2011年04月23日

たいへん遅くなってしまいましたが、被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。
問題は山積みですが、住民の目線から言えば国と各自治体との連絡がうまくいっていないようですね。
私も避難した家族のこともあり考えることの多い毎日です。
 

パリ日記としての近況です。
私の日常は変わりありませんが、
月曜まで、パリはパック休暇です。
一日だけ、休暇らしくフォンテーヌブローに行ってきました。
森ではなく宮殿の方です。

中世から続いた古い城で、主に王の家族が住んでいた場所。
現在の庭は、ヴェルサイユの庭の設計をしたル・ノートルによるもの。
フランソワ1世、アンリ2世、シャルル9世、アンリ4世、ルイ13世から18世、
ナポレオン1世からルイ=ナポレオンと、非常に歴史の幅がひろい。
ナポレオン1世の子どもの特別展が開かれており、
レースたっぷりのベビー服、赤ちゃんの靴、ミニチュアのおもちゃなどについ惹かれてしまいました。



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(20:42)

2011年02月26日

最近ようやく日が長くなってきた。
冬至に近いころは、朝9時まで暗く、
夕方は5時には真っ暗なのだけれど、
この時期になると、朝は8時すぎるとうっすらと明るくなり、
夕方も少し長くなる。

今月レヴィナス全集の2巻が出た。
今から使ってどれだけ生かせるだろうか。
1巻は大変面白かった。

哲学を研究する上で、
日本人どうしの間だと、
「誰の研究をしているか」ということが自己紹介になって、
そこから「その中でどのようなテーマか」という問いが生じるのに対して、
フランス人との会話では「どのようなテーマを扱っているのか」が最初に来る、
というのはしばしば感じる。
無論、フランスの哲学研究者も「誰か」の「何らかの」テーマについて論じているのだけれど。
テーズの書き方で一番苦労しているのはその点だ。


ところで、フランスでは、哲学はリセの最終学年でのみ教えるということになっていたのだけれど、
それを早めることに反対する議論がしばらく前にルモンド紙でなされていた。


具体例はおそらく日本と同じように千差万別と思うけれど、
私としては、研究者を目指す人とは別にして、
日仏問わず、むしろきちんと働いている大人のかたが、
自らの興味で哲学を学ぶことにやぶさかではないという印象を持っている。



(04:48)

2010年10月05日

また引っ越し。
今回はアパートの水漏れによる工事のせいで、
パリに来てからほとんど毎年住所を変えている。
今度の新居は眼下に公園を見下ろすアパートの最上階。
以前住んでいた、一番慣れ親しんだ場所の近くでよい。

そしてまた新学期の季節がやってきた。
今年、フランスでは、大学の編成についての改革の最中のため、
授業の開始に乱れが出ている。
日本の大学が抱える内面的問題と、フランスのそれとは異なる、と以前人と話していたが、
その通りだと思う。
改革という点で表面的に似ていても、
歴史的に、国家と大学の結びつきのありかたが異なるのだから。

***

ずいぶん時間が過ぎてしまったけれど、トゥールーズの報告をすると前回書いたので載せます。
報告は全体から見れば一部にすぎないけれど、レヴィナス研究会に寄せさせていただきました。

http://levinasjapon.web.fc2.com/colloque-at-toulouse-2010-sato.html

研究者どうしの交流は、自分の研究にとって有益かどうか、というものさしではからなくても
勉強になるから好きだ。

少し一時帰国したいのだけれど今はかなわないので、できるかぎりはこちらで頑張ろうと思う。



(07:56)

2010年07月11日

トゥールーズのコロックよりただいま戻りました。

コロックは、160人、40カ国からの研究者の発表や映画上映、コンフェランス等からなり、6日間、初日は午後開始、最終日はお昼すぎまででしたが、2日目から5日までは朝から夜遅く(バスの走っていない時間)までプログラムがぎっしり詰まった大規模なものでした。
英語、仏語の発表が半分ずつくらいあったこと、アメリカ系、アジア系の発表者も多かったこと(極東ーということばがよいのかは分かりませんがー、というテーマで1つのセッションが割り当てられていました)、また、あらゆるテーマに渡って議論が繰り広げられたことなどが特徴でしょうか。

