2019年11月10日

一点差の勝利

先週に引き続いての練習試合である。
通常ならば、土曜日に行いたいところだが、私の学校は土曜日には授業がある。
だから、練習試合は日曜日にしか入れられないのだ。

「土曜日に授業して、午後練習。日曜日に試合や練習で夕方まで。そして次の日はまた通常の月曜日」、というスタイルは、ここ十年来のことでもあるが。昨今は体力的には厳しいものになってきた。
このパターンにより、一日中休みを取れるのは、数ヶ月に一度になる。
最近は、所用があれば、躊躇なく休みをとることにしているが、それでも授業を欠いてしまい、その間、別の先生に教室に行ってもらうのは、やはり気が引ける。

「来週までに、鍛えておきます」、と先週大差で敗れた相手校の監督は、今日も暖かく迎えてくれた。

「たとえ戦力を落としてでも、勝たねばならない…。」
というのが、私の心の中の叫びである。
もちろん、選手たちにはそんなことは言わない。

先週の試合で勝って、慢心してしまえば、今日の試合は絶対に勝てない。
そういう気持ちのさせないためにも、私自身にも工夫が必要だ。

今日の試合では、新人の中1二人、そして普段では試合に出られないメンバーも入れてみた。
ピッチャーも中2ながらも初めて試合で投げる選手、その上、エース級のピッチャーが肘が痛いというので、ほとんど試合には出さずに、スタメンを組んでみたのだ。
「これでも勝てなきゃいけないんだよ…。」
とは言わなかったが、彼らは十分分かっているはず。

イニング事のミーティングもほとんどが選手だけ、攻撃時のサインも、「ここぞ」というときにしか出さない、という状況の中で、どれだけ自分たち踏ん張れるかを見てみたいと思った。

結果は一点差で勝ったが、相手のミスで勝ったようなものだ。
ピッチャーは、どちらも良くやったが、守備のミスが多かった。
それによる余分な失点も多い。

『「悔しければ、自分から練習するだろう。やらされているうちは上手くはならない。』

私にはそういう持論がある。

以前、ある指導者が、「これからの時代は、トップダウン方式ではなく、ボトムアップ方式でなければ、勝てなくなるだろう」、と言っていたのを聞いたことがある。

あり須磨指導者ならば別だが、私のような平凡な監督は、「それもありかな…」とも思ったが、「それより先に、教えなければいけないことは山のようにあるな」、とも感じたものだ。

今のチームには、一年生ながら、チームを上げ増し続ける秀逸の人材がいる。
「彼が、チームを盛り上げ続けてくれている限り、ボトムアップもいいかもしれないな…」、とも思うのだ。

一点差ゲームは、軟式では理想とされる。だが、彼らの野球ノートには、
「パスボールで勝ったようなものだ。」
と書かれている所も見ると、選手も少しは分かってきたがな、とも思う。

二週間後に。再度このチームと試合をする。
一点差まで攻め寄られているとみて、もう一段の力をアップさせられるかが勝敗を分けるだろう。

面白い一日になった。

2019年11月06日

小恍惚感

日没時間が早くなり、ライトをつけての練習が多くなった。
使わせているグランドには照明がないので、自前のライトである。
ボールが見えなくなるほど暗くなる問い、500W相等の強力LEDライトを何個も設置し、その明かりでできることをしている。

近隣の学校は、日没時間に併せて下校時間が決まっているので、この時期、部活は30分くらいしかできないようだが、私の学校では、夏と同じように活動することが許されてはいる。
だが、暗くなってできないことは多いので、自ずと練習に制限がかかる。

ふと彼らを見ると、今日はずいぶん人がいる。
このところ、臨時部員が増えてきたのだ。
「野球をやりたい」、という生徒が増えるのはうれしい。
彼らが、一人前に野球ができるようになるには、かなりの時間を要するが、それでも人は大勢いた方がいい。

