2009年11月04日

(前回のものから記事を分けることにしました)

今月末から3日間、OEPU主催で大学教育に関する国際コロックが行われるとのことだ。
タイトルは、"DEFINIR ET MESURER LE DEVELOPPEMENT ACADEMIQUE"。

http://www.oepu.paris-sorbonne.fr/spip/


グローバル・ジャスティスの問題も扱っているStephane CHAUVIER
日本でよく知られているところでは、Alain Renault らが中心的に関わっているらしい。
大学については、専門と直接に関わらなくとも、自分が研究に携わるかぎり、
気にせざるをえない問題だと思う。


レヴィナスの全集が出始めている。
ベルクソンへのオマージュなどは気になるところ。
とのこと
それから、 "dernier geant de la pensee francaise"レヴィ=ストロースが亡くなられたとのことです。


(04:42)

2009年11月03日

今学期から聖書ヘブライ語の授業に出ることにした。
現在読んでいるのは出エジプト記で、十戒の部分(20章)。

先生のいるクラスでヘブライ語の授業を受けるのは初めてで、
最初の授業では印刷文字と黒板に書かれた書き文字の違いに戸惑った。
今まで印刷文字のアルファベットのみを使って学習していたので。
あとは私が発音を間違って覚えていたところがあったことに気づいたのだけれど、
これはやはり慣れるしかない。
ノルマルで行われている授業なのだけれど、
どこから聴講に来ているのか学生たちの年齢層は平均して高く
老夫婦らしき姿も見受けられる。そして彼らは非常に詳しそうだ。
内容はレベルが高いけれど、一回に読む量は限られているし、内容があるので非常に楽しい。
重要語句の、聖書の他の箇所での使われ方についても丁寧に言及される。
厳しい時期ではあるけれど、色々と学ぶところがありそうなのでこの授業は何とか続けていきたい。

朝の授業を終えて10時。
ノルマルの中庭には冬バラが咲いていて、まだ太陽は朝日の状態。
やはり語学は朝やるのがよい。



(08:11)

2009年10月10日

今年も何とか無事登録をすませる。
4年目以降は年々厳しくなるので、できるだけはやく書き終えなければ、と焦る。

それでもひとつはゼミに出る。
指導教官の今年のゼミはアダム・スミス『道徳感情論』。
こちらの大学では珍しい精読の授業だ。
授業は全て英語で行われ、英仏訳など求められる。

アダム・スミスには今まであまり注意を払っていなかったのだけれど
『国富論』以前に書かれたこの著作を改めて興味深く思う。
特に、「公平な観察者」について。
当時の社会背景は彼の思想において大きいけれど、
今でも学ぶところは多いように思う。

(08:08)

2009年09月21日


研究と生活に追われつつシャルトルを訪れた。
夜のカテドラルのライトアップの美しさと
この街の、観光街でありつつ必要以上に観光客に媚びない態度に惹かれた。

去年から、Maison a colombage が大好きだ。
漆喰に木の歪みが縦横に走っている中世の建築様式。
パリには一カ所しかない。

先月はルーアンも訪れた。
ルーアンでは、 Maison a colombageが、
保存されている顔を見せずに普通に街並として生きていた。
マクドナルドや銀行として。

写真は、シャルトルのほう。100_0344

(06:21)

2009年06月19日

6月になれば、音楽祭のお知らせと、引っ越しと帰国と旅行の話題ばかり。
私も夏に引っ越します。といってもパリ市内だけれど。
パリに来てから引っ越し頻度が高い。
今年、私は日本に帰るのは無理そうです。

先日は、文学のテーズを終えた友人の博論口頭試問に出席してきました。
口頭試問を無事に終えて非常によい成績をとり、この夏日本に帰国するとのこと。
博論の途中で帰国する友人たちも多くいる中で、すばらしいことと思う。

巷ではバカロレアの哲学の試験がありました。
ルモンドによれば、採点の労働条件の悪さに教授陣のストライキがあった模様。
試験を受けるほうも大変だけれど、迎え入れるほうも大変ですね。
以下は、哲学の問題です。
バカロレアが近くなるとバカロレア哲学対策用の雑誌記事も出るので、
こちらの人が当然と考えている論の組み立てを知る参考にもなります。 