ユダヤ教関係、キリスト教関係が多かったこと、また、レヴィナスと20世紀の人々との、今まであまり大きくは注目されてこなかった関係がまとまって扱われたことは、『困難な自由』というテクストの選択からきたものと思います。(ローゼンツヴァイク関係では2セッション、ブランシュヴィック、シモーヌ・ヴェイユ、アレントなどもそれぞれセッションを充てられていました。その他の思想家もだいぶ大きく扱われており、ジャンケレヴィッチの映画上映もありました)

内容の報告は準備中なので、それ以外のことなど。

まず、レヴィナスの2人のひまごさんがかわいかった。まだ幼いのに、コロックの間、カフェのチケットの分配やランチを渡す係、質疑応答のマイクの受け渡し、その他細かなところでずっと、自分の置かれた立場をよく知っているように、控えめに、でも熱心に働いていて、みんなにかわいがられておりました。とても良い子たち。
それから、世界各国の研究者が議論できる場があるということはやはりよいことと思う。発表は確かに玉石混合だし、すべてがよいものとは思わない。それぞれの人にとって、色々な意味での環境的制限があるために、知識や理解の枠、方法の洗練度に差があることもしかたがない。けれど、対話からしか始まらないこともまた多いと思う。


トゥールーズは、赤煉瓦の街並が独特で、ロマネスク様式の建物に目を奪われます。
観光するのは自転車が一番よいみたいです。




(08:09)

2010年06月18日

今年のバカロレアの哲学の問題は以下の通り。
興味深い問題がいくつか。
テクスト注釈はデュルケイム、トマス・アクィナス、ホッブズから。
予想問題が外れると話題になったりする。

- Une verite scientifique peut-elle etre dangereuse ?

- Le role de l'historien est-il de juger ?

- Un commentaire d'un extrait de L'Education morale, d'Emile Durkheim

- La recherche de la verite peut-elle etre desinteressee ?

- Faut-il oublier le passe pour se donner un avenir ?

- Un commentaire d'un extrait de la Somme theologique, de Thomas d'Aquin

- L'art peut-il se passer de regles ?

- Depend-il de nous d'etre heureux ?

- Un commentaire d'un extrait du Leviathan de Thomas Hobbes.




(07:44)

2010年05月15日

パリはずっと気温が低く天気が悪い。
一時期とても暖かくなったのに。


色々忙しくヘブライ語はおやすみ中なのだけれど
日本からいらしている杉村先生のデリダ・リクール関係の授業を聞くため
またエコール・ノルマルへ行っている。
初回の授業は曜日を間違えていて聞き逃してしまったけれど。
「証言」の問題はテーズ後半部分で重要な位置を占めるので、
意識的に捉え直すよい機会だ。

もう少しでバラの季節だと思ったら、無性に見たくなった。
近くの公園にもバラは植わっているけれど。

(14:59)

2010年04月28日

大変ご無沙汰しております。
といってメールではないのだからご機嫌伺いするわけにもいきませんし、
やはりよく書き方が分かりません。
パリに住んでいると当たり前のように色々なトラブルが生じるのですが私は元気です。
先日は、水漏れから漏電して、アパート部屋の壁から火花が散っており、騒ぎになるところでした。
火花が散る部屋で原稿を書きながら朝を待つ、という恐怖は初体験でしたが、
業者の対応が遅く、数日間そうした気分を味わうことになりました。
また少しずつ近況を書いていきたいと思います。

***

そういえば、今学期の授業のテーマさえ書いていなかった。
conversionというテーマで、ローゼンツヴァイクの『救済の星』以前の書簡集を読んでいる。
大事なものは仏訳されているので授業ではそれを用いている。
ドイツ観念論についての論文も重要だと思うのだけれど、それは未訳。

7月にトゥールーズでレヴィナス『困難な自由』の国際コロックが開かれる。
5日間で、発表者は若手研究者が多い。

http://www.sirel-levinas.org/


(14:29)

2009年11月04日

(前回のものから記事を分けることにしました)

