September 2011
September 22, 2011
海外事業戦略を構築するための打ち合わせ 海外で事業をする事の怖さと日本の権利を守る事の意義
今日は早朝に起きて支度をしてから、打ち合わせのために千葉に向かった。朝一から千葉で打ち合わせを行い、海外事業戦略を構築するための打ち合わせを行った。事前に調べてきた内容に関しては話をさせて頂き、論点を整理した上で、どうやって価値を創造し、顧客が納得する価格でサービスを提供出来るかという事を中心に考えた。この話を進める上で、どういった課題を乗り越えなければならないのか、そのコストとリスクに関して説明をする。その上で具体的にどういった観点でどの様な調査をしなければならないのか、何をすればどういうものが見えてきてどういう事が期待出来るのかを説明する。相手は素晴らしい方々なので、こちらも考えて話さないといけない。一つ一つの言葉や伝え方に関して気を使い、その内容を親友が横で確認をしている。今回のプロジェクトに関する認識を共有した上で、何処をどうすべきかに関して文書でまとめる事にした。
その後は電車で都内に移動をして新丸の内ビルに向かっていると午後から打ち合わせをするインド人のパートナーと社内で遭遇し、一緒に新丸ビルに向かう事にした。昼食を済ませてから彼らと打ち合わせをさせてもらう。こちらが彼等の進めようとしている事業に対してどういった貢献が出来るのか、競争の要因というのはどういった視点に基づいて考えるべきなのかを説明して、彼等と協業する余地があるのかについて模索する。彼等との打ち合わせを終えて、次はインドで出会った面白い会長とその側近の方と打ち合わせを行った。会長自体がオーナー経営者らしく人間味溢れて面白い事をする方なので、親友にも紹介したいという事もあり、インドで確認した彼等が手がけようとしている事業に関して、どういったお手伝いが出来るのかに関して認識の摺り合わせを行い、一旦、こちらの方で案件を見極めてみて、提案をさせてもらい先方がのれれば進めるという事にした。
その次は顧問の紹介して下さった中国事業に精通した方との打ち合わせを行う。俺自身が顧問に本当に可愛がって頂いて、感謝の気持ちに耐えないと説明を行った。その方から顧問は年齢も年齢だから、彼としては後進の育成を第一に考えていて、同郷で見込みのある若者が現れたから嬉しくてしょうがないのだろうと仰って頂いた。前回、あまり確認が出来ていなかった顧問とのその方の出会いから上海がどうやって日本と手を組みながら発展してきたのかについて話をして頂く。上海が発展し始めた時は俺達は小学生で、当時の事なんてテレビや書籍でみる二次的な情報しか知らない。当時の現場の最前線でどうやって日本人がやっていたのか話を聞かせてもらったが、非常に勉強になった。親友もせっかく同席していたので、中国での訴訟に関する問題について話を伺う。その方から上海で挨拶をしておくべき弁護士の先生をご紹介して頂いた。
俺達の様な何も知らない若造に対して、その方が仰ったのが、今はアジア、特に中国が凄いと言われているが、本当の怖さというものを今の人達は忘れている。そこの認識を持っておかないと足元をすくわれる事になるから気をつける様にと忠告して頂いた。そして今後に関して、日本人は権利を守るという意識が薄く、日本の技術とか知的財産に関して、認識の薄い中小企業になり代わって利益を守って、日本の将来に貢献して欲しいと仰って頂いた。忙しい中で俺達の面倒をみて下さっているのは、今の日本の将来を憂いて自分として謙虚さを持ち、見込みのある若者を育て、日本に貢献しようと言う思いからだった。日本人が長年蓄えてきた大切なものに価値を見出し、お金を取れる様な仕組みを作っていく事。海外の人々に負けない様に勉強を重ねて、足元をすくわれない様に考えて行動をする事、自分達のやるべき事が明確になってきた。
September 21, 2011
海外事業打ち合わせと海外投資スキームの構築における反省点