Série L (littéraire), coefficient 7
- L'objectivité de l'histoire suppose-t-elle l'impartialité de l'historien ?
- Le langage trahit-il la pensée ?
- Expliquer un extrait de Le Monde comme volonté et comme représentation, de Schopenhauer.
Série S (scientifique), coefficient 3
- Est-il absurde de désirer l'impossible ?
- Y a-t-il des questions auxquelles aucune science ne répond ?
- Expliquer un extrait de De la démocratie en Amérique, d'Alexis de Tocqueville.
Série ES (économique et social) coefficient 4
- Que gagne-t-on à échanger ?
- Le développement technique transforme-t-il les hommes ?
- Expliquer un extrait de l'Essai sur l'entendement humain, de John Locke.



(02:01)

2009年04月23日

ルーブル・カルーセルにあるコメディ・フランセーズに、ラシーヌの「ベレニス」を見に行った。
年末に見たコルネイユの「イリュージョン・コミック」で
コメディ・フランセーズの演出の斬新さについては覚悟していたのだが、
今回も予想以上の戸惑いがあった。

まず、パレスティナの女王ベレニスを男優が演じる。
物語の筋が書き換えられて女性役が男性役になっている訳ではなく、あくまでベレニスは女性だ。
ベレニスを演じた男優は、髪が長い他はとりたてて女性的でもなく声も低い
(途中で衣装替えによる役柄の演出はあるけれど)。
ローマ皇帝でベレニスの恋人ティテュス役はアフリカ系の俳優、
ベレニスを密かに慕って叶わぬ恋に苦悩するアンティオクス役は女優が演じ
(これも自然な女性の姿のまま、舞台上では男性として扱われる)、
それぞれの腹心3人は、一人3役で男優が男性も女性も演じている。
(演じ分けは特に感じられなかったが、これは私が舞台に全く詳しくないので見落としていたのだと思う。)

状況に慣れるのに時間を要した。
しかし舞台は1時間半で全て終わってしまう。
セリフだけはオリジナルテクストのまま、
5幕の劇が幕間もなしに流れて行く。
そして、最後に、奥にあったベッドのようなもの(絶望の人たちが倒れ込む演出に使われていた)が
持ち上げられてスクリーンになり、
アフリカの人と歴史が写し出されたときには、
なぜラシーヌを用いたのかよく分からなくなってしまいそうだった。

特に、ティテュスとベレニスの緊張感のある会話に入り込むことが難しいと思った。 
(不謹慎にも目の前の舞台から逃避してしまったのだろうか、
この二人はラシーヌ悲劇よりも、オセローとイアーゴーで見てみたいな、とつい思ってしまった)。
パンフレットに載っていた言葉を一文だけ引用しておく。

Le personnage principal de la pièce incarne l’exclusion même, du fait de son identité étrangère.


***

復活祭の休暇は今週で終わり。
21時近くまで空は明るく、人々は何となく浮き足立っている。
ところで、冬からこの4月まで教授と一部の学生たちによる大学改革反対のストライキで
ずっと授業のなかった大学の単位はどうなるのだろう。
学部・修士課程で授業を受けたい学生たちは、
今年は特に大きな被害を受けていそうだ。 


(06:48)

2009年03月23日

トロカデロ(エッフェル塔の近く)にある人類博物館(Musee de l’Homme)が
改装のため今後3年ほど休館になる。
その前に最後の一般公開を行うというので行ってきた。
デカルトの頭蓋骨を見に。

もう改装のための展示物の撤去が始まっているのだろう。
現在は使われていない場所も多いようで見所はそんなに多くない。
それでも、私が退館するときには入場規制がかかっているほどの混雑ぶりだった。
博物館の中も、混雑時のメトロくらいに人が近い。
パリの美術館・博物館でこれほどの混雑にはあまり出会わないので疲れた。

今回の限られた展示を見る限り、
博物館として焦点がぼやけている気がした。
Musee de l’Homme ということによって、考古学、人類学、民俗学、生物学
すべてを含んでしまっている。
ただし、理解のためのゲームコーナーが随所に設けられているため
こどもたちには好評みたい。
 もっと早くに訪れるべきだった。

