「愚鈍な兄」と「知的な弟」。弟は愚鈍な兄をリスペクトしていない(というか、半ばバカにしている)。
 だが、ストーリーが進むにつれて、この兄弟関係の構造は崩れ、実は誠実で賢明だった兄の前に、不誠実で偏狭だった弟は猛省する。

 …という作品がいくつかある。

 日本で代表的なものは西川美和監督の『ゆれる』(2006年)。渓谷の古い吊り橋で起きた転落死事故(事件)をめぐる二転三転の展開がメインプロットだが、それと表裏一体となって、兄弟の関係の変化が描かれている(いろんな事実が吊り橋のように脆そうに揺れ動くから、題が「ゆれる」)。



 オダギリジョー(東京に住む弟役)は香川照之(地方都市の実家に住む兄役)の愚鈍でダサい生き方を小バカにしている。だが、話が進むにつれて、オダギリジョーの無謬性、万能感は崩れていき、オダギリジョーも自分が間違っていたことを自覚する。

 (西川監督のデビュー作『蛇イチゴ』(2002年)も、犯罪(詐欺)を絡めた兄弟関係のドラマだった。ただし、兄弟関係は反転する。兄(宮迫博之)は不真面目で小賢しい口八丁手八丁の詐欺師。妹(つみきみほ)のほうが真面目で愚直。妹は兄に対して猜疑心を抱いているが、実は、不真面目な兄のほうが真面目な妹に対しては誠実だったりするのが『ゆれる』同様、面白い)

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 『ゆれる』の8年前、『スパイダーマン』シリーズで知られるサム・ライミ監督が『シンプル・プラン』(1998年)という映画を作っている。最近初めて観たら、「愚鈍な兄」と「知的な弟」の関係の話で、「これは『ゆれる』の元ネタか?」と思えるほど似ていた。
 作風はまったく違う。『シンプル・プラン』はヒッチコック風の味わいのあるサスペンス映画だ。実際、ヒッチコックへのオマージュが含まれている。雪の林に何度も登場する、『鳥』のような大きなカラスだ。雪景色の白との鮮やかなコントラストをなす何匹ものカラスがその後の不気味な展開を予感させる。さらに映画の中盤、家の中で酒を飲んでいるシーンで、つけっぱなしのテレビで流れているのは『鳥』だった。
 『シンプル・プラン』は雪の地方都市が舞台ということでコーエン兄弟の『ファーゴ』も想起させる。いずれにせよ、『ゆれる』とはテイストがだいぶ違う。

 『シンプル・プラン』は、林に墜落した飛行機の中から現金440万ドルを発見した田舎町の貧しい兄弟とその友人の話。
 440万ドルを発見したビル・パクストン(弟役)は警察に届けようとするが、ビリー・ボブ・ソーントン演じる兄とその友人は「カネは俺達のもんだ。てめえだけ失せやがれ」と譲らない。そこで賢い兄は穏便に大金を手に入れるための「シンプル・プラン」を考える。しかし、兄とその友人が馬鹿(シンプル)なこともあり、物事は単純(シンプル)に運ばず…。
 この映画を一言で片付ければ「大金に翻弄される人生は破滅する」という教訓話にすぎない。だが、『ゆれる』同様、巨額の金の行方の裏で、兄弟の関係の変化が描かれていて、かなり奥深い話になっている。
 賢い弟は、逃げ切るために、狭い町を出て暮らそうという。だが愚鈍な兄は「ここで暮らしたい」と言い張る。なぜなら、この町には死んだ父たちとの家族の幸せな思い出がつまっているからだ。兄は、父親が金に困って手放した農場を買い戻し、素朴(シンプル)な幸せも取り戻したいと考えている。
 弟はハッとする。親が苦労して学費を捻出し、大学まで出してもらったにもかかわらず、そんなことに思いを巡らせたことがなかったからだ。そして気付く。一見、自分のほうが頭が回って気が利くように見えて、本当に思慮深いのは兄のほうだった。兄は父の死の真相も見抜いていた。
 ビル・パクストンの寡黙だが表情で見せる演技がいい(ビリー・ボブ・ソーントンも凄いが)。

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 西川美和監督は『シンプル・プラン』を観たと思う。あるいはスコット・スミスの原作を読んだと思う。
 作風こそ似ていないが、西川美和監督の作品には必ず犯罪が登場するので、きっとこの手の作品には関心があるはずだ。

 西川監督が『シンプル・プラン』を知っているか知らないかは別にしても、この作品と西川美和監督の近似性はその後も続く。

 『ゆれる』では、『シンプル・プラン』で扱われる2大要素のうち、「兄弟」は扱われているが、「大金に翻弄される人生」は扱われていなかった。
 しかし、西川監督の最新作『夢売るふたり』(2012年)では、まさにお金に翻弄される人生が扱われている。

 さらに、『シンプル・プラン』のビル・パクストンとブリジット・フォンダの夫婦関係=共犯関係が、そのまま阿部サダヲと松たか子の夫婦関係=共犯関係になって表れている。映画の冒頭では夫よりも冷静なはずだった妻が、いつの間にか執念深くて残酷な存在になっている点も同じだ。



 アマゾンをチェックすると『シンプル・プラン』のDVDは廃盤状態だった。レンタルショップに行ってもかろうじてあるかないか微妙だと思うが、西川美和ファンにも一度観てほしい秀作だ。

※追伸
先日亡くなったロジャー・エバート氏の『シンプル・プラン』評を見つけたので、「さば通信インテルナシオナル」に取り上げた
サム・ライミはコーエン兄弟と友達で、『シンプル・プラン』を撮る際、『ファーゴ』で雪のシーンをどう撮ったかアドバイスをもらったそうだ。


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