ジョヴァンニッキ2

即興演奏家が本業よりアート鑑賞に夢中になっているブログです。

UTARO個展 vol.2 (ヌマート:神奈川県藤沢市鵠沼海岸)に行った。
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UTAROは地元のサーファー画家である。DMは2種類あり、最初に作られたのはサーファーらしく波の絵が使われていた。
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私も地元なので毎日のように通い、土曜日には無料ライブに行った。ヴォーカリストの中野渡章子が美しい声(と容姿)を披露してくれた。
中野渡さんのうた
UTAROはギターを弾きながらホルダー付きハーモニカをくわえての演奏を試みた。中野渡は優しくサポートした。
ウーちゃんへマイク
そのおかげでUTAROは自信を持って演奏できた(?)。
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この日は特別の楽しみが満載だった:
♪美人シンガー
♪期間限定の生ビールサーバー
♪いつもの白ワイン
♪美味しい料理
♪UTAROのギター、ハーモニカ、歌

あっいけない。本筋から外れてしまった:
♪UTAROの絵の展示(取って付けたようでごめん!)
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作品を購入したから戯れ言を許してね。

「編曲アーカイブ」は時系列に沿って紹介してきたが、現在まで辿り着いた。そこでもう一度過去に戻って、これまで取り上げなかった編曲作業を掘り起こそうと思った。

まずは2004年(平成16年)に音楽仲間の依頼で奮闘した編曲を紹介しよう。曲はマーラー作曲 交響曲第3番 ニ短調の第6楽章。これを弦楽六重奏にするという課題だ。

オーケストラ嫌いで、中でも特にマーラーは大嫌いの私なのでこの曲は当然知らなかった。スコアを買ったら2,400円もした!
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編曲作業の跡を見せよう。スコアにパートの割り振り等をメモしていき、それに基づいて楽譜を作ってゆくのである。
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練習番号[19]の部分の出来上がった編曲は次のようになった。
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オリジナルと編曲譜をご覧になって、何か気づかないだろうか。そう、複雑に見えていたのが単純・すっきりしたのだ。

これは私の言葉で「集積度が低い」ことになる。私の場合はマーラー嫌いなので悪い意味になるのだ。はっきり言って「スカスカの音楽」である。

それとは別に、私の弟(ピアノもチェロも私より上手い)がマーラーの管弦楽曲について「薄い」と言ったことがある。

一般的にマーラーというと「千人の交響曲」なんて感じで、分厚くこってりした楽曲をイメージしやすい。しかし弟の見立てはその逆だったのである。これは私の抱いた「集積度が低い」という印象と符合する。

弟はいい意味で言ったのだと思う。私が悪い意味で言うのとは逆であるところが面白い。

この編曲作業はいい経験になったが、マーラー作品が薄いことがわかってしまったので、もう編曲はやりたいとは思わない。

マーラーのことを馬鹿にしてしまったが、もともと小編成の「亡き子をしのぶ歌」での絶妙なオーケストレーションは尊敬している。マーラーは大編成ではなく、小編成でもっと曲を創ったら良かったのにと思う。

2007年(平成19年)の2月、横浜市イギリス館で第3回「半世紀記念コンサート」(辞典参照)を開催した。「1番と1番のあいだにあるもの」という衒学的(げんがくてき)なタイトルが付けられた。私は未だに意味がわからない。弦楽的(げんがくてき)だからいいかと思っているが・・・。
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私はこのコンサートに向けて4手連弾の為の前奏曲とフーガ「山鳥の宴」を作曲し、何とか間に合わせて初演した。
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演奏はプログラムに書いたように夫婦で連弾した。
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妻ジョアンナ(仮名)はプロのピアニストで、私はブルクミュラーが似合うアマチュアである。普通はプロが第1パートを受け持つのだが、いろいろあって私が第1パート、妻が第2パートで臨んだ。

曲の成り立ちに関してはプログラムの解説を読んで戴きたい。メシアンが鳥の鳴き声を元に作曲したことを知ったのが作曲の動機である。
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この曲のために私はネットで山鳥の鳴き声を採取し、楽曲に使えそうなものを厳選した。

前奏曲の冒頭は雷鳥の地味な鳴き声で始まる。
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ハイライトはキビタキ、雷鳥、イカル、クロツグミの4種の鳥のアンサンブルだ。4つの声部がすべて異なるメロディーで構成され、なおかつ和声的にも調和するという技巧的な箇所である。
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フーガはシジュウカラの鳴き声をベースとした主題で始まる。
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ハイライトは反行主題のストレッタと、拡大された反行主題のストレッタである。
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この曲、私自身は傑作の一つだと思っているのだが、再演の機会がないまま今日に至っている。残念だ。

