や木箱が所狭しと重なっており、プレゼントの包み紙やリボンも床に落ちていることが常であったが、すっきりしている!!

我がアパートには8軒家があり、そのうち、実家や山の家でクリスマスを迎えたのは2軒のみ。人が残っている様子は何気にあるのだが、静かだった。

イタリアでは、"Natale con i tuoi, Pasqua con chi vuoi"という言葉がある。クリスマスは、家族と。復活祭は好きな人と。(誰とでも、という意味)。クリスマスは、親戚中が集まる。私の子供のころは、お正月となると、関東にいる親せきの家をめぐったものだ。それに似た感覚であろう。

24日の夜中のミサは、その大家族での食事が終わってからミサに流れてくる人が多く、教会も一杯だったが、翌日の日中のミサはがらがら。24日は妻(夫)側、25日はその逆・・・というところも多いらしいが、別居、離婚も日常茶飯事の今日この頃。その子供たちはどうやって過ごしていたのでしょうね。

冬休みとはいえ、夫は通常業務。ごくごく普通に生活している我が家。暇を持てあましている長男は午後、教会のオラトリオへ行くと、やはり暇を持て余している子供たちが集まってはサッカーを楽しんでいるようだ。やはり、ここでも不況のせいで、どこにも行けない子供たちがいるってことか。笑
http://www.pasticceriacova.com/storia/history.html

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2010年12月24日

まきびとひつじを 〜 降誕祭

牧人 ひつじを 守れるその宵 
たえなるみ歌は あめよりひびきぬ 
喜びたたえよ 主イエスは生まれぬ 

仰げばみ空に きらめく明星(あかぼし) 
夜昼さやかに 輝きわたれり 
喜びたたえよ 主イエスは生まれぬ 

その星しるべに みたりの博士ら 
メシヤを尋ねて はるばる旅しぬ 
喜びたたえよ 主イエスは生まれぬ 

くすしき光の導くままに 
博士はまぶねの主イエスにまみえぬ 
喜びたたえよ 主イエスは生まれぬ 

こちらは、讃美歌103番「まきびとひつじを」 
きっとメロディを聞けば、聞いたことある!という方も多いかもしれない。 

クリスマス、つまりキリストの誕生を語る際、忘れてはいけないのが、東方の三賢士。 
聖書には、「占星術の学者たちが東の方から来た」としか書かれておらず実際人数は明記されていない。 

彼らはヘロデ王に「新しいユダヤ人の王」について尋ね、ベツレヘムへたどりつく。彼らはイエスを見て拝み、黄金、乳香、没薬を贈り物としてささげた(この贈り物の数から「三人」とするのが定着した)。ヘロデ大王は幼子を見つけたら、自分に知らせるようにと彼らに頼むが、彼らは夢のお告げを聞いてヘロデ大王のもとを避けて帰った・・・。 

「黄金」はキリストが王様であるということの象徴であり、「乳香」は、この幼な子が神の子であることをあらわしているのだそう。そして、「没薬」というのは、アフリカ産の植物からとった苦い薬だそうで(それで黒人なのだろうか!)、その幼な子イエスは、やがて苦しみを受けて十字架の上で死ななければならないこと、つまり救い主としてのキリストの苦しみの一生をあらわしていたという。 

ところで、よく『人生は旅』だといわれる。イエス.キリストの誕生を予言され、東方の三賢士たちは星を目印にベツレヘムを目指した。到着したのは、救世主の降誕よりもずっと後の1月に入ってからとされているけれど、彼らは、歩きながら、星を見失うこともあったであろう。星は雲に隠れてしまったり、方向を間違ってしまったかもしれない、という不安だってなくはなかったであろう。けれど、『確かに星を見た!』という確信が彼らを、ベツレヘムまで導いたのだと思う。それはある意味、神の導きだったかもしれないし、メッセージだったのかもしれない。 

『確かに星を見た!』 ぴかぴか(新しい) 

そうやって人間の人生は、高い理想を持って長い旅として続くのではないだろうか。Il coraggio di seguire una stella・・・「星を追い求める勇気」大切ですね。 皆さんには、心に星がありますか?夜 
↓わかりやすい「「現代版・生誕祭?!」




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2010年12月23日

クリスマスのプレゼント

今日で子供たちの学校も終了。
18日間の冬休みに突入した。
とはいえ、子供たち各自、宿題はかなり出ている。(いいことだ!)

