December 2011

December 24, 2011

成田山大阪別院明王院参拝 魔除けの鍾馗

今日は成田不動尊(成田山大阪別院明王院)に参拝した。毎週、土曜日に欠かさずやっている聖地訪問なのだが、厄払いと弾除けでご利益のある成田山に訪問する。ここは以前から知っていたのだが、昔は別にわざわざ用事もないのにお寺とか巡るのもどうかと思っていたので、行く事はなく、素通りしていた。成長したかどうかわからないが、何事にも慎み深く、感謝の気持ちを持たないといけないという事でお祈りにいく。まず境内に入ると護摩焚きはしていなかったが、お祈りをしていた。俺が参拝している間にも多くの方が色んなお願い事があるみたいで、祈願のためにお経をお坊さんによんでもらう。隣りに事務所があってそこで依頼をするのだが、かなり手馴れた感があったので、多くの方々から信仰されているという感があった。そこを抜けて次は本堂に行き、祈りを捧げる。何時も同じ事、仕事や家族、御世話になっている方々の安全、そして感謝。

祈りを終えて弘法大師関係なので、八十八箇所があり、一つ一つに祈りを捧げていく。一つ一つお寺の名前を確認し、本堂と同じ要領で祈っていく。八十八回も祈っていくと最後は何ともいえない感覚になる。全ては感謝の気持ち、ありがとうございますという心になる。それを終えて大師堂や魔除けや閻魔様として有名な鍾馗、大黒天に祈りを捧げ、奥の院にある干支を奉った祠に行き、祈りを捧げる。最後に不動明王の剣をかたどったものに対して祈りを捧げてしめる。祈りを終えてから何時もの記念のお守りを買って帰る。悪い時期に動いたため運気を逃す恐れがあったのだが、これで少しは良くなったのであろうか・・・と思いつつ、これだけやってもダメならその時はその時で受け入れていくしかないと考えた。来週は一週間、海外に行くのだが、帰国後は初詣を兼ねて京都の神社巡りをして新しい一年を良く過ごすための準備を行いたいと思っている。

成田山大阪別院明王院
http://www.osaka-naritasan.or.jp/

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%88%90%E7%94%B0%E5%B1%B1%E5%A4%A7%E9%98%AA%E5%88%A5%E9%99%A2%E6%98%8E%E7%8E%8B%E9%99%A2

鍾馗
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8D%BE%E9%A6%97
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December 22, 2011

今日の接待@鮨匠なか川 インドへの送金と通貨規制

今日はインド向けの事業のために送金手続きをどうするのか、日本でインドルピーを手に入れる方法を探るために出かけた。仕事も山を越えて段取りがある程度、出来たのもあって昼食は北新地にある鮨匠なか川に向かう。金を出せば美味い所はたくさんあるが、安くて美味い所はそれ程ない。ここは値段の手頃さとは別に非常に美味しいという事だったので、並んで食べる事にした。12時をちょっと過ぎて並び、待って入ったのだが、もう既に頼めるものは海鮮丼しかなく、お願いをする事にする。店の雰囲気は厳しい顔をした職人のオッサンがいて、若い人と中堅の板さんの三人でまわしている。詳しい事は誰かが書いているだろうから適当に参照してもらいたい。最初は蟹のあんかけ豆腐が出てきた。次は煮物、その次が海鮮丼、そして漬物と赤だし。基本的に全て美味い。海鮮丼は丁寧に仕事がしてあって、軽く金粉がふってある。

醤油とか一切、テーブルに置いてないので、味がなければ頼もうと思ったが、中に適当な量だけシャリにしみこませている。カイワレの下にシラスがあり、シャリがあり、ホタテやサザエの煮たもの、マグロの漬けとか細かい仕事がしてある。漬物も赤出汁も当然、美味い。最後に紅茶のシャーベット、ミルクティー味。これで1,200円だから、皆、並ぶし、弁当とかどれだけ美味いのだと期待をしてしまう。夜は昼の十倍以上の値段がするが、これだけのものなら相当美味いのだろうと思った。基本は贅沢はしないが、目的があればお金を使う。お客が海外から来た時とか人を楽しませる時に使えるお店だと思った。待っている方がいらしたので、食事が終われば速やかに撤収する。次はインド系の銀行に向かう。インドへの送金方法、口座の開設の仕方について話を聞く。お金も当然、両替が可能かと思えば出来ないと言う。

日本全国何処でも出来ない、しょうがないからそのまま戻る。目的を全て達成出来ずにじゃあ海外は?と調べると、そもそもインドでは通貨が勝手に持ち出せない様に通貨規制されていて、実質的にインドでしかルピーを取り扱えない様になっているのだ。インドに金を送るにはデリーで両替をする以外、インド系の銀行に行って送金の手続きをするしかない。やり方を教えてもらったのだが、揃えないといけない書類が日本より多くて色々とめんどくさい。これはインドルールだし、銀行がルールを曲げてやってくれるところではない事は理解しているので、書類を揃えて出直しをする事にした。戻ってからは引き続き海外出張の準備を進める。社会人になってから何処でもお金を稼げる人間になろうと思って、殆どを海外との仕事に費やしてきたので、海外を舞台に稼ぐ準備をする。準備のおかげで来週からの上海と香港の出張に関してスケジュールがうまってきた。