新たに参加しているメンバーは、一年生なので、その面倒をもとキャプテンである二年生が熱心に指導している。

後輩たちも、先輩たちに教えてもらうと嬉しい。

暗くなり、あたりは真っ暗になっても、熱い練習が続いている。
このグランドは、ライトを消せば真っ暗になり、空には天の川が浮き上がるのだ。

ふと、小恍惚感になった。
「今が、一番幸せかも知れない…。何をするでもないが、なんか充実感がある。」

彼らは時間を惜しんで熱心に練習している。
朝練も自分たちで計画を立てて、実行している。

そんな折、高校野球部の監督が、今月いっぱいで退任するという一報が入った。
ご高齢で、体力の限界であるという。
いつかはその日が来るとは思ってはいたが、やはり淋しい…。

親しく接し、またお世話になった方が、ここ数年で次々と学校を去って行く。

「私はいつまで、ここに務めるのかな…。最近は、仕事が収束モードだな…。」

そんな思いが心をよぎる。

幸せ感と消失感が絡み合って、心を揺らす。

小さな幸せを大切にしたい。

2019年11月05日

M先生の朝の会

今私がお邪魔させていただいている学年の担任はどちらも若手の先生。
そのうちのK先生は、卒業生でもある。
K先生は、新人の頃私のクラスの副担任だった。併せて、部活は副顧問でもあった。

当時の校長から、「一年間きっちり仕込んでくれ」、と言われ、私がクラスで担任業務をしている所はすべて見てもらい、また、経験も積んでもらった。

そしてK先生は、翌年、二年目にして担任になった。
そして、その二年目が今年。

久しぶりにK先生の朝の会に入った。
驚いたことに、私のノウハウが、ちゃんと引き継がれているのだ。

「いいね、成長してるね…」、そう私はほくそ笑む。
と、同時にK先生の努力と奮闘に、涙が出そうになった。

じっくりと生徒に話をしている。
自分が決めたテーマは用意しているのだろうが、話をしている中で、生徒の反応を見ながら、言葉を言い換えたり、また、直近の学校生活での出来事を混ぜながら、説得力ある講話をしている。
それが、毎回毎回なのである。

K先生の陰の努力はいくばかりだろうか。

私も担任時代そうやって、毎朝、生徒たちに語りこんできた。
その姿を見て、前校長は、
「生徒たち、効いてるの?」
と揶揄した。

とかく、話をすることがなくなると、チャッティングなどで、時間つぶしをしている先生の多い中、きっちり話をするのは、まさに私の教員人生のスタイルでもある。

「生徒からは、話が長い、って言われるんですよね。」
世の中には、くどくど離したり、突然怒りだしたり、ただただ生徒を馬鹿にするような、何の価値もない話をしている先生もいるようだが、M先生は違う。
「素晴らしい。」

もちろん、この先も、いろいろな経験を積む必要はあるだろうが、どんどん実力をアップしている姿は頼もしい。

「そろそろ私も引退かな。私ができることは、もうなくなってきているかな…。」
そんな思いも、ふとよぎる。

老害はいつまでもしがみついていてはいけない。
若手が育ってきたら、温かく見守っていなければ…。

2019年11月04日

勝ってこそ強くなる

先週に引き続いての試合。今日は、久しぶりの練習試合。
力の似ているチームとの試合を行った。
この学校とは、今月3回試合を組んでいる。

ようやく単独チームになった私の学校と練習試合をしてくれる学校は、なかなかない。
と言うよりも、もうすでに、何ヶ月も前から日程が組まれてしまっていて、入り込む余地がほとんどないのだ。もう10年近く野球専門部に関わっている私がお願いすれば、日程さえ合えば、練習試合を組んではくれるのだが、チームがどうなるか分からない中で、先まで練習試合を組むことはできなかったのだ。

弱小チーム同士で、傷をなめ合っている訳ではないが、実力は伯仲してる。
実際新人戦では、互いに点を取り合い、結果1点差で負けている。
だから、この先は一敗もしたくない。

