September 2010

September 30, 2010

元検事の友人のボス弁護士、知人の経営者の顧問弁護士との会合 ビジネスとしての政治家、成功のための信頼を得た瞬間

今日はあいにくの雨。おにぎりを食べながら仕事を捌いていく。俺は一人で細かいオペレーションの指示から請求書の発行から一人でやっているので、業務もやらなければならない。やらない人間もいるのだが、良いサービスを提供するとなると高い利益率の顧客に対してはキメの細かいサービスを提供する。そういう俺の姿勢がダイヤをはじめ多くの企業からの信頼を得る事になり、ほっておいても仕事がやってくる状態が実現できる。仕事をある程度、片付けてから、都内のとある場所へと向った。俺の友人で元検事の人間がいるのだが、彼の所属事務所の先生を紹介してもらえる事になり、その事務所に行った。弁護士事務所の代表の先生なので時間をもらって大丈夫かと思ったのだが、東京の事務所の責任者も含め、三人で話をさせてもらった。俺のこのブログを見ていてくれてアツいヤツだとも思ってくれていた。

友人の弁護士の話、俺の流通革命から宮崎の再生、今後の展開を含めて話をさせてもらう。冗談交じりに話をしたが、弁護士の先生には珍しく経営的観点が鋭い方と俺自身は感じた。いわゆる先生としている人はあまり営業はしないが、ここまで事務所を大きくされているだけあってその感覚は素晴らしい。彼と話をすると、実は俺が京都と和歌山の霊場巡りをしていた時にほぼ、同時期に同じ霊場を回っているという事で、極めつけは石清水八幡宮、俺が初めて行ったのに彼もほぼ同日に来ていた。その他、高野山、熊野古道も彼は俺とほぼ同時期に来ていて、俺と関わる縁のある人はそういうオカルト現象を体験すると話すと面白がってくれたので、陰陽師さんとか変なオカルト系の人との出会いについて冗談交じりに話した。俺のブログを見てくれている人ならわかると思うが、俺の場合は人を呼び寄せられる。

先生にお礼を言い、雨の中、とある社長の所に向う。そこの事業は実は買いたい人が多くて、社長自身も悩んでいたが、俺が一生懸命な事と雨の中でも何度も足を運んで、誠実に対応した事と32歳でこれから伸びていく人間として面白いという事で、俺に販売について相談すると仰ってくれた。勿論、社長の信頼を裏切る訳にはいかないので、社長の意向をなるべく尊重して買い手側と交渉を進めていくのだが、俺自身、喰らい付いて一生懸命頑張った事が報われた事、こうした俺の脚で稼ぐというやり方で初めての仕事が決まりそうな瞬間が見えてきた時に嬉しくて涙が溢れそうになってきた。社長にとっては大きな人生の節目、その節目に俺の様な若造に案件を任せてもらえる。成功のための第一歩として信頼を得た瞬間を感じた時はここから俺は伝説を創っていくんだと自分の心を奮い立たせた。

そこからちょうど帰り道沿いにあるので知人の経営者が高く評価している顧問弁護士の方と話をする。T大のH学部を出て、弁護士になられた方で、俺とは九州とその経営者で繋がっている。彼は歳も近く、今後、大きく活躍される方ので、今年と同様に大きく仕掛ける新年会と新丸ビルの酒の会に参加しては如何ですか?と誘い、承諾をして頂いた。彼と話をした後で、事務所で急ピッチに仕事を捌いて、入札の案件から様々な仕事を片付けていく。GMには信頼をしてもらえているし、外資にいれば路頭に迷う事はないが、人生一度きりだし、先程の方とも話したが、挑戦しなければいくら優秀でも普通の人として人生を終えてしまうので、やはり俺は自分の限界に挑戦して、能力を高め、人の信頼を得られる様に貢献する人生を選択する決意をした。結局、俺は子供の頃と何も変わらない、道ははっきりしている。

俺が今日会った人達の社会的地位も高く、富裕層なので、日本の今後を話してみた。東国原知事は俺は失脚すると思っている。彼自身の大義はなくなったので、彼が自分の野心をむき出しに物事を進めれば必ずその反動で彼は失脚する。物事には見極めが肝要で、天下を睨む龍となるべきは天の利を味方にしなければならない。天・地・人の利が重なりあってこそ天下を治めるに値する資格を得る事が出来る。それと昨今の政治家は大した事がないのにビジネスとして政治家を志し、しょっぱい事しか出来ない。利権を貪るのは金儲けの道具としての政治家を考えていて、そういう人間を国民が選ぶのがそもそもの問題なのだが、人士が不足している事も原因だと俺は考えた。宮崎を再生させるのは、一番、過酷だからこそ、あえて死地に飛び込み、死地の中に生を見出す。俺の戦場は死地にある。 