デカルトの頭蓋骨は、
ネアンデルタール人の頭蓋骨、クロマニョン人の頭蓋骨などの隣に
現代から300数十年前の人の頭蓋骨、として並べられていた。
石器ではなく、彼の著した本とともに。



(03:43)

2008年12月28日

8ed4a4fb.JPGクリスマス前後から年末にかけて、
あちこちの教会でクレッシュが展示されている。

クレッシュは、日本語で何と訳すのだろう。キリスト生誕の場面のジオラマ。
教会ごとに雰囲気が全く異なる。
一番ジオラマっぽく細かい表現がなされているのが Saint Sulpice。
キリスト生誕の馬小屋だけではなく、周辺一帯まで作り込まれていて、
労働する人々がきちんと動くようになっているのがポイント。
Saint Germain des presでは、
ミサがすでに始まっていて中に入れなかったのだけれど、
外にクレッシュが置いてあった。
素朴な木彫りで、場面も非常にシンプル。
Notre Dameは幻想的。
足下から光るライトの中にゆりかごのイエス、マリア、ヨセフのみ。
そして、その上で、キリストに関わるストーリーの各場面が、
照明とともに背景を変えたり暗くなったり
明るく色づいて浮き上がってきたりする。

写真は Saint Sulpiceのクレッシュの中央部分。



(17:10)

2008年12月19日

Journee d’etude Stephane Moses に出た。
始まる前の時間に小耳に挟んだこと。
1962年にアドルノがCollege internationale de la philosophieで講演をしたとき
フランス語のリエゾンが « tout a fait imaginaire » だったらしい。
そして、フランス人がdifference ontologique について述べるとき
なぜ ontique なものについてしか述べないのか、と講演の外側で
不思議がっていたそうだ。
別の人が、それに続けて
1968年5月にアドルノのコンサートの譜めくりをしたことがある、と。
どんな曲だったのか気になる。

午後から大学で指導教官が同じ人のテーズの口頭試問を聴講する予定が入っていたので
コロックには午前の間しかいられなかったのだけれど、
ショーレムと彼をめぐるjuif-allemandの思想家たちについての話など勉強になった。

口頭試問の方は、アメリカ人学生だったのだけれど
テーマは「追放から歓待へ」。
mention tres honorable avec felicitation で無事終了。
プレゼンの仕方がナチュラルだ。
少しため息が出る。

(11:40)

2008年11月10日

やっと、自分のパソコンが使えるようになった。
2ヶ月間、修理に持っていった店から音沙汰がなく、
こちらから聞いても無駄だったため大変に苦労した。

自分の研究とは離れるけれど、アミアンで行われた
19世紀のカントの初期の翻訳者ジュール・バルニ(Jules Barni (1818-1878) )についての
コロックの一部を聞く機会があった。
彼は、クザンの弟子でアミアンの代議士でもあったそうだ。
私が聞いた発表のだいたいは彼の歴史哲学を扱ったもの。
歴史哲学における宗教、政治の意味、
モンテスキュー、ルソー、ヴォルテールからの影響とヒューマニズムの話など。

アミアンの町並みは、レンガと白壁が特徴的だ。
町の雰囲気は穏やかで、なんとなく、日本の地方の大都市を連想した。
サーカス場が有名なようで、子供が光るスティックを持ってはしゃいでいるのに出会った。
ジュール・ウ゛ェルヌの名がついている。
彼の住んでいた家の外観も見たけれど(普通の家にプレートがあるだけだった)
ヴェルヌのミュゼを訪れる時間は残念ながらなかった。

カテドラルを訪れたときのこと。
床に描かれたラビリンスが思ったより大きくて驚いた。
ラビリンスといってもただ曲がりくねっているだけで迷うことはなく、
行き着く先の中心地はイェルサレムを指し示しているとのこと。
パリのノートルダムにラビリンスはない。

アミアン大聖堂

(02:06)

2008年08月19日

勝手に夏休みということにしてイタリアへ行ってきた。
フィレンツェを拠点にして、ピサとボローニャへも訪れた。
考えてみれば、フランスに来てからヨーロッパの他の国へ行くのは初めてだった上
日数に比して濃厚な日々を過ごす事ができたのではないか、と思う。

