October 2010
October 30, 2010
政と祭の意味(古代の日本のミステリー) 高千穂神楽との関わり(自分の名前が凄く嫌だった過去)
今日は顧問と会議だったのだが、顧問が忘れてしまって家族と旅行に行ったので、延期になった。部下に最近の進捗状況を教えて、情報を共有する。その後、ベガスのプロジェクトを共にしている日本人の方と合流してランチミーティングを行う。ここ最近の状況等を話して、今後、どう進めていくのか話をした。俺も自分が何か特別な力を持っていると思わなければ何も感じないのだが、皆、俺の第六感を信じて仕事をしてくれている。宮家とか世界の大富豪とか出てきて、常人の能力ではこの波を乗り越えられない、一種のオカルトに近い、直感でなければ何が正しいのかわからないし、間違った方向に走ると波に飲み込まれてしまう。その時に役に立つのが俺のオカルトパワーで、電車の事故等で30分以上待った事はないし、殆ど雨にやられないし、街中で知り合いに普通に会える力を判断の材料にする。
今日も帰りが台風で電車が止まりそうだったので、俺のオカルトパワーで正しい導きを出して、何も問題なく帰る事が出来た。こういう時に俺が止めておけと言った忠告を守らない人間がいる、大抵、俺の忠告を守らない人間は悲惨な末路が待っているので、勇気がある人は試してみれば良い。ブログでは当然、書けないレベルの人達と日常的に付き合い、色んな試みをしている。パートナーの方も日本の歴史と支配層の移り変わりに興味があったので、天皇家の本来の仕事と政と祭の事について説明してあげた。皆、何気なく盆踊りをしたり、神社に行っているのだが、古代に何の目的で建てられたのかというと一つは農業中心の生活で天気予報もないので、祈祷を行い、安定した収穫を確保するため。俺も何となくは感じていたが、歴史の教科書ではこういう重要な部分は書いてなくて、古事記や日本書紀で古代日本の歴史について書かれている。
祭というのは神様に感謝して、人々の生活を保障し、安心させる事。政は実際に収穫したものを使い、収穫を増やすには、安全を確保するには、どういう政治を行うかという目的で行われた。俺の名前のルーツは諏訪大社にあって、朝廷から派遣されて、祭祀を行う一族と俺の一族、軍事と政治を行う一族と別れて、一帯を支配した。そこから源平合戦の時に源義仲と京に向かい、西に下って、宮崎に落ち着いたというのが言い伝えとして残っている。そして親父の話だと30代以上の過去に遡って、歴史を辿る事が出来るらしい(笑)親としては最高の字画とバランスでつけてくれたのに、10代の頃はオカルトパワーは発動していなかったので、珍しい苗字である名前と、自分の名前が凄く嫌いだった。ただ、その名に込められた意味や古代の歴史から受け継がれている歴史を知ると自分の名前に誇りを持てる様になった。
今でも俺の苗字は長野県の一帯に多く使われていて、高千穂神楽にとって欠かせないものになっている。そして自分が名前のルーツを知る度に赤い楯やらアラブの王族、タタ財閥、日本の財閥等、出てくる様になって、子供の頃からの自分の夢だった世界の真実を知るという目的が達成されそうになってきている。ちなみに日露戦争を資金面でサポートしたのがジョイコブ・シフであり、その曾孫がアル・ゴアの娘と結婚している。普通に生活していてそれ程、関わる事はないのだが、俺の場合は体に流れている血が引き寄せてしまうので、俺の存在自体、何かの鍵になっていると思う。いずれ大業を成す、だからこそ、このブログを書き続けてこられたし、結果も伴ってきた。もう一つの子供の頃からの夢は宇宙の神秘を解明する事、その夢に没頭する頃には結婚して、色んな事から解放されているだろう。
祭
http://homepage3.nifty.com/muzina-press/kagura/items.htm
高千穂神楽
http://homepage3.nifty.com/muzina-press/kagura/items.htm
ジェイコブ・シフ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%82%A4%E3%82%B3%E3%83%96%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%95
赤い楯
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%A0%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%88%E3%82%B7%E3%83%AB%E3%83%88