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September 29, 2010

M&Aの仕事の縛りと難しさ 面白いネタがあっても出せない悲しさ

今日も仕事、朝にニュースを見てウコン茶を飲みながらおにぎりを食べるという何時もの朝、俺にはもう時間が残されていないと焦りが俺を燃えさせてくる。とりあえずやらないといけない仕事だけやっつけて俺の顧客から頼まれている会社を探すためとある人物から提携先として良い会社をご紹介頂いたので、訪問させて頂く事にした。そこは専門のM&Aをされている方でオッサンが出てくるかと思ったのだが、若い方が出てこられて、よく金融系の人が醸し出す世の中、金でっせ的なノリではなく、まずは信用第一、出来る人と組んで着実に利益を出していくタイプの会社さんだった。俺は宮崎の再生プロジェクトをやっているのだが、金になるかわからないし、何をするにしても金がないと話にならないので、自分の特性(大物に好かれて、足で稼ぐ営業)に合ったこうしたM&Aの仕事をして活動資金を稼ぐために頑張っている。

M&Aの仕事自体は面白いし、チャンスはあるのだが、一つ問題点が生じてきて、基本は機密保持契約を結ぶので、今まで以上にオブラートに包まないといけなくなる事だ。実際には凄い経験をさせてもらっているのだが、こうしたメディアには載せる危険性があるので、ブログのネタがあっても出す事は信頼を裏切る事になるので、出せないのだ。という事でここは通常、提携はしてくれないのだが、紹介という事と俺の経営方針が彼等と合うので付き合ってもらえる事になった。でも何処も同じだと思ったのだが、M&Aで良い仕事をしようと思うと自分の足で動いて、社長を説得して掘り出し物、デモノを見つけてこないといけない。そしてデモノの見つけるには嗅覚と人柄と根性が重要になってくる。組織でやってどうかというより、個人の説得力と人間性がものを言う世界なので、俺にも分があると思い、中心事業としている。

事務所に戻ってからさすがに会社の仕事に穴を空ける訳にはいかないので、急ピッチで仕事を片付けていく。ダイヤの仕事も超オペレーションで獲得。俺に頼めば無茶なものでも納期はきちっと守るやるという実績をしっかり作り、勝手に仕事が受注出来る様にして、うざい客は時間と労力の無駄になるので切る。うちの部はGMの方針で、人員も少なく、彼は最年少なので、年上のマネジメントからアラフォーの人達の様なお荷物的な人を押し付けられていて、彼等は自分達が出来ていると思っているし、年下の俺の事なんて軽く見ているので、仕事が国内にも海外に出せず(海外は覚える気のない人間がいたり、優秀なヤツはギャラの良いところにすぐに移る)、結局、俺が捌く事になる。もう定期も買っていないし、もう間もなく俺は会社に退職の意思を伝える。そんな事を考えていると通勤電車も名残惜しく思えてきた。

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September 28, 2010

政戦両略&県庁と財界を動かした炎の突破力 アジア富裕層向けインバウンド・ビジネス&対リップルウッドMBO

今日もお仕事。おにぎりをモグモグやりながらアラフォーの人達が今度の週末に何処に遊びにいこうとか、話しているのを聞き流しつつ、仕事を黙々と捌いて、時間ギリギリまで仕事を進めていく。今日はお昼にランチの約束があったので恵比寿へと向った。会ったのはシーガイアのとある人物(名前はあえて伏せておく)、俺は雨の中、傘を忘れてしまったので、走って彼等の事務所に向った。だけど待合わせは恵比寿の駅という事で戻って彼に会うとびしょ濡れな俺を見て、何でそこまでやるんだと表情をしたので、ビジネスマンである以上、約束の時間と場所には何が何でも行かないといけないと話をした。俺には気合いと根性しかない、今まで数多くの困難が俺の前に立ちはだかったが、全て炎の様な情熱と信念で突破してきた。勝利と自分の正義を信じて、命を賭して戦いに臨む、その覚悟が俺を救ってきた。

