ジョヴァンニッキ2

即興演奏家が本業よりアート鑑賞に夢中になっているブログです。

2013年12月

アマチュアの弦楽四重奏団「クワトロ・ロッソ」の一員として「サロンコンサート」(横浜市イギリス館)に出演した。

数多い弦楽四重奏曲の中でも、比較的技術的に平易なハイドン「五度」を取り上げ、まあまあの出来だと喜んだ。しかしその次に演奏したブラームスの「弦楽四重奏曲第1番」は、素人泣かせの難曲で、思うように指が動かず難儀した。

プロとの差を痛感するのは、このようなリズムの込み入った曲に取り組む時だ。一人一人は音の構造がわかっていても、全員で合わせるとうまくいかない。困ったものだ。

来日したポール・マッカートニーに敬意を表して「イエスタディ」を編曲しておいたので、アンコールの声がかからなくても無理やりアンコールで演奏した。平易に書いたのだが、ブラームスで精魂尽き果て、張りのある演奏が出来なかったのが誠に残念だ。次回には「ミッシェル」の編曲でリベンジしたい。

「exhibition Hot chocolate サイトウナオコ」(アトリエ・キリギリス:藤沢)に行った。


私は通常、画廊についての解説をあまり書かない。しかし「アトリエ・キリギリスに関しては、何らかの説明をしないといけないと思った。そうしないといきなり異空間に放り出されたような不安感で包まれてしまうからだ。まずその外観に圧倒される。蔦のからまる壁面、微かに光る玄関灯・・・。以前は診療所だったその建物には妖気が漂う。


室内は一見雑然としている。禁断の研究に打ち込む天才科学者が討伐団に襲撃され、実験器具をそのまま残して逃走した跡のようだ。しかしもっと仔細に観察すると、そこは魅力あふれるオブジェの世界だということがわかる。これは何だろう?陶器で作られたようなワインボトルに太目のスプリング・・・不思議な組み合わせだ。


この空間では、どんな物でも個性あるオブジェになってしまう。収納家具の側面に貼られたのは単なる数字カード。でも沢山集まると、このような魔力を放つ。これらのカードには「13」という不吉な数字が見当たらず、枚数も一歩手前の12枚で踏みとどまっている。やれやれ安心だと思ったら、「66」という悪魔的な数字がさりげなく加えられていた。


そんな非日常的空間に忍び込んだのが、今回展示の作家サイトウナオコが引き連れてきた「ハルオ」たち。「ハルオ」というのはサイトウナオコが作る立体作品で、小さな男の子をイメージしたものだ。すべての「ハルオ」が同じ顔をしているという。ここではアニマル柄の衣装にくるまれた2体が、少々妖異ながらも可愛いらしい姿を見せていた。


「ハルオ」はあちこちにいる。実験器具の一つと思われる箱から出てきた「ハルオ」。


この「ハルオ」はローン・レンジャーみたいだ。


これは部屋の中央部。床には2体の「ハルオ」が。


サイトウナオコは絵が上手い。以前ある画廊主から「あまり上手いので困ってしまう」というような話を聞いたことがある。今回は立体の「ハルオ」がメインだったが、ハルオを描いた絵画作品も1点展示されていた。サイトウナオコは古紙を意図的にくしゃくしゃにしてその上に描く。この「平面ハルオ」も独特の絵画空間を持っている。


サイトウナオコはチョコレートが大好きだ。今回の展覧会の名称も「Hot chocelate」。アトリエの2階では「ハルオ」の型取りをした板チョコに飾りを載せて作品を作るというワークショップが開催されていて、私も参加した。完成した「チョコレートのハルオ」は樹の枝に吊るされて、新たなオブジェとして光を放ち始めた。


天井まで届きそうな樹。そこに「ハルオ」や他の装飾品が吊り下げられると、クリスマスツリーのようになる。こうしてサイトウナオコの展覧会はクライマックスを迎える。


この他にサイトウナオコはジュエリー作品も展示していた。絵画、彫刻、ジュエリーと、多彩な才能を発揮するアーティストだ。「アトリエ・キリギリス」という異界とサイトウナオコという異才が演じたコラボはこうして幕を閉じた。