今日も帰りが台風で電車が止まりそうだったので、俺のオカルトパワーで正しい導きを出して、何も問題なく帰る事が出来た。こういう時に俺が止めておけと言った忠告を守らない人間がいる、大抵、俺の忠告を守らない人間は悲惨な末路が待っているので、勇気がある人は試してみれば良い。ブログでは当然、書けないレベルの人達と日常的に付き合い、色んな試みをしている。パートナーの方も日本の歴史と支配層の移り変わりに興味があったので、天皇家の本来の仕事と政と祭の事について説明してあげた。皆、何気なく盆踊りをしたり、神社に行っているのだが、古代に何の目的で建てられたのかというと一つは農業中心の生活で天気予報もないので、祈祷を行い、安定した収穫を確保するため。俺も何となくは感じていたが、歴史の教科書ではこういう重要な部分は書いてなくて、古事記や日本書紀で古代日本の歴史について書かれている。
祭というのは神様に感謝して、人々の生活を保障し、安心させる事。政は実際に収穫したものを使い、収穫を増やすには、安全を確保するには、どういう政治を行うかという目的で行われた。俺の名前のルーツは諏訪大社にあって、朝廷から派遣されて、祭祀を行う一族と俺の一族、軍事と政治を行う一族と別れて、一帯を支配した。そこから源平合戦の時に源義仲と京に向かい、西に下って、宮崎に落ち着いたというのが言い伝えとして残っている。そして親父の話だと30代以上の過去に遡って、歴史を辿る事が出来るらしい(笑)親としては最高の字画とバランスでつけてくれたのに、10代の頃はオカルトパワーは発動していなかったので、珍しい苗字である名前と、自分の名前が凄く嫌いだった。ただ、その名に込められた意味や古代の歴史から受け継がれている歴史を知ると自分の名前に誇りを持てる様になった。
今でも俺の苗字は長野県の一帯に多く使われていて、高千穂神楽にとって欠かせないものになっている。そして自分が名前のルーツを知る度に赤い楯やらアラブの王族、タタ財閥、日本の財閥等、出てくる様になって、子供の頃からの自分の夢だった世界の真実を知るという目的が達成されそうになってきている。ちなみに日露戦争を資金面でサポートしたのがジョイコブ・シフであり、その曾孫がアル・ゴアの娘と結婚している。普通に生活していてそれ程、関わる事はないのだが、俺の場合は体に流れている血が引き寄せてしまうので、俺の存在自体、何かの鍵になっていると思う。いずれ大業を成す、だからこそ、このブログを書き続けてこられたし、結果も伴ってきた。もう一つの子供の頃からの夢は宇宙の神秘を解明する事、その夢に没頭する頃には結婚して、色んな事から解放されているだろう。
祭
http://homepage3.nifty.com/muzina-press/kagura/items.htm
高千穂神楽
http://homepage3.nifty.com/muzina-press/kagura/items.htm
ジェイコブ・シフ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%82%A4%E3%82%B3%E3%83%96%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%95
赤い楯
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%A0%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%88%E3%82%B7%E3%83%AB%E3%83%88
October 29, 2010
もしもストイックじゃなかったら インドクロスカウンター(インド工科大学・タタ財閥) 篠塚ジャイアンツ打撃コーチ&娘と遭遇
今日も仕事。連日の疲労が蓄積している事と気温が大きく変わった事で、風邪気味になっている。毎日、人一倍やっているからその分、苦しい。だけどここで負けたら俺は俺でなくなると思って、気合いを入れて仕事をする。部の中で重要な顧客を任されているためにそれだけ高度な仕事をしていかないと顧客から継続的に利用してもらえない。周囲との連携も必要で、関係各位の了解を取り付けながら、組織的に仕事を進めていく。お昼に自分の会社の事務があったので、法務局に行き、手続きを済ませる。総務から経理から営業から全て俺がみないと会社はまわらない。愚痴も言えないし、期待もされているので、裏切る訳にはいかない。お昼の時に女性の方々がスティーブ・ジョブズとかトップの人達は物凄くストイックにやっていて、一日でも休むとそれを取り戻すのに1週間はかかるよね・・・と言っていた。確かにトップであり続けるにはそれ位、厳しくないと続かない。