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December 20, 2011

世直し塾@心斎橋 韓国で現れた流通革命 漢の韓信の如き気持ちで上海・香港出張の準備 

昨日はとある方に何度も呼ばれたので、世直し塾に参加させてもらった。自分と割りと近い世代の方々が多く参加されており、中には中華系の方もいらしたので、中国語で会話をする。同世代もしくは上の方々と話をさせてもらった。初めて参加する方が多かったのだが、世直し塾というだけあり、意識の高い方が多くいらしていた。皆さんに活動を一つ一つ説明させて頂いて、役に立てるポイントを模索する。中々、すぐにお役に立てる話はないのだが、ウェブで海外に販路を求めたい方と牛肉を販売している方とは話が噛み合いそうだったので話をした。多くの方と話をさせて頂いて、時間になったので、会が終わる事になった。先程、話をしたウェブで海外に販路を求めておられる方が帰られる所だったので、帰りをご一緒させて頂いた。帰りに海外の物流に関する話をする。ウェブの通販をやっている方なので、物流の重要性を理解して頂いて関心を持って下さった。

せっかくなので、物流の細かい話をさせてもらえたらという事で先方の事務所に向かい、海外物流の説明をさせてもらった。俺が14年前に描いた流通革命の構想に関しても話をする。その方の話だと今やっと韓国で俺が19歳の頃に思い描いたモデルが現実になり、運用されているとの話を聞いた。そのモデルを14年も前に考えていたのが凄いが、その高い志と意欲も凄いと言って頂く。19歳の時に20歳位でマイケル・デルやビル・ゲイツはアメリカではグローバル事業を志して実現させていったのに日本だったら、周りに話しても何を言っているんだ、たかが学生風情がという反応をとられた。20代の中盤で上場企業の社長クラスの方で理解して頂いたが、社会人に成り立ての若造がグローバル企業を創るとか言うと変な顔をする人が多いので、胸の中に潜めて、このビジネスのコアである物流の技術を学ぶ事に対して努力を重ねる。

本を買って勉強をする、学んだ事を検証するために自費で海外出張して、世界を見てまわる、リスクを取って積極的に仕事をして不可能を現実化させていく。その積み重ねをして30歳にしてエグゼクティブの側近に登用され、世界の主要メーカーと総合商社の物流をみる様になった。それで口蹄疫の問題が起こり、自分のやるべき事が人々を救う事だと天命が導いていると感じたので、会社を辞めて、独立をした。ブログをずっとみている人ならわかると思うが、俺は周りに何と言われようとも自分の信念は変えてこなかった。日本から世界の基準を創り、ウォルマートやアマゾンを打ち破る21世紀のビジネスモデルを備えたグローバル企業を創ると。32歳になりモデルのプロトタイプに取組める段階になってきた。俺のモデルはエコを実現し、ITによって究極の合理化を実現し、貿易と物流のパンドラの箱を開けて新世界を創造する。

彼は感銘を受けてくれたが、そのモデルが韓国で形になってきているとの話だった。俺が初期で考えたモデルだが、合理化がわかる人間ならそのモデルに辿り着く。これを完成させるには貿易と物流のルールを徹底的に勉強しないとわからないのだと伝える。国内の物流は出来るのかと問われたので、やった事はあまりないが、普通の人が出来ない力技が出来るので聞いて欲しいと伝えた。彼ともう一人いた方が俺の話を聞いていて、感銘を受けていた。夜遅くまで一生懸命仕事をされている。その方にいくら腕が良くても魚のいない釣堀で釣りをしていても釣れる魚は大した事がない。あなたよりも腕がない人が海外に釣堀を求め、大物を釣ってしまったら、あなたは彼に勝てないのだと伝えた。海外は難しい部分もあるが、人間の思い込みの部分もあり、気持ち次第で突破は可能だからどんどん挑戦した方が良いと伝えた。彼らと握手して家路につく。

今日は海外出張の準備を進めた。上海や香港での仕事を実現させていくためだ。海外で販路を開拓するために協力を要請すると、一緒に同行するという返事が返ってきた。先方としてはお手並み拝見だが、俺にとっては上海でも香港でもしくじれば全てが終わる。国士無双と称えられた漢の韓信の如き心で挑むと話をした。とりあえず販路としていけそうな所を準備をして、コンタクトがない所は俺が単騎で突撃して切り開く。中国人の店員を俺がつかまえて、俺は日本から来た大物だからここの責任者に取り次いで欲しいと伝えて中国人を気迫で動かす。上海で失敗すれば黄浦江に沈み、二度と日本に戻れないと自分を追い込んで、責任者、担当者、商売の条件を聞き出す。後は人間力でただ切り開き、中国人の心を掴みにいく。今までもこれからも中国という大陸で何もない所から命懸けでやってきたんだ。後は天運に委ねるのみと覚悟を決めた。