さて、今日はママ友たちともクリスマスの挨拶を交わした。
思いがけず、数人からプレゼントをもらった。
「アルべロ(クリスマス・ツリー)の下に置いておいてね」という人もいれば、「中を開けて見てみて!」という人もあり、すでにチェック済みとそうでないものがあるのだが、中を見てしまったものに関しては、私好みの色の手袋や、手帳、お菓子やお茶など。まだ開けていないものは、宗教的なものらしい。笑

とはいえ、私のことを思い出して、準備してくれたものなのだ、と思うと嬉しい。

私も数人に、その人をイメージする色でバッグやらネック・ウオーマー、帽子などを作りプレゼントしたら、喜ばれた。最近は例の編み機が大活躍。

私たちは、贈り物、という言葉としてよく「プレゼント」という言葉を使うけれど、presnetはラテン語のpraeesse(近くにいる)pre-(前に)+es(ある、存在する)+−ent(状態)という言葉からきているもの。イタリア語だと,「存在する」はpresneza。英語だとpresence。考えてみると、人が本当に必要としているのは、その人の存在、プレゼンスなのでしょうね。

心を広く人々に開いて、自分の身近でなくても、遠くにいて困っている人たちのために、一人ひとりが持つ心の真珠をさし上げることが、クリスマスの本当のプレゼントではないだろうか。



 

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2010年12月22日

クリスマスの喜び

今日、次男の小学校のクリスマス会があった。
子供たちによる歌と詩の朗読。
クラスに移動し、パネットーネでお祝い。

こちらは、子供達が朗読した詩。

なんて多くの物が買えるのでしょう!
お店のウインドウには、銀色のリボンや星がいっぱい。
パンドーロにパネットーネ。
くいしん坊の喜び
プレセピオやクリスマスツリー。
どんどん綺麗に飾り付け。
でも、本当のクリスマスはそれで、おしまいじゃない。
世界のみんなが平和でいられること、それが本当のナターレ。
皆が愛し合い、助け合い、ひとつになって進んで行きましょう。

閑話休題。

先週、例のイタリア語クラスのクリスマス会があり、そこでも、パネットーネとパンドーロでお祝いした。クリスマスが関係ないアラブ人も一緒にお祝いをした。それこそが分かち合い。

一人の友人でもあり,イタリア語の先生が「日本ではクリスマスをどう祝うの?」と良くある質問をされた。個人的には、宗教も全く関係ない商業主義に乗った日本のイベントを外国人に紹介するのは、どうも好きではないのだが、まあ仕方がない。それが今の日本。(毒舌)

先生たちが私を見たが、「答えるのは彼女たちよ〜」と生徒たちを指さす。すると、だれかが「鶏肉を食べます。」と答えた。「ポッロー?!」イタリア人が声をそろえて驚いた。「アメリカのサンクスギヴィングのようなローストターキーのようなポッロよ。」とどれくらいの人が家で作るんだろう?と疑問に思いつつ答えると、やはり「作るの?」と聞くと「外で買ってくる」という人がほとんどだった。ケーキもそうなんだろうね。(またまた毒舌〜)

友人のLはクリスマスの1週間前から、料理の準備を始めなきゃ、と大慌て。そんな前から?と聞くと、カッポーネ作るからね、とのこと。

カッポーネとは、イタリアの伝統的クリスマス料理に不可欠な一品で、カッポーネという生後まもなく去勢したオスの鶏肉。それを野菜と煮込んでスープを取り、そのスープにトルテッリーニを入れたものをまずプリモで食べて、セコンドはレッソと言って茹でたカッポーネを食べるのだそう。クリスマスの前から、台所では、ことこと鍋がかかり、いい匂いがしてくるのが、私の母やおばあちゃんの代から続いているから、それを子供たちにも伝えたいの、とL。彼女のことだから、家族や周りの人の喜ぶ顔を見たくているんだな、と想像できる。


