音楽活動における定点歓足として横浜市イギリス館を取上げる。ここは室内楽のコンサートを中心に活動の拠点であった。
イギリス館
私達は2001年(平成13年)2月から今年2020年(令和2年)12月までの19年10か月の間に累計51回利用させてもらった。平均すると年に2.5回超となる。かなりのハイペースである。

昨年と今年はまだ実績がない。コロナ禍も原因の一つだが、主な原因は予約の競争激化である。コンサートの場として人気が高まってきたのだ。その間、私達は同じ横浜市の「長浜ホール」でコンサートを継続した。

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時間軸に沿って横浜市イギリス館との係わりを振り返ってみる。

◆2001年(平成13年)
♩2月3日 「小さな音楽会」(よいこ発表会)
イギリス館を利用した記念すべき第一号である。これはピアニスト「よいこ」(仮名)のお弟子さん達のおけいこ発表会である。しかし単なる発表会ではなく、私達が加勢してコンサートとしての体裁を備えたイベントであった。
20010203
◆2002年(平成14年)
♩8月31日 「午後の音楽会」(港のヨーコ発表会)
もう一人のピアニスト「港のヨーコ」(仮名)主催のおけいこ発表会である。ここで私はゲストとしてちゃっかり次の曲を自作自演した:
・独奏ピアノの為の二つの音画「山紫水明」より「水明」
20020831_山紫水明の表紙
◆2003年(平成15年)
♩4月25日 「半世紀記念コンサート」
タイトルがどういう意味かはヒ・ミ・ツ(わかってしまうかなあ)だが、音楽仲間が半世紀を記念した一大イベントであった。
20030425_半世紀
私は次の2曲を自作自演した:
・弦楽四重奏の為の「プレリュード」:チェロは私
・チェロとピアノの為の「ロンド」:ピアノは妻ジョアンナ(仮名)

なおこのコンサートでヴァイオリンの「じゅんちゃん」(仮名)、ピアニストの「よいこ」(仮名)と私によるピアノ三重奏団「トリオレヴリー」が実質上デビューした。

◆2004年(平成16年)
♩2月21日 「午後の音楽会」(よいこ発表会)
私は先生(よいこ)が模範演奏した次の曲を室内楽版に編曲した:
・ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番
20040221
◆2005年(平成17年)
♩10月8日 「午後の音楽会」(よいこ発表会)

◆2006年(平成18年)
実績無し。

◆2007年(平成19年)
♩2月24日 「Half-A-Century Concert Ⅲ「1番と1番のあいだに在るもの」
「半世紀記念コンサート」の第3弾(第2弾は鎌倉ギャラリーで開催)である。私は妻ジョアンナ(仮名)との共演で次の曲を初演した:
・四手連弾の為の前奏曲とフーガ「山鳥の宴」
20070224_山鳥の表紙
♩9月15日 「サロンコンサート」
弦楽四重奏団「クワトロ半世紀」の記念すべき第1回演奏会である。以降、このメンバーによるコンサートは同じ名称を付けることが多くなった。

名曲・ドビュッシーの弦楽四重奏曲を演奏した。私は「練習しない」という烙印を押されているが、ヤル気が出る曲なら涙ぐましい練習をするのだ。
20070224_ドビュッシーの楽譜
♩11月24日 サロンコンサート」

♩12月22日 「キャンドルコンサート」
「クワトロ半世紀」とその仲間たちによるコンサートである。基本的には「サロンコンサート」の流れに乗っている。なお私は次の3曲の編曲を行なった。
・ブラームス ハンガリー舞曲より第1,3番
・アメージング・グレイス

◆2008年(平成20年)
♩2月23日 「サロンコンサート」
名曲・フォーレの弦楽四重奏曲を演奏した。第1楽章の展開部(フガート)では、ねじれた転調の末に多調となる。楽譜を眺め、こんな素晴らしい音構成を創った人がいたのか、自分には出来ないと悔し涙を流した。
20080223_フォーレの楽譜
♩7月8日 「Afternoon Concert」(よいこ発表会)

♩9月6日 「午後の室内楽」
「サロンコンサート」の流れである。私が一度演奏したいと思っていたゾルタン・コダーイの弦楽四重奏曲第1番の演奏が実現した。この第2楽章(変奏曲)の冒頭は微妙な和声のうつろいが白眉である。こんな素晴らしい変奏曲の主題提示は他に無いと思う。
20080906_コダーイ楽譜
◆2009年(平成21年)
♩1月11日 「サロンコンサート ~ 第1楽章は楽曲の顔」
私は次の曲を仲間と共に初演した:
・弦楽四重奏、コントラバス、ピアノの為の「メンデルスゾーンと共に新年を」

