ご来訪ありがとうございます!


最近とっても思うことがあります。
嫁姑っていうけれど、それは事実として
あります。


私も、嫁姑問題などと言われているのを
幼少のころから聞いていたし、私の実母も
母の姑とうまく行っていないこともみて
来ました。


母が、「私にはやるだけやったけど無理」と
姑とは「離れる」行動をとったのですが、

「本当にそれでいいの?」 

そう思っていた私。



だから、私は結婚と同時に「同居」しました。


15年の間、2年ほどは主人の仕事で別に
くらしていましたが、13年ほどは一緒です。


その中で、子育てもして、義母が認知症だと
診断され、いろいろありました。



でも、どんな環境であれ、人間と人間なんです
よね。


それは変わらないです。


おそらく、とっても人間的に合う嫁姑同士の
ご家庭もあると思います。



ただ、私の場合、義母とは性格も、育った環境も
考え方も 全く違って、「正反対」くらい違います。

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それで13年たって思うこと。


「同じ土俵に乗らない」


です。


義母が「家の中をしっかり取り持つ」という考えの
もと、「しっかり家事育児をすればあとは大丈夫!」 
と思っていたようですが、
「そう思っていたのに、結局お金がないと。。。」
と嘆いているのを何度も聞きました。



血がつながっていない、ということもあってか、
あまりはっきり詳しくは聞かないようにしています。


それも

「おなじ土俵にのらない」

ことですよね。


冷たいようだけど、不必要なことに入り込まない。


あとは、話の内容も全く考え方が合わないので、
こちらの誠心誠意の話を歪曲して悪くとらえるので、
もう話す内容は

・天気
・庭の花

当たり障りのないその位なものです。


それも

「同じ土俵に乗らない」

からです。 


お互い嫌な思いをするくらいなら、嫌でも顔を
みなくてはならない関係上、持つべき信念は

「同じ土俵に乗らない」


で、お互い持ち場を変える。


そうすることで、相手のしていることが、
客観的にとらえられ、


「私はやりたくもないけど、スゴイじゃない!」

って思えたり、


「以前は怒り狂っていたことに対して、あまり
頓着しない」

ようになっていたりします。



嫁姑といっても、土俵を分けて、相手を客観的に
みる、気持ちのゆとりを持つこと。


そして、気づいたほうが、自分が引いてみる、
ことで相手を気遣う気持ちも出来てくると思って
います。


本当に最近ひしひしと感じていることです(^^)


今回の内容があなたにとってお役に立てれば
こんなに嬉しいことはありません。


ここまで読んでくださってありがとうございました。