ジョヴァンニッキ2

即興演奏家が本業よりアート鑑賞に夢中になっているブログです。

2014年03月

右近多恵子の個展(GALLERY ART POINT:銀座)に行った。


右近多恵子の作品は一昨年11月に相次いで開催された2つの展覧会で観ていた。

♪ARTシャワー横浜展(横浜市民ギャラリー)
♪スウェーデンから来た現代アート展(横浜赤レンガ倉庫)

今回は3度目になるが、作品は一見どれも同じ形状のオブジェだ。案内葉書の写真のように、円筒状の物の上部が開き下部が細く萎んでいる。それらオブジェたちが今回は四角い部屋の対角線上に一列に並んでいた。

真っ直ぐ整列しているのではなく、あるものは右へ、あるものは左へと、ジグザグに並んでいる。そして全体としてゆらゆら揺れているような感じが出ている。

私は単純に、純粋に、オブジェ群の形と並んだ構成感を楽しんだ。静寂の中に微かな揺れが感じ取られ、それが(専門的には違うのだろうけど)心地よい「揺らぎ」に思えた。

一方、作家自身は光をめぐって考え、構成したらしい。薄暗い会場に入った途端、オブジェたちは内部に仕込まれた控えめな照明により青白く霞んで見える。そしてだんだん眼が慣れてくると少し白みがかり、くっきり見えてくる。その間の移ろいというか、変容というものが作品の大事な要素らしかった。

この展覧会には二重の愉しみ方がある。会場で行われるコンサートだ。右近作品を観ながらヴァイオリン2本とチェンバロによる室内楽を聴くという贅沢なイベントが後日ある。私は行くつもりなので、その感想はまた別の記事に書こうと思う。

「林由紀子個展 謝肉祭後日譚」(ギャラリー オル・テール:京橋)に行った。


世紀末のデカダンスをベースに、シュールとエロティシズムで味を調えたフランス料理という感じの作品が並んでいた。

その退廃的な香りがそのままオーダーメイドの蔵書票にも投影されていた。発注者は本当に書籍に貼り付けて使っているのだろうか?こんな素晴らしい蔵書票だと、もったいなくて使用できないのではないだろうか。

「謝肉祭後日譚」というキャッチフレーズも趣がある。そして作家の力量が充実しているため、作品は名前負けしていない。いや、むしろ作品の放つオーラのほうが強いような気がしてきた。

「川瀬巴水展 -郷愁の日本風景―」(横浜高島屋ギャラリー)に行った。


私と川瀬巴水との出会いは、2010年に茅ヶ崎市美術館で開催された「2市1町の所蔵作品展」で観た「二見ケ浦」だったかと思う。そして同じ頃、今は無きギャラリーCN(藤沢)で開催された木版画の展覧会でもいくつか作品を観た記憶がある。

どちらの展覧会も個展ではないから、川瀬巴水の作品は少数しか展示されていなかった。そしてさほど強い印象は受けなかった。

しかし今回、横浜高島屋で開催された個展を観て、私の川瀬巴水に対する姿勢が変わった。こんなに味わい深い版画を作る作家だったのだ、という感じである。



川瀬巴水の特色を一言でいうと「古い衣をまとった先進性」になるだろうか。浮世絵的な古いスタイルでありながら、モダンで、作品によっては時代を超越した感覚を秘めているものもある。

私は絵葉書にもなった「埼玉田宮村」に惹かれた。

♪色彩:中央奥の並木に注目しよう。下のほうはグレーに近いが、上のほうの枝と葉は夕日を浴びて赤みを帯びている。そのグラディエーションが見事だ。

♪構成:同じく中央奥の並木に関してだが、枝の付く高さが一本一本異なり、その差異が音楽的なリズムを奏でている。また左の並木はグレー中心だが、右の密生した木々は広葉樹のせいなのか、深い緑で覆われている。この左右の色彩対比がまた面白い。

♪描写:川の水面に映った木立の影が素晴らしい。赤みがかった枝葉も映りこんでいて、その淡い色調が夕暮れに向かう切なさを表しているようだ。またシルエットで描かれた一人の人物も寂しさを表出している。

この絵葉書は音楽ライター・ハシビロコウさんに送ろう。最近ご無沙汰していたから。そしてこの夕暮れ時の侘しさを共感しよう。

中島尚子 個展「万物観察記録之図」(art Truth:横浜)に行った。


今回の個展では「木口木版画家」中島尚子の本来の作品(木版画)に加え、絵筆による作品も鑑賞できた。特に薔薇の絵の美しさに目を奪われた。

薔薇は水彩絵の具で描かれたそうだが、先にラシャ紙(?)を赤い絵の具に浸し、それが乾かないうちに絵筆で絵具を払いのけるようにして描いたとか。

そうすることにより、絵画とは逆に、絵筆を走らせた箇所の赤みが取り除かれて白くなる。これは版画において彫刻刀で彫り進めた箇所にインクが付かない凸版と同じ原理だ。

表面的に見ただけではわからない創作・制作の過程が、話を聞くことにより少し理解できた。そしてそれは鑑賞に深みを与えてくれた。

なお木口木版における技術も忘れてはならない。今回は特に小さめの木口に彫った作品が多く、その細かい作業に敬意を表すべきである。

あまり広くない会場なのだが、展示の仕方に工夫があったせいか、ゆったりとした感じだった。作品の持つオーラも影響しているかな。

市来節子『HACCO』展(ギャラリー・カノン:銀座)に行った。


「HACCO」って何だろう?案内葉書には点線による構成が見られたので、刺繍などによる造形作品をイメージした。しかし実際は手造りの「箱」が展示物であった。「HACCO」はその発音を示したものだった。

作家によると、作品の多くは1枚の厚紙を切ったり折り曲げたりして制作されたそうだ。表面には様々な種類の色紙を貼り付け、出来上がった箱は形も色も美しいものに仕上がるというプロセスだ。

中に入れる物によって箱は大きさと形を変える。それは香水瓶、人形、化粧道具などいろいろだ。その多様さと美しさが印象的だった。

箱というとコーネルの箱を想いだす。しかし市来の作品はあのような小宇宙という感じとは異なり、もっと身近な存在に思える。生活空間に似合い、しかし芸術的な香りを放つというタイプの贅沢品である。

こんな箱に囲まれて生活したら、心に潤いをもたらしてくれるだろうなあ。

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