今月末から3日間、OEPU主催で大学教育に関する国際コロックが行われるとのことだ。
タイトルは、"DEFINIR ET MESURER LE DEVELOPPEMENT ACADEMIQUE"。

http://www.oepu.paris-sorbonne.fr/spip/


グローバル・ジャスティスの問題も扱っているStephane CHAUVIER
日本でよく知られているところでは、Alain Renault らが中心的に関わっているらしい。
大学については、専門と直接に関わらなくとも、自分が研究に携わるかぎり、
気にせざるをえない問題だと思う。


レヴィナスの全集が出始めている。
ベルクソンへのオマージュなどは気になるところ。
とのこと
それから、 "dernier geant de la pensee francaise"レヴィ=ストロースが亡くなられたとのことです。


(04:42)

2009年11月03日

今学期から聖書ヘブライ語の授業に出ることにした。
現在読んでいるのは出エジプト記で、十戒の部分(20章)。

先生のいるクラスでヘブライ語の授業を受けるのは初めてで、
最初の授業では印刷文字と黒板に書かれた書き文字の違いに戸惑った。
今まで印刷文字のアルファベットのみを使って学習していたので。
あとは私が発音を間違って覚えていたところがあったことに気づいたのだけれど、
これはやはり慣れるしかない。
ノルマルで行われている授業なのだけれど、
どこから聴講に来ているのか学生たちの年齢層は平均して高く
老夫婦らしき姿も見受けられる。そして彼らは非常に詳しそうだ。
内容はレベルが高いけれど、一回に読む量は限られているし、内容があるので非常に楽しい。
重要語句の、聖書の他の箇所での使われ方についても丁寧に言及される。
厳しい時期ではあるけれど、色々と学ぶところがありそうなのでこの授業は何とか続けていきたい。

朝の授業を終えて10時。
ノルマルの中庭には冬バラが咲いていて、まだ太陽は朝日の状態。
やはり語学は朝やるのがよい。



(08:11)

2009年10月10日

今年も何とか無事登録をすませる。
4年目以降は年々厳しくなるので、できるだけはやく書き終えなければ、と焦る。

それでもひとつはゼミに出る。
指導教官の今年のゼミはアダム・スミス『道徳感情論』。
こちらの大学では珍しい精読の授業だ。
授業は全て英語で行われ、英仏訳など求められる。

アダム・スミスには今まであまり注意を払っていなかったのだけれど
『国富論』以前に書かれたこの著作を改めて興味深く思う。
特に、「公平な観察者」について。
当時の社会背景は彼の思想において大きいけれど、
今でも学ぶところは多いように思う。

(08:08)

2009年09月21日


研究と生活に追われつつシャルトルを訪れた。
夜のカテドラルのライトアップの美しさと
この街の、観光街でありつつ必要以上に観光客に媚びない態度に惹かれた。

去年から、Maison a colombage が大好きだ。
漆喰に木の歪みが縦横に走っている中世の建築様式。
パリには一カ所しかない。

先月はルーアンも訪れた。
ルーアンでは、 Maison a colombageが、
保存されている顔を見せずに普通に街並として生きていた。
マクドナルドや銀行として。

写真は、シャルトルのほう。100_0344

(06:21)

2009年06月19日

6月になれば、音楽祭のお知らせと、引っ越しと帰国と旅行の話題ばかり。
私も夏に引っ越します。といってもパリ市内だけれど。
パリに来てから引っ越し頻度が高い。
今年、私は日本に帰るのは無理そうです。

先日は、文学のテーズを終えた友人の博論口頭試問に出席してきました。
口頭試問を無事に終えて非常によい成績をとり、この夏日本に帰国するとのこと。
博論の途中で帰国する友人たちも多くいる中で、すばらしいことと思う。

巷ではバカロレアの哲学の試験がありました。
ルモンドによれば、採点の労働条件の悪さに教授陣のストライキがあった模様。
試験を受けるほうも大変だけれど、迎え入れるほうも大変ですね。
以下は、哲学の問題です。
バカロレアが近くなるとバカロレア哲学対策用の雑誌記事も出るので、
こちらの人が当然と考えている論の組み立てを知る参考にもなります。 