彼から恵比寿にあるホテルマンが勧める美味しいお店を紹介して頂き、俺が今の宮崎について感じている事やどうして宮崎の再生プロジェクトをやる様になったのか経緯やら話をした。彼は大いに感心してくれて、今まで初めて会ったタイプだと仰った。俺がユダヤ人大富豪との事業を成功させるために県庁の東京事務所に直談判に向かい、所長に向って、宮崎を変えなければ尊い命が犠牲になるとアツく話をして、彼の心を動かして、県庁の総合政策課と呼ばれるエキスパートが集まる部隊の課長を紹介してもらい、その方が母の里の延岡出身で、彼の親戚が父親の里のとある町である事が判明し、その土地の者でしかわからない言葉を話して、あなたの事を会わなくても信用します(笑)と言葉を頂いた話をすると、凄い、今まで多くの人が突破出来なかった事をこうも易々と出来るのは信じられないと仰った。

畜産農家の方は一時金はもらえたが、再生させるのは本当に難しいだろう。おそらく他の仕事に移らないといけない、そうなってくると金のない家は夜逃げ、借金を苦に自殺、そして子供達は貧しさ故に学校で虐められて惨めな思いをするだろう。そういう家族を少しでも救うために新たな雇用の受け皿を用意しないといけないし、産業の振興を行わなければならない。その方の家も代々、宮崎県に尽くされた方だが、親父の話によると(怪)、うちの家は名家であり、その直系の子孫として再生に尽力するのは当然の義であると話し、皆さんの推挙を得て、俺の信用で宮崎銀行から金を借りると話をした。サラリーマンでは決して出来ないリスクの取り方、彼等も財界を中心とした仲良しクラブ的動きに嫌気が刺していて、がんたれで愚連隊の親分的、リアルサラリーマン金太郎の様な俺の登場を待っていたらしい。

彼に新たに収益率を高める方法と仲良しクラブではなく、韓国や台湾、中国、香港、シンガポール等の各国政府との交渉の仕方、航空会社の様なキャリアとの折衝の仕方について具体的にどう進めるべきか話をした。流通革命についても話をして、彼等はそれをすれば世界は変わると仰ってくれて、俺は宮崎県を流通革命のモデルケースとして再生させて、他の県及び日本全国の自治体を再生させる考えだと彼に伝えた。そして、財界の長老達には名誉を与え、俺が実を取り、若くて優秀な人材を登用し、世界を視野に入れて活躍できる人材を育てようという構想を話した。俺が儲けたらリップルウッドからのMBOのスポンサーになっても構わないし、宮崎がこれから真に独立していくために荀 彧の如く、政戦両略に渡り策を講じて、自ら指揮を執り、成果を実現して、宮崎に伝説を創ると意志を伝えた。

その後、彼と固い握手を交わして、別れる。運命の社長から、俺は今まで多くの人間を見てきたが、あの男を超える男を見た事がないと評価された。彼は日本の財界人だから、彼やユダヤ人大富豪、世界のエグゼクティブ、王族達が彼は真の侍だと評価してもらえる様に俺はプルトニウム型のパワーで世界を動かしていく。自宅に早めについて普段は取らない電話を取ると財界の会長から電話をもらい、先程の人から俺のルーツのある里に財界の視察団が訪問する情報を得ていたので、話をすると会長はそうだと仰った。彼に親父の友達の有力者等を紹介しておいて、俺が正統な後継者である事をしってもらい、財界の支援を得られる様にしておく。俺は目立たなくて良い、長老達に花を持たせて実権だけは俺が掌握する。若者が自信を付けて自立出来る段階で、俺は彼等のもとを去るために次の手を打つ。

愚連隊
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%84%9A%E9%80%A3%E9%9A%8A

シーガイア
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%82%AC%E3%82%A4%E3%82%A2

リップルウッド
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%97%E3%83%AB%E3%82%A6%E3%83%83%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%82%B9

MBO
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%8D%E3%82%B8%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%90%E3%82%A4%E3%82%A2%E3%82%A6%E3%83%88

荀 彧
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8D%80%E3%82%A4%E3%82%AF

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September 27, 2010

相続税対策のM&Aとクラウド・コンピューティングSaaSモデル特許技術のスタートアップ

今日は雨、家にいる時はかなりのやる気がない人間なので、外に出るまでがかなり憂鬱になる。外に出た瞬間、気合いを入れて仕事をやる気にする。何時ものおにぎりを食べてウコン茶を飲みながら、何時もの通りに仕事を捌いていく。連休後の月曜日なのでゆったりと時は流れていった。お昼前に外出をしてとある会計&税理士事務所の訪問する。俺は子供の頃はがんたれ児(悪童)と呼ばれ、社会人一年の時には超問題児と呼ばれ、上場企業の社長やらベンチャーの経営者にぶちかましていた。今でもその時の人脈が生きていて、たまに会ったりしているのだが、その時に仲良くなった公認会計士の社長に会いに行った。彼とは全然、仕事の話をせず、グルメ仲間というべきか、ゆるーく繋がっていたのだが、実はM&Aや相続税の対策に関してプロで、顧問とも先日会ったらしく、話を聞くと新事実が発見された。

