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国際政治学 テニス マラソン

2013年06月

8f717484.jpg不滅の投手沢村栄治の一人娘美緒さん父を語る

 「私が女で父さん、がっかりしたでしょ」

93歳の母が大きく首を振る。「『ピンクの肌だ、ピンクだあ』って、あの無口な人が大喜びしたのよ」

 愛媛県八幡浜市。美緒が育ったこの港町に帰郷してから、母はぽつりぽつりと父のことを口にするようになった。 父は3度目に召集された1944年12月、生後5カ月の幼子を残し輸送船とともに台湾沖に沈んだ。27年の生涯だった。
 
父の名は沢村栄治。
 
プロ野球草創期、父が巨人軍のエースだったことを母から聞かされたのは10歳の時。映画館では当時、池部良が沢村を演じた「不滅の熱球」が上映されていた。 他人から知らされるよりは、と母が考えたのだろうか。暮らし向きがよかった母の実家にいて、父に思いを巡らすことはほとんどなかった。

 大学入試で上京し、ただ驚いた。 成城大学の面接。履歴書の「亡父」を見た男性教授が身を乗り出した。京都商(現京都学園)を中退し、全日本入りした17歳の父がベーブ・ルースらから9三振を奪った34年の日米野球。「静岡で試合を見たんだ。すごかった」。志望理由も聞かれず、面接は終了。合格通知が届いた。

 東京で暮らした36年間、似た話を何度も聞かされた。就職した広告会社の社長からも、とっつきにくい取引先からも。「沢村投手の娘だって?」と話がつながる。父が後ろで守ってくれている、と思い始めた。

 97年のある日、タレントの青空うれし(73)を紹介された。青空はその場で、知り合いの山口千万石(せんまんごく)に電話をかけた。父の故郷、三重県宇治山田市(現伊勢市)の尋常高等小と京都商時代の捕手。青空は「栄ちゃんの娘に会いたい」と、山口から聞かされていた。

 美緒は約束した。

「父の墓参りで会いましょう」。近鉄宇治山田駅で待ち合わせた山口千万石は、墓まで徒歩10分の道中、よくしゃべった。日々の猛練習や春夏3度の甲子園。「栄ちゃんの球が速くて」。突き指で曲がったままの両手の指を、うれしそうにかざした。

 5年前、京都学園の同窓会長が訪ねてきた。創立80周年記念に父のブロンズ像を建てるから来てほしいとの依頼だった。 式典前日、ゆかりの人が集まったホテルのロビーで男性に突然、抱きしめられた。外野手だった金子澄雄。「一目で沢さんの娘とわかったよ」

涙声になっていた。

 雨の除幕式には、チームメートの遺族ら450人が参列した。こんなに大勢の仲間に慕われる父とは。そう考えるうちに目が潤んできた。
 
翌年の若葉の季節。美緒は母を父の像と引き合わせた。5分ほどの滞在。見つめていた母と去り際に話した。

「生き生きしていた一番いい場所に建ててもらったね」
 
山口千万石は除幕式の直前に死去。金子も帰らぬ人となった。父の像を見て以来、美緒は京都学園野球部にミカンジュースの差し入れを続ける。「父ならそうしたはず」

甲子園に出たら、応援に行くと決めている。

6fb1f3ac.jpg昇降機検査資格者 (財団法人・日本建築設備・昇降機センター)
The Japan Building Equipment and Elevator Center Foundation

http://www.beec.or.jp/course/mlit_course/mlit_course2.html

建築基準法第12条第3項に基づき定期的に、昇降機(エレベーター、エスカレーター等)及び遊戯施設(ジェットコースター、観覧車等)の安全確保のための検査を行い、その結果を特定行政庁へ報告する制度があります。その定期検査を行うことができる資格を「昇降機検査資格者」

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