Série L (littéraire), coefficient 7
- L'objectivité de l'histoire suppose-t-elle l'impartialité de l'historien ?
- Le langage trahit-il la pensée ?
- Expliquer un extrait de Le Monde comme volonté et comme représentation, de Schopenhauer.
Série S (scientifique), coefficient 3
- Est-il absurde de désirer l'impossible ?
- Y a-t-il des questions auxquelles aucune science ne répond ?
- Expliquer un extrait de De la démocratie en Amérique, d'Alexis de Tocqueville.
Série ES (économique et social) coefficient 4
- Que gagne-t-on à échanger ?
- Le développement technique transforme-t-il les hommes ?
- Expliquer un extrait de l'Essai sur l'entendement humain, de John Locke.



(02:01)

2009年04月23日

ルーブル・カルーセルにあるコメディ・フランセーズに、ラシーヌの「ベレニス」を見に行った。
年末に見たコルネイユの「イリュージョン・コミック」で
コメディ・フランセーズの演出の斬新さについては覚悟していたのだが、
今回も予想以上の戸惑いがあった。

まず、パレスティナの女王ベレニスを男優が演じる。
物語の筋が書き換えられて女性役が男性役になっている訳ではなく、あくまでベレニスは女性だ。
ベレニスを演じた男優は、髪が長い他はとりたてて女性的でもなく声も低い
(途中で衣装替えによる役柄の演出はあるけれど)。
ローマ皇帝でベレニスの恋人ティテュス役はアフリカ系の俳優、
ベレニスを密かに慕って叶わぬ恋に苦悩するアンティオクス役は女優が演じ
(これも自然な女性の姿のまま、舞台上では男性として扱われる)、
それぞれの腹心3人は、一人3役で男優が男性も女性も演じている。
(演じ分けは特に感じられなかったが、これは私が舞台に全く詳しくないので見落としていたのだと思う。)

状況に慣れるのに時間を要した。
しかし舞台は1時間半で全て終わってしまう。
セリフだけはオリジナルテクストのまま、
5幕の劇が幕間もなしに流れて行く。
そして、最後に、奥にあったベッドのようなもの(絶望の人たちが倒れ込む演出に使われていた)が
持ち上げられてスクリーンになり、
アフリカの人と歴史が写し出されたときには、
なぜラシーヌを用いたのかよく分からなくなってしまいそうだった。

特に、ティテュスとベレニスの緊張感のある会話に入り込むことが難しいと思った。 
(不謹慎にも目の前の舞台から逃避してしまったのだろうか、
この二人はラシーヌ悲劇よりも、オセローとイアーゴーで見てみたいな、とつい思ってしまった)。
パンフレットに載っていた言葉を一文だけ引用しておく。

Le personnage principal de la pièce incarne l’exclusion même, du fait de son identité étrangère.


***

復活祭の休暇は今週で終わり。
21時近くまで空は明るく、人々は何となく浮き足立っている。
ところで、冬からこの4月まで教授と一部の学生たちによる大学改革反対のストライキで
ずっと授業のなかった大学の単位はどうなるのだろう。
学部・修士課程で授業を受けたい学生たちは、
今年は特に大きな被害を受けていそうだ。 


(06:48)

2009年03月23日

トロカデロ(エッフェル塔の近く)にある人類博物館(Musee de l’Homme)が
改装のため今後3年ほど休館になる。
その前に最後の一般公開を行うというので行ってきた。
デカルトの頭蓋骨を見に。

もう改装のための展示物の撤去が始まっているのだろう。
現在は使われていない場所も多いようで見所はそんなに多くない。
それでも、私が退館するときには入場規制がかかっているほどの混雑ぶりだった。
博物館の中も、混雑時のメトロくらいに人が近い。
パリの美術館・博物館でこれほどの混雑にはあまり出会わないので疲れた。

今回の限られた展示を見る限り、
博物館として焦点がぼやけている気がした。
Musee de l’Homme ということによって、考古学、人類学、民俗学、生物学
すべてを含んでしまっている。
ただし、理解のためのゲームコーナーが随所に設けられているため
こどもたちには好評みたい。
 もっと早くに訪れるべきだった。