その隣りではゆるーく海外旅行の話をしていた。俺も気楽に何も考えずに旅もしたい。出来ないと言いたい・・・そう言うのは簡単なんだが、何故かそういう言葉を発する気にはならない。社長という立場もあって、親をはじめ皆に頼られているので、俺がここで倒れる訳にはいかない。俺自身がその役目を終えるのは経済的にも社会的にも一定の成果を出した段階で、責任を全うし、要職から離れた時だと思っている。一人で飯を食いながら、羨ましいな・・・と思った。そこから俺が深夜に仕込んでおいたインド人のトップレベルの人に対するクロスカウンターが発動する。その人はインド工科大学出身で、タタ財閥と繫がりがあり、世界のエグゼクティブとも付き合い、俺は面識はあったのだが、そのままにしておいた人だ。彼からちょっとした連絡があり、彼が食いつきそうなネタを提供して、彼とのランチミーティングの条件を引き出し、そこに更に俺の仕掛け(インド進出)をもってきた。
このカウンターが決まれば更にコンボが発生して、もっと大きな動きとなる。その後は事務所に戻って、大手の仕事を何社も一人でこなす。アラフォーの人達は仕事を任されていないが、自分達の方が仕事が出来ると思っているので、俺にあれやれこれやれと言ってくる。忙しそうにすると機嫌が悪くなる。そもそも組織の上下を年齢で決めている節があり、自分の事がわからないので、最年少の俺が雑用を処理しないといけない。全ての仕事を完璧にこなして、家に戻り、疲れて体調が優れないので、美味しいものを食べようと思って、近所のスーパーに行くと高校生の可愛い女の子に腕組みをされている見覚えのあるオッサンがいた。よく見ると篠塚ジャイアンツ打撃コーチではないか(笑)トレパンなので、よく見ないと本人と気付かない、もしくは若い女の子と遊んでいるオヤジに間違えられるが、途中でオバサンに気付かれて、色々と説明を求められていた(笑)
インド工科大学
タタ財閥
篠塚和典
October 28, 2010
東京証券市場と香港証券市場の比較とリスクマネー投資会社の状況
今日もお仕事。朝がやたら寒くて仕事に行く気がなくなる。眠いのを我慢し、気合いで体を起こして仕事に向う。仕事は何時もの様なペースで行い、特に何も問題は発生しない。事務処理から様々な事を処理する。今日はお昼にミヤケ・イッセイの顧問をしていたり、アパレルではかなりの実績をお持ちの方で、以前、ブログに登場した彼と話をした。彼と言っても俺の親父の方がはるかに歳が近く、俺は見込みがあるので、大事にしてもらっている。彼の後輩が某有名なコンビニの重役で、普通に話が出来る。彼は現在、日系の金融機関と香港系の金融機関に対して数億円の資金調達を行っており、色々と状況を説明してくれた。彼の考えでは香港で会社を登記する様だ。というのも日本の市場は規制だらけで、何も自由な事が出来ないし、市場の成長率と税率が高く、企業にとって魅力がない。香港は自由だし、資金も集まり易く、中国市場が背後には存在する。
また日本では投資の意思決定をするのはオヤジと決まっているのだが、香港では若い人間が現場でリスクマネーに対する投資の意思決定を行う。日本の若い子達がやっと仕事を覚えた頃には香港の若い子は数百億とかの資金を運用する様な人間となり、俺とか企業家の助言をする立場になっているのだ。日本という保護された環境でぬるくやっていればそれ相応の実力しか身に付かない。香港とかシンガポールのやる気のある連中はビジネスに対して物凄く積極的だ。俺自身、能力には然程、差はないし、日本人は他のアジアの人々に比べて有利なポジションにあるが、時間の使い方と環境の問題で、日本の若者がのんびりしている間に彼等はどんどん成長していく。彼からこういう可能性があるので、営業してくれたらこういう形でのコミッションもあると話をもらった。とにかく色んな有難いお話を頂戴する。彼と話をつけてからとある場所へ向い、仕事を色々と行う。
携帯で状況を確認していていると、ユダヤ人大富豪のプロジェクトがアメリカ側とのコミュニケーションの問題で上手くいってない事が報告されていた。日本人の方に聞くと、双方、譲らないので、話が進まなくなっているという。そこで日本側の社長に俺が電話をして、こうこうこういう事情で何とかお願いしますよと電話してみた。すると、社長からしょうがないな・・・実は・・・と答え、それを日本人の方に伝えると、さすがせーじさん、凄いよの大絶賛。ビジネスは条件も重要だが、人が動かすものなので、コミュニケーション能力は一番重要。そこは豪腕で一気に話をまとめてしまう。会社に戻ると財閥の会社から、あの書類を出して欲しいとか、こうして欲しいとか色々と注文を受ける。全て俺が手作業で処理を行い、問題を解決する。大手の企業を相手にしていると、対会社としての付き合い方を学べる。人生、何事も勉強だし、意識次第で色んな事が見えると考えて帰った。
October 27, 2010