今日のテーマは走塁。
「塁に出たら、まず牽制をもらいなさい。そして、ピッチャーが2球投げるまでに、次の塁に進みなさい。」
そう、指示をして試合開始。

全員ほぼ成功。
こうした指示だと、勇気を持って走ることができる。
盗塁のサインは出さない。2球のうち、どちらかで、必ず走らなければならない訳だ。
それが、3球目になろうが、4球目になろうが、私は叱らない。
大切なことは、「自分で判断して走る」ことだからだ。
当然、バッターとの連携も必要になる。
せっかくランナーがいいスタートを切ったのに、バッターがファールボールを打ってしまうと、ランナーは戻される。
もちろん、フライを上げてしまって、キャッチされれば、ゲッツーになる。

いつもは、私の盗塁のサインにびびって走れなかった選手たちも、今日ばかりはきっちり指示を守った。

翻弄されるのは、相手チームで、「やられ放題」の感じ。
相手キャッチャーの技量が今ひとつ、ということもあり、どんどん点が入る。

試合後、どちらも大差で勝ちを得た選手たちは、誰もが誇らしげに見えた。

そのあとの野球ノートを見ても、学び多かったように見えた。
何より、試合後にもかかわらず、彼らは「練習したい」という。

スポーツの世界は、「勝ってこそ、さらに強くなり、技術も向上する」のだ。
その意味で、『勝ち』にこだわることは、チームを強くすることにつながるわけだ。

指導者は、『勝たせる』というミッションを負っていることを、改めて自覚した一日だった。

2019年11月03日

地元の祭り

江戸時代から続く地元の祭りに参加した。
高校の生徒会を中心に出店を開き、中学生の野球部を中心に山車を引いた。
地元のお祭りへの参加は、これで三年目である。

新参者にとって、「いかに地元に溶け込むか」、というのが重要で、通り一遍のつきあいでは、いつまでも距離が縮まらない。その意味でも、お祭りへの参加はとても重要だ。

春に地元に隠れ家を購入したので、私自身も地元の人間になった。
以来、少しずつ地元に入り込もうと、奮闘しているが、朝晩隠れ家に行くくらいでは、なかなかその接点は広まらない。だが、今回は、山車の休憩場所が私の隠れ家に庭、ということもあり、昨年よりは、また一歩地域に入り込める願ってもないチャンス。

山車を引く子供たちも、私が顧問をしている野球部の生徒たち。
願ってもないシチュエーションだ。

山車は、地元を一日かけて練り歩く。
その、要所要素で、休憩時間があるが、そこでは地域の人が「まかない」をする。
皆で一品用意し、「よくぞ、ここまで山車を引いてきてくれました」、と彼らをもてなすのだ。

だから、私はもてなす側でもあり、もてなされる側でもあり、と何とも複雑になっているのだ。

「楽しく飲み食いするのがお祭りだから、遠慮はしなくていいけど、あんまりがめつくならないように…。」

生徒たちにはそんな風に注意を促しておいたので、今年は少し落ちつき、恥ずかしい思いはしなかった。

「煮卵うめぇ〜。」
ある生徒が、出された料理の一つを褒めちぎった。

「ほら、近くに作ったいるから、『おいしかった』って、行ってきなさい。」
かれは、早速おいしかったお礼をしに行った。

地元の人も、おいしく食べていただけるなら、大喜びなのだ。
「来年もまた、頑張って作ろう!」、という気持ちになる。

朝の7時過ぎから午後4時頃までの参加。本当は暗くなってからが、祭りの盛り上がりがピークに達するのだが、今年も生徒たちを参加させることはできなかった。

山車の上では、お囃子が鳴り響く。
その中に、近隣の野球部の中学生がいた。

連れて行った生徒たちも顔見知りだ。
「本当は、君たちにも太鼓を叩いて欲しいんだよね…。」
そう告げると、生徒の一人が、
「僕、やってみたいです。」
と言う。

「地域にお世話になっている自分も、貢献したいんです。」
と熱く語った。

そんな気持ちになれた生徒が出ただけでも、祭りへの参加は成功かな…。

2019年11月02日

お祭り初日

お祭りの初日である。
本当は、駆けつけて、何かしらのお手伝いをしたいと思うのが、出勤日なので何もできない。

早朝、飾り付けをした。
この祭りには独特の飾りがあり、家々の前にくくりつけることになっている。
その花は、近所の奥さんに頼んで作ってもらったのだが、その付け方が分からない。