♩5月3日 「サロンコンサート」

◆2010年(平成22年)
♩2月6日 「サロンコンサート」
私は次の曲を仲間と共に初演した:
・弦楽五重奏の為の「泰西組曲」
【表紙の写真あり】

♩8月14日 「駆け抜けるシューマン」(生誕200年)
「サロンコンサート」の流れで、シューマンのメモリアルイヤーに特化したコンサートである。

◆2011年(平成23年)
♩5月3日 「サロンコンサート」
ベートーヴェンの弦楽四重奏曲の全曲演奏を開始した。

♩9月10日 「サロンコンサート」

◆2012年(平成24年)
♩1月7日 「サロンコンサート」

♩3月31日 「サロンコンサート」
私は仲間と共に次の曲を初演した:
・弦楽四重奏の為の「ポリフォニー工房」(全曲)
20120331_ポリフォニー工房の表紙
この曲はこれまでの私の作曲中、最高傑作だと思っている。特に第6曲「4つの主題によるフーガ」は最後に全軍躍動で4つの主題を同時再現する。
20120331_フーガのスコア
これはバッハが「フーガの技法」第19曲で試み、未完となっている。
20120331_バッハの楽譜
だからつい「私の方がバッハより偉いのだ」という理屈を言いたくなる。まあそれはストレス解消の為に吠えているのであって、「負け犬の遠吠え」ぐらいに受け止めておいて欲しい。

♩6月23日 「サロンコンサート」

♩9月22日 「サロンコンサート」

♩11月3日 「サロンコンサート」
ベートーヴェン弦楽四重奏曲の全曲演奏が完了した。私は仲間と共に次の曲を初演した:
・弦楽四重奏曲第4番
20121103_弦四第4番の表紙
◆2013年(平成25年)
♩7月13日 「サロンコンサート」
ベートーヴェンの連続演奏を終えて、新たに弦楽四重奏曲の名曲を連続演奏するシリーズを始めた。その名称は一つ後のコンサートから付けるようになった。

♩10月19日 「サロンコンサート」
このコンサートから「弦楽四重奏曲の名曲を訪ねて」という副題を添えるようになった。

♩12月28日 「サロンコンサート」
私は次の曲を編曲し、仲間としてアンコールで演奏した:
・ビートルズ「イエスタディ」

◆2014年(平成26年)
♩3月22日 「サロンコンサート」
私は次の曲を編曲し、仲間としてアンコールで演奏した:
・ビートルズ「ミシェル」

♩7月26日 「西洋館のコンサート」(よいこ発表会)

♩8月2日 「サロンコンサート」
名曲・ラヴェルの弦楽四重奏曲を演奏した。デュラン社の小型スコアは紙がボロボロになるなあ。
20140802_ラヴェル表紙
♩11月23日 「サロンコンサート」

◆2015年(平成27年)
♩2月22日 「サロンコンサート」
第9回「横浜山手芸術祭」参加のコンサートである。

20150222_芸術祭のチラシ
20150222_芸術祭の詳細

♩8月8日 「サロンコンサート」

♩12月26日 「サロンコンサート」

◆2016年(平成28年)
♩4月30日 「西洋館のコンサート」(よいこ発表会)
私はいろいろお手伝いをした返礼として2つもステージを持たせて戴いた。
・ピアノ即興演奏:「トマソンズ・マイナス・ワン」として
・チェロ独奏・バッハ「パルティータ」(無伴奏フルートソナタ BWV.1013の第1楽章の編曲)
20160430_プログラム
同日、「サロンコンサート」も開催された。

♩10月8日 「サロンコンサート」

◆2017年(平成29年)
♩2月4日 「サロンコンサート」
第11回横浜山手芸術祭参加コンサートである。
20170204_芸術祭のチラシ
20170204_芸術祭の詳細
このコンサートより新規メンバーが1名加わり、弦楽五重奏団となった。以降のサロンコンサートでは弦楽五重奏が中心となる。

♩5月5日 「サロンコンサート」

♩8月13日 「西洋館のコンサート」(よいこ発表会)
同日、「サロンコンサート」も開催された。

♩12月28日 「サロンコンサート」

◆2018年(平成30年)
♩7月8日 「サロンコンサート」

♩8月18日 「サロンコンサート」
 
♩12月28日 「サロンコンサート」
このコンサートにおいてもう一人の新規メンバーが加わった。弦楽五重奏と六重奏の曲を演奏した。

◆2019年(平成31年・令和元年)
♩1月5日 「西洋館のコンサート」(よいこ発表会)
私は次の曲を編曲した:
・マクブルーム 「愛は花、君はその種子」

♩5月3日 「サロンコンサート」

♩8月12日 「サロンコンサート」

♩8月16日 「サロンコンサート」
私は次の曲を編曲した:
・モーツァルト ピアノ協奏曲第20番
20190816_モーツアルト表紙
◆2020年(令和2年)
♩1月4日 「新年演奏会」
「サロンコンサート」の流れをくむコンサートである。
私は妻ジョアンナ(仮名)と共に次の曲を自作自演した:
・チェロとピアノの為のソナタ ト短調より 第 1楽章
20200104_チェロソナタの表紙
♩1月13日 「サロンコンサート」

♩12月27日 非公式のコンサート
「サロンコンサート」の流れである。コロナ禍対策として非公式の催しとした。

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こうして振り返ってみると作曲・編曲・演奏において、私は横浜市イギリス館に育ててもらったようなものだなあ・・・。