デカルトの頭蓋骨は、
ネアンデルタール人の頭蓋骨、クロマニョン人の頭蓋骨などの隣に
現代から300数十年前の人の頭蓋骨、として並べられていた。
石器ではなく、彼の著した本とともに。



(03:43)

2008年12月28日

8ed4a4fb.JPGクリスマス前後から年末にかけて、
あちこちの教会でクレッシュが展示されている。

クレッシュは、日本語で何と訳すのだろう。キリスト生誕の場面のジオラマ。
教会ごとに雰囲気が全く異なる。
一番ジオラマっぽく細かい表現がなされているのが Saint Sulpice。
キリスト生誕の馬小屋だけではなく、周辺一帯まで作り込まれていて、
労働する人々がきちんと動くようになっているのがポイント。
Saint Germain des presでは、
ミサがすでに始まっていて中に入れなかったのだけれど、
外にクレッシュが置いてあった。
素朴な木彫りで、場面も非常にシンプル。
Notre Dameは幻想的。
足下から光るライトの中にゆりかごのイエス、マリア、ヨセフのみ。
そして、その上で、キリストに関わるストーリーの各場面が、
照明とともに背景を変えたり暗くなったり
明るく色づいて浮き上がってきたりする。

写真は Saint Sulpiceのクレッシュの中央部分。



(17:10)

2008年12月19日

Journee d’etude Stephane Moses に出た。
始まる前の時間に小耳に挟んだこと。
1962年にアドルノがCollege internationale de la philosophieで講演をしたとき
フランス語のリエゾンが « tout a fait imaginaire » だったらしい。
そして、フランス人がdifference ontologique について述べるとき
なぜ ontique なものについてしか述べないのか、と講演の外側で
不思議がっていたそうだ。
別の人が、それに続けて
1968年5月にアドルノのコンサートの譜めくりをしたことがある、と。
どんな曲だったのか気になる。

午後から大学で指導教官が同じ人のテーズの口頭試問を聴講する予定が入っていたので
コロックには午前の間しかいられなかったのだけれど、
ショーレムと彼をめぐるjuif-allemandの思想家たちについての話など勉強になった。

口頭試問の方は、アメリカ人学生だったのだけれど
テーマは「追放から歓待へ」。
mention tres honorable avec felicitation で無事終了。
プレゼンの仕方がナチュラルだ。
少しため息が出る。

(11:40)

2008年11月10日

やっと、自分のパソコンが使えるようになった。
2ヶ月間、修理に持っていった店から音沙汰がなく、
こちらから聞いても無駄だったため大変に苦労した。

自分の研究とは離れるけれど、アミアンで行われた
19世紀のカントの初期の翻訳者ジュール・バルニ(Jules Barni (1818-1878) )についての
コロックの一部を聞く機会があった。
彼は、クザンの弟子でアミアンの代議士でもあったそうだ。
私が聞いた発表のだいたいは彼の歴史哲学を扱ったもの。
歴史哲学における宗教、政治の意味、
モンテスキュー、ルソー、ヴォルテールからの影響とヒューマニズムの話など。

アミアンの町並みは、レンガと白壁が特徴的だ。
町の雰囲気は穏やかで、なんとなく、日本の地方の大都市を連想した。
サーカス場が有名なようで、子供が光るスティックを持ってはしゃいでいるのに出会った。
ジュール・ウ゛ェルヌの名がついている。
彼の住んでいた家の外観も見たけれど(普通の家にプレートがあるだけだった)
ヴェルヌのミュゼを訪れる時間は残念ながらなかった。

カテドラルを訪れたときのこと。
床に描かれたラビリンスが思ったより大きくて驚いた。
ラビリンスといってもただ曲がりくねっているだけで迷うことはなく、
行き着く先の中心地はイェルサレムを指し示しているとのこと。
パリのノートルダムにラビリンスはない。

アミアン大聖堂

(02:06)

2008年08月19日

勝手に夏休みということにしてイタリアへ行ってきた。
フィレンツェを拠点にして、ピサとボローニャへも訪れた。
考えてみれば、フランスに来てからヨーロッパの他の国へ行くのは初めてだった上
日数に比して濃厚な日々を過ごす事ができたのではないか、と思う。