そこで、これまた懇意にしている地元のお弁当屋の奥さんに尋ね、ようやくそれなりの飾りをつけた。
それから出勤。

午後の練習中、お囃子の音が聞こえてきた。
「先生、あの音なんですか?」
中1の生徒が尋ねる。
すぐ近くに山車がきているようで、そのお囃子が聞こえてきたのだ。
「明日、お囃子を乗せた山車をみんなで引くんだよ。」

昨今の生徒は、祭りに参加した生徒が少ない。
たとえ祭りを見たことがあっても、そこに関わった生徒は、ごくごくわずかだろう。

山車を練り歩いていると、地元の親子がやってきて、
「この子にも引かせてもらってもいいですか。」
と言われることが多い。

せめて家の近くだけでも、そうした経験をさせたいと思ってのことだ。
中には、
「ちゃんと引かないと、お菓子、食べられないわよ。」
などと子供をあやしながら、山車を引かせる母親もいる。

山車はところどころで休憩するが、そこにはたくさんのお菓子が用意されているのだ。

「明日は、楽しくそして、責任感をもって山車をひいてくれるかな?」
そんなことを思いながら、練習を見る。

暗くなると、祭りは最高潮を迎える。

ちょうど練習を終える時間と、一番の盛り上がりが重なるので、「練習帰りに立ち寄ってもよかったな…」、と思いながら、帰路につく。

『出会い』と言って、2台の山車が向かい合い、互いの町のお囃子を奏で合うのだ。
「きっときれいだろうな。荘厳だろうな。感動するだろうな…」、とすっかり暗くなった道を、生徒たちを乗せて学校に向かう。

彼らはいつもどおり、たわいのない話で盛り上がっている。

いよいよ明日は、ご奉仕だ。

2019年11月01日

貴重な海外体験

中3がオーストラリアの語学研修から戻ってきて最初の登校日。
その1時間目が数学であった。

私は、例年、帰国後最初の中3の授業は、全員にその感想を発表させている。
数学とは関係ないが、お互いの経験を共有するのは勉強になるし、私自身も参考になることが多い。
何より、印象の強いうちに他の人に話しておけば、記憶にもとどまりやすいはずだ。

「迎えに来た車の中で、ほとんど話しかけてもらえず、沈黙が続いて、気まずかった…。」
「暖めてぐちょぐちょになったシリアルを朝食で出されて、食べるのが苦しかった…。」
「無理に食べることはないのよ!、と言われ、苦手なモノは残してしまった。」
「アジア系の料理で、草(ハーブ)が口に合わなかった。」

「ホストファミリーの子供とエアガンで遊んだら、はまってしまった。」
「両親が仕事で出掛けてしまったので、起きたら昼前の11時半だった。」
「現地校のバディは、日本語ばかりしゃべるので、英語が話せなかった。」
「野菜が苦手と伝えておいたためか、肉ばかり出た。」
「犬好きと伝えておいたからか、犬が7匹いた。」

「父親の勤務先である遊園地に連れて行ってもらったが、入園料50ドルは自腹だった。その上、ネットで検索したら、もっと安かった。」
「空港でドルを換金したら、半額くらいの円になってしまった。使ってくればよかった。」
「食事中、突然ホストマザーとファーザーがキスをして、うろたえてしまった。」