***** (小出し)スキアリスム簡約辞典 *****

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はんせいききねんコンサート(半世紀記念コンサート):ジョヴァンニと音楽仲間が還暦を迎えたことを記念し、本拠地である横浜市イギリス館で開催したコンサート。赤いちゃんちゃんこに代え、男性は全員赤いシャツを着用した。このコンサートはシリーズ化され、第3回まで続いた。赤シャツのドレスコードは必ずしも毎回採用されたわけではない。
なお第1回半世紀記念コンサートの為に赤いシャツを新調したジョヴァンニは、それ以降活用しないのはもったいないと考えた。そこで赤いシャツを即興ユニット「トマソンズ」で毎回着用するようになったのである。

この絵葉書は篠原有司男(ギューチャン)のボクシング絵画。1999年に東京都現代美術館での公開制作だ。
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ギューチャンのボクシング絵画は実物より画像の方が美しい。エミール・ウングワレーの巨大な絵画も同様だ。これは「スキアリの仮説」(辞典参照)に登録しておこう。

このことは篠原の個展を観た感想(ブログ記事)にも書いた。

ギューチャンの作品の絵葉書はもう1枚持っている。「思考するマルセル・デュシャン」だ。これはオマージュの一種であろう。
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***** (小出し)スキアリスム簡約辞典 *****

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スキアリのかせつ(スキアリの仮説):証拠や論拠は無いが、表明したい自説があった場合に用いる方法。後に証拠・論拠を得られた際は「スキアリの法則」に発展する。

この絵葉書は誰の作品でしょう?
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そう聞くと、クレーだと答える人が多いと思う。この記事は意地悪クイズではないので、タイトルに答えを出してしまっている。そう、ロベール・ドローネーの「窓」だ。

次の「円環的フォルム」は典型的なドローネー作品なのですぐわかると思う。
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ドローネーはエッフェル塔が好きだったようだ。ということで次の絵葉書は「エッフェル塔」。
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私はドローネーの展覧会を観たことがある。なんと今から41年前、1979年(昭和54年)に東京国立近代美術館で開催された「キュビスムから抽象へ ドローネー展」だ。その感想は引っ越す前のブログ「ジョヴァンニッキ」の記事に書いている。

上記の記事にも書いたが、ドローネーは私が最も好むタイプの作家ではない。大好きな作家たちの次にランクインする感じだ。しかしリスペクトはしている。だからこうして絵葉書を大事に保存しているのだ。

紹介した3種の絵葉書のうち「エッフェル塔」だけは2枚持っているので、欲しい人に送ろうと思う。

先週、鎌倉のギャラリー・ジ・アースで開催された「河瀬和世展」に行った。
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これまで河瀬和世の作品は「うちわ」しか観ていなかった。

♪2011年7月 復興と癒しの風-うちわ展(ギャラリー アビアント)
河瀬作品に関しては「シンプルなたたずまいの中に深い造形美がある」という感想を書いた。

♪2015年7月 第6回 うちわ&風鈴展(ギャラリー アビアント)
河瀬和世の作品に関しては「造形美」という感想を書いた。

♪2019年7月 うちわと風鈴展(ギャラリー アビアント)
ブログには感想を書かなかったが、河瀬作品を観た。

過去の展覧会を通じて河瀬作品については「造形美」という印象が強く残っていた。

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今回の鎌倉での展覧会で、うちわ以外の河瀬作品を初めて鑑賞した。

造形美という印象はもちろん継承していたが、それに加え「素材感」、「積み重ねの構成美」、「繊細なグラデュエーション」というような属性も感じ取った。

上記のことは、ちぎり取った和紙のパーツを階段状に貼り重ねた作品で強く感じた。「白地に白の正方形」はマレーヴィチだが、河瀬作品の場合は「白地に白和紙」だ。

このような造形だと写真ではその深い味わいがわからない。実物を、可能なら自然光のもとで観てはじめてその美しさが感得できる。
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多くの人に観てもらいたい展覧会なのだが、私が記事執筆にもたもたしていたので会期が明日7月30日(木)までに迫ってしまった。すみません。

ダウランドの名曲「涙のパヴァーヌ」を弦楽四重奏向けに編曲した。

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出来上がった楽譜を眺めると、譜面づらが良いので満足だった。

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各パートが独自性を持って動き、なおかつ全体として調和を保っている。ポリフォニー音楽のエッセンスが注入されている。

私はリュートもギターも弾けないので原曲の難易度がわからない。しかしこの多声部を1つのリュートで弾きこなすのは大変難しいのではないかと推測する。

逆に、楽器の制約が無かったらダウランドはバッハのような優れたポリフォニーを展開しただろうと思う。

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なお、この編曲は管理番号#159.である。「採番だけして未完成」などの歩留まりを除いてもおおよそ150曲の編曲をこなしてきたことになる。この経験値から、弦楽四重奏への編曲はたいぶ手慣れてきた。