一通り打ち合わせが終わり、今後の事に関して話をした。色んな取り組みを進めていくにあたってのリスクの管理に関して、細部にまで気を配って話を進めていかないと後でトラブルを生み出す原因になる。経営者は考え続けないといけないというのはまさにその通りで、法的な問題からパートナーの事業、性格、自社の戦略と社会的な要因等の様々な要素を考えた上で最適な判断をしていかないといけない。まだまだ全然レベルは低いが、案件をこなして考える力を養っていく。自分が自信をもって前に進むにもその前提となる知識や経験がなければハッタリでやり抜かないといけないし、ハッタリが効かなければその時点で終わってしまう。ビジネスというものを考えた際に如何にリスクをコントロールして確実に価値をお金に還元出来る儲かるものを作りこめるかに本質があるので、博打的なものは出来ない。毎日が勉強であって、しっかりと学ばないとここで倒れてしまう。
September 18, 2011
空海と密教美術展 横浜中華街で華僑から土地の利用を認められた1万人に1人の手相を持つ日本人との会食 孫文と梅屋庄吉
その後、横浜に向かう。横浜中華街で土地の利用を認められるとある日本人の方と会食をするためだ。その方が何故、華僑しか土地を利用する事の出来ない横浜中華街で土地を利用する事が出来る様になったのかという事と横浜中華街の土地を誰が持っていて、どういう権利関係になっているのかを教えてもらえた。なる程、そういう事だったのかと得心をしていたら、彼の部下の社長で日本人の方だが、中山大学を卒業された方を紹介された。中山と言えば孫文、孫文と言えば梅屋庄吉、孫文と梅屋庄吉の展覧会にも行かれた様で、孫文が宋慶齢と結婚するに至った経緯に梅屋庄吉の夫人が関係している事とか、辛亥革命がどうしてなったのかという事を教えてもらった。歴史的な流れの中で、当時の中国の様に今の日本には大きな改革を求める気が流れている。その気を感じている人は去年から一斉同時に動いているとの話をした。
彼が薦める安くて美味い横浜中華街のお店に行き、食事をする。彼は既に会社を複数成功させ、娘さんも良い人と結婚して公私共に成功しているが、彼から成功する人間の条件を教えてもらった。まず第一に運の良い事、運が良い人間でなければ成功の波に乗れない。俺的に言う所の人徳とセンスの良さに尽きる。第二に異性の関係がきちんとしている事、特に金回りが良くなると遊びまわって傲慢になるので、人間関係が雑になり、相手から恨みを買う事が多くなる。とにかく異性に嫌われず、人間関係を健全に保つ事。第三は会社の中心になっている複数の人物から心から尊敬される事、要の人材が抜けると会社は崩壊していく。企業は人が一番重要。最後に金の使い方をわかっている事。成金と本当の金持ちは絶対的に異なる。金を教養のある使い方をして、金の動きをきちんとコントロールしているかどうかによる。
その食事の後で、彼から中華街を案内されていて、関帝廟の辺りにいると坊主風の占い師が彼の手相を強引にみてやると言って彼の手相をみると、何と1万人に1人の手相を持つ人物だと驚いていた。彼も俺もそらそうだろ、もう既に成功しているのだから、手相にきちっと表れていて当然だと思った。彼の手相は綺麗なますかけで、手の中に綺麗な運命線との交差がある。干支も亥なので、金が確実に貯まる相を出している。彼は強引な営業をしたその占い師にお金を出してあげた。彼は他の占い師から同じ事を言われているし、俺は自分が物凄い運を持っているのは知っているので、黙って話を聞いていた。運は天に徳を積んで良くしていくもの、成功する人間は必ず法則を知っていて、その法則の基に努力をしているから必然的に成功するのがわからないものなのかなと思っていた。成功するには正しい努力の方法をしる必要があってその感の鋭さを運とも呼べると感じた。
空海と密教美術展
http://kukai2011.jp/
孫文と梅屋庄吉
http://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=1398
