2007年06月09日
柳家小三治独演会
6月5日(火) 横浜にぎわい座
出 演 者 演 題
柳家 禽太夫 元 犬
柳家 小三治 湯 屋 番
柳家 小三治 茶 の 湯
にぎわい座三連夜の中日。
平均年齢は50代をゆうに越えている年齢層で客席は埋めつくされた。
そのため、あたしはかなり浮いていた。
かなり期待して出かけたのだが、蓋を開けると...
『これも天のなす災い、すなわち天災』の日に当たった。
『大看板といえども滑る日もあるさ...』と。
ある意味、貴重と言えば貴重な高座だったのかもしれない。
出 演 者 演 題
柳家 禽太夫 元 犬
柳家 小三治 湯 屋 番
柳家 小三治 茶 の 湯
にぎわい座三連夜の中日。
平均年齢は50代をゆうに越えている年齢層で客席は埋めつくされた。
そのため、あたしはかなり浮いていた。
かなり期待して出かけたのだが、蓋を開けると...
『これも天のなす災い、すなわち天災』の日に当たった。
『大看板といえども滑る日もあるさ...』と。
ある意味、貴重と言えば貴重な高座だったのかもしれない。
開口一番は弟子の禽太夫師が前方を務め、元犬を。
ちょいと丁寧にやりすぎた感があり、間が悪い感が拭えない。
『もっとぞんざいにやった方が面白いんだけどなぁ...』と正直思う。
賑やかに一席やった方が似合う人だからあえて言う。
師匠の前方で緊張したか。
出囃子・二上りかっこうが流れ、ゆったりと登場。
一礼して、やおら茶碗に手をかけて、ゆっくりと白湯をすする。
『今日は何をお話ししましょうかねぇ〜...』
にぎわい座側も小三治師の噺が長いことを想定して終演時間をいつもより遅く設定していた。
お膳は整っている。
お馴染みの長い、長い、まくらは一時間弱にもわたる長旅になった。
一番太鼓や二番太鼓など寄席の太鼓の話しに始まる。
はじめは客も、テレビに向かって会話するかのように噺にリアクションを示していたが、ダレてきたのだろうか。
一向にネタに入ろうとしない師に業を煮やして退場する客が3人出てしまう有り様。
もっとも、この3人は酔っ払って聞いていたのでまともに聞ける人たちではなかったが。
音楽続きでいろいろと振るが、客層にハマらず話題が迷走し始めた師に困り始めた。
歌まで歌った師に、『どうした小三治?』と周囲は呆気に取られている。
それは当人にも、あったようだ。
ようやっとネタに入った頃には1時間を経過しようとしていた。
湯屋番を始めた頃には、客席の半数くらいが睡魔に負けて脱落していたような感じがあった。
最近、独演会で軽いネタをかけることが多いそうだから、案外時間枠が長めに取られてしまったが故に迷走したのかとさえ思われた。
『困ったなぁ...どうしよう』というのが見え隠れしていた。
仲入り後の二席目。
終演まで一時間ある。
『はて...どうする...まくらを振るか?』と思って聞くとまくらは一切なし。
茶の湯を文字どおり、『たっぷり』と始める。
そして、飄々と。
スローテンポで繰り出す噺にドッカンドッカン爆笑の渦が巻き起こる。
青きな粉に椋の皮を入れた偽茶を飲んだ時の不味そうな顔が滑稽。
その不味さが伝わって来て、飲んでもいないあたしの喉の奥から苦さがこみ上がって来る。
『これ本当にお茶か?』という思いを押し殺して飲み干す長屋の住人たちを見ていると、うまいお茶が欲しくなる。
甘いお茶菓子が欲しくなる。
客に『さぁ笑え』と強く押すことなく、噺そのものにある面白さをシンプルに語る。
まくらを延々と振られてどうなることかと思ったが、面白かった。
冒頭でも述べたが、『大看板でもすべることがある』ということだ。
『いや、あれは滑ったんじゃない』と考えるとしたら、何が考えられるか。
『長いまくらはまくらにあらず。あれは独立したものである』と考える方が良いのかもしれない。
実際に湯屋番に到るまでに振られたまくらには何の一貫性も関連性もなかった。
『小三治フリートークショー』と考える方が自然なのかもしれない。
ちょいと丁寧にやりすぎた感があり、間が悪い感が拭えない。
『もっとぞんざいにやった方が面白いんだけどなぁ...』と正直思う。
賑やかに一席やった方が似合う人だからあえて言う。
師匠の前方で緊張したか。
出囃子・二上りかっこうが流れ、ゆったりと登場。
一礼して、やおら茶碗に手をかけて、ゆっくりと白湯をすする。
『今日は何をお話ししましょうかねぇ〜...』
にぎわい座側も小三治師の噺が長いことを想定して終演時間をいつもより遅く設定していた。
お膳は整っている。
お馴染みの長い、長い、まくらは一時間弱にもわたる長旅になった。
一番太鼓や二番太鼓など寄席の太鼓の話しに始まる。
はじめは客も、テレビに向かって会話するかのように噺にリアクションを示していたが、ダレてきたのだろうか。
一向にネタに入ろうとしない師に業を煮やして退場する客が3人出てしまう有り様。
もっとも、この3人は酔っ払って聞いていたのでまともに聞ける人たちではなかったが。
音楽続きでいろいろと振るが、客層にハマらず話題が迷走し始めた師に困り始めた。
歌まで歌った師に、『どうした小三治?』と周囲は呆気に取られている。
それは当人にも、あったようだ。
ようやっとネタに入った頃には1時間を経過しようとしていた。
湯屋番を始めた頃には、客席の半数くらいが睡魔に負けて脱落していたような感じがあった。
最近、独演会で軽いネタをかけることが多いそうだから、案外時間枠が長めに取られてしまったが故に迷走したのかとさえ思われた。
『困ったなぁ...どうしよう』というのが見え隠れしていた。
仲入り後の二席目。
終演まで一時間ある。
『はて...どうする...まくらを振るか?』と思って聞くとまくらは一切なし。
茶の湯を文字どおり、『たっぷり』と始める。
そして、飄々と。
スローテンポで繰り出す噺にドッカンドッカン爆笑の渦が巻き起こる。
青きな粉に椋の皮を入れた偽茶を飲んだ時の不味そうな顔が滑稽。
その不味さが伝わって来て、飲んでもいないあたしの喉の奥から苦さがこみ上がって来る。
『これ本当にお茶か?』という思いを押し殺して飲み干す長屋の住人たちを見ていると、うまいお茶が欲しくなる。
甘いお茶菓子が欲しくなる。
客に『さぁ笑え』と強く押すことなく、噺そのものにある面白さをシンプルに語る。
まくらを延々と振られてどうなることかと思ったが、面白かった。
冒頭でも述べたが、『大看板でもすべることがある』ということだ。
『いや、あれは滑ったんじゃない』と考えるとしたら、何が考えられるか。
『長いまくらはまくらにあらず。あれは独立したものである』と考える方が良いのかもしれない。
実際に湯屋番に到るまでに振られたまくらには何の一貫性も関連性もなかった。
『小三治フリートークショー』と考える方が自然なのかもしれない。
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