エグゼクティブの隣りの席 現役の商社マンからの貿易の鍵になる情報提供
今日も当然、仕事。サラリーマンの仕事は楽勝だし、フルでやれば役員でも社長でもなれる、だけど俺には大企業で偉くなったオジサンに反発していたという過去の経緯と親父が事業に失敗したという過去があるので、どうしても事業で成功して、挑戦する人間が偉いと認めさせたい。別にオジサンに対して何もないけど、日本の現状を見て、何か上手く出し抜いたり、正攻法ではなく、テクニックで渡りきる様な連中がいるので、きちんと収益を上げて社会貢献するという形で結果を残したい。俺はまだ退職について話せていないが、今は人事についてつめている状況で、GMが冗談混じりに社長の隣りの席はどうだ?と勧めてくる。俺はもう2年、社長と仕事をしてきたので、エグゼクティブがどんなに危険なのかという事を身に染みてわかっている。出来ないという事は言えない、徹底して努力をして、不可能だという事が証明されるまでやらされる。
更にもし何か障害になっている事がマネジメントが意図的に隠している事であれば、俺は恨みを買う。トップダウンで決まってしまうために、何か不利益を被る人がいれば俺はその人から恨みを買う。そして、結果を出した所で大して評価はされない。その結果で満足せずに更に高いレベルの要求をされる。そんな状況で客との会話を社長が聞ける状況であればウカウカと話が出来ないし、常に静かにやらないといけない。アラフォーの人達については社長は諦めているので、厳しくは言わないが俺とかに対しては期待しているので、要求が厳しくなる。リスクの割にはリターンが少な過ぎるので、誰も近くに行こうとはしない。近くにいるのは社長のお付きでプロジェクトをやっている連中のみ。その彼等は社長のヨイショをしながら楽をしているが、社長がいなくなれば飯が食えなくなる。社長室は色んな人間模様が見れるので、人生の色んな事を学べる。
今日は大型案件の受注を目指してGMととある総合商社に向う。商談を無事に終えて、GMからお褒めの言葉をもらった。俺は会社が求める大きな案件しか狙わない。GM的にはレポートが書けて、部としての利益が出ていれば何も文句はないので、俺とかの仕事が頼りになるという。今後の組織体制についても説明があり、来期も戦力として期待しているとお言葉を頂いた。彼自身は立場があるのだが、信頼出来る上司であり、もう3年目の部下になるので気心はしれている。彼にとっても俺は使い易いだろうが、俺としてはもう辞めないといけない。辞めるという事は胸にしまったままで彼の話を聞いた。その後はとある商社に向う。そこには俺の田舎を知っている商社マンがいて、彼の奥さんが延岡出身なので、俺に対してはとても優しい。彼は現役の商社マンであり、書類の作成から商談から全てをこなして貿易のイロハを知っているので、話を聞いてみた。
再生事業の説明をして、仕事の中でポイントになる事は何かと話を伺った。するとポイントになるのは、決済と与信管理の部分。それと契約と条件の交渉。与信管理を甘くすると仕事は取れるが、不渡りや回収不能の債権を持つ可能性も出てくる。更にハードルを上げれば、仕事は取れないし、銀行のコストがかかる。契約についても先方は出来るだけギリギリのタイミングで結びたいし、こちらは早めに契約を結びたい。まして俺が今度、扱う生鮮食品となると輸送の手配とか商品管理の問題も考えて、先方と交渉を進めないといけない。コスト管理から優遇税制等も緻密に管理して、少ない利益を積み上げて商売はやっと成り立つ。最初は俺が突破口を開くつもりだが、宮崎の人々にここまで緻密なビジネスが出来るのか、東京でバリバリやっている連中でも大変な事を地方でのんびりと過ごして、外国人に免疫のない人にやってもらわないといけない。
ただ、彼のおかげで何がポイントになって勝負を何処ですれば良いのかについては理解できた。とにかく小さな利益を積み上げて、大きな商売にしていく事。どうやってリスクコントロールして顔の見えない相手と商売をするのか考える事のポイントは理解できた。彼も出来れば大好きな宮崎で仕事がしたいらしい。俺も延岡なら親戚がいるし、叔父さんをはじめ、従兄弟達がたくさんいるので、生活だけを考えたら宮崎はとても暮らし易い。だけど俺が宮崎の未来の突破口を開かないとあの県はただのお人よしの県になってしまうので、商売がきちっと出来て食べていける県にしないといけない。事務所に戻ってダイヤの件を本社のえらさんに相談すると撃沈された。ある意味、俺が去るのと同時に商売がなくなった。この会社で色んな事をさせてもらった。辛い事も悲しい事も、理不尽な事も、全て感謝して、学んだ事を未来に活かしたい。もう誰も俺を叱らないのだから。
October 26, 2010
