2004年10月19日

内田樹、2004『死と身体』を読む1

内田樹、2004『死と身体−−コミュニケーションの磁場』(医学書院)を読む。
自分の仕事のために「自粛」していたのだが、ついに耐えられなくなり、一気読み。
全体をコメントするのはまだまだできないので、部分的に書いてみたい。
決して、内田本の主旨ではなく、私に個人的にひっかかった部分だけですが。

■複雑は簡単、簡単は複雑
納得。
かつて、私も「子どもの思考」を目指していた頃、すっきりと断定できないことにいらだっていた。
しかし、内田さんの本を読んだり、「子どもの思考」の人に、切り捨てられる経験を重ねることによって、話を簡単にすることによって、現実の深い事実をも水に流してしまい、まったく現実から離れてしまっていくことを痛感した。
この複雑な現実を、少しでも忠実に反映しようと努力するのなら、複雑にならねばならぬ面は必ずあるのだ。

さて、内田さんは、このように書いている。

「話をむやみに簡単にしたがる人間は、どの組織でも、たいていは、いらぬ騒ぎを引き起こすトラブルメーカーである。
 逆に、「話を複雑なままにしておく」ことのできる人間を、わたしたちの社会は「清濁併せのむ度量」とか「融通無碍の人」と呼称して、これを敬するという美風がある。こういう人に、どうしても妥協の成らない対立を預けておくと、「では、両論併記で」とか「では継続審議で」と言って、対立する提案を「同じひとつの袋」に放り込んだままにしておく。不思議なもので、そんなふうにしていると、いつのまにか解決不能と思えた難問が片づいてしまっていたりするのである。」[40-41]

納得。
話を簡単にする人がボスだと、その組織はどうしようもない状態に陥る(^^;)

内田さんは、「簡単」と「複雑」を、わずかな程度差にすぎない、と落としているが、この「簡単」と「複雑」のわずかな程度差を認識できない人は他のあらゆるコミュニケーションにおいても、それを理解できないんじゃないかな。
ゆえに、論議においても、立論においても、竹を割ったようなものを好み、二項対立的な図式に持ち込む。
「簡単」にすればいいってものじゃないのよ。
あらためて、私の周りの「子どもの思考」をする人々に言いたい(^^;)


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死と身体【内田樹を読む】at 2005年10月19日 11:02