2007年11月

2007年11月24日

狩野永徳と信長・秀吉の建築

先日京都で狩野永徳展が開催されました。画家永徳は戦国時代1543年に生まれ足利将軍家や戦国武将に受け入れられ、1590年に若干47才でなくなるまでに多くの作品を残しました。その生涯を概観することは絵画の世界からその時代を見ることができ、また当時の建築空間を垣間見ることができる点で大変興味深いことであります。
洛中洛外図屏風(国宝)は13代将軍足利義輝の依頼で描いたのだが将軍家が京都を追われた後、何らかの経路で信長の手に渡り、信長が上杉謙信に贈ったのが史実らしいということです。これは彼が22才の作品です。40才代には信長の安土城、秀吉の大阪城、聚楽第を中心にそのほか寺院や天皇家の院御所の障壁画など、膨大な仕事量をこなします。唐獅子図屏風は大阪城か聚楽第の壁に貼り付けたものを屏風に改装したものらしく高さが224センチもあり大きさから来る威圧感も相当なものです。さぞかし大きな豪華な空間を飾ったことでしょう。また最晩年の檜図屏風(国宝)は八条宮智仁親王(後に桂離宮を建てた人物)のための御殿の障壁画です(発注者は秀吉)。檜を大きく描いた大胆な絵ですが枝ぶり、色使いに痛々しさを感じます。史料にも「怪々奇々」とあり、この時すでに永徳は体調を崩していたといわれています。この絵を完成した年に永徳は短い生涯を終えます。  才本
才本設計アトリエ ホームページへ



2007年11月18日

名古屋シティーマラソン’07

11月23日は名古屋市ティーマラソンの日です。
名古屋市ティーマラソン










去年は初参加という事もあり、4キロを走りました。
会場はすごい人で、お祭りみたいでワクワクして楽しめましたね。

そして、今年は10キロに挑戦です。
ちなみに、10キロになりますと、制限時間があり、1時間5分以内だそうです。
準備は着々と進み、1ヶ月前から週に2回ほど走っていますが、
最初は、走りきれなかった10キロが、今日はじめて、走りきる事ができました~。
感動です!!汗が気持ちいい!!

タイムは1時間17分

・・・よしっ!楽しもう!
なんとしても完走だけは・・・、がんばるぞ!!DK

才本設計アトリエ ホームページへ

2007年11月10日

備前閑谷学校の建築と外部空間

閑谷学校は岡山藩主池田光政が寛文10年(1670)に庶民の学校、地方のリーダーを育てる学校として創設し、その後元禄14年(1701)に整備された際に建立されたのが現存する閑谷学校です。校門を入ると大きな広場があり、正面のゆるい階段を少々上がったところに孔子を祀る聖廟と藩主池田光政を祀る閑谷神社が併置され、そのまま目を左に向けると閑谷学校がある。また聖廟へ上がる階段の左右には一対の楷(かい)の木(孔子に由緒あるという)の大木がシンボリックに立っている。また石塀は堅固でありながら柔らかく丸みを帯びたデザインがされている。
これらに囲まれた広場空間は、備前の優しい山並を背景にすばらしい景観をなしている。広々として見通しがきき気持ちよく、広場を囲む建物や門塀と楷の木のスケール感のおおらかで、そして自然の一部となりきっていて、見た後になんともすがすがしい印象が残像として残ります。日本人として持っている空間に対するDNAが揺り動かされる思いであります。
学校建物は創設以来明治以降も庶民に使われ続けたということです。ピカピカに光る磨きこまれた床は、愛情をかけて大切に使い、掃除し、修理して使われた証でありましょう、そんな心遣いがじわじわと伝わってきます。 才本

才本設計アトリエ ホームページへ

閑谷学校外部閑谷学校 内部

2007年11月05日

鎌倉 釈迦堂口切通し

先日、見に行ってきた鎌倉の“釈迦堂口切通し”です。
海に面し、三方を山に囲まれた特異な地形をもつ鎌倉には、“切通し”と呼ばれる山や丘などを掘削し、人、馬の交通を行えるようにしてできた道がいくつかあります。
鎌倉への陸路の入口である“鎌倉七口”は有名ですが、この釈迦堂口切通しは鎌倉の中心部に位置しこの商業・産業の拠点である材木座・大町と、六浦・金沢を結ぶ重要な物流ルートとして開かれたものであるそうです。
傾斜地にある閑静な住宅地を抜けて、更にその奥落ち葉の積もった小道をひたすら歩いて行くと、突然その姿を現します。
あまりにも大きなスケールとその場に漂う異様な雰囲気も合わさり、背筋に冷たいものを感じました。
岩肌には未だに鋤で彫られたような跡が残っており、その荒々しい跡から、鋤を手に命がけでこの大穴を堀りとげた人々の姿を垣間見たような想いをしました。
鎌倉時代から今もなお、崩れてしまいそうなほど危うく美しい姿を奇跡的に保ちつづけていられるのは、その人々の強い思いからなのだなと自分なり解釈し、感動して日が暮れるまでその場に立ち尽くしていました。N.H

才本設計アトリエ ホームページへ

釈迦堂口切通し