ハゲタカ事業に対する偏見と地方に資本の論理を根付かせる難しさ@サルヴァトーレ・クオモ・ブロス代官山
今日も仕事。仕事はやるにはやるが、新規を取りにいく気力は当然ないし、与えられた仕事を問題なく処理をする事に意識を集中する。本社から責任者が来て、昨今の事業の状況について説明があり、質疑応答が繰り返された。去年の酷い状況を脱して、まだまだ不安定ながらにも状況は改善してきている。うちの会社は他社と比較して余裕があるため、会議も然程、厳しいものではなく、程なく終了した。その後は、宮崎の有名な会社を買収して現在は事業の再生に取り組まれている社長さんとランチを共にした。その方がその会社を買ったのは5年前、その方自身は買収を行った当事者ではなかったのだが、社長にさせられて、宮崎に単身、乗り込む事になった。当時はハゲタカとかテレビの影響で、何時、売却するとか生活を滅茶苦茶にされるんじゃないかとか物凄い距離を置かれていた様なのだが、コミュニケーションを図り、5年の歳月でかなり打ち解ける様になった。
東京でファイナンスの仕事をしたり、資本主義というものを理解してグローバルで仕事をしていればわかるが、地方で毎日の生活の事を考えて生きている人にいきなりバイアウトとか言われても何の事かわからない。資本市場における金融の役割であったり、価値が目減りしているものに資本をつけて、人とものを投入し価値を増大させる事業についても勉強していなければ何もわからない。俺の親戚もそうだが、宮崎で実業家として成功している人は先祖代々、自己資金で事業を代々、大きくしてきた人々で、市場もないので、それ程、大きな資本を必要としない。中央で勉強して地方に戻るのも銀行や公務員で、彼等は基本的に安定を求めているので、何かをやろうという気概もない。そういう世の中を見て、勉強が出来るなら、叔父さんが言った様に手堅く生きていくのも一つの道かもしれないが、俺は自分の人生の答えのために一度の人生だから大きな賭けに出て行く。
彼が実際にどういう経験をしてきたのか、俺の現状を話して、どう銀行やら財界の人間を説得すれば良いのか助言を頂いた。俺も彼も必死で厳しい環境に飛び込み、キャリアを築いてきた。思い返せば色んな辛い事もあったが、自分としては後悔していないし、だからこそこうして自分の新たな道を選択する事が出来る。そういう俺達の周りにはどこから集まったのかわからないマダムがランチをわいわいガヤガヤ楽しんでいた。彼女達が消費を牽引し、俺自身、ビジネスを想定する際に彼女達が何をしてもらえればお金を使うのか考えて組み立てる。ただ、日本の経済は今後、縮小していく状況で、旦那がいくらもらっているのかしらないが、世間の大半がパートだとか生活費を切り詰めてやっている中で、こういう優雅な生活が出来なくなる人も出てくると思った。生活の破綻=離婚となるし、家庭が崩壊している人をたくさん見てきたが、もう少し何とかならないかと思った。
今日の天気は何時でも雨が降りそうなどんよりとした天気。天気が世界の未来を暗示するかの様に今年から、世界のお金の流れががらりと変わり、秩序が大きく変化しようとしている。今までの既得権を持っている人間も当然、その収入を断たれれば、惨めな思いをする。よく世間で雑誌に載っていてセレブ妻と評されているが、本当のセレブ妻は静かにやっている。うちの妹も旦那が仕事を頑張っている時は自分は贅沢しないし、俺の嫁が俺が一生懸命稼いだ金を湯水の様に使うのであれば色々と考える。ただ、こういう事は言ったところで無駄だろうし、自分としては如何に金を使ってもらうかという事を考えて、後は自己責任でお願いしようと考えた。話は元に戻すが、地方だと消費する施設も少ないし、貨幣経済も上手く回っていない。そして啓蒙する人材にも乏しい。俺がやろうとしている事とかあまり理解をしてくれないだろうし、おそらく相当、大変になるだろうと考えた。
彼とサルヴァトーレ・クオモ・ブロス 代官山でのランチを終えて、今後、協力していこうという事になった。問題は宮崎・鹿児島出身者で国際経験が豊かで、頭が切れて、性格が良くて、行動力があって、精神力と体力がある若い人材がどれだけいるのか、そういう人材がいれば将来は少しは明るいのだが・・・と考えた。少し休憩して、事務所に戻り、ダイヤの案件について協議を進める。他社が物凄く強力なものを出してきているので、今回で最後か・・・と覚悟を決めたが、偶々、本社から責任者が来ているので、最後の賭けで話をしてみる。もう、会社に何を残してもしょうがないのだが、世話になった会社だし、自分が存在した証として、置き土産を残していきたい。仕事の終了後、本社の連中と酒を飲む。バカになって、皆を楽しませて、親睦を図る。そういう会社を捨てて、自分は外に出て行く。全てが名残惜しく、また美しいのだけど、出なければ嘘をつく事になると考えた。