「ミクロサロン2013」(東京画廊 BTAP:銀座)に行った。

この展覧会は一言でいうと「新旧対決」だ。村上善男、高松次郎、篠原有司男という重鎮から現在活躍中の若手までが勢ぞろいという感じである。様々な作風で、平面と立体の両方の作品を観ることができたので面白かった。特に興味深かった作家と作品を列挙してみる:

♪村上善男のオブジェ
同じ村上だが知義の名作「コンストルクチオン」に似ていたので、愚かにも知義の作品かと思ってしまった。こういう「ガラクタ集め」のようなコンポジションは面白いなあ。

♪杉山巧「No. 362」
この作家については既に同画廊での個展で馴染みがあった。山岳地帯の上にポツンと置かれた家屋がなんとも不思議な雰囲気を漂わせている。

♪呉強「暮山空濠」
この作家も同画廊で観た記憶がある。確か南宋だと思うが、伝統的な画法で現代的に描き直すというような作風で興味深かった。

♪Jin Sha「向大師致敬尋我」
シュール的な感じが楽しかった。

♪山田彩加「創造する手」(リトグラフ)
説明が難しいのだが、こういう作品は好きだ。

♪平良美樹「かえる牡丹餅」
理由はわからないが、惹かれるものがある。これまであまり接したことがない作風だからだろうか?

このような展覧会に行くと、日頃狭い領域に凝り固まっている自分の趣味に刺激を与え、より広い世界に目を開かせてもらえる感じがする。

「梅野 亮 展 それぞれの想い -めざめ- 」(ギャラリー上田:銀座)に行った。

作家が在廊だったので話を聞いたら、重層的な経歴を持つ人だったので驚いた。簡単に記すと「絵描き→経営者→絵描き」というメヌエットのような三部形式になる。

作家は芸術に対して厳しい姿勢を保っているようで、その言葉を聞くと安易な気持で鑑賞していられなくなる。芸術には哲学が無ければいけない、というのが根幹にあるらしい。

今回の展示作品は、一見すると木版画の原板のようだ。彫刻刀で溝を掘ったような跡が多数あるからだ。しかし、その板そのものが絵画作品だという。そして色彩は、絵具で彩色した部分もあるが、素材であるベニヤ板を彫って出てきた色だという。

ベニヤ板は無数のチップを圧縮して作られているから、一つ一つの板で内容物が異なる。そのため素材によって彫ったときに出る色が異なるという偶然性がある。作家はこの偶然性を利用し、自分自身のコントロールする範囲と、素材の内包する偶然性との一種のコラボレーションで作品を創造してゆくということだ。以上は作家と画廊主の説明をまとめたものである。

作家がこの技法を発見してしばらく経過したようだが、作家自身はまだ「発展途上」だという。画廊主によると、作家はある技法を見つけるとそれを極めるまで繰り返し、納得する状態に達するとそれから離れ、次の新しい技法を探しにゆくそうだ。ピカソが転々と作風を変えていったことに似ている。

気骨を感じさせる作家だった。

青梅の「吉川英治記念館」の近くにあるノブさんの農地。


田舎の農家?でも英語で「nob farm」と書くとちょっとお洒落になる。それにデリカテッセンの略を付けると「DELI nob farm」が完成する。


綺麗な店内。


グッズも楽しい。


そのセンスあるレストランで食事。自家栽培の新鮮さが嬉しい。

そして沢山の美味しいお酒もまた嬉しい。


さらにそこには音楽もあった。サックス奏者・三四朗さんのライブだ。ジャズなどの演奏を1メートルの至近距離で聴くことができた。



三四朗さんはバークレー音楽院で作曲・編曲を学び、ニューヨークを拠点にボストン、パリ、ロンドンでストリートパフォーマンスを行った達人である。


十数名という小人数での食事とライブとは何と贅沢なんだろう。ここは何回も訪れたい。そして「非日常」を味わい、ストレスを発散させたい。

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