2016年09月14日

諏訪湖周辺ブラ歩き

先月のお盆のころ諏訪湖周辺を訪ねました。第一の目的はサンリツ服部美術館で本阿弥光悦の国宝の茶碗、銘 不二山(ふじさん)を見たかったのであります。光悦は書や工芸の作家としても数多くの作品を残しておりますが楽茶碗でも多くの名作を残しています。国宝が一つ、重文が五椀(たぶん)あり唯一の国宝がこの不二山です。偶然に生まれたこの白と黒の景色と造形は技巧を感じさせず強い生命力を感じます。下の展示会チラシ参照。
その後、隣にある北澤美術館でアールヌーボーのガラス器を見る。
そして余った時間をどうするか?観光案内所でこの近くに神長官守矢資料館があることを発見。そして、その周辺にある諏訪大社上社(かみしゃ)で今春、7年に一度の御柱祭があった、と話題性がある話を聞きそこに行くことに決定。
御柱とは神社境内の四隅に建てる四本の柱の事。樅の木。これを7年に一度新しいものに取り換える行事が御柱祭です。そのために今年の4月に山出しをし、5月里曳き、建御柱と続きます。25厠イ譴身ヶ岳中腹からコロも使わずに人力で曳く。急坂を落とす光景はTVでも放映され知られています。下の写真が上社前宮(まえみや)に収まった「二の御柱」です。  才本
写真説明
.汽鵐螢追部美術館チラシから
⊃柬大社 上社 前宮の二の御柱
8翆譴稜慳未25kmの行程を曳きずられ痛々しく削られている
に社では遅れて「建御柱」を行う

サンリツ服部美術館光悦の楽茶碗 不二山チラシ 表(400P)

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2016年09月14日 17:29|記事のURLコメント(0)トラックバック(0)

2016年08月24日

名古屋城本丸の景観が変わった

先日、お盆の夜間に名古屋城の夏祭りに行き、本丸周辺の景色が大きく変わったことに気が付きました。本丸御殿はこの6月に二期工事まで完了し、天守閣の近くまで伸びてきており、その結果これまでの天守や小天守周辺の景観が大きく変ったのです。以前は正面から見ると、天守、小天守が並んだ姿の全貌が望まれ、それはそれで美しい姿でしたが、いまはそこに本丸御殿が割り込んできて、これまでと違った複合的な美しさが出てきています。名古屋城が建築群としての美しさ、本来の姿を取り戻しつつあります。
それらが夜間のライトアップで彩られなかなか素晴らしいですね。天守の漆喰の白い壁は従来通り白い光で、御殿の檜の外壁は赤い光でライトアップされておりますが、この色対比は若干強すぎるように感じます。
これを機会に天守も木造で建て替え、もとの姿に復することで名古屋城の魅力は大きく膨らんでいくように思います。  才本
下の図面は名古屋城ホームページによる
IMG_3383(400P)
名古屋城配置図のコピー

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2016年08月24日 18:34|記事のURLコメント(0)トラックバック(0)

2016年08月02日

東大寺 南大門と鐘楼のデザイン

1180年、源平合戦のさなか平重衡が南都奈良を焼き討ちし、東大寺も中心伽藍が失われる。
東大寺南大門(写真上)は、その後、東大寺大勧進職に選ばれた僧重源が宋の建築様式(大仏様)を取り入れて建造したものであります。大仏殿(現存しない)は1195年に落慶法要が行われ、南大門は1199年の上棟であります。
写真を見るとわかりますが、横ブレ防止のために入れられた数多くの通肘木により水平ラインを強調され、直線的な造形といえます。そして屋根のラインも反りは端部だけに限られ非常に直線的であります。このようなスタイルを大仏様と呼ぶわけですが、柔和な軒反りを見慣れた日本人には少々硬直な感じが否めません。
次の写真(写真下)は東大寺鐘楼です。重源が1206年に没しその後第二代の大勧進職に就いた栄西によって再建されました。完成時期は承元年間(1207〜1211年)と言われています。南大門の10年ほど後の建立ですが意匠的には大きく変わっています。もちろん大きさの違いによるところが大きいと思います。鐘楼はわずか一間四方の建築で南大門のように通肘木で柱間を固める必要がないわけで、より自由度の高いデザインがされています。屋根全体に情緒たっぷりの反りを付けており、類まれな造形力を感じます。このデザインに至ったのは大きさだけに起因するのではなく、本来の日本人の美意識が再び呼び起こされたと考えるのが自然でしょう。  才本
IMG_0056傾き調整400P
IMG_0046 400P


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2016年08月02日 19:36|記事のURLコメント(0)トラックバック(0)