弦楽四重奏曲第1番 イ短調の翌年・2004年(平成16年) に第2番 ホ短調を作曲した。
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この曲 (全3楽章) の第1・第3楽章にはいろいろな仕掛けや遊びを盛り込んだ。そのうち第1楽章に関してはこれまで誰にも伝えていないので、今回がお披露目となる。

◆第1楽章:ソナタ形式
管弦楽曲には「交響詩」というジャンルがある。ストーリー性を持たせたオーケストラ楽曲だ。私はこれを弦楽四重奏曲に導入した。「弦楽四重奏詩」という用語は無いが、そのような感じである。

なお元来音楽は単独では感情、情景の描写はできない。テキストを伴ってはじめてそのような表現が可能となる。(ハンスリックの「音楽美論」を読んでみて下さい)。だからこの曲も、何も言わなければ抽象的な音の構成である。

私が考えたのはメロドラマ的な内容だ。あまり大きな声で話せないが、ちょっとだけお見せしよう。第1主題 <夫>、第2主題 <妻>、第3主題 <若い女性> という設定である。

提示部:第1・2主題に第3主題が割り込んでくる。
展開部:第3主題が自由奔放な動きを見せる。
再現部:当初ト長調で明るかった第2主題がホ短調で悲痛な叫びをあげる。それに押されて第3主題はしぼんでゆく。

この真面目な抽象構成と泥沼の人生ドラマという二重構造、隠したままの方が良かったかな・・・。

◆第3楽章:ロンド形式
大作曲家が作曲した(主として室内楽曲の)主要なメロディーをあちこちに散りばめてパッチワークのように創った。

出てくる順番に列挙しよう:
♪メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲
♪シューベルト:「ます」
♪ベートーヴェン:弦楽四重奏曲 第14番
♪モーツァルト:「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」
♪バッハ:無伴奏チェロ組曲 第1番
♪ハイドン:弦楽四重奏曲「皇帝」
♪ブラームス:ハンガリー舞曲 第5番
♪ショスタコーヴィチ:交響曲 第5番
♪ドビュッシー:弦楽四重奏曲
♪チャイコフスキー:ピアノ三重奏曲
♪ラヴェル:弦楽四重奏曲
♪グリーグ:弦楽四重奏曲

上記のうちドビュッシーとラヴェルは普通の音楽ではなく旋法的なので和声的な当てはめに苦労した。

過去の名作を引用したパロディーはアートでも数多く創られている。引用だと印象がよくないから、「リスペクト」とか「オマージュ」としておこうかな。

なおこの曲は仲間とともに鎌倉ギャラリーで初演した。その時には第1楽章の裏の顔は説明しなかった。冒頭の響きを聴いた誰かが「ブラームスみたいだ」と言っていた。光栄である。

「倉片友子展 -日常- 」(アートモール:日本橋室町)に行った。
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倉片友子は 「気になる画家」 の一人だ。レトロな風景に深い味わいを感じる。

今回のDMの絵はある酒場を描いたものだが、この店は私自身も行ったことがある。さあ呑もうという黄昏どきだ。赤ちょうちんと窓の淡い光が酔客を引き寄せる。

この絵は、私のようにそこに行った事がある人はもちろん、行った事が無い人も引きつける引力があるようだ。
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私は子供の頃、花など美しいものを美しく描いた絵がいいのだと思っていた。従って、うす汚れた居酒屋などは描く対象では無いと思っていた。

もし今回のような展覧会を子供の頃に観に行ったら感動しただろうか?このような絵を美しいと感じるようになったのは、美術の鑑賞眼を磨いたからか?それとも人生経験を積んだからか?

私は重森三玲が手がけた庭園の絵葉書を4枚持っているので紹介しよう。制作年代順に並べてみる。

♪東福寺 方丈庭園(1939年)
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♪岸和田城 庭園(1953年)
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♪東福寺 龍吟庵庭園(1964年)
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♪松尾大社 庭園 曲水の庭(1975年)
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これらの絵葉書は2006年(平成18年)の暮、松下電工汐留ミュージアムで開催された個展「重森三玲の庭」でゲットしたものだ。展覧会の感想は引っ越す前のブログ「ジョヴァンニッキ」に記事を書いた。

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上記のブログ記事でも触れたが、西洋と東洋では庭園の造り方が異なる。西洋では「初めに理論ありき」で、幾何学的な構図でもって自然を屈服させようとする。

それに対して東洋では「この庭石はこっちに置いた方がすわりがいいかな」という感じで直感的に庭石、植物などを配置してゆく。

私は思うのだが、東洋的な手法で進めてゆくと、結果的に黄金分割とかフィボナッチ数列などの論理的な構成に行き着くことがあるのではないか。

例えば畳などが当てはまるのではないかと思う。この件に関しては行き詰まったのでここで保留し、良いネタを見つけたときに再開しようと思う。

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