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December 18, 2011

日本三大聖天制覇 生駒聖天(宝山寺)参拝

昨日は寒い中、といってもモンゴルとかロシアだと秋の天候だが、生駒聖天(宝山寺)に向かう。生駒駅から急勾配になり、ケーブルカーを使えば上っていける。それか徒歩になるが、歩くと20分以上かかると思われる。俺はバイクで行ったので、駐車場に向かいバイクを停めた。今までの聖天さんから想像して、何個か建物があってこじんまりとしたものを想像していたのだが、予想以上に立派な造りで、今までみてきたどの聖天さんより大きなものだった。期待を膨らませてお参りを始める。階段を昇っていくと七福神が出迎えてくれて、祈りを捧げる。本堂がある所に出ると広くなっており、不動明王や聖天さんを奉っているところがある。祈りを捧げ、記念の大根印のお守りを買う事にした。今まで訪問した聖天さんの全てで買っているので、これでやっと三つ揃うと一人で喜ぶ。更に上を目指して訪問すると弘法大師のお堂があった。

ここはかつて弘法大師が修行した事があり、その関係で奉っているそうだ。人で溢れる位の数ではないが、すれ違う参拝に来られている方は地元の方を中心に熱心な信者の方が多かった。奥の方のお堂が一番霊力が大きい場合が多く、奥の方に向かっていく。奥の院で祈りを捧げて、見渡すと気になるお堂があったので祈りを捧げると白龍弁財天とあった。後でわかったのだが、松下幸之助を守っていた神様の様だ。その後、道を間違えてふらっといくと大黒天のお堂があった。昔から大黒天に見守られている気がするし、名前的にも縁があるし、耳たぶの形も同じだから、引っ張られたのかと感じたので祈りを捧げる。祈る事は事業の事であったり、皆の事であったり、とにかく無事である事、また生きている事に対する感謝。一時間程かけて全てのお堂を見てから、お礼を言って生駒聖天を後にして再び岐路についた。

宝山寺
http://www.hozanji.com/

歓喜天(聖天)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%93%E5%96%9C%E5%A4%A9

大黒天
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E9%BB%92%E5%A4%A9
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December 16, 2011

海外事業の打ち合わせ@浜松 生き残っていく創業経営者の条件

今日は朝から浜松に向かう。お昼前に浜松についてから迎えに来て頂き、かねりんという鰻屋さんに向かう事になった。上うな重を食べたのだが、当然、美味い!あー久しぶりに美味い鰻を食ったな・・・と感動しているのも束の間、鰻を食いにわざわざ浜松まで来たのではないので、早速、商談を進める。俺が提案したアイデアは悪くはないが、仕込むには色々と手を打たねばならず、手離れが悪くなるので、もう少し詰めていかないと商売としては厳しいという意見になった。相手は俺よりもはるかに経験を持っている創業経営者の方なので、意見は適確で正しい。手離れが良く金になる商売をしないといけないのだが、そんな商売は滅多に落っこちてないので、そこでまた悩む訳で・・・今は経営者受難の時代、サラリーマンをやっていた方が楽なのだが、これからサラリーマンもやっていけない時代が来るので、先に手を打つためにサラリーマンを卒業したと伝える。

彼とは生き残っていく経営者の条件について話をした。まずは修羅場を潜る度胸がある事、それとお金の匂いを嗅ぎ分けるセンス、生き残るか生き残らないかは紙一重みたいなものだが、ここのセンスを研くのは難しい。いわゆる理屈じゃない世界なので、実戦経験を積んで学んでいくしかない。本なんかを読んで優れた経営者の考えを学ぶ事も参考にはなるが、何よりも自分で体験してみないと何もわらかない。やってみて初めて色んな事が感覚としてわかってくる。ビジネスに関して相手の要望を汲み取りながら使える人間にならないと彼の様な優れた経営者と話が出来ない。人から可愛がってもらいながら縁を繋いでいく力もないと何十年も続く事業を育てる事は難しい。事業には終わりがあり、彼自身、海外に次のチャンスを見出し、勉強代を支払いながら展開を試みている。息子さん達も非常に優秀で父親である彼に意見に素直に従って生きている。

賢明な父親がいるからこそ、息子達が先を読みながら投資が出来たのだろうし、父親が活動を支えてくれるから他人より先んじて動く事が出来る。息子達の事を羨ましいと思いつつ、俺が望んだところで俺の宿命を変える事は出来ない。俺は俺の人生を前向きに受け止めて考えていかないといけないのだ。小さい頃に苦労した事や色んな縁に恵まれている事、引きがやたら強い事、前向きに考える要素はたくさんある。彼に自分が使える人間だとアピールしておかないと次のチャンスはもらえないので、しっかりとアピールをしておく。彼から色んなアイデアに関する意見を求められきちんと答えた。アイデアは人が意見を重ねていけば形になっていく。自分で考えるアイデアなんて所詮は独り善がりの使えないアイデアの事が多い。世間から教えてもらい、自分で掴み取るのが経営、創業者同士で理解し合える部分を共有して、その日は戻る事にした。

かねりん 
http://t.co/14fGUo93
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