治療

2009年04月08日

馬酔木の香り

馬酔木
この花は、前にUPしたエリカの花の咲く道を下ったところに咲いていました。
とても急な坂道で、ここを下り坂方向に杖をつきながら母が一人で歩いたなんて、危な〜い!知ってびっくりでした。

"発熱性好中球減少症"と診断された母は、その治療のために2/26から3/1まで入院をしました。
母のがんは進行性のものなので、手術ができるかどうかのセカンド・オピニオンをいただくのは早ければ早い方が良いと思った私は、父の主治医にご紹介いただいた先生とお話をして、取り敢えず退院後の3/3に母の診察をしていただくことにしました。

その一方で、私はこのまま抗がん治療を続けなければならないかも知れない母が横浜に移住した場合に備え、治療を受けていた病院の先生に国立がんセンター宛てと神奈川県がんセンター宛ての紹介状を書いてくださるようお願いしていました。
それに加えて、セカンド・オピニオンということで、父の主治医に紹介していただいた先生への紹介状もお願いしたのですが、急なことで、その紹介状は3/3には間に合いませんでした。

そこで、母の病状説明は私の知っている範囲に止まりましたが、血液検査、CT検査などの結果、まだ数種類の検査が必要ではあるが、腫瘍の切除は可能ではないかというご判断をいただきました。

そして、この日早速、腫瘍の切除に向けて、検査、手術などの大まかな日程を決めました。
必要な検査の中で、主要なものである PET検査 を行っている所は、名古屋に数か所しかなく、まずその予約を取りました。
先生は、検査後1週間くらいかかるであろうPETの結果と他の検査次第で、できれば今月中(3月中)に手術をしたいとおっしゃってくださいました。

PETの検査が3/10、そして病院でできる他の検査は3/12〜13頃、手術日は3/25くらいという目安でした。

3/3がお雛まつりであることをすっかり忘れていたのですが、その診察結果を聞いて、なぜだか "今日は3/3、お雛さまだな〜" としみじみ思ったのを覚えています。 そして、この喜びを妹とも一緒に分かち合いたいと思いました。

sachi1929 at 13:11|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2009年02月27日

冬の散歩道

飛行機雲
長い間、ブログの更新が途絶えたままになってしまいました。
自分のこと、母のこと、父のこと、他にもいろいろとあり、書き溜めていながら更新をする余裕がないまま、過ぎてみればすでに4ヶ月。
写真は、ある土曜日に図書館のついでに小さな動物園へ行き、トラやライオンが餌を食べるところを見たり、放し飼いのクジャクと一緒に写真を撮ったりした後、動物園を出たところで見た飛行機雲です。

今日一緒に投稿した "曼珠沙華" に詳しく書いていますが、母のFOLFOX4+アバスチンの抗がん治療は、昨年末までに合計9回行われました。
7回目くらいからプラチナ製剤であるオキサリプラチン(エルプラット)の投与によるとみられる副作用が徐々に顕著になってきました。
末梢神経症状で、冷たいものや空気に触れると手先に痛みを伴うしびれが出たり、ボタンが留めにくかったりします。↓*
その他には、フルオロウラシル(5-FU)の副作用による口内炎や手足の爪への色素沈着。アバスチンの副作用による鼻の粘膜からの出血などの症状も出ています。
治療を長く続けることで、このしびれが持続的なものになり、回復しにくくなるのを避けるため、今年に入ってからは、FOLFIRI+アバスチンの治療に切り替えました。

しかし、こちらは最初から消化器症状の副作用が強く出て、入院中吐き気や食欲不振が続きました。そして、体もつらいそうです。
FOLFOXの投与の時には、次の治療に入るまでにある程度体調が戻り元気になったのですが、FOLFIRIの方はそうはいかず、1/27(火)〜29(木)までの一回目の治療を終えて1/30(金)〜2/11(水)まで横浜に居たのですが、寒いのもあって最初の一週間は散歩にも行かず、ほとんど元気がありませんでした。
その後、だんだん体調も戻り、お天気が良い日には散歩へも行き、私とも出掛けたりできるようになってきました。

そして、2/11(水)に名古屋へ戻った母は、体調が以前ほどは回復しないまま、泌尿器科でのカテーテルの交換があったため 2/12 から入院をして 2/13(金)から二回目の治療に入りました。↓**
泌尿器科でのカテーテルの処置は3度目ですが、以前にも書いたように、随分体力を消耗し辛いそうです。

また1/13(火)には、造影剤を投与しての検査を行いました。
検査の結果は、去年の12/25に行ったCT検査の時から、腫瘍の大きさはほとんど変わっておらず、転移も認められないとのことでした。

そして、父は父で長年患っていた狭心症が悪化して年明けすぐの1/6(火)から入院をしていましたが、とうとう1/26(月)に8時間半に及ぶ開胸手術を行いました。
そちらは順調に回復をして、昨日2/26(木)に無事退院の運びとなり、家に帰ったら、丁度盛りの枝垂れ梅の花が迎えてくれたと喜んでいました。

その父との確執、また母の面倒を見ることへの疲れなど、名古屋に居る間の母に多大なストレスがかかっていることが、母の体調に少なからず影響を与えていると考えられますが、2/26に採血をした結果、白血球が少なく翌日からの治療は延期になりました。


*12/14: 母からの
"ありがとう。朝散歩にでかけるところ。
冷たい空気が私には禁物らしく病院で言われていたことだけれど、冷たい空気にふれると刺すような痛さをかんじるので保温性のたかい手袋を買ってもらいました。その上に皮のてぶくろをしていても朝は刺すような痛さをかんじます、これも日薬で感じなくなると思います。"