滞在中、美術館はタイミング悪く入れないところもいくつかあったので
自然と目的は大小の教会巡りへ流れていく。

フィレンツェの花のドゥオーモの外観は、写真で見ると白っぽいけれど、
実際に見るともっとパステルカラーが細かく飛び交っていてカラフルでとても綺麗。
内部も華やか。
教会に入るだけなのに行列している、というのは初めての経験だ。
思わず並んでしまった自分が言える事ではないけれど。
サン・マルコ、サンタ・クローチェなどもそれなりににぎわっていた。
他にもいくつか教会を訪れる。

美術館について。
ボローニャ、ピサではあまり美術館に入らなかったけれど、
今回のメインのフィレンツェでは
運良く、特にこの時期には混んでいてなかなか入れないというウフィツィ美術館に入る事ができた。
閉館2時間前くらいに行って、見たいところだけを集中的に回るのがポイント。
その日に別行動していてどうしても入れなかった友人が
22時まで空いている日にまた行ったのだけれど、
大丈夫だったかしら(私はその時間には既にパリ行きの夜行に乗っていました)。
そこで私はボッティチェリのプリマヴェーラ、ヴィーナスの誕生の他、
ティツィアーノなどを堪能したのだけれど。
ルーヴェンスの一部は現在置いていなくて見られなかった。

メディチ家ゆかりのピッティ宮殿の中のパラティーナ美術館では、
古代ギリシアの様々な名前(ギリシアだけではないけれど)のついた部屋に
(オデュッセイア、イリアス、サテュロス、アポロン、その他もろもろ)
メディチ家一族の肖像画が飾られている。
ラファエロが、貴族お抱えの職業画家だということをまざまざと感じた。
部屋自体は、とにかくきらびやかだ。

教会について。
フィレンツェはとにかくルネサンスという雰囲気で
色も明るく、デザインもかわいらしい。
「かわいい」というのは、北フランスのゴシック系の教会では絶対に持ち得ない印象だ。
ステンドグラスもあまり細かすぎないからか、
すっきりしている気がした。
それから、これはフィレンツェだけではないのだけれど、
奥行きが実際にはあるのにまったくその先がないかのように、
正面のデザインが平面的な感じがして面白かった。
ボローニャは、フィレンツェよりずっと古いけれどそのよさが、初めて行っても伝わってきて、
イタリアンゴシックが非常に素敵だと思った。
個人的に良かったのは、サン・ペテロニオ聖堂と
サント・ステファノ、それから、おおざっぱすぎる観光ガイドにも載っていなかったのだけれど
偶然みつけたcorpus deiという、地元の人々に密着していそうな教会
(ラテン語そのままの派生からの理解でよいのか、ちょっと調べているところ。
聖骸布のレプリカがおいてあった。
偶然出会ったおじさまが非常に熱心に教会の隅々を説明してくれて(イタリア語のみ)、
同行してくれた友人が少しイタリア語を勉強していたので、
私も頑張って言葉の端々から推測しようとしたりしていた。
聖書や歴史のなじみ深い話に結びついていると、少し理解できる)。
思いがけずコルプス・デイとサント・ステファノで時間を使ってしまい、
他の友人たちとの合流に1時間近く遅刻してしまった。
こういうことも一人ではできなかったかな、と思う。


フィレンツェは、季節がら観光客が多いこともあってひとり歩きも大丈夫。
でもボローニャと、ピサの観光地以外の奥まった裏道は、一人だったらきっと歩けなかったと思う。
観光客など誰もいないし、昼間でも少し恐かった。
そして、そういった裏道の教会にかぎって、大聖堂とはまた異なる素敵な雰囲気を持っていたりするのだ。
ひたすら気の向くまま
「ここに行ってみたい!」と歩き回る私に同行してくれた友人に感謝。

イタリアの美術館や教会は
入館や撮影に関しては、フランスよりずっと厳しくて日本みたいなのに
サービスの概念がかけらもなく、
暑い中、入るときにペットボトル禁止でとられてしまったり
閉館30分も前から邪険にされはじめたりする。
中央の駅前ロータリーなのに、イタリア語でなければだめ、と
バスの切符を買わせてくれない人もいた。
メルカート(市場)の人はフランス語も英語も大丈夫だった他、
日本語を話せる人もいたのに。