2016年06月04日

最近の展示会、二つのパリ

この二つのパリとは、一つはルノワール展の「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」もう一つは、写真展 木村伊兵衛「パリ残像」に写し出されたパリである。
ルノワール展図録によると,この絵はあるがままの光景を描いたように見えるが、実はこの裏には綿密な計算によって練り上げられた構成があり、ルノアールにとっての理想郷を創作したものだ、という。ルノワールは、絵画とは「楽しくてきれい」であるべきだという自分の信条に従い描いた。たとえば、モデルたちも用意周到に選択された人々の集まりなのである。ドガなど友人の画家にもポーズをとってもらい、彼らにモデル代も支払ったという。
いつの時代もそうだが、この時代にもロートレックが描いたように貧困や売春はあった。しかしこの絵が描かれた1876年ころのパリには現実にダンスブームが起こりこのムーラン・ド・ラ・ギャレットのようなダンスホールがつくられた。日曜の午後や祝日には舞踏会が開かれ、この絵のように家族連れや地元の人でにぎわい、そういった光景をルノワール流に仕立て上げた、というわけであります。
もう一つの木村伊兵衛の「パリ残像」は1955年前後に木村伊兵衛が撮影したパリであります。
戦後間もない時期にパリの庶民の生活や街を撮影しているのですが、その明るく楽しい表情、そしておしゃれな生活が印象的であります。
この二つのパリには共通する、生活を美しくきれいに楽しむ庶民が描かれています。才本

ムーランドラギャレット400P   



木村伊兵衛

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2016年06月04日 19:12|記事のURLコメント(0)トラックバック(0)

2016年05月27日

松阪 本居宣長旧宅・鈴屋 光の階層が美しく心地よい空間2

それでは中央にある階段から二階に上がってみましょう。そこは前回お話ししたように、彼が53歳の時(1783年)に増築し、72歳に亡くなるまで自分の勉強部屋として使用した場所です。
そこはわずか4.5畳の小間ですが、南面に中庭に面する大きな窓(幅×高さがほぼ一間角)に特徴があります。窓の下端が低くしてあり、畳から40cmほどの高さにあるため、その開放感が大きく、内外空間が一体化して大変心地よく感じられます。2階にあるため外界からほどよく距離を保ちながらも(外観写真参照)、町の景色の眺望ができ、町の人の活気も伝わり、また光をいっぱい受け、風を感じ、外の緑や空を眺めることができます。大変うまい設計となっております。これは本居宣長が自ら求めた書斎像を思いのまま造ったわけで、彼の空間的なセンスの良さが感じられます。  才本

IMG_8629(400P)
IMG_8632(400P)
IMG_8612(400P傾き修正)






































外観右奥の中庭の向こうに書斎がある


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2016年05月27日 11:04|記事のURLコメント(0)トラックバック(0)

2016年04月09日

松阪 本居宣長旧宅・鈴屋 光の階層が美しく心地よい空間1

この住まいは本居宣長(1730〜1801年)が12歳から72歳で亡くなるまで過ごした家であります。彼が生まれる約40年前の1691年に新築され、53歳の1783年に2階を増築し自分の勉強部屋としたということです。
部屋構成は大変シンプル、しかも合理的であります。
道路側の表半分が公的空間(みせ空間)で、医師としての仕事場であったり、また古事記や源氏物語などの古典書を講釈した場と考えられます。
奥の後ろ側半分は私的な生活空間のような場(または床の間があるので別の公的空間)であったと推測されます。
この2つのゾーンを分ける住まいの中心あたりに2階に書斎へ上る階段を設けています。 

下の写真は外観ですが、左側の明り障子と右側の築地塀の間の凹部の空間が玄関です。

IMG_8647(400P)














この写真は、表半分を室内から見ます。中央に、先ほど表から見た凹部の玄関を背面から見て、またそれに続く光に満たされる中庭(左側、ここがアクセスになる)とそれに面する公的な室内空間を見ます。

IMG_8620(400P)













次の写真は奥の私的生活部分のような場所です。座敷には障子でこされた北向きのやわらかい光が入り、向こうの土間には天窓から太陽の直射光が入り、壁面に当たり間接照明の役割を果たしています。

IMG_8640(400P)













表空間と奥空間の真ん中あたりに座り、正面に階段、右手に表空間を見、左手に奥空間を見ます。
表空間には南道路から入る障子フィルターで柔和にこされた太陽光、また中庭からの直接光。
奥空間には障子でこされた北側採光と土間の天窓が壁面を照らす光、
そして、中央の階段の上方からはわずかですが二階の窓から漏れいずる光が階下でも感じられ心地よいものです。
左右や上から多様な光が入り、その光のグラデーションが生活に微妙なニュアンスを与えてくれます。 才本
IMG_8638(400P)





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2016年04月09日 17:50|記事のURLコメント(0)トラックバック(0)