一人ひとりの発表は、だんだん熱を帯び、長く話をする生徒が増えてきたので、一時間だけでは終わらなくなった。

ほとんどの生徒が海外初体験。
異文化に触れ、異言語に触れ、中学生でありながら貴重な経験をしたに違いない。

かれらの中1、中2時代は、私が主任や担任をした学年。
一年前くらいは、自分が引率すると思っていた生徒たち。

私の手を離れてどんどん成長している。
生徒たちをしゃかりきになって叱らないと、逆に彼らが可愛く見えてくるものだ。

授業後、隣のクラスの生徒が言う。
「丹澤先生のクラス、オーストラリアの発表だったんですよね。うちは、普通の授業でしたよ…。」
「それは残念。」
と、私はほくそ笑む。

次回も発表が続く。
併せて、中間考査の再テストも。

いつしか、霜の降りる季節になった…。

2019年10月31日

地域清掃

学活の時間を使って学年で地域清掃に出掛けた。
この田舎でも、道路端や、駐車スペースには結構ゴミがある。

全国どこでもそうなのだろうが、自動車利用の人が、安易にゴミを捨てるのだ。
自家用車で、窓の外はゴミ箱だと思っているらしい。
結局自分の目の前からゴミが消えれば、それでいいのだ。

公共スペースでも、ゴミ箱に捨てればそれで終わり。
その後、片付けている人のことを思い巡らせることはない。

家庭ゴミだって、集積場に持っていけば、それでゴミは消えたことになる。

そんなシステムが、あるいはポイ捨て者を増やしているのかも知れない。

以前見たテレビ番組で、ある後進国は、「ゴミは川に捨てるもの」、と皆が思い、川がゴミだらけになっていた。その川のゴミは海に流れ、海洋の環境破壊を助長する。

こうした地域清掃を通して、生徒は何を感じるのだろう。

「かつて、自分はボランティア活動で、ゴミを拾ったことがある」、という経験は、どこかで活きてくるのだろうか。

「丹澤先生、すごいものがありました。」
元気な男子生徒が、嬉しそうに私を呼び寄せる…。

パッケージごと捨てられたアダルトDVDである。
こんなものをどうして駐車場に捨てるのか、と思ったが、彼らは興奮が収まらない。

「燃えないゴミかな?」
と、簡単にあしらう。

ゴミは社会の縮図でもある。
その駐車場には、コンビニゴミは当然のこととして、栄養ドリンク、酒瓶、一部家庭ゴミと思われるものまで捨てられていた。

「そんなに不用意に茂みに入ると、蜂の巣があるかも知れないよ。」
と、注意を促したが、生徒たちはどんどん草むらのゴミを集めてくる。

ほんの15分ほどであったが、どんどんゴミ袋が一杯になる。

本来は自治体のボランティア袋を使うのだが、あとでセンターまで持って行くのが大変なので、学校ゴミとして出すことにした。

いくつかのグループ分けをして、ゴミの収集場所を変えたのだが、あるグループが、設置されている自販機横のゴミ箱内のビン・缶まで回収してきた。

若手の先生が、そうしたゴミまでをも集めると、信じ切っていたらしい。
あきれた学年主任が、優しく教え諭す。

短い時間だけれど、地域貢献ができたことに、生徒たちの顔は、少し満足げに見えた。

2019年10月30日

資料館見学

5、6時間目を利用して、中2学年全体で、近くの資料館に出掛けた。
その資料館は地元の歴史中心のものだが、時々特設展で、科学的な展示も行われる。
今回、県立博物館から地元の化石が出張展示されたということで、理科の授業の一環として、見学に出掛けたわけだ。併せて、ボランティアガイドに地元を紹介してもらった。

地方の町には博物館がない。
そうなると、なかなかホンモノの資料を見ることができない。
昨今はインターネットで写真や動画をいくらでも見ることができるが、やはり、ホンモノにかなわない。
そういうわけで、地方の資料館に、県立博物館からの出張展示を行い、教育活動に役立てようするのだ。
もちろん、その展示スペースはきわめて狭く、大きな博物館には及ばないが、それなりの解説があれば、十分学習にはなる。

