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鳳-テブナンの定理

与謝野晶子(1878〜1942)

妻子ある鉄幹の後妻に無理矢理収まった晶子は結婚翌年から

長男 光
次男 秀(しげる)
長女七瀬
次女八峰
三女佐保子
四女宇智子
三男アウギュスト
五女エレンヌ
四男 健
六女藤子

四男六女を生んだ。アウギュストは欧州歴訪間もなくで滞在した欧州で仲良くしたオーギュストロダンに由る。

アウギュストさんもエレンヌさんも変な名前ついて困ったと改名している。

「どっきり花嫁の記」を次男秀の妻道子が記す。

姑晶子は嫁たちに親切だったらしい。晶子は伝統や古いしきたりなど守る義務などないと意識があった。

男性同等のいや同等以上の社会活動をし自由人として世間並みの家庭婦人の域を越えていた。

嫁姑などの陰湿なものを嫌った晶子は嫁をいびることもない。しかし偉大な女性晶子には偉大な女性に対するわきまえが必要だったらしい。くだらない噂話や世間話は御法度だった。

かなり嫁晶子には緊張感が走るものであったらしい。
晶子は大阪境出身。旧制境女学校卒業(泉陽高)沢口靖子の先輩にあたる。

沢口は高校時代から美人で有名だった。他の学校からも沢口を見学に来たくらい。
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