ちなみに、私は友人たちとは別にユースホステルに泊まったのだけれど、
夜中に部屋に戻ってから、同じ部屋に偶然泊まっていた日本人とポーランド人などと仲良くなって
そこでは英語、イタリア語、フランス語、日本語を駆使して
お互いの日中の報告会をしていた。
イタリア語は私は無理だけれど。
(でも、フランス語とラテン語から推測すれば、だいたい書いてある事は分かるので、
英語の説明のない美術館でもなんとかなったりする)


(06:57)

2008年07月23日

この月曜とその前の週、それぞれ日帰りで、ランスとリヨンに小旅行をした。

ランス大聖堂の一番奥には青を基調にしたシャガールのステンドグラスの絵が描かれており、
同じランスにあるサン=レミ大聖堂はもう少し静謐な雰囲気で構造が面白い。
このサン=レミ大聖堂で藤田嗣治が啓示を受けたそうだ。
その藤田嗣治のチャペルでは、赤ら顔の受付のおじさんが、
壁中に描かれた聖書画の中でスポンサーの顔が描かれている場所などを
指し示してくれた。
キリストの画が、どう見ても時系列順ではなく、
他の画とも混じりながら描かれているのを面白く思った。
帰る間際にはシャンパンとビールのカクテルを初体験する。
甘くて飲みやすい。

リヨンでは、まず、ローヌ川もソーヌ川も、セーヌとは全く異なる水の色であるのに気づく。
リヨンで一番大きな広場であるカルノーで
リヨン生まれのサン・デグジュペリと星の王子様の彫刻を見つける。
そしてサン・ジャン大聖堂へ。
キリスト、聖ヨハネ、聖エティエンヌのステンドグラスを堪能する。
また、「小さなテレーズさま」の彫刻もあった。
さらに、外にはアリストテレスのレリーフも。
見つけて教えてくれた友人に感謝。

丘に登ってフォーヴィエールの大聖堂へ。
友人曰く新しい大聖堂らしく、モザイク画が非常に華やかだ。
ここには地下にクリプトもあって、なんだかかわいらしい色遣いだ。
それからリヨン美術館へ。
時間がなくてゆっくり見られなかったのだけれど、
それでもイタリア絵画、フランス絵画の部分はそれなりに見る時間があり、
ティツィアーノのダナエを見られてよかった。
また、ルイ・ジャンモの連作「魂の詩」に妙に惹かれた。
夕刻にはTGVの時間を気にしつつもコート・ド・ローヌのワインを少しだけ楽しむ。

最近、普段の勉強場所を部屋から図書館へ変えた。
慣れればそんなに敬遠する必要はないみたいだ、と分かったので。

写真は、ランスの大聖堂。

Photos-0005#1

(07:14)

2008年06月28日

ジャズバンドをやっている知り合いのコンサートを訪れた。
内輪的なコンサートらしく、家族連れも多い。
有名なところでは「枯葉」などのナンバーもあった。
別の本職で忙しい方たちのバンドだということを後で知った。
招待客は盛り上がっていて、きちんとした会場に子供が走り回っていても、
楽譜を見ない、調和よりもパフォーマンスを重視するらしいサックス奏者が
(楽譜の代わりに、後半合図係がついた)
曲中に彼らとコミュニケーションをとってしまう演奏会って、ある意味すごいと思う。
知り合いはドラムで、むしろ困っていたみたいだけれど
ドラムのおかげで無事に終わった感じだ。

実は、このバンドをしている知り合いからのつながりがあって、
開演前、しばらく前に追悼式のあったStephane Mosesの奥様と
少しだけお話しする機会があった。
レヴィナスのことを、
「彼との会話は奇妙でextraordinaire だ。
 質問をしても必ず別のことによって答えてきて、
 その中でさらに別のことが絡んでくる。」と。
…日常的な話からそうだったのか、とその詳細を聞きたく思ったときに
開演のベルが鳴る。

(07:21)

2008年06月23日

f6a08cf0.jpg21日、夏至の日にはパリでは音楽祭がある。
コロックが行われていたエコールノルマルでは、
質疑応答の最中から中庭でピアノやヴァイオリンが鳴り響き、
夜にはパリ中の街角でジャンルを問わず音楽が流れていた。
3−4メートルおきに別のバンドがいて、すべての音が混ざっており、
よく自分のパートが狂わないものだと感心する。
パンテオンの通りでは隣にいる人との会話も困難なくらいだった。

