昭和の庶民史を語る会でも、戦時中、大阪の狭山村の米軍戦闘機墜落について調べています。3月13日、AM11時、堺市立東文化会館で当時の事を見た人に報告してもらいます。関心のある人はご自由においでください。お待ちしています。
 昭和の庶民史を語る会。

 名立機雷爆発事件:語り継ごう 資料収集など、住民が多彩な取り組み−−上越 /新潟
 
 ◇49年、子どもら63人が死亡
 ◇資料収集や展示・創作劇 「平和の日」制定も
 戦後間もない1949(昭和24)年、名立町(現上越市名立区)の海岸で連合軍が遺棄したとみられる機雷が爆発し、63人が死亡した「名立機雷爆発事件」を後世に語り継ごうという取り組みを、同区の住民が始めた。資料の収集や展示のほか、語り部による証言や創作劇などを通じて子どもたちに事件を伝えるとともに、市に対し「名立平和の日」を制定するよう働きかけるという。

 活動を始めたのは、同地区の保護者や学識者、まちづくり団体の関係者ら運営委員25人でつくる「名立の子どもを守り育む会」(高橋良弘会長)。09年4月に発足し、機雷爆発事件の伝承を活動の中心に据えることを決め、活動方針を話し合ってきた。

 高橋会長は小学校教員時代、事件後30年などの節目に教材をつくり、事件を児童に伝えてきた。60年が過ぎ、遺族たちが高齢化するなか、「今こそ地域の負の遺産に向き合う最後の機会」と、地域を挙げて取り組むことにした。

 20日に勉強会を開き、事件を知らない会員とも思いを共有する。犠牲者を慰霊する地蔵尊が地区内の国道8号脇に立つが、道路拡幅に伴い、海に近い場所に移される。その工事が20日に終わることから、改めて犠牲者の冥福を祈る機会にする。

 また、会員の一人が主宰する地元の劇団「いろり座」が、事件を題材にした創作劇の上演を企画しており、会が後押しする。

 機雷爆発事件は49年3月30日夕方に起きた。海岸に浮いた機雷が見つかり、子どもたちが見物に集まった。除去作業を始めようとした時に爆発し、人々や家屋が吹き飛ばされた。

 死亡した63人のうち、50人以上が中学生以下の子どもたちだった。日本は当時、連合国の占領下だったため、原因調査は行われず、機雷は米国、ソ連のいずれのものかも不明で、犠牲者への補償もなされていない。【小川直樹】
毎日新聞 2010年3月10日 地方版