**2/13: 母からの
"おはよー、今朝はどんよりしています。廊下で先生に会ったら今日から点滴はじめましょうといわれ、その気にはなって居るけれど、やっぱり嫌な気がします。でも頑張らないとね。"

sachi1929 at 10:53|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2008年10月03日

秋海棠

秋海棠
この花は、実家の庭の手水鉢の脇に秋近くになると沢山咲きます。でも、名前を聞いたことがあったのかなかったのか、私は名前が分からず、今回母に写真を見せて教えてもらいました。
この秋海棠、気づけば、道端でもよく見かけます。
丈夫な雑草のような花なのかも知れませんが、色といい形といい可愛らしいお花です。

7/20に退院して以来、母は今丁度4回目の抗がん治療中ですが、忙しさにかまけてブログの更新を随分中断してしまいました。

7/20の退院に備え、介護用のベッドの手配、ヘルパーさんの依頼などのため7/18から名古屋に行っていた私は7/25、母に付き添って埋め込みポートの抜糸に行き、8/8から始める抗がん治療のための手続きなどをしました。

それより前、余程気になっていたのか、退院してすぐ、こちらが大丈夫かしらと心配しているにも関わらず、美容院へ行くと言いだし、22日に髪を整えたので見かけはとても病気とは思えない母と、7/24には妹も一緒にホテルへランチに行ったりしました。

退院後は、隔週の抗がん治療の時以外、毎日2時間のヘルパーさんをお願いして、父と二人での生活に戻る予定でいましたが、父が母の面倒を見られそうになかったので、7/27、私は母を伴って横浜に帰ってきました。
ここでは暑いのもあって、一日の半分くらいはお昼寝をしている生活で、歩くのも壁を伝ってやっと歩ける状態でした。
でも、食欲はあって、よく食べていたので、体重も少しずつですが増えていきました。
ただ、入院中に左の耳がボンとして聞こえにくくなったと言っていたのが、なかなか治らずそのことが気になっていました。
その後、耳鼻科で診察を受け、突発性の難聴との診断で、聞こえにくくなって1週間以内なら完治したけれど、時間が経っているので治るかどうか分からないと言われ、母は落ち込んでいました。
薬を飲むことで、先日の検査結果では低音も以前よりは聞こえるようになっていて良い方向に向かっているようで私たちは少し安心したのですが、本人の感覚では、良くなっているようには思えないそうです。

8/7に丁度こちらに出張があった義弟と共に名古屋へ戻った母は、8/8から初めての抗がん治療に入りました。
この時は、私も妹もどのような治療なのか、副作用がどの程度出るのか分からないことづくめでハラハラでした。
私は、妹からのメールで点滴の薬剤の名前を知り、それを事前に病院でもらった資料につき合わせ、どんな副作用が予想されるかを妹に知らせたりしました。
今は前日に採血をして、大丈夫なら翌日から入院して治療をしていますが、第一回目は、当日採血の当日入院をしたので治療が始まったのは、夕方でした。
48時間は思ったより随分長く感じられ、やっと一日経ったかと思ってもまだ後一日あるという思いでとても辛い3日間でした。
退院は7/10の午後7時半頃になりましたが、心配した副作用もほとんど出ず、無事一回目を終えほっとしました。

参考:
母の受けた併用療法はFOLFOX4+アバスチンの投与で、
まずアバスチンを90分投与し、その後ロイコボリンとエルプラットを2時間、そして5FUの22時間持続点滴。 次にロイコボリンだけ2時間、そしてまた5FUを22時間持続点滴するというものです。


sachi1929 at 15:59|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2008年08月21日

ミョウガの花

ミョウガの花
ミョウガの花も7月に庭で撮ったものです。
今頃は、実がすっかり紺色に変化しているでしょう。

現在のがん治療は、手術、放射線、抗がん剤での治療が主です。
がんが発生局所に留まっている間は手術、放射線が有効な治療法ですが、転移によって広がったがんや進行がんに対しては、抗がん剤治療をします。
抗がん剤は、がんを小さくする力を持っていますが、一般には効果の持続期間は長くはなく、特殊ながんを除いて、完治させることはほとんどできません。また、副作用が大きな問題です。

母のがんは、転移はしていませんが進行がんです。
そこで、7/4に主治医からこれからの治療法に対する相談がありました。

,海譴らも続けてTS-1で治療をしていく。
TS-1とCPT-11などを単独で使った治療をする。
FOLFOXFOLFIRIを交互に2週に一回48時間投与する。又は、これらにアバスチンをプラスして投与する。

奏効率の高いの治療のためには、点滴用の器具である中心静脈カテーテルと埋め込みポートを左の胸に埋め込む手術が必要で、右の尿管が巻き込まれていることから、尿管をバイパスさせる手術も必要かも知れないと言われました。

私たち家族は、,亮N鼎肋旦謀で、進行性のがんを手をこまねいて見ている気がしました。そして、△亮N鼎鬚靴董△世鵑世鶚に移るくらいなら最初からの治療の方を勧めるというのが主治医の意見です。
しかし、人工肛門の手術をしたばかりで、また二つの手術をしなければならないかも知れないこと、副作用のこと、月2回の治療ペースに78才の母が疲れないかなど、迷いがありました。

ですが、私が主治医に"もし、先生のお母様だったら先生はどうなさいますか?"とお尋ねしたら、"せっかく良く効く薬があるのに、試してみない手はない。けれど、引き際は大切だと思う"とおっしゃいました。

総合的に考えて、私と妹はの治療をしていただこうとほぼ決めたので、そのことを父にも話し、母もがんばってみると言ってくれました。


<参考>
がんの治療


sachi1929 at 14:38|PermalinkComments(0)TrackBack(0)