2006年11月24日

江戸のスローフード

江戸博で買った「江戸の料理と食生活」を読む。
江戸も中期になると人口も100万人になり、都市として様々な文化が花開いていた

食文化も、流通経路が整ったため食材も豊富に出回り、調理技術も進んで様々な料理法も考えられた。
単身者や男性の多い江戸の町は、平和が続く中期になると簡単に食事が出来るような
ファーストフードの屋台から、定食屋、居酒屋から、高級料亭までが出揃い、大阪の食い倒れのお株を奪って、江戸の食い倒れとも言われるようになったそうだ。

出版業も盛んになって、クッキングブックや料理屋のガイドブックが人気だったそうだし、食器類にも工夫を凝らしたものが作られて利用されてたとのこと。
現代の食文化の原型は江戸時代に完成したともいえる。

砂糖も味噌も醤油もお酒も技術開発が進んで庶民も手に入るようになった。
お菓子も作られ、大福、キンツバが人気だったそうだ、などなど興味が尽きない。
図がまた面白くて想像力も働かせられる。
いくつかお料理も載っているが、メタボリック症候群の人はスローフードの江戸料理を中心にしたら良いかも。私もポンポコお腹が引っ込むかな。

今は外国から山のように食材が入って来て一見贅沢三昧に見えるけど、もし何かで入って来なくなったら?
殆ど国産の材料で工夫し食生活を楽しんで来た江戸人の方が豊かで贅沢といえるのかもしれない。
でも、地方や貧しい小作人たちは飢饉などで餓死することも多かったから、江戸時代礼賛というわけにもいかないけれど。

信長から家康への饗応料理写真は徳川家康が織田信長から饗応を受けた食事。
(こちらは豪勢で、鯛、鯉、鮒鮨、あわび、うるか、ほや、雉子、ワタリ蟹、まな鰹刺身、鴨汁、山芋、ななどなど。
野菜が少ないみたい。

勤番武士の宿直弁当次は江戸城本丸勤めの武士の宿直弁当。
(右上が切干大根、アラメ、梅干、ごぼう、山芋、こんにゃく、豆腐。
右下が蜆とねぎの和え物。左上は鯖の浜焼き、左下は香の物3種)
それにお酒と切干大根の味噌汁。

十返舎一九の普段の食事3つ目は「東海道中膝栗毛」の作者、十返舎十九の普段の食事
(鯵の焼き物、油揚げの煮物、納豆とお豆腐の味噌汁、大根の味噌漬けとご飯)

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この記事へのコメント

宿直弁当ともなるとお酒もついて何とも豪勢ですね〜!
これで何人分になるんでしょう?
香の物も沢山、塩分取りすぎ?なんて余計なことも考えちゃったり(笑)。

徳川家康は一汁三菜、黄な粉ゴハンに梅干、と粗食だったことは有名ですが、平和な時代が長かった江戸時代、ココロに余裕ができると食生活も豊かになるのかもしれませんね。
そういえば今はお店で食べるものになってる天ぷらも江戸のころはファーストフードの代名詞?屋台で供されていたんですよね〜。
こういう話ってすごく楽しいです!!
1. Posted by ふろ at 2006年11月25日 17:55
ふろちゃん、宿直弁当は「元お畳奉行の日記」に書かれているそうで、同輩と交代でお弁当を用意して行ったということは、二人分!でしょうね。お酒も許されているなんて粋ですね♪
ほんとに塩分過剰よね。海草のアラメで少しは中和させてるけど。(^m^)

家康さんの豪勢な食事は、信長さんが権勢を見せつけたかったのかも、「どんなもんじゃ!」ってね。(^^ゞ器やお膳も蒔絵の豪華なものですし。

てんぷらね、そうそう。築地の江戸銀も最初は屋台風でしたよ。お寿司とてんぷらを隣りあわせでやってるの。良く行きました、揚げたて握りたてで美味しかった〜!
楽しんでくださって有り難う♪全部載せたいくらいこの本面白いのよ!
2. Posted by 茶々丸 at 2006年11月25日 19:35
面白そう!ヽ(^o^)丿観たい観たい〜♪
ふろちゃんは愛たっぷりの料理家だからきっと興味津々でしょうね!ただの食いしん坊の私でも読みたいもの〜!
3. Posted by サン at 2006年11月26日 14:02
サンちゃん、面白いわよ、ほんとに!いくつかレシピも載ってるし。小学館から出てます。
今でも利用できそうな“あえまぜ”サラダのような和え物ね。季節の野菜や山菜に、お酒に梅干と削り鰹を合わせて煮詰めて作った“煎り酒”っていうドレッシングを混ぜあわせるんだそうです。

コハク酸のうまみがある調味料ですって。作ってみたくなりません?
4. Posted by 茶々丸 at 2006年11月26日 17:27

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