滞在中、美術館はタイミング悪く入れないところもいくつかあったので
自然と目的は大小の教会巡りへ流れていく。

フィレンツェの花のドゥオーモの外観は、写真で見ると白っぽいけれど、
実際に見るともっとパステルカラーが細かく飛び交っていてカラフルでとても綺麗。
内部も華やか。
教会に入るだけなのに行列している、というのは初めての経験だ。
思わず並んでしまった自分が言える事ではないけれど。
サン・マルコ、サンタ・クローチェなどもそれなりににぎわっていた。
他にもいくつか教会を訪れる。

美術館について。
ボローニャ、ピサではあまり美術館に入らなかったけれど、
今回のメインのフィレンツェでは
運良く、特にこの時期には混んでいてなかなか入れないというウフィツィ美術館に入る事ができた。
閉館2時間前くらいに行って、見たいところだけを集中的に回るのがポイント。
その日に別行動していてどうしても入れなかった友人が
22時まで空いている日にまた行ったのだけれど、
大丈夫だったかしら(私はその時間には既にパリ行きの夜行に乗っていました)。
そこで私はボッティチェリのプリマヴェーラ、ヴィーナスの誕生の他、
ティツィアーノなどを堪能したのだけれど。
ルーヴェンスの一部は現在置いていなくて見られなかった。

メディチ家ゆかりのピッティ宮殿の中のパラティーナ美術館では、
古代ギリシアの様々な名前(ギリシアだけではないけれど)のついた部屋に
(オデュッセイア、イリアス、サテュロス、アポロン、その他もろもろ)
メディチ家一族の肖像画が飾られている。
ラファエロが、貴族お抱えの職業画家だということをまざまざと感じた。
部屋自体は、とにかくきらびやかだ。

教会について。
フィレンツェはとにかくルネサンスという雰囲気で
色も明るく、デザインもかわいらしい。
「かわいい」というのは、北フランスのゴシック系の教会では絶対に持ち得ない印象だ。
ステンドグラスもあまり細かすぎないからか、
すっきりしている気がした。
それから、これはフィレンツェだけではないのだけれど、
奥行きが実際にはあるのにまったくその先がないかのように、
正面のデザインが平面的な感じがして面白かった。
ボローニャは、フィレンツェよりずっと古いけれどそのよさが、初めて行っても伝わってきて、
イタリアンゴシックが非常に素敵だと思った。
個人的に良かったのは、サン・ペテロニオ聖堂と
サント・ステファノ、それから、おおざっぱすぎる観光ガイドにも載っていなかったのだけれど
偶然みつけたcorpus deiという、地元の人々に密着していそうな教会
(ラテン語そのままの派生からの理解でよいのか、ちょっと調べているところ。
聖骸布のレプリカがおいてあった。
偶然出会ったおじさまが非常に熱心に教会の隅々を説明してくれて(イタリア語のみ)、
同行してくれた友人が少しイタリア語を勉強していたので、
私も頑張って言葉の端々から推測しようとしたりしていた。
聖書や歴史のなじみ深い話に結びついていると、少し理解できる)。
思いがけずコルプス・デイとサント・ステファノで時間を使ってしまい、
他の友人たちとの合流に1時間近く遅刻してしまった。
こういうことも一人ではできなかったかな、と思う。


フィレンツェは、季節がら観光客が多いこともあってひとり歩きも大丈夫。
でもボローニャと、ピサの観光地以外の奥まった裏道は、一人だったらきっと歩けなかったと思う。
観光客など誰もいないし、昼間でも少し恐かった。
そして、そういった裏道の教会にかぎって、大聖堂とはまた異なる素敵な雰囲気を持っていたりするのだ。
ひたすら気の向くまま
「ここに行ってみたい!」と歩き回る私に同行してくれた友人に感謝。

イタリアの美術館や教会は
入館や撮影に関しては、フランスよりずっと厳しくて日本みたいなのに
サービスの概念がかけらもなく、
暑い中、入るときにペットボトル禁止でとられてしまったり
閉館30分も前から邪険にされはじめたりする。
中央の駅前ロータリーなのに、イタリア語でなければだめ、と
バスの切符を買わせてくれない人もいた。
メルカート(市場)の人はフランス語も英語も大丈夫だった他、
日本語を話せる人もいたのに。