顧問の案件は別として、全然、知らない仲でもないので話はスムーズで、顧問とは別のルートで取引をする事になった。仕事が上手くいけばまた飯でも行きましょうよというノリで、情報を交換させてもらった。彼と別れた後で、移動をしてミヤケ・イッセイの顧問をしていたオッサンと会った。彼の技術等を聞くとアメリカに特許の出願をしていて、グローバルで対応出来るモデルである事がわかった。俺はロジスティックスが専門なのだが、一応、クラウド・コンピューティングもわかるので、彼がSaaSでサービスを提供したいと申し出てきて、俺が英語と中国語を話せて、ファイナンスとIT、ロジスティックスがわかり、セールスとマーケティングに卓越した能力を持っているので、彼の技術をベースに資金調達を行い、俺に役員になってもらいたいと申し出てきた。彼は色々と人を見た上で、ダメンズな俺を引き込もうと思った様だ。

ちなみに資金調達を行う際に重要なのはビジネス自体の競争優位性もさる事ながら、大切なのはマネジメントのチームが重要になる。クラウドの技術を伴うので、社長は技術もわかる人間の方が良いだろうが、俺がマネジメントのチームに入る事で資金も集まり易いという事で俺が選ばれた。事業計画書から顧客のリストもあるので、マネジメントチームが決まれば資金調達に向けて動ける。人材についても彼自身がバングラディッシュの有力者とのパイプがあるので、現地の優秀な人材を調達出来るそうだ。俺は英語は全然、問題ないので、マネジメントは日本人で、後は優秀な外国人という組織も対応可能。財界の大物のオッサンについては義理立てだけして、具体的な事業は我々で進める事になった。オッサンも俺を掴んだら離さないだろうけど、俺は楽しい仲間と大義がなければ仕事はやらない。

その後、移動しながらラスベガス行きの航空券の手配を進め、プライベートジェットに関する打ち合わせの日取りを決め、宮崎県庁と電話をしたりした。事務所に戻ってダイヤや他の財閥の仕事を捌き、ある程度やった所で帰宅する事にした。家に戻ってご飯を食べていると宮崎県庁から電話がかかってくる。担当の責任者の方が、延岡出身の方で俺の一族が住んでいる里の事を知っていて、その土地の者でしか決してわからない呼び名を呼んだ。俺はその集落で使われている特有の方言を話せるので、その言葉で話すと信頼してもらえた。俺は身分がしっかりしているし、戸籍を見れば俺が一族の長になるのははっきりしている。先祖が何をしてきたのか全て県は把握できるので、いくらでも調べてくれと言うと、信用しています(笑)と返事が返ってきて、しかるべき人間をご紹介しますと連絡をもらえた。

その後、親父が弟に電話をしようとして間違えて俺に電話をしてしまったらしく、親父に現在の状況を話すと、親父は俺の男気に感動してくれてとても嬉しいと言ってくれた。親父の一族の従兄弟達も俺がやると言うと一族総出で動く。彼等にも俺の指揮の下、仕事をさせて、周りの人間に示しが付くように厳しく俺が監督すると親父に話した。この仕事はユダヤ人大富豪に日本で可能性のあるビジネスは何かと話した事から始まり、口蹄疫の問題が発生して、宮崎牛を救う会に俺が出席した所から始まる。宮崎に関わる方々が俺の思いに共感してくれて動いてくれて、結果はどうなるかわからないが、再生に向けて着実に歩んでいる。俺が事を成して、宮崎に再び希望の光を甦らせた時には先祖代々の墓に参って結果の報告をしようと思っている。日本でダメ男だと言われた人間でも何か出来ると信じて俺は動く。