夏至が過ぎたと思ったらいきなり暑くなり、
今日22日はちょうどバーベキュー日和。
午前中にいつもの皆と勉強会を行った後
午後から有志で郊外の友人宅へ向かう。
バーベキューをできる設備のある庭は
美しく整えられていた。

他分野の人たちともお話をして
特に印象に残った話題は、モロッコおよび地中海の建築についてのものと、
ジャズのimprovisationにおけるformeとtechniqueとharmonieについてのもの。
哲学を専門にしているわけではない
本職の方たちが感じていることを聞くのは楽しい。

昨日コロックからまっすぐ帰って買い物をして
ワインで煮込んだ白桃とネクタリンと杏のコンポートを
ゼラチンで固めたゼリーを差し入れにしたら好評でうれしかった。
勉強会の間タオルを凍らせて
運ぶ間タッパーをくるんでいたから溶けずにすんでほっとした。

。。。
実は今まで何度も、いろんな種類のケーキをここで作っている。
ワインの好きな人は適当なワインを、
ビールの好きな人は好きなビールを、
料理の好きな人は得意分野の料理を
また、そのあたりに売っているチーズでもスナックでも何でも
形式張らずに持ち寄って集まることのできる場があって
そういうときにたまたま私の得意分野がお菓子づくりだったというだけなのだけれど
少なくとも、私にとって、とても貴重な環境だと思う。

パリでは夏が別れの季節で、
ほんの少しでも関わった人々が日本へ帰っていくのはなんとなく淋しい。
来週のお別れフェットでは、このまま夏っぽい気候が続くならば
ちょっと面倒な方のレシピでレモンタルトを作ろうと思う。

写真は、お話に熱中するあまりに撮り忘れた
バーベキューが行われた庭の代わりにもならないけれど
私の家の近くの、名前を知らない木の花。

(06:12)

2008年06月21日

今日と明日で行われているデリダ・レヴィナスのコロックのプログラム。

Vendredi 20 juin

Matin

9h15 : Ouverture - Jean-François Courtine
9h30 : Danielle Cohen-Levinas : Politique de l'indéconstructible la justice, l'exil et l'éthique
10h20 : David Brézis : Rencontre de l'Autre et face à face avec Dieu

Pause

11h30 : Serge Margel : Sauver les phénomènes Levinas/Derrida et la question du messianisme

Après Midi

14h30 : Catherine Malabou : Le sens du féminin
15h20 : Stéphane Habib : Ce qui les lie ? « plus d'une langue »

Pause

16h20 : Orietta Ombrosi : Non seulement un chien : les bestiaires de Levinas et Derrida
17h10 : Joseph Cohen : L'impossible entre Derrida et Levinas



Samedi 21 juin

Matin

9h30 : Gérard Bensussan : Ethique de l'ndécidable
10h20 : Marie-Louise Mallet : Dons et Merveilles

Pause

11h30 : Raphael Zagury-Orly : Le tombeau du propre
12h20 : Igor Bucharles : Le Dire et l'écriture

Après-midi

14h30 : Fernanda Bernado : Du poème du « Tout autre » au « Tout autre » est tout autre
15h20 : Petar Bojanic : Les attributs de la violence chez Emmanuel Levinas et Jacques Derrida

Pause

16h30 : Marc Crépon : Hospitalité et mortalité

途中に一度抜けなければならなかったのだけれど戻ってきて、
今日の分が終わった後、明日発表予定のデリダ研究者などとカフェへ行くことになった。
感想を交換し、流れで
「現象学の神学的展開」のフランス内部での見られ方などを聞く。
逆に日本人の側が質問されたのは、京都学派のこと、
フランス現代思想の受容についてなど。
目新しくはなくとも、話をする人によって話の流れが変わってくる話題。

今は、ちょっとしたものの予習で、
付け焼き刃にしかならないけれどカヴァイエスを読んでいるところ。
科哲や数学は苦手なのだけれど、
なんとなく自分の中に取り込みたくなる時期と必要性とが重なったのでうれしい。


(06:05)

