仕立屋職人の、こんなエピソードを何かの本で読んだことがあります。
 戦前、海軍兵学校には腕の良い専属の仕立屋さんがいて、毎年新入生用の制服を入校式までの何日かで仕立て上げます。ところが、出来上がった服は多くの生徒には大変不評でした。まるでコートのようにダブダブな者や、小さくて今にも胸のボタンがはち切れそうな者など、どう考えても寸法取りはデタラメに思えた。

ところが1、2ヶ月経ちするうち徐々に体にフィットしはじめ、3ヶ月ほどで生徒全員があつらえ服と変わらないほど、ピタッと体に合うようになったというのです。つまり、かの仕立屋さんは海軍兵学校での厳しいトレーニングで、一人1人の生徒がどのような体躯に成長するかをかなり正確に見積もり、先を見越した寸法取りをして仕立てていたのです。それは長年の経験と勘で培われた技でしょうが、お客様一人1人に対する愛情がなければ到底身に付かない職人芸でしょう。

これは正に日本人の職人気質です。


 私は、旭川に転勤して間もなく、ある仕立屋さんと知り合いになりました。
「ダンス用の燕尾服を誂えて欲しい。」と頼むと、「一般の燕尾服やタキシードは専門だが、ダンス用の燕尾服は作ったことがない。」と一度は断られたものの、ややあって「分かりました。作りましょう。」
この商談が、かの仕立屋さんにどれほどの苦難を与えたのか私には知るよしもありませんでした。ダンスをたしなむ人ならご承知の通り、ダンス用の服はパートナーと組んだときの美しいシルエットを土台として仕立てなければなりません。
何度も何度も仮縫を重ねながら、やっと出来あがった服に袖を通したときは、本当に専門外の仕事かと思うほど上出来でした。

それから丁度10年後、私は、地方勤務を終えて再び旭川に戻り、同氏と再会をはたしました。聞けば、私に作ったダンス用燕尾服は北海道では業界初の試みであり、その労苦と功績を認められて10年目にして北海道から表彰されるとのこと。
そんなタイムリーな再会もあって思い出話にも花が咲き、当時の衝撃的な事実を知ったのです。
「何日も何日も徹夜の裁断・縫合作業が続き、試行錯誤を繰り返えす中、気づいたときには高価な生地がすでに1着分ダメになっていた。
利益よりも職人としての意地とお客様に喜んで貰える服を作りたいという一念で作り上げた1着であったということを、10年の時を経て知ったのです。


 今の世の中は、コンピュータや機械を駆使すれば大抵のものは作ることができます。もはや、人間職人が消えつつある中、海軍兵学校専属仕立屋にも劣らない職人気質を備えた「ザ・職人」が旭川のごく身近にいたことを発見し、日本人として何かホッとしたものを感じました。

昨年、再びお願いしてタキシードを仕立てもらいました。出来映えは、仮縫いなど必要の無いほど自分の体にピッタリで満足のいく服であったことは言うまでもないでしょう。
職人魂のしみ込んだお気に入りのスーツやタキシードなどを作りたいという方には是非お勧めです。
 紹介せずにはいられない人物を、つい衝動的に書いてしまいました。

 螢董璽蕁宍彿檗)榲后^粟郢圍馨鮴升鈎目  久保幸夫 氏
   TEL 0166−22−0844   FAX 0166−22−0846 
久保テーラ




☆久保幸夫氏プロフィール