September 14, 2011
ベトナム・乌鲁木齐・上海 海外ビジネスの打ち合わせ・海外事業で成功する匂いがする社長
その後、欧州でデザインの勉強をされたデザイナーの方が参加されて、話の展開が変わり、俺の話も終わったので、新丸ビルに残ってお話をして頂く事とし、俺は次のアポイント先に向かった。次の打ち合わせ場所では上海に進出したい企業様の相談を受けた。進出に関して話を聞いていると、中国の諸事情に精通しているので、こことここだけポイントでお手伝いしますと話を進めた。仕事を通じて色んな社長と話をさせてもらっているが、人間的に魅力のある方、自分の感覚で掴もうとされる方が現地の人に受け入れられると感じる。そういう社長は色んな人に助けられて、失敗を繰り返しながら逞しくなり、いずれ成功に辿り着く。そんな成功する匂いを感じさせる社長さんと出会った。その方は来週から上海に行かれるらしいが、いずれ別の機会で深く話し合い、ビジネスパートナーとして共に仕事が出来ればと共感出来る方であった。
September 11, 2011
前に進むために自分を見つめ直す時 新興国で必要とされる港湾スキル
最近は海外進出の案件をまとめるためにきちんとした資料を作り上げている。きちんとしたというのは、何を言われても殆ど正確に答えられる位までの精度まで鍛え上げたものに仕上げている。前までそうしていなかった訳ではなく、更に錬度を高めるために一つにかける時間を増やして徹底的に掘り下げ、内容を検証し、考え抜かれた提案を作る体制にした。自分自身がいけると思っていた所でも相手によっては受け入れてもらえなかったり、仕事のつめが甘いと結果を出す事が出来なかった。そこを素直に反省してどうすれば相手が納得するものが出来るのかを考え抜いて仕事をする癖を付けていく。外資系の時と違って、今はもっと周囲のレベルが上がっていて自分に要求されるアウトプットのレベルも比例しているので考え抜かなければ受け入れてはもらえない。自分の認識が甘ければ先には進めないし、乗り越えるには自分を変えていく他はない。
トレーニングも楽ではないがずっと続けている。デスクワーク中心で週末も資料整理であったり、運動からかけ離れる生活をしていると体の線が崩れていく。また何時か、まだ大丈夫という言葉を噛み締めて現実から逃げる自分があった。仕事と同様に世間の見方は厳しい。厳しい目線にあわせて自分を見つめ直さないとこちらも前には進めない。急激に身体を絞るとリバウンドであったり、身体に変調をきたしたりする。食事を無理のない様に制限したり、身体が故障しない様にゆっくりと筋力をつけていったり、自分がかつて学んできた事をいかしてじっくりやっていく。もう三週間程、続けてきたので身体の線に変化は出てきた。これを三ヶ月程、続けると部活をやっていた頃の身体に戻る。見た目から何もかもきちんと整えていく事、厳しい修練に耐えて自分の精神を鍛え直す事、新しい環境で実績を出して、自分に自信と精神的なゆとりを持たせる事が慣用と考えた。
港湾関係のプロジェクトに携わる事になったが、先日、経営者達との飲み会の席で、元大手の日系大手メーカーに勤めておられて、ミラノに在住していた方が現在は欧州系のコンサル会社の日本の代表となられており、俺のキャリアに対して関心を示して下さったので港湾関係の仕事に関して相談を頂ける事になった。関心を示された理由は元所属企業が彼が在籍していた日系大手メーカーのグローバルサプライチェーンをしていて、彼自身がその実力を知っているのと俺が総合商社から大手メーカーの大きな仕事に携わっていて、世界中の港と事務所を将来を見据えて訪ね歩いてきたという事に着目された。大手船会社の待遇は良いので、普通は辞めないし、趣味で世界を訪ね歩く俺の様な人間はいない。特に新興国で必要な尖ったスキルは俺を助けるかもしれないので、彼と仕事の話をつめるために別の機会に飲みにいきましょうという事になった。