2008年05月17日

今年は68年の運動の40周年記念のコロックが多いようだ。
今日と明日の2日間はエコールノルマルで
マルクスとアルチュセールに関するコロックが開かれている。

それとはまた別に、同じくノルマルで、
アラン・バディウとジジェクのセミネールが行われていたので
そちらを聴講した。
広めの教室は満員で立ち見になってしまったけれど。
最近ジジェクが出した本を中心にバディウが質問し、
それにジジェクが答える形式。
差異というテーマ、ヘーゲルを論じることについての立場、
精神分析といった点について白熱した議論を聞くことができた。

少し驚いたのは、始まった途端に教室の最後尾から
政治的言説についての自説を大声で叫びだした人がいたこと。
彼は学生たちのブーイングで去っていった。
あからさまな授業妨害。
後で聞いたのだけれど、
私が行かなかったときのネグリのセミネールには
集団で活動家が来ていたらしい。

予定時間を30分ほどオーバーしてセミネールが終わったあと、
なんとなくサヴォワ料理のお店へ寄ることになった。
チーズフォンデュは冬の料理のような気がしていたのだけれど、
そして最近はとても暑いのではじめは少し違和感を覚えたのだけれど、
熱気を帯びた教室を出ると
外はそれでも少し暗くなってきていて(21時半くらいだった)
半袖では肌寒いくらいになっていたので、
なんとなくフォンデュをつつくのが楽しかった。

話題になっていた、ジジェクの著書、Parallaxeの書評から。

-La parallaxe (du grec parallaxis," changement") est un deplacement de la position
apparente d’un corps d'un changement de position de l’observateur.
Elle est chez Slavoj Zizek, comme chez Jacques Lacan, qu’il reinvente,
le point aveugle de " l’objet-cause du desir"-
("Zizek en Lacanie", dans Le magazine litteraire )

(いつもながらアクサンは抜いてありますが、抜くと読みにくくてすみません)




(09:39)

2008年04月26日

ここには書いていませんでしたが
10日間ほど日本に一時帰国しており
充実した時を過ごすことができました。
会えた方たちには
この場を借りてお礼申しあげます。

###

今回は不安に思いつつ初めてモスクワ経由の飛行機を利用した。
無事に着陸したときには拍手が起きたのがおおげさではなく自然に感じられたし
空港内は薄暗くて免税店のマトリョーシカの色合いだけが際立っていたし
乗り継ぎの階段にはエスカレーターがついていなかったけれど、
それでも以前と比べればずいぶんよくなった、と小耳に挟んだ。

夜中にCDGについて夜行バスに乗ろうとしたらうまくアクセスできずに
一晩、空港内の閉店したカフェで過ごした。
そうしていた人も割といたので普通のことなのかもしれない。
困っていた私をカフェまで連れて行ってくれたのは、
空港内で働いているという中国の人だった。
朝方様子を見に来てくれて、
夜勤明けで帰るところだから、と
降りる駅が5駅も離れているのに私の家のすぐ側まで荷物を運んでくれる、と。
大丈夫だ、と言ってもさらに申し出てくれる、
同じ東アジア系だからと思われるためか
パリでよく見られるこれに類した親切を受けるか否か判断しなければならないとき
いつもとても緊張する。

ともかく無事に部屋にたどり着けてよかった。
明日は研究会。
時差ぼけも少し落ち着いて意識がはっきりしてきたので今から少しでも準備を頑張るつもり。

(01:47)

2008年04月03日

4月1日、Poisson d'avril。
子供たちが、相手に気づかれないようにして、
背中に魚の形の紙切れを貼って遊ぶ日。
なぜか昨日ではなく今日魚の紙を貼付けられていた男の子を見て
やっと昨日がエイプリルフールだったと気づいた。

Poisson d'avrilが習慣になったのは1564年からで、
この年までは4月1日が1年の始まりだったのが、
このときから1月1日が1年の始まりになったらしい。
魚の由来は明らかではないようだけれど、
初期キリスト教徒の隠し記号である、魚の形のイクトゥス
(ichtus。iesous khristos huios soter の頭文字をつなげたもの。
ギリシア語のラテン語表記をしています)が
起源かもしれない、とのこと。





(07:10)