ちなみに、私は友人たちとは別にユースホステルに泊まったのだけれど、
夜中に部屋に戻ってから、同じ部屋に偶然泊まっていた日本人とポーランド人などと仲良くなって
そこでは英語、イタリア語、フランス語、日本語を駆使して
お互いの日中の報告会をしていた。
イタリア語は私は無理だけれど。
(でも、フランス語とラテン語から推測すれば、だいたい書いてある事は分かるので、
英語の説明のない美術館でもなんとかなったりする)


(06:57)

2008年07月23日

この月曜とその前の週、それぞれ日帰りで、ランスとリヨンに小旅行をした。

ランス大聖堂の一番奥には青を基調にしたシャガールのステンドグラスの絵が描かれており、
同じランスにあるサン=レミ大聖堂はもう少し静謐な雰囲気で構造が面白い。
このサン=レミ大聖堂で藤田嗣治が啓示を受けたそうだ。
その藤田嗣治のチャペルでは、赤ら顔の受付のおじさんが、
壁中に描かれた聖書画の中でスポンサーの顔が描かれている場所などを
指し示してくれた。
キリストの画が、どう見ても時系列順ではなく、
他の画とも混じりながら描かれているのを面白く思った。
帰る間際にはシャンパンとビールのカクテルを初体験する。
甘くて飲みやすい。

リヨンでは、まず、ローヌ川もソーヌ川も、セーヌとは全く異なる水の色であるのに気づく。
リヨンで一番大きな広場であるカルノーで
リヨン生まれのサン・デグジュペリと星の王子様の彫刻を見つける。
そしてサン・ジャン大聖堂へ。
キリスト、聖ヨハネ、聖エティエンヌのステンドグラスを堪能する。
また、「小さなテレーズさま」の彫刻もあった。
さらに、外にはアリストテレスのレリーフも。
見つけて教えてくれた友人に感謝。

丘に登ってフォーヴィエールの大聖堂へ。
友人曰く新しい大聖堂らしく、モザイク画が非常に華やかだ。
ここには地下にクリプトもあって、なんだかかわいらしい色遣いだ。
それからリヨン美術館へ。
時間がなくてゆっくり見られなかったのだけれど、
それでもイタリア絵画、フランス絵画の部分はそれなりに見る時間があり、
ティツィアーノのダナエを見られてよかった。
また、ルイ・ジャンモの連作「魂の詩」に妙に惹かれた。
夕刻にはTGVの時間を気にしつつもコート・ド・ローヌのワインを少しだけ楽しむ。

最近、普段の勉強場所を部屋から図書館へ変えた。
慣れればそんなに敬遠する必要はないみたいだ、と分かったので。

写真は、ランスの大聖堂。

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(07:14)

2008年06月28日

ジャズバンドをやっている知り合いのコンサートを訪れた。
内輪的なコンサートらしく、家族連れも多い。
有名なところでは「枯葉」などのナンバーもあった。
別の本職で忙しい方たちのバンドだということを後で知った。
招待客は盛り上がっていて、きちんとした会場に子供が走り回っていても、
楽譜を見ない、調和よりもパフォーマンスを重視するらしいサックス奏者が
(楽譜の代わりに、後半合図係がついた)
曲中に彼らとコミュニケーションをとってしまう演奏会って、ある意味すごいと思う。
知り合いはドラムで、むしろ困っていたみたいだけれど
ドラムのおかげで無事に終わった感じだ。

実は、このバンドをしている知り合いからのつながりがあって、
開演前、しばらく前に追悼式のあったStephane Mosesの奥様と
少しだけお話しする機会があった。
レヴィナスのことを、
「彼との会話は奇妙でextraordinaire だ。
 質問をしても必ず別のことによって答えてきて、
 その中でさらに別のことが絡んでくる。」と。
…日常的な話からそうだったのか、とその詳細を聞きたく思ったときに
開演のベルが鳴る。

(07:21)