SaaS
http://ja.wikipedia.org/wiki/SaaS

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September 25, 2010

ダメンズ克服計画・フェニックス・シーガイア・リゾートの再生@宮崎わけもんフォーラム

今日は表参道で野菜のランチを取り、女性の友人にダメンズを克服するための相談をさせてもらった。彼女の話によると女性が重視する男性のポイントは本能的に仕事が出来る(生活力がある)、優しい(女性を楽しませたり、気分よく過ごさせる)、護ってくれる(安全の確保)のが良いらしい。ルックスとかそういう事ではなく、大切なのはその三つだという事だ。俺自身、努力はしているが、全然もてる事が出来ない。むしろバカにされる俺という存在は、論外だと言う事だ。努力の方向性はわかったので、きちんと評価して頂ける為にまずは仕事の出来る男になる事、女性に対して優しくする事、今の臆病な性格を強くて勇ましい性格に変え、体を鍛えて強くなろうと思った。俺はこれでも頑張ってきたつもりだけど、まだまだ甘かったんだと反省をする。まだ時間は残されていると自分を励まして、機会を手に入れようと思った。

その後、宮崎を共に愛する方から紹介してもらった宮崎わけもんフォーラムに参加する。まず驚いたのが、宮崎県出身者が入れる寮があり、そこを中心に宮崎県の出身者のコミュニティが存在する事。運営のメンバーも手弁当で参加している。俺は東京に来て7年目になるが、これだけの宮崎県の出身者が集まるイベントは初めてだった。俺の故郷の漁師町の話をすると、知っている人がかなりいて、さすがに出身者は俺しかいなかったが、延岡出身の人には俺の幼稚園の後輩がいた。俺の羊飼い8の話をすると、彼女の弟は羊だったらしい。俺はまだ人間の役をもらえて良かったと思った(笑)当時、がんたれ児(宮崎の方言で可愛げのある悪童という意味)と呼ばれ、悪戯と喧嘩にあけくれる毎日、宮崎の大自然に育まれて、貧しいながらにもすくすく育った日々の事を思い出した。

今回はフェニックス・シーガイア・リゾートの再生がどの様に行われたのかを営業部長の萩原さんからご説明頂いた。俺自身、失礼ながら宮崎に全く期待はしていなかったのだが、萩原さんをはじめ、アツい思いで宮崎にお客様を呼ぼうという人々の努力で、ホテルは黒字に転換し、今後はアジアの市場を目指して特に中国の観光客を誘致するために努力をされるとの事だった。宮崎はご存知の通り、人はとても良い、親切で温かい人がいるのだが、豊かな土地なので、何もしなくても食おうと思えば食っていけるのか、のんびりしていてやる気があまりない。保守的で、子供の頃から祖父母と過ごし、大家族の影響があるのか、在京の人間には郷土愛がある。快晴の日が多いので、根はとても明るく、のりが良いのでラテン系に近い。特にこんなイベントに来ている人々はただでさえフィルターがかかっているので明るかった。

皆とシーガイアをどう盛り上げていくか計画を練っていく。俺達のグループは神話・宮崎・ラテンというキーワードで海幸・山幸ツアー(神話に因んで魚と猪を自分で調達)と神楽サンバ・ベリーダンス・フラメンコ(神楽の踊りの要素を入れる)と焼酎フェスタと宮崎牛マタドール、日向夏合戦(投げあい)と温泉を提案した。他の班はシニア世代向けのハネムーンツアーとかパワースポットツアーとか、トライアスロンツアーを提案した。皆で楽しい時を過ごしながら、共に宮崎の将来について話す。今日は俺が連れてきた帰国子女でT大のH学部出身の女性も参加して、宮崎の楽しさに触れてファンになってもらった。彼女が俺の今の事業を手伝ってくれるので、俺がどういう所で育って、どんな人と共に頑張ろうとしているのか見てもらう事にした。彼女は宮崎に行った事がないが、今日一日で宮崎の楽しさを知ってしまった。

その後は皆で飲みに行く。応援してくれる人は俺みたいな人間が宮崎出身だという事に驚いていた。宮崎は総理大臣を輩出した事がない。将来、どうなるかわからないが、皆、俺にどんどん大きくなってもらって、宮崎で最初の総理になってもらいたいと言ってもらえた。萩原さんとその後輩の高山さん、宮崎日日新聞の方やNHKの経済部の記者さん、県の職員さん、皆さん、其々、立場があるけど、宮崎を愛する気持ちは同じで、やろうと言ってもらえた。これから俺が様々な人々を説得して、宮崎銀行から融資を引き出して、海外に打って出る。東国原知事ももうすぐ退任されるので、宮崎の様々な方々を俺がまとめて、輸出産業と観光、そして金融センターとして大きく成長させたい。どうなるかわからないけど、正しいと思う事、それを信じて、世界から凄い奴等をどんどん呼んできて俺はやろうと思った。

宮崎わけもんフォーラム
http://ameblo.jp/wakemon/archive1-201009.html

フェニックス・シーガイア・リゾート
http://www.seagaia.co.jp/index.html

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