クリスマスは、キリストの生誕祭ではあるけれど、自分の子供や知り合いの子供が生まれる時、人は、だれでも、まだか、まだか・・・と心待ちにし、生まれて間もない赤ちゃんの姿をみて、だれもが笑顔を浮かべ、その子の誕生を喜ぶものだろう。

現代は一般的に、「喜び」よりも、むしろ「楽しみ」を求めている時代かもしれない。「楽しみ」が自分中心にものであるのに対し、「喜び」は自分の外に輝き、他の人とも分かちあえるもののように思う。

ショッピングもおしゃれ、人によってはゴルフにテニス?麻雀・・・?も「楽しみ」の対象であって、それが自分にとっての「喜び」となるためには、そこから生じる満足、快感が、他の人々をも豊かにするものとなることが必要。

喜びは、楽しみと比べて静かなものと言えるかもしれない。自分の心の中でパン種のように、音もなく、大きく膨らみ、やがておいしいパンとなって、周囲の人の心も体も満たす喜びをもっていきたいものですね。



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2010年12月17日

冬のこんな日は・・・

ciobar雪のミラノです。

さて、ciobarと書いて<チョバール>と読む。 

ホット・チョコレートなのだが、イタリアのホット・チョコレートはちょっとドロドロ系で。それをイタリア人はスプーンで一口、一口ちょびちょび楽しむ。バールでホット・チョコレート(Cioccolata calda)を頼むと、パンナ(生クリーム)はどうします?と聞かれる。もちろん、私は生クリームはつけないが、ほとんどのイタリア人が生クリーム付きで、にこにこしながらそれを食べるのですね〜。 

私が土曜日に行くマイ・バールはホワイト・チョコ、シナモン・チョコ、オレンジ入りチョコ、チョコミント、ジャンドゥーヤ(ピエモンテのチョコレート)などがある。 

我が家でもCameoのチョバールは欠かせない。近所のスーパーに置いてあるのは、クラシック味、フォンダン・チョコ(ちょっと苦い)。他にもホワイトチョコやジャンドゥーヤがあるらしい。 
http://www.ciobar.it/prodotti.php 

ちなみに、ココアとホットチョコレートの違いは、 

ココアは、カカオ豆から油分(ココアバター)を抜き、粉にしたものを水(湯)に溶かしたもの、で 
ホットチョコレートは、すり潰したカカオ豆に、更にココアバター、砂糖、粉乳を加え固めたもの、 
つまりチョコレートを、牛乳で溶かしたもの。とはいえ、ホット・チョコレートの方が完全にカロリーは高い。 

年明けからは、デトックスの生活に入らないとね。笑 

こちらはチョバールのCMバッド(下向き矢印) 
 


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2010年12月16日

モ二チェッリの死 に思う

200px-MarioMonicelli
映画監督のマリオ・モニチェッリが亡くなった。享年95歳。
 
日本での公開作品は少ないが、1935年以来これまで60本以上の作品を監督、ベルリン国際映画祭監督賞を3度受賞し、オスカーにも3度ノミネートされた経験があった。
 
95歳なら大往生じゃないか、という人も多いだろうが、「大往生」の定義は、少しの苦しみもなく安らかに死ぬこと。また、りっぱな死に方であることを言う。
 
では「立派な死に方」とは?
 