2008年03月26日

3月のはじめ、ひっそりバルビゾンの村(パリから1時間くらいだった)に行って
ミレーの名前のついた通りやガンヌの旅籠を訪れた。
そのときには、思いもよらぬ韓国人在住者との交流があったり
(立ち寄ったクレープリーでフォンテーヌブローへの行き方を聞いたら、
ちょうどクレープを食べていた韓国人家族が車で連れて行ってくれた
奥さんは日本で幼少時代を過ごしたとのことで日本語が流暢だった)。

また、オランジュリー美術館に行ってテュイリュリー宮殿の前で
サルコジ反対の各地から来ている人々のデモにでくわして
じっと見ていたらビラをもらったりしていた。
単純に、行進の中に浮かんでいたジャック・アタリのボードが気になっただけだったのだけれど。

昨日、Paquesの次の日の月曜(祝日)にはオペラのコンサートに行った。
Cecilia Bartoliというイタリア歌手関連で一日中催しがあったらしいが、
私がチケットをとっていたのは、そのなかのロッシーニのオペラ。
La Canerentolaという題目で、要するに内容はシンデレラなのだけれど、
細部の演出が面白かった。

月に1−2度、この館にフェットがあるときに合わせて、気分転換にケーキを焼く。
パリでケーキを焼くのはなぜか日本にいるときよりレシピの自由度が高く感じられて、
さらに、フェットの最中には、あまり作った人が問題にされないまま
ケーキだけ、なんとなく、それもすぐに消えていってくれるところが
非常に楽しいので、ずっと癖になっている。
ちなみに今まで結構何度もつくったけれど、
一度も同じケーキを作らないようにしている。

今回のフランス語は、Cevilia Bartoliのパンフレットから。
オペラの冒頭。

Don Magnifico, nobliau desargente, vit dans sa demeure delabree entre ses deux
filles insupportables, Clorida et Tisbe. Leur demi-soeur, Angelina, est negligee
par son pere. Elle est consideree comme une servante dont la place est aux cuisines,
pres des cendres de l'atre. Humiliee et battue, elle reve d'etre sauvee par un
prince charmant.


Angelinaがシンデレラで、父親 Don Magnificoが 継母の役どころです。
Clorida とTisbe がシンデレラの二人の姉で、非常にコミカルに意地悪です。
魔法使いも男性でした。全体的に非常にコメディチック。
もちろんイタリア語で、フランス語字幕の表示があったので内容は分かったのだけれど
あらすじを知っていて演技があれば字幕を見なくても十分かもしれない。


(08:50)

2008年03月03日

朝、少しあたたかい細い雨が降った。
毎年早めに咲いているらしい庭の桜がいつのまにか満開だ。
写真に撮りたいな、と思いつつ、もしカメラが手もとにあったとしても
カメラを構えることにほんのわずかな抵抗を覚えるような気がする。
そんな朝のことをわざわざ今思い返したのは、
ポラロイドカメラについての記事が新聞に載っていたからだ。
ポラロイドカメラが時代遅れでも、その愛好家である写真家もいるとのことで
見本の写真にはJapanise Sky !と題のついたモノクロの雪景色もある。
 Le Polaroid, c'est ma signature, mon outil intime.
Il n'existe rien de comparable au Polaroid grand format que
j'utilise. Je ne suis pas contre le progres, mais le materiel
numerique de pointe que j'ai teste dans mon studio
ne lui arrive pas a la cheville.
 とはある写真家の話。(Le monde samedi 1er mars 2008)
私は写真のこともカメラのことも全く知らないけれど。


日仏国交150周年記念の今週のイベントは、
ジュネーブ大学におられた二宮正彦先生の講演会と書道展。
講演会では都合が悪く遅刻してしまって前半をほとんど聞くことができなかったのだけれど
当時の留学の様子や森有正研究についてなどのお話を
ユーモアを交えて話しておられたようだ。
各国の留学生が集まり、その中で日本人のコミュニティができる国際大学都市の持つ意味は、
その当時は今よりもずっと重かったのだろうと思う。

友人の博士論文プレ発表会のコメンテーターをしてから
一週間たち、そのときの感想が落ち着いてきたところ。
ちなみに私の担当は受動的綜合の部分で大変勉強になった。
本番は4月ということだ。


(07:19)