残念ながら、企画した理科の若い先生は、全体を集めての解説をしなかったので、生徒たちはさらっと通過するだけになってしまった。

それでも、化石そのものを手で触れるのは、なかなか貴重な機会ではあった。

理科の授業と言っても、実際は社会科見学のようになったが、ボランティアガイドたちは、いろいろな自然や城跡の堀、地元の成り立ちや生活、などいろいろな分野の解説をしてくださった。
五、六名の一つの班に一人のガイドがついての散策で、私はなかなか面白かった。

自分でも何度も歩いたことがある地域だが、ガイドがつくと、また別の視点が見えてとても面白い。
あらたな知識が増える喜びを、かみしめたひとときであった。

今回の課外授業で、生徒たちが何を感じ、何を学んだかは、「まとめ」や「感想」を見なければ分からないが、普段閉じこもりがちな彼らを、外に連れ出しただけでも、十分意義はあっただろう。

芭蕉が訪ねた柳を訪ねたのちに、クラスごとに記念撮影した。
収穫を終えた淋しげな田んぼの真ん中での集合写真は、地元ならの風景でなかなか面白い。

私は、生徒たちが、この散策を通して、何かしらを感じてくれればいいと思っている。
制服を着て、礼儀正しく振る舞えたし、見学の態度もなかなか良かった。

こうした刺激は、中高生の子供たちにはとても大切なことだと思う。

いろいろな経験がこの先の人生の肥やしになり、どこかで効いてくることもあろう。

何よりボランティアの方々。子供たちと触れあえて楽しかったのではないかな。

願わくば生徒たちがもう少し積極的で、ガイドさんたちに話しかけられたらもっとよかったが、欲は出すまい…。

2019年10月29日

ふらふらっと

ここ半年以上なかったのだが、今日は授業中に「ふらふらっと」きた。
そのまま意識を失いそうになる、というか、立ちくらみというか、表現するとすれば、やはり、ふらふらっと」、としか言いようがない。

生徒たちには、
「倒れたらよろしくね。」
などと、言いながら授業を続ける。

彼らからしてみれば、冗談だと思っているが、私の方は、「ちょっとやばいかな…」、と思いながら授業を続けているのである。

年初にもこうしたことが続いて、けっこう苦しい時期があったが、しばらくなかったので、ちょっと油断していたようだ。

いつも通りの授業なので、私の異変に気づいている人はほとんどいないはず。
プロなのだから、何があっても授業には手を抜かないことを心掛けている。

夢も目標も見失っていた頃、「授業中に倒れてそのまま逝ってしまうのがいいかな」、と思っていたが、今は執着の塊になってしまい、やりたいことはまだまだたくさんある…。

最後の断末魔が、特定の生徒への注意だったら、彼らの一生の思いでなってしまう、

ちょっと休もうと、午後は身体を横にしていたら、6時間目の学年会をすっかり忘れてしまった。
今度の木曜日の地域清掃の打ち合わせだ。

そのことに気づいたのは夜中になってから。私は何と責任感のない人間なのだろう。

歳をとったのか、だんだんと抜けが多くなった。

教務主任が来て、
「考査時間割の作成も、細かくて大変だし、ミスもあったみたいだから、S先生に任せましょう。」
と言う。

「こんな感じで引退時期が近づいていくんのだなあ」、と、頭をがつんと投げられた感じがした。

学年初めに、
「私は役に立ちませんよ…。」
と、主任に言っておいたが、本当に、役に立たなくなってきつつある。

「会社等の組織は、給料の倍くらいの経費がかかっているんだよ。」
社会人になり始めの頃、そんな話を聞いたことがある。
だからこそ、「給料の2倍働け」、と教えられてきた。

歳をとるとはこういうことか…。
プロフィール

丹澤 三郎

中学、高校の教員になってもう30年以上になります。なんだか、がむしゃらに歩んできたような気がします。このブログでは、日常の学校生活中から、子供とのかかわりを紹介しています。若手の教員の方に参考になれば幸いです。タイトルは、以前学級通信を発行し続けてきたことがもとになっています。

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