彼は、ローマの病院で、前立腺癌の治療の為に入院しており、入院してから数日で、病院から飛び降り自殺をしたのだ。
 
『死にざま』は『生きざま』でもあるという。かのナポリターノ大統領は、”un estremo scatto di volontà che bisogna rispettare”尊重すべき意向の飛び込み?とでもいおうか、とにかく彼を誉めたたえ、議会でも長い喝さいがあったという。
 
う・・・ん、どうなんでしょう?
安楽死を望むべきだった、という声もあるが、安楽死をめぐってはイタリアでは常に賛否両論、論争が駆け巡る。
 
2004年のインタビューでは、「イタリアのコメディはドラマチックで悲劇の要素もあるが、それをユーモアを使って語るんだ。でも、コメディでも人は死ぬし、ハッピーエンドにはならない。それがイタリアン・コメディだ」と語っていた。
 
彼には60歳代になるジャーナリスト兼作家の息子と、40歳年下との女性の間に36歳の娘がいる。パートナーとはここ数年別居していたという。
 
病気を苦にした自殺というよりも、孤独により、自分で自分の人生に幕を下ろしたかったのだろうか。
 
とはいえ、人の人生とはいえ、どうも納得がいかない。
 
「老い」を『死』に向かって落下する姿。とみなすか、死に向かって、最後の『生』を問いかけるのか。最後はその人の持つ信仰心があるかないかに関わってくるような気がする。
 
いずれにしても、ご冥福を祈ります。
 


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2010年12月15日

展示会のお知らせ

Factory vernissage友人が絵画展を開くのですが、スペースが余っているので、あなたのバッグを置いてみない?と聞かれて、急きょ合流させてもらうことになりました。

どうなるかしらね〜。

 



    Invito vernissage
venerdi 17 dicembre 201
presso 
LaB Factory M.
via Pisanello 16, Milano  (MM + vicina Gambara)


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2010年12月12日

サンタ・ルチア

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明日12月13日はサンタ・ルチア、聖ルチアの記念日である。
『ルチア』とはラテン語で光を意味するLuxまたはLucidから派生した名前。304年にシチリア・シラクサで殉教。
ルチアは拷問で両目をえぐり出されたが、奇跡が起き、目がなくとも見ることができたという。故に、絵画や像では、彼女はしばしば黄金の皿の上に自分の眼球を載せた姿で描かれている。というわけで、彼女は、目、及び視覚障害者、そしてシラクサの守護聖人及び、ナポリの船乗りたちの守護聖人でもある。
 
さて、我が家の家族たちは、目に見えていても見えていないものが沢山ある。「ママ〜靴下は?」「ママ〜パスポートは?」目の前にあっても、気付かない。または、何かの下に隠れていても、探そうとせず、まずは「ママ〜」なのだ。「ママは神様じゃないから、なんでも見えるわけじゃない〜」と怒鳴る。
 
と、冗談はさておき、自分は目に見えないものは信じない、という人がいる。私もお化けは信じない。でも心の目で見ないと見えないもの・・・ということもあるんじゃないだろうか。目に見えなくても存在する大切なもの。
 
たとえば「愛」そのものなんて目には見えないからね。星の王子様でも「たいせつなものは目にみえないんだよ。かんじんなものは心の目で見なくちゃ」といっている。
 
宣伝や流行に惑わされることなく、自分一人ひとりがもっている価値や大切なものを見出す方が大切なんじゃないかな?それがあってこそ、本来、自分に意味のある生活、人生があり、それこそが人間を幸福にしてくれるのではないだろうか。心の目がドライアイになったり、濁らないようにしないと。
 


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2010年12月11日

54歳の母

gianna『14歳の母』と言うドラマがあったが、こちらは54歳の母。 

 
イタリアを代表するロック歌手・ジャンナ・ナン二ー二が11月末に女児をミラノの病院で出産した。 

54歳。卵子提供や卵子の冷凍保存での妊娠ではなく、長い治療を経ての妊娠。ピラティス効果の自然分娩だったそう。 

ぺネローぺ・ジェーン 2530g 48センチ。 極めて健康。 

ベビーシッターのボランティアをはじめ、小さい子の表情や動作、反応がかわいいな・・・と思えるのは、余裕があるからだろうか?かといって4人目はもう結構。自分の孫だったら、本当に目にいれても痛くないんでしょうね。 笑

画像は11月に発売されたVanity Fairの表紙。 

http://video.corriere.it/nata-figlia-gianna-nannini/e5344480-f98c-11df-a6ac-00144f02aabc 

 ハスキーボイスが素敵です。http://www.youtube.com/watch?v=HyH7Xvua-DA&feature=related

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